二年一組中村ちづるっ  
 
 
「ねえ、遊佐くんっ」  
 
 小学校内で中村ちづるちゃんが僕、遊佐由宇一に話しかけるのは比較的珍しいことだった。  
 二年一組の放課後。教室の一番隅の席で、僕が帰り始めたクラス全域を眺めている途中、その視界をちづるちゃんの胴体によって遮られる。  
 アイボリーの下地にカラフルな花が散りばめられたタートルネックの上に、赤いワンピースを着ている。似合うねぇ。  
 
「なんだい、ちづるちゃん。お付き合いのお申し込みならいつでも」  
 
「馬鹿なこと言ってないでよね。……その、相談したいことがあるのよ」  
 
 細い目を少し開いた。話しかけてくることすら、家を例外として少なかったのに、何でも無理に一人で抱え込むような彼女が相談という言語を用いたなんて。  
 家庭は中の上といった裕福さで、円満である。交友関係も彼女はしっかりしていて、友達も多い。クラス委員長までやっちゃって、学校では特に悩みはないはずだけれど。  
 
「珍しいね。好きな人でもできたの?」  
 
 にこやかに言ってみると、眼鏡をひっかけた耳までちづるちゃんの顔が真っ赤になる。漫画みたいに、漫画以上に。  
 刈谷が今トイレに行っていることを伝えたりしたら、頭に痛みを負うことになるので、そんなことをわざわざ言ったりはしない。  
 ちづるちゃんは黙って頬杖をついた僕の右手を取った。右頬がかくんと落ちる。  
 
 連れて来られたのは男子トイレで、入って誰もいないことを確認するよう促す。入る。誰もいない。  
 
「誰もいないねぇ。あっ、もしかしてちづるちゃんは小便器で排尿体験をぐえっ」  
 
 思いついたことを言ってみるが、途中でちづるちゃんの右の拳に遮られる。腹に直撃。  
 ちづるちゃんは僕の右手首を左手でギュッと握って男子トイレに走ってはいる。そのまま個室へ入り、すぐに鍵を閉めた。  
 
「で、なーに?」  
 
 ちづるちゃんは初めて見る男子便所の天井やら便器やらを眺めるのに忙しいようで、返事が返ってこなかった。  
 しばらくそんな様子の彼女を眺めてから、もう一度同じ台詞を吐く。  
 
「うーんと……あの、ちょっとあっち向いててっ」  
 
 ちづるの言うあっちを向いていないと殴られるので、こっちからあっちへ体ごと動かす。  
 
「もう見ていいかい?」  
 
「だめ! 絶対絶対だめ! こっち見たら本当に怒るからね!」  
 
 衣擦れの音がする。僕に観察されるのを嫌がったことから、何かしら脱いでるんだろうなあ。何やってんだろ。  
 あーやらうーやら、どうしよう、やら。ちづるちゃんの呻き声が聞こえる。もういいのかわからない。  
 勝手に振り向いて彼女を観察しても、特に変わった部分はない。……あ、右手に何かもってる。  
 
「それは?」  
 
「なんかね、……に血がついてるの」  
 
 おお、お赤飯かな? 早熟だねぇ。そういえばおっぱい大きくなってるねぇ。二年生なのにねぇ。需要あるねぇ。  
 
 先ほど以上に顔が赤いちづるちゃんを見てると、何ていうか虐めたくなる。眼鏡の奥の泣きそうな目が怖さなんて纏わないで睨みつけてくるのが何とも。怪しいおじさん達に拉致られないように気をつけてほしいな。  
 
「ごめん、なんて言ったかよく聞こえなかったなぁ。誰もいないから、大っきな声で言ってくれないかなぁ」  
 
 僕より頭一つ分小さい背丈。ああ、なんていうか将来刈やんのモノになっちゃうんだろうな。なんかそれはすごくもったいないね。……あ、九重さんがいたか。がんばれ九重さん。  
 震える唇で、必死に言葉を紡ぎ出す。  
 
