夜風が鼻をくすぐる。昼間の賑やかさとはうって変わったようなこの静けさが心地良い。  
そんな静かな大阪の夜を関野浩之はひとりもの思いにふけっていた。  
 
『悦ねぇ、中田三郎の前やと可愛いらしいなぁ』  
『好きなんやねぇ、中田くんのこと』  
『な、何言うとるん?!やめてや!もぅ…』  
 
つい最近知った悦子の中田への想い。  
それ以来、浩之の心の中には驚きの他に例えようのないモヤモヤがとどまっている。  
浩之はこれを悔しさだとして自分を納得させようとした。つまり、悦子に恋愛の面で先を越されたという悔しさだと考えたのだ。  
どこか抜けていて幼いかんじのする悦子が恋をしている、けれど自分はまだその気持ちがわからない。だから、悔しい。  
そう自分に言い聞かせていた。  
 
「ん…?」  
不意に誰かの声が聞こえて浩之は部屋の窓から身を乗り出した。  
声の主は浩之達が泊まっている宿の中庭に居た。ふらふらとおぼつかない足取りで数歩歩いたかと思うと甃の上に座り込み、倒れ伏す。  
「あいつ…」  
確認するなり部屋を飛び出し、階段を駆け降り、悦子のもとへと駆け寄った。以前悦子がマラソン中に倒れたときのように。  
「篠村…大丈夫か?」  
抱き起こされ、呼び掛けられると焦点の定まらない瞳をこちらに向ける。  
「……ブー?」  
「だからブー言うな。…ホラ、手ぇ貸し」  
「…だいじょーぶ」  
そう言って立ち上がるものの、まだふらりと体が揺らいでいる。  
「なんやお前、酔っとるんか?」  
「…酔っとらんもん」  
酔っぱらいは決まってそう答える。  
「何やっとんじゃ…酒なんぞ飲みよって」  
「うるさい、もうええんよ…」  
「はぁ?」  
「もうええんよ…わたしなんか」  
「…何があった?」  
 
「ブーには、関係無い」  
「は?なんやそれ」  
「関係無いんやから放っといて」  
「おお、言われんでも放っとくわボケ!」  
悦子のそっけない態度にカチンときた浩之は踵を反すと早足で歩き出した。  
 
少し歩いた後、気になって後ろをちらりと見やる。普段ならそのまま別れてしまうのだが…やはり悦子はふらふらと左右に逸れながら歩いていた。これでは部屋に戻れるのかもわからない。  
(…世話のやける奴やな…)  
呆れたように溜め息をつくと、再び踵を反して悦子に歩み寄り腕を取った。  
「ちょっ…ブー!」  
「危なっかしくて見ておれんわ」  
「平気やって!ひとりで歩けるし…」  
「どこが平気じゃ?フラフラやぞお前…ええから黙って歩け」  
悦子の抗議の声を一喝して肩を貸すと、二人は少しずつ進み出した。  
 
 
「ほれ」  
「…ありがとう」  
悦子は渡されたコップを一気に飲み干し、一息ついた。  
ちなみにここは従業員用の給湯室である。部屋に戻る途中であまりにも悦子が辛そうだったので水を飲まそうと立ち寄ったのだ。  
 
