「……あたしは部屋に戻って一人エッチしてから寝るわ。あんたの顔を思い浮かべながらね。  
おあいこでしょ」  
 どこがあいこなものか。真琴をズリネタにするくらいなら首を吊る。僕にだって雀の涙ほどの  
プライドはあるのだ。  
 真琴は去り、美味くもない液体のみが残った。僕はペットボトルの中身を全部流しに捨て去ると、  
忘れる前に目覚まし時計をセットした。  
 
 アスタリスク:介入する  
 
 実行  
 
「あたしは一人エッチしてから寝るわ。あんたに抱かれてる所を思い浮かべながらね。  
おあいこでしょ」  
 どこがあいこなものか。真琴をズリネタにするくらいなら首を吊る。僕にだって雀の涙ほどの  
プライドはあるのだ。  
「捨てちゃいな、そんなプライド。でなきゃあんた、一生ひとりぼっちよ」  
 僕の心を勝手に読んでそう言うと、帰るでもなく僕のベッドに勢いよく飛びこんだ。  
毛布を被った真琴ミノムシが、モゾモゾと怪しげな動きを始める。  
「ちょっと待て。お前いったい何するつもりだ?」  
 慌てて訊ねると、真琴は巣から外の様子を伺うシマリスのように毛布から首を出した。  
 しませまこと。  
 シマリス。  
 似ているようで全然似ていない。なぜ洒落にもなってない無意味な連想をしてしまったのか、  
自分でも不思議でしょうがなかった。  
 丸めた大きな瞳のせいか。それとも後頭部から生えた豊かなポニーテールのせいか。  
ともかく嫌な予感がする。そして嫌な予感ほど的中するのも世の常だった。果たして真琴は、  
「何って、ナニするに決まってんじゃない。一人エッチして寝るって、あたしついさっき、  
ユキちゃんに向かってそう言ったじゃないのさ。頭ボケてんのとちがう?」  
 悪びれた様子もなく、さも当然のように言い放った。  
 自分の部屋じゃなくて、本当に僕の部屋で事をおっぱじめるつもりだったのかお前は。  
「頭の中身までリス並だな」  
「え、なになに? 真琴ちゃんがリスみたいだって? リスみたいにカワイイって? んもう、  
ユキちゃんてば罪な男っ!」  
 毛布から首だけ出した真琴ミノムシが、ベッドの上で勝手に激しく身悶えた。  
「部屋に連れ込んだ女のコにカワイイだなんて!やばっ、マジ濡れてきた。濡れてきちゃった」  
「僕は連れ込んだ覚えはない。お前が勝手に上がり込んだんだ。だいたい濡れたって、どこがだ」  
「解るでしょ、おまんこよ」  
 放送禁止用語をさらりと口にした真琴に、驚くやら呆れるやら。数秒ほど二の句が継げなかった。  
「もう遅いし帰れよ」  
「やだよーだ。あたしここで寝るから、今からこの毛布はあたしのもの。はい決まり」  
 真琴が毛布の匂いを思い切り吸い込んだ。陶然とした笑みを浮かべ、喉をゴロゴロと鳴らす。  
マタタビを嗅いだ猫みたいに目を細めてやがる。さぞや気持ちよかろう、僕は毎日シーツを  
マメに洗濯しているんだ。ズボラな真琴が洗濯に精を出す姿など、まるで想像がつかない。  
「失礼ね、あたしだって部屋に帰ったら洗濯ぐらいはするわよ。そうじゃなくてほら、匂いが」  
「匂いがなんだっていうんだ」  
「染み付いてんのよ。なんというか、ユキちゃんの匂い? そんないい匂いがするのこの毛布」  
「そりゃ良かったな。だったらその毛布はくれてやるから帰れ」  
「絶対やだ。この部屋全部ユキちゃんの匂いで一杯だもん。いるだけでユキちゃんに包まれてる  
みたいな感じ。ああもうダメ、我慢できない」  
 そう言って真琴は艶やかに溜息をついてみせ、腰の辺りをこれ見よがしにくねらせた。  
 頭痛が痛い。コトをするなら自分の部屋でやれ、僕の部屋でするな。  
「さあ出ていけ、今すぐ出ていけ。出て行かないなら叩き出すぞ」  
「いやん、ユキちゃんったら連れない男。だけど今あたしが大声出したら、ユキちゃんが大変な  
事になっちゃうと思うけど?」  
 
 陶磁器のように白い歯を見せた真琴の、人を食った不敵な笑みがどこまでも腹立たしい。  
可愛い顔して、やってることは脅迫そのものじゃないか。  
 こんな所を誰かに目撃されでもしてみろ。客観的な状況だけを俯瞰すれば、僕が真琴を部屋に  
引っ張り込んだようにしか見えない。間違いなく明日の朝には学園全体に広まってしまうだろう。  
真琴の不法侵入という事実は歪められ、僕の不純異性交遊という根も葉もない噂話として。  
 寮長としての僕の信用は地に落ちる。そうなれば宮野のようなアホに対して示しが付かなくなる。  
それを見越した上で、真琴は高圧的な態度に出ているのだ。  
 なんという嘆かわしいことだ。  
 呼んでもいないのに部屋に侵入し、僕のベッドを占拠する。そんな真琴の暴挙を僕が訴え出る  
場所なんて、この学園のどこにもない。  
 せめて春奈がいれば――春奈がいれば、真琴の横暴をここまで許すことはなかっただろう。  
毎日つきまとわれていた間は鬱陶しいだけだったが、それでもあいつなりに僕を守ろうとして  
いたのは確かだ。  
 実際に春奈は僕を守ってくれた。本来死んでいたはずの僕の命と引き換えにして、春奈はPSY  
ネットワークとやらと共にこの世から消滅してしまった。  
 春奈のいない一日がこんなに静かだったなんて。たった一日で、世界はここまで大きく変わる。  
あっという間に流れ去った静かな一日。それが現実だったという実感がいまだに湧かない。  
 
「……ごめんねユキちゃん。あたし大人しくしとくわ」  
 真琴がいきなりチェシャ猫のような笑みを引っ込めた。似合わないほど神妙な面持ちで僕に謝る。  
また僕の心を読んだのか。  
 ベッドの上の真琴に背を向け、万年コタツの前に腰を下ろす。真琴にかける言葉は何もない。  
そもそも真琴が僕に謝罪する必要はない。春奈の件で何らかの責任を感じているのだとしたら  
間違っている。春奈が消えたのは誰のせいでもない。ましてや真琴のせいでは断じてない。  
それは僕も解っているつもりだ。  
 だから僕は真琴に八つ当たりなどしない。春奈の姉でもない真琴が罪悪感を抱くのも筋違いだ。  
むしろ謝らないで欲しい。せっかく心の整理が付きかけていたのに、またとっちらかしやがる  
つもりかこの女は。  
 
