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〇章  
 
公立第三EMP学園―。  
深い森に閉ざされたこの学校の存在を知るものは少ない。  
 
ある運送会社の運転手はこう言う。  
「あの学校にまともな奴はいねぇ」  
見方によっては正しい感想である。  
 
この学校の生徒にはEMP能力という普通ではない力がある。  
 
EMP能力は日本の子供だけに低確率で発現する異能の力だ。  
なぜこのような力が芽生えるのか、何のための力なのか、メカニズムは何か…などといったことは全て謎に包まれている。  
力の内容は十人十色。  
火をつけるような実用的なものから、猫の思考を読むといった何の役に立つのか分からないものまで様々だ。  
このEMP能力者たちを世間の目から隠しておくための場所がEMP学園だ。  
こんな山の中に立地しているのはそのためである。  
 
たった一人だけ、EMP能力を持たないでこの学園の生徒をしている者がいる。  
彼は名を高崎佳由季と言い、第三EMP学園高等部二年、男子寮B棟寮長である。  
佳由季はこの春先にこの学園にいる唯一の理由を失った。  
が、半年経った今でもまだここに留まっていた。  
それがなぜなのかは本人にも分からないかもしれない。  
 
さて、この学園の寮は二人部屋であり、寮長である彼にもルームメイトがいる。  
いや、そう呼んでしまうと本人は異を唱えるかもしれない。仕方なく部屋の半分を明け渡しているからだ。  
侵略者の名は宮野秀策。周囲の人間はこう思う。変人という言葉は彼のためにあると。  
学生の多くは彼のことをいくつかの意味で畏怖している。  
宮野がどれほど常軌を逸した人間であるのかは、今ここで語らずともすぐに分かることであるから省略する。  
いつも制服の上に洗いたてのような白衣を着ているが、やはり理由は分からない。  
 
今、第三EMPの周辺は紅葉真っ盛りだ。  
学生の多くはまだ夢の中で、これから展開する事態などそれこそ夢にも見ていない。  
 
朝日がようやく山の木々を照らす頃、生徒が一人、学校を出て行った。  
 
一章  
 
食堂で高崎佳由季は耳を塞いでいた。  
両手を使ってしまうと朝食が食べられないため、片手で片耳のみを押さえている。  
「何と言うことだ、こんなことがあっていいのか!よりによってこの私に!」  
声の主は宮野秀策に他ならない。  
佳由季はだし巻き玉子をほおばりながら思う、何回繰り返すのだろう。  
「つまりそういうことなのでございましょう!自然なことです。  
 EMP能力は平均して発現が十四歳、消失が十八歳なのですから、それが少し早まっただけのことですわ」  
光明寺茉衣子が怜悧に言い放った。  
ゴス調の真っ黒な衣装。それに負けないほど黒く長い髪。  
茉衣子に断言されれば大抵の者はひるんでしまうが、宮野は気にも留めない。  
「私がいなくなったら生徒自治会保安部対魔班はどうなるというのだ。  
 まだ私の手が離れるには尚早というものだろう!」  
「朝からそのテンションはこたえますわ。周囲の方もそう思っているはずです。  
 その無駄なエネルギーをさっさと身支度に使ったらいかがでしょう」  
周囲の人間は茉衣子込みでうるさがっているのだが、彼女は全く気付かない。  
「いいか茉衣子君、これはどう考えてもおかしいのだ」  
宮野は腕組みをして言った。米粒が頬にくっついている。  
「わたくしのことは光明寺とお呼びください。何度言えば分かりますの」  
「光明寺君。このような半端な時期及び状態において私のEMP能力が消失するなどありえぬ事なのだ。  
 なぜだか分かるかね?」  
茉衣子は呆れて答える。  
「班長のたわけた問答にはうんざりです。わたくし回答権をを放棄いたしますので。ご勝手にどうぞ」  
「つれないな光明寺君。では、そこな君。類君、どうかね?」  
それまで茉衣子の隣でひっそりと夫婦漫才を見ていた蒼ノ木類は、途端に目を白黒させてむせ始めた。  
しばしの後にようやく調子を整えた類は、自信なさそうにこう答えた。  
「え、えっと…何の話でしたっけ?」  
「………」  
一連の流れを傍聴していた佳由季はあらためて溜息をついた。  
僕の周りにはどうしてこう頭も行動も賑やかな奴ばかり集まるのだろう。  
「寮長ど」  
「パス」  
佳由季はテーブルにゆるゆると沈み込んで言った。  
「仕方がない。ならば私自らが回答を提示しようではないか。  
 なぜこのような時に私の能力が失われるはずかないのか。それは私がこのような事態を望んでいないからだ!」  
…どこかのライトノベルに出てきそうな言い回しである。などと誰も思いはしなかった。  
「本当に無意味な問答ですわ。こんな人間が仮にもわたくしの上司にあたるなんて…一生の不覚です」  
「さて。まずはあの女のもとへ向かう必要があるであろうな。  
 他に理由を知っていそうな人間に思い当たらん。ではさらばだ!」  
脈絡のないことを言うと宮野は消えた。いや、消えるような速度でいなくなった。食器くらい片付けて行け。  
佳由季は茉衣子の方を見た。茉衣子は腕組みをして、どうすれば宮野がおとなしくなるか考えているように見えた。  
「心配にはならないのか」  
佳由季は味噌汁の茶碗を置きながら言った。  
「何がですか」  
茉衣子はまだ強い語調を保っていた。  
「あいつだよ。もし本当にEMP能力がなくなったのなら退校だろ」  
「それはそうですが、本人があんなですから心配するだけばかばかしいと言うものです。  
 それに班長は自分ではまだ能力が消えたとは思っていないようです。眉唾ですけれど」  
「何にしろ、また寮生が迷惑するようなことはごめんだな」  
佳由季は席を立って、ひらひらと手を振った。  
 
「宮野さん、大丈夫なんでしょうか?」  
類がデフォルトとなっている困り顔で言った。茉衣子はそれを上の空で聞いていた。  
 
もし…もし本当に宮野のEMP能力がなくなったのだとしたらどうだろう?  
宮野が本当にこの学校を出て行くことになったとしたら。  
いつかはその時が来る。  
それは分かっている。誰もがいつかこの学校を去る。  
だが今日この日とは思ってもいない。もう少し時間があるだろうと考えていた。  
この前。あの悪夢のような吸血鬼事件がようやく片づいた後、自分はなんと言っただろう。  
 
―突然いなくなるのは不愉快です。  
 
…そうですわ。  
あれだけ勝手にわたくしの日常を乱しておいて、急に去ったりするなどあるまじき行為です。  
良いか悪いかはともかくとして、班長がわたくしの世界の一部に存在していることは紛れもない事実なのです。  
しぶしぶながらわたくしはそれを認めたのですから、突然いなくなるなど―  
「許せません!」  
茉衣子はテーブルを両拳で叩いて立ち上がった。  
「わわわわっ!ま、茉衣子さん!?」  
類のお馴染みのリアクションも、一時的に集まった周囲の目もこの時の茉衣子には見えていなかった。  
 
佳由季は歩きながら考えていた。  
宮野がここを出て行くなどということがあり得るのだろうか?  
何となくあいつは茉衣子や若菜と違い、いつまでもEMP能力を所持していそうなイメージがある。  
もしあいつが通常の世界に復帰したらと思ったことはあっても、実際にそうなるとは思っていない。  
あいつがここからいなくなるなら、僕の部屋もまた静かになるのか。  
春菜がいなくなってからひと月だけ、あの部屋の住人は僕一人だった。  
何だろう。落ち着かない。  
僕はこういう突然の変化というものに、案外弱い人間なのかもしれない。  
宮野が騒いだおかげでこっちは朝からブルー色だ。  
 