「ありがとうな、ブー…あと、ごめんな」  
「…なんじゃ?あらたまって」  
「わたし思うんよ、ブーに助けてもらってばっかりやなぁって。いっつも迷惑かけてばっかりや…なのにわたしはブーにはなんもしとらん」  
「篠村…」  
申し訳無さそうに床の方に目を落としたまま喋り続ける悦子。  
浩之はそんな悦子の様子を怪訝そうに見つめる。これは何かあったに違いない、と。  
「こんなんやからダメなんやろね…人に迷惑ばっかりかけて、ひとりじゃなんも出来ん。こんなんやからなんも上手くいかんのやろね…」  
「何言うとんじゃ、ひとりで全部やろうとする方が間違っとんのじゃ」  
「…ブー」  
「それに…お前は上手く女子ボート部を引っ張っていっとるやないか。部員皆が楽しそうに漕いどる…そんな部活を作っていくんは、えらい大変で、立派なことじゃ」  
悦子の落ち込みように浩之は半ば反論するようにフォローを入れる。というか、全て自然と口をついて出てくる言葉である。  
「お前は上手くやっとる。自信持てや、いつも通り楽しそうにボート漕いどったらええ」  
「…ありがとうな。」  
悦子は礼を言うと笑顔を見せる。それを見て浩之も安心したようにふっと微笑んだ。  
しかしそれは一瞬のことで  
 
「なんやブー、中田三郎とおんなじこと言いよるね」  
クスクス笑いながら続けた悦子の言葉に浩之の笑顔はかき消された。  
(なんであんな奴の名前が出てくるんじゃ…)  
同時に沸き上がる不思議な気持ち。胸の下あたりに何か重くのしかかっているような…  
(なんじゃこれ…まさか…俺は篠村のこと…)  
ある考えが頭をよぎり、ちらりと悦子に目をやったときに異変に気付いた。悦子が肩を小刻みに震わせているのだ。  
「どうした?………泣いとるんか?」  
「…違う、違うんよ…ちょっと嫌なこと思い出したんよ」  
「嫌なことって、中田のことか?」  
悦子はただふるふる首を振るだけだったが答えは言わなくともわかった。  
何故悦子が酔っているのかも、こんなに落ち込んでいるのかも、急に泣き出したのかも。  
悦子が中田のことを好きだということが事実なら…答えはおのずと出てくる。  
そして同時に浩之は今までわからなかった心のモヤモヤの正体もわかった。  
「ごめん、ごめんなブー。わたしもう部屋戻るけん……っ?!」  
立ち上がり去りかける悦子を無言で引き寄せ抱き締めた。  
自分はこの女が好きだだから故の行動である。  
自分の気持ちにもう迷いはない。  
「ブー、何しよるん?!放してや」  
「いや…体が勝手に…」  
「なんよそれ?ええから放して…」  
「嫌じゃ、放さん。…好いとる女の泣いとる所、放っとけんわ」  
 
それを聞いて悦子は驚きに目を見張った。  
「まさか…冗談なんやろ?」  
冗談であって欲しいという願いを込めておそるおそる尋ねる。  
浩之の態度と語調から冗談ではないことがわかっているのだが…  
(ここで『冗談や』って言ったら…無かったことになるんか)  
そうすれば今まで通りの関係は保てるのかもしれない。『おはよう』って言って、部活で顔合わせて、ときには喧嘩もして…そのような関係は保てるだろう。  
でもそれだと自分はずっと『ブー』のまま、『男』として見られないままである。  
今の浩之にはそれだけは耐えられなかった。  
「…冗談でこんな事するんか?」  
抱き締める腕に力を込める。  
「…するかもしれんよ?友達どうしでも抱き合うたりするし…」  
しかし悦子は頑にはぐらかそうとする。悦子にとっては今まで通りの関係を続けたいのだ。  
だがその態度は浩之を傷付け、苛立たせるだけだった。  
悲しさと冷ややかさを交えた瞳で悦子を見据える。  
「…ほうか、なら…」  
精一杯の勇気を持って悦子の口に自分の口を付ける。  
「…これも…冗談でするんか?」  
「………わからんよ、外国の人は挨拶でチューする言うし…」  
それでも尚、悦子は首を弱々しく振って否定する。言い訳が強引過ぎるのは酔っているせいだろうか、半ばムキになっているせいか。  
「じゃあ………これもか?」  
「……っ…やめ……」  
「…こんなんも…冗談でするんか?違うやろ?」  
今度は強引に唇を悦子の押し付けて首筋に這わせていく。鎖骨の下あたりにまで行ったところで、酔いのせいで抵抗にならない抵抗を続ける悦子の両肩を掴んだ。  
「なんでじゃ…?なんで答えん?…やっぱ俺は対象外なんか?」  
絞り出すように声を発する浩之の表情は今まで見た中で一番辛そうだった。こんなに辛そうなのは自分のせいだ。そう考えると何も言えなくなってしまう。  
「俺の気持ちは…そんなに嫌か?嫌いなんか?」  
「…嫌いやない…だってブーはわたしにとって大事な仲間や…」  
だから今までの関係を壊したくないのだが。  
「…『仲間』、か…」  
その言葉を噛み締めるように復唱し諦めに似た表情を見せる。  
 