 僕に頬をつねられた真琴のマヌケ面が、鬱陶しく瞼にチラつく。  
 涙に潤んだ真琴の瞳。正視に堪えなかった。あれほど似合わない表情も他にはなかっただろう。  
叩き出さないから、真琴の好きに振舞えばいいさ。寝たけりゃそこで眠ればいい。僕は上段の  
ベッドを使わせてもらうだけだ。  
 
 くぐもった吐息だけが響く妙に静まり返った室内は、まるで僕の居所ではないような気がした。  
かといって僕がこの部屋を出たところで、他に行く当てもない。真琴に居座られたからといって、  
こんな時間に宮野のアホ面を拝みに行くなんて、それこそ最悪の選択だ。  
 する事もなく、しばらくは座ったまま、真琴の持ち込んだ生ぬるい飲み物をちびちび舐めた。  
なぜこんな苦い物を飲む人間がいるのだろうか、と最初は思ったが、飲み進める内にその疑問も  
ゆっくりと融け解れてゆくような気がした。  
 
 いつまでも続くと思っていた六年もの日々ですら、たった一日で過去の出来事になってしまった。  
 そして一度過去となったら、決して元には戻らない。  
 昨日まで当たり前のように僕を騒がせていた幽霊はもういない。  
 これが現実だ。  
 春奈は六年前に死んだ。僕に付きまとっていた春奈は、現世に未練を残した幽霊にすぎない。  
幽霊が成仏するのは当たり前の話じゃないか。そして成仏するかどうかを選ぶのは幽霊であって、  
生ける人間には何の選択権もありはしない。  
 生者はただ幽霊に振り回されるだけ。僕も若菜も第三の生徒も、最凶最悪の百円ライター男も、  
外の世界まで振り回した挙句に、春奈はみずから進んで消えてしまった。  
 六年間待ち続けた春奈のいない今日という日が、なんて静かな一日だったことか。  
 物を投げて起こされることもない。事態が収拾してぼつぼつ帰ってきた女生徒に話しかけても、  
彼女らに迷惑をかける心配をせずにすむ。  
 アヒルみたいに唇を尖らせたむくれっ面を見ることもない。  
 無垢で無邪気な眩しい笑顔も。  
 人の都合も考えずに話しかけてくる、あの舌ったらずな声も。  
 現実を受け止めるには、もう少しだけ時間が必要だ。少なくとも一日二日程度では全然足りない。  
 
 ぽっかりと空いて無感動になってしまった心の隙間を飲み物で埋めていると、ぬるりとした  
女の腕がいきなり鎖骨辺りを這う。  
 そのまま縞瀬真琴の体温が、僕の背中にのしかかった。  
 
 後ろから抱き締めた真琴が、熱を帯びた吐息を交えてささやく。  
「ユキちゃんさあ、またお春ちゃんのこと考えてるでしょ」  
 勝手に人の心を読み取るのが、真琴という女の悪いクセだ。こいつの前ではプライバシーなど  
無きに等しい。文句を言うだけ無駄ってことだ。  
「何が文句なのさ? 真琴みたいな美女と一つ屋根の下にいるってのに。だいたい自分を好いとる  
美女の前で妹の事考えるって、男としてどーなのよ?」  
「誰が美女か。お前が美しいのは顔とスタイルだけだ。それ以外の全てにおいて、お前は論外だ」  
 ポニーテールが項に当たって、ひたすらくすぐったかった。春奈に肉体があったら、今の真琴と  
同じように抱き付いてきたのだろうか。そして若菜によく似た猫毛に頬をくすぐられたのだろうか。  
春奈といい真琴といい、ほっといて欲しい時に限ってやたらと構ってくる。まるで実家の猫だ。  
「だってユキちゃんったら、さっきから構って欲しそうな背中してるんだもん。でもあたしがいる  
から大丈夫」  
 まるで血を分けた我が子をあやすように頬ずりをしかけながら、  
「よしよしユキちゃん、真琴ちゃんはここにいまちゅよー。寂しくないでちゅねー」  
 赤ちゃん言葉で僕に語りかける。  
 同学年の女から、それもよりにもよって真琴から幼児あつかいされて嬉しい訳がないだろう。  
 お前は僕の母親か。何年何月何日何時何分、地球が何周した時に僕を産んだと言い張るつもりだ。  
だいたい僕を産んでくれと、お前にいつ誰が頼んだ。少なくとも僕にそんな覚えはない。  
 勝手に人の心を読むな。まったく僕の神経を逆撫でする事にかけては天才的な女じゃないか。  
昨日までの春奈並みに鬱陶しい。  
 いや肉体がある分だけ、春奈よりもさらに性質が悪かった。背中に感じた女の重みはあくまで  
柔らかく、それでいてやたらと生々しい。制服の上から見てもハッキリ判るスタイルの良さを、  
改めて認識せざるを得なかった。  
 なぜ真琴みたいな性悪に限って、魅力的な女の武器が備わっているのだろう。  
 そしてなぜ若菜のような正直娘にはそれがないのだろう。日頃から羨望の眼差しを真琴に向ける  
若菜の姿を思い返して、妹への憐れみと世の中の不公平さを痛感する。  
 真琴の体温が妙に熱く感じられた。相手が真琴でなければ、すぐに振り向いて押し倒していた  
かもしれない。  
「ふふん、何だかんだ言ってユキちゃんも男の子よね。強がっちゃう所がまたカワイイわぁ」  
 真琴が勝ち誇った笑いを上げる。取りつく島もないほど邪険に振り解いてやりたかったが、  
生憎と真琴の腕は僕の首をスリーパーホールド気味にがっちりと決めていた。  
 まるで獲物を捕えたアナコンダだ。コブラクラッチならぬアナコンダクラッチ、と命名するか。  
「ご挨拶ね。あたしの細腕を捕まえておいて、普通アナコンダとか言う?」  
「捕まっているのは僕だ。それにお前のしつこさといったら、ヘビといい勝負じゃないか」  
 皮肉のつもりでそう言ってやったが、さらに腹立たしいことに真琴は一向に堪えなかった。  
それどころか開き直ったように、僕を抱き締めた腕にいっそう力を込める。  
 
「そうよーん。真琴ちゃんはヘビみたくしつっこいの。ユキちゃんがあたしの事を見てくれるまで、  
絶対離してあげないんだから」  
 得意げに鼻を鳴らしてみせる真琴に、一般人の僕が敵う訳がなかった。  
 そうとも縞瀬真琴は第三最強のAAAテレパスだった。人の心の闇の深淵まで自由自在に覗く、  
心理戦の達人じゃないか。  
 そんな真琴を相手にして、何の力も持たない僕が対抗しようというのが間違いだったのだ。  
 僕に残された手段は、ただ無言で真琴の好きなようにさせておく事だった。  
 頬をほんのりと赤く染めた真琴に、鎖骨の辺りを指先で撫で回されても。  
 耳朶に息を吹きかけても、地蔵になった気分で無視を続ける。  
 やがて真琴も諦めたのか、悪戯を止めて大人しくなった。  
 僕に決めたアナコンダクラッチだけは、決して解いてはくれなかったが。  
 
