* * *
「きゅ〜〜〜〜〜☆……」
ヴァニラの横ではミルフィーユが完全に伸びている。蘭花はそれには目もくれず、
イヴと対峙していた。その時……。
「蘭花さん〜! 解析終了しました――おごっ☆!!」
どっか〜ん☆!! 蘭花の回し蹴りが飛び、ノーマッドは壁に叩きつけられた。
激しくめり込んで、ぽとり……と落ちる。
「見るな!! それに、遅すぎ!! いつまで掛かってんのよ!」
「グホッ……。そんな事言ったって仮にもロストテクノロジーを”完全終了”させる
ためのコードですよ? 簡単に解析なんかできゃしませんて……。それに、ミルフィーユ
さんに風穴開けられてCPUの稼動スピードが10分の1になってるんですから」
どうやらここでもミルフィーユである。ラッキースターの異名はどうやら自分自身に
ついてだけのものらしい。
それと、物理的に一部が吹っ飛ばされて動いているCPUの信頼性もどうかと思うが。
「それで……? どうすればいいの?」
「『お疲れ様』の一つも言えないんですかね、この露出狂娘は……、いや! もとへ、
ですね……、まずはそのイヴを捕まえるなり弱らせるなりして……」
「……あんたね。それが出来れば誰も苦労しないでしょう!?」
「だから、弱点があるんですよ! その人型ナノマシンには!」
「な……! は、早く言いなさい、そんな事は!」
「マニュアルを解析しているうちにわかったんですよ……。電気アンマが苦手なんです」
「……あんた、やっぱりぶっ壊れてる? こいつはどう見ても機械じゃない? それとも
わざわざアソコだけを弱く造ってあるとでも?」
蘭花は本気でノーマッドの故障を考えたが、ノーマッドはいつになく真顔で言った。
「だから……! イヴはそう造られてるんです! 彼女は『電気アンマが苦手なように
造られてる』んですよ!!」
「なん……ですって……!?」
蘭花が思わずイヴの顔を見た。イヴは冷静な表情で蘭花とノーマッドのやり取りを
聞いていた。ノーマッドが弱点を指摘するときも止めるそぶりを見せなかった。
むしろ、冷笑を浮かべて蘭花を見る。
「そのブサイクの言う通りよ。私は女性兵士専用の拷問ロボットであるのと同時に、
男性兵士の性的慰安婦ロボットでもあったの。その筋のマニア用のね」
イヴはゆっくりと語りだす。蘭花は彼女の雰囲気の変化に固唾を呑む。
「私の性器・乳房・臀部・その他女性がセックスアピールする部分は殆ど敏感に、
弱く出来てるわ……。あなたたちと同じぐらい……いや、もっとかも。それに……」
イヴはそこで言葉を切る。ちらり、とヴァニラの方を見た。
ヴァニラもイヴを見ている。だが、イヴは視線が合うとすぐに蘭花に向き直った。
「それに、そう造られているのは体だけではないの。必要以上に思える高度な
エモーション機能……これにも男性が弄んで喜ぶ機能が搭載されているの。羞恥心
とか、自尊心とかね……」
イヴは蘭花を見てクスリと笑う。その表情はわざとらしくも少女の笑顔だった。
さっき『血も涙もない機械』と罵られた意趣返しだろうか。
「私は男性兵士から弄ばれて女の子がどこをいじられたら悦び、どこをいじめられたら
泣き叫ぶのか、自分自身の体で学習するの。それを女性兵士の拷問にフィードバック
する。効果的で実践的なAI育成方法よね。人道的かどうかはわからないけど」
イヴは、すっ……と蘭花の目の前に滑るように歩いてきた。蘭花の顔を近くで
真正面から見つめる。蘭花もイヴの話をじっと聞いている。
「それには只の実験データのフィードバックだけでは効果が薄かった。だから、
エモーション機能を備え付けられたわ。これにより、私のフィードバック効率は
格段に向上した。被疑者の気持ちがわかる女性兵士専用の拷問マシーンとして。
だって、自分がされたら一番嫌な事をすればいいんだもん。効果的よね」
蘭花の顎に手をやるイヴ。蘭花は防ぎも払いもしなかった。ただひたすら、イヴの
言葉の続きを待っている。
「あなたに会えて本当に嬉しかったわ、蘭花。だって、あなたは私と同じぐらい、
性的器官の感度がいいんですもの。私が男の――或いは女でも責められている
あの例えようもなく切なく辛く苦しい気持ち――これを分かち合えそうな人がいた
んだもの」
イヴの女性兵士に対する拷問の数々は、無機質に、冷血無比にやっている事では
なかった。逆に自分自身がそうされる辛さを思いながら拷問を加えていったのだ。
その気持ちはいかばかりか……。『女の子』の蘭花はそれを知り、イヴに対する
認識を変えるだろうか? 今の彼女は真顔でイヴを見つめ、その内心は推し量れ
ない。
ヴァニラは……。イヴが彼女を目の敵にする理由もこれでわかったかもしれない。
おそらく、ヴァニラは最初のコンタクトの時、ナノマシンを通してイヴの内心を
垣間見る事が出来たのだろう。ヴァニラはそれにいたく同情し、逆にイヴは内心を
知られた事で心を乱し、思わず逆上してしまった。
その『心』はエモーション機能による人為的なものであったのだけれど。
「そのブサイクが解析したコードをあなたのパワーナックルに転送して、私に
打ち込めば、私のシャットダウンコマンドが起動し、二度と動かなくなるわ。
打ち込むのは、ここ……。ここが弱点なの」
イヴは自分の股間を指差した。悪戯っぽく、恥ずかしげに頬を染めて舌を出す。
「その前に弱らせておかないと私もやすやすとは打たれないけどね」
イヴは滑るように旋回し、蘭花と間合いを取る。光ながら滑るように飛ぶその動きは
まるで妖精の様にも見える。
「さぁ、始めましょう――。私とあなたの宿命の電気アンマ対決を。なんてね」
イヴはクスクスと笑いながら蘭花の周囲を旋回していった。