夢と現実の狭間を漂って、気持ち良さに顔が緩むのがわかった。  
熟睡していたせいか瞼は起きる気持ちを裏切るように随分と重い。  
閉じた瞼から感じる日の光。  
日が昇りきった時よりも弱いのはまだ夜が明けきっていないのかもしれない。  
「ん……」  
 重い瞼を擦りゆっくりと目を開ける。  
カーテン越しの光はいつも感じる明るさよりも薄くて天気が悪いのか、  
やっぱりまだ随分と早い時間なんだろうかと瞬きを一つした。  
「……依織君?」  
 はっきりとしていく視界に広がるのは依織君の気持ちよさそうな寝顔。  
見間違いかと何度も瞬きをして……今私を抱きしめながら寝ている依織君は  
間違いなく本物だと理解してからとても申し訳ない気持ちになった。  
「……起きて待っているつもりだったのに」  
 ごめんねと言うかわりに依織君の頬をそっと撫でる。  
歌舞伎の役者の依織君と受験生の私は近頃めっきり会う時間が減っていた。  
ましてや舞台公演があれば、地方に行くこともある。  
依織君は一週間近く東京を離れていて、  
昨夜最終の電車でこっちに帰ってくる予定だと言われたのは3日前だった。  
『最終の電車で東京に戻ってから、一度自宅に向かって……  
その後に少しむぎちゃんの顔を見に行っても良いかな?  
 一目見るだけで良いんだ。だめかい?』  
 依織君の会えない辛さを隠さない声に、本当なら疲れているから  
そのまま自宅で休んでと言うべき言葉を私は心の中に押し込めた。  
起きて待っているね、と約束したはずなのに  
私は寝不足の日々が祟ってかしっかりリビングのソファで寝てしまった。  
 渡してある合鍵で入ってきた依織君はさぞがっかりしただろうだろうし、  
そして疲れている依織君に寝ている私をベッドまで運ばせてしまったこと思うと、本当に申し訳なくて……。  
 せめておいしい朝食でも準備しようと私は依織君を  
起こさないよう気をつけて体を動かすことに決めた。  
 
「……動かない……」  
 しっかりと押さえ込んでいる依織君の腕は私が肩を動かしても  
びくともせず、なんとか腕を外そうとしても起こさないように  
注意しながらはとても難しい。  
 どうしようかと、私は動けるだけ首を回して部屋の中を見た。  
壁にかかっている時計はまだ朝の4時半過ぎだった。  
 依織君の今日の予定は大丈夫なのかな? と思うと同時に、  
どうして昨日ちゃんと起きて待っていられなかったのかと  
また後悔する。  
起きていれば今日何時に依織君を起こせば良いのかも確認出来たのに。  
歌舞伎役者は周りの役者さんとの付き合いもとても大切で、  
誰かの家に行く予定があれば遅刻は許されない。  
 一目見れば良いと言っていた依織君の言葉を思い出す。  
それは遅い時間に会うことになるのを気にかけてくれるとも  
受け取れるし、依織君の今日の予定が朝早いせいなのかもしれない。  
 杞憂でも良いから、やっぱり早く起こすべきなのかと  
依織君の長い睫を見ながら思う。  
「……ん……むぎ?」  
 睫が震えて、ゆっくりと開かれる瞳。  
起きたばかりで幾分いつもより潤んでいる瞳に思わずどきりした。  
「起こしちゃった?」  
「……なんとなく……ね」  
「ごめんね。あ、あのね。今日って予定あるの?」  
「……あ。……今、何時かな?」  
「4時40分」  
「…………」  
 随分と疲れているのだろう。依織君はまた目を閉じた。  
 
「今日、早くから予定ある?」  
 それだけでも確認しようと慌てて私は言う。  
 依織君は小さく頷いた。  
「じゃあ、朝食作るね。出来たら起こすから」  
 ベッドから出るために依織君の腕に触れた瞬間、余計に強く抱きしめられた。  
「……え?」  
「嫌だ」  
 私の肩に額をつけて、依織君が小さく呟いた。  
「ご飯作りに行くだけだよ?」  
「……嫌だ。傍に居て……むぎ」  
「依織君?」  
 私をどんどんきつく抱きしめながら依織君は嫌だと  
何度も繰り返す。  
 愛していると思った女性に、突然別れを告げられた依織君の過去。  
ただ好きになった女性が、既婚者だとも知らずに純粋に愛した私の知らない依織君。  
私は彼がどんなに深い傷を持つことになったのかを今も思い知らされる。  
 離れていた時間が長かった分だけ、依織君は過去に出来た  
傷を思い出すことがある。  
今もそうだ。  
「依織君、私はどこにも行かないよ。ここに居る」  
 起こそうとしていた体から力を抜いて、ベッドに預ける。  
「むぎ……どこにも行かないで……」  
 いつもなら女性を知り尽くしたような余裕の  
ある言葉を紡ぐ唇が微かに震えていた。  
「いかないよ。私はずっと依織君の傍にいるんだから」  
「むぎ……」  
 痛いくらいぎゅっと抱きしめられ  
依織君のしっとりとした唇が私の唇を貪るように覆った。  
 
