『君はいつまでここにいるの?』  
 
そんなの知らない……知りたくない。  
何でみんな僕から離れようとするの?  
愛されたいと思うのが何故いけないの?  
僕はその為に生まれて来たのに、  
 
いつもいつも寂しくて、  
いつもいつもひとりぼっち。  
 
どんなに抱きしめられても、僕の心は満たされない。  
僕だけを見て、僕だけを愛して。  
 
「もしかして透君、夾のこと好きだったりして。」  
唐突な言葉。  
本田透が夾を……?どういう……  
「好きって…アレですよ、LOVEの方♪」  
「……っ、ふざけるなっ!  
馬鹿馬鹿しい……化け物だから同情しているんだよ。」  
心なしか紫呉は僕を嘲笑うかのように言った。  
「まあ……ボクがそう感じるだけで。慊人さんにはどうでもいい話ですがね。」  
 
馬鹿げた話だ……  
だけど  まさか―――  
あの女 夾を救いたいとかそんなことを考えている――?  
 
『ズキン』  
まただ  
…胸が痛くて、頭もクラクラする。  
夾の事なんてどうでもいいと思っているのに、  
あんな汚い化け物なんて見たくもないと思っているのに――  
 
何故なんだ…?  
怖い…怖いんだ  
また一つずつ僕から剥がれていく空虚な感覚。  
夾はあの女の為に僕から離れる事なんて出来るだろうか?  
本田透を選んだりするのだろうか?  
 
そんなのありえない あいつは僕から離れられない。  
 
でも  
 
もし夾があの女を選んだとしたら  
 
僕は許さない、絶対に許さない!  
 
あの化け物は僕の物だ、渡さない、あの女にだけは渡さない!!  
 
夾……今すぐ僕の所へ来て  
 
行かないで  
お前まで、僕を置いていかないで  
何でもするから  
化け物の君を、僕は好きでいてあげるから。  
 
『悔しいのはボクのほうなんだ』  
 
あいつの笑顔を見ていられるだけで良かったんだ。  
とっくにあいつの気持ちは気付いていたくせに  
知らないフリをして俺は過ちを冒し続けた。  
傍にいられるだけで良かったから……  
 
“そんなことあるわけない―”  
そうやって言い訳して、繰り返す。  
 
――出会わなければ良かった  
 
俺は透の視線を感じるのが日に日に辛くなって  
心のどこかでそれをうれしいと思う自分がいるのに、  
それを強い別の何かがそれを打ち消していく。  
 
『お前のせいで お前なんかいなければ良かったのに   
可哀想に……みんなが不幸になるよ』  
 
ごめんな 透  
お前の笑顔の傍にいるのが辛くて堪らない。  
 
夾は自ら本家に足を運んだ。  
 
それはもう自分の未来をここに選んだ末路。  
暗く閉ざされた途方もない世界。  
真っ暗な小さな闇の中でたった一人で一生を送るかもしれない自分。  
 
怖い……本当は怖くて堪らない  
元に戻るなら今しかないのに、  
後戻り出来ない一歩を踏み出しながら  
 
誰でもいい、傍にいてほしい  
 
と縋る自分。  
 
全身の血の気が引くのを感じていたら、  
もう一人の自分が耳打ちしてきた。  
この暗い闇を容認していて、  
 
これでいいんだよ?  
 
と安心させる。  
 
いいんだ、これでいいんだ。  
誰も彼もいつか自分の事なんて忘れてくれる。  
時が経てば、最初から”俺はなかった”ことになるはず。  
 
自ら閉ざされた闇の世界へ  
夾は慊人の元へ向かった。  
 
 
本家に着いた夾。  
 
あっという間に本家は騒がしくなった。  
それもそうだろう。猫憑きが正面をきってやってきたのだから。  
草摩の女中らしき者たちは汚物を見るように袖で顔を覆い隠す者もいる。  
「猫憑きがわざわざ幽閉されにきたんだよ」  
失笑する者もいた。  
そんな中、息急く声。余裕のないバタバタとした足音。  
 
