夏。高崎佳由季と縞瀬真琴は山の中の“泉”で泳いだ。
連日の暑さには佳由季も、涼みに行かないという真琴の誘いを断ることができなかったのだ。
真琴が見つけたという秘密の“泉”で、佳由季と真琴は、すっぽんぽんで泳いだ。
いや、真琴はまっ裸になったのだが、佳由季のほうは、トランクス一丁になるのが精いっぱいだった。
はにかみ屋を装っていたのではない。自分の生まれたままの姿を、真琴の目にさらすわけにいかなかったのは、
真琴が生まれたままの姿を、惜しげもなく見せつけてくるからだった。
真琴は恋する乙女らしく、自然に服を脱ぎ捨て、佳由季が困ったような顔をすると、なおいっそう喜びを覚えた。
冷たくて青い水溜まりから突き出た細長い石の板の上で、仰向けになって日光浴をしていながらでも、
佳由季が自分の裸からどんな影響を受けているのか、なぜみっともないぺらぺらのトランクスを頑として脱ごうとしないのか、
どうして腰の高さの水に浸かったままでいるのか、それらの答えが手に取るようにわかった。
佳由季の内気さを揶揄し、同時にその内気さを心行くまで楽しむ。
佳由季をからかい、佳由季を弄び、佳由季の物欲しげな視線を楽しんだ。陽の光と佳由季の賞賛とを、体いっぱいに浴びる。
真琴はこれまで、心を読む能力で、力を手に入れ、復讐をなし遂げてきた。
それが今では、胸に芽生えた淡い思いと、気づいてもらえないじれったさと、
恋に落ちていく肉体が発する音のない音楽とを、楽しめるようになっていた。
真琴は、冷たい水の中で軽くひと泳ぎしてから、岩の上に寝そべって、暖かい陽の光に全身を包まれる。
しかし、目を閉じると、体を包み込んで温めてくれるのは佳由季になり、
伝わってきた体温が体じゅうに広がって、佳由季の熱が自分を溶かし、自分の中で佳由季も溶けていく。
眠ったふりを続けたまま、佳由季が恥ずかしそうにこっちを見たり、
雑念を振り払うかのように泳ぐのを、薄目をあけて見守り、そして、心の中でささやく。
そんなことしたってむだよ、ユキちゃん。どうせわたしのものになるんだから。でも、むだなあがきをさせてあげる、と。
それから、ひとりでくっくっと笑って心地よいまどろみに迷い込んでいき、
眠りから覚めると、佳由季を見つけて、その姿から、
佳由季が必死に、自分のことを考えないように、自分のほうを見ないように、自分のほうに引きつけられないようにしているのに気づく。
さらに、人類最大の叡智とも言うべき百発百中の女の直感で、この恋の行方を知るのだ。
最後には、佳由季が近づいてきて、自分の中へ分け入り、自分も佳由季をしっかと抱いて、
佳由季のものを自分の中に包み込み、ふたりはひとつになったまま、世界のすべてを感じ取る……。
そのための時間ならいくらでもあるし、今では、待つことさえ、体のうずきに悶えることさえ、心地よかった。
佳由季を愛しているから。急ぐ必要などひとつもないから。
佳由季のかかえるジレンマを、“泉”はみごとに具現していた。
冷たい水という身を切られるような現実と、それに相対するものとして、きらめく岩と黄金の少女という身を焼かれるような夢。
真琴は歌を歌うセイレーンのようだった。裸で岩の上に腰かける真琴の姿が、
歌声に引き寄せられてセイレーンの餌食になった男たちの話を、はっと思い起こさせる。
光と影のツートンカラーになった真琴の肌を見ているだけで、頭がくらくらした。肉欲を感じながら泳いだ。
体が真琴の方に吸い寄せられ、心臓の鼓動がうつろになり、股間のものが猛々しく頭をもたげる。心地よい痛みだ。春奈と別れて以来、こんな気持ちになるのは初めてだった。