深夜、神庭家の四女・美冬は机に向かって熱心にシャーペンを走らせていた。  
 美冬も年が明ければ受験生。成績は常にトップクラスを維持しているが、それもこういった日々の努力の賜物だ。  
 もっとも、実冬自身はこれを努力とか苦労だと考えたこともない。根がまじめな性格なのだ。  
 
 しかし、そんな美冬にも最近困ったことがある。  
 こうして一人静かに過ごしていると、いつの間にか別の事を考え始めてしまう。  
 別の事というより、一人の少年の事を、と言ったほうが正しいかも知れない。  
   
(幸宏、もう寝たのかな……)  
 
 先ほど、電話で話す声がかすかに聞こえたから、まだ起きてはいるはず。  
 何してるんだろう。勉強の相談かな。階段部の友達? それとも、生徒会の仕事?  
 もしかして、副会長の御神楽と話しているのかも。あの、御 神 楽 と……?  
   
 パキッと音をたてて、シャーペンの芯が折れた。  
 無表情にそれを見つめて、ひとつ嘆息。冷静にシャーペンの尻をノックする。  
 何を考えているんだろう私。最近幸宏のことばかり考えている。  
   
(幸宏のせいよ。あの鈍感、変態、浮気者……)  
   
 クリスマスの時も、結局うやむやにされた。もやもやする。  
 いっそ強引に奪ってくれればいいのに。今すぐにでも。いきなり部屋の扉が開いてーーー  
   
 ばんっ! といきなり扉が開かれて、そこに幸宏の姿があった。  
 驚きながらも、ノックもせずに扉を開けた幸宏を冷静に罵倒すべく口を開きかけるが、  
 幸宏の真剣な表情に気圧されて、美冬は言葉を失う。  
   
「美冬姉さん……!」  
 
 ずかずかと部屋に入り込み、美冬の前に立つ幸宏。  
 そしてがばあっ! と椅子の上の美冬を抱き締めた。  
   
「好きなんだ! 美冬姉さん! 僕と一緒に逃げようっ!」  
「え、え、幸宏……?」  
 
 目を白黒させている美冬を、幸宏の真剣な瞳が見つめる。そ、そんな瞳で見つめないで……。  
   
「二人で一緒に逃げて、幸せな家庭を築くんだっ!」  
「……だ、だめ幸宏。私たちまだ高校生……」  
 
 うつむく美冬に、さらに幸宏の熱い告白が叩きつけられる。  
   
「愛さえあれば、どうとでもなるさ! 行こう! 美冬!」  
「ゆ、幸宏……」  
 
 瞳を潤ませながら、美冬は幸宏の手を取って……  
   
 ぽとりとシャーペンの芯がノートの上に落ち、美冬ははっと我に返った。  
 な、何考えてるの私。そんなこと、するわけない。あの幸宏が……。  
 ずっとノックしっぱなしだったシャーペンを手に取り、芯を詰め直す。  
   
 改めて手元の教科書に目を落としてみると、妄想の中のやりとりは、訳していた英文の  
 ケンとジェニファーの会話そのものだ。高校生の教科書に何を載せてるのかしら……。  
 でも、幸宏がケンぐらい強引だったら、ちょっとくらい許しちゃうかも。  
   
 重なる唇、熱い吐息、耳元の甘い囁き、やがて胸元に伸ばされる手……。  
 幸宏の優しい指使いが、美冬の胸のふくらみにそっとふれて……。  
 
 ふれて……?  
 
 気がつくと、美冬は自分の胸に手を当てていた。  
 我に返ってしまったのは、妄想の中よりも自分の胸のサイズが幾分控えめだったからだ。  
   
(……私も美冬姉さんの妹だもの。これからきっと……)  
 
 なぜか眉を怒らせながら、希冬の巨乳を思い出す。  
 次いで小夏のことを。着やせするので気づかれ難いが、小夏も結構グラマーだ。  
 そして千秋。上の姉二人には劣るものの、千秋の胸も決して小さくはない。  
 最後に美冬自身……。あれ、もしかして順番に吸い取られていってない? 何かが。  
 あれ? なんで私泣いてるのかしら?  
   
