事前に得ていた情報でこうなることは半ば予想できていたことですので、特に驚いたということ
はございませんし、その存在が元より腹立たしいという以外の理由で此度のことを裁断する気は
毛頭ありません。しかし、ドアの向こう側から無意味な明瞭さで投げかけられる戯言を受諾する
義務も責任も必要も感情も道理も他の何においても全くの絶無であり、わたくしの返答は、
「ここはわたくしと若菜さんに宛がわれた部屋であり、たとえどこの誰であっても余人を泊めなけ
ればならないという義務は発生いたしません。しかも、歴とした男性であり度し難い変態であり
この上なく鬼畜外道であるところの班長を泊めるともなれば、わたくしの貞操は究極的な危機に
陥るのですから、そのような申し出は唾棄されて当然至極のことと言えましょう」
「ご挨拶だな、茉衣子くん! キミの照れ隠しに付き合ってやりたい気持ちはなきにしもあらん
やといったところだが、今はとにかく中に入れてくれたまえ!」
「お断りします。わたくしは今から床に就こうと思いますので、とっととお引き取りください。
それと、先の言葉は照れ隠しなのではなく、わたくしの偽らざる真なる感情なのですから、
即刻訂正を要求いたします」
この会話に漂う不毛さは、最初のコンタクトの瞬間から明瞭に理解されてしかるべき事柄なの
ですが、ドア向こうの奇人変人の類にはそれが判らないようです。それを理解できるようにしな
ければならないわたくし労力は誰が補ってくれるというのでしょう。
「その要求を飲めば中に入れてくれるかね!」
アホとしか言いようがありません。何故そのような回答を寄越してくるのか理解に苦しみます。
「しかし、茉衣子くんが何と言おうとも、本日より少しの間、私には帰る場所がないのは厳然たる
事実なのだ! いつぞやのように寮長殿の部屋に間借りしようにも、妹君と帰省されてしまってい
てはどうにもならん! だからこそ私の従順な部下である茉衣子くんを頼ってきたという訳なの
だから、畏まって受け入れるべきだとは思わんかね!」
垂れ流される妄言から察するに、このアホ班長は自分のことをドイツ軍総司令か何かのように
勘違いしておいでなのではないでしょうか。このまま放って置くとフライハイトがどうのとか
言い出しかねません。
「一向に。ついでに言うと何故そのような事態になっているのかにつきましては既に聞き及んで
おりますので、説明せず、その足でお帰りください」
「うむ、フッ素樹脂製造プラントにおいて配管から原料の三フッ化塩化エチレンのガスが噴出して
しまってな、男子寮全体が化学災害区域に指定されてしまったのだ。私の部屋が発生源であるから
して、検疫が完全に済むまでは帰るに帰れんのだ。という訳で、茉衣子くんの部屋を逃せば本日の
野宿は決定的な事項となってしまうのであり、それだけは避けねばならん。然るに、ここで私が
退く道理はない」
「班長の都合などわたくしの知るところではございません。むしろ野宿の末に呼吸器系の急性炎症
でも患って鬼籍に入って頂ければ、わたくしの本願は達成されたも同然です。是非そのように
なさってください」
「話は平行線だな。それというのもドア越しの会話に終始しているからに相違あるまい。
よって対面式に切り替え腹蔵なく話し合おうではないか」
その声に続く展開にわたくしは一瞬、呆然といたしました。鍵穴から金属の擦れ合う音、
カチリと鍵の開く音、ノブが回されギイとドアの開く音が一緒くたになってわたくしの耳に届き、
開いたドアの向こうには洗剤の匂いのする白衣をはためかせ、遥かなる高みから見下ろすような
視線をわたくしに投げかける不届き千万な輩が嫌らしい笑顔を浮かべて立っているではありませんか。
「な、何故、班長がわたくしの部屋のスペアキーをお持ちなのですか。紛うことなく犯罪です。
ああっ、これ以上わたくしの部屋に侵入するのはお止めください、汚染領域が
拡大します、ああっ、乙女の神聖なるベッドに腰掛けるなど、神をも恐れぬ所業ですわ」
「茉衣子くん、お茶を淹れてくれたまえ。コーヒーでも構わないが」
秘書を顎で使う社長のように踏ん反り返る班長をトリカブト溶液入りコーヒーで葬った場合、
わたくしは罪に問われるのでしょうか、いや、そのようなことはないと確信いたします。
「茉衣子くんの匂いがする部屋だね。いや、結構」
そこにあった椅子を引き寄せてへたりこんでしまいました。頭部に充満していた血液が腹部辺り
を目指して一気に下がっていくのが手に取るように判ります。神など信じてはいませんが、今は