「……ねえユキちゃん」  
 先に話を振ってきたのは真琴の方だった。長い沈黙に耐えきれなかったのか、それとも無反応を  
貫こうとする僕を揺さぶるつもりだったのかは解らない。  
 どちらにせよ、いつも自分の言いたい事だけ言って話を聞かないのが真琴だった。こいつとは  
最初から会話が成立しない。したがって口を利くだけ無駄である。  
「……いつまでそうやってダンマリ決め込んで、お春ちゃんのこと考えてれば気が済むのよ」  
 急にトーンダウンした真琴の声色に、言いようのない違和感を覚えた。  
 いつも飄然と人を食った態度を崩さず、何の力も持たない僕の心を能力で読んだ挙句に弄ぶ。  
それが縞瀬真琴という女だったはずだ。彼女が本気で僕を心配するなんて、とても想像できない。  
手の込んだ悪戯の布石、とでも考えた方が解りやすい。  
 ――悪ふざけも大概にしとけよ。  
 そう心の声で呼びかけるのが精一杯だった。  
「ふざけちゃいないわよ」  
 即答して真琴が、背中越しでも実り具合が判る豊かな乳をぎゅう、と押し付けるだった。  
「ユキちゃんがどんだけお春ちゃんのことを想ってたか、あたしには解る。心なんか読まなくても、  
すぐ近くでいつも見てたんだもの。あんたを思う存分おちょくりはしても、お春ちゃんに対する  
あんたの気持ちまでネタにする気は一切ないわ。それは信じて」  
実に殊勝な心がけじゃないか。そんな偉そうな考えが浮かぶ自分自身が腹立たしくて黙り込む。  
「だけど」  
 真琴は一呼吸置いた。僕の抱いた上から目線な思考を読んだ上で、敢えて気付かないふりをして  
くれているのなら、こいつは僕よりずっと大人だ。悔しいが認めざるを得ない。誕生日でいえば、  
確か僕の方が早いはずだったが。  
「このまま抜け殻みたいな状態が続いたら、ユキちゃんずっと独りぼっちになっちゃうわよ。  
それでいいの?」  
 別に。  
 真琴の問いなど心底どうでもよかった。春奈がいなくなった以上、僕は第三EMP学園では  
唯一の一般人だ。いやずっと前からそうだった。能力があったのは幽霊の春奈であって僕ではない。  
僕は言うなら彼女の依りしろとして、この学園に囲い込まれたにすぎない存在だった。  
 そうとも、僕は今も昔もずっと独りのままじゃないか。それで何の不都合もなく過ごせてきた。  
 ならば将来にわたって独りだったとして、僕にどんな不都合があるというんだ。  
 
 真琴の問いなど心底どうでもよかった。春奈がいなくなった以上、僕は第三EMP学園では  
唯一の一般人だ。いやずっと前からそうだった。能力があったのは幽霊の春奈であって僕ではない。  
僕は言うなら彼女の依りしろとして、この学園に囲い込まれたにすぎない存在だった。  
 そうとも、僕は今も昔もずっと独りのままじゃないか。それで何の不都合もなく過ごせてきた。  
 ならば将来にわたって独りだったとして、僕にどんな不都合があるというんだ。  
「ユキちゃんのアホ。能力のあるなしを言ってんじゃないわよ」  
 密着した柔らかな肉が、真琴の頬ずりと連動して擦りつけられると、訳もなく涙腺が熱くなる。  
「ユキちゃんみたいなシスコンの社会不適合者が、一般社会でやって行けるわけないでしょう。  
だいたいユキちゃんってば友達いないでしょう。友達は社会性のバロメーターなのよ」  
 黙れ真琴。お前にだけは言われたくない。  
 僕にだって友達と呼べるような人間ぐらいいる。たとえばこの前まで同室だった観音崎とか。  
「そいつ知らない。どんな奴なの?下の名前は何ていうの?」  
 記憶の底から奴の名前を引きずり出そうとして言葉に詰まった。観音崎の下の名前が出てこない。  
寮長失格だ。あきれ加減な溜息の匂いが酒臭い。  
「ほら、やっぱりあたしの言った通りじゃないの。友達っていうなら名前ぐらい覚えときなさいよ。  
ユキちゃんの友達っていったら、他にもいるじゃないの。ほら例えば宮野とか宮野とか宮野とか」  
 宮野だと。あんな人格破綻者なんて、友達でもなんでもない。  
 もういい解った。真琴の言う通りだ、僕には友達がいない。そういう事にしておくよ。若菜に  
すら「いたんだね、兄さんにも友達が」などと、さも意外そうに言われたダメ兄貴だよ僕は。  
「解ってんじゃない、若菜ちゃんも。あんなオボコい顔して、あんたよりずっと大人よねえ」  
 そうよ大人なのよ若菜ちゃんは、と真琴は繰り返す。  
「あの若菜ちゃんもそう遠くない将来、素敵な彼氏とエッチしてお腹に赤ちゃんを授かるのよ。  
それから結婚して、ユキちゃんから離れていくのよ。解ってんの?」  
 プロセスが間違っているだろう。人の妹を捕まえて、ふしだらな未来日記を勝手に捏造するな。  
だいたい若菜がどこの馬の骨とも判らん男に抱かれるなんて、想像するだにおぞましい光景だ。  
ましてやそんな馬の骨の遺伝子を胎内に宿すだなんて。  
 もし若菜を孕ますような男が現れたのなら、僕は本気でそいつを殺す。  
 いや若菜の純潔が蹂躙される前に、そいつの存在を抹殺してやる。  
「順番なんて関係ないわ。問題は若菜ちゃんだって、遅かれ早かれシスコン兄貴の下から巣立って  
いくってことよ。その時ユキちゃんの隣には誰が  
 
アスタリスク:介入する  
 
実行  
 
「そうよーん。真琴ちゃんはヘビみたくしつっこいの。ユキちゃんがあたしの事を見てくれるまで、  
絶対離してあげないんだから」  
 得意げに鼻を鳴らしてみせる真琴に、一般人の僕が敵う訳がなかった。  
 そうとも縞瀬真琴は第三最強のAAAテレパスだった。人の心の闇の深淵まで自由自在に覗く、  
いわば心理戦の達人じゃないか。  
 そんな真琴を相手にして、何の力も持たない僕が対抗しようというのが間違いだったのだ。  
僕に残された手段は、ただ無言で真琴の好きなようにさせておく事だった。  
 頬をほんのりと赤く染めた真琴に、鎖骨の辺りを指先で撫で回されても。  
 耳朶に息を吹きかけても、地蔵になった気分で無視を続ける。  
 やがて無反応な僕に業を煮やしたのか、アナコンダクラッチが解かれた。心底ホッとする。  
「なにダンマリ決め込んでるのよユキちゃん。いいわ、そっちがその気なら……」  
 なにをする、と抵抗する間もなかった。女とは思えない真琴の馬鹿力が、僕の意表を突いて  
上着とシャツを素早く脱がせてしまう。  
 少し肌寒さを覚えた僕の背中に触れたのは、ほのかに湿ったきめ細やかな真琴の柔肌。  
「真琴、お前……」  
 動揺のあまり咄嗟に尋ねてしまったものの、状況を理解するのに真琴の説明は必要なかった。  
 