 そうよ。幸宏が大きい胸が好きとは限らない。むしろ嫌いかも知れない。  
 希冬の過剰なスキンシップを、いつも嫌がっているのがその証拠。きっと。  
   
(……でも、いずみとはいつもやけに親しげに話してる……)  
 
 悶々と考えあぐねた末に、美冬は携帯電話を手に取った。  
   
「もしもし……あ、いずみ? 私、美冬。突然電話しちゃってごめんね。  
 あのね、ちょっと聞きたいんだけど……」  
   
 続けた質問に重なって、ブーーッ! と何かを吹き出す音が聞こえてきた。  
 電話の向こうの親友は、盛大に飲んでいた茶を吹き出してしまったらしい。  
 しばらく苦しそうに咽せる声が聞こえたので心配したが、どうやら笑うのを  
 堪えられないらしく、何か言いかけてはクスクスと笑うので、思わずムッとする。  
   
「……何がそんなにおかしいの?」  
 
 何でもないわ、と言い訳されたが、やっぱりクスクス笑うので、ムカついて  
 電話を切ってしまった。何よ! 自分は胸がおっきいからって!  
   
(男の子はやっぱり胸の大きい女の子が好きなのかな? って聞いただけなのに…)  
 
 やめよう。このことを考えるのは。悲しくなるというか、殺意が沸いてくる。  
 もっと、自分自身の良いところを考えよう。  
   
 学校では『氷の女神様』なんて言われているくらいだから、自分もそんなに  
 悪くは無いんだと思う。それぞれに美しい姉たちも、口を揃えて『うちで  
 一番の美人さん』と言ってくれたりする。照れくさいけど、素直に嬉しい。  
   
 スタイルはどうだろう。運動もしているし、体重について気にしたことはない。  
 誇れる部分といえば……脚? ずっとテニスをやっている割には太くなる  
 こともなく、すらりと伸びた脚は、部長の瀬野からもよく羨ましがられている。  
   
 膝にかけていた毛布をどけて、思わず脚なんか組んでみちゃったりしつつ、  
 ミニスカートから伸びる、オーバーニーソックスに包まれた自分の脚を見てみる。  
   
 そういえば以前、部活中の美冬を、幸宏がじっと見つめていたことがあった。  
 気付きつつも、どう反応して良いのか分からず無視してしまったけど、あれは  
 ひょっとして私の脚を見てたのかしら。  
   
 ひょっとして脚が好きなの? やだ、そんな、幸宏、オヤジくさい……。  
 でも、幸宏がどうしてもって言うなら……。  
   
 いつの間にか幸宏の頭が、椅子に座った美冬の脚の間にある。ふとももで頬を  
 挟まれながら、ミニスカートの奥を凝視する幸宏。その眼は恍惚としている。  
   
「美冬姉さんのふともも、すべすべだね……」  
 
 真っ赤になってミニスカートの裾を押さえる美冬。  
 腿にかかる幸宏の荒い吐息がこそばゆい。  
 
「ああ……美冬姉さんの絶対領域……ずっとこうしてみたかったんだ……」  
「……変態……」  
「それは違うよ、美冬姉さん!」  
 
 きりっとした真剣な瞳が美冬を見た。その瞳で見つめられると、弱い。  
 
「美冬姉さんが好きだから、したいんだ!」  
「え……」  
 
 言うや否や、幸宏はスカートの奥へと顔を侵入させる。はあはあという吐息に混じり、  
 幸宏の舌が美冬の敏感な場所をくすぐった。  
   
「やぅ……ッ……!」  
 
 羞恥心と混乱に加わった快感に美冬は身をよじる。しかし、  
 結果的により幸宏の顔を締め付け、奥への侵入を許してしまう。  
 
「濡れてるじゃないか……いやらしいなぁ、美冬姉さんは……」  
「そんな……うそ……」  
 
 ぢゅ、ぢゅっ、と幸宏の口がわざと音を立てて、ショーツの上から美冬の秘所を  
 責め立てる。幸宏の頭を押さえる手に込められた力も、だんだんと力弱いものに  
 なっていった。  
   