問うてみたい気持ちで一杯です。わたくしはもう汚されてしまったのでしょうか、と。
そのようなわたくしの感情を遡行することなど永劫ありえない班長はというと、持ち込んだ鞄
から2、3の書類を取り出して眺めておいでありました。真剣な表情、かと思えば、急にニヤニヤ
し出したり。班長に何かを期待するなどわたくしの感情としては不適当でありますから、
その姿を見てため息をつくこともまたありえないのです。
「どうしたね、茉衣子くん。ため息などついて」
「見間違いでしょう。わたくしが班長の前でため息をつくなど絶対にありえないことです」
わたくしは薄く笑ってしまいました。悲しい笑みであったような気がいたします。
見終わった書類を鞄に片付け、
「さて、このまま寝てしまうという選択肢、アンナコトやコンナコトをしてしまうという選択肢、
私はどちらでも構わないが、茉衣子くん、どうするかね」
「何ゆえにそうなるのですか。わたくしは先ほどからお帰りくださいと何度も申し上げている筈。
対魔班において班長の下に付くのは特別業腹とは言えギリギリ許容範囲内と出来ぬことはないです
が、このような仕打ちはわたくしのリミットを遥かに振り切っています。このまま班長と同じ部屋で
寝てしまうなど、自分のことを大事に思うわたくしには絶対に出来かねます」
ベッドから立ち上がった班長はトレードマークである白衣をハンガーに掛けようとしていた手を
止め、わたくしに視線を向けました。
「強情だな、茉衣子くん。キミが私にホの字であるということは私だけでなく学内の者なら周知と
して差し支えのないことだというのに、表面上の否定をキミは何故繰り返すのだ」
身体ごと向き直った班長は、ネクタイを少し緩めました。その奥にある、ハンガーに掛けられた
白衣の存在がひどく不快に思えてしまうのは一体全体どういうわけなのでしょうか。
「この上ない侮辱をどうも、と言いたいところですが、その前に問いましょう。もう、この世に
未練はございませんか。言語の前に暴力を振りかざすなど反吐が出るほどわたくしの信条に
背くということは今も変わっておりませんが、此度のことは特例として処理することに
いたします。訂正なさい。でないと実力で排除することになりますわ」
班長は両手を腰に当て、首を振りました。先輩が後輩を諭すような表情がその顔に
浮かんでいます。
「一つ、侮辱などでは決してない。二つ、私ほどこの世に未練のある人間はいないと自負
している。三つ、真実を直視せよ、茉衣子くん。そして、四つ」
班長は、そこで言葉を切り、右の手の平を差し出しました。そこには幾粒かの錠剤が乗せられて
います。
「虚構だと言うのであれば、それが真実であることを証明して見せよう」
錠剤が虚空へと浮かびました。ゆらゆら、と。まるで舞を踊るかのように。
「この錠剤、ここで使用する場合においては、自白剤ということになろうな。しかし、人口膾炙
される自白剤とは、チオペンタールナトリウムなどを主成分とする所謂麻酔薬の類の事を指し、
被飲者を睡眠状態や錯乱状態に陥れる、つまり頭の中をぱっぱらぱーにしておいて自白させる
という流れが取られるが、コレはそれらとは大きく異なる。概念、手法、方向性、その全てが
違うと言っても良かろう。何故なら、この薬は、擬似的に解離性同一性障害を引き起こす事を
主たる目的とするからだ。この薬によって作り出された二次的人格は元の基本人格と記憶を
共有しているが、しかし、感情的目的が決定的に異なる。共有している記憶は二次的人格に
とってはただの情報の集合体に過ぎず、感情的遡行を行うことができない。過去にあった
アンナコトやコンナコトに対して我が事のような感情を抱けない。茉衣子くんも、全くの他人で
あるところのAさんが同Bさんのことを好きだとしても嫌いだとしてもどうでも良かろう。
そのことはただの情報として認識されるのみだ。それと同じことが二次的人格の中で起こる。
つまるところ、茉衣子くんの記憶を共有している二次的人格茉衣子くんが何らかの質問を
受けたとき、その回答を感情によって歪曲させる可能性は皆無なのだよ。さらに、
――――今回の場合はこの点が最も重要なのであるが――――薬を飲み、二次的人格が前面に
出てきた時、基本人格は睡眠状態に移行するのではなく、二次的人格が喋る言動をその後方で
リアルタイムに知覚する存在となるのだよ。判るかね、茉衣子くん。キミが、今ここで、
