校門をぬけると辺りはすっかり暗くなっていた。
頬を撫でる、少し肌寒い風当たりは秋を感じさせた。
風が頬を撫でる度に、三郎の脳裏には悦子の姿が浮かんでくる。
消えては浮かぶ、悦子の姿
──答えてよ…中田三郎…こんなの、こんなの嫌や…おねが…やめて…──
──つ…やぁ…ブー、ブー!!助けて…おねが…いややぁ…──
浮かんでくるのは必死にブー、ブー!!と浩之の名前を口にする悦子の姿
嫌や─やめて─助けて─そう必死に許しを乞う少女に男は容赦なく圧し掛かっていった。
耳に残るのは何度も浩之の名前を口にした悦子の悲しい叫び声
届く事のない叫び声はしだいに弱まっていき
艶を帯びたものに変わっていった。
快楽に屈した哀れな少女はいつのまにか、三郎の名前を口にしていた。
突き上げられながらも、必死に三郎と言葉にする悦子の姿は
三郎を悦ばせた。
欲しくて、欲しくてたまらなかった。
自分を絶望の淵から救ってくれた悦子が愛しくて
どうしようもなくて
悦子と出あって過ごした日々は三郎の心の傷を癒していった。
気がついたらいつも、眼で追っていた。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、くるくると表情を変える悦子を見ていて
飽きる事などなかった。
悦子を独占したい、俺だけを見ていて欲しい。
ボートやのうて、関野でものうて俺だけを見て欲しい。
瞳に映る悦子は、ブー、ブーと親しげに浩之と会話している。
ブー、ブー、言うな!!そう悦子に小言を言う浩之の姿が三郎には眩しかった。
傍から見ればお似合いのカップルにも見えても不思議ではない。
二人の姿を瞳に映す度に
三郎の心はえぐられていき、心の闇は深まる一方だった。
忘れようと思った。
悦子の幸せの為にも忘れようと思った。
さゆりにもう一度、引き合わせてくれた悦子の為にも
三郎は悦子への恋心を闇へ葬りさり、さゆりとの恋を
再び始めようとした。
だが、浮かんでくるのは──
思い出すのは悦子の事ばかり──
胸をついて出るのは悦子への思いばかり──
悦子の想いを知ったのは京都から帰って間もなくだった。
部活が終わった後、多恵子に話があると呼び出されたのだ。
そこで、聞かされた。悦子の自分への想いを知って三郎の胸は痛んだ。
ずきずきとまるで、鋭利な刃物で傷つけられたかのように痛んだ。
そんな三郎をよそに多恵子は話を続けた。
多恵子の口から出る言葉一つ、一つが三郎の胸を刺していく。
悦子が自分にそんな想いを抱いていたなんて
信じられなかった。
さゆりの所へ引っ張っていった悦子が
良かったねと笑って祝福の言葉を投げかけてくれた。
悦子が自分を好きだった…
三郎には理解出来なかった。
好きなら、なんで、俺をさゆりに引き合わせたんや?
あの時、さゆりの所へ俺を連れて行かない事も出来たはず
出来たはずやのに…なんで、俺をさゆりと引き合わせたんや?
自分の気持ちを押し殺してまでする必要があったんか?
なんで、なんでや!!!なんでや、悦ねぇ………
「悦ねぇはそういう子や…優しすぎるんよ…
見ていてこっちが辛くなるぐらいに…
あんたが、悦ねぇを眼で追っとったのは知っとった」
ふふっ…多恵子は小さく笑った。
「気づいてないと思ってたん?
バレバレやで?
でもなぁ、ええやん?あんたは私と違って
今からでも悦ねぇに好きって言えるやないの?
私は、あんたが羨ましいわ。
悦ねぇに想われたあんたが羨ましい」
多恵子は笑ってそう三郎に話すものの
眼の奥の悲しげな表情を三郎は見抜いていた。
「菊池…お前、もしかして…篠村の事………」
好きやったんか?喉元まで出かけた言葉を
三郎は押し戻した。
三郎なりの優しさだった。
「好きよ、はっきり言うて大好きや…悦ねぇが大好きや………」
多恵子はたまらず、三郎に背を向ける。
肩は小刻みに震え声は上ずっている。
「菊池………」
三郎は多恵子の肩を叩こうと手を伸ばしたが
多恵子に遮られた。
同情はせんといて…多恵子は小さく呟いた。
「あんたは頑張り…私の分まで頑張らな許さんよ…せやないと…」
悦ねぇは私が貰う事になるよ?
