"はぐれ副会長純情派"  
 
困っている貴方を見ているのは楽しい。  
 
会議で役員たちにさんざんやり込められている姿には、  
可笑しさを通り越して、快感すら覚える。  
 
逃げ場を無くして、どうすればいいのか分からなくなって。  
袋小路にはまり込んだ貴方は、きっと私に縋り付く。  
 
さあ、私を頼りなさい。  
尻尾を振りなさい。  
私が解決してあげる。  
 
そう思っているのに。  
いつも期待しているのに。  
 
貴方は決して私を頼ろうとしない。  
本当に、憎たらしい。  
 
意地を張っているわけじゃなくて、  
ただ単に、私という存在自体を忘れているんでしょう?  
そもそも、最初に手をさしのべたのは貴方なのに。  
 
完膚なきまでに私を打ち負かしただけでなく、  
頑なだった私の狭い世界に強引に入ってきて、  
さんざんにぶち壊していってくれた、憎い貴方。  
 
だから、あのパーティーで彼に手を差し出したのは、  
三人の女性に囲まれている彼を見て、  
なんだかちょっと面白くなかったから、  
困らせてやりたかった。それだけのこと。  
 
私が加わったら四面楚歌ね。なんて考えながら、  
おふざけのつもりで輪に加わった。  
 
どうせ選ぶことなんて出来ないでしょ?  
 
そう思って油断していた。迂闊だった。  
言い訳することもできるけれど。  
まさか、本当に。  
 
本当に差し出した手を取ってくれるなんて。  
 
想像すらしていなくて。  
 
「えっ?」  
 
数秒置いて返してしまったのは、間抜けな疑問符だけ。  
何が起きているのか分からずに、周囲を見渡してしまう。  
 
貴方の友人たちの、生徒会役員たちの絶望したような顔が見える。  
階段部員たちの何とも言えない驚きの表情が見える。  
行き場を無くした筋肉研究会の面々の筋肉が力を失っていく。  
 
そして、茫然自失の体を為している、他の三人の女性の姿が見えて。  
 
「神庭君……ど、どういうつもり?」  
 
やっと我に返った私の質問は、我ながら酷いと思った。  
でも、今はそんなことに構ってはいられない。  
 
「どういうって……えーと……御神楽さん」  
 
軽く添えられていただけだった手を、ぐっと握りしめてくる。  
 
「僕は君が」  
 
彼の発言は、突如として巻き起こった  
ええええええええええ!? という悲鳴にかき消された。  
続いてわっと押し寄せる人の波。  
 
「ちょっと缶バッチやるじゃない!」「お前にそんな度胸があったとは……」  
そんな風に囃し立てる人たち……主に階段部メンバーもいたけれど、  
「あやめさん! そんな男に!」「神庭を生かして帰すなぁ!!」  
大半の人たちが私と彼の繋がれた手を引きはがそうとしていた。  
なぜか「同志神庭幸宏をお守りしろ!」と盾になってくれているのは  
筋肉研究会のメンバーだ。もうめちゃくちゃ。  
 
でも、私って意外とみんなに大切に思われてたのね……。  
などと感慨にふけるヒマもなく。  
 
「逃げるよ御神楽さん!」  
 
ぐいと手を引っ張って駆け出す彼に引きずられるように、  
私も駆けだしていた。  
 
階段を一気に駆け下りた時には彼の階段部としての実力を  
垣間見ることになったけれど、ドレスの裾が足にまとわりついて  
うまく走れない私にはまるで拷問だった。  
 
どこかの階段の踊り場にたどり着いて、やっと追っ手を  
蒔いたと気付いたときには、ショールがなかった。  
ヒールも片っぽ取れかけていて、せっかくセットした髪も  
ぐしゃぐしゃになっていた。なんだか台無し。  
 
でも、無性に可笑しかった。  
貴方が関わると、どうしてこう何もかもが  
無茶苦茶になっちゃうのかしらね?  
 
壁に手をつき、ゼエゼエと荒い息をついている彼を見る。  
握られた手は、まだ繋がれている。やがて肩を落とした姿勢で  
彼がこちらを振り向いた。ドキッとしてしまう。  
 
「ごめんね……御神楽さん」  
「なぜ謝るの?」  
「だって、なんだか台無しにしちゃったから」  
「……いつものことでしょ」  
 
そうだねアハハなどと笑う彼を一瞬殴り倒しそうになった。  
アハハじゃねーわよ。もっと他に言うことがあるでしょ。  
 
「それよりもいいの?」  
「何が?」  
 
これ、と言って繋がれた手を持ち上げて見せる。  
どれだけ大胆な行動を取ったのか分かってるの?  
そう問いかけるように彼を見る。  
 
彼は一瞬俯いて、また真剣な眼差しを向けてきた。  
私に手をさしのべた、あの時と同じ眼差しで。  
 
「うん」  
 
彼はさらにぎゅっと手を握り替えしてきた。  
その「うん」と、握られた手は、どんな言葉よりも力強くて。  
心臓が、鷲づかみにされたみたいに早鐘を打つ。  
 
駄目よあやめ。冷静になるの。  
貴方に好意を持っていないといったら嘘になるけど。  
それは友達として、戦友としてであって。  
 
それに、貴方はまるで私に釣り合わない。  
頭脳だって容姿だって、まるで物足りない。  
 
生徒会長として、男として育て上げて、  
私のお眼鏡に叶う男性になったのなら、  
私を好きになることを許してあげてもいい。  
何となく、そう思っていたのに。  
 
なんで私、貴方の正面に向かい合っているのかしら。  
 
なんで、いつの間にか片手だけじゃなくて  
両手を握られているのかしら。  
 
彼の顔が、なんでだんだん近づいてくるの?  
頬の熱さが伝わるくらいの距離にまで接近してるの?  
 
そうか。私が、瞳を閉じかけているからなのね?  
 
って、ちょっと待って駄目よ。  
これじゃ、まるで私が……  
 
私が……。  
 
「んっ……」  
 
唇に柔らかいものが重なって。  
 
私の脳みそはきっと、どろどろに溶けてしまった。  
なにも、かんがえられなく、なってしまったもの。  
 
あなたの唇が、離れていこうとしたから。  
あなたの首に腕を回して、つなぎ止めた。  
 
「……御神楽さん?」  
「放しちゃ……いや……」  
 
私を、逃がさないで。  
私を、放さないで。  
 
貴方が、大好きだから。  
 
<おわり>  
 
 

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