中庭に面した縁側に、何かをするでもなく、
ただひたすら時間が流れるのを待っているような青年がいた。
誰にも会うな。
そう慊人に言われれば誰にも会うこともなく、
慊人の命令は彼の中では絶対だった。
一般人は勿論、他の十二支から言わせれば
人生の半分以上を損している、
とも言えなくも無い。
幼い頃にはまだ、自由と呼べる時間があったのかもしれない。
しかし、今は、今の生活に慣れすぎて、
その生活は彼にとって、ごく普通で当たり前のことであった。
「お―い。紅野クン。」
やることもなく空を見上げていると、中庭の反対側から声が掛けられた。
声と、名前の呼び方で誰が呼んでいるかはすぐに分かった。
正直、あまり関わりたくない、とも思った。
声の方向に目を向けると、やはりあの人がいた。
あの人はしばらくすると長い廊下を歩いて、こちらへと向かってきている。
「・・・・・」
軽く頭を下げた。
今日は慊人に特別に何か言われたわけではない。
だが、何時もあまり他人に関わるな。と言われている。
故にこれが紅野の最低限の挨拶だった。
「相変わらずだね。・・・面倒臭いから用件だけ言うんだけど。」
プラスチックのケ―スにCDディスクが入っている。
それをちらちらと見せている。
「これは紅葉が君に渡すはずのDVD・・・・の更にダビングしたDVD―!」
DVDはビデオテ―プみたいなものだよ。と笑いながら言った。
からかわれているのか、
貶されているのか、
それとも他に何か意図があるのか、
よく分からないでいた。
「絶対に渡すって、紅葉が言っていたけどね。勝手に僕が持ってきたよ。」
一体そのDVDに何が映っているのかは知らないが、
少々引っかかるものがあったのは事実だ。
「はい。ど―ぞ。」
DVDの入ったプラスチックのケ―スを突きつけられる。
少し戸惑いながらも、ケ―スに手を伸ばした。
「・・・・・・な――んちゃって」
あと少しで受け取れそうな時、
突然ケ―スを手元に引っ込めた。
どういうつもりなのか、やはり理解が出来ない。
「この僕がすぐにあげると思う?」
ケ―スを着物の内着の中に仕舞いながら、
にやりと笑った。
「僕は別にいらないから、あげても良いんだけど…」
ならば、すぐに渡して欲しい。
そう紅野は切実に願った。
「1つ条件を呑んでくれるんだったらあげる。…簡単なものだから大丈夫だって。」
最初から、反すること何ぞ出来ずに、
紅野は素直に受け入れた。
『そうだね。明日の夕方に慊人さんの部屋で条件を伝えるよ。』
帰り際にそう言い放った彼の言葉が、
未だに脳内から離れない。
『別に僕は、君がその条件を呑むか呑まないかなんて、どっちでも良いけどね…。』
ただ笑っているその表情が、
何か企んでいるのではないかと、
内心疑っていた。
そろそろ、約束の頃合いだ。
小さく襖を叩いて、
返事を待つ前に紅野は部屋の襖を開け、
そして驚きの余りに呆然と立ち尽くした。
「・・・やぁ。随分と遅かったね?」
障子から差し込む鮮やかな夕日が、
眩いくらい部屋を明るく照らしている。
「んんっ・・・くれ、の・・・?」
口の中に指に咥内を掻き回され、
半分脱げかかった白い着物の合間からは白い素肌が覗き、
何度か見たことがある筈なのに、慊人のその肌の白さに思わず目を奪われた。
「これ、は・・・」
どうして良いのかが分からずに、
多少戸惑っていたが、
今どのような状況になっているか考える前に、
しばらく見つめていた慊人から目を逸らし、
その慊人を覆っている紫呉に目を向けた。
「夕方っていうのは時間帯がまばらになるから駄目だね」
くすっと小さく笑い、
慊人の後ろから強く突いた。
「んあっ・・・!!」
来訪者である自分のことをどうこう言うよりも、
慊人は目の前にある快楽にただ応えるだけだった。
「呼んでおいて悪いけど。ちょっと、待ってて」
紅野自身がどれくらい呆然と
紫呉と慊人の交わっている姿を見たのかは分からない。
だが、すぐに慊人は声を上げ、
達した。
「はぁっ、はぁっ、・・・・ん・・・っ」
びくびくと身体を痙攣させながら、
後ろの紫呉に身体を預けている。
「で。このDVDだったよね?」
慊人の肩を抱きながら近くの机に手を伸ばして、
ケ―スを手に取る。
「条件は簡単。君が僕よりも慊人さんをイかせることが出来たらちゃんとあげるよ。」
「・・・そ、んな、馬鹿なこと・・・・させるか」