幾ら嘘をつこうとも、キミの本心は二次的人格のキミが全て喋ってくれるのだ。
キミが見ている前で、な」
この誇大妄想家はどこまで度し難いのでしょう。そのようなパラノイアのみに生じるような薬が
現実に、
「そう思うのなら、試したまえ」
突き出される錠剤。
「わたくしは班長の話を全く信用しておりませんので、わたくしにとってその錠剤は得体の知れぬ
モノに過ぎません。よって、その錠剤を飲用するということは全く以ってありえないことなの
です。まあ、仮にその錠剤が先のような効能を発揮するものだとしても、わたくしが飲まなければ
ならない道理はありませんけど」
わたくしの言葉を聞いたであろう班長は、何事もなかったかのような表情で鞄をごそごそと
探り、その中からずるずると引き出した毛布を片手に、
「茉衣子くんがこの上ない侮辱だと言うから、私は自身の言葉を証明する為の案を出しただけ
なのだがな。まあ、飲まないのであればそれで構わん」
と微笑みました。
「いざ夢の国へと旅立とうではないか、茉衣子くん!」
思わず、ため息が出てしまいました。
「部屋から出て行ってください、と何度申し上げれば理解していただけるのですか」
「断る、と何度言えば理解してくれるのかね」
また、振り出しに戻ってしまいました。いえ、班長が毛布を召喚してしまったことを考えると
状況は刻一刻と悪化していると考えるのが妥当なのかもしれません。
「わたくしが、班長に対して、…………懸想しているとの妄言を証明できなければ、
大人しく出て行ってくださいますか」
ああ、辛すぎます。何故このような言葉を口にしなければならないというのでしょう。
悪夢です、絶望です。これというのも班長がさっさと出て行かないからに相違ありません。
「無論である。もしそうなれば、即刻出て行くことを約束しようではないか」
「では、その薬が真実そうである証拠を示してください。それが出来ないのであれば
飲むことは適いません」
「ふむ、そうだな、では、私が被検体となろう。私がこの薬を飲むから茉衣子くんが
質問するといい。何を問うかは茉衣子くんに任せる。基本人格である私が回答しにくいような
問題であればあるほど良いことは言うまでもあるまい」
「嘘をつく知恵のない班長はいついかなる時も馬鹿正直に回答してしまうのではないでしょうか。
ええ、そうに違いありません。よって、いくら班長の存在意義がモルモット然としていようとも、
この錠剤の前においては全く被検体たりえないのです」
「もう飲んでしまったが。二分後に効き目が顕れ、それから三分後に切れるように作られている。
そのように心得たまえ」
こめかみに鈍痛が走るのですが、これはわたくしのせいでしょうか、否、そうである筈が
ありません、もうわたくしは疲れました。疲労困憊です。人の話を聞く気が初めから欠落している
であろう班長に対しての愛想など尽きて尽きて尽き果てまくりだったのですが、此度めでたくモホ
不連続面並びにグーテンベルグ不連続面及びレーマン不連続面を突き破り内殻まで
到達してしまいましたわ。
「そろそろ2分――――――――」
確かに、あの薬は班長の妄言通りの代物なのかも知れません。不本意なことですが、入学直後
からボケ班長に付き従っていたわたくしが、一瞬とは言え、眼前に立ち尽くす班長を班長として
認識できなかったなどと、まさしく怪異に他なりません。わたくしはわたくしの観察力に絶対の
自信を持っておりますから、たとえ一度しか目通ししなかった相手についてもその場で
出来る限りの観察を行い、情報としてストックしていく癖があります。未来に対する投資の
一環とでも言えばいいのでしょうか。無論、投資にならぬと判断した場合は綺麗さっぱり忘れて
しまいますけれど、そうでない場合はわたくしの深遠なる脳細胞のどこかに貯蔵され活躍の時を
待つ、ということになります。存在そのものから忘れてしまいたい人間筆頭である班長のことは、
嫌悪しながらもそれらを欠かさず行わなければなりません。班長の奇矯なる行動に対しての耐性を
身に付けるにはそうするより他ありませんでした。ぶっちぎりのマイナス方向にですけど、これも
投資、というわけです。それを積み重ねてきたわたくしが呼吸を止めてしまう程の変貌。
いかにすれば可能であるというのでしょうか。このような無表情。班長が保有している輪郭に
これもまた班長の物である髪と眉と目と鼻と口と耳を置いてみた、そんな感じがします。
決定的に、表情が、欠落しています。
「あと、2分30秒。いいのかい? ボクに質問しなくて」
