美冬は重いドアの前で深呼吸すると、軽くノックした。  
幸宏の部屋にはやたら重い獅子の意匠をこらしたノッカーが付いていたが、  
音がとても大きいので美冬は使わないようにしている。  
「………」しばらく待ってみたが返事は無い。  
コンコン、ともう一度叩いたがやはり返事は無い。  
「幸宏、開けるよ?」  
一応声をかけてから重いノブを回す。  
凝ったデザインのせいでノブは重かったが、ドア自体は見た目に反して軽く、音も立てず開いた。  
「幸宏?」  
部屋を覗き込むと、果たして幸宏は居たのだが、もう寝てしまったようで、ベッドの上で寝息をたてている。  
(幸宏、寝ちゃったんだ………)  
ガッカリしつつ、内心ほっとしている自分がいる。未だに幸宏と目が合うと、嬉しすぎて恥ずかしくなる。  
それで思わず目を逸らしてしまうのだが、前にそれで幸宏のことを嫌っていると誤解されたことがある。  
こんなに好きなのに………。  
 
………急に幸宏の顔が見たくなった。  
 
起こすと悪いかな………。  
すこしだけ迷ってから、ドアを開けたまま灯りの消えた部屋へ忍び込む。  
音を立てないようにベットまで近づいてみた。  
 
いた。幸宏だ。  
 
ベッドの傍に膝立ちにしゃがんで覗き込んでみた。  
無防備な幸宏の寝顔がそこにある。  
可愛い……子供みたい。  
幸宏はいつも素直で、一生懸命で、時々見せる笑顔が本当に嬉しそうで。  
………でも、そんな顔を無防備に他の子にも見せるのだ。  
ただでさえ、幸宏の周りには女の子が多いのに………。  
希春姉さんは言うに及ばず、副会長の御神楽あやめ、同じクラスの三島真琴、それに同じ階段部の天ヶ崎泉……。  
やだ……友達まで疑うなんて、わたしって、嫉妬深いのかな………  
じっと、幸宏の顔を覗き込む。  
ただそれだけで、恐いくらいに幸せな気持ちになってしまう。  
御神楽さんも、三島さんも、それにいずみだって、幸宏のこんな寝顔は知らない。  
今は、幸宏を独り占めだ。  
 
………このままキスしてもいいかな。  
 
悪戯心が誘うまま、少しだけ顔を近づけてみる。  
文字通り目と鼻の先、ほんの数センチ先に幸宏の寝顔がある。  
あと少し近づけば、互いの唇が触れてしまうところに。  
 
………幸宏。  
 
美冬はその距離でしばらく悶々と悩んでいたが、そっと立ち上がった。  
名残を惜しむように、視線だけは幸宏を追ったままで。  
 
わたしも努力しないとね。  
幸宏を好きな子は私だけじゃないもの。  
私だけ、こんなずるをしちゃだめ。  
もっと幸宏に近づけるように、判ってくれるように頑張らなきゃ。  
 
「おやすみ、幸宏。もう少しだけ、まっててね」  
 

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