「・・・・・・で。風邪をうつされたのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そういうことです。」
あはは。と笑う声はいつもより乾いていて、聞いているこっちの喉が痛くなりそうだ。
喉だけじゃなく顔も真っ青でいかにも病人と言った雰囲気が出ている。
見ていて痛々しい。
「馬鹿だな」
「・・・・・・・・・・返す言葉もありません・・・」
そもそも、後片付けをし終えて慊人の傍でうとうとしていたらそのまま寝入ってしまい、
朝になると頭が痛く、身体がダルい。
あの情事の所為で風邪をうつされたらしく・・・こちらが最初に病人に手を出したので誰の所為にも出来ないが。
「頭痛い、身体ダルい、死ぬ・・・」
「・・・・それだけ無駄口叩ければ問題ないな。」
ただの流行りの風邪でこの男が死ぬ訳がない。
予感ではなく確信であり、それを確信だてるのは長年の付き合いというものだった。
「はーさん。何か冷たい・・・・僕がこんなに苦しんでいるのに!!」
「生憎だが、俺はお前に構っているほど暇じゃない。」
擦れた声で、青い顔で言っているものの、紫呉は間違いなく、元気だ。
そう思わずにはいられずに、はとりは立ち上がった。
「なんだ、僕の心配をしてきてくれたわけじゃないの?」
「今朝、本家に呼ばれただけだ。お前はあの子の容体を見にきたついでだ。」
ふーん。と、つまらなさそうに唇を尖らせた。
はとりはそのまま部屋を後にしようとした。
「ねぇ、慊人さんはもう大丈夫なの?」
紫呉の問いに、さぁな。とだけ答えて部屋を出て行った。
昨日の今日のこともあり、部屋の中は慊人が暴れた面影が残っている。
「熱は治まってきたようだな」
まだ微熱が多少残ってはいるものの、顔は元の血色を取り戻していて顔色が幾分良く見えた。
「・・・・・・・・」
相変わらず苦手なのは変わりないが。
今もひたすら押し黙り、はとりの声が届いているのか分からない。
「・・・・・どこか、具合の悪いところは?」
問いても、答えることなく、障子越しに外を眺めている。
一体この子の瞳には何が映っているのか。
そんな疑問を抱いた。
「・・・・・・・・・・・・大丈夫、みたいだな。」
何もないのならそれで良い、
適当な理由を作って、この場から立ち去りたい、
今の自分はこの子を恐れているのかもしれない…そんなことを思いながら。
見た所、なんともなさそうだ。大丈夫ならば、すぐに出て行こう。
はとりは立ち上がり、部屋を出ようと襖に手をかけた。
「・・・・・・・・・・・・・紫呉は?」
ようやく口を開いたかと思えば、第一声がそれだった。
「・・・風邪をひいて寝てる。」
まさか。と、思ったが内心意外な所を突かれた。
「心配しているのか・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に。あんな奴、どうでも良いよ」
長い沈黙の後、ぽつりと呟いた。
「さっさと治して顔出せって言っておいて。」
今日始めて、この子の目に自分が映り、
同時にはとりの抱えた疑問も解けた。
答えは何が、ではなく誰が、というものであったが。
部屋を出て、長い廊下の途中ではとりは小さく苦笑した。