*****
きっともう二度と来ないんだろうと、そう思っていた場所。
なのに私は、またここにいる。
楽羅の一糸まとわぬ肌に冷たい夜露がこぼれ落ちても、
雫はすぐに熱におかされ、流れる汗に混じってゆく。
「はぁっ・・・ あ、んああぁっ・・・」
吹き抜ける風が、目の前のオレンジ色を揺らした。
夜目が効かない猪憑きの楽羅には、その表情をはっきりとは読み取れない。
それでも全身で感じられるだけの、
その息遣いを。
その体温を。
・・・その楔の熱さを。
今夜の夾のすべてを、覚えておきたいと願った。
寂しいときに、悲しいときに。
独りぼっちの夜には、この日を思い出せるよう。
その日は、いつもより少し早く稽古が終わったものだから。
夾に全てを吐き出したあの日以来、言えなかったワガママを
すこしだけ遠慮がちに、楽羅は口にしてみた。
「ねえ、夾君。 草摩の近くまで一緒に帰らない?」
「あぁ? 反対方向だろーが」
「今日だけ・・・ね? ホントに今日だけでいいから」
楽羅が手のひらを顔の前で合わせ、『オネガイ』のポーズをとると
いつもの呆れ顔を見せて夾は屈した。
「・・・ったく、しょうがねえな」
それを聞いて楽羅は微笑む。
ぶっきらぼうな物言いだが、前みたいにトゲのある言い方ではない。
迷惑をかけているのは・・・ 少なからず煙たがられているのは、確かだけれど。
近ごろ夾君は、気を遣ってくれるようになった。 優しくなった。
・・・それは多分、夾君の悲痛な苦しみを、分かち合ってくれる人が出来たから。
透君が・・・ いるから。
鮮やかなオレンジ。 夜に溶けるブラウン。
二人並んで、街灯の下を歩く。
聞こえるのは二人分の足音と、かすかな遠吠えと、
並んだ灯りと同じようにぽつりぽつりと話す、楽羅の声だけ。
「・・・そしたら、店番のおばあさん笑ってね・・・」
「・・・で、それがレポートの締めきりの日で・・・」
「・・・学校出たら降っててね、傘が無かったから・・・」
独りきりの会話は、暗い空に吸い込まれていった。
やがて虚しくなって口を閉じ、辺りは静寂に包まれる。
・・・今こうして、世界でいちばん夾君の近くにいるのにね。
切ないよ。 どうしてこんなにも・・・ 遠いのかな。
・・・ 透君が・・・ いるから?
家に帰ったら、私は独りぼっち。 夾君は透君のとなり。
寂しいよ。 苦しいよ・・・ 夾君。
楽羅はふと立ち止まった。
少し先に進んでからそれに気付いた夾が、歩みを止めて振り向く。
今この時間だけは、夾君は私のとなりにいる。
でももしかしたら二度と、二人きりの時は来ないかもしれない。
だったら、最後に。
「ねえ・・・ 夾君」
最後に・・・ 一つだけ。
「あ?」
「あそこに行かない?」
「・・・どこだよ」
何も言わず、無理に作った笑顔で答えて。
面倒くさそうな夾の手を、強く握って楽羅は駆けた。
おいっ、と制止する声も無視して。
ごめんね夾君。
私、弱いから。
だから私に・・・一つだけでいいから、
切ないほど温かな、思い出をください・・・。
「おい楽羅、なんだってんだ?」
何も答えず、手を握ったままで、楽羅は階段を駆けのぼる。
あの場所へと続く階段。
幼い頃、二人で手をつないで遊んだ場所。
夾君の本当の姿を見て、私が逃げだした場所。
・・・置き去りにしておいた過去の私を、夾君にすべて打ち明けた場所。
この時間のここなら、誰も来ない。
側には草摩の家しか無いし、草摩はみな門限が厳しいためだ。
辿り着いた思い出の場所はきらびやかな冬の町に臨み、
その町の灯りと反対の柔らかな月光に照らされて、
