生徒会主催の2学期お疲れ様パーティーは盛り上がりに盛り上がり、
会計などの事務的手続きなど全てが終わったのは日付が変わる寸前になってしまっていた。
一般の生徒たちの解散はそれよりもっと早かったのだが、幸宏の提案によりお店の片づけの手伝いなどをしたことで、
主催者側の解散はそれより一時間ほど遅れることになった。
「それじゃあ今日はこれで解散になります。お疲れ様でした!!」
店の前で幸宏が生徒会の面々にそう告げると、「お疲れ様でした〜」という返事の後、
その場の生徒たちは家路に着いていった。
「ふう………」
長い一日だった。そう思って幸宏は一人溜息をついた。学校での終業式を終え、そして山上桔梗院へ。
そこでの波佐間との勝負。お互いの全力を尽くした死闘、そう表現するに相応しいレースだったと思う。
そしてそのレースに幸宏は勝利した。
「勝ったん、だよな」
波佐間は幸宏とのレースに「賭け」をしていた。自分のこれから先の人生の方向を決定づける大切な「賭け」を。
自分の宿命を変えることは果たして可能なのか、それを知るための賭けだった。
レースが終わって失神した後幸宏と波佐間、二人が見た夢のような、不思議な出来事。
そのおかげで幸宏は波佐間の意図を知ることができた。
その「賭け」であるレースに幸宏は勝利して、どうやら波佐間は、どうするかを決めたらしい。
波佐間が具体的にどうするのか、それは幸宏には分からないのだけれど。
それからはどんちゃん騒ぎのパーティー。当初の目的とは大幅にずれてしまったパーティーとなってしまったけれど、
筋肉同好会とのダンスもあれはあれで楽しかったし、概ね満足の行く企画となってくれた。
ああしかし、それにしても疲れた。全身の筋肉痛や疲労は気合でここまで抑えていたが、すべてが終わった今になって、
そのすべてが体中にどっと押し寄せてきた。幸宏はお店の正面の階段に座り込んでしまった。
粉雪は、依然として空から舞い降りてきていて、それにしたって寒い。
十二月なのだから当たり前なのだけれど、凍えてしまいそうな程の寒さだった。
それでも幸宏はその場から動く気になれなかった。空から降る白い結晶を街灯が照らしだすその景色は綺麗で、
そして何だか幻想的で、このままずっと座って眺めていたくなるような、そんな景色だった。
こうやってぼーっとしていると、体中の疲労がだんだん充実感や達成感に変換されていくようで、その寒さすら心地よかった。
と、首元に突然熱量を感じる。
「う、うわあっ!!」
幸宏は思わずそんな間抜けな声を出して飛び上がってしまった。振り返るとそこには、
「お疲れ様、神庭君」
「み、御神楽さん……」
新副会長、御神楽あやめが缶コーヒーを片手に立っていた。
御神楽は上品で高そうなコートに身を包み、いつも通り華麗に、可憐にその場に存在していた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
その手から缶コーヒーを受け取ったが、幸宏はなぜだかそんな御神楽を直視できなくて、
気恥ずかしさから目を逸らしてしまった。
「こんな所でぼーっとしてたら、風邪をひくわよ?」
そう言いながら御神楽は幸宏の横に腰かけた。その非難の声はいつも通り呆れたようだったけれども、
でも決して嫌がっている風ではなかったし、むしろ何だか嬉しそうな、優しさすら感じられるような口調だった。
「御神楽さんこそ、どうしてまだこんなとこにいるのさ?」
「新生徒会長様をこんなところで凍死させたら、なんだか気分が悪いでしょ?」
そう言って御神楽は笑った。他の役員たちはもう姿を消していて、この階段には幸宏と御神楽の二人きりだ。
どうして今日の御神楽はこんなに優しく見えるのだろうか。
幸宏は熱いコーヒーを流し込みながら、そんなことを考えてしまった。
自分のすぐ隣に御神楽はいる。あと少し身を寄せれば、お互いの体温が伝わるほどの距離に彼女はいる。
御神楽の肌は真っ白で、それこそ本当に雪のようで、思わず幸宏の胸は高鳴った。
こんな幻想的な、物語みたいな風景にたたずむ御神楽はまるで――――
「どうしたの神庭君? 私の顔なんかじっと見つめて」
「な、な、なんでもないよ!!!」
――――まるで妖精みたいだ、なんて言えるはずもなく幸宏はただ俯くことしかできなかった。
御神楽はふーん、とつまらなそうな顔をしたものの幸宏の隣を離れず、ただ景色を眺めている。