「夾!?本当に夾なの!!!」  
 
着物も振り乱しながら長い廊下を走ってきた慊人。  
夾を見つけるなり、この上ない喜びに満ちた表情で夾を抱きしめながら呟いた。  
「待ってた……ずっと待ってた 夾から来てくれるなんて…!!!  
いい子だね…夾はやっぱりいい子だね……僕は君が大好きだよ……」  
 
草摩の連中にとって猫憑きを抱きしめる慊人の姿は異様に映り、  
この当主の行動に恐れおののいた。  
 
『待ってた……ずっと待ってた』  
 
夾は慊人が自分の幽閉をこんなに心待ちされていたのかと思うと、  
体中が凍りつくような感覚に陥った。身震いが止まらず、青褪めていく。  
 
捨てられた子猫のように怯えるそんな夾が可笑しくて堪らない。  
慊人にとってそんな夾の姿は滑稽以外の何物でもなかった。  
 
この化け物は僕をこんなにも恐れていて、  
僕の存在がちゃんとあることを示している。  
 
「どうしたの……?僕のこと怖いの?  
これからずっとひとりぼっちの君を こんなに心配している僕が怖い……?」  
 
「やめろ……!」  
 
自分の覚悟が案外とても脆くて、  
この先の闇を受け入れる用意なんて本当はなかったことが情けなかった。  
夾は頭を抱え込んでしゃがみこむ。  
すっかり生気を失った夾は、  
慊人に半ば強引に手を引かれるままに猫憑きの離れに向かった。  
 
目を開くとそこは想像通りの世界。  
戸を閉め切れば外の光もわずかなくらいしか入らない暗い部屋。  
それでもその隙間から見える空はとても明るいような気がして、  
その明るさがこことの違いを鮮明さを浮き彫りにした。  
 
「うわあぁああああぁー」  
夾はなだれ込むように頭を抱え蹲る。。  
 
蹲る夾を見下ろす。  
「怖い?なんで怖いの?これからのお前はずっと何も嫌なことを考えずに生きていられるのに。何もない世界、裏切ることも、られることもない、お前だけの場所。  
それにお前には僕がいるだろ?……僕だけはお前を忘れない。」  
慊人は夾の目線にまでかがみ、顎をくっと上げて耳元で囁いた。  
 
もしかしたら本当にすがるのはこの男だけなのかもしれない。  
俺を一人にしないでくれ、誰でもいいから傍にいてほしい。  
 
夾の心情はもう限界まできていて、慊人でさえも縋るしかなかった。  
 
「じゃあね、夾…またくるから。」  
 
「慊人!慊人っ!!」  
 
数日が過ぎても慊人は夾の元へ通うことはなかった。  
手中に入った夾は面白みもなにもない。  
 
つまらない……  
 
慊人にとって夾は元々どうでもいい存在なのだ。  
 
ただ、本田透にさえ渡らなければ……  
 
そんな中紫呉が慊人の元へやってきた。  
「お久しぶりですね。元気でしたか?」  
久々に見た紫呉は相変わらずの飄々とした態度。  
「お前……何やってたんだよ!何で全然来ないんだよ!!!  
僕が嫌いになったの??僕を一人にしてそんなに楽しいの??」  
涙目になって訴える慊人。  
「おや……?僕のことそんなに待っててくれてたんですか?  
カワイイですねぇ、慊人さんは……」  
この調子で振り回される自分が腹立たしかった。  
そんな自分が歯痒くて堪らない。  
 
「……透くんがねぇ……」  
 
唐突に紫呉が呟く。  
「毎日泣いているんですよ。きっと夾がいなくなったからだね。  
可哀想で……僕でさえもそう思ってしまうというか……」  
 
慊人の表情が一変した。  
「な……何で紫呉があの女のこと……  
何であの女のことを心配しなくちゃいけないんだよっ!! 」  
 
紫呉の口から可哀想なんて言葉が出るとは思いもしなかった。  
誰も彼もみんな本田透に毒されて、僕たちの不変の絆も打ち砕かれた。  
 
あの女……!!!  
メチャクチャにしてやる。  
あの女だけは嫌なんだ、駄目なんだ……!  
 