今まで見たことのない一面を楽羅達に見せていた。
「なあ、おい。なんのつもりだよ?」
「お願い。本当にこれで最後にするから。もうワガママ言わないから」
繋いだままの手に、少しだけ力を込めて。
夾は楽羅が真剣な口調なのに気付いて、うつむく楽羅をいぶかしげに見つめる。
「・・・んだよ」
「夢だと思ってくれればいいから・・・」
「あぁ?」
楽羅は怪訝そうにしている夾を見上げながら、もう戻れないあの日を思う。
いつも私を追いかけていた、小さな夾君。
背中しか見えなくなってしまった、大きな夾君。
夾君。
目が合ったその瞬間に、楽羅は両手で夾の頭を引き寄せ、口づけた。
「んん・・・!?」
驚いて引き離そうとする夾にも構わず、息継ぎさえもせず、キスを続ける。
分かっている。夾は女性に対して、力任せに行動しないということ。
・・・だから夾が行為を望まなくとも、無理には引き離せないということも。
夾君、私は、卑怯だね。
息があがった夾が口を開いた隙に、楽羅はもっと深くまで舌を滑り込ませた。
ぎこちなく、慣れない舌遣いで、反応の無い夾の舌に自分のそれを絡ませる。
「んっ、ふ・・・はぁ・・・」
楽羅の唇から、鼻にかかった息遣いが喘ぎに変わってこぼれ落ちる。
夾は無理に楽羅を押しのけることもできずに、ただ楽羅の肩を掴んで
困惑しているようだった。
やがて自分も苦しくなり、楽羅は舌を解いて唇を離す。
混じり合った二人分の唾液を、愛しげにこくりと飲み込んだ。
「っふ・・・ん・・・」
「・・・っぐ、はあ・・・ おい楽羅、いきなり何しやがる・・・!」
夾は力を緩めた楽羅の腕から逃れ、乱れた息を整えながら問う。
楽羅は目を伏せ、複雑な表情で微笑んで、答えた。
「どうしようもなく寂しくなった時は、好きな人が恋しくなるから」
「・・・なんだよ。どうしようもなく寂しいってのか、今?」
「ううん。いつか寂しくなった時に、夾君が側にいなくても・・・」
言いながら薄手のコートを脱ぎ捨て、ブラウスのボタンに手をかける。
「このことを思い出せたら、少しだけでも幸せになれると思うの」
一つ、二つとボタンが外れ、ブラに包まれた形の良い胸が露わになってゆく。
ブラウスを脱ぎ終えた楽羅は、スカートのファスナーに手をかけた。
「だから・・・いつか独りぼっちになっても、大丈夫なように──」
少しためらってから、一気に降ろす。ぱさ、とスカートが落ちる。
楽羅は硬直している夾を真っ直ぐに見つめ、言った。
「──抱いて、夾君」
楽羅の身体は、普段の彼女からは想像できないほど成熟した『女』の形をしていた。
闇に映え、匂い立つような白い肌。引き締まった腰。思いのほか大きく、柔らかそうな胸・・・
夾は目を逸らすことも忘れてその姿を凝視し、やがてはっと我に返りながら慌てて後ろを向く。
「ばっ・・・馬鹿。お前を好きにはならないって言っただろうが」
「・・・うん。でも・・・ でもね・・・」
言葉にならない。
夾君。
私はいつまでも夾君の側にはいられないから。
明日にでも、永遠に離れ離れになってしまうかもしれないから。
だからこうして側にいる今・・・夾君に抱いて欲しいんだよ。
そうしたら、生きていけるから。独りで。夾君の側で。
夾君。
後ろを向いたままの夾の背中。
伝えたいたくさんの想いが、口にする暇もないくらいに次から次へと溢れ出す。
胸が苦しい。言葉にならない。楽羅はうつむき、涙声でただ呟いた。
「夾ちゃんっ・・・」
夾が、振り向く。
楽羅のその声に呼ばれたように、一陣の風が楽羅の髪を乱して吹き抜けた。