「何やらお悩みのようですね」  
佳由季は足を止めて思わず目を閉じた。  
振り向かずとも、後ろからの声の主は明らかだった。  
「随分早く再登場したな」  
「えぇ。あらかじめ言っておきますが、今回は何も企んでいませんよ?」  
仕方なく後ろを見る。  
抜水優弥が少女マンガの美男子キャラ顔負けのスマイルを貼り付けてそこにいた。  
「何しに来た。当分お前に会うことはないと思っていたのに」  
「それは期待を裏切ってしまい申し訳ありません」  
ちっとも申し訳なさそうではない。  
「何か変わったことが起こらないかなぁと思いましてね」  
何が言いたい。宮野がうるさかったこと以外はいつも通りだ。  
いや、宮野はいつもうるさいから、まったくもって変わったことなどない。  
「そうですか。それは残念です」  
優弥はくっくと笑い、  
「また多世界移動者や吸血鬼なんてものが出現しないかと妄想していまして」  
どこから突っ込めばいいのだろう…。今のは本当に僕の表情から読み取ったのか?  
それに多世界移動者について結局僕は詳しいことを知らない。  
吸血鬼に関してはもう済んだことだ。掘り返すまでもない。  
「まぁ面白いことが起きないのなら辛抱強く待つか、探しに行くか、自分で起こすかですが、  
 僕はそこまで退屈しているわけでもないんですよ。幸いなことにね」  
「じゃあどうしてここにいるんだよ」  
「さてなぜでしょう。高崎さんは知っていますか?ご自分がなぜ今この場にいるのか。  
 これは深遠な議題ですよ。僕は回答にかなりの時間を要しそうです」  
またか。こいつのはぐらかすような禅問答にはうんざりだ。  
「僕があなたの立場でも同様です。春菜さんの件は本当に残念ですから」  
「いい加減にしろ」  
 
わざわざ感情を逆なですることを言うな。  
「PSYネット。あれは本当になくなったのでしょうか?春菜さんは本当にいなくなったのでしょうか」  
佳由季は無視して教室へ向かうことにした。背後の優弥の声が小さくなっていく。  
「たまたま選ばれたのがこの世界だったことが偶然だとは思えないのですよ…」  
角を曲がって、声が届かなくなった後、優弥はこう言った。  
「僕はまだあきらめていませんよ」  
直後に声と姿はかき消えた。  
 
 
「何と言うことだ!やはり事態はそう易々と片付かぬのだな!」  
朝食時と微妙に異なるセリフを宮野は言った。  
朝の四人に加え、茉衣子の隣には佳由季の妹、高崎若菜が座っていた。  
類と共にきょとんとして宮野を見ている。  
その宮野は朝にも勝る大音声でこうのたまった。  
「予定調和にも退校とはならなんだぞ寮長殿!さて、ここでまた問題だ。なぜだと思うかね?」  
「パス2」  
「往々にして物語とは予定調和の塊である!そこは用意された舞台であるからな。  
 舞台に立つ役者は決められた台本に沿ってしか舞えぬのだ。些細なアドリブでは本筋は揺るがぬ!」  
例によって中身のないことを言う宮野の表情は、また例によって楽しそうである。  
「この状況はつまり『宮野秀作という人間をEMP能力無しにここに置いておく必要がある』  
 ということなのだと私は考える!」  
類と若菜コンビはぽかんとしたまま宮野の話を聞いている。  
その中央で茉衣子は苦虫のペーストを口に含んでいるような表情をしてこう言った。  
「どうしたらそのような思い込みに至ることができるのか謎ですわ。ミステリィです。  
 一度物好きな研究機関にでも班長の脳みそを見てもらえばいいのです。  
 即座に異常をきたしている箇所が多数発見されることでしょうとも。えぇ」  
宮野は気がついたように片眉をつり上げて、  
「これは面白いことを言うな茉衣子君!  
 実に有意義な研究となろう。人類が更なる飛躍を遂げるきっかけが今の君の発言であるやもしれん。  
 私の脳内手帳の優先事項の30番目くらいには書き込んでやらんでもない」  
「ご勝手にどうぞ。それにしても班長の脳を解析することで人類が進歩するなどという戯言が  
 よく言えたものですわね。わたくし戦慄します」  
佳由季はもう耳を塞いだりしていなかった。するだけムダだ。  
この口論が今の時間帯の強制BGMとなることは必然であるらしい。  
「二人ともよくずっと話してられるよね」  
「そうですね…」  
口をOの字に開けたまま、若菜と類は茉衣子の背中越しに顔を見合わせた。二人の昼食はまだ半分以上残っている。  
「さてここで謎がある。どうやら縞瀬真琴が不在らしい」  
「真琴がいない?」  
佳由季は訊き返した。  
「そうなのだよ寮長殿。あの女は無意味な言動はするが無意味に学園を留守にしたりはせん。  
 さてどうしたことであろうな」  
「真琴がいないならお前は誰に退校保留措置を聴いたんだ?」  
「冷泉とか言ったか、あやつだ」  
冷泉光洋。生徒自治会執行部の一年生で真琴の補佐的ポジション。  
吸血鬼事件で吸血鬼にならなかった数少ない人物でもある。  
「真琴はどこに行ったんだ?」  
「第一EMPだ、理由は知らぬ存ぜぬであったが。ちなみに早朝にはいなかったようだぞ」  
佳由季は黙った。今日に限って優弥が現れたのは真琴がいなかったからなのか?  
だとすればあいつはやはり何か企んでいるのだろうか。  
「どうした寮長殿?何か気になることでもあったか?」  
「いや別に。何でもない」  
 
第三EMP学園生徒自治会会長代理、縞瀬真琴はトリプルAクラスのテレパス(感応力者)だ。  
性格はとことんひねくれているが、実力ならこの学校で右に出るものはいない。  
…宮野であれば左に出てくるかもしれない。  
佳由季は考えていた。僕の知る範囲では真琴が外出したことなど滅多とない。  
他二つの学校はここから遠く離れているし、  
メールで済まない会議もあいつならここにいながらにして参加できるはずだ。  
何か自ら遠くの学校まで足を運ぶ理由があるのだろうか。  
 
「何か事件の匂いかするな!一体どれほどの規模になるやら楽しみだ。  
 そしてどんな事態になろうとも、それが無事に解決することを私は確信している!なぜなら―」  
この先は誰も聴いていないようなので割愛しよう。  
聴いていたかもしれないが、それはまるで意味のないことや、考えるに足りぬことであり、  
特別ここで描写するまでもないことなのだ。  
 
昼食がようやく終わると宮野は膝をぶつけて威勢よく立ち上がった。  
「私は調べ者や考え事にしばし没頭する必要がある。  
 どうやらこの一件、私にスポットが当たっている気がしてならんのだ。  
 むろん当たってなかったとしても自ら発光するまでだがな。  
 だがしかし今は一度舞台から去ろうではないか。それでは諸君!しかるべき時までさらばだ!」  
 
二章  
 
公立第二EMP学園―。  
第三EMPと数百キロ離れたこの場所で、男子生徒が一人、叫んでいた。  
「だぁぁっ!だからどうしててめぇはいつもそうなんだよ。  
 変な力を持ってるのはお互い様かもしれんが、もう少し常識的振る舞いってものをだなぁ!」  
何やら誰かと論争中らしい。  
しかし、彼の声しか聴こえないのでこれは論争と呼べないものかもしれない。  
「って何だよこれは!おい、はずせ!俺で実験すんな!」  
彼は日頃クールでいることを心がけていたが、なにせ周囲がボケ担当の人材だらけなので、  
自分が突っ込みを入れないわけにはいかないという悲しい習性を身につけている。  
 
たまらず彼―蜩篤史は自室を飛び出した。  
蜩にもまた奇矯なルームメイトがいて、名を那岐鳥獅子丸という。  
先ほどのやりとりは獅子丸とのものだ。  
「くそ、どうしてこう変人ばっかなんだ」  
誰かと似たような境遇だが、ここが第二EMPであるだけまだましである。蜩には知る由もないが。  
 