「紫呉……  
本田透に言っといて。夾は僕を選んだんだよって。」  
 
「…………はい。伝えておきます。」  
紫呉はにっこりとしてそう答えた。  
 
慊人はあの日以来初めて猫憑きの離れに向かった。  
そこで見た無残な光景。  
 
おそらく暗い部屋の中で正気を失った夾が暴れた跡だろう。  
食事はあちこちにひっくり返り、異臭を放っている。  
部屋の隅で上半身は何も纏わず、壁によしかかり宙を向いている夾。  
慊人の気配も無視し、ただ一点を見つめている。  
憂いを帯びたその表情に慊人は一瞬釘付けになった。  
 
そんな夾に恐る恐る近づき表情を伺った。  
 
「夾……ごめんね。僕が来なかった事怒ってる……?」  
「……」  
「僕は忘れていたわけじゃないんだよ?  
ねえ……返事して、夾。」  
「……」  
 
これほどまでに自分は折れているのに、夾の反応が歯がゆかった。  
自分を無視する夾に慊人は禁句を口にする。  
 
「本田透を……」  
 
「……!」  
夾の表情が一瞬固まる。  
否や、慊人の態度が一変した。  
 
「ヘ……へぇ……?お前もしかして、本田透を忘れるために僕を利用したってことないよねぇ……?」  
 
夾の瞳孔がかっと開いたかと思うと、すぐに慊人の視線から逃れようとフイッ顔を横に逸らした。  
そんな夾の顎をくっと自分に向け、落ち着きを払って続ける。  
 
「僕は怒ってるわけじゃないんだよ?ただ夾が僕を無視するから少し腹が立っただけ――  
夾さえ僕のことをちゃんと見ていれば怒ったりなんてしない。  
本田透を忘れたい……?」  
 
「……ッ」  
 
「あの女はお前を忘れていくのに、お前はずっとあの女の幻影を彷徨うの?  
夾は可哀想だね。夾ばかり辛くて可哀想だね……」  
 
俺は可哀想でも何でもない。  
それにこの男が自分を可哀想だとか思ってもいないことも分かってる。  
ただ、今の自分には一番触れてほしくないのは事実で、  
 
思い出したくないのに、忘れたいのに、  
願えば願うほど出てくるのは透の笑顔ばかり。  
現実が情けなくて、今ここで生きている自分もいらなくて  
 
夾の目から大粒の涙が溢れる。そして口から出た言葉――  
 
「忘れたい……」  
 
下を向いて大粒の涙を落とす夾。  
顔は隠れて見えなかったが、あの女の存在の大きさのようなものを改めて感じ取り  
今まで夾には抱かなかった“嫉妬”のようなものが沸々と湧き上がるのを感じた。  
 
 
「忘れさせてあげようか……?」  
 
夾の肩がピクッと反応する。  
 
「……君に僕の秘密を教えてあげる。いい?誰にも言っちゃ駄目だよ。  
僕とお前だけの秘密――」  
 
慊人の手は夾の手を取り、自分の懐へ導いた。  
 
それは感じたことのない柔らかな感触。  
触れたことのない懐にあるものはまぎれもなく“女の胸”だった。  
驚いた夾は慌てて手を引き抜く。  
 
慊人が女……?ウソだろ?  
男にやたらベタベタしていた訳、女には特別冷たかった訳――  
 
 
いろんな事を一度に考えすぎて混乱する……  
混乱する夾の前で慊人は囁く  
 
「夾……もう分かったんだろ。  
お前が本田透を忘れる為なら、僕だけを想う為なら、  
僕は君の傍にいてあげる。  
忘れたりなんかしない。だから君も僕を裏切らないで。  
僕と君だけの秘密。  
ここは誰にも邪魔されない二人だけの場所――。」  
 
夾の頬に手を添え、慊人が近づく。  
今まで見たことのない“女”の顔。  
優しい口付け―これがあの慊人なんだろうか……?  
 
