とある休日。  
姉達はそれぞれの用事で出かけてしまい、幸宏も学校の用事とかで夕方まで戻ってこない。  
美冬は一人きりになった家の中で、とりたてすることもなく、教科書を広げ机に向かっていた。  
そういえば、幸宏に辞書を貸したままだ……  
 
必要といえば必要なものだが、本人のいない部屋に取りに行くほどのものかと言われると……  
 
美冬は散々迷った挙句、ずっしりと重いノブに手をかけ、  
「辞書を返してもらうだけ……それだけだから……」  
真っ赤になった自分に言い聞かせるように呟くと、ゆっくりとドアを開いた。  
 
幸宏の部屋……  
 
心臓が飛び出してしまいそうなほど高鳴っている。  
幸宏がこの家に来て以来、この部屋に入るのははじめてだ。  
 
床に散らばった雑誌、ノートが広がったままの机、読みかけのページを広げたまま伏せられた本。  
乱れたままのベッドには、無造作に脱ぎ散らかされた幸宏のパジャマが広がっている。  
お節介かも知れないが、畳んであげた方がいいかもしれない。  
思わず口元が緩んでしまう。幸宏のパジャマを広げるとふわりと舞い上がるように、幸宏の匂いも広がって……  
 
不覚にも眩暈にもにも似た感覚と共に、美冬は幸宏のパジャマを抱きしめていた。  
あまりの幸福感に、へなへなと足元が崩れ、そのまま幸宏のベットへ倒れてしまう。  
図らずもパジャマ以上に幸宏の匂いに包まれ、まるで幸宏に抱きしめられているような陶酔に、  
美冬は自分の衝動を抑えることが出来なくなっていた……  
 
好きな女の子の縦笛をこっそり咥えている男子がいる。  
小学生の頃、初めてその話を聞いたときには男子の不可解な行動に言いようのない不気味悪さを感じた美冬だったが、  
幸宏のベッドの上で、パジャマの匂いを嗅いで身悶えている今の美冬は、そんな男子と変わらない立派な変態少女だった。  
 
羞恥に耳まで熱く染まっているのを自覚しながら、美冬の腕はゆっくりとスカートの内側へ伸びてゆく。  
恐る恐る、熱を帯びたその場所に指を這わせる。  
「あっ! ん……」  
触れてしまうと自分でも信じられないくらい淫らな声がこぼれてしまい慌てて口を押さえる。  
信じられないことに、下着の上からでもハッキリ判るほど濡れていた。  
(幸宏……)  
確かめるように下着に隠された秘裂の上を指先でなでてみる。  
幸宏のベッドの上での自慰行為。それ自体に感じる羞恥と、まるで幸宏を汚しているような罪悪感が、  
美冬の中に渦巻いていたが、そんな背徳感すらも、美冬の興奮を高める香辛料になっていた。  
胸の先が痛いくらいにブラを突き上げている。  
(幸宏……)  
美冬は巧みに下着の股布をずらすと、今度は幸宏の指を想いながら直接触れてみた。  
くちゅ…  
と、ハッキリ聞こえてしまった卑猥な水音に、ますます美冬の頬は熱くなる。  
「んっ……幸宏」  
いつもは指を入れるのもきついのに、幸宏に包まれている為だろうか?  
卑猥に濡れた秘唇は、幸宏を想って蠢く指をすんなりと咥え込んでしまう。  
「んっ……幸…宏…、幸宏、幸宏……」  
止まらない。それどころか、しなやかな指先は敏感な肉壁をますます大胆に貪っている。  
「だ、ダメッ!! ……幸宏、幸宏幸宏!!」  
主のいない幸宏の部屋に、繰り返し同じ名前をささやく美冬の声が響いた………  
 
「……!!!」  
美冬の体が稲妻に撃たれたかのように反り返る。  
「……幸宏……」  
しばらくの間、呆然と快楽の余韻に浸っていた美冬だったが、意識が戻るにつれ、  
自分のしでかしたことを思い返してしまい頬が熱くなる。  
(わ、わたし、もしかしてイっちゃったの?)  
従弟との妄想に耽っての一人遊びは初めてではない。  
それでも、性に臆病な美冬がこれまでにしたことがあるのは、せいぜい下着の上からその場所を触って、  
湧き上がる快楽にもじもじと身をよじる程度だった。  
いけないとをしているという意識もあるし、幸宏に対する後ろめたさだってある。  
それなのに、幸宏のベッドの上で、幸宏の匂いに包まれるだけでこんなに乱れて、その上……  
 