ボク? この目の前の人間は一体、
「誰だというのですか」
「基礎人格の記憶では頭脳明晰、容姿端麗、傲岸不遜なところが玉に瑕、とあるんだけど、
買いかぶり過ぎかな」
急に誰でも良くなりました。どうせ後数分で消え去る人格です。今はただネームレスワンと
定義しておけば良いだけのこと。わたくしを軽んじる発言は業腹ですけれど、それによって大局を
見失うほどわたくしは愚かではありません。
「時間もないことですし、質問に移らせて頂きますわ。なお、質問には全て簡潔に答えて
ください」
「了解」
もう随分と長い間わたくしも班長も視線を互いの目から外していないような気がいたします。
どうでもいいことですけど。
さて、
「あなたは何者ですか?」
「宮野秀策の二次的人格。あと二分で消滅する存在」
「たったの三分で消滅することをどう思いますか?」
「どうとも思わない」
「そう、では」
一呼吸置いて、
「緑茶、コーヒー、プーアル茶、飲むなら?」
「プーアル茶」
「382×586÷12+1.5−1=?」
「27982」
「スリランカの首都は?」
「スリジ―――」
「三好長逸、三好政康、あと一人は?」
「い―――」
「班長が好きな女の子は?」
「光明寺茉衣子」
思考が、呼吸が、意思が、心臓が、わたくしの全てが、止まりました。何故? 何故止まる
のです? 止まる必要など認めません。班長がわたくしに入れ上げていたことなど予想されうる
展開であり、今更瞠目するに値しません。だというのに、何故、何故、何ゆえに、わたくしは
馬鹿みたいに固着しているというのですか!
「あと三十秒切ったよ」
相変わらずの無表情を貼り付けて、淡々と語る班長の二次的人格。
「……今の気持ちは?」
「特に何も」
「そうですか」
彼の意識はそこで事切れたようでした。切れ伏せていた顔が起き上がると、見飽きた表情が、
久しぶり、と言外に匂わせ、復活したのです。
「どうかね、茉衣子くん。納得してもらえたかね」
納得するとかしないと、認めるとか認めないとか、最早そういうことはどうでもいいのです。
目の前に立ちはだかる倣岸なる輩を排除できればそれでいいのです。
わたくしは無言で手を突き出しました。班長もまた無言で錠剤を渡してきました。
鈍色に光る錠剤。逡巡などいたしません。
「んくっ」
「水なしで飲むとは、キミも豪快だな! 言ってくれれば私の飲みかけのミネラルウォーターを
呉れてやったというのに」
「わたくしが、そのような、ことを、くっ、もうしでる、はずが、あると、おおもい、ですか」
身体が熱くなっていくのが判ります。心臓の鼓動がやけに耳障りで鬱陶しくもあり、そうかと
思うと聴覚を奪われたかのようにシンと辺りが静まり返る、そんな状況が去来し続け、次第に
後者の時間が長っていきました。
昏い沼の深淵へと沈んでいくようにわたくしの意識は大きく後退し始め、いつしか暗闇の
遠くに誰かの存在を強く感じるようになっていったのです。
「二次的存在茉衣子くん、私から三つ、質問がある」
語りかけられた声は、茫漠としていて、ただの音の羅列にしか聞こえない、それなのに意味は
解することができる、そんな感じでした。わたくしがそうを考えていると視界が縦に揺れました。
わたくしの二次的人格が頷きでもしたのでしょうか。
「まず第一に、今、基本人格茉衣子くんに決定的な影響力を及ぼすことのできる人間を唯一
選出するとすれば誰がそれに該当するかね」
「宮野秀策」
くっ、そう容易く班長の名前を口にするなどと、
「ついで第二に、その影響力は全体から比してどれくらいの割合を占めるかね」
「67.963%」
その数字が示すところの意味合いを理解することをわたくしは永久に放棄いたしました。
所詮は戯言夢物語妄想の類ですわ。深く考えた方が負けなのです。
「では、最後の質問だ」
数瞬の間が空き、
「好悪の二つの志向性で私を断じた時、基本人格茉衣子くんの真なる感情はどう回答するかね」
「好き」
「もう一度、言ってくれたまえ」
「好き」
……わたくしの、わたくしの終着点はこのような人道を踏み外した輩に愛の告白じみた真似を
してしまうような、そんな詰まらぬものだったというのですか……。
ひとつのセカイの終末。
最悪の分岐を選んでしまった自分の愚かしさを嘆いていると、目に映る景色がぐらりと傾ぎ、
わたくしはいつしか天井を見上げる格好を取っていました。そして、わたくしの顔のすぐ傍に、
班長の顔が存在しているではないですか!