拒否することも出来るのに、  
何故俺はしないんだろう  
 
催眠術にでもかかったかのように、慊人の妖艶な誘いに惑わされる。  
 
夾は帯を解き、着物を一気に脱がせて慊人を抱いた――  
 
経験のない夾は欲だけが走る。  
半ば強引に慊人の身体を弄り、ただ本能のままに突き進む。  
 
すると慊人がふと笑みを浮かべ、さりげなく手を取り夾の暴走を止める。  
 
「そんな無理やりしたら痛いだけだよ……?」  
 
甘い言葉で慊人に自制を促される。  
今まで味わったことのない止められない欲望。  
 
この唇、この首筋、柔らかな膨らみ、  
潤った場所……  
 
自制を促されても、  
今なら拒否されることもないような気がして、  
一度ついた“火”は止められないから――― 夾はただただ貪欲に慊人を求め続けた。  
 
夾……んんっ…あぁぁっ…ああああっ…んんっ…っ…っ…」  
 
今自分を必死に求めてくるのはまぎれもなく夾という化け物。  
何故あんなに気持ち悪いと思っていたこの男に抱かれているんだろう。  
何故こんなにこの男が愛しく感じられるのだろう。  
 
そういえば僕はこんな風に求められたことがあっただろうか……  
紫呉……  
いつも求めているのは自分だったような気がする。  
あの男の慣れた情事にいつも自分だけが溺れ、飄々とした表情がたまらなく悔しかった。  
 
慊人を抱きながら夾は慊人の目から一瞬光るものに気付いた。  
「慊人……?」  
 
自分の行為が慊人を苦しめている気がして、一気に慊人から身体を引いた。  
 
「駄目っ!!」  
 
僕を離さないで 僕を置いていかないで……!  
 
慊人は夾の懐に飛び込んだ。  
自分の行為に屈辱を感じながらも、気付かぬ間に夾に溺れていく。  
 
慊人の寂しさの様なものを感じていた夾は、慊人を優しく愛撫するのだった。  
 
それからの二人は会う度に逢瀬を重ねた。  
不器用に、たどたどしく自分を求めていた夾はいなくなっていて、  
いつしか情事の主導権は夾に握られていた。  
慊人にとって最早自分を快楽の道に進めてくれるのは夾でしかなかった。  
 
 
まだ慊人がやってこない昼下がり。  
外の光は一番明るさを増している時。夾は外をぼんやり眺めながら壁によしかかる。  
 
こんな時、思い出されるのはやはり透――  
外の明るさは透と重なり、  
一人になるとふと頭がよぎって、それを打ち消そうとすると鮮明に蘇り頭から離れない。  
 
どんなに慊人と身体を重ねても、自分から離れていかない透への想い。  
この気持ちを持ったまま 俺は慊人を求めることが出来る。  
そんな自分に罪悪感を感じつつ、出ることのない檻をいい事に、  
忘れたフリをする。  
 
外から聞こえる声。  
 
「キョー……!キョー……!  
いるんなら返事をして!僕の話を聞いて……!」  
 
紅葉……?  
何でここに……??  
 
「いるんでしょ?ここにキョーはいるんだよね?お願いだから僕の話を聞いて!  
トールがね、泣いてるの……いつも泣いてるの……」  
 
透…………  
 
「トールの為に、お願い、戻ってきて!  
元気がないのに、辛いのに、僕たちの前じゃいつも笑ってる。  
でもいつか倒れてしまいそうで、いなくなってしまいそうで。  
キョーがいないとトールはトールになれない……」  
 
今ここで俺が何か言う資格があるわけがない。  
俺は透から逃げたんだ。  
あいつへの罪を負わずに――  
辛い顔を見るくらいなら、自分の都合に任せて透の前から消えたこの俺が  
のこのこあいつの前に出て行ける訳がない。  
 
「いるんでしょ……返事してよキョー……  
…………トールがいなくなってしまったら……  
もしも“死んで”しまったら  キョーのせいだ……!」  
 
胸が張り裂けそうだった。  
一番聞きたくない言葉だった。  
 
どれだけの人が俺のせいでいなくなったんだろう。  
俺がいなかったらどんなによかっただろう。  
俺がいるからあいつを苦しめる―――  
   
でも  
 
あいつの気持ちにとっくに気付いていた。  
俺は気付かないフリをして  
俺だけ好きならそれでいいとか ムシいい話だ――  
お前から消えることが  
お前の為だと思っていたのに  
お前が俺を想うことで辛い思いをしていたとしたなら――  
 
