※エロはありません  
 
とある休日。  
幸宏は目覚めると、自分が一匹の芋虫のように布団ごと簀巻きにされているのに気づいた。  
「………って、な、なにこれ!? 朝からありえない。ありえないから!?」  
抜け出そうともがいたが、がっちり縛られているようで、ろくに身動きが取れない。  
「ようやくのお目覚めだな」  
頭上から聞こえる千秋の声に視線を廻らせると、  
すらりとスカートへ向かって伸びた足の奥にライトグリーンのストライプ……ぐほっ!?  
「………痴漢」  
「わ、わざとじゃないんです。美冬姉さん。でも、足を退けてくれると助かります。すごく」  
学校には美冬姉さんに踏みつけられたいって女神崇拝者が何人もいるらしいけど、  
僕にその手の趣味はありません。……本当に。  
「お前、朝っぱらから覗きとは、案外大胆だな」  
「……千秋姉さん、わざと言ってるでしょ? っていうか、こんなことしたのも千秋姉さんだよね?」  
睡眠中の僕の部屋に忍び込み、イタズラをしそうな人なんて、、  
希春姉さんか、小夏姉さんか、千秋姉さんぐらいしか………って、この家は半数以上が敵だったのか!?  
「注意したのにわざわざ見上げたお前が悪いんだよ」  
「注意なんていつしたんですか!?」  
「お前が起きる前から小夏姉が」  
言いながら目の前に翳されたホワイトボードには赤いペンで『頭上注意!! 美冬のパンツが見えちゃうぞ!?』  
「煽ってるの!? ねえ? 煽ってるんでしょそれ!?  
 そんなこと言われたら普通見ますよ小夏姉さん!!  
 それに寝てる人に文字メッセージ書いても気づくわけ無いじゃない!?」  
「それは、お前の家族愛が足りないからだ」  
「家族愛で背中の文字が読めるっていうの!?」  
「ちがーう! お前以外は女なんだから、床から生足を見上げようなんて気は起きねぇだろうが!!」  
「その床に僕を縛って転がした家族は誰なのさ!?」  
「………希春姉さん」  
「え!? 希春姉さんが? ……なんで?」  
 
スカートの裾を押さえながら呟く美冬姉さんの言葉に、思わず聞き返してしまった。  
そりゃ、よくよく考えれば、真っ先に疑うべき相手だけど、どうやらこの場にいないみたいだったから、  
いつの間にか容疑者リストからはずしていた。  
「希春姉も来年で2(ピー)歳だろ? 焦ってんだろうな………  
『残り少ない今年のうちに、愛するゆーちゃんと一つになるの』って言い出して……」  
「言ってることがおかしいよ!? なんでそんなことになるの!?」  
「ほら、この前のの学校のクリスマスイベントでさ、お前モテてたじゃん?  
 それで焦り始めたらしいぜ」  
「そんな馬鹿な!? それで、希春姉さんはどこに?」  
「衝動的な犯行だったらしくてさ、何も準備できてなかったらしくて、  
 さっき慌てて『家族計画』買いに行ってる」  
「その発想絶対間違ってるよ!?」  
「大変だったんだぞ、買いに行かせるの。希春姉『ゆーちゃんには生で感じてもらいたいの』  
 なんて言い出してさ。しょうがないから『大丈夫。ちゃんとつけてあげるから』って、  
 穴開いたゴム付けさせりゃ幸宏も油断するって言ってやってさ」  
「なんて危険な用法を教えるのさ!? それ意味ないでしょ!?」  
「出来ちゃえばお前も諦めがつくだろ?」  
「なんて計画的なんだよ!? 早く逃がして! 家族を危機から救ってよ!!」  
「まあ、落ち着け。幸宏」  
言いながら千秋は簀巻きの上に座り込んだ。  
「私と小夏姉ちゃんはさ、ぶっちゃけ美冬派なんだよ」  
「美冬派???」  
意味がわからない。美冬の方を見ると「………!!」と、真っ赤になった顔を必死で背けている。  
「まあ、美冬もすこしそんなとこあるけど、希春姉ちゃんの幸宏好きは少し宗教入った感じで怖いんだよ。  
 人目もはばからないしさ………知ってたか? 希春姉ちゃん、毎月家に入れる金の他に、  
『幸宏との結婚資金なの』とか言いながら、積み立て貯金してるんだぜ。しかも、高校の頃から」  
「………冗談でしょ?」  
『本気』とでかい文字でと書かれたホワイトボードを、ここぞとばかりに小夏が振りかざしていた。  
暖房の効いた部屋で文字通り布団に包まれているというのに、幸宏の頬を伝い冷たい汗が流れ落ちる。  
 
まずい。  
前々から、ちょっとおかしいとは思っていたけど、まさかそこまでとは………  
今の気持ちを少しでも理解してくれるのはきっと井筒ぐらいだ。  
「そりゃ私たちも希春姉には幸せになってもらいたいよ。  
 幸宏の方も同じ気持ちならそれでいいんだけどさ、なんかそんな感じでもないし。  
 なにより家族から犯罪者なんて出したくないし」  
「ちょっと待って! これ以上何をされるって言うの!?」  
「なんか、手錠とエプロンって呟いてたな……」  
「………カメラは5台以上が望ましいって」  
「待って! それ用法がわからないだけに不気味で怖いよ!!」  
「ま、とにかく、助けてやろうと思ったわけだけど………幸宏!」  
「はい!?」  
いつに無く真剣な千秋が見つめ返してくる。  
「選べ」  
「………はい?」  
「希春姉か美冬か選べ。美冬の方がいいっていうなら助けてやる」  
「……それはどういう……」  
「言っておくがそれ以外の選択肢を選ぶと自動的に希春姉さんに渡してやるからな」  
「なんなの!? その究極の2択!!」  
数々のフラグを折ってきた幸宏だったが、こんな形で人からフラグをへし折られたのははじめてのことだった。  
いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない。考えろ幸宏。考えるんだ。  
天然とか鈍感とか言われてるけど、そんなことは無い。お前はやれば出来る子なはずだろ?  
 
