「ごちそう様」  
 
 今日の夕飯は私の好きなものを多くしたので、早く食べ終わった。  
 お皿を浸して自室に篭りに行く準備をすると、幸宏が話しかけてくる。  
 
「あ、美冬っ」  
 
「……なに?」  
 
 美冬、という響きが少し嬉しい。  
 だけどそれにできるだけ反応しないように、冷静に。そんな風に対応する。甘々な雰囲気は私に似合わないんだから。  
 
「いずみ先輩がケーキくれたんだけど食べない?」  
 
「チョコがあるなら食べる」  
 
 幸せは日常の中に隠れてる、という言葉に少し理解がいく。  
 でも、私の幸せは隠れたりせずに堂々と出てきてくれていた。  
 
 19歳 十二月――   
 
 
美冬は僕の嫁  
 
 
 
 幸宏を無理やり犯してからは、幸宏から誘ってくるようになっていた。私は誘いにしぶしぶついて行く、そんな振りをしていた。心のなかでは泣きそうだった。だって、あの言葉が嘘じゃなかったんだよ。  
 もうS嬢からは卒業した。素直に本能に従っていると、私にはあの豚と同じ性癖があることに気がつかされて。  
 無理をしていたあの頃を、今では笑い話として話せる気がする。  
   
 あの日の行為が事実である証拠は、なくなった。  
 所々白くなったボンテージは、小さく小さく切り刻んで箱につめて、そのまま道端に放り投げて別れを告げた。  
 そして、私のお腹は大きくならなかった。  
 それでも、私は幸宏と同棲している。ふたりで。  
 
 幸宏が高校を卒業する頃には、彼が大学に行かないということを知っていた。そのあとすぐに働くところも決まっていた。  
 私も大学には行かなかった。家計が厳しくなってきていて、大学の学費どころではなかったのだ。それからは朝から晩までバイト三昧だった。幸宏の言葉を鵜呑みにして、風俗店では絶対に働かなかった。  
 そんな私に朗報が届いたのは、幸宏が卒業証書を手にする前日。  
 
「散々考えたんだけどさ、やっぱり決めたよ。僕は美冬姉さんと暮らしたい」  
 
 別にいいよ、と言って部屋に戻れ、と自分に命令したんだけど。  
 私はその場で泣き崩れてしまって、すっごく嬉しくって。  
 あー……うん、その辺りのことは恥ずかしくて思い出したくもないわね。別にそのあと幸宏が私を抱いてくれたとか、そういうことには及んでいません。絶対。  
 
 
 私が働いて稼いだお金と、この間から二人で始めた普通のバイトの給料、それから希春姉さんの仕送りとでやりくりしている。小さいアパートの一室だから、そんなにかからない。  
 出て行くときに希春姉さんが大騒ぎするかと思ったけど、彼女は引き止めなかった。しかも、いつもゆーちゃんゆーちゃん言っているというのに、私を抱きしめて声を震わせていた。  
 希春姉さんは、そんな漫画みたいな人だった。  
 小夏姉さんはいつも通りプラカードで祝福してくれた。  
 以外にも一番大慌てしていたのが千秋姉さんだった。鈍感だから私達の関係も知らなかったらしい。認めてくれたからいいけれど。  
 
 希春姉さんはぼろぼろ泣いてくれたけど、残念ながら前の家の近場である。一駅挟んだくらいで、しかも境界線寄りのアパートだ。ちょっと行けば自転車で会いにいける。  
 やっぱり、皆が私と一緒に幸宏の近くに居て、それでも私が幸宏の特別だっていうのがすごく嬉しい。  
 
 ……このくらいかな。  
 同棲2日目の私は、今までの幸せな流れを改めて思い出しながら、ノートに記していた。  
 自分の部屋であんまりにもにやけてしまう。幸宏がお風呂に入っていることがすごくありがたい。こんな緩んだ顔は見せられるわけがない。  
 ふと、リビングへと向かう。  
 
「…………」  
 
 そんなに溜まってない洗い物。皆で暮らしてた頃とは違って、食器がすごく減った。さみしくもあるけど、やっぱり楽であるには変わりない。  
 テーブルの上のティッシュとリモコン。……ああ、そういえばあのときはティッシュでしごいたりしたなあ。なんで慣れないことをしたんだろう?  
 テレビの下にDVDデッキ置きたいな。でもまだそんなにお金ないし。買ったら幸宏が階段部だった頃の映像とか見れるのに。  
 テレビの上にデジタル時計置いたら便利かな? アナログの壁掛けの方が幸宏が気に入ってくれるかな。  
 
 くすり、と笑みが零れる。  
 なんだか幸せだ。新婚みたいではないか。  
 夫の風呂出を待っている新妻。その間に、食器を片付けてしまおうか。  
 
 
 似合わないのに鼻歌なんて歌いながら洗っていると、あっという間に食器はなくなってしまった。まだ幸宏はお風呂だ。  
 すとん、と流しのすぐ側の椅子につく。  
幸宏は前からお風呂が長かった。今となっては急かされることもなくなったから、それ以上の長さだろう。そう考えると彼が出るまでには随分と余裕がある。  
 さっき確認したテレビ欄には、面白そうな番組なんて載っていなかった。  
 ……あ。  
 新婚さんごっこでもしようか。  
 