多恵子はそう言って三郎に背を向けたまま
三郎の前から去って行った。
意外にも悦子の家族は三郎を温かく迎え入れた。
それもそのはずだろう。
三郎が悦子の家に行くのは初めてではない。
にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべ
悦子を背負ってき来た人間が
悦子を騙した挙句に処女を散らしたなど
誰が考えるだろうか?
部活の最中、悦子が急に倒れてしまったと説明する
三郎を誰も疑わなかった。
疑う理由など、どこにもなかった。
悦子を背負って部屋に運ぶその後姿を見て
母達は楽しそうに話に華を咲かせた。
その姿に、幸雄も三郎を認めざるおえなかった。
三郎はゆっくりと悦子を起こさぬように
背中から悦子を降ろし、静かにベッドに寝かせた。
背中に残る悦子の体温が愛おしい。
「悦ねぇ…ごめんな………」
起こさぬようにそっと、頬を撫でる。
指に感じる、柔らかい皮膚感
ずっと、撫でていたい衝動に駆られるものの
あまり、部屋に長居すれば家族から怪しまれる。
そうなってしまったら、もう二度と顔を出せなくなるかも知れない。
計画が泡となって消えてしまう。
「悦ねぇ…大好きや…この気持ちに偽りはない。ほんとや…」
三郎は、寝ている悦子の唇にそっと己の唇を重ね合わせる。
かすかに聞こえる呼吸音は悦子が熟睡してる証。
「せめて、今日は良い夢見てや………」
三郎は最後に、もう一度唇を重ね合わせると
後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。
おじゃましましたと頭を下げて出て行く三郎に
母達は、御飯ぐらいご馳走させてと引きとめたが
俺の事より篠村を気遣ってあげて下さいと
頑なに拒んだ。
そんな三郎に母達は心の底から感心した。
三郎が帰ってからも母達は三郎話に
華を咲かせる。
夜は静かに更けていった。
悦子は深い─深い─眠りに就いていた。
「悦ねぇ、何してるんよ?部活も終わった事やし…はよ、帰ろうや」
声のする方に眼を向けると多恵子達は笑いながら
はよう、おいで!!と手招きをしている。
──夢やったんか………??
辺りを見回しても三郎の姿は見当たらない。
瞳に映る部室もいつもと変わった様子は感じられない。
「もう──早く来ないと置いてくけん!!はよう、来んかい!!来い!!!」
ぼーっと考え事をしている悦子に痺れを切らしたのだろう。
敦子が口の横に手を当て、はよ、来んかい!!と叫んだ。
「あっ、ごめん…今、すぐそっちに行くけん!!」
──ヒメを怒らせると後が怖いけん………
悦子は急いで多恵子達のいる方へ走る。
後、少しで多恵子達の所へ行ける!
