草摩家は旧家で、一族の中に『神様』と、十二支のそれぞれの獣、猫の物の怪つきの子供が  
生まれます。一族に伝わる呪いのように、前の物の怪憑きが死んだら次へ……と、ずっと  
受け継がれてきた物の怪憑きですが、長い年月の間に、呪いのタガも緩んできた様子…。  
きっかけ不明のまま、呪いからの開放は、神様+十二支+猫の上に散発的に訪れます。  
最初に呪いが解けるのは酉。  
 
登場人物  
 
草摩 紅野(そうま くれの):酉憑き。きっかけ不明で、一番最初に呪いが解ける。  
このとき17歳くらい。回想シーンでは詰襟の学生服姿。  
物の怪憑きは憑き物が消えたとき、強烈な寂しさを感じるようです。  
 
草摩 慊人(そうま あきと):神様憑き。女の子だが、母親の強い意向で男の子として  
育てられ、女の子であることを知っているのはごく一部。物の怪憑きの中では犬・龍・蛇・酉。  
身体が弱いので屋敷の中では大体寝巻き?(和服)姿。  
多分このとき12歳〜14歳くらい……。  
 
 
 
 
 
 
 
唐突に、それは起こった。  
晴れた午後、学校から草摩の家に帰った俺は、すぐに暗い屋敷の中に入るのも惜しくて、庭と  
──空を見ていた。  
そして何の前触れもなく、俺の中で、何かが起こったのを感じた。  
俺の中から、なにかが壊れて、失われていく。はてしなく、とめどなく。  
 
生まれたときからずっと、俺を縛っていた重い宿命。呪いのような絆。  
憎んでいなかったはずはない。嫌だと思わなかったこともない。  
けれどその瞬間、繋ぎとめておくという選択肢が僕に与えられたのなら、一も二もなく俺は  
飛びついていただろう。  
なにかが自分のなかから失われてゆくのが、哀しくて、寂しくて仕方がない。  
まるで大切で仕方のない誰かを失うような、ずっと寄り添ってきた道連れを亡くすような、  
どうしようもない寂寥感。  
待って、行かないで、ここにいて。──でも、引き止めたいのは、なに?  
涙がとめどなく溢れていた。  
急に視界が開けた気がして、自分の中にはもう自分しかいなくて。  
この心を追い立てる存在も無くて。  
見上げた空は高く、青かった。  
もうあの空を二度と飛ぶことはないんだと、自然に感じた。  
俺が手にしていた、俺を縛っていた力は、もうここにはないのだ。  
自由。それは嬉しくて、とても哀しいこと。  
 
まるで羽をもがれて、何もない場所に打ち棄てられたような不思議な感覚だった。  
 
 
俺の後ろの廊下が、ギッ、と軽い音を立てる。  
「……あ……」  
俺の背後に立つその子は、恐怖の表情を浮かべていた。  
「うわああぁあぁああああぁああああぁあっっっ!!!!!!!」  
静寂を破る、悲痛な叫び。  
「…慊人」  
「あぁあぁっ、ああーっ、あああぁあぁああぁっっっ!!!」  
まだ子供だけれど、歴としたこの草摩家の当主。男の子として通しているが、『神様』憑きの  
……少女。  
俺たちの幼馴染でもある。  
その慊人が、頭を抱えて、つんざくような叫び声を上げていた。  
「……慊人、落ち着いて。」  
俺が宥めようとするとほぼ同時に、あわただしく慊人付きの使用人が主人の異変を聞きつけてやってくる。  
「何事です?! どうされました、慊人さんっ?!」  
彼女達が近づこうとすると、慊人は血相を変えて叫んだ。  
 
「くるな!!! 誰も来るな!!!!  
僕がいいというまで、誰も近づかせるな!!!!!  
来たら殺す!!!! 殺すからな!!!!!!」  
 
主人の剣幕に気圧されて立ちすくむ使用人たちを尻目に、慊人はぐいぐいと俺の手を引いて  
奥へと走った。  
 
「どうして……、どうして…………っ、どうして…………!!!!!」  
うわごとのように呟きながら、彼女は誰も来ない奥の一室に俺を押し込め、襖をばしん、  
と乱暴に閉じる。  
「どうして、どうして…解けたんだよ……!!!!!!!」  
押し出すように、呻くように慊人はそう言った。  
同じ物の怪憑き、いや、俺たち十二支の物の怪憑きの上に立つ、『神様』憑きの少女。  
絆で結ばれた……支配者(あるじ)。  
俺たちを強く繋いでいた絆が消え去ったことを、彼女もまたはっきりと感じていた。  
『神様』は、十二支がいないと『神様』として存在できない。  
そして慊人にとって、『神様』憑きであることは、すべてだった。  
十二支の開放は、慊人の世界の崩壊を意味する。  
 
