とある休日。  
昼近くまで寝過ごしてしまった幸宏は、  
眠気でぼんやりしたまま台所へ降りてきた。  
希春は美冬と年末のための買い物。小夏は学校の用事とかで朝からいない。  
誰かいるかな……? と、リビングを覗くと、ビデオを眺めていた千秋が振り返り、  
見るからに暇そうな視線と、寝起きの視線が重なった。  
「おー、幸宏か」  
「千秋姉さんおはよう」  
そのまま、冷蔵庫へ向かおうとした幸宏を千秋が呼び止める。  
「ん? なに千秋姉さん」  
「幸宏、ちょうどよかった。お前ちょっとここに座れ」  
と、千秋は自分の座るソファーの横をポスポスと叩く。  
(なんだろう?)  
ぼんやりしたまま幸宏が隣に座ると、千秋はカニバサミの要領で幸宏を足で挟み込んだ。  
「な、なにするんだよ!」  
「逃げんな! 大人しくしろ!!」  
ここに着た時に比べれば結構部活で鍛えたはずなのに、幸宏はあっさりとソファーから引きずり下ろされ、  
千秋にマウントポジションを取られてしまう。  
「うわー! やめてよ千秋姉さん!!  
 降参、降参だから!!」  
両手で頭をかばいながら幸宏が叫ぶ。  
「よーし、じゃあ、素直に答えろ」  
「へぇ?」  
何を言い出すのかと千秋を見上げると千秋はにんまりと笑いながら、顔を近づけてきて言った。  
「美冬とはどこまでいった?」  
「えっ? ……確か、今日はデパートに……ぐほぉ!!」  
無防備な幸宏の脇腹に千秋の拳が突き刺さる。  
「余計なボケはいい。ネタは上がってるんだ。正直に白状しな」  
「な、なんのこと!?」  
「しらばっくれるな。ここ最近の美冬の浮かれっぷりに気づかない千秋様だと思ったか?  
 ありゃ、よっぽど『いいこと』があったに違いない」  
「へ…そうなの?」  
浮かれてる? 美冬姉さんが??  
最近の美冬姉さんといったら……いつもどおり、顔を合わせればそっぽ向かれて……そういえば、  
一昨日辞書を借りに部屋まで行ったとき、すごく真っ赤な顔をしてたな……  
風邪かと思っておでこをくっつけたらすごい熱で、その後思いっきり殴られたし。  
食事中も赤かったし、まともに目も合わせてくれないから、てっきり風邪で不機嫌なのかと思ってたけど。  
 
「ほらほら、早く吐いて楽になれよ、Aか?Bか?それともCまで行っちゃったか?」  
「A、Bって…千秋姉さん古……ぐは!?」  
千秋の抜き手が幸宏の首に突き刺さる。幸宏はゲホゲホと咳き込みながら涙まで浮かべていた。  
「…ゲホゲホ…だから……ゲホ…知らないってば、千秋姉さん!」  
「あ"ぁ〜? ………でも、ちゅーぐらいはしたんだろ?」  
「なっ!? なんで美冬姉さんと僕が!?」  
素で驚く幸宏をまじまじと見つめていた千秋だったが、思い出したように神妙な表情で腕を組み、  
あごに手などをあてて黙り込んでしまった。  
「あ、あの…千秋姉さん……そろそろどいてもらえない?」  
「………」  
「……千秋姉さん?」  
「………お前、美冬を選んだんじゃないのか?」  
「……なんの話?」  
何を思ったか、千秋は幸宏の両手を押さえつけ、顔を近づけてきた。  
位置を合わせようと千秋の腰が動いて、互いの股間を合わせた様な位置になってしまう。  
幸宏は逃げようともがいたが、千秋は着古したジャージ姿、幸宏はパジャマのままだったので、  
薄い布を通して、幸宏の股間がなんだか千秋に押し付けられるような危険な位置で、もぞもそしてしまう。  
「ちっ…千秋姉さん!?」  
「本当に覚えてないんだな」  
「なっ!何のこと!?」  
「キスで思い出すかも……」  
「そ、そんなこと……んっ!?」  
数センチしか離れていない場所にあった千秋の顔が近づいてきて、  
幸宏が言葉を紡ぐ前に、千秋は唇を押し付けて口を塞いでしまった。  
唇に何かが触れたと思ったら、次の瞬間には強く押し付けられ、驚きで反応できずにいる幸宏を無視して、  
千秋はついばむように唇を重ねてくる。さらりとした舌が幸宏の唇の形をな出るように動いたと思ったら、  
今度はそれが口内に忍び込み、舌の上で蠢いた。  
股間を刺激する腰のもじもじとした振動や、押し付けられた胸が柔らかく潰れていく感触に、幸宏は真っ白になっていた。  
しばらくの間、互いの唇が奏でる淫らな水音が響いて、それから、熱心に重ねられた唇がゆっくりと離れた。  
呆けたような表情の幸宏を、上気した表情の千秋が覗き込むように見つめていた。  
「………思い出したか?」  
「………」  
なにを? と、聞こうとして、思い出してしまった。  
そういえば、はじめてこの家を訪れた子供の頃、赤ん坊にするみたいに幸宏にキスをする希春の真似をして、  
美冬や小夏にもキスされたことが………  
 
「ほんとうに、さ」  
小夏は上半身を起こしながら言った。  
「アレがはじめてだったんだぜ」  
幸宏が見つめ返すと、小夏は赤くなった頬を仰ぐように手をパタパタと動かしながら、そっぽを向いてしまった。  
そういえば、あの時、千秋と美冬はやけに恥ずかしがって、キスをする代わりに。と、何か言ったような気がする。  
なんだけ?  
不意に『お嫁さん』だとか『指きり』だとかの単語が頭を過ぎる。  
なんだか、勢いに任せて、大変なことを4人同時に約束したような………  
 
「ただいま」  
 
何かを思い出しかけていた幸宏だったが、玄関からの声に慌てて飛び起きる。  
希春と美冬が買い物から帰ったのだ。  
こんなところを2人に見られたら何を言われるか………  
幸宏は慌ててパジャマの袖で唇をぬぐう。  
「お、おかえりなさい」  
「あら、ゆーちゃん起きてた……の………!?  
 ゆーちゃん!? なに!その唇は!!!」  
「えぇ!?」  
「何で千秋のリップがそんなところについてるの!?」  
「………」美冬からも殺気混じりの険しい視線が!  
買い物袋を投げ捨てるように放り出して希春が飛び掛ってくる。  
やばい!本能が幸宏に逃げろと叫んでいた。  
幸宏は駆け出そうとしたが、希春に押さえられソファーに押し倒されてしまった。  
パジャマの裾を千秋に掴まれていたのだ。  
「妻である私にだってしてくれないのに!  
 どうして千秋とばっかりいちゃいちゃ、いちゃいちゃ!?」  
「破廉恥」  
「ご、誤解だよ、僕は……」流石に『何もしてない』とは言い切ることはできない。  
背筋に冷たい汗を流す幸宏を横目に「いや〜、幸宏ったら案外積極的でさー」と、  
千秋は嬉々として炎にガソリンをぶちまける。  
「なんですって!? 千秋まさか……ゆーちゃんの初物まで……」  
「……浮気者」  
「ちょ、ちょっと待って! なんでそうなるの!?  
 美冬姉さん! 爪切りなんて何に使うつもり!?  
 希春姉さん!? パンツは、パンツは止めて!!!」  
 
その後、帰宅した小夏も交え、四姉妹による幸宏へのおしおきは夜中まで続きましたとさ。  
 
おしまい。  
 

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