「幸宏」  
 
 お風呂場のカーテンの向こうから彼の名を呼ぶ。私はもうすでにバスタオルしか身に着けていない。  
 呼びかけると、慌てたようにお湯が跳ねる音と幸宏の声が聞こえた。  
 
「あっ、ごめん美冬姉……じゃなくて美冬っ。ごめん、もう出るから」  
 
 ごめんばっかり言うのね。  
 でも私の目的は、『できるだけ早く入浴する』じゃない。新婚さんごっこ、それでしかないんだから。  
 久しぶりに、慌てる可愛い幸宏が見たかった。だから何も言わずにその戸を横にスライドさせた。  
 
 物語だったなら、ここで幸宏はタオルを腰に巻いている。けれどここは皮肉にも現実だった。湯船に入ったり、足も洗うというのにタオルを巻いている人間は少ない。   
 それも幸宏は私の呼びかけによって、風呂を上がろうとしていたところで、丁度扉の前にいた。  
 更に、私の声はカーテンの向こうから聞こえた。だから幸宏もわざわざ隠そうとは思わなかっただろう。  
 
 要するに、以上の考察からしても、私の目前にある現状を確認しても。  
 幸宏は、全裸だった。  
 
「…………」  
 
 何秒かの沈黙。  
 幸宏は思考が停止したようで、間抜けな顔のまましばらく立っていた。今何が起きているかも理解しているか分かり難い。  
 
「……変態、露出狂」  
 
「え、いや普通に僕はお風呂入ってたんだしさ。当たり前でしょっていうか何で入ってくるんだよっ!」  
 
 そういいながら幸宏は手近にあったタオルを腰に巻き始めた。この顔を赤くしている男が好きだというのが幾分か恥ずかしい。  
 同棲2日目の夜。  
 
「従弟との親睦を深めようと思って」  
 
 そう言って、幸宏を押して湯船の淵に座らせた。幸宏はまだ何をするのかわかっていないらしい。  
 幸宏の背中のすぐ下にお湯が、私の右側の壁は何故か大きく開いた窓。バランスでも崩したら、向こう側の淵と幸宏の肩がぶつかってしまいそうだ。気をつけないと。  
 そんなことを思いながら、幸宏の腰に巻かれたタオルの中に手を入れようとする。  
 すると、やっと事態を理解したらしい幸宏が窓を閉めた。いくら曇っているとはいえ、覗こうとすれば覗けるのに。  
 手探りで標的を確認して、顔を近づける。幸宏が自分からタオルを取って、幸宏の隣に引っ掛けた。  
 少しだけ開けた口の中に、幸宏のものを含む。口でするのは2回目だったから少し慣れたつもりだ。  
 
「んっ」  
 
 先に声をあげたのは幸宏だった。久しぶりに攻める側に回れそうだ。  
 少し口元を歪ませて、唾液をまぶし続ける。  
 そろそろ舌も疲れてきた。そんな風に油断した瞬間、幸宏が笑う。そして、私の後ろに回ってきた。  
 
「美冬はまだ洗ってないんだよね? 僕が洗ってあげる」  
 
 いつ出したのか、幸宏の手にはボディーソープがあった。  
 そのまま幸宏の手が私の胸の横に触れる。冷たいボディーソープが妙に気持ちよかった。  
 声を出してしまいそうになる口を必死で閉じながら、胸を揉みしだこうとする幸宏を受け入れていた。  
 私のなだらかな胸を弄ろうとしたけれど、ボディーソープで滑るらしい。なかなかいつものようには行かなかった。  
 けれど、ローションみたいにぬるぬるした感触を受けていると、自然と顔が蒸気してきた。  
 今度はスポンジで、快感のためじゃなくて清潔さのために洗ってもらう。  
 
「……っはぁ」  
 
 詰めていた息を吐き出す頃には、幸宏は後ろから私の足を洗っていた。足首から太ももにかけて、何度もスポンジを挟んで幸宏の手が這う。来て欲しいところの寸前まで来るのに、どうしてもそこは触ってくれないまま右足に移った。  
 あとはただ普通に、お腹と背中をおとなしく洗ってもらう。  
 髪を縛ったままだったことに今気づいたけど、髪を洗うときに取ろうと思って縛ったままでいた。  
 
「触ってほしかったところ、洗うよ」  
 
 耳元で、私より少し低い声が囁いた。幸宏の手がそこに届くまでが長く感じて、焦らされてるみたいだった。  
 早くしてよ、と言いそうになるのを必死で抑える。  
 いきなり前からスポンジが押し付けられた。  
 
「んあっ」  
 
 スポンジのザラザラとした質感がひどく気持ちよかった。スポンジと陰部が擦れ合って、快感と喘ぎ声を生産していた。  
 私の息が荒くなってきてから、幸宏は私のお尻を洗い始めた。  
 撫で回して、ときに穴に指が当たる。  
 