小さく、荒い息で慊人が言った。
確かに本人にとっては最悪な話である。
だが、
もう既に紅野は襖を後ろ手で閉めていて。
『近づいてはならない、今すぐ自室に戻れ』
自分の中の理性が警告する。
けれども、
理性は警告しても身体は勝手に動いている。
そんな感覚が紅野を支配している。
彼が彼女を抱くのが嫌なのか、
それとも単に自分の理性が切れてしまっただけなのか、
今の自分に問いても、
答えは返ってこない。
「じゃあ、君がどれくらい慊人さんを知っているか慊人さんに直接訊いてみましょうか。」
かくして、狂乱な宴は始まった。
「紅野、やめ・・・っ!」
抗議を上げている慊人の言葉を無視し、
唇を塞ぐ。
上唇を軽く噛み、舌で吸い上げた。
「くれ・・・」
切なそうな声を口付けの間に漏らす。
3人で、何て思いもしなかったが。
それ以上にここまで慊人をこのような状態にした
紫呉を、ある意味凄いと思う。
「んぅ・・・っ」
口腔内に舌を差し込めば、
慊人自ら舌を絡ませてくる。
心地良い反応だった。
「あっ、んん・・・!」
絡めている舌の動きが一瞬止まった。
身体がびくりと、反応した。
視線を僅かにずらすと、慊人の胸に紫呉の手が回されていた。
「僕の存在を忘れないで下さいね、慊人さん」
慊人の耳元で呟いた言葉が、
紅野にも微かに聞こえた。
手の動きは包むように、優しく撫で、
それでも中心への愛撫は忘れないと、
小さくも絶対なる快楽を慊人に与えていた。
「・・・・・・・・・」
口から零れる唾液を舌で拭うと、
小刻みに震える慊人の足が無意識のうちに開かれていく、
先の行為で僅かな快楽も、
大きな快楽となりつつあった。
「っ・・・」
身体をずらし、
慊人の膝裏を抱えて、大きく両足を割った。
とろとろと愛液が溢れ出しているそこに夕日の光が当たり、
幻想的なものに見えた。
「何で、こんなことするんだよ!」
慊人が声を上擦らせながらも、叫んだ。
「・・・・・・別に、ただ思い知らせたいだけですよ。」
小さく、紫呉は言った。
紅野は表面上、無関心を装いながらも、耳を傾けながら、
慊人の十分慣らされたそこに舌を絡めた。
「んあっ・・・・ど、いう・・・んっ・・・?」
舌を絡め、
溢れ出している愛液を丹念に舐め取っていく。
羞恥と快楽が入り交ざった今の慊人は、
自分の発している言葉がちゃんとした言葉になっていない。
「わかりませんか?」
豊かな膨らみから手を離すと、
ぐいっと、
慊人の頬に手を添えて紫呉自身に振り向かせた。
「貴女は草摩家の当主でも何でもない。」
その言葉に、
紅野は頭を上げた。
そして紅野のそんな様子を見た紫呉はふわりと笑い、
「ただの『雌』なんですよ」
そう、言い放った。
慊人も、紅野も、一瞬彼が何と言ったのかが分からなかった。
「何をそんな・・・」
遅れて慊人が抗議を上げようとした。
いつもの、口先から出る殺傷力のある言葉が
喉元に痞えてすぐに出てこない。
「違いますか?男にこんな風に犯されているけれど、貴女は快楽に身を委ねている。」
慊人の額から頬へ、
一筋の汗が流れる。
「嫌がることをされているのに、逆にそれを求めているなんて…ただの『雌』でしょう?」
紫呉は慊人の首筋に顔を埋め、
『ね?』と、紅野に尋ねた。
慊人は快楽とは違う風に
頭を抑え、身体をびくびくと痙攣させている。
「世間でそういう人を淫乱って言うんですよ?知ってました?」
震えていた。
目を大きく見開いて、目尻に涙を浮かべて、
違うと、否定しているように頭を振って、
いつもの誰かを痛めつけている慊人は何処に行ったのだろうか。
それとも、いつもの慊人が偽りで。
これが本物の慊人という人物なのかもしれない。
何処に本物の慊人がいるのかが紅野には分からない。
「僕は、そんなんじゃ・・・な、い・・・」
口先だけではいくらでも否定できる。
だが、
本人の震え、涙を零し、そんな様子を見ていると、
慊人自身の中では自覚のようなものがあるのだろう。
そう思う。
「女が嫌いだったら貴女は自分のことが大嫌いだったでしょうね。じゃあ何故…?」
壊れてゆく。
狂ってゆく。
慊人が。
崩壊してゆく。
「貴女はただの雌だから、でしょう?」
子供に本を読み聞かせるような口調で、
確実に
紫呉は、
慊人を壊してゆく。
そんな2人を見て、聞いて、
どうすれば良いのか、
慊人を助ければ良い?
紫呉を止めれば良い?
