・・・ある日、あたしは気だるさを感じながら目が覚めた。
部屋の中が暗いので、まだ夜中らしい。
枕元にある目覚ましに手を伸ばした。
「うぅん、まだ三時半じゃねぇか・・・」
目を擦りながら時計を戻す。
まだ明け方にもなっていない事に気付いて、再び眠りにつこうとした。
・・・だが、次の瞬間に、あたしの意識は一瞬にして覚醒してしまった。
「千秋、目、覚めちゃったの?」
そう、幸宏だった。
よりによって、幸宏はあたしの布団で一緒に寝ているのだった。
それはそうだろう・・・昨日も互いに求め合ったのだから。
「おはよ、幸宏。起きてたのか?」
あたしは幸宏の胸板に軽くキスをした。
「うん、千秋の寝顔を見てたらさ、寝れなくなっちゃって。」
そう言って幸宏はあたしの髪をクシャクシャと撫でた。
「バ、バカ。何言ってんだよ・・・」
その時のあたしの顔は、きっとものすごく紅くなっていただろう。
あたしは思わずそっぽを向いた。
だが、それを見た幸宏は、楽しそうに微笑んだ。
「な、何よ・・・」
怪訝そうに振り向くあたしに、幸宏は「可愛いね、千秋。」なんて言いやがった。
その瞬間に、あたしの思考は真っ白になった。
そして幸宏はあたしを抱き寄せた。
「ゆ・・・幸宏ぉ・・・」
あまりの恥ずかしさに掠れた声を出す。
と、いきなり幸宏がキスをしてきた。
咄嗟の事に何が起きたかわからなかった。
「千秋・・・好きだ・・・」
幸宏が耳元で囁く。・・・あたしはそのセリフを聞いて、やっと理解した。
と、同時に涙が溢れてくる。
「え、ちょっと、どうしたの?」
心配そうに訊いてくる幸宏に、「フフッ、嬉しいんだよ・・・すごく・・・」と、笑顔で返す。
そして、今度はあたしから唇を重ねる。
長い・・・長いキス。
そして、抱き合ったまま再び眠りについた。
あたし達はいろいろあって付き合っている
まぁ、始めは希春姉と美冬がいろいろ文句を言っていたが、小夏姉の説得もあり、納得してくれた(と思う)。
そんなある日、幸宏が「悪い、今日は用事があるから、帰れそうに無いよ。」と言って、どこかに出かけてしまった。
始めは何とも思わなかったが、そういう日が次第に多くなってきた。姉ちゃんたちも美冬も心配していた。
ある時、あたしは幸宏にどこに行ってるのか訊いてみたが、幸宏は何かを誤魔化している様だった。
「(もしかして、浮気? あたしに愛想を尽かしたのかなぁ・・・?)」
時々そんな事を思う様になっていった。
まさか・・・とは思っているが、胸の内がドクン、ドクンと激しく鳴り響く。
「(うそ、だよな、幸宏・・・?)」
あたしは、自分に言い聞かせる。
数日後、あたしが臨時コーチをしている天栗浜バスケ部の合宿の事で、部長の見城とファミレスで打ち合わせしていた。
「千秋さん、お忙しいところすみません。よろしくお願いします。・・・あ、そういえばさっき幸宏君を駅の近くで見ましたよ。
誰か知らない女の人と一緒でしたけど・・・」
見城のその一言は、あたしを凍りつかせるのに十分だった。
「あ、あの、千秋さん?」
あたしにはすでに見城の声は聞こえていなかった。
「嘘だろ、幸宏・・・」
あたしは、声に出していた。
・・・浮気。
それだけは無いと思っていた。
・・・ううん、違う。
そう思いたくなかったんだ。
だって、もし幸宏に他に好きな人ができたのなら・・・
・・・アタシジャ、カナワナイヨネ・・・
見城に詳しい話を訊いて、あたしはその場を飛び出したい衝動にかられた。
(行ってどうする・・・? どうすればいい・・・?)
あたしはは思いとどまり、俯いた。
見城は私の異変に気付いたのか「じゃ、じゃあ私はこれで・・・」と、そそくさと帰っていった。
そしてあたしも家に帰った
・・・あたしは部屋の隅にうずくまっていた。
・・・真っ暗な部屋の隅に。
・・・一抹の不安を抱いて。
「ゆきひろぉ・・・」
何度も幸宏の名を呟いていた。
ふと、一滴の水滴がポタッ、と落ちた。
(・・・あたしは・・・泣いてるのか・・・)
「ただいまぁ〜」
「あっー、今日も疲れたなあ。」
幸宏が帰ってきた・・・そしてあたしの部屋にやってきた
「千秋・・・寝てるの?」
電気を点けようと手を伸ばして・・・止める。
「ちあき・・・?」
うずくまるあたしに気付く幸宏。
「どうしたの?電気も点けずに・・・」
近寄ってくる幸宏。
「そんなところで、何うずくまって・・・!!」
幸宏は気付いた。
・・・あたしが泣いている事に。
「ど、どうしたの? 千秋!」
ひどく狼狽した様子で話し掛ける幸宏。
「幸宏・・・?」
泣き腫らした目で幸宏を見るあたし。
「ゆきひろぉぉぉ!」
いきなり幸宏にしがみつく。
「ひっく、ひっく・・・幸宏ぉ・・・」
幸宏のシャツの胸のあたりに顔を押し付けてひたすら泣きじゃくる。
と、幸宏があたしの頭を撫でた。
「どうしたの・・・何か怖いものでも見たの?」
優しく、囁く様にあたしをあやす幸宏。
「幸宏、ホントなのかよ・・・?」
泣きながら幸宏に訊いてみた。
「ホントに・・・ひっく・・・浮気してるのかよ!」
幸宏の胸に顔を埋めてしがみつくあたし。
「浮気・・・? 何の事なの?」
突然の事で思わず訊き返す幸宏。
「とぼけんなっ!!! いつもいつも何処に行ってるんだよ! それに幸宏が女と一緒のトコを見た奴がいるんだぞっ!」
思わず捲し立てて怒鳴る。
「ああ、なるほどね、そういう事か。」
やれやれといった感じで溜め息をつくと、幸宏はいきなりアタシを抱え上げベッドに座らせる。
「な、何すんだよ!」
突然の事にあたしは完全に気が動転していた。
「こんな事で、あたしの気が済むなんて・・・」
だが、あたしはその言葉を最後まで言い切れなかった。幸宏があたしに何かを差し出したからだ。
「全く・・・浮気なんかじゃないよ。これの為にバイトをしてたんだよ。」
「バイト? だ、だったら何であたしに黙って・・・」
「内緒にしてた方がいいんだよ。」
「じゃ、じゃあ・・・一緒にいた女って誰だよ!」
「ああ、それは多分、中学の頃のテニス部の先輩じゃないかな?
先輩はバイト先を斡旋してくれたんだよ。あと・・・それを買うためにアドバイスもね。」
そう言ってあたしの手の上にある包みを指差す。
「何だよコレ?」
「開けてみてよ。」
釈然としないまま、言う通りに開けてみる。
「・・・! これって・・・!」
あたしは思わず驚愕する。
「千秋、結婚しよう。っていってもまだ何年も先だけどね・・・社会人になったら正式なヤツというか、もっと高いのを・・・」
「ゆ、幸宏・・・ゆきひろぉぉぉ!!!」
あたしは幸宏に抱きついて、長い、長いキスをした。
・・・包みの中身は・・・銀色に輝く指輪だった・・・
おしまい