こんな非日常的な状況に戸惑って、幸宏はただ心臓をバクバクさせているだけだった。
この鼓動の高鳴りが御神楽に伝わらないように、そう思ってただコーヒーを飲み続ける。
しばらく、沈黙が続く。幸宏も御神楽も、ただ黙ってその場に座っていた。
雪が降るほど外は寒いのに、特に話をするでもなくただ座っていたのである。
その沈黙は別に気まずいものではなくむしろ心地良かったと、幸宏はそう思った。
「あのさ、御神楽さん」
幸宏は今日、パーティーで中村と話した時のことを思い出していた。
あの中村も自分に自信がないまま一年を過ごしていた、
それはこの一年彼女に追い回されていた幸宏にとっては衝撃的なことだった。
だったら御神楽はどうなのだろうか。幸宏はそう思って彼女に問いをぶつける。
「御神楽さんは自分に自信ってある?」
「自信? それはどういう意味?」
「生徒の代表として自分はやっていけるのかっていう、自信」
幸宏の言葉にしばらく思案顔を見せた後、御神楽は言った。
「神庭君はどう思う?」
「えっ?」
思わぬ質問返しに、幸宏は戸惑う。御神楽はそんな幸宏をみて
「神庭君は、私に自信があるように見える?」
と、意地悪な笑みを浮かべた。御神楽からの質問返しに、幸宏は考え込む。
御神楽の普段の様子や行動からみて、彼女が自分に自信がないなんて、そんなものはあり得ないと思った。
「御神楽さんは自分に自信があるように、僕には見えるよ」
正直にそう言った。自分とは違って知識も経験も豊富で、御神楽はどんなことにでも最適な答えを導き出すことができる。
それは副会長としてとても頼りになるけれど、一人の人間としては度量の違いを見せつけられるようで、
幸宏にとっては少し悔しい点でもあった。
「そうね、私は自分自身に自信があるわ」
案の定、御神楽は幸宏の言葉を肯定。それもすこし誇らしげに。さすが御神楽さんだ、幸宏は改めてそう感じた。
「神庭君、あなたは自分に自信がないの?」
今度は御神楽からの質問。問いかけるその顔は多少非難めいている。
当たり前か、自分に自信がない生徒会長なんて頼りなくって仕方がない。
「うん、なんかね。今日改めてそう思ったんだ」
嘘をついたってきっと彼女のは見破られてしまうだろう。幸宏はそう思って正直に打ち明けた。
「自分はひとりじゃ何にも出来ないって気づいたら、なんか情けなくなっちゃって……」
アハハ、と乾いた笑いを後に付け加えて幸宏は俯いた。御神楽の顔が怖くて見られなかった。
きっとこんなことを言う幸宏に失望しきった表情を浮かべているに違いない。
そう思うと、どうにも顔があげられなかった。
「バカね、神庭君は」
予想通りの厳しい言葉が降ってくる。当たり前だ、情けなくってふがいない生徒会長だ。自分でもつくづくそう思うんだ。
「誰だって一人で何でも出来るはずないじゃない。そんなことも分かってなかったの?」
「うん、そうだよね……」
はあ、という御神楽の溜息の音が頭上から聞こえた。
ああ、やっぱり自分は御神楽に呆れられているんだ。それが幸宏の中でどうしようもない確信に変わった。
「私がどうして自分に自信があるか、教えてあげよっか」
「え?」
その言葉に幸宏は顔をあげた。御神楽が自分にそこまでしようとしてくれているのが、とても意外だったからだ。
「教えてほしい?」
「う、うん。教えてよ、御神楽さん」
その顔も意外なことに、何故だか笑っていた。
「それはね、私が何でも出来るからだとか、優秀だからだとか、そういうのとは関係が無いの」
「そ、そうなの?」
だったら一体何が彼女の自信に繋がっているのか、それは幸宏には全く想像がつかない。
「ちょっと前までは、私にも自信がなかった。だから生徒会長になって、
周りに……父親に、私を認めさせて、それが自信になると思ってた」
御神楽は選挙で幸宏に負けてしまったのに、生徒会長にはなれなかったのに、
だったらどうして今の御神楽自身に自信があるのだろうか。ますます幸宏の頭はこんがらがる。
「生徒会長にはなれなかった。それでも私は今の私に自信がある。さて、それはどうしてでしょう?」
御神楽はやけに勿体ぶる。そしてその顔は相変わらず笑っていて嬉しそうだ。
「どうしてなの、御神楽さん?」
幸宏は早く答えが知りたくて堪らなかった。確固たる地位より、周りの認知より、彼女に自信を与えたもの。
それは一体何なのだろうか?