「あー蜩くんだぁ!やっほー!」  
「うげっ!」  
対面から小柄な美少女が歩いてくる。  
彼女の名は喜夛高多鹿。舌を噛みそうな名前である。  
「多鹿・・・お前はどうしてそう都合いいタイミングでしか登場できないんだ?」  
「都合いいって何?蜩くんあたしに会いたかったの?」  
「んなわけねぇよ!だから例えて言えばだな…。  
 朝通学路を急いでいたら角でパンをくわえた女子高生に出くわすみたいな」  
「何それ?あたしたち通学路なんてないじゃない。  
 でもなんだか楽しそう!今度蜩くん相手に試してみるね」  
「今通学路がないって言ったばっかじゃねぇか」  
「廊下でもどこでもいいじゃん」  
「お前なら100%成功するからやめてくれ、頼む」  
「おっと、授業だよ!それじゃね蜩く…わっ!」  
「だからどうして何もない通路で転ぶんだよ…」  
 
ノンストップでお送りした今の会話は、実は本筋と何の関係もない。  
ひょっとしたら一人か二人はこういう普遍的やり取りにニヤリとしそうなものなので、  
つい寄り道してしまった。ということにしておくといいのではないだろうか。  
本当の目的地はここではない。  
 
 
公立第一EMP学園―。  
数字というものは順番に増えていく。  
その法則に従えばここが本家本元のEMP学園のはずで、事実その通りである。  
校舎の雰囲気からして堅実かつ聡明な雰囲気だ。  
第三の生徒がここを見たらどのような感想を抱くだろうか。  
敷地は広く、校舎も大きい。近隣の私立校と比べても遜色ないのではないだろうか。  
さて、校舎の一角、誰もいない廊下を一人の生徒が歩いている。  
その人物は迷いなくつかつかと進み、ある部屋の前で立ち止まる。  
一拍置いてドアをノックし、了承の返事を聞くと中に入る。  
「待っていたよ」  
洋画の吹き替えに出てきそうな渋い男の声がした。  
「光栄です」  
生徒は応えた。  
「事は急を要する。早速だが本題に入ろう、座ってくれ」  
「分かりました」  
四方の壁の三面は本棚で、書籍がずらりと並んでいる。  
調度品はどれも高級な質感であり、ソファは革張り、机は天然素材。  
立派な灰皿まで置いてあるが果たして誰が煙草を吸うのだろう。  
「我が校もようやく総意が得られた。手段は荒いがやむを得ん」  
「きっとわかっていただけますわ。全EMP能力者のためです」  
 
訪問者はにこりと笑った。  
「だといいのだがな…。しかし春の一件は失敗だった。第三EMPにだけ任せるべきではなかったのだろうな」  
「今となっては過ぎたことです。それに、今回の決定にはその挽回の意味もこめられているのでしょう?」  
男はしばし黙って、考え込むように  
「そうだな。よろしく頼む。…それでどうだ?今のところ感付かれている気配はないか?」  
「大丈夫でしょう。私の不在を知るものはおりますが、問題はありません」  
「そうか」  
ここで男の方が席を立ち、窓に近付いて景色を眺めた。  
「…しくじるわけにはいかんからな。手はずどおり頼む。縞瀬くん」  
 
午後の陽が柔らかく降りそそぐ一室で、縞瀬真琴は微笑んだ。  
 
 
「わっ!ごめんなさい!いててて…」  
「………」  
「あ!なんだ、蜩くんか〜。あ、あたしの鞄の中身が全部出てる」  
「お前鞄なんか使ってたか?それにノートとかも絶対使ってねぇだろこれ!  
 しかもこのタイミングはぜってぇありえねぇ!俺は認めねぇぞ」  
「わーん蜩くんがいじめるよぅ…しくしく」  
「泣きまねはよせ。周りが誤解するだろ!ほら、お前ら、こっち見んな!」  
「ちぇー」  
 
三章  
 
第三EMP学園に舞台は戻る。  
夕方だった。空も山も真っ赤に染まっていた。  
高崎佳由季は紅茶を飲みながら自室で休んでいた。  
冬にずいぶんと近付いた今は、こたつや毛布が恋しくなる。  
度重なる補修工事は学校の予算を削り部屋の窓を薄くし、心までも寒くさせる。  
宮野はまだ戻ってきてないが、  
あまりに静かなのであいつの無意味トークもこういう時くらいはいいかもしれない。  
ソファに座っていた佳由季は、横になって毛布をかけた。  
 
静かだ。  
思えばこの学校に来て、静かにくつろげたことなどそう何回もなかった。  
春菜がいなくなって以降も、何やかやと事件に巻き込まれていたし。  
佳由季は今までを回想しつつ思う。  
未だに僕がここにいることが正しいのかどうか分からない。  
真琴は曖昧なことしか言わないし、茉衣子はこの話題には触れない。気を遣っているのだろう。  
若菜はのん気に「いいんじゃないのー」と言うだけだし、宮野は論外だ。  
僕はいつこの学校を出て行くのだろう。その時誰が僕を見送ってくれるのだろう。  
まさか自分が最後だったりはしないよな。  
 
「こんばんは」  
突然の声に飛び起きた。自分の机に誰かが座っている。どこかで見たような…。  
「お久しぶりです」  
「誰だっけ…?」  
言いながら佳由季は記憶が蘇るのを感じる。なぜかこれまで一度も思い出さなかった。  
あの盆休み、若菜と電車に乗っているときに出会ったあの少女だ。  
「あぁ、あの時の…」  
「思い出していただけたようで何よりです。今回はご忠告を携えて参りました。  
 私がどうしてここにいるかなどということはお気になさらずに聞いてください」  
無理な注文に思えたが、彼女がどこから来たか考えようとすると、何故か思考がストップしてしまう。  
無意識が拒否しているようにも思える。  
「今この学校に会長代理がいないのはご存知ですね?」  
「あぁ。だが詳しい理由までは知らないな」  
「明日」  
明日?  
「明日の今頃。午後五時前後にこの学園は襲撃を受けます」  
「…何だって?」  
「それ以上のことは言えません。わたしは必要なことのみ伝えます」  
寝耳に水だ。本当なのか?誰が?何の目的で?  
「相手もEMP能力者であるとだけ申し添えておきます」  
「それをどうして僕に言うんだ?もっと他に伝えるべき相手がいるだろう」  
「前回あなたはわたしを信じてくださいました。それだけで理由は十分です」  
少女はにこりと微笑んだ。  
「どうすればいいんだ?」  
「あなたは自分が思っているよりも仲間に恵まれているのです。わたしが言えることはそれだけです」  
…。他には何も教えてくれないようだった。  
「それではわたしはこれにて失礼いたします」  
少女はそれまで座っていた椅子から立ち上がると、穏やかに微笑んだままドアまで移動し、外に出た。  
 
夢から覚めたようにはっと気がついた佳由季は、すぐにドアに駆け寄って廊下を見た。  
当然のように少女の姿はない。来た時はどうしたのだろう。ここは三階だ。  
 
間もなく夕食だ。とりあえずそこにいる誰かに話してみることにしよう。  
佳由季は食堂に向けて歩き出した。  
「僕自身半信半疑なのに信じてくれるか分からないけどな」  
 