その手前で、誰かが悦子の腕を掴んだ。
「えっ?!ちょっ、何…やめてや!!」
必死に多恵子達の方に行こうとするものの
腕を掴む手の力は強く振り切ろうにも振り切れない。
「はよう、来んかい!!本気で置いてくけんね!!!」
敦子の悦子を呼ぶ声が大きくなる。
口調は強く今、行かなければ確実に置いて行かれるだろう。
「ま、待って!!今、すぐ行くけん!!置いていかんといて!!」
そうは言っても、腕を掴む手は悦子を解放する気配すらない。
「いい加減にしてや!!もう離し………中田三郎………」
悦子が後ろを振り向くとそこには三郎が立っていた。
驚いて戸惑っている悦子とは対照的に三郎は眉一つすら動かさない。
「もう、遅い!!置いてくけん!!」
「えっ…あっ、ま、待ってや!!今、行くけん…置いて行かんとい………やっ!!!」
悦子が多恵子達の方に行こうと手を伸ばそうとした瞬間、いきなり腕を強く引っ張られて
三郎の胸の中に抱き寄せられた。
「やっ…おねが…離してや…おねが…中田三郎…お願いやから………」
三郎は己の胸の中で震えて怯える悦子を見て
初めて笑った。
いつもの三郎とは違う。
ひどく、冷酷で
ひどく、残忍な笑顔
悦子の恐怖心に拍車をかけるには十分すぎる程だった。
「やっ…止めてや…おねが…いやや…いやや!!」
三郎は無言で悦子を床に押し倒すとそのまま覆い被さった。
三郎の体を押し戻そうと胸を叩くものの
所詮は、女の力
三郎にかなう訳がない。
──やぁっ…いやや、いややぁ!!ブー…助けてや…──
悦子の願いとは裏腹に三郎は淡々と悦子の制服を脱がしていく。
リボン、セータ、それらを器用に脱がしていく。
手はシャツを脱がそうと手をかけたが何故か、ぴたっと動きを止めてしまった。
──動きが止まった…止めてくれるん??そう、思い視線を三郎の方に向けた。
──えっ?…嘘やろ?私の見間違いやろ?
確か、自分の体に覆いかぶさっていたのは中田三郎だったはず…
だが、視線の先にいるのは三郎ではない。
悦子の瞳に映るその男は驚きの余り声を発する事さえも
ままならない悦子を黙って見下ろしている。
──嘘や、嘘や、嘘や!!!こんなの嘘や…嘘って言ってや…お願いやから──
「ブー…そこで何してるん??い、いま、帰りなん?なら、一緒に帰ろうや…」
動揺する心を浩之に悟られまいと悦子は冷静を装いながら言葉を口にした。
だが、浩之はそれに答えようとしない。
いつもの、浩之なら照れながらぶっきらぼうにこう言う事だろう。
「しゃぁないなぁ…しゃぁないから一緒に帰ったるわ!!言っとくけど今日だけやぞ!!」
しゃぁないから帰ったるわ!!そう憎まれ口を叩く事だろう。
自分が見てる浩之の姿は幻なのだろうか?
姿、形は確かにブーそのものだが
一向に口を聞かないその様は別人なのか?と思わせる程だった。
「ブー…ブーなんやろ?ブーやったら…なんか言ってや…ブー…やめっ…!!!」
動きを止めていた手が活動を再開させた。
シャツの上から強く胸を揉みしだかれる。
──いやや、いやや、いやや…ブー、ブー!!!──
「ひっ…あぁっ!!ブー、お願いやから…やめてや………」
懇願する悦子をよそに、手は胸からお腹そして、下半身へと場所を変えた。
手は嫌がる悦子を気にする風もなく
とうとう、スカートの中にも手を入れてきた。
──嘘や、嘘や、嘘や…ブーは、ブーは…こんな事せえへん
──絶対に違う、違う、違う!!間違いに決まっとる…
──ブーはこんな卑怯な事はせえへん!!きっと、何かの間違いや!!