「………それはね、私のことを必要だって言ってくれた人がいたからよ」
「え?」
「自分のために私が必要だって、心から言ってくれた人がいたから」
顔を赤くしながら、それでも今まで見た中で最高の笑顔を浮かべながら御神楽は言う。
「それが、私が、私に自信がある理由」
そんな御神楽の表情は眩しくって、そうまるで雪の乱反射みたいに眩しくって、幸宏はしばらく言葉を失ってしまった。
「御神楽さん……」
御神楽は幸宏の眼をまっすぐと見つめている。その眼は彼女の言うとおり自信に充ち溢れ、
そしてその他の、今までに見たことないような色に染まっていた。
「そっか、御神楽さんにはそんな人がいるんだ」
幸宏はそのことに羨ましさと、少しの寂しさを感じた。
そう、寂しさ。
どうしてそう思うのか、その理由を幸宏はあえて深く考えないことにした。
「いいね、そういうの素敵だね」
御神楽の言うその人は誰なんだろうか。新たに現れたそんな疑問は消えてくれなかった。
どうしてこんなにそれを知りたいと思うのか。自分は一体何を考えているんだ。
あの御神楽だ、彼女の魅力は十分に承知している。そのくらいの人が出来たって普通じゃないか。
そうだって言うのに自分は何を考えているんだ。
分不相応な考えは早く捨てたほうが身のためだ。
「……神庭君って、やっぱり天然ね」
「えっ? 何で?」
「それが分からないっていうのが、天然の証拠よ」
また御神楽に天然と言われてしまった。やっぱりこれは多少凹む。
「とにかく神庭君。私はあなたがあなた自身に自信を持つことは、決して不可能じゃないと思う」
御神楽ははっきりとそう断言した。自分のことを必要としてくれる人、果たしてそれは存在するのだろうか?
頭の中に沢山の人の顔が思い浮かぶ。
一緒に暮らしている神庭四姉妹。希春に小夏、千秋、そして美冬。
お節介で迷惑なことも沢山してくるけれど、それでも自分のことを大切にしてくれる彼女たち。
その次に階段部の部員たちの姿が浮かんできた。いつもうるさいほど元気な九重、頼りになる刈谷、冷静沈着な三枝、
穏やかな笑みを浮かべる天ヶ崎、何だかんだで親友と呼べる仲になれた井筒。
この一年、さまざまな事件や困難をともに乗り越えてきた、大切な仲間たちだった。
クラスの友人たち、吉田や渡辺、それに三島。
それ以外にもこれまで天栗浜高校で出会った沢山の人の顔が思い浮かぶ。遊佐や中村、
それに筋肉同好会の面々、雄々しく広がる僧帽筋、ギリシャ彫刻のような大腿二頭筋、生の輝きを放つ腹直筋、噴火する大胸き………
「ち、違う違う!!」
頭を振って雑念を振り払う。どうしてそっちへ行ってしまうんだ、まったく。御神楽はそんな幸宏を不思議そうな眼で眺めていた。
思考を元に戻す。とにかく幸宏は沢山の人と出会って、沢山の思い出を作った。
その沢山の思い出を生んでくれた彼らが、幸宏にとっては必要だった。心から必要だと思った。
彼らも幸宏と同じように、幸宏のことを必要だと思ってくれているのだろうか。
そうだといいと、そう思った。それなら、そう思ってくれる人が一人でもいれば、幸宏は幸せだった。
それが自信につながってくれると、そう思った。
「………僕のこと必要だと思ってくれる人、いるのかなあ?」
「さあね。そんなこと、分らないわ」
「………うん、そうだよね」
御神楽の言葉は甘くない。決して安易に幸宏を慰めるものではない。
そんなものが意味を持たないことを、彼女は知っているのだ。
人の気持ちなんて不確かなものだ。
それは詰まるところ、本人以外には、いや本人にだって百パーセント理解できるものではない。