頬を打つ髪の感触に、楽羅は思わず目を閉じる。
幾秒か過ぎて目を開けた時、楽羅は夾の腕の中にいた。
目に映った広い胸に驚いて、見上げる。
夾は下着姿の楽羅から目を逸らし、呆れたような、困ったような、苦い顔をしていた。
「夾・・・ ちゃん」
「・・・んな格好のままじゃ、寒いだろうが」
温かい。
「風邪・・・ひいちまうだろ」
温かいよ。
「・・・夾ちゃん」
戸惑ったように、けれど心底嬉しそうに、繰り返し呼ぶ声。
背中に回った夾の腕が、遠慮がちに力を込める。
「・・・本当に、いいのか」
楽羅は、こくりと頷く。
「いいよ」
「俺は、本当に、絶対にお前を好きにはならない。それでも?」
「うん・・・いいよ」
「同情だったとしても・・・少しも気持ちがこもってなくてもか?」
夾は思った。こんな受け入れ方は、拒むよりも残酷だ、と。
俺の胸に顔をうずめた彼女は、押し黙ってどんな表情をしているんだろうか。
「・・・いいよ、夾ちゃん」
悲愴をたたえて震えた声に、夾はもう何も言わない。
一呼吸置いてゆっくりと、柔らかな草の上に楽羅を押し倒した。
貪るような荒々しいキス。
さっきとは逆に激しく蠢く夾の舌が、楽羅の口腔を侵す。
歯列をなぞり、上顎の粘膜を舌先でちろちろと刺激すると、
楽羅もそれに応えて舌を絡めてくる。
「っ・・・ん、っ・・・んぁ・・・」
夾は感じ始めた楽羅の嬌声に煽られ、キスを続けたままその肌に手を這わす。
首筋から肩へ、鎖骨へ・・・そしてその下の柔らかなふくらみに夾の指が辿り着いた時、
楽羅はぴくりと身体を震わせた。
その反応に夾は一瞬ためらうが、しかし手の動きは止めない。
「んっ・・・ぁ・・・」
ブラをつけたままでも分かる、その大きさと柔らかさ。
夾は手探りでフロントホックを外すと唇を離し、改めてその全貌を見つめた。
豊かな曲線を描いた二つの丘。その頂には慎ましやかな桜色の蕾が眠る。
誘われるようにしてゆっくりと乳房に触れ、中心の淡い尖りを撫でてみる。
「あ、やっ・・・! やぁ・・・ん・・・っ」
ピンクの先端を爪の先で引っ掻くようにすると、それは簡単に硬くなっていった。
指を使ってこねるような愛撫を繰り返すと、楽羅は頬を赤く染めて身悶える。
やがて夾が片方の乳房に唇を寄せ、その先端をゆっくりと舌で転がすと、
楽羅は背筋に走った今まで経験したことの無いほどの快感に、思わず悲鳴にも似た声をあげた。
「んああぁっ!」
夾はその大きな嬌声に驚きつつも、羞恥と快楽をはらんだ声色に嗜虐心をくすぐられ、
目をきゅっと閉じてぴくぴくと肩を震わせる楽羅の耳元で囁く。
「感じてんのか・・・?」
「ぁっ・・・ぅ、うんっ・・・はぁ・・・あ・・・」
既に快楽の熾火が燃え盛っている楽羅の身体は、夾の声の震動すらも快感として受け止める。
夾は耳をはみ、首筋に舌を這わせ、左手で柔らかな乳房を揉みしだく。
同時に右手をゆっくりと楽羅の下半身へと向かわせた。
細い腰をなぞり、今まだ固く閉じられた太股へと辿り着く。
「ふ、やぁっ・・・ぁんっ・・・」
するりと指を這わすと、たおやかな足がぴくぴくと震え、楽羅の口からは甘い声がこぼれる。
感じやすい場所を責められ、楽羅は自分の奥からとろりと熱いものが湧き出てくるのを感じた。
「ぁっ・・・」
じんわりと下着を濡らしていく、花芯の蜜。
秘所を伝ってこぼれるその感触は、あまりにもどかしい快感を楽羅にもたらす。
思わず両足をぎゅっと擦りあわせると、その快楽は夾の与えるそれと相まって
より多くの蜜を楽羅の秘唇に溢れさせた。