夕食の場にいたのは光明寺茉衣子ただ一人だった。  
若菜と類は配膳係になっており、類が危なげに渡す味噌汁を何とか受け取って佳由季は席に着いた。  
「宮野を見てないか?」  
「班長ですか?さぁ、昼にどこかへ行って以来見ておりませんわね。  
 おかげさまで午後はぞんぶんにくつろぐことができました」  
茉衣子は目を閉じて感慨にふけるように言った。  
「あいつにも一応言っておきたかったんだがな」  
「何の話ですの?」  
茉衣子は何でもなさそうに訊いた。  
「明日この学校が襲われるらしい」  
佳由季は努めて通常通りのトーンを維持したが、それでもセリフが嘘くさく聴こえることには変わりなかった。  
「何ですかそれは。高崎さまらしからぬ冗談ですわね。  
 あのトリ頭の班長ですら笑うかどうか怪しいところです」  
「やっぱり信じないよな、こんなこと言われても」  
佳由季は困った。茉衣子の反応は他の人間のものと大差ないだろう。  
「話が乱暴すぎますわ。もう少し人が信じやすいような嘘を考えるべきでは?」  
と言われてもあれで事実らしいのだから仕方がない。  
なぜ自分が先ほどの少女の話をすっかり信じているのか、佳由季にはよく分からなかった。  
佳由季は頭を抱えた。何の能力もないのにどうしてこう厄介ごとに巻き込まれるのだろう。  
そういうEMP能力があるのだと誰かに言われれば信じてしまえるほどだ。  
<<どうしましたか>>  
覚えのある思念が入り込んできた。次に気がついたのは左手首の温度。  
佳由季が顔を上げると、そこにはやはり×マークが描かれたマスクをした女子生徒がいた。  
<<お久しぶりです>>  
新屋敷祈は目の端を緩ませて微笑んだ。  
「あぁ、久しぶり」  
吸血鬼騒動から祈の姿は見ていなかった。  
<<しばらく実家に帰っていました。この前の一件で少し疲れてしまったので…。  
 真琴さんが許可を下さいました>>  
なるほど。模造人格が二人分も余計に入り込んでいたら負担にもなるだろう。  
「そうか。もう大丈夫なのか?」  
<<おかげさまで。それで何かあったのでしょうか?先日のお礼を言おうとしたら頭を抱えておられたので…>>  
礼などいらない。僕はほとんど何もできなかったに等しい。  
もう一度嘘くさく聴こえる話を言うのはためらわれたが、佳由季は一呼吸置いて、告げた。  
「明日この学校が襲われるらしい」  
佳由季はさっきあったことをすべて二人に話した。五分もあれば充分だった。  
説明を終えてほうじ茶をすすっていると、茉衣子が発現した。  
「聞いた限りではやはり信じられませんわ。その忠告なさった女性がまず謎です。  
 それにわたくしたちに疑念を抱かせることこそが、その何者かの狙いなのかもしれません」  
「それはあの謎女がグルってことか?それはないと思うぞ。現に夏にはあいつの助言は役立ったようだし」  
「夏とは?」  
「あの時だ。偶然お前と宮野の白黒コンビと出くわしただろ。あの場所へ行くように指示したのもあいつだった」  
佳由季はその時の状況も詳しく話した。  
祈は全くこの件を知らなかったので、説明には茉衣子も加わった。  
茉衣子の説明の傍らで佳由季は思う。あの時の指示は宮野たち一行を救うため以外の何物でもない。  
「一体何者なのでしょうね、その女性は。あらためて謎ですわ」  
茉衣子が佳由季の疑問を言語化した。  
「その助言がなければ班長は今頃オダブツだったかもしれません」  
茉衣子が考え込むのと同時に、祈の思念が二人に伝わる。  
<<少なくとも襲撃者の仲間ということはなさそうですね。助言するメリットがないように思えます>>  
祈を中心に横一列に座る3人の姿は傍から見ると奇妙な光景だが、  
祈の思念は彼女が触れている者にしか伝わらないのだからそれもやむなしである。  
「差しあたってはあいつの正体よりも明日どうするかだろうな。  
 真琴がいれば事情を話して警戒発令なりなんなりしてもらえそうだが」  
茉衣子は顎に手を当てて思案しつつ答える。  
「今の話をすべて信じられる人間はそう多くないでしょうね。端的に『警戒せよ』だけでは意味不明ですし」  
<<何人で来るのかも分からないのですね。相手がEMP能力者ということだけしか>>  
暗雲の海岸にいるような気分になる思念を祈が発した。  
どこぞのヒネクレテレパスと違って、表裏のない透き通った波調である。  
 
「僕は会長室に言ってみる。冷泉がいるはずだ。話すだけ話してみるべきだろう」  
「わたくしは若菜さんと類さんに言っておきましょう。杞憂に終わればよいのですが」  
 
 
物語が動いている。何者の意図によって進み、またどのような場所へ向かっているのか、不明のままに。  
 
 
「類ちゃんってさ、気になる人とかいないの?」  
「えっ、えっ?わっ、きゃ!」  
がしゃん!  
「わーお皿が。箒とちりとり持ってくるね」  
「うぅ・・・ごめんなさい。びっくりしたもので」  
「だいじょぶ〜。よっ、と。それで、いないの?ね?」  
「え…え〜。うーん…」  
「あ、その顔はいるんでしょ?誰だれ?」  
「笑いませんか?」  
「笑わないよー。人の好きな人聞いて笑ったりしないよ」  
「・・・ひそひそひそ」  
「えーっ!?」  
「し、しーっ!静かにしてくださいよぅ」  
「驚きだなぁ。意外かも」  
「そうですか?う〜ん」  
「ね、どのへんが好きなの?」  
「え、えぇと・・・」  
 
 
―  
 
 
 
現段階においての意見を求める―。  
 
ターゲットは潜伏行動中―。  
 
修正は必要ないか―。  
 
必要ない。概ね理想数値で推移―。  
 
ターゲットにこれほどの試行をするだけの素養はあるのか―。  
 
あると判断する。我々をもしのぐかもしれない―。  
 
今後の展望を―。  
 
時間は限られている。ターゲットも間もなく動くだろう―。  
 
―。  
 
当面はそれを監視―。  
 
了解―。  
 
予定域内に入り次第接触を試みる―。  
 
入らない場合は―。  
 
それだけの存在だったということ。以後試行は必要ない―。  
 
了解。続行するがよいか―。  
 
了解―。  
 
続行―。  
 
四章・A  
 
「君!今何か妙な感じがしなかったかね?」  
突然指を突きつけられた生徒は身じろぎをした。  
学食。最終便とも言うべき時間帯。ほとんどが残り物なので品数は少ない。  
ほうれん草のおひたしとロールキャベツがもう品切れとなっていた。  
残っている生徒も少なく、指差した者、指された者のほか配膳係が二名、生徒が他に二名しかいなかった。  
閑散としているせいで、先ほどの大音声は実にクリアに食堂内に響き渡った。間違いなく全員に聴こえている。  
無差別に指されたその生徒はふるふると首を横に振った。  
指した男は腕組みをして、  
「そうか・・・。どうも最近首筋がこそばゆいような妙な感覚がすることがあってな。  
 気のせいならよいのだ。すまなかった」  
と言って得体の知れない食物の咀嚼を続行した。  
どうやったらここのメニューからこんなものを作り出せるのだろう。液体なのか固体なのかも判然としない。  
「ふむ。やはりこの食堂は凋落の一途を辿っておるな。ここにも私の助力が必要かな?」  
そんな事があった日にはその日こそが第三EMP学食の命日となるだろう。だが今気にすることではあるまい。  
ようやく食事を終えた宮野はほうじ茶を二秒で飲み干し席を立った。時計は午後八時をまわったところだ。  
 
早速と宮野は部屋に戻った。  
「寮長殿!ご無沙汰であったな。いや実に半日ぶりか。  
 今日は一日が妙に長かったな。  
 だがこれでまた、私はこの宇宙を形作る神秘の核心に一歩近づけたと愚考する!」  
「ん・・・あぁお前か」  
佳由季は宮野のセリフを全て聞き流して目が覚めた。部屋が静かすぎるとどうも眠くなる。  
「どうした寮長殿!芳しくないな。何かあったのかね?」  
佳由季は机に伏していた頭をもたげた。どこまで考えていたのだっけ。  
宮野に話すとねじれる可能性も大だが、真琴がいないのならばこいつに話すしかあるまい。  
「お前…明日この学校に侵入者が来ると知ったら喜ぶか?」  
宮野はセリフの真ん中あたりで首をくるっとこちらに向けた。  
「侵入者だと!?それは何者かね?お聞かせ願おう!」  
佳由季はしばし目を閉じて首を振って眠気を飛ばすと、言った。  
「たぶん来る。何人かは分からないがEMP能力者らしい。  
 他校の連中なのか、抜水優弥の組織なのか、それ以外の誰かなのかは分からない」  
「ほう!それは異なことだ。いつやって来るのかね」  
「明日の五時と言っていた。さっきまでどうするか考えてたんだ」  
宮野は鼻を鳴らして足を組み替え言い放った。  
「戦えばよかろう!何が狙いかは知らんが、侵入者である以上そやつらは明確な『敵』なのだからな!  
 何を迷うことがあるのだ寮長殿」  
ほとんど予想通りのリアクションだったので想定どおりに言葉を返してやる。  
「誰が戦うんだよ。さっき冷泉のところにいったが、信じちゃくれなかったぞ。  
 つまり対策も何もなしだ」  
「ふん、あのような者ハナから頼りにしておらん。  
 私がいるだけで第三EMPの平和と秩序は保たれたも同然である!」  
むしろ率先してぶち壊しているだろ。  
などとツッコミをいれても無駄な事はとっくの昔に自明となっていたので控えておく。  
「お前今無能力状態なんだろ」  
今、というか、本来ならもう未来永劫戻らないはずだ。  
「そんなことはまるで問題ではない!大丈夫だ。面倒なので説明はしないが、近いうちに分かるであろう」  
何が分かるというのだろう。そもそもこれは事件なのか?  
現段階では何も起きていないに等しい。  
「寮長殿、考えてもみたまえ。縞瀬真琴の出向と私の能力消失、そして襲撃の噂。  
 これら3つが偶然重なることなどあると思うかね?  
 物語とは全て予定と調和の中に成り立っていると言ったはずだ。そしてこれは予定調和以外の何物でもない。  
 分かるかね?つまりこれは  
 