「直接……さわるよ……」  
「あぁ……幸宏……いやぁ……」  
 
 幸宏の指が、秘所を覆う美冬のショーツを横にずらしーーー  
   
 コンコン  
   
 びっくうッ! と、美冬は椅子から飛び上がった。  
 いつのまにか秘所に這わせていた指をどかして椅子の上を見る。  
 ぬ、濡れちゃってる……。  
   
 コンコン  
   
 再び扉が鳴った。  
 どうしようと周囲を見渡し、膝掛け毛布を見つけて脚の上に載せ、シャーペンを  
 手に取り、いかにも勉強してましたという風の姿勢を取る。声がけも冷静に……。  
   
「……だれ」  
「美冬姉さん、起きてる?」  
 
 誰何とともに顔を見せたのは幸宏だった。狼狽した顔を引き締めて、背中越しに  
 幸宏を見つめる。美冬の顔を見た幸宏が、何故か「うっ」と恐いものでも見たかの  
 ように表情を歪ませた。なんで人の顔見て怖がるの。失礼な奴。  
   
「……何」  
「あ、勉強中にごめんなさい。英語の辞書を学校に忘れてきちゃって……」  
 
 おどおどと部屋の中に入ってくる幸宏。美冬は傍らにあった辞書を手に取り、  
 椅子を回して幸宏に手渡した。机の上を英語の教科書を見た幸宏が「あ」と呟く。  
   
「ごめん、美冬姉さんが使ってるんだったら、いいよ」  
「……電子辞書があるから、いい」  
 
 鞄の中から、学校で使っている電子辞書を取り出して見せる。  
 ふと、幸宏の手の中にある分厚い英和辞典と電子辞書を見比べて見て、  
 美冬は「ん」と電子辞書のほうを手渡し、英和辞典を幸宏の手から奪った。  
 
「そっちのほうが、便利だから」  
「あ……ありがとう。でも僕、こういうのちょっと苦手で」  
 
 苦笑する幸宏。そういえば幸宏は、パソコンでのメールも希春に代筆を頼むくらい、  
 こういったものに疎い。くいくい、と幸宏の袖を引っ張り、電子辞書を取り返す。  
   
「……使い方、教える」  
「う、うん」  
 
 ぱかり、と膝の上で電子辞書を開くと、幸宏が膝立ちの姿勢で美冬の椅子に寄り添った。  
 ちょっと、距離が近い。幸宏の横顔を見ながら、心臓が高鳴るのがわかる。  
 電源を入れると、単色の液晶画面が浮かび上がった。開始画面に、直近に検索した語句が  
 表示されている。  
   
 その一番上に表示されている語句は、漢和辞典で調べた「幸」と「宏」……。  
   
 ばかんっ! と音をたてて、美冬は電子辞書のフタを閉じた。  
   
「……ちょっと、待って」  
 
 目をまん丸くして驚いている幸宏に背を向け、再度電子辞書を開く。  
 検索履歴をクリアするには、どうすればいいんだろう。ぽちぽちとボタンを押すが、  
 電子辞書は見当違いの動作を繰り返す。  
   
 見られちゃったかな。きっと、見られた。恥ずかしい。死にたい。  
   
 真っ赤になった顔で、美冬は電子辞書のボタンを押し続ける。  
 ぐるぐると目が回る。自分が何をしているのかよく分からなくなってきた。  
 どうしよう。どうしよう。どうしよう……そんな言葉が頭を駆け巡る。  
   
 だから幸宏がそっと肩に手を置いたときには、文字通り飛び上がって驚いてしまった。  
   
「美冬姉さん……」  
「……幸宏」  
 
「美冬姉さんが、僕のことそんなに想ってくれてたなんて……」  
 
 背後から抱き締められて、気が遠くなる。幸宏の唇がそっと美冬の首筋に触れる。  
 そして頬に手を添えられて、美冬はそっと目を閉じる。優しいキス。  
 そのまま幸宏の首筋に両腕を回し、美冬は立ち上がった幸宏に身を寄せる。  
 幸宏も美冬を、ぎゅっと抱き締め返してくれた。  
 全身を甘い快感が包む。ああ……夢みたい……。  
   