 肌に押し付けられた柔らかな二つのふくらみ。ぬるま湯をたたえた水風船のようなその感触が、  
僕の背中に押し潰されている。先端で自己主張を始めた豆粒のコリコリとした感触が、百千の  
言葉よりも雄弁に物語っていた。  
「下も穿いてないわよ」  
 くくく、と噛み殺した笑い声が耳を擽った。鎖骨あたりを唇で小さく吸われる。  
 嘘だ。  
 不本意ながら真琴の性格は知り尽くしている。僕の心を惑わせるような一言をさらりと放ち、  
そして僕の反応を楽しんでいるだけだろう。もし僕が振り向いたりしたら、『アホが見るブタのケツ』  
とか言って大笑いするんだ。  
 あるいは僕の五感の全てが操られている、という可能性も捨てきれない。僕の体験する出来事が、  
縞瀬真琴の生み出した幻ではないと、いったい誰が保証してくれるのだろうか。誰もいない。  
 僕をおちょくるのに、真琴なら感覚を弄ることぐらいは朝飯前だ。  
 偽りの言葉と偽りの温もり。そんな物に心惑わされて早鐘を打つ僕の心拍も、やはり紛い物か。  
どうなんだ真琴。お前は僕の知っている、本物の縞瀬真琴なのか。  
「あたし? あたしは本物よ。確かめてみる?」  
 照れも衒いも感じさせぬ静かな口調で、真琴は僕の耳元に囁いた。ふっと耳に息を吹きかけられ、  
ぞくりと震えが背筋を駆け登る。  
「ヒネクレ者のユキちゃん。これでも認めない?」  
「解った。本物だって認めるから止めてくれ。ついでに今すぐ服を着てくれ。頼むから」  
「やなこった。服着たら追い出されるじゃん。あたしはずっとユキちゃんと一緒でいたいのに」  
 僕の言葉を瞬殺して、真琴は再び頬ずりをかます。大きく息を吸い込んで猫のように喉を鳴らす。  
先ほど毛布に包まった時と同じリアクションだ。真琴にとって、僕という存在は毛布程度のもの  
でしかないのだろう。  
「そんなに自分を卑下せんでもいいんじゃない? 少なくともあたしにとって、ユキちゃんは  
毛布よりもずっと大事な男の子よ」  
 そうか。人に好かれることはいい事だよな。人間と毛布を比べるような女は嫌いだが。  
「なんと言われても、あたしはユキちゃんが好き。毛布に包まったときは、すっごく幸せだった。  
ユキちゃんの匂いがしたから。着てた服さえ邪魔だった。お布団に染み付いたユキちゃんの匂いが、  
あたしの肌まで届かないんだもん。だから我慢できなかったの」  
 だけどね、と真琴は静かに呼びかける。  
「ふと我に返ってみると、途端に空しくなっちゃったの。本物のユキちゃんが目の前にいるのに、  
あたし何やってんだろう。どうして本物のユキちゃんに愛してもらおうとしなかったのかなって。  
あたしはそう思った」  
 
 見た目だけ美人なクセに、頭のネジが何十本も飛んだ女。  
 僕の知ってるそんな縞瀬真琴と、背中に負ぶさった少女とが同一人物とはとても思えない。  
恋する乙女のそれにしか聞こえないセリフに加えて、普段の金切り声とは打って変わった  
大人の甘い声。耳元で囁かれるだけで、固く保ってきたはずの理性が融けてしまいそうになる。  
 相手は真琴だぞ、と自分に言い聞かせることで、何とか我を保っていたのが正直な所だ。  
これが演技だとしたら、真琴も相当な役者じゃないか。いずれ真琴が能力を失って外の世界に  
戻ったら、真っ先に俳優養成所の門を叩けばいい。顔とスタイルがモノを言う世界ならば、  
真琴だってあっという間にスターダムにのし上がるのも夢じゃない。  
「あたしを美人だって褒めてくれてるのなら、素直に嬉しいわ。だけど芝居じゃないの。  
ユキちゃんなら、あたしが本気だってわかるでしょ?」  
 ペロリと舐められた僕の耳朶に、間を開けず湿った唇が触れた。小声で僕に囁きかける。  
「あたしがその気になればユキちゃんの理性を消し去って、操り人形にすることだってできるのよ。  
十七年間溜め込んだオスの欲望を、思う存分あたしの中に注ぎ込ませることだってできるのよ。  
ユキちゃん考えてみて。どうしてあたしはそれをしないの? ねえどうしてだと思う?」  
「それは春奈がいたから――」  
 
 咄嗟に口走ったが、違う、と即座に思い直した。  
 生徒会室での出来事だ。真琴の精神攻撃は春奈の障壁をいとも簡単に突破していたじゃないか。  
そして僕の運動中枢を乗っ取って、自分を無理やり襲わせようとした。  
 今や春奈もいない。防御力を完全に失った僕の精神を、なぜ真琴は操ろうとしない。  
 そもそも真琴が男日照りを解消したいのならば、僕にこだわる必要すらないはずだ。その辺で  
捕まえた男子学生あたりを生ける張形にでもするのが一番手っ取り早い。  
 いや真琴ほどの容姿があれば、わざわざ能力を使う必要すらない。黙っていれば並はずれた  
美人にしか見えない真琴のことだ。普通に何食わぬ顔をしてその辺を歩き回るだけで、自ら進んで  
夜伽の相手に名乗りを上げるアホなどいくらでも引っかけられるはずだ。  
 なぜそれをしない。  
「メンドい」が口癖の怠惰な縞瀬真琴が、どうして一番合理的で手っ取り早い方法を選ばない。  
なぜだ。なぜ真琴は僕にこだわる。少々過激ではあってもオーソドックスな、つまりはベタベタな  
色仕掛けで僕を誘惑するんだ。僕がいったい真琴に何をした。AAAテレパスである真琴の前で、  
わざと女が嫌がりそうな下劣な妄想に走ったことか。もしかしてその意趣返しとでもいうつもりな  
のか。けどそれだって別段特別な行動という訳ではない。好奇心にかられ、高レベルな女テレパス  
の前で下衆な妄想を試した頭の悪い男など、僕の他にもいくらでもいたに違いない。僕が一番手近  
な人間だったということだろうか。だとしても真琴はいちおう生徒会の書記、いや実質的には生徒  
会長である。僕以外の男子生徒と会話する機会だって山ほどあっただろう。その中には僕よりも魅  
力的な男なんていくらでもいる。なんで選りにも選って僕なんだ。答えはなんとなく解るけれども、  
決して言葉にはしたくない。複雑に絡み合った色々な感情が、せいぜいひらがなで三文字か五文字  
程度の陳腐な言葉に還元されてしまう。  
断じて認めない。認めたくない。認めたら最後、真琴に身も心も呑まれてしまう。こんな気持ちに  
苛まれるぐらいなら、もっと真琴と距離を置く努力をしておくべきだった。今状況に流されて振り  
返ったりしてしまったら、その後どうなるかは火をみるよりも明らかだった。僕と真琴の関係は、  
二度と昨日までのものには戻らない。春奈が轢かれて死んで焼かれて骨になり、幽霊となって消え  
てしまったのと同じように、時間軸にそって一方的に流れてゆくのみだ。この期に及んで選択肢を  
僕に委ねるつもりなのか真琴。進むにしても退くにしても、今までと同じ目で真琴を見ることなど  
できなくなるいや既に賽は投げられたここで真琴を抱いたとしても拒んだとしても明日から僕はど  
んな態度でお前に接すれば――  
 