「お願いやから…わたし、何でもするから…」  
「…わかった」  
哀願の末にたどり着いた返答に悦子は目を輝かせた。  
「…その変わり」  
「え?」  
突然目の前に浩之の顔があったかと思うと再び唇を塞がれた。しかも今度のは長い。  
息苦しさに顔を左右に振るとあちらも追ってくる。  
「…はぁっ、んっ…」  
一瞬唇が離れたときに息を吸おうとすると、開いた口の隙間から舌が侵入してきた。驚いている間にも相手の舌は悦子の口内を荒々しく犯していく。初めて経験するその感触はひどく気持ち悪かった。  
やっと唇が離れると悦子は非難がちに浩之を睨んだ。  
しかし息は乱れ、頬を紅潮させ、瞳に涙をにじませながらのその行動は浩之の性本能を勢いづかせるだけだった。  
「…何でもするって…言うたじゃろ?」  
「なっ…」  
抗議の声を軽く流して胸にそっと手を当てた。その刺激に悦子はびくっと身を引いて反応するが、それに構わず浩之は包み込むように鷲掴む。  
唇のときも思ったことだが、今まで感じたことのない柔らかさに感動さえ覚える。  
直に触れたい。  
「やっ…もう嫌や!」  
上着の下から手を差し込まれブラの中に指が入って来たとき、悦子は耐えきれずに浩之を突き飛ばして逃げ出した。  
しかし所詮は酔っている女の子。即座に腕を掴まれて引っ張られ壁に押し付けられた。  
「痛っ…ブー!」  
「静かにせえ、誰かに聞かれたら困るじゃろ?」  
「そりゃあ困るけんね…んっ」  
両手を上の方にねじあげられ、胸を直接揉まれた。鳥肌の立つような不快感が全身を襲う。同時に胸の奥をくすぐられるような感覚にも襲われる。  
「…あっ…」  
胸の先端をまさぐられた時に無意識に声が出た。  
「…ここがええんか?」  
「んっ…うん…痛っ!」  
「すまん!…こうか」  
「…っ…あっ……」  
激しいやり方から慎重に探るように揉みしだいていく。揉み方に強弱を付けたり乳首を摘んだり指の腹で潰してみたり、その度に上がる艶のある声が聞きたくて浩之なりに一生懸命に工夫した。  
もっと聞きたい、気持ち良くさせたい。  
 