嫌な悪寒しかいたしません。この接近具合は、もしかしなくても、背中と膝の後ろ付近及び
太ももにそれぞれ手を当てられ抱き上げられる、通称お姫さま抱っこという奴なのでは
ないでしょうか。現象そのものに嫌悪感を抱いてしまうことは当然なのですが、それよりも、
班長がどのような意図でわたくしを抱き上げているのかが非常に気になって仕方がありません。
まさかまさかたまさかにもあってはならないことが? ああ、早く薬の効果が切れてくれることを
祈るばかりです。このままではわたくしは班長の手によって、あああっ! その先は
想像もしたくありません!
「ふむ、このベッドは至極狭いな!」
ああ、普段わたくしが横たわるベッドの底が視界に入ります。すなわち、若菜さんがいつも見て
いる風景ということになるのですが、今際ではそのようなことはどうでもよいのです。
そんなことを考えている間にも鬼畜外道の変態が窮屈そうに体を入れ替え、わたくしの上に
覆い被さろうとしているではないですか! 早く、早く動いてください、このままでは、
わたくしの貞操が、ああっ!
想いが通じたのか、薬が切れたのか、右手がわたくしの意思通りに反応しました。殺意を込めて
鬼畜外道の顔面にストレートを突き出し、しかし、スルリと躱された挙句、虚空を突くに
とどまった右手を頭の上へと押し上げられ、起死回生のビンタを放った左手もついでのように
押し上げられ、共々封殺されてしまうという痛恨の展開。
「こ、これは歴とした犯罪です。嫌がる婦女子を押さえつけ、己の獣欲を満たそうとするなど畜生
にも劣りまくりです!」
「好き合う者同士が一夜を共にする、とは須らくこのような甘く切ない時空に身を浸すことと
同義なのだ。であるからして、この行為は何の問題もないのだ。まあ、あのように茉衣子くんに
"告白"されたのは初めてであるからして、少しばかり興奮している感は否めないがな!」
「目の前の現象に即して、んっ!」
続くはずの言葉は打ち消されました。嘘です。まだ誰にも許したことのない唇をこのような、
このような男に奪われるとは。信じたくありません。唇を汚らしい舌先で舐められるという事実。
心が挫けそうになります。しかし、今は我慢するしかありません。今は我慢して、それよりも
これから先に進ませない、そのことの方が重要なのです。そう、調子に乗って舌先を口内に
侵入させてきた瞬間にそれを噛み千切り、
「―――んっ、んんんっ!? んんうんううん!」
パジャマに着替えていたことをこれほどまでに後悔したことはありませんでした。わたくしが
平生身に付けているゴシック服であったならば、こうも簡単にいくなどありえなかったに
違いないのです。
班長の左手はわたくしの両手を抑え込んでいますけれど、右の手は自由でありました。その空白
の右手によって、あろうことか、わたくしはブラジャーと上着を一緒にたくし上げられ、む、胸を
露出させられてしまったのです。体格の差というものを痛感させられます。片手で両手を
封じるなど随分と不公平ではありませんか。
「実に綺麗なピンク色をしておるね! 私は大変嬉しい!」
この上なくアホな台詞とともに、
「な、何をっ! して、んっ、いるのですっ!」
舌でチロチロと舐められる感触。続いて熱い口内に含まれ吸い上げられる感触。
も、最早一刻の猶予もなくなりました。このままではっ、んくっ、……あっ、遠からず
わたくしの貞操は外道の手に堕ちて、はっ…うん、しまうでしょう。何に代えてもその野望を
打破、あん…っすること、それがわたくしに残された唯一の道なのです。
執拗に、愛撫している今こそが、……っ、好機。自由になりつつ、…んっ…、ある両足で、
鬼畜の後頭部を打ち据えようと足を、
「迂闊だな! 茉衣子くん。キミの考えることなど私にはお見通しなのだよ!」
何ということでしょう、足を振り上げた瞬間、股の間に手を差し込まれてしまいました。慌てて
太もも閉じることで秘部を直接的に触れられることは何とか防ぎましたが、