「チュウして」  
 目巡るしく駆け回っていた百千の思考は、真琴の一言で遮られた。何も答えられずに呆けた僕に、  
少し熱っぽい掠れた声がふたたび催促する。  
「ねえチュウして」  
 僕が応じるより早く、真琴が僕の首を支点に前面へと回り込む。  
 背後からのスリングブレイド気味に、万年コタツと僕との隙間に滑り込んだ真琴。抱き止めた  
裸体はやたら眩くて、おまけに柔らかかった。身長では僕とそう変わらないはずなのに、膝に  
乗った猫みたいに体重が軽い。そして暖かい。  
 張り出した乳の美しさに目を奪われかけるも、観察する間もなく僕の胸板に押し付けられた。  
ぴったりと閉じた胸の谷間。ボリュームがなければ、ここまでくっきりとした谷間にはなるまい。  
くいっと顎を持ち上げられると真琴がいた。乳に向けられた僕の視線を優しく窘めてはいたものの、  
さほど怒っているようにも見受けられなかった。  
「おっぱいなら後であげるから。それよりさ、ね?」  
 息つく間もなく、やたら弾力のある湿った唇で口を塞がれる。ほろ苦いアルコール飲料の香りが、  
縞瀬真琴の舌の上に残っていた。  
 
 たっぷりと時間をかけてお互いの唇を味わっていると、離れるのが名残惜しい。  
 けれども人間は呼吸しなければ生きてゆけない。本音をいえばもっとキスしていたかったけれど、  
生命維持のために敢えて唇を離してやる。  
 目を開ければ、つうっと延びた細い糸だけが僕と真琴の舌どうしをつないでいた。  
 照れ隠しみたいな笑みを浮かべた真琴が、僕の視線を避けるように目を落として小さな声で、  
「ユキちゃん、やっとあたしの事を見てくれた」  
 自分から脱いだくせに僕の前で恥じらいを見せたこの少女が、身も心も捧げる覚悟を決めた  
女にしか見えなかった。彼女が僕をおちょくるのを趣味とする高慢ちきな性悪テレパシストだと  
誰が思うだろう。春奈の消失のきっかけとなった極悪百円ライターの妹だと――  
「誤魔化さないでユキちゃん。あたしと初めて出会った時の、素直な気持ちを思い出して」  
 聞くも語るも恥ずかしい過去の記憶を、わざわざ掘り返すな。心の奥底に厳重に封印されて、  
二度と気付くはずもない感情だったのに。  
 自分の感情すら解らない奴のことを、世間では愚か者っていうんだよ。  
 ああそうだ僕は救いようのない愚か者だった。解らせてくれてありがとう真琴。  
 二度までも妹を守れなかった兄。非社交的で、妹たちを守るどころか守られるばかりの駄目な兄。  
そんなどうしようもない馬鹿が僕だ。  
 馬鹿の考え休むに似たり、なんて諺が今さらのように脳裏に去来する。  
 何も生み出さず、いたずらに非生産的な思考を繰り広げるだけの馬鹿に、一体どんな価値がある。  
そんな馬鹿ですら、真琴にとって何らかの価値を持つのか。  
 僕には解らない。  
 真琴が認めた僕の価値を、僕自身は認められないかもしれない。  
 けれど真琴がそんな愚かで価値のない僕でも欲しいというなら、彼女の望むように動いてやるさ。  
胸の痛みと目頭の熱さを振り払い、僕は真琴というより自分自身に言い聞かせた。  
 
「操り人形だ」  
「え?」と目を丸めて聞き返す真琴に、僕は鼻声で繰り返した。  
「今から僕は操り人形だ。だから真琴の望み通り、真琴を抱いてやる」  
 絞り出すようにそう吐き捨てた瞬間真琴が浮かべた表情を、僕が記憶を失わない限りにおいて、  
生涯決して忘れないと宣言してやってもいい。  
 滲んだ視界に大写しにされる、目元の睫毛を濡らした真琴。戸惑う彼女の表情を観察していると、  
まるで自分が一世一代のとんでもない宣言をしてしまったかのような後悔の念が押し寄せてくる。  
 潤んだ瞳をぱちくりと瞬かせて何事か呟いている。注意して聞き取っている内に恥ずかしさが  
込み上げてきてしまった。  
 僕の言葉を口の中で繰り返していたのだ。二、三度ぶつぶつと繰り返したかと思ったら、すぐに  
いつもの勝気な真琴に戻っていた。  
 目尻から何筋も頬を伝い落ちる涙を事を除けば、の話だが。  
「犯りたいから犯らせろ、って素直に言いなさいよ。このヒネクレ者」  
 目を真っ赤に腫らした分際で、それでも口の減らない真琴は、僕と同じぐらい負けず嫌いだった。  
 