<アスタリスク・1>  
介入する。  
 
<インターセプタ・1>  
お待ちを。  
可能範囲限界まで動向を観察したい。  
許可を。  
 
<インスペクタ・1>  
既に限界ではないのか。  
介入を申請すべき。  
 
<アスタリスク・2>  
インターセプタを許可。  
実行する。  
終了。  
 
四章・B  
 
分かるかね?つまりこれは何者かの作為によって起きている事態なのだ」  
さっぱり分からない。第一話が繋がっていない。いつもながら宮野の自説開陳が整合性を持つことなどない。  
思いつきとでっち上げによる電波理論だ。机上の空論にすらなっていない。  
「ともかくだ!明日になればはっきりする。また私は一歩心理に近付くのではないかと思っている。  
 そんな気がついさっきしたのだ」  
佳由季はまた眠くなってきた。付き合ってられない。  
何だか長い一日だった。茉衣子は若菜たちにちゃんと話してくれただろうか。  
話していても若菜は「へー、怖いねー」くらいしか感想を言わないかもしれない。  
真琴はいつ戻ってくるのだろう。明日の夕方までに帰ってくるのはさすがに無理だろうか。  
抜水優弥はなにを考えて―。  
 
「―寮長殿!どうかねこの説は。本にして出版した日には世界規模のベストセラー間違いなし、  
 あらゆる賞を総なめであろう!…ん、何だ、寝てしまったのか?  
 睡眠学習の効果については甚だ疑わしいと私は考えるがな。なぜならあれは―」  
「班長のエセ理論にうんざりなのでございましょう」  
光明寺茉衣子が入って来た。当然のように宮野は鍵などかけていなかった。  
「おぉ我が麗しの茉衣子くん!寮長殿の代わりに私の聴講生となりに来たか。感心なことだ」  
「その減らず口の原動力が何なのか一度検証してみたいものです。  
 えぇと。何を言いにきたのでしたっけ。あぁそうそう!  
 高崎さま!起きてくださいまし。寝ている場合ではありませんわ」  
 
一日が終わると思いきや夢の中から引き戻された佳由季は、  
仏頂面のまま茉衣子の話を聞いていた。  
「会長室にメールが届いたそうです、真琴さんから」  
「ほう!さっそく内容を伺おうではないか」  
「班長は黙っているがよいのです。文面はこうでした。  
 『明日そっちを襲撃します。たぶん夕方くらいになるんじゃない?  
  フェアプレー精神で予告はしてあげたけど抵抗は無駄よ。  
  まぁそれでも戦うのなら、無駄な準備にいそしむがいいわ  
                       第一EMPより愛をこめて 真琴』」  
「あの女もついに気が狂ったようだな!これは面白いぞ。まさか敵が会長代理とはな。  
 思いもよらなんだ」  
宮野は高笑いを隠しもしない。佳由季のほうは手紙の一行目後半あたりで目が覚めていた。  
「あいつ…何考えてるんだ」  
「わたくしも教えてほしいですわ。理解不能です、驚天動地です。  
 真琴さんは一体どうされたのでしょう」  
茉衣子も不安を隠さず答えた。  
「これどこで知ったんだ?」  
「会長室です。若菜さんと類さんに事情を話した後、わたくしもそちらへ向かったのです。  
 自治会の対応が気になりましたので。  
 すると冷泉さんでしたか、あの方がプリントアウトしたメールに見入っていて…」  
なるほど。これであの忠告がもう少し信じやすくなった。  
会長室にメールを送るのは至難の業である。  
毎分メールアドレスが変化する上に、アドレスは暗号化されている。  
差出人は真琴本人と見てまず間違いはないだろう。  
「冷泉はどうするって言ってたんだ?」  
「保安部は総出で学内警備、第二EMPに救援要請を出したそうなのですが・・・」  
「どうした?」  
「第二EMPにも同様のメールが届いたらしく、そんな余裕はないとのことでした。  
 差出人は真琴さんではなくて第一の人間のようです」  
 
宮野は面白くてたまらないという様子で話を聞いていたが、突如口を挟んだ。  
「これは願ってもない事態だな!ついに三校総出のEMP合戦とも言うべきものが  
 繰り広げられようとしているのだ。この宮野秀策。腕を鳴らさずにはいられない!」  
「話を大きくしないで下さいますか。班長は楽観視しすぎです。  
 これは由々しき事態なのですわ。わたくし、不安でなりません」  
「簡単なことだ茉衣子くん。この場合は縞瀬真琴及び第一EMPの連中が明確に我々の『敵』なのだ。  
 相手が例え知り合いであれ遠慮はいらん。派手に暴れてやればよい!  
 今夜は眠れそうにないな。遠足前日の小学生にも今の私の高揚感は越えられまい!」  
ついこの前の騒動で、真琴には敵に回る理由があった。だが今回はどうなのだろう。  
別に吸血鬼が現れたわけではない。敵役を演じる理由などないのではないか。  
佳由季は沈思黙考した。宮野は委細構わず続ける。  
「第一EMPは悪の帝国にでもなるつもりか?そのような宿命でも背負っておるのではあるまいな!」  
「滅多なことを言わないでください。では真琴さんは何なのですか。  
 なぜわたくしたちではなくあちらに着く必要があるのです」  
宮野は佳由季の部屋を腕組みしながら歩きつつ答える。  
「ふん。あの女のことだ。  
 第三EMPに愛想を尽かしたとか、いい加減ここの連中に飽きたとかそんなところであろう。  
 理由などどうでもいいのだ。そんなものに私は興味を持たない」  
「本気でそんなことを言っておられるのですか?  
 だとすれば今度こそ、わたくしは班長と袂を分かつことになりそうですわね」  
茉衣子は腹を立てると言うよりはイライラしているようだった。  
「私はいつだって本気だぞ茉衣子くん!  
 そして私の言ったことは三割しか嘘にならんのだ。天気予報も真っ青の的中率である!」  
「今すぐ出て行ってくださいますか。  
 わたくしちょっと頭が痛くなってまいりました」  
宮野は大げさに両手を広げ、  
「大丈夫かね?今からでも医務室にエスコートしようか」  
「結構ですのでこの場はとっとといなくなってくださいますか」  
「そうか。ならばたまには空気を読んで退場してみるとしよう。  
 明日の準備もあることだしな!」  
そう言うと宮野は三歩でドアに歩み寄りどこかへ消えた。  
いつも空気を読んでほしいものだ。と佳由季はぼんやり思った。  
「まったく。あのアホ男との会話は色々な力の浪費ですわ」  
「お前、どうするんだ?真琴が攻めて来たら」  
佳由季が言った。  
「…そうですわね。わたくし身が自治会保安部に所属している以上、  
 こちらを守るのは当然の務めでしょう。ですが…」  
「今回ばかりはどうしたらいいのか分からないな。  
 宮野の野郎はどうしてああ何事にも順応できるんだ?」  
茉衣子は道端の吸い殻を見るような目で答える。  
「班長の場合は順応というより、何色にも染まらないだけなのでしょう」  
「染まりようがないからな」  
佳由季はそういうとまた言葉を切った。  
茉衣子はすっかり宵闇に包まれた窓の外を見る。  
このままでは何も心構えせぬままに明日の夕方を迎えてしまいそうだ。  
だが今の時点で心の整理がついている人間など宮野くらいのものだろう。  
整理と呼べるかは疑問だが。  
 
