暗い、暗い闇の中。
ただ波の音だけがこの浜辺に響く。
『どうして、この人は、全てを憎むのでしょう。
こんなにも、悲しい人なのでしょう』
砂浜に横たわる慊人の髪を、そっと撫でる。
柔らかい黒髪が、指に絡みつく。
透は、目を閉じて思いを馳せた。
始まりは、今日の夕方のことだった。
醤油が切れていることに気付き、慌てて買出しに行ったところで、
透は見てしまったのだ。
黒い服を着た、草摩の当主を。
「あき・・・とさん?」
何故こんなところに居るのか。
誰も連れず、たった一人で・・・。
不思議に思った透は思わず、彼の後をつけてしまった。
(まさか・・・お家にはこないですよね・・・)
ドキドキしながら後を追うと、たどり着いたのは海岸だった。
誰も人気の無い冬の海。
(ど、どなたかと待ち合わせでもしてらっしゃるんでしょうか・・・?)
だが、数分、数十分経っても誰も現れることは無かった。
慊人はたった一人、海を見つめて立っているだけだ。
岩陰に隠れながら見ていたが、どうやら何もないと安心して立ち去ろうとした時。
パキッ。
「−−−−−−−−!!!」
「−−−−−−−−!!!」
足元の小枝を踏み潰してしまった。
慊人が振り返る。
「誰だい?」
殺気がかった声が透の耳に響く。
砂を踏み潰し、足音が段々と近くなってくる。
硬直してしまった透の前に、黒い影が覆ってきた。
走って逃げたかった。
だが、身体が震えて言うことを聞いてくれない。
「なんだ・・・本田透じゃない・・・偶然だね」
冷たく笑う慊人に何かを感じる。
侮蔑、嘲笑。
「これから君達のところへ行こうと思ってたんだよ。由希とも逢いたかったしね」
そっと左頬に手を伸ばしてくる。
指先が触れただけで、透の身体は凍りついた。
「あ、慊人さ・・・」
−−−−−−−−−−ガシッ。
「あぁぁっ!?い、痛っ・・・・慊人さん、やめてくださいっ!!」
急に左頬に痛みを感じた。
慊人の指に力が入り、頬に食い込んでいる。
「ねぇ・・・夾や由希と一緒に夜を過ごしてるの?」
「え・・・?」
「え・・・?」
「紫呉ともセックスしてるの?もしかして四人でしてるとか?」
視線が突き刺さる。
「まさか同じ家に住んでいて何もないなんてことは無いよね」
「そんなことっ・・・」
あまりにデリカシーの無い話をされ、透は反論する。
だが、慊人は話を続けるばかりだ。
透の話なんて聞いてはいない。
「抱き合わなければセックスはできるからね。それとも、変化してからもさせてるの?淫乱女」
白いコートを脱がされ、ワンピースのボタンを外される。
抵抗も何も出来ない。
一度殴られた時の恐怖は忘れられない。
「僕も試させてよ。ここなら誰にも見えないしね」
下着も外され、透は生まれたばかりの姿にされていた。
「ふーん、以外にスタイルはいいんだね・・・でも胸は小さいかもね」
「・・・・」
透は逆らうこともなく、言われるがままにしていた。
逆らえば何をされるかわからない。
自分だけならまだしも、由希や夾たちに火の粉が飛ぶかもしれない。
抱きかかえられ、胸や首筋を愛撫される。
「っ・・・」
「声ぐらいだしたら?あぁ、ここじゃ周りに聞こえちゃうもんな」
クスクスと笑う慊人に嫌悪を抱きながら愛撫を受け入れる。
乳房を揉まれ、指で頂点を摘まれる。
「あっ」
押し殺せなかった声が漏れた。
それを聞き、満足げな顔をして慊人は笑った。
「ほら、淫乱女。本当は周りに聞いて欲しいんだろ?」
「ちがいますっ・・・ひあっ」
指で摘まれ、舌で転がされる。
初めての感触と快楽に、身体の奥がジンとなるのが透自身もわかっていた。
「由希や夾が知ったら、悲しむんじゃない?」
「あいつらの聖女様が汚されたことを知ったらどんな顔するだろ」
「しかも逆らうことの許されない、僕にね・・・」
うわ言のように繰り返される非難。
だが。
透は、今までとは違う何かを感じていた。
(どうして、この人は全てを憎んでいるのでしょう・・・?
