星団史において誕生したファティマは3000人以上とも言われているが、彼女(そして彼)らの
源を辿ればたった4体のファティマに、そして更に遡れば「純潔の騎士の血」という遺伝子ひとつに
収束する。
またその育成方法も、時代を経てある程度のスタンダードと言うものが決まりつつあった。少なくとも
培養槽の中で行われることに関しては、ほとんど差異はないと言ってもいい。
つまりファティマたちの個性や性能は、培養槽の外での経験、例えばマイトによる育成や、他者との
接触によるものが最も大きいのだ。
ミースもそれを良く承知していた。養父クローム・バランシェを間近で見ていた彼女は、彼の作る
ファティマたちが活き活きとその性能を花開かせていく過程も目の前で見ている。屋敷を訪れる様々な
人物たちが、成長途中のファティマにどう接し、それがファティマたちにどう影響したのかも。
本当にたくさんの人物たちが訪れた。性別を超えた美貌を持ったMHマイスター、一度喋りだすと
機関銃のように言葉を撒き散らして止まらない貴婦人、ざっくばらんに過ぎる大統領。
それから、あの人。
……突如鳴り響いたビープ音に、ミースは思い出から引き戻された。タイマーにセットされた
時刻を告げるビープ音だ。それをミースは慌てて止めた。目覚めたばかりのファティマに、こんな
騒々しい音を聞かせてはいけない。驚かせてしまう。生育に良くない。
培養槽の蓋を開けると、黒髪のファティマが、培養液の尾を引きながら上体を起こした。
男性型Lタイプ。遺伝子の問題で育成が困難とされる男性型ファティマの製作に、ミースは
積極的に取り組んでいる。
「気分は? 痛いところや気持ち悪いところはない?」
「ありません、全て正常です」
「そう、良かった」
生みの親であるマイトが緊張を解いたのを見て、ファティマもふっと微笑んだ――まだ完全には
マインドコントロールされていないから表情がある。
だがそれを見て、ミースは愕然とした。
(ああ……)
黒く緩やかにうねる髪が、培養液に濡れてファティマの頬に張り付いている。
(ああ……私は)
堪えきれずに、ミースはその髪へと指を伸ばす。
(私は、なんというものを造っていたのだろう)
普段は割と柔和な目元。唇だけが少し上がる皮肉な微笑。
指だけでは止まらなかった。掌で触れ、それでも足りずに両腕で抱きしめる。培養液がじっとりと
服を濡らした。
肉そのものは少ないが、骨が太くてみっしりした腕。胸の厚さ。肩の広さ。
似ている。あの人に似ている。
――違う、似せてしまったのだ。全てのファティマはあの人と同じ「純血の騎士の血」を
受け継いでいるのだから、雰囲気がどこか似るのは仕方がない。しかしそれをこんな風に、
殊更に似せてしまったのは、他でもない自分自身だ。
ミースは自分を嘲笑う。こんなことをして何になる。こんなことをして何のつもりだったのだ。
あの人を自分の手で作り直そうとでもするつもりだったのか。
だが、それでもミースは止まれなかった。
バランスを崩してミースの体も培養槽の中に落ちる。幅の広い浴槽のような作りだから、
溺れるほどの深さはない。だがもちろんずぶ濡れだ。
それに構わず、ミースはファティマの唇に自分のそれを押し当てた。培養液の生ぬるく、塩辛い味がする。
ファティマは拒まない。人間には逆らわないというのは基礎のコントロールだ。
貪るような口付けを幾度となく繰り返しても、まだ足りない。満たされない。
もっとあの人の傍にいたかった。もっとあの人と深く繋がりたかった。自分にしか出来ないやり方で
あの人の子を抱くことは出来たけれど、本当はもっともっと近付きたかった。溶け合うぐらいに。
だからこんな口付けじゃ足りない。もっと近くに、もっと深くに。
服が邪魔だった。こんなものがあったら肌と肌さえ触れ合えない。それなのに濡れた服は肌に張り付き、
簡単には脱げない。
「裂いて」
頷いて、ファティマはミースの服に手をかけた。人間では不可能な話だが、ファティマの膂力は
花を千切るように容易くミースの服を引き裂いていく。
水を含んだ服の残骸が培養槽の底に沈む。ファティマの冷たい肌にミースの熱い吐息が落ちる。
もっと近くに、もっと深くに。経験はないが、知識はあった。
何の熱も興奮もなく項垂れているファティマのそれに、ミースはおずおずと触れる。指を絡めて
扱けばいいというのは分かるが、力加減も何もまるで知らない。とても愛撫とは言えない拙い動きだ。
それでも何とかそれが起き上がったのは、ミースの情熱と本能のためだったかもしれない。
自分の入り口に導き、中に挿れるのも拙い動きだった。無理もない。それも初めてのことだ。
遺伝子情報の上では息子までいるミースだが、それはあくまで試験管と外科手術の末に為されたことだ。
男性経験そのものはない。
それなのに上になって体重をかけ、一気に最奥まで導いた。
引き裂かれるような破瓜の痛みの中、それでもミースの望みは変わらない。もっと近くに、もっと深くに。
魂に届くぐらい深く深く。
本当はミースも分かっている。所詮は紛い物だ。紛い物といくら絡み合っても、どこにも何も届きはしない。
虚しさにこみ上げた涙が溢れるのと、ファティマが微かに呻いて背筋を震わせるのが同時だった。
だが、胎の中でそれが脈打つのを感じても、その奥で熱い迸りを受け止めるはずの女の器官すらミースにはない。
涙も、受け止められなかった精も、行き場のない想いも、ただ培養液の中に落ちて消えていく。
おわり。