「そういえばこっちでやったことないよね」  
 
 確かになかった。なかったけど、こっちはなんだか怖かった。  
 だから、首を横に振った。流れからしたら入れたことがあると言っているみたいだけど、幸宏は理解してくれたらしい。  
 
「美冬」  
 
 幸宏の呼びかけに涙目で振り返った。別に痛いわけじゃないけど、なんとなく涙が出てくるものである。  
 
「な、に?」  
 
 呼吸を整えながら言う。少し聞き取りにくかったかもしれない。  
 しばらく見ていると、幸宏が少し言いにくそうな演技をして、わざとらしく言った。  
 
「ちょっとごめんね」  
 
 ぺたんと風呂マットの上に座っていた私を無理に四つんばいにさせて、幸宏の手がスポンジに戻る。  
 四つんばいになることが嫌なわけじゃないので、尻を突き出したままでいた。  
 幸宏が再びお尻を撫で回す。ときどき入り口に指をあてがったりして、私の反応で遊んでいた。  
 滑りがよくなりすぎていて、入ってしまいそうだった。けれどなかなか入ってくれない。  
 
 私の体が泡だらけになって、やっと体を流せることになった。  
 幸宏がシャワーをとって、普通に私の背中から足まで流してくれる。四つんばいの姿勢を戻して、隅々まで流してくれた。  
 
「あれ、泡が残ってるね」  
 
 そう言って幸宏が触れたのは、私の性器。  
 そんなに残っていなかったけれど、幸宏はそれを洗い流すためにシャワーをそこに当てた。  
 触れられるより強い衝撃が私を襲う。すごく気持ちよかった。  
 
「ん、あはぁっ!」  
 
 シャワーから出る水の一線が、すごくくすぐったくなる部分に当たっている。どこかわからないけど、このまま当てていたら気持ちよさで壊れてしまう気がした。  
 だから、少し腰をずらそうとする。けど、幸宏があんまりにもきつく私を抱いていて、動けなかった。  
 
「ね、幸宏……ぉっ、痛いの……。少しずらす、から」  
 
 幸宏は少し笑って、さらにきつく抱きしめた。  
 抱かれながら、股間を打ち付けられる。ああ、表現の仕方がわからない。  
 
「どうしたの? そんなにシャワーが気に入ったのかな」  
 
「あう……ん、出るっ! 何か出るよっ、おまたから出るぁあっ!」  
 
 気持ちよくてずっと目をつぶってたからわからなかったけど、何かが出た。  
 馬鹿馬鹿馬鹿! なんて言葉を発してるんだろう。あー……恥ずかしすぎる。  
 尿の臭いが鼻腔をくすぐった。  
 
「全くもう、美冬は我慢が聞かないね。入れてあげないよ?」  
 
 だって限界だったんだもん。止めてくれなかったのは幸宏じゃない。  
 言いたいことは沢山あるけど、呼吸だけで精一杯。言葉なんて喋れるわけがない。  
 それに入れてほしいのは皮肉には真実だった。  
 
「入れ、くださ……っ」  
 
 うまく言うことすら難しい。やっと目を開けると、白っぽい壁や床が眩しかった。  
 幸宏がうん、と言ったのが微かに聞こえた。気のせいかもしれない。  
 
「ああああっ!」  
 
 四つんばいにさせられて、入れてもらった。この体制は初めてになる。騎乗位より楽な姿勢のはずなのに、なんだか犯されている感じがした。  
 出し入れされてるのをすごく感じた。いわゆるピストン運動ってやつだろうか?  
 でも、こんなのを繰り返されるより早く出してもらったほうが私としては気持ちいい。思わず、叫んでしまう。  
 
「出してぇっ! ゆきひろ、なかに出してほしいのおおおっ!?」  
 
 言いかけた途中で幸宏は出してしまった。  
 衝撃に驚いて、びくんと体が揺れた。幸宏が抜く。私の中から、入りきらなかった精液が零れるのを上下逆さまに見た。  
 
「あの体制痛くなかった?」  
 
「……別に」  
 
 行為が終わって、髪の毛を洗ってもらっている途中だった。  
 リボンを私が咥えたまま、後ろから前に回して毛先側を私が、根元側を幸宏が洗っている。  
 髪長いと洗うのも面倒だ。切っちゃおうかな? でも幸宏の好みじゃなくなってしまったら嫌だし。  
 
 無言のまま、幸宏がシャワーで私の髪から泡を流す。目に入らないように目を瞑っていた。  
 目を瞑ったまま、私が静寂を切り裂く。  
 
「……四つんばいの方が気持ちよかった」  
 
「え?」  
 
「なんでもないっ」  
 
 脱衣所で拭き合いながら、明日のおかずの話とかをしてみた。新婚みたいだ。  
 寝床はリビングの開いた場所に小さな布団を敷いて二人で。とっても惨めで悲惨な状況だったけど、狭い方がなんだか嬉しかった。  
 新婚さんなんだから、おやすみのキスも忘れないで、ね?  
 
 

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