サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことは、たわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話しだが、それでも僕がいつまでサンタ……
いや、神も仏も世の中にありもしないなんてことに気づいたのは6年前、僕の妹が死んでしまった時だろうか。
僕は元々神様なんて怪しいものを大して信じてはいなかったけれど、それでも目の前で自分の肉親が死んだ時、そんなものなんざ無いことを知らざるを得なかった。
──おにいちゃん
炎
全てを包む炎。僕に課された選択。
死の感覚。
春奈──それ以来姿を見せなくなった僕の妹
「行くな」
手を伸ばす……
「春奈ーーーー」
ジリリリリリリ
伸ばした手が空を切る。あるはずのものがそこにはなかった。
「おはよう。ユキちゃん」
声のした方向に顔を向けると、目覚し時計を手にもった真琴がそこにいた。
僕は目覚し時計を取り返すと、スイッチを押して五月蝿いアラームをとめた。
「何やってるんだ、お前は?」
真琴は子供に夢を与える……にしては少し刺激が強すぎるサンタクロースの格好をしていた。
露出が多すぎる、寒くないんだろうか。
「見りゃ分かるっしょ。それともまだおねむかしら?」
「何をしにきた?」
「何って、ここは男の部屋なんだから、ナニするに決まってんでしょ」
そういうと、真琴は妖艶に微笑んだ。
──はあ
大きく嘆息しようとして、僕は気づいた。
体が縛られたように動かない。……いや、違う。僕の意思とは無関係に僕の腕が伸びていた。
──精神操作か……
伸ばされた腕から真琴の軟らかい感触が伝わってくる。鼻腔をふわりと髪の匂いがくすぐる。
顔と顔。唇と唇が近づく。
……そうだ。あの時もそうだった。
頭の中で幼い妹の声がリフレインする。
「あーん。ユキちゃん。あんま焦らさないで」
「……春奈のことを考えてた」
少しの沈黙の後、僕はやっとそれだけを呟いた。
「はあ、あんたってば……やっぱシスコンね。それも重度の」
そう言って真琴は、僕の知ってる普段の顔より少しだけ悲しげな表情をした。
「ねえ、ユキちゃん。サンタクロースっていると思う?」
突然、呟くように真琴が聞いてくる。僕の胸にまだ、身体を預けたままだ。
「さあな」
「ふふーん。まあ、あたしは想像上の赤服じじーなんか現実にいるなんて思わないんだけどさあ」
「お前達みたいなEMP能力者だの、想念体だのがいるんだ。空飛ぶトナカイだの、ボランティアする爺さんだのいたって別におかしくはないだろ?」
「クリスマスが幸せな日だってのは幻想よ」
そうかもしれない。
僕がたまたま幸せに過ごしてきただけで、真琴が幸せに過ごしてきた保証なんかどこにもない。
「だからサンタクロースも幻想」
そう言って真琴はまた悲しげな表情を見せた。
こいつはいったいどんなクリスマスを過ごしてきたのだろうか?
考えてみると僕はこいつのことをまだまだ知らないのかも知れない。
「真琴」
呼びかけると同時に、自分の思いを心に想起する。
真琴がAAA級のテレパスで、接触型じゃないことなんてとうの昔に知っているのに、僕は腕の力を強めた。
「ちょ、ちょっとユキちゃん」
「今幸せか?」
そのまま僕は目の前の唇に口付けした。
口が塞がったまま、僕の心に真琴の思念が流れてくる。
<……悪かないわね>
神も仏も世の中にはいないけれど、サンタクロースくらい、いてもいいんじゃないだろうか?
6年前から一人になった僕の妹達も、宮野や茉衣子も……
それから目の前の真琴もクリスマスくらいは幸せに過ごして欲しい。
僕は柄にもなくそんなことを思った。