全てを蔑むことで、自分を生かしているような)
乱暴とも言いがたい愛撫に身を任せながら、慊人に対する思いが湧いてくる。
『十二支の宴は不変のものなんだよ』
過去に、慊人はこう言った。
−−−もしかしたら。
宴を壊すものは許さない。憎い。
なぜなら、それしか慊人は倖せを知らない。
自分を崇める十二支たち。
永遠の宴。
「かなしい・・・です・・・」
透の口から、小さな声が漏れる。
「何?」
手を止め、慊人は顔を近づけてきた。
「何が悲しいの?こうされるのが悲しいの?どうして?お前は淫乱だろう?」
「慊人さんが・・・かなしいのです・・・」
春になれば道路の脇に咲く小さな花を見ることもなく。
夏の青空の下で、海ではしゃぐこともなく。
秋の紅葉を見て綺麗だなと感じることもなく。
冬景色の中で雪の冷たさを知ることもなく。
彼は十二支と宴を続けることだけを守ってきた。
目の前にある小さな倖せを踏み潰して。
「どうしたら、その悲しみを無くせますか・・・?」
頬に伝う涙を拭おうともせずに、透は慊人に問い掛ける。
「な、何言ってるんだ、僕のどこが悲しいって?」
戸惑う慊人の頬を撫でる。
「やめろっ!」
バシィン。
平手が透の頬に直撃する。
だが、おのともせず、透は唇を寄せた。
「こ、この淫乱女!」
「何と呼ばれても構いません・・・ただ、慊人さんの悲しみを、今だけでも忘れさせたいです・・・」
ズボンを下ろし、慊人のモノを引き出す。
砂の上に座り込みそっと口に含み、舌を這わす。
ちゅく。
「うっ・・・」
甘い感触が伝わってくる。
(快楽の中だけでも良いから、彼の悲しみを忘れさせたいです・・・)
「や、やめ・・・」
「美味しいですよ、慊人さんのおちんちん。こんなに大きくなってしまいました・・・」
勃ちあがった慊人のモノを嬉しそうに口に含む。
「感じてくださっているのですね。もうミルクが流れてきてしまいましたっ」
「やめ・・・ろよ・・・。なんで僕にそんなことをする!同情か!?」
怒りをあらわにする慊人に、そっと微笑む。
「同情かもしれません。けど、今だけでも、全てを忘れてみて欲しいんです」
トサッ。
地面に転がされ、透は上から覆い被さる。
「宴だけが倖せじゃないです・・・すべてが、倖せだと思いませんか・・・」
慊人のモノを自ら、体内に押し込んでゆく。
生暖かい感触が、慊人を包み込んでいった。
「−−−−−−っ!!」
「あぁぁっ、お、大きいですっ・・・中がいっぱいになってしまいましたっ!!」
汗だくになりながらも、透は腰を打ち付けてきた。
「ぐっ・・・淫乱女め、このまま子供でもできたらどうするんだい?」
せめてもの反撃、と慊人が言葉をかける。
だが、透は汗にまみれて笑うだけだ。
「ひとつの命ができるのも・・・倖せですっ・・・!!私がおかあさんになれるんですから」
段々と腰の動きが速くなる。
既に二人とも、限界の域に達していた。
「愛しても無い男との子でも倖せなのか!?」
「慊人さんとなら、大丈夫です・・・本当に悪い人ではないと思うのですっ・・・」
いつのまにか、快楽を追って慊人の腰も動き始めていた。
愛液と精液が混ざり合って、いやらしい音があたりに響いている。
「あぁ・・・慊人さんっ!!あきとさんーーーっ!!!」
透がいっそう高い声をあげたと同時に、慊人は中で白い飛沫を飛び散らせた。
そのまま気絶してしまった慊人を、そっと浜辺に寝かせる。
海の音と、静かな寝息だけが聞こえていた。
その後、紫呉から携帯に電話があり、慊人が倒れている、とだけ伝えた。
暫くするとはとりが車でやってきて、彼を引き取っていった。
「透く〜〜ん!駄目でしょ、寄り道なんてしちゃー!」
「ご、ごめんなさいですっ!」
「まだ皆お夕飯食べてないからね、宜しくね?」
帰ってきてから、紫呉からしっかりとお叱りの言葉を頂いた。
慌てて台所に行くと、夾と由希が立ち尽くしていた。
「おぅ、腹減ってるんだから早くしろよな、透!」
「そんなに急がなくてもいいからね。バカ猫の言うことは気にしないほうがいいよ。」
「んだと!?」
笑顔で迎えてくれる二人に、透は元気な返事で答えを返した。
悲しい人が居る。
自分の幸せを守るために全てを憎む人が居る。
だけど、もしかしたら自分もそうかもしれない。
慊人はただ手段があからさま過ぎるだけで。
(こうやって、みなさんと一緒の時を守るためなら・・・憎んでしまうかもしれないです)
終。