小ネタ ―桜―
「若菜…… 」
僕は、ソメイヨシノが盛んに舞い散る中、幹の下に佇んでいる少女を呼んだ。
「なあに、兄さん」
何処までも透明な雰囲気を漂わせる妹が言葉を返す。
「もし、能力が消えたら、実家に帰るのか…… それとも」
若菜は、笑顔を微かにしかめた。
「あんまり、あの家には帰りたくないなあ。でも兄さんが一緒ならいいよ」
「僕と? 」
うん。といって、掌を伸ばして桜の花びらを掬う。
「そう。兄さんと一緒ならどこでもいいよ」
若菜は霞のような笑顔を見せながら謡うように言葉を紡ぐ。
真琴が聞いたらブラコンだの、シスコンだの、やいのやいの言ってからかうだろうけど、
若菜と一緒にいることが、好まざるにして与えられた能力を喪っても、未練がましく
第三EMP学園にとどまっている唯一の理由だ。
「兄さんは、私とずっと一緒にいてもいいの? 」
どういう意味だ?
「兄さん。真琴さんと付き合っているんでしょ? 」
むせそうになった。
なんでいかれたサイコテレパスを恋人にしなくてはならないんだ。
いくら彼女という羨むべき存在が傍らにいないからって、そこまで落ちぶれていないと信じたい。
「でも、真琴さんは、兄さんのことが好きだよ」
「どうして確信をもって言うんだ? 」
僕はしかめっ面をしながら、たんぽぽのような笑顔に向けて言う。
「なんとなく、分かるんだ」
ああ、そうかい。
いつの間に預言者の能力を備えた妹に、苦笑未満の表情を浮かべながら、
僕は桜の木で舞っている双子の片割れの手をとった。
「そろそろ、いくぞ」
「うん。兄さん」
僕は、季節の名前が付けられた、既にいないもう一人の妹の後ろ姿を思い出しながら、
舞い散る桜並木をゆっくりと通り抜けていった。
(おしまい)