 息をする隙間も許さない強い口付け。  
私の依織君の腕に触れていた指先が反応する。  
 離れた瞬間に、息を吸い込む。  
吸い込んだ息と同時に依織君の舌が私の口内を貪る。  
「……っはぁ……」  
 思わず声が漏れる。  
依織君の舌が動くほど足の先が痺れる感覚が強くなる。  
その痺れが足先から徐々に上へと広がっていき、  
声が何度か漏れた後に依織君はようやく少し離れた。  
「……い、いお……り、く……ん……」  
 荒くなってしまった息を何とか整えながら私は  
名前を呼ぶことしか出来なかった。  
「むぎ……愛してる……」  
「疲れてる……んでしょ? もう……少し寝た方が……」  
 私のパジャマのボタンを外そうとする依織君の指を押さえて言う。  
「むぎの傍に居ると本当に良く眠れるんだよ。だからね、平気」  
「平気って……」  
「ほんの少しもむぎと離れていたくないんだ……。それともむぎは嫌?」  
 切なそうに嫌と言われては何も言えなくなる。  
それに会わない時間が長かったから、  
私も依織君をもっと感じたいという気持ちもあった。  
「嫌じゃない……」  
「良かった。ごめんね、むぎ」  
「――え?」  
 なにが? と思った時には依織君の手は性急に  
私のパジャマのボタンを外し、胸へと唇をつけていた。  
「あ!」  
 外気に触れた冷たさと、依織君の吐息の温かさに体は跳ねる。  
 
「優しく出来そうもない」  
 呟かれた言葉を行動でも表すように依織君の唇は私の胸元に触れ、  
時に舐め、そして胸先を含んだ。  
「あ、あ、……っん!!」  
 依織君の唇は不規則に動く。  
首筋に移ったかと思えば、耳朶へ、そして鼓膜に響くように舌を進入させて、次に胸元へ。  
唇の触れていない場所を依織君の手が触れる。  
「っん、ん、っんん!!」  
 高くなる声を、自分の指を噛んで耐えた。  
気づいた依織君の手がそれを外してしまう。  
「むぎの声聞かせて……」  
 元々の甘い声が艶を増して、まるで媚薬のように私の鼓膜を刺激する。  
「あっっああ!!」  
 胸先を軽く噛まれて、私の背中が勝手に弓なりになる。  
「……好きだよ」  
 いつもの余裕のある声じゃない、切なくて仕方ないと訴える声。  
過去の傷を思い出した依織君は、私が居なくなるかもという不安を  
消すためにこうやって普段とは違う抱き方をする。  
 優しく労わるような抱き方ではなくて、  
貪りつくさんとばかりに強い刺激を与え続ける。  
 頭の芯が痺れていく。  
快感が体中に広がってそして次第に意識すらぼやけさせていく……。  
「……愛してる」  
 愛してる、好きだと思えば思うほどに、過去の苦しみに震えて恐怖する依織君の心。  
それすらも抱きしめたいと思うのに、私の両手は強くシーツを握ってしまう。  
「……っもう、あ、ああ!!」  
 胸を掴んで依織君が執拗に舐める。  
 
私の体の中に大きな波が蠢き、泡となって弾けようとしていた。  
「や、ああ! ……ああ!!」  
 白い泡が広がって、強い快感が足の先から頭の先へと走り抜ける。  
 指先で掴んでいたシーツをゆっくりと離す。  
 ぼやけた視界に視界に依織君が上体を起こして  
Vネックのコットンニットシャツやズボンを脱ぐのが見えた。  
 依織君は私の意識を戻すように、脇腹を指でなぞる。  
刺激に敏感になっている私の体はくすぐったさと同時に少しの快感を得た。  
「っはぁ……」  
 私の下着をすべて取り、足を開かせて依織君の顔が  
ゆっくりと近づいてくる。  
「むぎ……声を殺さないで……」  
 そう言って、否定はさせないと口付けで言葉を塞がれる。  
歯の裏を依織君の舌が舐めて、私の体をまた深い悦楽の波へと誘った。  
「っんん!ぁああああ!!」  
 唇が離れると、私の体の中に依織君が入ってくる。  
体の奥底からそれまでとは比べ物にならない波が沸く。  
 波は強く来て、そして勢い良く引く。  
それを繰り返しながら、依織君は波を操るかのごとく、私の中での角度を変える。  
「あ――ああ! ……いお、り――、ああ!!」  
 依織君が動くたびに、ベッドが揺れ、私の体が揺れる。  
大きな波にどこかに連れていかれそうで、  
私は必死に依織君に手を伸ばした。  
「――むぎ」  
 汗をかいて上気している依織君は見るだけで  
感じてしまいそうになるほど綺麗だった。  
 
私の伸ばした腕に気づいて、体を曲げてくれる。  
「――っは、離れないから……、ん、んん!っああ!!」  
「……――むぎっ」  
 だからそんなに心配しないで。傍に居るよ。  
不安になったら私が抱きしめるから、だから、だから……。  
 抱き合いながら依織君は何度も私に「愛してる」と言った。  
伏せた瞼を震わせて、少し嬉しそうに、そして幸せそうに。  
「ああ――!!」  
 私の意識をすべて奪う大きな波に私はとうとう逆らえなかった。  
「――っむぎっ!」  
 体を何度か大きく振るわせた依織君に私は最後微笑むことが出来たのだろうか。  
 

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