だからこんな世界を生きる幸宏たちは、何とか信じる力を持って、もがいてもがいて苦しんで生きていくしかないのだ。
自分で決めて、それを信じていくことができなければいけないのだから、他人からの回答なんかには何の意味もない。
御神楽はきっとそれをよく分かっているのだ。
御神楽は甘くはないかもしれないけれど、それでも優しい。幸宏はそう思う。
「でも、一人だけ心当たりがあるわね」
「えっ?」
「神庭君のことを、必要だって思ってる人」
思わぬ言葉が、御神楽の言葉が発せられた。そんな救いがくるなんて、幸宏には全く想像できていなかった。
「そ、それ誰?」
「分らないの?」
こちらを窺うような上目遣いで御神楽はたずねてくる。
そんな絵になる構図に、幸宏は言葉に詰まってまたしもドギマギしてしまう。
「教えてほしい?」
「うん、そりゃあもちろん!!」
幸宏の言葉に御神楽は口元に人差し指を当て、「どーしよっかなー」とわざとらしく思案する。
何だか今日の御神楽はこうやってやけに勿体ぶる。
「神庭君のことを必要だと思ってる人、それは………」
御神楽はまたもまっすぐ幸宏の目を見つめる。
「それは?」
幸宏も御神楽から目を離さなかった。至近距離で二人は見つめあう。
「やっぱり秘密っ」
そう言い放つと御神楽は立ち上がり幸宏から距離をとる。
「ちょ、ちょっと御神楽さん!!」
幸宏が手を伸ばしても、御神楽はそれからするっと逃れてしまう。
「神庭君ってば本当鈍感〜」
そう言いながら御神楽は舞い落ちる雪に両手を広げ、その場でくるくると回って見せた。
楽しそうにはしゃぐその表情は本当に年相応の女の子で、新鮮な御神楽のその姿に幸宏の心臓はドキッとする。
「そんなこと言われたってしょうがないじゃないか〜」
「しょうがなくな〜い!!」
舞い落ちる雪と、優しい街灯の光と、そこで踊る美少女。
幸宏は本当に物語の中にいるような気分になってしまった。
「ほら神庭君、そろそろ帰るわよ。仕事は沢山溜まっているの。風邪をひいている暇なんて無いんだから」
御神楽はそう言って未だ座り込んでいる幸宏に手を差し出す。
当然送って行ってくれるんでしょ? 言葉にするまでもなく表情はそう語っている。
全く、やっぱり自分はこの女の子には勝てない。幸宏はそう実感した。
きっといつまで経っても、この少女から一本取ることはできないのだろう。
「そうだね、そろそろ帰ろうか」
幸宏は差し出された御神楽の手を取った。
御神楽の手も幸宏の手も冷たくて、そこから伝わる肉体的な温かさ、なんてものは皆無だった。
それでも柔らかですべすべしている、思っていたよりもずっと小さな御神楽の手は、
幸宏の心に紛れもない温かさをもたらしてくれる。
やっぱり御神楽には敵わない。改めて思う。
「どうしたのよ、そんなにニヤニヤして」
―――――それでも、別に勝てなくてもいいや。素直にそう思えた。
「別に、何でもないよ」
こんな風に負けるなら、ちっとも嫌な気分じゃない。むしろ心地いいくらいだ。
「ふ〜ん、そう」
手を繋いだまま、幸宏と御神楽は歩き始めた。
立ち上がることが出来ても、何故だかその手を離したくなくって、幸宏はそのままでいた。
「うん、そうだよ御神楽さん」
御神楽もそれを嫌がっていない。それがますます幸宏の表情を緩ませる。
隠してもきっと彼女にはお見通しなのだろうから、幸宏はにやけ顔を隠すこともなくそのまま歩く。
「まったく、だらしない顔しちゃって」
「そう言う御神楽さんだって笑ってるでしょ?」
「私はあなたのその締まりのない顔を見て笑っているのよ」
「あはは、そっか」
