「……ただいま」  
 
美冬が帰ってくると、いつもは静かなリビングから賑やかな声が聞こえてきた。  
何事かと思い覗き込んでみると、この時間にいないはずの希春の顔が見えた。  
 
「どうしたの? 希春姉さん」  
「あら、おかえりなさい美冬。それがね、ゆーちゃんが凄いの! びっくり!  
お祝いしないと! だから慌てて帰ってきたの!」  
 
どうも興奮していて要領を得ない。  
すかさず千秋がフォローしてくれた。  
 
「それじゃわかんないって希春姉さん。美冬、聞いて驚け?  
幸宏のやつな、A大学に受かったんだってよ。  
こいつ受験してたの内緒にしてやがった」  
 
A大学といえば国内有数の難関私立大学である。  
美冬は幸宏がそんなところへ合格したのも、それだけの学力があったことも  
自分が知らなかったことに愕然とした。  
 
小夏はイラスト付きで『幸宏はわしが育てた』のボードを出している。  
やはり本当なのだろうか?  
 
「……嘘」  
「嘘じゃないって。ほら幸宏、合格通知見せてやって」  
「あ、うん。これなんだけど……」  
 
とても合格者の雰囲気ではない態度で幸宏は封筒を差し出してきた。  
中の書類にはやはり“合格”の文字があった。  
 
頭の中が混乱していた。  
本来なら合格の祝いの言葉を送るのが自分の正しい行動だろうと思えたが、  
そんなことはお構いなしに色々なものが頭を駆け巡った。  
そんな中、やっと出てきた言葉は  
 
「……B大学は……どうするの?」  
 
だった。  
 
B大学は美冬や千秋も通う地元の公立大学だ。  
そこそこの難易度であるが、家から近いこともあり  
幸宏はそこへ通うものとばかり思っていた。  
確か願書も提出していたはずだ。  
 
「もちろんA大学よね、ゆーちゃん。これでお父さんもゆーちゃんとの  
結婚を認めてくれると思うの。だってゆーちゃんほど素敵な男性はいないもの!」  
「なに勝手に決めてんだよ希春姉、あたしだって権利あるだろ!」  
『ウエディングドレスに昇り竜入れていい?』  
 
そうじゃない、そういうこととじゃない!  
でも幸宏の前だとうまく言えなくてもどかしい。  
 
「……出てくの?」  
 
家からA大学に通うには流石に無理な距離だ。  
黙って聞いていた幸宏がやっと口を開いた。  
 
「実はA大学に受かったら天馬の奨学金を受けられる話になってたんだ。  
あとグループ会社でバイトする話にもなってる。  
会社の独身男性用の寮に特別に入れることになってるんだ」  
 
「……いずみなの?」  
 
「違うよ。前から考えてたんだ。父さんのしてたことに近づくにはどうしたらいいかって。  
それを突き詰めていったらこうなっただけ。いずみ先輩のことを利用したことはないよ。  
裏でそうなった可能性はあるけど、僕から頼んだことはないよ」  
 
口べたな自分ではこれ以上言えそうになかった。  
だから姉達に頼った。  
 
「姉さんたちはそれでいいの?」  
 
でも期待した答えは返ってこなかった。  
 
「私はずっと待っていたんだもの。これからも待てるわ。  
きっとゆーちゃんが迎えに来てくれるって信じてるから」  
「やっぱやりたいことやるのが一番だと思う。  
それに幸宏は男だしな。将来考えたら当然の選択だろ」  
『少年よ、大金を抱け』  
 
何も言えず幸宏を見つめた。  
幸宏は顔をしかめた後つぶやいた。  
 
「父さんのこともあるけど、高校卒業したらこの家を出るつもりだったんだ。  
だって美冬姉さんは僕がこの家にいるのが嫌だったみたいだし……」  
 
もう耐えられなかった。いたたまれず美冬は家を飛び出していた。  
 
 
 
「ということにならないように進路は慎重に選ばないといけないと思うの」  
 
昼休み、屋上で一緒に昼食を食べようと誘ってきたいずみは  
お弁当を食べながらこんな話をしてきた。何を考えているのやら。  
 
「……なんで急にそんな話になるの」  
「私たちも来年は受験生じゃない? だからね」  
「それだけじゃないでしょ。話がやけに生々しいし」  
「あら、わかる?」  
 
いずみはニコニコしながら弁当をつまむ。  
あくまでもマイペースだ。  
 
「美冬の家の話は神庭君から聞けるから。  
美冬が家ではどんなふうに過ごしてるかは少しは知ってるの。  
神庭君視点だけどね」  
「……それだけじゃないでしょ」  
「そうね。気になる?」  
 
いずみは時々意地悪だと思う。  
でもそれは私に気を許している証拠だと思って納得している。  
 
「あのね、神庭君に聞かれたのよ。“天馬に入るにはどうしたらいいのか”って」  
 
なんとなく話がつながった。A大学には確か天馬も関わっている。  
だからそういう話が出てきたのだろうと理解した。  
でもいずみの答えが気になるので続きを即す。  
 
「で、なんて答えたの?」  
「“私と結婚することかしら”って」  
 
飲みかけた牛乳を壮大に噴き出した。  
 
「あら、美冬でもそんなことするのね」  
「いずみが変なこというから!」  
 
ハンカチで口元を拭きながら抗議する。  
 
「変なことじゃないわよ? 一番確実なことだし」  
「……本当は私を驚かせて楽しんでるんでしょ?  
いっつも澄ました顔で変なこと言うんだから」  
「あら、私だって驚くことはあるわよ」  
「たとえば?」  
「さっきの話の続きなんだけどね。神庭君、しばらく考えた後まじめな顔でこう言ったの」  
 
“そのときは僕が天ヶ崎になったほうがいいんでしょうか?”  
 
 

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