―どこかから声がする。  
「どうやらまた楽しいことになっているようですね。  
 僕も一枚噛みたいところではあるんですが…さて、上手く行くでしょうか」  
長い一日はようやく終わる。  
果たしてこれは恣意によるものなのか、はたまた偶然のなせる業なのか。  
後者を信じるものなどもういないかもしれないが。  
 
明日が無事に終わればいい。  
そこに至るプロセスは違えど、佳由季と茉衣子は偶然にも同じことを考えていた。  
 
五章  
 
朝は決して穏やかなものではなかった。  
轟音がした。大半の生徒が叩き起こされる羽目になった。  
音は中庭から聴こえたようで、その方角から煙が上がっている。  
 
敵襲、ではなかった。  
野次馬の半分以上がまだ寝巻きのままで、高崎佳由季もその一人であった。  
そして騒音の犯人は、制服の上に誰にも着用指定されていない白衣をまとって仁王立ちをしていた。  
その立ち姿が嫌な感じに朝日とマッチしていて、そこにいた全員がえもいわれぬ不吉な感覚になった。  
「宮野…」  
「はっはっはっはっはっは!すばらしい朝であるな寮長殿!  
 諸君らもおはよう!目覚めはいかがかな?  
 いや、皆まで言わずとも清々しさに胸が満たされているであろうことは分かっておるのだ」  
さて、中庭には白い結晶のような柱がいくつも突き立っていた。  
塩の結晶のように見えた。  
「これは何だよ」  
佳由季は訊ねた。  
「見ての通り、結晶だ。私の研究のな」  
宮野は自信100%の表情で続ける。  
「何せ今の私はEMP能力を使えない状態にある。  
 丸腰で侵入者連中を迎え撃つなど、刀すら持たずに長篠の戦いに挑むようなものだ!」  
 しかるに私は擬似的にEMP能力を行使する手段をいくつか編み出したのだ。  
 もともと下準備をしてあったとはいえ、この秘術を完成させるのは骨だったぞ。  
 あらゆる神話や伝承を調べ直す必要があったのだが、結局のところそれらは全く役に立たなかった。  
 ともあれ私はEMP場とも呼ぶべきものを物体に封じ込め、力を引き出す実験に成功した!  
喜色満面の男は朗々と演説を続ける。  
「これは表彰されるべき行いであるな。ゆえに私は自分自身を褒め称えるのだ!」  
高笑いが続いた。佳由季を含む誰もが呆れていた。要するにEMP能力が無くなろうがお構いなしらしい。  
「だが何にせよ不自由である。私の能力は消失したのではなく何者かに奪い取られたのだろうな。  
 そう直観が訴えている!ならば取り返すまでだ」  
今日の宮野は一段とどうかしている、と佳由季は思った。  
こいつにとって常識とか論理とかいったものは、そっちのほうが非常識であり非論理なのだろう。  
そう言い聞かせて、宮野についてこれ以上考えるのは終わりにする。  
これほど無意味な思考課題もそうないだろう。  
 
一時間後の食堂では佳由季、宮野、茉衣子、若菜、類、祈が勢揃いして朝食を取っていた。  
祈を食事の席で見かけることは稀だった。この6人での食事は初めての事である。  
「話は聞いたか?」  
宮野が例によって演説まがいの無意味スピーキングを続けるのを軽やかに無視して、  
佳由季は右隣にいる祈に話しかけた。  
<<えぇ。噂でも広まっています。真琴さんが…>>  
戸惑いの思念。彼女は今マスクを外している。  
彼女がマスクをしているのは、その能力が強力すぎるがためである。  
祈の発言は現実のものとなる。  
佳由季はその光景を目の当たりにしたことはない。全て現実となるのかも聞いていない。  
だが祈は自分の力を何より恐れているように思えたから、相応に強力なのだろう。  
「あいつが何を考えているのかさっぱり分からない」  
夏に平行世界とやらを見てきてから、あいつは何だか様子がおかしい。  
思い詰めるくらいなら少しくらいは相談に乗ってやるのに。  
まぁ頭の中を終始覗かれっぱなしなのは癪だが。  
<<私は真琴さんを信頼しています。なにか理由があるのでしょう>>  
真っすぐな思念。理屈抜きの信念は佳由季にないものだ。見習いたい。  
 
どうやら授業はあるらしい。  
そういえば宮野の話が全く耳に入らなかったのは、我ながら見事なスルー技術だった。  
またもあいつはどこかへ行ってしまったので、自室へは一人で戻る。  
 
「おはようございます。気持ちのいい朝ですね」  
宮野の顔を見ていたほうがまだマシだったかもしれない。  
部屋にカードキーを使って入ると、そこには抜水優弥の姿があった。  
 
「たった一日で随分と状況が変わったみたいじゃないですか」  
「知っているなら訊くまでもないだろう。僕のところにいちいち来るな」  
優弥は肩をすくめ、  
「この学校に友人は少ないのでね。それにあなたはなかなか面白い人ですし」  
「授業に遅れる。用があるなら30秒で言え」  
佳由季は腕組みをした。  
「そっけないですね。まぁいいでしょう。  
 僕をこちら側の助っ人として迎える気はありませんか?」  
優弥は言葉が佳由季に浸透するよう数秒の間を置いた。  
「我が負傷の妹がこの学校を襲うようですね。  
 まったく何をトチ狂ったのやら。  
 もともと狂っていましたから、ようやく正常化したと言うべきかもしれませんが」  
佳由季はしばし優弥のほうを無感情に眺めていたが、やがて言った。  
「部外者を迎えるほど困っていない。それに僕の独断で返事はできない。  
 だから答えはノーだ。じゃぁな」  
佳由季はドアに手をかける。その後ろ姿に声がかかる。  
「憂さを晴らすいい機会なんですよねぇ。まぁ期待していてください。ピンチでしたら駆けつけますから」  
振り向かず、返事もせず、佳由季は部屋を後にした。  
 
夕方へ向けて第三EMPの時はゆっくりと過ぎていく。  
―同時刻。第二EMP学園において、既に戦いは始まっていた。  
 
「那岐鳥!これは一体どういうことだ。分かるなら説明してくれ」  
「フフ…ボクにそのようなこと分かりようもないのですな…おっと」  
手に持つ剣を横薙ぎ一閃。目の前の黒い影はそれまでの威圧感が嘘のように掻き消える。  
「想念体か。この数は異常にも程があるな。こいつら相手には俺は無力も同然だ」  
背中合わせに同室の二人は廊下に立っていた。  
望んでいようがいまいが、今第二EMPではこのような戦いをあちこちで見ることができる。  
「フフ…この場はボクに任せるのですな。  
 これが誰の仕業かは検討もつきませんが、剣を振ることくらい朝飯前です…」  
獅子丸は剣の舞のオリジナル版を踊り出した。  
 
「跂踵!」  
赤い閃光のごとき、一羽の怪鳥が宙を舞う。  
キインという鳴き声とともに周囲の黒い影たちが皆消え去る。  
鳥は一鳴きすると主の手に戻り。直後にペンケースへと姿を変えた。  
「あ…ありがとう。多鹿ちゃん」  
腰を抜かしている女子生徒の前で、小柄な術者、喜夛高多鹿は振り向いて言った。  
「どういたしまして!」  
不器用なウィンクと妙に高い声のおかげで、緊張は一瞬にして解けてしまった。  
 