立ち上がれないほど疲れていたはずなのに、何故だか幸宏の足取りは軽かった。
幸宏はウキウキした気分で御神楽に話しかけた。
「明日から冬休みだね」
「そうね」
たとえ高校生になったとしても、長期休暇を楽しみにする気持ちは小学生のころから変わっていなかった。
多分これは大人になっても変わらない気がする。
「何か楽しみな予定でもあるの?」
「う〜ん、特に何かある訳じゃないんだけど」
それでもやっぱり冬休みは楽しみだった。二週間ほどの間、授業を受けなくて済むというのも大きな魅力だ。
御神楽の「ふーん」という返事を最後に、二人の間にしばしの沈黙が訪れた。
雪はただ、静かに舞い落ちる。その雪の勢いは、降り始めとは明らかに違っていた。
こんな勢いの弱い粉雪が積もるはずがないのを、幸宏は知っている。
この勢いからしてこれから少しも経たないうちに止んでしまうだろうし、
そして明日の昼ごろにでもなれば跡形もなく消え去ってしまっているだろう。
でも、それでも、あと数十分の間だけは止まないで欲しいと思った。
せめて御神楽を家に送り届けるまでは、止まないで欲しい。
この幻想的な、夢みたいな時間をほんの少しでも長く、幸宏はそう願った。
「クリスマス………」
御神楽が不意にそう口に出す。
「え、どうしたの?」
「く、クリスマスも何も用事はないの?」
「クリスマスかー………」
今のところイヴも当日も何の予定もないので、このままだと家で過ごすことになりそうだ。
もしかしたら階段部で集まりなんかがあるかもしれないけれど。
「今のところ何もないかな。御神楽さんは?」
「私も、特には」
「へー、意外だなあ」
「どういうこと?」
「いや、御神楽さんって何だか華やかなパーティーとかに招待されてそうな感じだから」
「そういう招待がなかった訳じゃないのよ。でも今年は全部断ったわ」
さすが御神楽だ。そういうのは、幸宏には一生縁のないような席なのだろう。
でも、いったいどうして全て断ったりしたのだろうか。
「何で断ったの?」
「別に、何となく気乗りしなかっただけよ」
こともなげに御神楽は言う。どう返すのがいいのか分からなかったので、幸宏は返事をすることが出来ず、
二人の間に再度静寂が訪れた。
「あのさ、神庭君………」
またしてもその沈黙を破ったのは御神楽。
「ん、どうしたの?」
「クリスマスなんだけど」
その続きを御神楽が言おうとした時だった、
「きゃっ!!」
凍結した路面に滑ったのか、突如御神楽のバランスが崩れる。
「御神楽さん!!」
幸宏は繋いだ状態の手を引くことで御神楽の転倒を防ごうとしたが、
「―――――あれっ?」
自分も足元を滑らせてバランスを失ってしまった。
「うわ、うわわわわっ!!」
先ほどこちらに引き寄せた御神楽の体がぶつかってきて、幸宏は完全にバランスを崩した。
幸宏の体が下になって、御神楽と一緒に道路へと倒れこむ。
衝撃が、背中から走って思わず息が止まる。それでも自分が下になることで御神楽が怪我をすることは回避できた。
そう思って幸宏は安心した。安心して息をつこうとして、
「………………………………」
そして、とんでもないことに気がついた。
息が、できなかったのだ。
それは、呼吸器官の故障などではなく、もっと単純な理由。ただ単に口が開けないだけだ。
ただその口が開けない理由が、それこそが一番大変なことだったのだ。
「……………………………ん」
目を開くと幸宏の顔のすぐ正面に、御神楽の顔があった。
唇には、どうしようもなく柔らかい感触。
そう、幸宏の口を塞いでいるのは
「……………………………!!!!!!」
――――――――御神楽の、唇だった。