ここはとある村落の宿。  
幸い倶東国の追っ手は来ない。  
自分が玄武の巫女だと言う事も周囲にバレずに  
ここ数日この宿で泊まっていた。  
虚宿は七星士の手掛かりを探しに外へ出ている。  
室宿もいざという時の為にと、薬草を取りに外へ出ていた。  
 
多喜子は宿で待機。万が一玄武の巫女だと知られたらまた周囲に迷惑が掛かる。  
 
「室宿・・・あの鉄カゴのままで行ったのかしら・・・?」  
 
「多喜子、・・・入っていいか?」  
 
キィ、と多喜子はドアを開けた。  
 
「虚宿?七星士の手掛かりは見つかった?」  
「いや・・・なかなか見つからないな、オレ達七星士は鼻つまみ者だからな」  
「そう・・・」  
多喜子はシュンと顔をうつむかせた。  
「でも、いい知らせがあった。お袋の怪我もだいぶ良くなって、村のみんなも活気を取り戻してきてるそうだ」  
虚宿は嬉しそうに多喜子に話した。  
「本当!良かった。私も虚宿のお母さんの事が心配で・・・私をかばって怪我をしたんだもの」  
「そんなに落ち込むなよ、結果オーライって奴さ」  
 
「虚宿もあちこち歩いて疲れたでしょう?丁度お茶を入れたから一緒に飲みましょう?」  
「あ、ちょうど喉渇いてたんだ、じゃ、お邪魔しますよっと」  
多喜子は虚宿を部屋に招き入れた。  
 
お茶を茶碗にトポトポトと入れ、虚宿に渡した。  
「はい。入れたてだから、冷えた身体も温まるわ」  
 
「・・・どうせなら多喜子に身体を温めてもらいたいな」  
 
ボソッっと虚宿は呟いた。勿論多喜子には聞こえない。  
もし聞こえたら多喜子必殺の薙刀が炸裂する。  
多喜子はチラチラ虚宿を見ている。まさかさっきの独り言が聞こえたのか?  
冷や汗をたらしながらお茶を飲んでいる虚宿。部屋が静かになる。・・・気まずい。  
 
「あの、虚宿」  
「ハ、ハイッ!?」  
思わず虚宿は声が裏返ってしまった。  
「・・・ありがとう」  
多喜子は優しく微笑んだ。  
「え?」  
「私がこの世界へ来てしまったせいで・・・巫女になって虚宿のお母さんは怪我をして・・・虚宿も室宿も危険な目に合わせてしまっているわ」  
多喜子は言葉を続ける。  
「最初は虚宿も七星士の運命を拒んでいたのに・・・こんな私の為に、誰からも必要とされない私なんかの為に」  
「そうだな・・・オレだって生まれてきて・・・ずっと七星士の運命を呪ってきた」  
多喜子の胸がズキンと痛んだ。  
 
「でも、多喜子と出会ってから、オレは、七星士と運命と向き合う事ができたんだ。  
多喜子は自分が誰からも必要とされないと思ってるかもしれないが・・・俺は」  
 
虚宿は言葉をおき、やがて決心したようにまっすぐな瞳で多喜子を見つめた。  
「多喜子を必要としてる。多喜子の笑顔を守る為に・・・七星士として戦う!」  
 
「虚宿・・・。ありがとう」  
多喜子はにっこりと微笑んだ。  
 
自分は現実の世界でも父に疎まれ、大杉さんへの思いも届かなかった。  
この世界へ来て、自分が必要とされている。ただそれだけが自分がここにいる理由・・・  
虚宿のそのまっすぐな瞳が、言葉が。多喜子にはとても嬉しかった。  
 
虚宿は椅子から立ち上がって、多喜子の座っている方へ歩いてきた。  
「だから・・・そんなに自分を責めンなよ」  
 
そして虚宿は多喜子を抱きしめ、優しく口付けをした。  
 
「!?」  
 
多喜子はいきなりの出来事で目を大きく見開いた。  
しかし虚宿は口付けをやめない。  
 
30秒は経っただろうか。虚宿は意を決したように  
舌を唇に割り込ませようとする・・・  
 
ゴロゴロゴロゴロ・・・  
 
室宿の鉄カゴの転がる音である。どうやら薬草取りから帰って来たらしい。  
虚宿はハッと我に返り、慌てて多喜子から離れた。  
「え、え〜と・・・でっ 出来心!!」  
急いで多喜子の部屋へ出ようとしたが、慌てながらも止まり、  
「・・・でも、さっきの言葉は・・・ホントの気持ちだから」  
虚宿は顔を真っ赤にさせながらも、さっきと変わらないまっすぐな瞳で言った。  
 
ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・  
 
段々音が近づいてくる。  
「ヤベッ、室宿が来る!じゃ、そんじゃ!」  
虚宿は慌てて自分の部屋へ戻っていった。  
 
「たた、ただいまです巫女さま。」  
「お、お帰りなさい、室宿。」  
「あ、あれ?み、巫女さま、顔が真っ赤ですよ?ぐ、具合が悪いんですか?薬草取ってきたから、い、いりますか?」  
「大丈夫よ、熱いからちょっと外へ出て冷ましてくるわ」  
そういって何とかはやる心臓を抑え平静を装い何とかやり過ごした。  
 
外へ出ると火照った身体を覚ますには少々寒かったが、気にしないようにした。  
 
唇に指を当てる。そこだけ特に熱い。  
「虚宿・・・」  
 
陽は暮れかかっていて、漆黒の闇が包もうとしていた。  
 
しかし多喜子はその風景を見ながら、ただ立ち尽くすしかなかった。  
 

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