「どうして…!!!」  
「俺にも、わからないよ…っ。突然のことで…!!!」  
十二支の神といわれる存在が憑いている彼女の前に出るといつも、もっと惹きつけられるような、  
そして威圧されるような気持ちになったものだが、いまはなぜか、震える小さな肩が痛々しい。  
「突、然…?」  
彼女は泣いているような、笑っているような、狂気を含んだ目で俺を見た。  
「何が起こったのか、本当に、自分でもよくわからない…」  
俺はそういう風にしか言えなかった。  
「…なに、その、目……?!」  
彼女はなにかひどく怖ろしいものでも見ているかのように震えていた。  
 
「さっきから…嫌。  
どうしてそんな…、遠い、遠い目で!!!! 僕を見るの!!!!!」  
彼女は俺の変化を目ざとく見つけ、そうなじる。  
 
幼く、小さい、頼りない少女。  
そうだ、ずっと知っていたはずなのに。  
こんなにも暗い家の中で、押しつぶされそうになりながら、それでも俺たちを守ってくれていた  
んだってこと。  
俺の心のなかにいた何かが、慊人のなかにいる何かをいつも畏怖していて、それが故に、彼女は  
もっと強くて力のある存在だと思っていた。  
そして、俺たちは不変の絆だと信じて、慊人にすべてを預けていた。彼女に課せられた苦しみを  
分かち合おうともしないで。  
彼女は、こんなにも脆くて、壊れそうな存在だったのに。  
 
「ねえ……紅野!! いかないで!! いかないで!! どこにもいかないで!!!!」  
慊人はたったいま親に棄てられそうになっている子供のように、あられもなく泣く。  
既に変わってしまった何かを、必死に繋ぎとめるように。  
 
「離れないで!! 側にいて!! 離れないで!!   
僕の側に、ずっといて!!!」  
そう叫んで彼女が縋り付いてきたとき、奇妙な幸福感を感じていた。  
あのとき、俺が絆を失ったあのときに感じた寂寥感と同じような気持ちを、彼女もいま感じて  
くれているのだろうか。  
そう思うと、ぽっかりと心の中に大きく開いた穴が、すこしだけ埋まる気がした。  
「僕を置いていかないで!!!! 僕を……、僕を見捨てないでえぇっっ!!!!」  
慊人は涙を拭いもせずに必死に縋ってくる。  
 
「行かないで、行かないで!! ……そう、好きなの!! 愛しているの!! ずっと側にいて欲しいの!!」  
そう叫ぶ彼女の目に浮かんでいるのは、思慕の情ではなく、狂気。  
俺の中には無くなってしまった絆に、彼女はまだ縛られているのだ。彼女がそばにいて欲しいのは、  
『酉』憑きであって、いまの僕ではない。  
 
 
「……いいよ」  
そう言った俺の気持ちを、果たして彼女が知る日は来るのだろうか。  
「こんな俺でもいいと、側にいて欲しいと、言うのなら。」  
たったひとりで、何かを失った。心の中心を息苦しく占めていた何かを。  
そして俺は本当にひとりぼっちになった。この寂しさを、分かってくれる人なんていない。どうやって、  
心に開いた大きな穴を埋めればいいのか分からない。  
『物の怪』憑きだなんて、草摩の中でも知っている人間はごく僅かだ。  
まして、『物の怪』が消えてしまったなんて。誰にも言える筈はない。  
このまま、心に大きな穴を抱えて生きていくとしたら──きっと、一番似た気持ちを抱えているのは、  
目の前の小さな女の子なんじゃないかと、俺はそのとき思ったのだ。  
 
「ほんと? ずっとずっと、そばにいてくれる? やくそく、してくれる?」  
彼女が見ているのは、俺ではなかった。俺の中にある、物の怪の残像。  
いまだ彼女が縛られる、呪いのような絆。  
「誓うよ。」  
それでも、身体の半分を失ったような俺は、誰かにそう言われることを強烈に欲していた。ここにいて、と。  
誰かに繋ぎとめて欲しい、縛りつけて欲しい。そうしないと、どこかへ──どこかの虚空へと、心が  
消えていってしまう。  
 
「僕のこと、好き?」  
「好きだよ」  
俺にしがみつく彼女はまだ、震えていた。か細く華奢な肩。  
こんなに細い肩で草摩の一族の長として立たねばならない彼女の、そばにいてあげたいと、助けて  
あげたいと、思っていた。ついこのあいだまでは。  
でもいまは、そんなことよりも、ただひたすら、繋ぎとめて欲しい。  
「愛してる?」  
「愛してるよ」  
慊人は狂気を瞳に宿したまま、うつろに笑った。  
「じゃあ、────て。」  
「え?」  
「じゃあ、僕を抱いて。好きだと、愛していると、ずっとそばにいると、証明して。」  
彼女は、いつもきつく合わせてある夜着の襟を緩めた。  
華奢な彼女は、まだ胸の肉付きも薄く、華奢な男の子だと言っても通るくらいだ。  
でも、少しでも気を緩めてしまうと、いつも押さえつけている女の子としての顔が溢れてしまう。  
そのときの慊人は、傷つき、怯えるか弱い少女だった。  
 