「ふっ・・・っくぅ・・・!」
夾は楽羅の異変に気付き、首筋と乳房への愛撫をやめる。
焦らすように太股をなぞっていた指先を、固く閉じられた楽羅の股間へと滑らせて
開放を催促するように蠢かすと、楽羅はぴくりと足を震わせ、力を抜いた。
片手で楽羅の足を開かせ、膝のあいだに自分の身体を割りいれると、
もう片方の手を伸ばし、まだ下着に包まれた秘所をそっと撫でる。
「・・・濡れてるな」
「っ・・・やぁっ・・・そんなこと・・・」
初めて触れた楽羅のそこは、下着越しだというのにしっとりと濡れ、熱い感触を夾の指に伝える。
その様子を率直に呟いた夾の言葉が、楽羅により激しい羞恥と官能を呼び起こし、
それがまた楽羅の中心を潤わせ、夾の指を濡らしていった。
「ふくっ・・・ん、んっ、はぁっ・・・!」
だんだんと強くなってくる女の匂いを感じて、夾は楽羅の下着を脱がせにかかる。
腰を浮かさせてゆっくりと取り去ったそれは、楽羅の秘所との間に幾筋もの糸を引いた。
途端に辺りに甘酸っぱい匂いがたちこめ、遮るものが無くなったそこを、夾はじっと見つめる。
楽羅のその部分はいまやぐっしょりと濡れ、月明かりにてらてらと輝いていた。
「やっ、いやぁ・・・夾ちゃん、そんなっ・・・見ないでぇ・・・!」
楽羅は足を閉じようとしたが、両足の間には夾が入り込み、それは叶わない。
どうしようもない羞恥に耳まで赤くなり、両手で顔を覆う。
全身を紅潮させて荒い息をつく楽羅と、溢れんばかりの蜜をたたえたその無垢な花芯。
その姿はあまりに官能的であり、また不可侵たるべきとも思えた。
楽羅を心底から愛してはいない自分がそれを汚すことなど、許されるのか。夾は一瞬迷う。
だが、悲痛なまでに自分を求めた楽羅の言葉と、激しく昂ぶりつつある自らの欲望が
ここで踏み留まることを拒んだ。
「! あ、ぁ、夾ちゃ・・・ だめっ、やああぁっ」
夾は押し留めようとする楽羅の手を払い、楽羅のそこに口付け、舌を這わせる。
楽羅は焦って夾の頭をどけようと手をやるが、その手に力を込める前に
夾の舌が最も敏感な突起へと到達した。
「ひあぁっ!! やっ、あ、あぁっ・・・ぅくっ・・・!」
楽羅は一層大きく喘ぎ、夾の頭に添えられた手は弱々しくその髪を掴むに留まった。
その反応に、その部分が非常に感じやすい部位だと悟った夾は、小さな尖りを
舌で包み込むようにして刺激する。楽羅はただ、強すぎる快感に背中を震わせた。
「あ、あっ、ふあぁあっ!! やあぁ・・・ んっ、んくぅっ・・・」
楽羅の深く深い色をした瞳は涙に濡れ、今にも涙が溢れそうなほど潤んでいた。
艶かしい声とくちゅくちゅという水音が入り混じって、静寂に響き渡る。
程なくしてそろそろ楽羅の限界が近いと感じた夾は、くわえ込んだ肉芽を舌先で
一撫でしてから、溢れる愛液ごと強く吸い上げた。
「ひぁっ、夾ちゃぁん・・・んあああぁぁぁ・・・っ!!」
ひときわ大きな嬌声の後びくびくと痙攣した秘所に、夾は楽羅がはぜたことを知る。
生まれて初めての絶頂を迎えた楽羅は、その圧倒的な快楽そのものと
それが想い慕い続けた夾によってもたらされたという嬉しさで、打ち震えた。
夾はぴくぴくと弱くうずき続ける場所から唇を離し、愛液で濡れた口元をぬぐう。
「・・・楽羅」
「はぁ・・・ぅ、ん・・・なに・・・?」
「続き・・・やれるか、お前・・・?」
照れたように目を逸らし、そう呟く夾。楽羅はふっと幸せな気持ちになる。
もしかして夾ちゃん、心配してくれてる・・・? 私の身体、気遣ってくれてるの・・・?