 
「静かですわね…」  
光明寺茉衣子はつぶやいた。今は昼休みだ。  
「これから一波乱あるとは思えない静けさですわ」  
「茉衣子ちゃん、髪解かしてー」  
高崎若菜が背を向けていった。  
「えぇ、いいですわよ」  
茉衣子は櫛を取った。  
本当に平和です…。  
 
蜩篤史は第二EMPの後者を駆け抜ける。  
校舎内は既に想念体の巣窟のようになっているが、他校の者らしき人物どこにもいない。  
見慣れた第二EMP生が想念体退治に躍起になっている光景ならそこかしこで見られるが。  
 
どこかにEMP場を垂れ流している人間がいるはずだ。  
会長はそう言っていた。早急に見つけなければ。  
 
蜩のEMP能力はことさらに特殊である。  
彼は代謝加速能力者で、自分の主観時間を周囲より早く進めることができる。  
加速状態で蜩が動くと、他の人間には彼が超高速で移動しているように見える。  
相手が何かする前に秒速ノックダウンできるのが彼の取り柄であり自信だ。  
だがこの能力には代償がある。時間を加速させる分、自分の寿命を縮めることになる。  
蜩の身体は一般人と何ら変わらないため、うっかりどこかにぶつかってしまえばそれは大怪我にもつながる。  
さらに能力使用後は半端じゃなく腹が減る。  
速く動けることを除けばメリットは何一つないと言っても過言ではないだろう。  
 
蜩は今現在力を使っていなかった。  
もともと運動神経には自信がある。想念体をかわして校舎を疾駆するくらいなら余裕である。  
それにこの想念体は普通のものより動作が緩慢だ。  
蜩は中庭に出る。誰もいない。想念体もいない。  
バタン。  
「蜩くん!」  
多鹿だった。例によってタイミング抜群である。  
「こっち!おかしな部屋がある!」  
多鹿に従い、中庭を挟んで反対側、彼女が来たほうへと歩を進める。  
 
「誰かこっちへ来るみたいだなぁ。さて、誰だろうねぇ」  
暗い部屋で一人しゃべる人物。しかし返答はない。  
 
加速したように時間は過ぎ、夕方になる。  
第三EMPも平和ではいられなくなる。  
 
六章  
 
第三EMP学園は静まり返っていた。  
午後の間に、これから何があるのか噂を知らぬものはいなくなっていて、  
校舎の要所には保安部の生徒が不安げな面持ちで警備についた。  
真琴に敵うわけがない。  
誰もがそう思っているらしく、一方で警備に当たらない生徒達は今ひとつ危機感に欠けてもいた。  
「会長は何だってわざわざここを襲ったりするんだ?」  
「さぁな。退屈なんじゃねぇの」  
こんな感じ。どうも想像力が足りないかいい感じにぼやけている。  
一方で現実を正しくとらえている者もいたが、やはり慌ててはいなかった。  
「縞瀬さんなら私たちが何かする前に心をのっとっておしまいよね」  
「そうね。どうしようもないわ」  
こんな感じ。では主要人物たちはどうしているかというと  
「結局集まっただけになってしまいましたわね」  
「全く問題なかろう!私一人いれば十分だ」  
場所はまたしても食堂。全員で固まっていられる場所というとそう選択肢はない。  
寮は異性の出入りが禁じられているし(昨晩茉衣子が男子寮に入っていた気もするが)、  
暮れの夕方ともなると山の風は大いに冷たい。  
なので室内で都合のいい場所となると、成り行きで食堂になってしまう。  
ここ二日ばかりコミュニティの中心となっていたせいもあって、多分に既視感がある。  
「兄さん、いつまでここで待ってないといけないの?」  
若菜は兄の袖を引いた。彼女も危機意識が低い人間のひとりであった。  
「とりあえず五時まで待てば動きがあるんじゃないのか」  
来るならさっさと来い、そして説明してもらおう。佳由季はそう考えていた。  
「どうせなら派手に行きたいものだな。  
 あの女がどう出るのか分からんが、私を満足させる方法を取ることを願っている!」  
派手に、ねぇ…。  
 
 
頭突きが壁に穴を空けた。  
気配を察した直後に力を解放して正解だった。  
次の瞬間に見えた空中で静止する赤い人形の軌道上から逸れ、  
蜩は多鹿を入れずドアを閉めて鍵をかけた。  
 
ピロシュカ―。  
 
加速状態を解除する。人形は壁に頭半分埋もれたままだ。  
「お久し振り」  
枕木庸市がおぼろな存在感とともにそこにいた。足許に白い人形はいない。  
あっちの名前はマルギットだったか。どうやらここにいないらしい。  
「今日は一体しか連れていないんだな」  
「必要ないからね。今日の僕はあやつられていないから。  
 よもや君と再会するとは思わなかったよ。元気だったかい?  
 まぁあの時の記憶もあまりはっきりしないんだけどねぇ」  
庸市は側頭部をさすった。それが合図だったようにピロシュカは地面に落ちると、  
横向きのまま転がって庸市の傍へ戻った。  
「お前が犯人なのか」  
蜩は警戒心をそのままに言い放った。  
庸市は近所の友人を訪ねるときのような気軽さで  
「まぁそういうことでいいんじゃないかな。  
 そうだ、さっき入り口に見えた子。夏にも一緒だったよね。もしかして恋人かい?」  
蜩は途端に耳まで赤くなった。  
「ち、ちげーよ!それだけは絶対にない!誤解すんな」  
「なるほどね。まぁどっちでもいいや。  
 ところで君さ、これ見なかったことにして出て行ってくれないかな」  
「そんなこと出来るか。だったら初めから来てないっつの。  
 お前こそ、その人形と想念体全部連れて出て行け」  
蜩はまた臨戦態勢を取った。  
 
「そうはいかないなぁ。僕にも立場ってものがあるしねぇ。  
 話し合いで解決しないんじゃ仕方ないなぁ」  
庸市は例の退廃的な笑みを浮かべて言った。  
それまで横になっていたピロシュカは糸で釣られたように起き上がり、  
ゆっくり回転すると蜩と視線を合わせた。  
「続きと行こうか―」  
 
 
午後五時―。  
相変わらず第三EMP学園校舎内は静かであった。異様なまでに。  
食堂に集った面々も今だそこにいたが、目がどこかうつろである。  
他の生徒は全員が目を閉じて眠り込んでいた。警備係も、全員。  
 
「ここはどこだ?」  
常套句を吐いたのは高崎佳由季である。  
「精神空間よ。あたしのね」  
答えたのは聞き覚えのある声だった。  
次に佳由季が認識したのは視覚情報。  
これまで一緒にいた者のうち、宮野と茉衣子が自分と同じようにソファに座っている。  
マンションの一室のような場所である。  
「ようこそ、お三方」  
縞瀬真琴は遠くを見通すように笑った。  
佳由季は何だか得体の知れない感じがして首を振った。何だろう。  
「ほう!そう来たか」  
言ったのは宮野である。顔面にはまだ得意気な表情が張り付いている。  
「我々の身体的自由のみ奪ったのだな。なかなかである。  
 だが意識のみここへ呼び寄せたのはなぜだ?解せんな」  
「あんたたち以外の人間には眠ってもらってるわ。佳由季、あんたの妹も含めてね。  
 今校内を歩き回ったらけっこう面白い光景が見られるわよ」  
真琴はふふんと笑った。茉衣子がすぐさま質問する。  
「一体何が目的なんですの?真琴さんらしくもない」  
「さて、あたしらしいって何かしらね。ふふ。  
 あなたは一体あたしのことをどれだけ知ってるのかしら。ねぇ、茉衣子ちゃん?」  
茉衣子も違和感を感じた。何でしょう、この感覚は。  
「まぁあんたたちは説得しておきたかったのよ。  
 あとでピーピー騒がれてもうるさいだけだしね。面倒ごとは先に済ませちゃいたいもの」  
何のことを言っているのだろうか。佳由季は真琴を見る。一見するといつも通りだ。  
「あんたたちの精神場をちょっと拝借したいのよ」  
「なるほどそういうことか。あれを再生させるつもりなのだな!」  
宮野が言った。さっぱり分からない。  
「あんたやっぱ鋭いわね。あんただけ先に能力使えなくしておいて正解だったわ。  
 下手に動き回られると厄介だしね」  
「折角山ほど魔導書を用意したと言うに、これでは台無しではないか。  
 私はもっと心躍るようなパーッとした展開を望んでおったのだ」  
「あんたの事情なんか知らないわ。ただあんたはこの状況でも何かしそうだったから。  
 ほんとはこんな能力、持っていたくないんだけど」  
真琴は指をくるりと回す。同心円が2つと五芒星が現れ、黒い光を放つ。  
触手が一本突き出ると、部屋の隅に浮遊し、奇妙にうねる観葉植物と化した。  
「何が目的なんだ」  
佳由季が茉衣子が言ったことを復唱した。  
真琴は今存在に気がついたかのように佳由季を見て、答えた。  
「PSYネットを復活させるわ」  
 