俺は何か答える代わりに、彼女をつよく抱き寄せ、その首元にくちづけた。それから、唇に。  
何度も何度もくちづけた。  
 
何もかもが、間違っていた。  
そうやって関係を築くには、慊人はまだ幼すぎた。  
慊人は当主であり、俺は『酉憑き』として本家に住まわされている身であり、俺は慊人よりも年上で、  
彼女を諌めるべき立場だった。  
慊人はそんなことをしなくても充分に俺を繋ぎとめられるんだよ、と教えてあげなければいけなかった。  
 
でも、そのときの彼女は、傷ついて、怯えて、すこしでも突き放せば、壊れてしまいそうだった。  
だから────と、俺は自分に言い訳をする。  
だから、俺が彼女を抱くのは、正しいのだと。そうするしか、なかったのだと。  
彼女の願いを叶えるのは、彼女のためなのだと。  
 
でも本当は、特別な関係を切実に求めていたのは、俺のほうだ。  
心をもぎ取られて、寂しくて仕方なくて、幼い彼女に縋ったのだ。  
彼女が俺を見ていなくても、よかった。  
むしろ彼女の妄執が、狂気こそが、俺の大きな喪失を埋めた。  
何もかも失った俺を、誰かに必死で、全身全霊で、何もかもかなぐり捨てて、強く強く求めて欲しかった。  
そして慊人はそうした。  
だから、俺は彼女を愛した。  
 
 
慊人の帯を解いて、着物を剥ぎ取ると、なめらかな肌があらわれた。細い肩幅と、華奢な腕。  
こんな身体で、どうして男の子だと思わせておけるのだろう。  
まだ薄く肉付き始めたばかりの胸は、それでも先端をそっと浮き立たせて、恥ずかしそうに主張していた。  
「まだ胸用の下着は、着けてないんだね。」  
「そんなのは…っ、女がつけるものだ…!!」  
慊人は怒ったようにそう吐き棄てる。  
生まれたときから、母親の強い意向で、男として育てられた慊人。  
なのにいま、俺を引き止めるために、女を使おうとしている矛盾には、気付いていないようだった。  
「……可愛い。」  
支配者(あるじ)としてではなく、女の子としての慊人に、愛しさがこみ上げる。  
「そんなことはどうでもいい。おまえは僕のしもべなんだから、僕の言うことに、従っていれば  
いい……っ!!!」  
俺の腕の中で慊人は、無防備な肌を晒しながら、ずっと震えていた。  
この脆さを、危なっかしさを、どうしていままで威厳として見てこられたのだろう。  
この小さな女の子には、守ってあげる誰かが、──そう、誰かが、『必要』なのに。  
 
「僕のこと、好き? 愛してる? ずっと側にいる?」  
世界が壊れる恐怖に、初めての行為に、自分に触れる男の身体に怯えながら、彼女は必死に  
問いかける。  
「好きだよ、愛してるよ、ほら、証明してあげる。」  
硬くなった男の部分を触らされて慊人はひっ、と声を上げる。  
「……怖い?」  
「怖くなんか、あるもんか。父様が仰ってた。僕は愛されるために生まれてきたんだって。  
絆は永遠で不変で、何の心配もいらないんだって。  
だから、おまえが僕を愛してるのは、当然なの。当たり前なんだ……っ。  
だって、おまえは、酉の物の怪憑きなんだもの……!!!」  
慊人は泣きじゃくるようにそう言う。  
 
俺はできるだけゆっくりと、彼女の幼い身体をほぐしてあげた。  
慊人は震えながら、好き? 愛してる? 側にいてくれる? と熱に浮かされたように繰り返している。  
何度でも何度でも、好きだよ、愛してるよ、側にいるよ、と俺は囁いた。  
俺たちは拙くて、未熟だったけれど、たしかに互いに強い絆を欲したのだ。  
 
「大切なご主人様の初めてを貰ったりしたら、もう永遠に仕えなければならないね。  
だから、安心して。ずっと側にいる。」  
「ああぁあ……っっ!!!!」  
慊人は俺の背に細い爪を食い込ませながら、身体を貫かれる痛みに耐えている。  
「愛してる、愛してるよ。ずっと側にいる。誓うよ。」  
強く抱きしめた彼女の耳許に、そうやさしく囁く。  
「ひ…っ、や…あ、ああ、あぁあぁああぁ……っっ!!!!」  
そして神聖な儀式のように、少しずつ、少しずつ、自分の分身を、愛しい少女の中へと埋め込んでいった。  
 
 
 
その日から、俺と慊人は、周囲を欺く共犯者になった。  
 
 
 
     ──おわり──  
 
 
 

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