そう思うと自然と手は下の方へ伸びる。  
下着の上に手を添えるとそこが熱をおびているのがわかった。  
「濡れとる…」  
「えっ?…えぇっ?…やっ…やぁっ」  
下着の中に手を潜り込ませ熱い部位に手を触れると悦子は一際高く矯声を上げた。息もいっそう荒くなる。  
「ひぁっ…ああっ…やめ…ぇっ…」  
入口付近をしばらくの間刺激し続けた後に、まず一本指をめり込ませた。膣はひどく熱く、ひどく狭い。  
「なにするん…あぁっ!ふぁっ!」  
「静かにせえって」  
「無理やわそんな…んぅっ…う…」  
中の触感を確かめようと内壁を一周するようになぞると悦子は快感に顔を歪ませた。その表情に浩之は満足そうに口の端を吊り上げた。  
膣に入れる指の本数を増やし、中をほぐしていく。  
「ふっ…あっ…んあっあっ…」  
「凄いな……っておい?!」  
指を引き抜いてみると薄白い愛液が絡まっていた。まじまじとそれを見つめている間に酔いと快感のせいか悦子はすとんと座り込んでしまった。慌てて浩之は腰を抱きかかえる。  
「大丈夫なわけ無い…誰のせいやと、思とんの?」  
「悪かったな…もうちょっとやけん、我慢せえ」  
「ふぇ?…えっ!」  
下着を下ろし両足を開かせてその間に位置取る。秘部を晒け出すという羞恥に悦子が目を白黒させている間にも浩之は勝手に準備を進める。  
「やるぞ」「…嘘やろ?」  
そう言われてもここまできてやめる男はいない。  
入口に先端を当てがうと一気に押し出した。  
「いった!痛い!」  
初めて男性のものを受け入れるそこはたやすく浩之自身を押し返す。  
「篠村…」  
「っ、あぅっ!痛い!痛いんよ!痛い!」  
両方の手を悦子の手にかぶせるともう一度強く腰を打ち付けた。今度ははっきりと処女膜を突き破り、奥まで入っていくのが感じられる。  
初体験に浩之は大きく息を吐き、悦子は体をこわばらせた。  
 
「うぅっ…ふ…んっ」  
破瓜の痛みに辛そうにうめき声を洩らす悦子。浩之は何とかして痛みを和らげてやりたかったが生憎と両手は塞がっている。悦子の手を離したくなかったから、余った口でキスするしかなかった。  
吸ったり舌を入れて優しく内腔を探ったりしている内に段々と悦子の眉間の皺が消えていく。  
だいぶ楽そうになったのを確認してから少しずつ動かしていった。  
「ったぁ…あっ、…あんっ」  
(なんなんよ…この感じ…)  
気付くと痛みばかりだった感覚に甘い快楽が混じっていた。ある一点を擦られる度に痛みよりも気持ち良さが勝っていくのだ。  
気持ち良さに頭がボーっとする。気が遠くなっていくかと思えば刺激が体中に走り背中をのけぞらせる。快感を持て余して腰をくねらせ爪を立てる。  
「いって…爪立てんなや」  
「あっ…はっ……ブー…ええよ」  
「…ええんか?」  
「ええ…もっと…」  
初めて求められたことに浩之は露骨に嬉しがって激しく突き入れた。ペースを速め、力の限り何度も何度も突く。  
快感に浮かされた悦子は断続的にあえぎ声を発し、どんどんと大胆になっていく。最終的にはキスのときに自らも舌を絡める位にまでなってしまった。  
「篠村…篠村!」  
「はあっ、あっあっあっ!…ああっ!」  
限界が近いらしく浩之はスパートをかけてくる。悦子が浩之の背中の方に手を伸ばした。  
「篠村…俺、もう…」  
出る、と思った瞬間一気に引き抜くと暖かい精液が飛び散り悦子の内股を汚した。  
「あ…はぁっ…」  
「ブー…」  
「篠村…」  
力が抜けたのかお互い抱き合うような体勢でしばらく動けずにいた。  
 
床に落ちた血液やら白いものを拭き取ったり身繕したりなどしている内に思考は冷静さを取り戻していく。  
(何であないなこと…)  
後悔先立たずとはまさにこの事だ。  
「…ブー、あの」  
「すまん…」  
背を向けたままうわ言のように謝罪の言葉をつぶやいた。謝って済む問題では無いが謝られずにはいられなかった。  
「ブー?」  
悦子はおそるおそる相手の肩に手を伸ばしたが、触れた瞬間に浩之はパッと離れ、足早に去って行った。  
これでもう、今まで通りの関係ではいられないんだ。  
そう思うと悦子の目から涙が溢れ出した。  
 
 

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