それってなんだか・・・ なんだか、恋人同士みたいだよね。
暗く、互いの表情がよく見えない中で、楽羅は目を潤ませ、微笑む。
心の底から嬉しくて、嬉しくて・・・そして、悲しかった。
──本当に・・・ そんな気がしてしまうね。
ずっと側に、ずっと一緒にいられるような・・・ そんなまぼろしを見てしまうよ。
愛しくて、痛いくらい愛しくて、ぎゅっと抱きしめたらかき消えてしまう・・・そんなまぼろし。
夾ちゃん。
たとえば世界の終わりの夜が来るなら、今夜みたいに側にいたい。
「ん・・・ありがと、夾ちゃん。大丈夫だよ・・・」
でも、きっと。
「だから・・・して・・・」
本当にそんな夜が来た時に、夾ちゃんの側にいるのはきっと、私じゃないね。
楽羅は夾に見えないよう、ただ一筋の涙をこぼした。
楽羅の言葉を受けて全ての服を脱ぎ捨てた夾は、再び楽羅を組み敷いた。
唇を重ねて触れ合うキスは、すぐに深いものに変わる。
「っぅ・・・ふ、ぅん・・・」
それと同時に夾の指先が楽羅の中心に触れると、楽羅の舌はぴくりと反応した。
花芯はいまだ熱く滾り、キスの合間にも新たな蜜をとろとろと溢れさせている。
夾はそこがすっかり潤んでいることを確認すると、くちゅっと音を立てて指を潜らせた。
「っあ・・・!」
楽羅は驚いたような、恥じ入るような、小さな声を上げる。
熱い。中は思っていたよりもずっと熱く、だが意外にすんなりと夾の指を受け入れた。
指の先で中を撫でるようにすると、熱く湿った内壁がきゅっと指を締め付ける。
夾は指の動きは止めないまま唇を離し、目を閉じて羞恥に耐える楽羅に囁いた。
「・・・痛かったら、そう言えよ。すぐやめる」
「ぅ、ん・・・」
痛みへの予感に、楽羅の鼓動が高鳴る。
指を抜いた夾は楽羅の足を抱え上げ、すっかり怒張している自身の先端を入り口にあてがった。
「・・・行くぞ」
呟き、夾はゆっくりと侵入を始める。
「っ・・・!」
引き裂かれるような痛みと衝撃に、楽羅は強く唇を噛んで悲鳴を抑えた。
夾もそのきつさに眉を顰める。楽羅の苦痛を慮り、動きを止めて言葉をかけようとするが、
痛みに喘ぐ楽羅自身の声がそれを遮った。
「大丈夫、だからっ・・・夾ちゃん、来てっ・・・」
「・・・ああ」
とはいえ、どう見ても大丈夫には見えない。
けれどそれでも楽羅は懸命に自分を受け入れようとしているのだと、夾には分かった。
改めて楽羅の両足を支え、ぐっと腰を進める。
「っ・・・っつ・・・!」
痛い。胸が痛い。
永遠に俺を失うことと引き換えに、たった一夜の幸せな思い出を欲したお前。
俺が最後には透を選ぶと分かっていて、それでもいいと全てを捧げたお前。
・・・ごめん、楽羅。
ごめんな、と聞こえないように呟き、苦しい呼吸に赤らんだ頬をそっと撫でる。
それに気付いてうっすらと目を開けた楽羅が、少し驚いたように微笑んだ。
伸ばされた夾の逞しい腕に、遠慮がちに楽羅の小さな両手が添えられる。
その感触に夾はまた眉を寄せて苦い表情を作ると、狭い内部を一気に貫いた。
「っくぅ、ぁああっ・・・!!」
あからさまに悲痛を伝える楽羅の声と表情。夾の腕を掴んだ指先にぐっと力がこもる。
柔らかい肉の壁を突き破る感覚と共に、夾はようやく全てを収めきった。
しばらく動くことはせず、楽羅の荒い呼吸が落ち着くのを待つ。
直に感じる楽羅の内壁はまだきつく、しかし熱くとろけていた。