 悪い女神であっても、女神はやはり女神である。性格の悪いAAAテレパスであっても、  
貌とプロポーションなら抜群の女だった。  
 普段は制服の下に隠された魅惑的な女体、それを惜し気もなく僕の視界に晒してくれている。  
 二の腕から肩にかけての滑らかな曲線。  
 形よく浮き上がった綺麗な鎖骨、それに掛かる真琴の長い髪。  
 盛り上がった張りのある胸と、見た目に反して意外に柔らかく指を押し返してくるその弾力。  
 きめ細やかな柔肌の、白磁のごとき滑り心地を、全身くまなく愉しんでやる。  
 真琴はそんな僕の手を拒もうともしない。目蓋と唇とをぎゅっと強く閉じて何かを堪えている。  
僕には解る。真琴が柄にもなく、くすぐったがっているのを。声を出すまいと我慢しているのを。  
真琴が我慢すれば我慢するほど、その努力を粉々に打ち砕いてやろうと、正直思った。  
 とはいえ大声を出すと別室の寮生に気付かれる。あられもない姿で真琴と抱き合っている現場を  
目撃されたら、今度こそ本当に言い逃れはできない。  
 やるならバレないように、人目に付かないように。  
 真琴と二人で協力して、こっそりと。  
 これで僕も共犯者だ。寮長だとか不純異性交遊だとか、そういった常識の部分は置いておこう。  
――悪いコトって、楽しいでしょ?  
 真琴が呼びかける。乳肉を持ち上げて遊んでいた僕の手に、白魚のような細指がすっと絡まった。  
 ああ楽しいね。こんなに心が弾むのも何年ぶりだろう。  
 ずっと子供の時、何もかもが新鮮だった頃以来かもしれない。具体的なエピソードはおいといて、  
――話して。  
 いずれ話してやるさ。  
 それよりも今は、抜けるように白い半球の先端で尖った、淡い紅色の小さな乳首が気になる。  
蜜の甘い匂いで虫を惹き寄せる食虫植物みたく、僕が食らいつくのを待ちわびているようだ。  
食いついたら堕ちる。真琴に骨抜きにされて、離れられなくなってしまうのは解っていたけれども、  
それでも迷わず真琴の腰に手を回して身体全体を引き寄せた。  
 尖った胸の先端に吸い付いてみたが、ほとんど味がしなかった。  
 それでも美味いと思ったのは、やはり僕の錯覚だろう。あるいは風呂上がりの若菜とよく似た、  
ボディソープの爽やかな香りがほのかに鼻をくすぐったからかもしれない。  
 アメ玉を転がすように、慎重にゆっくりと。  
「……ん」  
 舌先で転がしてやる度に、声にならない声を洩らす真琴。  
 乳を口いっぱいに頬張って勢いよく吸い上げた途端、いきなり後頭部を締め上げられた。  
「く……っ!」  
 真琴が食いしばった奥歯から声を洩らす。  
 刺激が強すぎたんだろうが、口も鼻も真琴の乳に塞がれて息ができない。  
 女の乳で窒息死だなんて洒落にならん。遺された妹が世間様に顔向けできなくなってしまう。  
だから真琴離せ。離してくれ離して下さいお願いしますから。  
「んんんんんんん!」  
 イヤイヤと拒否するように真琴が首を振る。自分の世界に入りこみ、僕の思考を読み取る余裕も  
無くしていたようだった。声も出せない僕に、意思を伝える術はない――  
 いや一つだけあった。慌てて鎖骨の近くをタップする。  
 参った、降参だ――  
 我に返ったのか、真琴がようやく腕の拘束を解いてくれた。  
 酸素を求めて乳首から口を離し、胸一杯に新鮮な空気を送り込む。二三回深呼吸して落ち着いた。  
「ユキちゃんてば、おっぱい吸いすぎ。好きなの知ってたけど、ここまでだとは思ってなかった」  
 呆れ加減に僕を見下ろす真琴の声に、少し怒気がこもっていた。やりすぎたか。  
 とはいえ左胸の乳首だけが唾液にまみれて照かっている様子は、どこまでもエロティックだった。  
僕に乳を吸われて身悶える同学年の女を可愛いと思った興奮。あの真琴の乳を我が物面で吸った、  
という満足と達成感。舌先に残るあの感触。  
 どれもこれも一度覚えたら癖になる。もう一度味わいたくなる。  
「ダメ、ダメだってば!ユキちゃんのアホ……」  
 真琴の制止を振り切って、次は右胸にしゃぶり付く。僕の頭を押し返そうと抵抗する真琴の腕は、  
普段の馬鹿力が嘘のように弱々しかった。  
 
 とろりと蕩けた目をしたまま、真琴が無言のまま僕の手を取る。  
 自分の手をオナニーの道具扱いされるような気がして少し不愉快だった。とはいえ操り人形だと  
最初に宣言したのは僕だ。文句は言えない。  
 それどころか正味の話、真琴のリードが有難いといえば有難かった。  
 僕に女体の知識があるわけない。知っている裸といえば、第三に越して来る前の春奈と若菜だ。  
まだ双子のどちらも存命だったから、二人とも十歳だったか。一緒に風呂に入っていたのだが、  
兄の目の前で恥じらうこともなく双子が晒していた裸体が唯一の例だ。十歳の童女と同学年の女と  
では、あまりにも勝手が違いすぎて参考にならん。  
 おまけに小学校高学年からこの方、春奈に四六時中寄生されていたおかげで、まともに女生徒と  
口を利くことも儘ならなかった。当然のことながら、彼女らと関係を築くことなど不可能だった。  
 それだけなら一般的な男子高校生とも変わらないが、僕の場合はアダルトビデオともエロ本とも  
エロ漫画とも無縁だった。  
 言うまでもなく春奈のせいだ。  
 春奈の目からは逃れられなかったし、見つかれば部屋ごと瓦礫に変えられる。まともな性教育を  
受ける前に死んでしまった春奈には、残念ながら生ける兄の苦悩など全く理解できなかった。  
 はっきりと言おう。  
 ぼくの性知識は、保健体育の授業で留まっている。同い年の野郎と比べるのも恥ずかしいほど  
お粗末だった。そんな僕が生身の女を抱こうとしているのだ。  
 どこをどう触ったら真琴が反応するのか、皆目見当がつかない。本能の赴くままに真琴の乳を  
吸ったものの、あれで真琴が快楽を得たかどうかまでは自信が持てなかった。  
 ――あたしのおっぱいで悦んでくれたから、とっても嬉しかったわ。だけど、  
 真琴が僕の目線を確かめながら、僕の手をゆっくりと身体に這わせる。自分の感じる場所を僕に  
教えてくれるつもりだ。  
 どんな科目の勉強よりも真剣に、掌の力加減と圧迫感とを、自分の身体に叩き込むつもりだった。  
多分次からは、真琴先生は教えてくれない。この一回で覚えなければ、彼女は僕を見限るだろう。  
どうでもいいと思っていた意外な場所で、真琴の手に力がこもる。そこが性感帯というわけか。  
まったくもって、女体という奴はややこしい。そして面白い。  
 なんだかんだ言って、真琴という泥沼に自ら率先して飛び込んでいく僕がいた。  
 
 少しひんやりとした内腿に触れた。この先は未体験の領域だ。  
――濡れてるでしょ、ユキちゃん。  
 僕の腰の上で大きく開脚した真琴が、心底嬉しそうな精神波で呼びかける。  
――ユキちゃんに触れてもらって、あたしこんなに感じてんの。  
 柔らかな陰毛に覆われた真琴のそこを、なんと形容したらいいのだろう。形状は唇のような、  
あるいは色でいうなら舌のような。指で押し広げると、血色のよい健康そうな粘膜が現れる。  
まるで僕の呼吸に合わせるように収縮を繰り返す、真琴の小さな入り口。その付け根で小さい  
ながらも自己主張している突起。  
 どれもこれも、昔風呂で見た妹たちのとはえらく違って見えた。春奈と若菜のそれを固い蕾と  
表現するなら、さしずめ真琴のは食べ頃を迎えた果実のようなものか。  
――ロリコン。シスコン外道。  
 真琴が心の中で僕を罵倒する。  
――妹と比べないで。あたしはあたし。  
 
