首飾りが光った。  
 ここは、紅南国の首都・栄陽。  
 当然、七星士を探しに来たわけだけれど、何か雰囲気が  
怪しい。  
 厚化粧の女たちと、それを品定めするように眺める男たち。  
私は何か名状し難い嫌悪感を感じ取っていた。  
 すると。  
「おいおい、餓鬼共が遊郭に何のようだぁ?」  
 私たちが場違いに映ったのだろう。着飾った女を連れた中年の  
男が通り際に声をかけてきた。  
 え――? 遊郭って……!?  
 虚宿が私が反応するよりもはやく、  
「遊郭!! ここが金が女を買って、あんなことやそんなこと  
をする――!」  
 すぐに落ち着け、と突っ込みを入れられてたけど、驚いたの  
は私も同じだった。遊郭で首飾りが光ったということは、七星  
士は女ということで、だから彼女は遊女で……。  
 いや、女を買う男が七星士という可能性もあるけれど、遊郭  
で遊ぶ男が七星士なはずがない。断じてない……たぶん。  
「でも、どうしようかしら」  
「とにかく調べなきゃ始まらないからな」  
 女宿が言う。そうなんだけれど、そうすると調べる方法は  
ひとつしかない。そう、遊女になって中から調べるしか。  
「私が潜入するわ。遊女になって、調べます」  
 怖いけれど、仕方ない。  
 だって、一番確実な方法なのだから。  
「ば、馬鹿! 絶対、駄目だ!」  
「女宿……」  
「多喜子、遊郭だぞ! 男に買われるかもしれないんだぞ! そん  
なの絶対駄目だ! 俺が女になって潜入する!」  
 
 女宿はそう宣言し、早速虚宿と打ち合わせ(?)をしている。  
女宿は私のためを思って代わりになってくれるのだろうけれど、  
やっぱり、首飾りを持つ私が行かないと。  
 何より――  
「いいか、多喜子たちは宿で待ってろ!」  
 女宿と一秒たりとも離れたくない。  
 
 女宿にひどく叱られたけど、なんとか私も遊郭に潜入することが  
できた。  
「悔しいけど、あんた、べっぴんだからすぐに客がつくわよ」  
 と嬉しいのか嬉しくないのか、よくわからないことを言われた。  
 遊郭というものに偏見があったのかしら。  
 こうして遊女になってみて、私の先入観は打ち砕かれていた。  
遊女のみんなは失望感に打ちひしがれているわけでもなく、皆  
楽しそうにおしゃべりしている。  
 綺麗に着飾り、化粧をし、それで客を取るのだ。  
 だから私も否応もなく、着替えさせられた。  
 首飾りも取られ、七星士を探すのがまた大変になってしまった。  
 でも、皆いい人そうだし、明るいから、調べるのはそれほど  
苦労しないかもしれない。  
「多喜子、勘違いするなよ」  
 隣に座っていた女宿が私の心を読んだかのように言った。  
 彼――今は「彼女」も美しく着飾っている。  
「え?」  
 
「あいつらは皆、売られてきたんだ。別に自分の意思で遊女  
になったわけじゃない。親や借金取りに売られて来たんだ。  
だから心のうちでは絶望してても、開き直って明るくふる舞う  
しかねーんだよ。好きでもない男に抱かれて、嬉しいわけ  
ねーだろ」  
「あ……」  
 私は自分を叱咤した。  
 そんな当たり前のことに気付かなかったなんて。  
 私は男の人とそういうことをした経験はないけれど、愛して  
いない男性に抱かれるなんて考えただけでゾッとする。  
 でも、それを我慢しないと借金を返せない、家族を守れない、  
というその構造自体に私は腹が立った。  
 その時、  
「おいで新入り。さっそくご指名だよ」  
 女将がやってきて、私に声をかけた。  
「――え?」  
「客はうちのお得意さんだ。しっかりやんなよ」  
 女将は私の意志など関係なく、部屋へと連れて行く。  
「多喜子!」  
 女宿は私を止めようとしてくれたけれど、彼にも  
指名があったみたいで、他の遊女に別部屋に連れて  
行かれる。  
 ここで大きな問題を起こすわけにはいかないから、  
女宿も力を発揮できないのだ。  
 私はいつの間にか、独特な雰囲気の寝室のような  
ところに放り込まれていた。  
「あんた生娘だろ。でも、すぐ慣れるよ。最初は皆そう  
なのさ。ちゃんとやりなよ。」  
 そう言って、女将は出てってしまう。  
「ちょ、ちょっと――」  
 ど、どうしよう。  
 入っていきなり、こんなことになるなんて。  
 私、何も知らないし。  
 慣れるって言われても……。  
 
「こんばんは〜、お嬢ちゃん」  
 と案内人にここまで連れてこられた中年の男が入ってくる。  
「げ」  
 部屋には私と客の男だけ。  
 ここは遊郭。それで、私は買われた遊女で、そのぶん奉仕  
しなければならない――。  
 な、なんてことなの!?  
 女宿、助けて!  
 私は遅まきながら、遊女として潜入することの意味を思い知  
らされた。つまり、入ってすぐ、七星士を見つけなければ、  
遊女として客の相手をしなければならないということ――  
「可愛いね〜、優しくしてあげるからね」  
「ち、近寄らないで」  
 仄かに酒の臭いがする客の男はゆっくりと私に近寄ってくる。  
後ろには寝床しかないので、後ろに逃げるわけにもいかない。  
 お金で女を買う男なんて最低よ!  
 そう毒づいたところで男が帰ってくるはずもなく、次の瞬間、  
私は男に押し倒されていた。どさりと寝床に落ちる音がする。  
「ちょっと……いや!」  
 男は唇を近づけつつ、右腕で私の服を脱がそうとする。  
 指がまるで虫のように蠢く。  
 でも、私がいくら拒絶しようが、そこは女の力では勝てず、  
男の行動を阻止することはできない。  
 私は考える前に叫んでいた。  
「うるきーーー!!」  
 瞬間、扉が開かれたと同時に、強烈が風が生まれ、部屋を覆った。  
 一陣の疾風がまるで男に衝撃を与える。それはまるで武器  
の攻撃のようであり、威力は並みの人間なら一撃で気を失って  
しまうほどだ。  
「いぎゃ!」  
 という声を出し、客の男が床に気絶し倒れる。  
「女宿っ」  
「多喜子!」  
 風を纏った女宿が明らかな怒りの表情を浮かべて、入り口に  
立っていた。  
 
「女宿……ありがとう来てくれて。私、怖くてつい」  
「他の男に、おまえに指一本触れさせねぇよ。……フツーだった  
ら、殺してるところだったぜ」  
 だから俺だけで潜入すればよかったんだ、と女宿は口を  
尖らせた。  
「でも、悪いな。俺も客をいなすのに苦労してよ。しょうがねぇ  
からこいつと同じように気絶させてやったけど。トラブル起こし  
て、ここから追い出されたらマズイし……」  
 一応、私を助けるなりにも気を使ってくれたらしい。  
 私は、男から解放されたことと女宿が来てくれたことで緊張の  
糸が切れたのか、そのまま寝床にどさりと横になってしまった。  
「多喜子?」  
「女宿、ごめん。女宿が私を思って一人で潜入しようとしたのに  
無理についてきて……それで、遊郭なんだから、こういうことも  
あると想像できたのに、また女宿に迷惑かけて……」  
 幸いにも女宿が機転をきかせてくれたおかげで、女将や他の  
遊女には気付かれてない。  
 気絶している二人の客さえなんとか誤魔化せば、捜索を続けられ  
そうだ――。  
 
(後半へ)  
 

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