「・・・動いても、平気か・・・」
「っん・・・うん、もう平気・・・だよ」
途切れ途切れにそう答え、笑う楽羅。だが、やはりどこか無理のある表情だった。
しかし夾はそれ以上何も訊かずに、ゆっくりと動き始める。
「っ、つ・・・ぁ・・・んんっ・・・!」
こぼれる楽羅の声は、まだ若干の痛みを伝える。だが浅い動きを繰り返すうち、
楽羅のそこは序々に抵抗が和らいでいった。だんだんきつさが弱まってきたのを感じ、
夾は少しずつ大きく動き始める。
「あ、はぁ・・・ん、んっ・・・あぁっ・・・」
抽送に合わせて楽羅の声に甘い響きが混じり始め、夾はほっと安堵した。
再び愛液が溢れ始め、わずかに破瓜の血が混じったそれがこぼれ落ちる。
結合部はくちゅくちゅと音を立て、それがまた楽羅の快感と夾の欲望を煽った。
「っふ、はぁ・・・っあ、ぁ、んんっ・・・!」
激しさを増した動きに敏感な場所を擦られ、楽羅は快感と歓喜に全身を震わせる。
無意識にいまだ夾の腕に添えていた両手を伸ばし、夾の首に絡ませた。
夾の耳元に直接響く、甘い吐息と嬌声。密着した胸と胸。そして感じる、中の熱さ。
──楽羅。
こんなにもお前の側にいる。
こんなにもお前を感じている。
でも、ごめん。
ごめんな。
・・・やっぱり俺は、透を選ぶ。
「あっ、ぁ・・・夾ちゃぁん、好きっ・・・だいすきっ・・・!」
うわ言のように紡がれたその言葉に目の奥が熱くなり、眉根を寄せて涙をこらえる。
ごめんな、ともう一度呟いて、夾は全ての憂苦を打ち消すように強く腰を打ち付けた。
もう何も分からなくなっているだろう楽羅はそろそろ限界が近いらしく、
夾を受け入れた内壁はひくひくと痙攣を始めていた。
「はぁっ・・・ あ、んああぁっ・・・」
夾ももう自分の絶頂が近いことを感じて、楽羅の腰をぐっと掴むと
張り詰めた自身をぎりぎりまで引き抜き、一気に楽羅の奥へと突き入れた。
「っあ、あああぁぁぁっ・・・!!」
一段と大きな声を上げて、楽羅は昇り詰めた。
夾もまた、楽羅の絶頂によってきつく収縮した内部から自身を引き抜くと
その刺激に小さく呻いて達した。弾けた飛沫が、楽羅の腹や胸にまで飛び散る。
「っく、ぁ・・・悪い・・・」
「はぁ・・・ん、ううん・・・全然・・・」
白濁は流れる汗に混じり、荒い呼吸の動きによって流れ落ちてゆく。
二人はその体勢のままで呼吸を整え、互いに動こうとしなかった。
この行為の終わりが二人の全ての関係の終わりだということを、
夾も楽羅も痛いほどに分かっていたから。
息をつき、何も言わずに、ただ互いの瞳を見つめる。
だんだんと呼吸が落ち着き、火照った身体から熱が引いていく。
長い停滞と、沈黙。
「夾君」
そしてそれを破ったのは、楽羅だった。
呼び方が「夾君」に戻ったことが、楽羅の諦めと二人の終わりを夾に伝える。
「・・・なんだ?」
溢れる感情を押し殺すような声で、夾が返した。
楽羅は少し微笑んで目を閉じ、独り言のように呟いた。
「・・・好き・・・」
夾は、何も言わなかった。
何も言わずに自分も目を閉じ、楽羅の唇に自分のそれを寄せる。
互いの温もりを感じるか感じないかのうちに、夾は離れた。
閉じられた楽羅の瞳からじんわり溢れた雫と、
落ちてきたもう一滴の雫が混じりあい、楽羅の頬を伝う。
最後の夜は、終わった。
ただ月だけがいつまでも、こうこうと二人を照らしていた。
──END──