 ごく自然に腰を浮かせた真琴が、獲物を捕食するネコ科動物の勢いでベルトを外しにかかった。  
ズボンを下着ごと真琴に引きずり降ろされた。熱く煮え滾った血流のカタマリが、勢いよく腹に  
叩きつけられる。  
――ユキちゃんってば、大っきいじゃん。  
 真琴にそう思って貰えたのなら光栄だ。股間の屹立をしげしげと観察されるという恥辱にも、  
幾分かは耐えられそうな気にもなる。  
 白魚のような指が、脈動する僕の海綿体をそっと捉える。  
 捉えた亀頭を例の入口に――膣口だろう――そっと宛がい、滲み出す愛液を亀頭へと擦り付ける。  
ぬるりとした熱っぽい粘膜の感触に、思わず声が出そうになった。何をしているのだろう。  
「ちゃんと濡らさなきゃ入んないでしょ。ユキちゃんの大っきいんだから」  
 切羽詰まって眉を顰めながらも、真琴先生が僕に教えてくれる。とはいえ僕の未経験な亀頭に、  
その下準備はかなり厳しい試練だった。  
 射精を堪えようとして、真琴の腕を掴んでしまう。痛っ、と小さく真琴が呻いた。  
「ごめん、ユキちゃんにはちょっと辛かったかしら。じゃ、これでいっか」  
 縞瀬真琴が視線で合図を送ってから、ゆっくりと腰を落した。  
 
 冷やかな肌触りの太腿とは裏腹に、初めて押し入った真琴の中はやたら熱かった。  
「ぁぁぁぁぁ……」  
 膣いっぱいに満たされた真琴が、コタツにもたれかからんばかりの勢いで仰け反りながら、  
声にならない声で絶叫する。濡れそぼった真琴の肉壁が、迎え入れた僕を妖しげに絞り上げた。  
けれども叫びたいのは僕の方だ。真琴の中に埋められた僕自身が歓喜の悲鳴を上げる。  
少しでも気を抜けば、一気に放出してしまう。  
 歯を食いしばり目を強く瞑り、初めて経験する強烈な射精感を必死で堪えるのに精一杯だった。  
 本能的に真琴の腰を掴んで耐える。  
 時間に直せば数秒にしかならないだろう。けれども永劫とも呼べるその間を何とかやりすごして  
いると、頭をやわらかく掻き抱かれた。  
 なにごとかと薄目を開ければ、頬に押し当てられた真琴の乳房。  
 たゆんと揺れる豊かな膨らみへと、本能的に吸い付いていた。  
「……ずっと、こうして欲しかった」  
 涙目で僕を見下ろす真琴が、乳をしゃぶる僕の唇を乳首から引き離した。  
 名残惜しく乳首を求めてさまよう僕の唇に、自分の唇をそっと重ねる。  
「最初に寮長会議で出会った時から、ユキちゃんのことがずっと気になってた」  
 唇を離して真琴が言う。僕が何か語りかけようとすると、何も語らせまいとするかのように  
再び僕の唇を塞ぐ。  
 ちゅぽん、と大きな音を立てて唇を離した真琴が続ける。  
「AAAテレパスのあたしにも普通に接してくれたのってユキちゃんだけだった。何千人何万人も  
いる第三で、ユキちゃん一人だけ。それからはユキちゃんのことを考えるだけで、心も身体も  
ポカポカした。こんなあたしでも幸せな気持ちになれたのは、ユキちゃん一人だけ。だけどね――」  
 真琴サキュバスが僕の精を求めて、腰を前後にくねらせながら、心に溜まった滓を吐き捨てる。  
「だけどユキちゃんってば、いっつもそう。お春ちゃんと若菜ちゃんばっかり優しくして。  
あたしのことなんて全然眼中になかった。あたしなんて他の人間と同じ。ぜんっぜん興味なし。  
ユキちゃんから見れば、あたしなんて畑の野菜と同じだった」  
 
 精神波を介しても伝えきれない赤裸々な真琴の告白を、僕は黙って聞くより他にない。  
何も答えられなかった。何を言っても、真琴に対しての言い訳にしかならないと解ったから。  
「あの二人が羨ましくてしょうがなかった。なんであたしはユキちゃんの妹じゃなかったの?  
なんであたし高崎真琴じゃないの?なんでユキちゃんじゃなくて、優弥なんかが兄貴だったの?  
ユキちゃんの妹に生まれてたら、あたしも同じぐらいユキちゃんに可愛がってもらってたのかな?  
そう思うと悔しくて悔しくて、いっつも涙で枕濡らしてた」  
 真琴が泣いている姿なんか見たことがなかった。真琴がそんな素振りを見せたこともない。  
「当たり前でしょ。だってあたし、ユキちゃんの目の前じゃ泣かないって決めてたもの」  
 目に一杯涙を溜めて、真琴がエグエグと啜りあげた。せっかくの決意が台無しじゃないか。  
あまりにも痛々しい。真琴の泣き顔が正視に堪えない。  
 春奈や若菜から「ウザい」と言われた自分を想像しただけで、真琴の気持ちは僕にも痛いほど  
理解できた。もし自分がそんな目に遭えば、自ら命を断つだろう。もし自殺を選ばないのであれば、  
あの優弥並みに斜に構えたペルソナを築き上げでもしないと、とても耐えられまい。  
 それと同じくらいの苦難を受けていたのが真琴だった。ようやく理解した。  
 だったら真琴がどのような暴挙に出ても、僕には受け入れてやる義務がある。  
 春奈の理不尽な暴力を受け止めてやったように。  
「やっぱ男って最低。女を抱きながら、他の女の事を考えていられるんだもの。  
あたしユキちゃんの妹なんかじゃないのに」  
 そうよ妹じゃないのよ、と誰かに言い聞かせるように真琴が繰り返す。  
「ユキちゃんの妹に生まれていたら、ユキちゃんと一つになれなかった。ユキちゃんとこうやって  
エッチできなかった」  
 上唇を吸えば上唇を舌で舐められ、下唇を吸えば下唇を舐められる。  
「だからもういいの。ユキちゃんと結ばれて、世界で一番幸せな女になれたから……」  
 分厚くて温かい舌を舐めてやれば、逆に舌を舐め返される。  
 濃厚なキスを数え切れないほど交わしている間に、僕も限界を迎えようとしていた。  
 真琴に射精してしまう。  
 春奈や若菜とは似ても似つかぬ、淫乱で美しい魔獣の中に、己の遺伝子を注ぎ込んでしまう。  
 僕の腰の上で狂ったように踊り続ける、可愛い真琴の中に。  
「ユキちゃん……」  
 堪える僕の理性を決壊させるべく、真琴が止めの殺し文句を発しようとする。  
 ひらがなにして五文字のそれを言われるよりも早く、僕から真琴の唇を塞いでやって、  
「……!」  
 驚いて大きく目を見開いた真琴の尻を鷲掴みにした。指を喰い込ませる。  
 手足を泳がせて抵抗した真琴だったが、すぐに諦めて僕に身を任せる。  
 肉襞の行き止まりを叩かれるたびに、真琴が小刻みに仰け反り返って。  
 腰ごと持って行かれるほどの強烈な射精感に、僕の視界で星が縦横無尽に飛び回る。  
 雌の中に収まった雄の器官が、本来の機能を果たす喜びに打ち震えた。  
 