 ふと、抱き締める腕から力が抜けた。とろんとした瞳で幸宏を見やると、  
 その視線は先ほどまで美冬が座っていた椅子に注がれている。  
 そこには、妄想しながら耽ってしまった自慰の跡が、ありありと残っていた。  
   
 いきなり、幸宏の手が美冬の股の間に伸びた。  
 
「ひゃうっ!」  
 
 悲鳴を上げる美冬にもかまわず、幸宏はそこにある感触を確かめるように指を動かす。  
 そして、濡れた指先を美冬の眼前につきつける。  
   
「何してたの……? 美冬姉さん……」  
 
「やっ……そ、それは……」  
「一人でしてたんだね? 僕のこと、想いながら」  
「いやっ……!」  
 
 幸宏は美冬の背後をとると、強引に背中を押さえて美冬の状態を机に押しつけた。  
 そして美冬のミニスカートをまくり上げ、幸宏の眼がじっとそこを見る  
 
「すごく濡れてるじゃないか……いやらしいなあ、美冬姉さん……」  
「……み、見ないで……!」  
「だめだよ、美冬姉さん……いやらしい娘には、おしおきしなきゃ……」  
 
 いやぁ、という声もむなしくショーツがずりおろされ、幸宏のモノが突き立てられる。  
 いきなり一番奥まで挿れられて、美冬は悲鳴さえ上げることができない。  
 
「ああ……美冬姉さんのなか……あったかい……」  
「……やめて、やめて幸宏……」  
 
 呻きながら抗議する美冬を無視して、幸宏は腰を動かす。何か長くて太いものに、  
 自分のお腹の中をかきまぜられているかのような感触に、背中にぞくぞくしたものが走る。  
   
「気持ちいいよ……美冬姉さん……」  
「ああ……ああ……っ……いやぁ……」  
 
 美冬の瞳の端から涙がこぼれ落ちた。  
 初めてなのに。大好きな幸宏と想いを通じ合えたのに。まさかこんな形で犯されるなんて。  
 それでも美冬は、身体の奥底から沸き上がってくる快感を無視することができない。  
 油断すると出そうになる甘い喘ぎに、歯をくいしばって美冬は堪えた。  
   
「美冬姉さんも、気持ちよくなってきた……?」  
「……そ……んな……こと……」  
 
 ぱん、ぱん、ぱん、ぱんと、美冬の尻と幸宏の腿が打ち合わされる音がいやらしく響く。  
 
「我慢しなくていいんだよ……声、聞かせてよ……」  
「……やだ……やだ……や……ッ!?」  
 
 挿入しながら、幸宏の指が美冬の秘所の一番敏感な場所に触れ、美冬は悲鳴を上げた。  
   
「やだ……ッ! ソコ……さわら……ないでぇっ……!」  
「ここ、弱いみたいだね……毎日、一人でしてたから?」  
 
 幸宏は美冬の背に覆い被さる形になって秘所に指を伸ばし、うねるように腰を動かす。  
 快感の波が美冬を襲う。だめ、感じちゃだめっ……自分にそう言い聞かせるが、身体が  
 言うことを聞いてくれない。嗚咽まじりの声に、甘いものが混じり始める。  
   