「ただいま」  
 
幸宏の声とともに、玄関扉の開く音がする。冗談ではなく美冬は驚きのあまり飛び上がってしまった。  
美冬は慌てて抱えていたパジャマをベッドに投げ捨てる。  
ど、どど、どうして!? 夕方まで戻らないはずじゃなかったの!?  
混乱した美冬は少しでもベッドの乱れを直そうと、シーツの皺に手をかけた。  
その瞬間、先ほどまで横になっていたその場所に、  
自分のいやらしいおつゆで出来たシミを見つけてしまい、今度は蒼白になる。  
手近な布で拭き取ってはみたが、そんなことですぐに消えるわけがない。  
幸宏が階段を登る音がする。これ以上ここにいたら、それこそ全てがばれてしまう。  
美冬は意を決して掛け布団でシミを隠すと、幸宏の部屋を飛び出した。  
2度もドアが開く音がしたら不自然かもしれない。  
わざとらしく階段へ向かうと、ちょうど登ってきた幸宏と目が合ってしまう。  
 
「あ、美冬姉さん、ただいま」  
「………」  
驚いたような幸宏の顔を見た瞬間、それ以上まともに幸宏を見ることが出来ず反射的に顔を背けてしまう。  
いつも以上に恥ずかしい。恥ずかしすぎる。あまりの鼓動の早さに恥じらいで死んでしまうんじゃないかという気さえする。  
頬が赤いのは自分でもわかっていたが、美冬は出来るだけ不自然に思われないように、震える足で幸宏とすれ違った。  
「………」  
「……あれ? 美冬姉さん」  
「!!」  
降りかけた階段の途中、不意にかけられた声に心臓が跳ね上がる。  
理由もなく先ほどまでの痴態を知られてしまったような気がして、体が硬直してしまう。  
自分がそんないやらしい子だなんて、幸宏の匂いで身悶える変態だなんて、死んでも思われたくなかった。  
そんな子だと知られたら絶対に軽蔑されるし、なにより幸宏に嫌われてしまう。  
まるで電気椅子の上で死刑執行を待つ囚人のような気持ちで堅く目を閉じた美冬に、幸宏はあっさりとボタンを押した。  
 
「なんか、スカートが濡れてるよ」  
 
あまりの言葉に頭の中が真っ白になる。シーツにシミが残るほどあふれさせてしまったのだ。  
間にあったスカートが無事なわけがない。  
顔をますます真っ赤に染めて振り返った美冬に、幸宏は意味がわからず焦っていた。  
「え? あ、あれ、美冬姉さん?」  
「変態」  
ほとんど反射的に美冬の手が動いて、スナップを効かせた右手が幸宏の顔をめがけて閃く。  
ところが、動揺していたせいか、放った右手は幸宏の頬を掠めて空振りしてしまい、したたか壁にぶつけてしまった。  
「ッ!」  
美冬は指先に走る鋭い痛みに思わず顔をしかめる。金具にでもぶつけてしまったのか、見るとふやけた指先に血がにじんでいる……  
「………っあ!?」  
出血よりも、指先のふやけているその理由に気が付いてしまい、美冬の頬はますます熱くなった。  
ほんの数分前、湯上りのようにふやけたその指先はどこにあったのか、こんなになるまで指を湿らせた液体の正体は何か。  
その指先が、幸宏に掴まれ、  
「美冬姉さん、血が出てるよ!!」  
言うが早いか、血の滲み出したその指を、幸宏は口に含んでしまった。  
 
「!!!!!!」  
 
幸宏の唇がかすかな水音を立てながら、ふやけきった美冬の指先を吸っている。  
その指先は今、わずかに滲んだ血の他に、美冬自身の愛蜜に塗れているはずである。  
幸宏が自分を気遣ってくれることへの喜びと同時に、  
幸宏に愛液を舐められた事実への羞恥心が相まって、美冬の思考は再び真っ白に固まってしまう。  
出血の理由も、唇をあてた場所も違うが、今幸宏の味覚に広がっているものは、  
美冬の想像の中で幸宏の舌が味わったものと同じはずである。  
時折触れる幸宏の舌のくすぐったさに、一度は静まったはずの快楽が再び騒ぎ始めていく。  
ちゅっ。  
と、小さな音をたてて幸宏の唇が離れた。  
指先と唇の間を唾液の架け橋が結んだが、それはほんの一瞬で消えてしまう。  
美冬は息をするのも忘れその光景を見つめていたが、  
顔を上げた幸宏と目が合った途端、いよいよ呼吸は止まってしまったようで、  
幸宏の手を振り解くことも、視線を外すこともできず、しばらくの間見つめ合ってしまった。  
「……? 大丈夫? 美冬姉さん」  
「……不潔」  
我に返った美冬は慌てて指を振りほどく。  
「え? あ……ごめんなさいっ! そんなつもりじゃ……」  
幸宏は続けて何か言おうとしていたが、美冬の方ははそれどころではない。  
そのまま階段を駆け下り、何が起きたのかわからずにいる幸宏を置き去りにして、  
トイレに逃げ込んでしまう美冬だった。  
 
 
こうして、幸宏にとってはなんだかよくわからない、  
美冬にとっては忘れたくても忘れられない、とある休日は過ぎていった。  
……翌日、希春が幸宏のシーツとパジャマに残るシミを見つけた事により騒動となり、  
幸宏を囲んで『思春期の少年と性衝動』をテーマした、  
4姉妹会議開かれることになるのだが、それはまた別の機会に。  
 
おしまい  
 

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