悦ねぇが腰を痛めて部活に来んようになってどのくらい経つんやろか…  
ホントは二週間弱やけん。でも私には何年もの長く、つまらん期間に思えた。  
何もかもがイヤで無感動な毎日を過ごしとった私。そんな私に「ボートやろう」って誘ってくれた。「ずっと仲間や」って言うてくれた。枯れかけとった私に水をやってくれたんが悦ねぇだった…  
悦ねぇのおかげで私はこれまでやって来れた。ずっとついて行こうって思た。  
なのに…あんなことになるなんて……  
今、ボート部の空気は最悪に沈んどる。当たり前や、悦ねぇがおらんのやから。  
それほどボート部にとって、私にとっても悦ねぇは大事な存在や。  
戻って欲しくて色々やったけど、悦ねぇの傷は深かった…  
 
『…ボートを漕げんのなら意味無いです…』  
 
…ボートに対する気持ちが深いとも言うやろか。  
『私はボート漕げんでも悦ねぇに居って欲しい!…悦ねぇが居らんとダメや!』  
って言うたら悦ねぇは戻ってきてくれたんやろか?でもこれは私の我儘。言うたらいかん。  
悦ねぇの気持ちを考えたら今はボートを見ているのも辛いんや…  
それで私が悦ねぇの為にできることは何か無いか色々考えて出した答えは“一生懸命ボートを漕ぐ”。そいで良い結果出して悦ねぇを喜ばせる。私は医者じゃなくて女子ボート部クルーや。それしかないって思た。  
そう思って、悦ねぇ居らんでも部活頑張ることにした。  
 
でも…ある日艇庫で  
「リー、何書いとるん?」  
部活が終わって帰ろ思ったときのことや。日誌でも書いとるんかなって思ったら違った。…便箋やなこれは。  
「悦ねぇに手紙書いとるんよ…やっぱり悦ねぇと一緒に琵琶湖行きたいんよ、私」  
「手紙…」  
「私にとっては悦ねぇと一緒の大会はこれが最後やし…どうしても来て欲しいんよ」  
「………」  
なんやそれ?自分の為やないか。もう少し悦ねぇの立場に立ってものを考えらんないんか?  
なんて、一応口には出さんでおいた。まぁ顔には出てるかもしれんけど。  
「…これ何?『ふるふる記念』って」  
なんとなく文面を眺めとったら気になる言葉があった。  
「あぁ…『ふるふる記念』ってのは私と悦ねぇにとって大事な思い出なんよ!ボートやるきっかけにもなったし…」  
それから先、延々と『ふるふる記念』の話を聞かされることになった。  
「確か…入学してすぐのときやったかなぁ」  
…それは私と悦ねぇが仲良うなる前の話やな  
「浜辺の砂を記念に取っておくことにしたんよ!そのときの感動を忘れんようにね」  
…どっかのドラマのような話やな  
「『ふるふる記念』を見て、今までのことを思い出して、そしたらまたボート部に戻ってきてくれるんやないかって思ったんよ。」  
…ホントにそうなったらええねぇ。  
たぶんこのときの私はもの凄く機嫌の悪い顔をしとったんやろね。その証拠に  
「…ダッコ、どうしたん?さっきからずっと変な顔をしとるよ」  
とリーが聞いてきた。  
 
「良いな、リーは。考えが単純で」  
「え?」  
「そんな小瓶を見て戻って来てくれるなんて本気で思っとんの?だったらとっくの昔に悦ねぇは戻ってきとるやろ。…でも戻って来ないんはそれだけショックが大きいってことや。」  
「…それは、わかっとるよ」  
「わかっとらん」  
リーが怯えとるようやけど…別に構わん  
「リーは悦ねぇのこと全然わかっとらん。ずっと今まで頑張って、琵琶湖行き決めたのに…腰痛めて思うようにボート漕げんようなって…泣く泣く諦めた悦ねぇの気持ちを考えたことあるんか?」  
「あるよ!バカにせんといて!!」  
机を叩いてリーが立ち上がり、反論してきた。  
「ほうか…なら聞かしてよ。悦ねぇがどんな想いで部活に来んようになったか…」  
「それは…悦ねぇ、同情されとうないからやろ。どうしたってみんな気ぃ使うし…」  
「それだけやない。漕ぎとうても漕げんもどかしさ、今まで座っとった場所に他の人がおる虚しさ、本当なら自分が漕いどるはずなのにっていう悔しさ…ボートに触れとったらそういう気持ちが嫌でも出てくる。…今の悦ねぇはボートを見てるだけでも辛いんや」  
「………」  
「なのにリーはなんよ?『私はこれが最後の大会やからどうしても悦ねぇと漕ぎたい』?自己中もええ加減にせえ!無理さして二度とボートが漕げんようになったらどうするん?」  
一気にここまでまくし上げた。  
 