「ブー、やめてや…ブー…おねが…やっ!!ひぁっ!!やめっ…!!」
指はショーツの横から指を滑り込ませると
蜜壷に指を埋めた。
指は中を味わうかのように肉壁を何度も、何度も撫で上げては擦りあげる。
指が撫で上げる度、擦りあげる度、肉壁がひくひくと指を締め上げ
蜜を垂らしていく。
ぴちゃ、ぴちゃっと指が動く度に聞こえる淫靡な水音
浩之の指によって与えられる快感の波
いっそ、この波に流されて快楽に身を委ねてしまえばええ…
ブーなら…ブーになら何されてもええ…
抵抗するよりも浩之に身を任せた方が精神的にも
肉体的にも楽になれる…
頭によぎるのは悲観的な考えばかり
──ブー…今まで、素直に言えんかったけど………
「ブー、ええよ…きてや…」
悦子は浩之の首に手を回すと体を浩之に密着させた。
指が蜜壷から引き抜かれ、その代わりに膨張した自身が蜜壷にあてがわれた。
──ほんとはな…ブーの事な…好きやったんや………
顔を合わせてはいつも喧嘩をしていた幼なじみ
かすかに残っている記憶の彼は、太っていて泣き虫だった。
そんな彼はたくましく、りりしい青年に成長していた。
あいつにだけは負けとうない!その一身で頑張ってきた。
ピンチの時は必ず現れて助けてくれた。
三郎に失恋した時も泣いてる理由も聞かずに黙って
ジャージを貸してくれた。
ほんとは、気がついてた。
ブーは、いつも私を見守ってくれていた。
どんな時も遠くから私を見ていてくれていた。
三郎に失恋した時さえも優しく見守ってくれた。
その気持ちを知っていた。
知ってしまった。
知らなければ良かった。
知らない方が幸せだった。
でも、気づいてしまった。
幼なじみの彼の自分への想い
その思いに答えるのが怖かった。
想いに答えたら今までのような関係でいられない気がした。
それが、怖くて逃げた。
逃げるようにボートに打ち込んだ。
それでも、ブーは私を想ってくれていた。
そんなブーの優しさに甘えていた。
ブーとのこんな関係が永遠に続く訳がない。
そんなのは分かっていた。
でも、ブーを男して認めたくなかった。
認めてしまったら、もうボートは焦げなくなるかも知れん…
自分の気持ちを抑える程、私は大人やない。
きっと、ブーを意識しすぎてボートの事なんか手に付かなくなってしまう。
そんなの嫌や…ボートもブーも大好きや…
リーもダッコもヒメもイモッチも、コーチも後輩も中田三郎も………
──みんな、大好きや───
これから、ブーと一つになるんやね…だが、当の浩之は入り口にあてがったものの
中々、悦子の中に入ろうとはしない。
「ブー…どうしたん??具合でも悪いん?…つっ?!いやや…来んといて!!」
悦子が顔を上げると、瞳に映ったのは浩之ではなく、三郎だった。
瞳が三郎を捉えると悦子の表情は愛しい者を見つめていた瞳から
一変して険しいものに変わった。
それは、恐怖や憎しみに満ちた瞳
愛しい者に寄せる瞳の色とは違う。
瞳の色
「俺と二人きりやのに…他の男の名前出すなんてなぁ…俺、悲しいわぁ…」
三郎は笑いながら悦子の頬を撫でる。
どこかで聞いた事のある台詞
「しかも、それが…関野とはなぁ…ショックやわぁ…」
──夢なん??夢なんか…?夢なら覚めてや…嫌や、もう嫌や、嫌なんよ…──
「お仕置きが必要やな………」
三郎は入り口にあてがっていた自身を一気に悦子の中に突き入れた。
──いやや…いや、いやや!!!ブー、ブー…助け…助けてや…ブー!!!──
「いやや…助け…ブー、ブー!!!助けて…お願いやから…ブー!!!………えっ?」
眼を開けるとそこには、三郎の姿も浩之の姿も見当たらない。
夢やったんか…?
不審に思い辺りを見回すと眼に飛び込んでくる物は
見慣れた物ばかりだ。
机に、テーブに、本棚…
嫌と言う程、見慣れてる光景
──夢やったんか………──
寝てる間にでもかいたのだろうか
全身に流れ落ちる汗の雫が
夢の後味の悪さを際立たせていた。
あれは、夢やったんやろうか?悦子は、ふっと目線を
自身の手首に移した。
中田三郎との事も夢なのかも知れん!!
手首には包帯が巻かれていた。
何やろ…?そう思い悦子は包帯を解いていった。
解いた先に見える皮膚は、血で滲んでいた。
恐らく、縄で縛られた時に出来たのだろう。
嫌や、嫌やと必死に縄を解こうと動いた為に
縄と皮膚が擦れて出来たであろう、傷痕
それらは、三郎との事が夢やなかったと言うには
十分すぎる程の証拠
──夢やなかったんや………──
「中田三郎…夢にまで出てきて…そんなに私が嫌いなんやね………」
悦子はうわごとの様に呟くと痛む体を抑えて
ベッドから降りた。