まずは希春姉さん。  
希春姉さんは胸はでかいし料理も上手い。この家の家事はほとんど姉さんがやってると言っても過言ではない。  
でも芸能人じゅあるまいし。この年で(ピー)歳差は離れすぎだろ? ぶっちゃけありえない。  
でも、希春姉さんの機嫌を損ねると、この家の食生活は途端に過酷になるんだ。  
思い出せ。小夏姉さんは何をされた? 今でもお昼には皮付きのままにんじんをかじってるだろ?  
この間なんか泥までついてたじゃないか。この状況で希春姉さんに対する最良の選択は………  
………だめだ、リスクしか思い浮かばない。  
 
気分を変えて美冬姉さんのことを考えよう。  
美冬姉さんは美人だ。学校じゃ3女神に数えられるほどの上玉だ。  
でも、これまで一度でも、美冬姉さんに僕への好意なんてものを感じられることがあったか?  
この家に着てからの会話といえば「………変態」「………破廉恥」「………!?」  
………そういえば、前に一度町で遭ってすごい勢いで逃げられたことがあったな………  
よく殺気の混ざった視線で見られてることがあるし、基本的に無視されるもんな………  
今まで気がつかなかったけど、もしかして、美冬姉さんって、すっごいSなんじゃなかろうか?  
やばい、泣けてきた。  
 
どっちもリスクだらけじゃないか!?  
千秋姉さんも、なんだってこんな過酷な選択肢を用意するんだよ!?  
 
「幸宏、そろそろ希春姉が帰ってくるぜ、どっちにするんだ?」  
「いずみ先輩でお願いします!」  
 
「じゃあな、希春姉さんと幸せにな……」  
「………いずみ? これから会える? 大事なお話があるの」  
「嘘です! 嘘ですから千秋姉さん!! 冗談です!! 美冬姉さんも包丁はしまって下さい!!」  
 
不用意なボケが原因で危うく家族から犯罪者を出すところだったよ!  
しかも天馬グループのご令嬢殺害事件なんて、この先の人生真っ暗闇だよ!!  
 
「それじゃ、幸宏。もう一度だけ聞くぞ? お前はどっちを選ぶんだ?」  
 
こうなったら仕方が無い。身内ならまだしも、先輩にまで被害が及ぶようなことは出来ない。  
美冬姉さんの計画殺人はなんとしても阻止しないと……  
 
「美冬姉さん」  
 
呼んだ瞬間、ビクンと美冬姉さんの体が硬直した。普段とは比べ物にならないくらいの険しい視線が痛い。  
けれども、美冬姉さんはいつもと違い視線を外そうとはしなかった。すごい殺気だ。  
正直、ゲームセンターでこんなガン飛ばされたら、財布出して謝っちゃうかもしれない。  
折れそうな心を奮い起こし、幸宏はやっとの思いで美冬に告げた。  
 
「僕は美冬姉さんを選びます」  
 
その瞬間、信じられないことが起きた。  
美冬の瞳からぽろぽろと涙が溢れ出し、真っ赤になりながらも、美冬は幸宏に向かって微笑んだのだ。  
 
あれ? あれれ?  
あれ、美冬姉さん………なの?  
なんだか……なんだか美冬姉さんが笑っていると………かわいい。  
 
見ていると不思議と鼓動が早くなっていた。  
いつもと違う美冬姉さんの姿に、これまでにない感情が浮かびあがってくる。  
この感情の正体はなんだろう………  
 
「ただいま」  
 
階下から希春姉さんの帰宅を告げる声がした。  
やばい! 帰ってきたよ!!  
この気持ちの正体は危機を告げる本能だったのか!?  
 
「まずい! 希春姉が帰ってきたぞ!? とにかくコレを美冬の部屋に運ぼう!  
 小夏姉は反対側持って! 返事なんて書かなくていいから! 急いで!!」  
 
途端に幸宏は簀巻きのまま抱えられ、わけのわからないまま美冬の部屋へ投げ込まれた。  
「な、なに!? 何がどうなってるの!?」  
途中、壁やら床やらに頭をぶつけられた幸宏は、状況を把握しようと視線をめぐらし、  
すらりとスカートへ向かって伸びた足の奥にライトグリーンのストライプ……ぐほっ!?  
真っ赤になった美冬に顔を踏まれていた。  
「……変態」  
 
そこで意識を失った幸宏は、その後に行われた希春vs千秋&小夏の戦いを見る機会は無かったが、  
それが神庭家における、長い長い第2次幸宏争奪戦の始まりであった事は、10年たった今でも、  
神庭家に語り継がれる思い出話の一つである。  
 
結局、幸宏はこの事件を機会に、純潔を失うことになるのだが、  
その詳細はまた別の機会に。  
 
おしまい。  
 
 
 
 

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