リーは言い返す言葉なんか無く、うなだれとる。  
そらそうやな、みんな本当のことやし。耳が痛いやろ?  
…ふるふる記念がどうのこうの言うとったけど結局…  
「リーよりも私の方が悦ねぇのことわかっとるんよ。」  
もの凄い、優越感感じるわ。  
「……何よ?手紙書いてただけなのに、何でそこまで言われるん?悦ねぇの彼氏でもないのに…」  
「………私だって、なれるもんならなりたいわ……」  
しもた!つい口が…よりによってリーの前で…一生の不覚や。  
「なんや、悦ねぇのこと好きなん?」  
黙って頷くと、リーが嫌なかんじの笑いを浮かべよった…まるで『ニヤリ』とでも効果音が付きそうなかんじの笑いや。  
「そうやったん…でも残念やね、悦ねぇにその気は無いよ」  
「…そんなんわかっとる…」  
「ふ〜ん…」  
何よその笑い?なんで今度はリーがそんな優越感たっぷりなん?…腹立つわ  
「…何で笑うん?何がおかしい?」  
「いや…何で私がこんなに責められるんやろって不思議に想っとったけん。でも理由は簡単や、ダッコは私に嫉妬してたんよ」  
「嫉妬?」  
「そうや。悦ねぇにとっての一番の女友達は私やもんな。だからダッコは私が憎くてしょうがないんやろ?」  
「そんなこと…」  
「図星やろ?…まぁそう思ったら…笑っとったんやな」  
下唇を噛んで睨みつけてやった。  
…確かにリーの言うことは当たっとる。私よりも早く悦ねぇと知り合えたリーが羨ましい。私の知らない思い出を二人は共有しとるんが羨ましい…  
それに、悦ねぇの一番の女友達は…悔しいけどリーだ。そんなんわかっとる…でも  
(アンタに言われると余計に腹立つわ!)  
 
そう思た次の瞬間には私はリーに飛びかかり、壁際まで押し詰めていた。  
「何が一番の女友達や!そんなんリーが勝手に思っとるだけやない!」  
「私は事実を言うただけよ!っていうか、そんなムキになって…正直気色悪いんよ」  
「なんやて?!」  
怒りの余りにリーの胸ぐらを締め上げる。  
「ちょっ…苦し…離してよ!…あたしにこんなことしてええと思っとるん?知らんよ、後で後悔しても…」  
「…どうなるって言うん?」  
「悦ねぇに…ダッコの気持ちバラしてもええのよ?」  
「なっ…」  
私は驚きで思わず手を離した。  
「…悦ねぇがこのこと知ったら、ダッコはもうおしまいやろ?」  
私の真剣な気持ちを利用して…脅すつもりなんか?  
……最低やな……  
ええよ、そっちがそういうつもりなら私は容赦せん!  
「別に言うてもええよ…言えるもんならな!」  
「っ?…ゃあああっ!!!」  
鞄からスタンガンを取り出しリーの手首に当ててスイッチを押した。  
護身用に、って親が買うてくれたもんがこないなところで役に立つなんて…人生わからんもんやね  
電流を浴びたリーは痛みに顔を歪め、痺れで崩れるように座り込みよった…ええ気味や  
「なっ……何するん?」  
「さぁ……何したろうか?」  
まず、痺れで体がうまく動かせないリーの両手首をスポーツタオルで縛り上げた。  
次にセーターを引っ張って脱がす。  
「えっ…ええっ?!」  
「バラされると正直困るんよ…せやから口封じせな」  
手始めにブラウスの上から胸を掴んだ。わざと力強く。  
「痛っ…」  
「ごめんなぁ、次は優しくするけんね」  
言葉通りに優しく揉んでやる。円を描くようにバラバラに両手で揉みしだくと、さっき痛そうやった表情が次第にまんざらでもない顔になってきとる。でも口の方は  
「やめて!嫌や!!!」  
なんて言いよる。  
うるさくてかなわんからハンカチを猿ぐつわにして黙らせることにした。  
 

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