「私としてはどちらでも構わぬよ。手も足も封じている以上、茉衣子くんの乳首を舐め放題なのだからな!」
また、胸への愛撫が再開されてしまいました。
自分のEMP能力が想念体破壊専門であり、対人撃滅能力を有していないことを今日ほど悔しく
思ったことはございません。このイカレトンチキの頭部を粉砕する能力さえあれば、
この危機的状況を脱出できるというのに。
胸の先端を嬲る気配が濃くなって、
「こ、このっ、わざとらしく…ん、ああっん、みずおとっをっ、……たてるのは、はあんっ…、
おやめくださいっ…」
わたくしが置かれた状況というのは、ひどく、絶望的なのではないでしょうか……。
あれから何分が経過したのでしょう。胸元で鳴る水音と荒々しい愛撫によってもたらされる
火のような感覚は止む気配を一向に見せません。
「ぁああ、っはぁ…」
胸だけでなく、腹や脇、首筋までに活動範囲を広げた口舌によって、わたくしの身体はべたべた
に汚されてしまいました。
「股の力が緩んでおるぞ、茉衣子くん。キミはヴィギナやクリトリスも私に委ねるのかね」
時折発せられるその言葉に操られるように、
「んっ………」
わたくしは股の力を篭めるのです。
認めがたいことですが、班長がその気になれば、わたくしの秘所は簡単に堕ちてしまうのです。
しかし、かの者は決して触ろうとはいたしません。出来るのにしない。悪夢のようですが、
わたくしは班長の掌で玩ばれているに過ぎないのです。
しかしそのような状況にあって、胸への愛撫は続けられるのです。既に勃ってしまった乳首を
舌先で舐めては時折甘噛みし、飽きもせず吸い上げる。延々と続く行為に、
「いっ、つまで、……はあぁあんっ、このよ、うなっことをつづけっ…っ…んっ、るのですっ」
わたくしの胸から顔を上げ、
「茉衣子くんが私を満足させられるまで、とでも言っておこう」
「どう、すればっ」
「自分で考えたまえ」
その言葉と共に、班長はわたくしの唇を啄ばみ始めました。唇を舌で舐め上げられ、歯茎を
刺激され、やがて口内に侵入され、どれがどちらの舌なのか判らなくなるくらいに
絡み合いました。わたくしには班長の舌を噛み切る意思など最早ありません。
容赦なく流し込まれるねとつく唾液すらも回避できず終には飲み込んでしまうのです。
「ぷはあっはあっ、んあ…はぅ…ああぁ……」
股の間から手を抜かれ、額から発する汗と絡みついた髪の毛を綺麗に選り分けられます。
そして、頬を優しく撫でられます。
「私のことが好きかね」
「……嫌いです」
再度のキス。
「んぅ……ちゅっぱ、…っんは、ぷあ」
囚われた両手から広がる痺れを感じながら、
「手をお離しください。……班長の破廉恥な行為によって濡らされた下着が大変気持ち悪いので、
それを脱ぎたいのです」
言葉の途中で、思わず視線を逸らしてしまいました。わたくしが敗北したとすれば、この瞬間に
相違ありません。
「それには及ばん。茉衣子くんのぱんつなら私が喜んで脱がしてやるとも!」
何を戯けたことをと班長の邪まな野望を打ち砕こうと思っても、先ほどからの愛撫で
根こそぎ体力を奪われたわたくしには抵抗らしい抵抗ができる筈もなく、あっさりと、
「ふむ、凄まじい濡れようだな! いや、良い。未だ生えそろわぬ恥毛、
誰にも蹂躙されたことのない縦スジ、排泄に使用されているとは思えないほど綺麗な菊座、
これらを膳に据えられ堪えられる男など男ではあるまい!」
ああ、耳を塞ぐ力も残っていない自分が腹立たしくてなりません。簡単に火照ってしまう頬すら
も今は憎くて憎くて、
「ひゃうっ!」
私の胸と口を蹂躙した舌が今度は秘唇を舐め上げます。
「、…っんはっあ、…はっ……ああっ」
穿るような突くような動きも加えられて、声を抑えることなど出来ず、わたくしは、
はしたない声を上げ続けました。
はだけられた胸に薄くパジャマが被さり、その一方で下半身は身に付ける物ひとつなく、
あまつさえ大きく足を開かされ、中心を吸われたり舐められたりそれはもう想像を
絶するほどの恥辱であり責め苦でありました。