 子宮へと精を送り込まれた真琴が、脱力して僕に体重を預ける。やたら重い。僕の肩に顎を乗せ、  
しばらく耳元で深く息衝いていた。  
 僕はといえば熱に浮かされた頭で、ポニーテールを手元に引き寄せて顔をうずめていた。  
シャンプーの匂いに浸っていると、  
「ユキちゃん、ティッシュ」  
 唐突に真琴から呼びかけられる。声に少し怒気が混じっていた。反応に困って何もできないで  
いると、苛立った声で再び催促された。  
「早くしなさいよ。中からユキちゃんの精子が溢れてきてんの」  
 言われるままにコタツの箱に手を伸ばして数枚取ると、トンビが油揚げをかっ攫う手つきで  
奪い取られた。真琴が一気に腰を浮かせて、僕を引き抜き立ち上がる。  
 役目を果たした僕の性器に、白濁した体液が数滴ほどしたたり落ちた。ちょうど真琴の股間が  
目の高さに来たので、どんな風になっているのか見てやった。  
 陰毛は二人の体液に塗れて、肌にべったりと張り付いている。綻びた秘裂がいまだ閉じ切らない。  
中からはみでたヒダの具合といい、入り口の周囲に絡みついた白濁液のからみ具合といい、  
なんとなく受精直後の花に似ているような気がしなくもない。  
「ちょっとユキちゃん、見ないでくれる?」  
 もう少し眺めてみたかったが、ティッシュを掴んだ真琴の手に覆い隠されてしまった。  
 股間にティッシュをあてがって、真琴がコタツの傍らの床に座り込む。僕を背にした胡坐で、  
何やら股間をガサガサと拭っている。脇腹から覗きこもうとしたら、  
「こっち見んな」  
 交わっていた時からは想像もつかないほど邪険に――つまり普段通り――あしらわれた。  
 
 する事もなく手持ち無沙汰になってしまったので、机の上に残された不味い飲み物に口をつける。  
冷蔵庫まで足を運び、まともな飲み物を探し出すのも億劫なほど疲れていた。喉の渇きを癒せるの  
なら、泥水でも十分だった。  
「うわっ、まだ出てくる。こんなに溜め込んでたのに、ユキちゃんてばどうして今まであたしを  
襲わなかったワケ? そら性格もヒネクレて当然だわこりゃ」  
 後始末に難儀する真琴の感想が、引き返せない一線を越えてしまった事実を僕に突き付ける。  
 これが現実だ。  
 なんだかんだ言い訳したところで、所詮僕も一匹の雄にすぎない。真琴の柔肉を自分の精液で  
汚した瞬間に覚えた独占欲や征服感は、他のどんな手段をもってしても満たされることのない  
強烈なものだった。  
 正直に言って、真琴を性の対象として見たことがなかったのは確かだ。春奈に憑り依かれていた  
間は、自分には縁のない出来事だと心から信じていた。  
 その春奈がいなくなった途端、変わり映えのしなかった僕の日常も目まぐるしく動き始めた。  
 世界は変わる。自分の思い描いた将来とは全く違うベクトルを持って。  
 もしかして真琴は、そんな簡単なことを僕に伝えたかったのだろうか。まさか。  
 
「ちょっとユキちゃん?」  
 つらつらと考え事をしていたせいで、真琴に呼ばれたのに気付かなかった。  
 もうすっかり後始末は終ったようで、立ち上がった真琴の身体に体液のたぐいは見当たらない。  
鼻歌まじりにゆっくりと僕に歩み寄る真琴に向けて、「なんだ」と投げ遣りに返事する。  
「ちょっと顔見せてくんない?」  
 言うや否や僕の返事も待たず、真琴が僕の左にドカリと座り込んだ。  
 両頬を掴まれて、ぐいっと首を九十度横に曲げられる。いわゆるネックスクリューという奴だ。  
ごあっ、とマヌケな声を絞り出した。  
「いきなり何をする。首の骨が折れたらどうするんだ」  
 真琴は僕の抗議を無視して、うん、と満足げに頷いた。  
「へぇ、いい顔になったじゃないの。前よりもハンサムになった。あたしが保証する」  
 晴れやかな笑みを浮かべた真琴が、僕の首を自分の方に引き寄せた。それは男の役目だろうが。  
間髪入れずに真琴の顔を掴み返し、彼女に先駆けて強引に唇を奪う。  
「……惚れ直しちゃうわね。悔しいけど、ちょっとカッコ良かったわよ」  
 僕から顔を背けた真琴。力なく立ち上がった横顔がほんのりと赤く染まっていたのは気のせいだ。  
ベッドの上に脱ぎ散らかした下着やセーラー服。やっぱり僕のベッドの上で脱いでいたかこの女。  
力ない動作で再び身に纏い、大きな欠伸をひとつ。  
「それじゃあたしは部屋に戻ってシャワー浴びて寝るわ。あんたの温もりを思い浮かべながらね」  
「眠いんだったら、ここで寝ていけばいいだろう?」  
「そうしたいのはヤマヤマなんだけどさぁ」  
 うん、と真琴が物憂げに頷いた。これが彼女の本性なのか猫を被っているのか、もう判らん。  
「あたし血圧低いから、一度寝ちゃうと朝まで起きないのよねえ。朝チュンは憧れるけど、  
ユキちゃんと寝てるところを見つかる訳にはいかないっしょ? 迷惑かけちゃうしぃ」  
 もう迷惑なら十分受けている。お前との睦言の物音や声も、誰に聞かれていないとも限らない。  
今さら真琴が僕に遣う気なんてないだろう。  
「そんなこと言って、あんた今ごろ真琴ちゃんが惜しくなっちゃったんでしょ? あら図星」  
 歯噛みする僕の前で、真琴が勝気に微笑んでみせた。これが勝者の余裕という奴だろう。  
「そう思うんなら、こんどはユキちゃんがあたしの部屋に来なさい。待ってるから、あたし」  
 どこぞの手紙で見たような言葉とともに、真琴が胸の前で祈るように両手を組んだ。  
 なぜだか背筋が寒くなる。真琴の芝居の寒さというより、なにかイヤな予感がした。  
 春奈だ。  
 春奈がワガママを言い出した時の、あの感覚に似ている。黙って従わなければ何かが起きる。  
それがどんなカタストロフィを引き起こすのか、僕には予想もできない。多分誰にもできまい。  
 凍り付いた僕を尻目に、真琴がくるりと身を翻す。  
 今どき少女マンガでも見られないほど分かりやすいウィンクを僕に送って、  
「じゃ、お休みユキちゃん。愛してる」  
 僕が阻止するよりも早く言い放った真琴が、部屋から去っていく。  
 静寂のみが残った。最低限の身づくろいを整えると、僕は忘れる前に目覚まし時計をセットした。  
 
 それから毎朝、僕は目覚まし時計のアラームに起こされている。  
 迷惑な幽霊は、今朝もいない。  
 部屋を一歩踏み出したら、いるのは迷惑な連中ばかりだ。  
   
 <<終>>  
 

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