夾の気持ちが揺れる中、慊人が息を切らせてやってくる。  
 
「夾!紅葉の話なんてウソだ!あいつはウソをついてる!!  
駄目!行かないで!!お願い……!!!僕を置いていかないで…………」  
 
グシュグシュと夾に必死で縋りつき泣く慊人。  
 
慊人――  
そんな慊人を置いていけないと思った。  
泣いている女の子にいつしか愛しさも感じた。  
 
でもそれ以上に  
どんなに慊人を抱いても透を忘れることが出来なくて  
アイツが悲しい思いをしているのなら アイツが幸せに生きていく為なら  
例え透の傍にいるのは俺じゃなかったとしても 笑っている顔が見たいと思った。  
幸せな姿をこの目で見届けたいと思った。  
 
慊人の前に立ち、両手で慊人の頬を包み込む。  
「夾……?」  
夾は涙を流して言葉を発した。  
それは聞こえない声、もしかしたら聞きたくない言葉。  
 
「ごめん……慊人」  
 
ああ……  
自分は何度裏切られたらいいんだろう。  
こんな風になるのは心のどこかで感じていた。  
いつも感じていた不安。また置いていかれる恐怖。  
誰も僕を必要としてくれない。  
 
いつだって僕は―――  
 
「お前……許さないから!!!  
絶対にお前はあの女を不幸にするよ!馬鹿だなお前は究極の馬鹿だ!!!!  
お前なんて結局ここしか戻る場所がないのに……  
…………  
……僕は君さえ正気になればいつでも許してあげるのに……」  
 
だんだん力が抜けていく言葉の勢い。  
 
どう繕っても夾が戻ることはないんだろう。  
それが分かるから、僕はお前を侮辱することしか出来ない。  
 
「気持ち悪い。  
お前……いらないんだよ。もともとお前なんていらない存在なんだよ。」  
 
いつもの冷たい慊人。  
 
夾は慊人を置いてこの檻を出て行った。  
一人になった慊人は背を向けたまま夾に振り返ることはなかった。  
 
「まさか夾に捨てられるとはね……」  
 
いつからいたのか……紫呉はわざと慊人を煽るように言う。  
 
捨てられたのは僕の方……?  
 
「何言ってるの?あいつを捨てたのは僕だよ。見てなかったの?」  
 
「あ、そうでしたか。そうですよね、慊人さんが夾に捨てられる訳ないか。」  
 
もうこんな言葉に真実味なんてない。  
それでもこう言わなければならないのは……それだけが自分を支える杖。  
 
「紫呉……僕の事抱いてもいいよ。その為にきたんだよね。」  
 
後ろを向いたままの慊人。どんなに自分を保っているかが伺いしれる。  
そんな慊人に敢えて紫呉は言葉を返す。  
 
「慊人さんが“望む”なら、僕はいつでもあなたを抱きますよ。僕は忠実な“イヌ”ですから。」  
 
紫呉の忠実な物言いとは裏腹に、表情は黒い心を曝け出していた。  
 
 
他所を向いている君が悪い。  
それに気付かない限り、僕はずっと君を傷つけるだろう。  
僕から求めるようになるとしたら、君に僕しかいなくなる時だ。  
 
紫呉の歪んだ愛が慊人を苦しめる。  
 
 
「抱かれてあげる。」  
 
こういう言い方しか出来ない僕をわざと苦しめるんだね。  
僕が望まないと、紫呉は求めてくれない。  
僕がどんなに望んでいるかわかっているくせに  
紫呉は知らないフリをして 僕を試すんだね。  
 
 
でも――  
幸せに感じた瞬間は確かにあった。  
夾……僕だけを求めてくれたあの一瞬を忘れない。  
 
僕を必要としてくれたあの時が忘れられない。  
 
 

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