このような屈辱的で変態的な構図を班長は何ゆえ好むのでしょう。
わたくしが恥ずかしさの余り足を閉じようとすると、
「足を閉じてよいと言った覚えはないぞ、茉衣子くん」
と無理やり大きく開き返されるのです。
「ふむ、そろそろか」
ジイイという恐らくジッパを下げたと思われる音が耳に届き、わたくしは身を強張らせました。
「挿入しようと思うが、覚悟はいいかね、茉衣子くん」
耳朶を舐めるよう甘噛みするように声が吹きかけられます。
わたくしは、……返答する余地を持っていません。肯定など出来るはずもないですし、
かといって否定してもどうにもならないことを思い知らされてしまいました。
「私は茉衣子くんに回答を求めているのだよ。答えたまえ」
この男は、と罵ったところで詮方ないことなのでしょう。わたくしは今際となっては、
怨むような視線を向け、
「……今さらわたくしの意思を問う必要などなく、……班長が思うようにいたしてしまえば
良いではないですか」
と言うより他ないのです。
瞬間、胸と腰に手が伸びてきて、
「―――きゃっ」
抱き起こされて体を入れ替れてしまいました。この格好は……、
「何ゆえ、わたくしが四つん這いになどされなくてはならないのです!」
「無論、その方が興奮するからである!」
「ひゃっ、ん、……はあっ、…ん」
班長の手が秘唇の回りを這うのに合わせて断続的に緩い刺激がもたらされ、わたくしはまた声を
上げてしまいました。
準備万端整ったのか、班長は自分のモノをわたくしの入り口をこすりつけてきます。
ぬちゃぬちゃといやらしい音が耳朶を打ち、わたくしは、侵入の恐怖を感じるよりも、
恥ずかしさに身をよじりました。
「…あ、はっ……は、んちょうが、…へんたいっ…んんっ……、であることはっ、…もう…わかり
まし、たっからっ……」
わたくしの必死の訴えも無視され、
「茉衣子くん、もう少し尻を高く上げてくれたまえ! この高さでは挿入しづらい」
「………んっ」
抗う気力の残っていないわたくしはどこまで堕ちてしまうのでしょうか。平生なら絶対に承諾
することのないような命令でさえも、抵抗なく受け入れてしまう今の自分が怖くてなりません。
入り口付近をこすり上げられる感覚が消失して、代わりにそろそろと押し込まれるような
感覚が発生し、わたくしは手を握り締めました。
「安心して良いぞ、茉衣子くん。決して。悪いようにするつもりはない」
今度は実際に耳朶を舐められ甘噛みされながら声を吹きかけられました。加えて、班長は
わたくしに覆い被さるようにして抱きしめてくるのです。本来的には忌避すべき行為をされながら
も嫌悪するどころか本当に安心してしまうなど、わたくしはどうしてしまったというのでしょう。
ぐいぐいと押し込まれる度に下腹部から強烈な痛みが発生し、
「んんああっ――――――――」
身を引き裂かれるような強い痛みを感じた瞬間、目の前が真っ白となり、鮮烈な光が射し込んで
くるような感覚に襲われました。
「私と茉衣子くんの関係性において今回のことは当然の帰結であることは
明白至極なのだけれども、やはり、茉衣子くんの純潔を頂いたという厳然たる事実は深い喜びと
共に突き抜ける快楽を私にもたらすのである!」
班長が何を言おうとも今のわたくしの耳に届く筈もなく、
抉るように突きこまれては、
「んんはああああっ――――――――」
と声を上げ、
鋭く引き抜かれては、
「んうっ、んうっ、ああっ、…はああっ……」
と呻くような声を出し続けました。
初めての時は痛い、というのは嘘ではなく、想像していて以上の痛みをわたくしの身体に
刻みつけたことは変わらぬ事実であったのですけれど、痛みと、他方の名状しがたい感覚とが
ないまぜになっていくにしたがって、痛みで声を上げているのか、
その名状しがたい感覚で声を上げているのかが判らなくなっていき、
「尻が大分下がってきておるぞ、もう少し上へと突き出したまえ」
「わたくしっのっ…、…はあっ…んんんっふっ、おしりをっ、たたくのはっ、はあっはあっ
はあっ、…おやめ、っ…くださいっ…」