「……ぱ……ぱんつにね、血がついてるの」  
 
 下着とか、せめて恥ずかしくない言い回しをしないちづるちゃん。まあ小学二年生だもんね。生理きてるのが異常なくらい。  
 
「へー。そりゃ大変だ、病気かも。見せてくれるかな?」  
 
 小児科の医者みたいな口ぶりで言ってみた。もう吹っ切れたっていうか、なんか一線越えたのか、妙にきびきびした動きで白い布を渡してくる。受け取る。  
 広げてみると、結構赤い。一般的にどのくらいの量を排出するのか知らないから多いなあとか少ないなあとか、感想はつけられない。  
 ……あれ。なんか。  
 
「ねえ、ちづるちゃんまたお漏らしした?」  
 
 もう顔はこれ以上赤くならない。瞳にちょっと涙が溜まった。  
 声にならない叫びを漏らしながら僕の胸を叩いてくる。ぽかぽか、って感じじゃなくてドスッガスッ。  
 幼稚園の頃からちづるちゃんはお漏らしの多い子で、よく先生にお世話になっていた。今でもちょっと大変らしい。  
 
「あ、この血だけどね、病気じゃないよ。長くなるから今は説明できないね。多分再来年に教わるよ。あんまりクラスの子とかには言わない方がいいよ。お母さんには『生理がきた』って言っておけば大丈夫」  
 
 ぺらぺらと今後のちづるちゃんの行動を教えてやる。ちづるちゃんはせーり、などと平仮名発音で呟いていた。ちづるちゃんは飲み込みのいい子だから、何よそれ教えなさーいなんて九重さんみたいなことは言わない。  
 手を伸ばして、ワンピースの中に手を入れる。勿論彼女の下着は僕が持ってるから、指先で触れるのは素肌。  
 
「ひゃっ?」  
 
 まだ顔の赤さと涙目オプションが取れきれてない。誰か来てるかもしれないというのに、ちづるちゃんは大きな声を上げてしまう。ふむふむ、不意打ちに弱いと。まあ見た感じそうだもんね。  
 
「な、なに!?」  
 
「んー? お漏らしを直すためのまほー」  
 
「お漏らしお漏らし言わないでっ!」  
 
 会話をしてる間は手を休めてあげた。  
 ちょっと会話が途切れて、右手中指を湿った割れ目にちょっとだけ食い込ませる。  
 
「んっ……」  
 
 ちづるちゃんの背筋がピンと伸びた。  
 両ひだを摘んで中を愛撫してみたり、色々触ったり。ちづるちゃんの呼吸が荒くなってくるまでずっと続けてみる。  
 
「ね……遊佐くん、やめて……」  
 
「えー」  
 
 この子が好きだ。  
 虐めて反応を楽しむための道具として? ちづるちゃんという存在として?  
 
 
「やーだよ」  
 
 
 嫌なやつでごめんね。多分、前者。  
 
 色々やって、最後にはちづるちゃんが疲れちゃったからやめた。  
 処女喪失はさせなかった。さすがに小二でっていうのは可哀相すぎるよねぇ。  
 ちづるちゃんは、トイレを出てから、さも何もなかったかのように振舞った。きつすぎて一部の記憶が削げることがあるとか、そんなのを聞いたことがある。……まあそれはないよね。  
 気丈に振舞えるちづるちゃんが羨ましいし、強いと思う。  
 
「さ、帰りましょっ」  
 
 真っ赤なランドセルを背負って、教室の扉の前で手招きする。  
 僕も、何もなかったように笑ってそっちに向かう。  
 何もなかったもんねぇ。  
 
 
 
 
「ちょっと、遊佐くんっ」  
 
 そんな彼女の台詞を聞いて、小学二年生の出来事を思い出す。最近じゃ、ねえって呼びかけてくれないなあ。  
 ちづるちゃん可愛かったなぁ。なーつかしい。  
 
「……ねえ、聞いてるの? 何にやついてるのよっ」  
 
 そのねえを最初に使ってくれよ。  
 
「んー、そうだね」  
 
 ちらりと天栗浜高校の教室の黒板を見る。今日の日にちは、あの日と変わらない。月は二つほどずれてる。  
 
「ちづるちゃん今日生理でしょ」  
 
「……はい!?」  
 
 あのときみたいに顔を真っ赤にされた。  
 このあとどうするのかな。殴っちゃうかな。机をバンバン叩きながら何か言うかな。  
 それでも僕はにこやかに笑ってよっと。何もなかったようにね。  
 
 

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