こんにちわ本田透ですっ。
今日もいつものように夕飯の買い物に出かけたわけですが・・・。
いつもはお店の入り口で待っている夾君が珍しく私の隣にいます。
「あっ、今日はキャベツがお得なようですよ。ひき肉と合わせましてロールキャベツでもお作りしましょうか?」
両手にキャベツをもって重さを確かめてたり、切り口を見比べたりする私を夾君が不思議そうに眺めておっしゃいました。
「ロールキャベツはいいけどよ・・・何してんだ?」
「中身がつまっている方がお得ですし・・・新鮮な方が美味しいじゃないですか?」
「そんなもんか?食えればどっちでもいいとおもうが。」
私の手からキャベツを取り上げ同じように重さを計る夾君がなんだかとてもほほえましく思え、ついついにっこりとしてしまいます。
「やっぱり夾君や皆さんには少しでも美味しいお食事をしてもらいたいですから。」
「ばっ…ほれ、こっちの方が重いぞっ」
ぶっきらぼうにキャベツを放ってよこされて私はそれを慌てて受け取りました。両手で。
それをかごに入れていると、手に残ったキャベツをながめポツリとつぶやいた夾君の言葉が耳に届きました。
「・・・やっぱ美味い方が早く売れるんだよな。」
なにぶん小さな声ではっきりと聞こえた訳ではないですが・・・私にはそう聞こえたのです。
何気ない・・・何気ない一言でしたけど。
私はその呟きをなぜか聞き流すことが出来ませんでした。
慌てて夾君のほうに向き直ると、彼は自分の言葉など忘れた顔でキャベツの山に手にしたそれを返すところでした。
私はその手を取り、キャベツを取り上げると、赤ちゃんを寝かせるようにそっとかごの中にいれました。
「やっぱり、2つ買っておきましょう。お安いですしっ。」
「それでいいのか?」
「いいのですっ」
思わず力がこもってしまった私に夾君はいつもの「しょうがねえなあ」という風な笑顔を作り・・・
ペチっ
「あいたっ」
「おらっ、かごかせっ重いんだろが。」
私の額を叩き、手からかごを取るとさっさと歩いていってしまいました。
私はその後をあわてて追いかけます。
夾君と・・・かごの中のふたつのキャベツを見ながら・・・
スーパーを出ると世界がオレンジ色に染まっていました。
向かいのガードレールもその向こうの屋根のトタンも瓦も・・・
全てが山吹色の輝きを反射しています。
「わぁ・・・綺麗ですね夾君。夕焼けですよ!」
家路を歩きながら少々興奮して振り返ると、 同じように買い物袋を抱えた夾君はまぶしそうに目を細め空を見上げていました。
先ほどのキャベツは私の袋に一つ、夾君の袋に一つ。
「空も真っ赤です…真っ青な空も好きですが夕焼けの空というのも綺麗ですね。」
「・・・そうか?」
「はい!・・・・って、とっ・・・きゃあっ」
後ろを向きながら答えていると不覚にも歩道の石畳にかかとを取られてしまいました。
こらえる間もなく体は重力にひかれ倒れていきます。
「透っ!」
私を呼ぶ声が聞こえました。
コンクリートの上に倒れたらさぞかし痛いでしょう・・・いえ、それよりも買い物袋が大事です。放り出してはせっかく買った品物が傷んでしまいます!
私はぎゅっと目をつぶり、袋を抱きしめて衝撃にそなえ・・・。
がしっ
二の腕の軽い痛みとともに体の傾きは止まりました。
うっすらと目をあければ、片腕一本で私を支えた夾君の苦いような怒ったような顔。
「あぶねえだろバカっ。」
何かのひょうしに抱きついてしまわないように慎重に私を立たせると、夾君は私の荷物を有無を言わせず取り上げました。
「あ、あの申し訳ございませんっ。」
「荷物はいいからちゃんと前向いて歩けよ。」
怒られてしまいました。
結局私の買い物袋は夾君がもってくださり、私は少し早足になった彼の後ろをついていく形になりました。
オレンジ色の世界。オレンジ色の夾君の髪。白いTシャツまでもがオレンジ色に染まって…。
「綺麗ですね。」
「あぁん?」
口からこぼれた台詞に訝しげに振り向くと髪が夕日を弾いてキラキラと輝きます。
あぁ、ほんとになんて・・・
思ったときにはもう台詞になっていました。
「夕日…もう少し見ていきませんか?」
道草を申し出た私に夾君は驚いた顔をしています。
自分でも意外だと思いましたけど・・・どうしても、もう少しこの時間を・・・
珍しく人の姿のない児童公園はシンとしていて、通りを行く車の音も一枚フィルターがかかったようにどこか遠くに聞こえました。
私たちは大きな木の影にあるベンチに並んで座って、ぼんやりと沈む夕日を眺めています。
否、私はといえばふとしたきっかけで落としてしまったこの沈黙をどうしようかと、あれこれと思いを馳せていたのですが・・・
ちらりと横を見れば、微妙に間隔をあけて座った夾君が心なしか涼んだ顔で夕日を見ています。
はっ。
夾君はよく屋根に登っていらっしゃる方ですから、夕日なんて見慣れているのやも・・・それなのに私からこんな事を言い出されて・・・付き合っていただけたのは嬉しいですが、退屈な思いをさせてしまっているのかもしれません。
夕日なんてもう目に入っていませんでした。
不快感を与えていると思うと、たらたらと背筋を冷たい汗が流れていくような気がします。
自分でもよく分からない、突発的な行動にこれ以上付き合わせてしまうのは申し訳なさすぎます!
『・・・もう帰りましょうか?』
そう言おうと口を開いた時、夾君が先手を打つようにつぶやきました。
「ヤな色だよな。」
「え?」
声がひっくり返ってしまってしまったかもしれません。
一瞬何のことを言ってるのか分からなくてきょとんとしてしまいましたが、夾君の視線が先ほどから変っていないことに気が付くと察しが付きました。
「夕日は…お嫌いですか?」
「・・・かもな。」
ぐゎん。横殴りにされたようなショックです。
顔色を無くしている私に気づかず夾君はポツリポツリと言葉をこぼします。
「ガキの頃からそうだった。何やってもクソ由紀には勝てねえし、本家のヤツラの目は相変わらず俺を拒絶する。」
膝の横に置かれた握りこぶしがこころなしか震えているようにみえました。
「ネズミに勝てない…猫憑きのお前なんていらなんだって…言われてる気がするのに夕日だけはいつも俺の髪みたいに真っ赤で・・・由紀に負けた日は特にそうだった。俺の弱さを世界中に知らしめてるみたいで…イライラした…」
静かな表情なのに、とても傷ついているように見えるのは夕日が落とす影のせいでしょうか。
私は夾君が話し終わるまでじっと黙って聞いていました。
「わりぃな。せっかく誘ってくれたのにこんな話して…」
「いえっ。そんな…私のほうこそ…」
少し考えてから私は夾君のすぐ傍によいしょと座りなおしました。とまどう彼に気づかない風を装い、その肩に軽く頭を預けました。
いつにない行動に夾君の心臓の音が早くなっているのが分かります。私も同じくらいドキドキしているのですからおあいこです。
「夕焼けが赤いのは…太陽の両手が赤いからですよ。」
「・・・?」
「赤い両手を一生懸命振って…私たちにさよならを言ってるからですよ。」
夾君の肩から力が抜けていくのが分かりました。
「沈む最後の時まで…」