否、
何も分からない、
何とかする術を知らない、
哀れな人間だと。
紅野はそれだけは自覚できた。
「雌は雌で大人しく雄に犯されていれば良いんですよ」
頬から手を離し、
膝裏を抱えた。
「紅野クンはこの子がどれくらい淫乱な雌か知らなかったでしょう?」
表情は、
相変わらず怖いほどに優しい笑みを浮かべている。
「・・・違う、ちがう・・・違う・・・」
消えそうな声で、慊人は呟いている。
「紅野クンはこっちの方を使ってないみたいだけど。こっちも良いものだよ?」
慊人の背中に唇を落とし、
準備はすでに済ませているそれを、
紅野が馴染ませた花弁と同じくらいに
ヒクヒクとしている後穴に突き立てた。
「いやあぁっ!!痛っ・・・痛い!!!」
じたばたと脚をバタつかせながら、
必死に後方から来る痛みに耐えていた。
「ひさしぶりだから流石にキツいですね?」
だが、何度も何度も腰を動かしていると、
慊人の悲痛な声が、
妖艶な響きへと変化していく。
「ふっ・・・あっ、あぁっ・・・」
「・・・これでもまだ、自分が『雌』じゃないって言えますか?」
自分は違う。
そう、言いたいし、信じたいのだろう。
「紅野クンも、そろそろ辛いのでは?」
紫呉はゆさゆさと突き上げながらも
慊人の膝が胸につくくらい、大きく脚を開かせる。
ちょうど慊人のそこを見せびらかすように。
「君も少し、この雌に思い知らせてやってはどうですか?」
その言葉と、慊人の普段と違う様子に後押しされ、
紫呉の代わりに慊人の膝裏を抱え、
立っているそれを、
花弁に突きいれた。
「っ!!!!」
前と後ろの威圧感に、慊人は絶句した。
前後から突き上げられ、何か言葉を発したいのに、出てこない。
「あっ・・・・ぅ・・・・んんっ・・・!!」
内部の締め付けは今まで紅野が交わった時の中で1番キツかった。
自分の分身が噛み付かれたかのような気分になった。
だが、それでも紅野自身も紫呉も、奥へと突き上げる。
「いたっ・・・痛っ・・・痛い・・・っ」
ぽろぽろと大粒の涙を流しながら
慊人は紅野の肩を強く掴む。
「・・・・・っ」
ぐちゅぐちゅという音と、慊人の喘ぎ声だけが部屋の中にこだましていった。
片手で胸を揉みながら、紫呉は慊人の耳元に口を寄せた。
「・・・イッ、ク・・・・っ!!!!」
慊人が一言漏らすと、内部はきゅうきゅうと圧縮した。
内部の圧縮に、紅野は息を飲む。
慊人の耳元に口を寄せていた紫呉は
「・・・・・・・・・ごめんね。」
そう、呟いた気がした。
「はい。約束のDVD。」
「・・・・・・・・・・・・」
慊人はあの後意識が飛んで、今は寝入っている。
きちんと綺麗にされ、無邪気な顔をして寝ている慊人を見て、
紅野の中に罪悪感が積もる。
「・・・やっぱり、後悔した?」
心の内を見透かしているかのような口調で、彼は尋ねる。
突き出されたDVDを受け取りながら紅野は小さく頷く。
「大丈夫だよ。きっとこの子は明日になったら覚えていないから。」
「?」
散々犯すだけ犯しておいて、
あの慊人が忘れる筈がない。
「・・・自分の心を守るため、だとはとりは言っていたけどね。」
それでも君は罪悪感が残るだろうけど。
そう表情が告げている。
「人間っていうのは不思議なもので、辛いことや悲しいことがあるとその記憶を消そうとするんだってさ。」
何処か思いつめた風貌で、ぽつりぽつりと語る。
「本当に慊人さんが嫌がって泣いてしまうくらい無理矢理犯した日は、慊人さん自身は覚えていない。」
自分の着崩した和服を直しながら喋り続ける。
「まぁ・・・僕だって罪悪感だらけだからね。」
「じゃあ、何故・・・」
罪悪感だらけなら、最初から酷い言葉を投げなければ良いのに。
「・・・・・・・そうだね。強いて言うなら。」
ちらりと、すぐ傍で寝ている慊人を見る。
何事も無かったように寝ている慊人を見て、安堵感が沸く。
「とても大事だから、かな?」
「大事・・・?」
何故だ?
言葉を繋ごうとするが、すぐに紫呉の言葉に断ち切られた。
「大事だから、大切だから、愛しいから、・・・だから傷つける。本当に馬鹿だよね・・・。」
小学生じゃあるまいし。と、布団を直しながら自嘲気味に笑う。
「彼女が傷ついて悲しいのは自分なのに。彼女を傷つける・・・その理由が分かる?」
「・・・慊人を自分のものだと分からせたい、とか?」
くすくすと肩で笑いながら、
紫呉は慊人の白い手を優しく握る。
「半分はそうかもしれない、けどね。半分は違うよ。」
すると、慊人の手は紫呉の手を握り返した。
そんな仕草に紫呉は顔を綻ばせる。
「僕の存在が慊人自身の中で大きかったことを、覚えていてほしい。ただそれだけさ」
僕は言葉でそれを上手く伝えられるほど器量の良い男じゃないから。
影を潜ませながらも、紫呉は笑った。
「な〜んて、カッコ良く言ったけど、ただの強姦魔なだけだけど。」
慊人から視線を離し、自分の方を見据えてくる。
「君まで巻き込んで悪かったね。」
紅野はその言葉を聞くと、慊人の部屋を後にした。
自室に戻り、
あの2人が互いの存在がどれくらい大きいのか、互いに理解しあえれば良いのに。
そう思いながらも、手の中のDVDをみつめた。