「や……やだ……やだぁ……っ!」  
「大分素直になったみたいだね……美冬?」  
 
 いっそう、腰の動きが激しくなる。ずぷっ、ずぷっという淫靡な音がするのは、  
 美冬の身体が幸宏を受け入れ、愛液をあふれさせている証拠だ。  
 
「やめて……やめて……ゆきひろ……っ!」  
「もう、止まれないよ……美冬の……気持ちよすぎる……」  
 
 お腹の中にあるモノが、だんだん固くなっているような気がして、美冬ははっと気がつく。  
   
「やだっ……! ゆきひろ……抜いてぇ……!」  
「ああ……イキそうだよ美冬……受け止めて……!」  
「なかは嫌っ! ……嫌っ……嫌ぁ……!」  
 
 ずんっ、と一番奥まで突き入れられて、美冬の頭の中が真っ白になる。  
 
「あ……出る……出てるっ……!」  
 
 一瞬の空白をおいて、どくん、どくん、どくんと自分の身体の中に何かが注がれたのがわかった。  
   
 ああ……犯されちゃった……幸宏に……なかに出されちゃった……。  
 
「……美冬姉さん?」  
 
 でも一回じゃ満足できない幸宏はまたすぐ元気になって、私は繰り返し犯されちゃうの。  
 
「……美冬姉さん?」  
 
 私がいくら嫌って言っても、幸宏は私の一番奥で射精するのを止めなくて…。  
 朝までずっと、責められ続けちゃって……。もうめちゃくちゃにされちゃって……。  
   
「美冬姉さんっ!?」  
 
 はっ……と、我に返ると、美冬の肩に両手を置いてこちらを見つめる、幸宏の真剣な顔があった。  
 当然、幸宏も美冬も服は着たままだし、美冬の手には電子辞書が握られたままだ。  
 ……どこまで妄想だったのだろう。そう考えてから慌てて頭を振る。全部に決まっている。  
 
「……ごめんなさい。ぼーっとしてた」  
 
 肩に置かれた幸宏の手を振り払い、体勢を整えた時、尻の下でくちゅり、という小さな音がした。  
 びくっと身をすくませて幸宏のほうを見ると、心配そうな顔。どうやら聞かれてはいないようだ。  
 
 そして冷静にシャーペンを手に取って、その先で電子辞書の裏にあるリセットボタンを押す。  
 最初から、こうすれば良かった……。自分自身のことながら、呆れる。  
   
「……たぶん、使ってるうちに使い方も分かると思うから」  
「あ、ありがとう……?」  
 
 結局使い方を教えないまま、幸宏に電子辞書を手渡した。  
 幸宏は怪訝そうな顔をして、何気なく美冬の額に手を添える。  
 
 一瞬、何をされたのか分からず、そのままひんやりとした手のひらを受け入れてしまう。  
   
「大丈夫? 美冬姉さん、真っ赤だよ。熱あるんじゃ……」  
「!!!!」  
 
 紅潮した顔をさらに真っ赤にして、美冬はその手を払いのけた。椅子を回して背を向け、  
 再び机に向かってシャーペンを手に取る。  
   
「……大丈夫だから。それより、自分のテストのことを心配したほうがいいと思う」  
「……うう。わかったよ……これ、ありがとう」  
 
 すごすごと部屋から退散する幸宏を、美冬が振り返ることはなかった。  
 幸宏の手の感触を思い出して、頬が自然と緩むのを止められなかったのだ。  
 
 熱があるじゃないか、って幸宏は私を運び上げてベッドに優しく横たえて……。  
 私は腕を幸宏の首筋に回して、あっためて……って言うの……。  
 その言葉に火が付いた幸宏は、私の服を乱暴にはぎとって……。  
   
 ああっ……幸宏……っ……。  
 
 
 次の日。  
 ふわ、と美冬が可愛くあくびをするのを見て、天ヶ崎いずみはくすりと笑った。  
 
「……何?」  
「いえ、美冬があくびなんて珍しいなって。そんなに勉強がんばったの?」  
「別に、そんなことはないけど……」  
 
 別のことをがんばってしまったとは言えない。ちょっとだけ、あそこがヒリヒリする。  
 それにしても、今日のいずみはやけにニコニコと上機嫌なのが美冬には気になった。  
 昨日あんな電話の切り方をしたのに、気にしていない様子なのは幸いだったけど。  
 