身体に火のような熱を伝導させる班長の行為のみを知覚するに至っては、胸の奥の甘い疼きに
身を委ねてしまうというのも道理なのではないでしょうか。
「はあっ、うああっ……あぁはっぁあ……んん……」
胸を揉みしだかれたり、背中を舐め上げられたり、とアクセントが加えられていく内に身体から
力が抜け落ちて、終には意識さえも堕ちていきそうになるのですが、それに気づいているかの
ようなタイミングで激しくなる班長の突き込みに意識を強引に固定され、それが許されない
ということを思い知らされるのです。
「茉衣子くんっ、気持ち良いかねっ!」
班長のモノで大きく広がった秘唇の周りをこすられたり、剥き出しにされたクリトリスに
刺激を加えられという段に至っては、是非もなく、
「…………きもち、いいっ、です」
はっ! わ、わたくしは何を口走っているのと言うのでしょう。ああっ、途轍もなく不味い
事態を自ら引き起こしてしまったような気がいたします。前言撤回です。それしかありません。
「撤回などされては困るな。というより茉衣子くんの偽らざる本心はしっかりと私の脳内メモリに
記録されたのだから撤回のしようなどないと心得てくれたまえ!」
わたくしの腰を掴み、一心不乱に突いたり抜いたりを繰り返し始めた班長を様子は、忸怩たる
思いに胸を引き裂かれそうになっているわたくしを恐怖で塗りつぶすのに十分でした。
「もうすぐだよ、茉衣子くん!」
何がもうすぐなのですかっ! いえ、それを問う積もりなど毛頭ございません。
言わないでおいてくださって結構です。ですから、
「なかっにぃっ、…だすっのだっ、あひぃん、いっ、くぅん、おやめっ…やっはあ、
……あっはっ、くだあ…さいぃっ…んんぅ」
「出そうが出すまいが孕む確率など殆ど変わらぬのだよ。ならば最奥に注ぎ込みたいという私の
感情を優先してはいけない理由が何処にあるだろう、いや、ないと私は確信する!」
わたくしの一番奥に突き込まれて、
「んんっはあはああああああぁぁぁ――――――――」
熱い精液がどろどろと注ぎ込まれる感覚が判りたくないというのに判ってしまいます。
びくんびくんと互いに繋がっているところが震えてるのもまた同様に。
「はあ、はあ、ふぁ、はっは、はっ」
白濁とした精液が注ぎ込まれるのも終わりを迎え、一連の行為も幕引きと思ったのも束の間、
「第2ラウンド開始のゴングが打ち鳴らされたぞ、茉衣子くん! 私の頭の中で、だがなっ!」
薄く上下する胸を示すまでもなく、多量の酸素を必要としているわたくしがそれをもおして
反論しようとした瞬間、
「うむぅっ? ん、んっんんんっ! んんっ〜」
無残にも口は塞がれ、わたくしの身体にまたしても班長の魔の手が伸びてくるのでありました。
計7回。
けだもののような班長に蹂躙され、その全ての精を中に注がれたわたくしは、疲れ果て
動くこともままならず、班長の腕の中で抱かれながら頭を撫でられるという屈辱から未だ逃れる
ことができていません。
たまに思い出したようにキスを求められ、応えてしまうということも、仕方のないことであり、
決して本心からではないこと、それらは全て今夜限りの出血大サーヴィスであることを念頭に
置き、わたくしと恋仲になったなどというありえない思い違いをし、明日からも今夜と同じような
態度を取らないようお願い…………。
明日。
明日?
明日!
あ、明日は、即ち今日は、……若菜さんが帰って来られる日ではありませんかっ!
こ、このような姿で班長と一緒にいるところを目撃されでもしたら、仲を誤解されるだけでは
到底済みません。しかも、今わたくしたちが横になっている蒲団は若菜さんの所有物であり、
あちらこちらに班長の精液とわたくしの略がこびりついているという悪夢のような現状を
鑑みるに、
「一刻の猶予も残されておりませんわ」
そう現状を確認すると、「もう少し余韻を楽しむ余裕というものを持とうではないか」などと
馬鹿げたことを縷々述べる班長を部屋から叩きだし、部屋の雰囲気を正常なものへと戻す為に
動き始めたのです。