PSYネット。  
EMP能力者間の精神結合。妹の春菜と共に消えてそれきりのネットワーク。  
だが待て。何のためにだ。いくらなんでも突然すぎるだろう。  
「そうかしら?復活させる方法は見つかったし、  
 復活させない理由もないのだから、突然でも構わないと思うけど?」  
心を読まれていたが気にせずに佳由季は答える。  
「復旧させてどうするんだ?大体あれのどこに存在意義がある」  
「復旧すれば分かるわ。世界の安定のために必要なのよ」  
「まことに怪しいな!今のお前からは何か異質な雰囲気が感じられる」  
宮野が割り込んできた。さらにもう一人―。  
「それには同意できますね。実際その言葉が当てはまると思いますよ」  
 
 
勝った。  
実時間にして3秒後のことである。  
蜩は加速状態に入りピロシュカをあっさりかわすと、庸市の元に駆け込んで気絶させた。  
やはりあの時の白人形なしでは加速状態について来られないらしい。  
さらに庸市はEMP力を学園中に放っている。本体はほとんど無力だったろう。  
「面倒起こしやがって」  
蜩は庸市と動かなくなった赤人形を抱えると、音楽室の出口を目指した。  
「いやにあっさり済んだな。これで終わりなのか?」  
…そのようである。  
 
 
マンションの壁、襖と思しき扉から抜水優弥が登場した。  
こんなところに襖なんてあっただろうか。佳由季は思った。  
「また人様を困らせているようだね。黙示録?」  
「何のことかしらね。あんたの顔なんて永遠に見たくないんだから、出て行ってくれない?邪魔よ」  
真琴の反応など気にも留めず、優弥は4人の周囲を歩き回りながら感心した風に言う。  
「なるほどねぇ。これがお前の精神空間か。思ったより片づいていて安心したよ。  
 まぁこんなに殺風景じゃ、人様をもてなす場所としては50点しかあげられないけどね」  
突然室内に風が吹いた。  
直後、優弥は半回転するように身をかわし、元いた場所の壁には刃物で切り裂いたような痕がついた。  
「随分乱暴だね。気に障ったかな?」  
「ま、真琴さん!?」  
一番驚いたのは茉衣子である。当たっていたら致命傷になり得る。  
真琴は腹を立てているようだが、こんなに怒りやすかっただろうか。  
「真琴、お前何だか…」  
佳由季が言いかけるのを真琴は遮った。  
「あぁ、とんだ邪魔が入ったわね。これじゃしょうがないわ。  
 あんたもPSYネットの復活には関心があるんじゃなかったの」  
真琴は優弥を睨んでいた。  
「よりによってお前に復旧されるのは心外なんだよ。それだけさ」  
「もういいわ、やめやめ」  
突如部屋のイメージが乱れ始めた。渦を巻くように。  
「説得できるならしておきたかったけどしょうがないものね。  
 全員の力をいただくことにするわ」  
「まったくしょうがないなお前は。どこでもこうなのかい?がっかりするね。  
 もう少し理性的に振舞ったらどうなんだい、縞瀬真琴#99―」  
 
 
ブチッ。  
―。  
 
 
 
―  
 
 
 
<インスペクタ・2>  
待機時間の限界を確認。  
現在時刻より40秒。  
 
<インターセプタ・2>  
インスペクタ、確認した。  
待機―。  
 
―。  
 
 
 
む。  
…。  
む?  
…これはなんであろうか。身体が軽いな。  
 
<インターセプタ・3>  
ターゲットを確認。  
接触する。  
 
<アスタリスク・3>  
了解した。  
申請する―。  
 
おお。これはまるで…む。そうかそうか。なるほど。  
思いもよらずもたらされた幸運と呼ぶべきか?  
しかし私は能力を失っていたのではあるまいか。  
はたまたこの力はそれとは無関係なのか?  
 
―。  
 
 
 
(x,1)  
 
 
 
宮野秀作は照明の点いた明るい廊下に立っていた。  
内装は豪奢な洋館のように絢爛としており、辺りは静まり返っている。  
「ここは一体どこであろうか…」  
宮野はオーバーアクション気味に自分を取巻く景色と、己の手足を見渡した。  
「ふむ、私は今まで縞瀬真琴#99の精神世界にいたはずなのだが」  
 
「こんにちは」  
声のしたほうは宮野の真向かいである。  
「む、君は誰であったかな。そしていつからそこにいたのだ?」  
「ふふ」  
声の主は穏やかに微笑んでいる。  
「ついて来てくださいますか」  
そう言うと声の主はくるりと後ろを向いて歩き出した。  
長い長い廊下。  
一体どこから始まっていて、どこで終わっているのか分からないような。  
その廊下を宮野は歩く。未知の感覚を感じながら。  
「不思議なものだ。ここはどこでもあるようで、どこでもない」  
道案内は答えず、しかし歩を止めた。  
「どうぞ、お入り下さい」  
「ふむ」  
宮野は思案顔のまま開かれた扉の向こうに姿を消した。  
案内をした少女は音を立てずに扉を閉め、そして廊下をまた歩き出した。  
 
―。  
 
<アスタリスク・4>  
実行。  
終了。  
 
〇章・β  
 
公立第三EMP学園―。  
深い森に閉ざされたこの学園の存在を知るものは少ない。  
それは当然、この学校が深い森の中にあるからである。  
 
この学校の生徒達はEMP能力という特殊な力を持っている。  
それは一般社会に多大な影響を及ぼすようなものから、  
生活する上でもその他の場面でも全く役に立たないものまで様々である。  
 
「ふぁ〜っ。よく寝たわ」  
高等部二年生の生徒自治会会長代理、縞瀬真琴は珍しく早起きをした。  
「ん、まだ五時じゃないの。早起きしすぎたわね」  
真琴は再び横になると、三秒で二度寝に就いた。  
高等部二年生の生徒自治会会長代理、縞瀬真琴は珍しく早起きをし、  
いつも通り昼近くまで二度寝をする。  
 
真琴がまた夢を見始める頃、生徒が一人、学校に戻ってきた。  
長身に白衣をまとい、きょろきょろを首を振っている。  
 
「はて、私は何をしていたのだったか。  
 何やら核心めいたことをしていた気がしたのだが」  
 
そう、彼はつい先ほどまで私たちと共にいた。  
そして、この2日間に改変を施した。  
 
 「ほう、君たちは私を言うなればテストするためにあやつを消しかけたのか。随分と身勝手であるな。  
  そしてその結果として私がここにいるということか。なるほど。  
  はっきり言おう。気に入らん。  
  このくだらん茶番劇はさっさと終いにしてしまえばよい!  
  問題ないな?インターセプタ。  
  私の記憶か?構わん。どうせ以前にも似たようなことをしたのであろう。綺麗さっぱり消せばよい。  
  それでも私は何度でもここに来れる。そう確信している。  
  なぜなら、私は宮野秀策。  
  やがて、この世界の頂点に到達する男だからだ!」  
 
第三EMPに朝日が昇る―。  
 
 
(了)  
 

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