「すみませんでしたっ!」  
 
 唐突に聞き覚えのある声が、教室の入り口から聞こえてきた。誰かと思えば幸宏だ。  
 どうやら教室を出ようとした生徒とぶつかりそうになったらしい。  
 
「走っていなくてもね、ぶつかりそうになると出ちゃうのよ」  
 
 くすくす笑いながら、いずみが解説した。階段部ならではの習慣に呆れていると、  
 入り口から声がかかった。どうやら幸宏は、美冬に用事があるらしい。  
 
「これ、電子辞書。借りっぱなしになっちゃってごめん!」  
「……別に、いいのに……」  
 
 家で返せばいいだけの事だろうに、なぜわざわざ届けに来たのだろう。  
 怪訝そうな顔をしているのを感じ取ったのか、幸宏はさっさと行ってしまった。  
 ……やっぱり避けられているのかも知れないと思うと、ちょっと気分が沈む。  
 
「神庭君、なんだって? ……あら、電子辞書?」  
「うん。ゆうべ幸宏に貸してたの」  
「私、こういうの使ったことないの。見せてもらってもいい?」  
 
 別にいいよ、と美冬が電子辞書をいずみに渡し、美冬は次の授業の準備をし始める。  
 すると、電子辞書の画面を眺めていたいずみが、突然ブーーーッ! と吹き出した。  
 
「いずみ……下品」  
「ご、ご、ごめんなさい。大丈夫よ、汚してないから」  
 
 変ないずみ、と言いながら背を向ける美冬。いずみは次第に、ニコニコというより  
 ニヤニヤと言ったほうが表現するのに的確な、意味ありげな笑みを浮かべる。  
 
「……昨晩、神庭君から電話を貰ったの」  
 
 机の中をのぞき込んでいた美冬が、がばっと起き上がる。  
 その瞳に、必死な何かを浮かべて。  
 
「安心して。美冬が心配するようなことは、なーんにもないわ」  
「何で、幸宏がいずみに電話したら、私が心配するの?」  
「何でかしらね?」  
「…………意地悪」  
「冗談よ。でも、そのすぐ後に美冬から電話がかかってきたから……」  
 
 それで吹いてたのか、と美冬も得心した。  
 いずみは、再びちらっと電子辞書の画面を見てからフタをし、はい、と美冬に差し出した。  
 それにしても、今日のいずみは変だ。やっぱり幸宏と何かあったんじゃ……。  
   
 美冬のぐるぐると回る思考は止まらない。  
 一方、いずみの方はと言うとーーー  
 
 複雑な表情で電子辞書を受け取った美冬を見て、可愛いな、といずみは思ってしまう。  
 
 いずみは思い出す。昨晩、幸宏から突然電話がかかってきて持ちかけられた、  
「どういう告白のされ方が、女の子は一番嬉しいでしょうか!?」  
 という切実な相談の内容を。  
 
 これはひょっとして遠回しな私への告白なの? などと、いずみは一瞬勘ぐってしまった。  
 でも、必死そうな幸宏の声音を聞いていると、そういうわけでもなさそうで。  
 だから……というわけでもないが、そこは自分で考えないと意味がないって一蹴したのだけれど。  
 
 この二人に昨日何かあったのかも知れないし、なかったのかも知れない。  
 でも、今なら幸宏が決意したのだということがはっきりと分かる。  
 だって、見てしまったもの。  
 
(凄いわ。神庭君。こんな方法でこられたら、私も落とされちゃうかも)  
 
 電子辞書を開いたときの、検索履歴に表示されていた単語は、  
 「beautiful」「winter」「I」「love」「you」。  
 
 まったく、見ているこっちが照れくさくなってしまう。  
 正直なところ、ちょっと羨ましくもある。  
 
(でもね、この方法には、ひとつ欠点があると思うの)  
   
 渡した電子辞書を、美冬は無造作に鞄の中に放り込んだ。思わずいずみは苦笑する。  
 
 さて、美冬はこれに気づくのかしら?  
 神庭君も、あの美冬が気づくと思ってるのかしら?  
   
(今すぐ、電子辞書の検索履歴を見なさい、と薦めるのは簡単だけど……)  
 
 百面相をしているいずみを見て、美冬はまた怪訝そうな顔をした。  
 そんな素直な美冬が愛おしい。  
 
 そうだわ。頭の中で、考えているばっかりじゃだめよね。  
 面白そうだから、放っておくことにしましょう。  
   
 二人の運命は、天に任せることにして。  
   
 (おしまい)  
 
 

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