「紅葉さん。紅葉さーん」
廊下を歩きながら、透は紅葉の名を呼んだが、返事はなかった。
透が紅葉からの電話を受けたのは、2時間ほど前のことだった。紅葉に
「ちょっと話したいことがあるから来て欲しいんだけど」と言われた透は、
「分かりました、すぐ行きます」と答えた。ところが、電話を切った途端
に急な用事が入ってしまい、こんなに遅れてしまったのだ。
透はこの家に入ったときから、紅葉の名前を呼び続けていた。でも、い
くら呼びかけても、紅葉の返答はなかった。
「変ですね……紅葉さん、どこにおられるのですかー?」
透はもう一度呼びかけたが、紅葉の返事はなく、ただ透の声が空しく響
くだけだった。
もしかしたら、怒らせてしまったのかも知れませんね……透はそう思っ
た。すぐに行く、と言われたのに、2時間も待たされたら、誰だって怒る
だろう。
紅葉に会ったら、ごめんなさいと言いましょう。心を込めて誤れば、許
してくれますよね……透はそんなことを考えながら、何個かめの障子を開
いた。
あっ……紅葉さん!」
畳の部屋の真ん中に、紅葉が寝転がっていた。
紅葉は布団も敷かず、畳の上に直接寝転がっていた。その格好は、少し
ふてくされているようにも見える。やっぱり紅葉は怒っているのだろうか?
「紅葉さん、遅くなりました。お待たせしてしまって、ごめんなさ……」
透は口に手を当て、言葉を止めた。
紅葉は眠っていた。目を閉ざして、うずくまるように身体を丸くして。
きっと、ここで透を待っているうちに、眠くなってしまったのだろう。
透は紅葉のそばに座り、眠りから覚めるのを待つことにした。さんざん
待たせたうえ、寝ているところを無理に起こすのは、あまりに失礼だ。こ
こは紅葉が起きるのを待つべきだろう。
透は視線を落とし、紅葉の寝顔を見つめた。
小さな身体を丸め、スヤスヤと寝息を立てる紅葉……透はいつしか、そ
のその愛らしい表情に目を奪われていた。無防備な姿を透にさらしながら、
無邪気に眠るその姿は、まるで天使のようだ。
透は自分の顔を紅葉の顔に近づけた。近くで見れば見るほど、紅葉の顔
は可愛らしさに満ちていた。
「う、うーん……」
ふと、紅葉が声を上げた。その顔を見つめていた透が、ビクッと身体を
離す。
まだ紅葉が眠っているのを見て、透はホッと胸を撫で下ろした。どうや
ら今のは、ただの寝言のようだ。
「ううーん……」
また、紅葉が声を発した。さっきと同じ、小さな寝声だった。
(夢を見ているんですね、紅葉さん。どんな夢を見ているのでしょうか?)
「うん……ママ……」
(えっ?)
「ママ……行っちゃイヤだ……」
(ええっ……!)
透は言葉を失った。
紅葉の母親は、物の怪に取り憑かれた紅葉を拒絶し、全ての記憶を消し
てしまった……透は以前、そんな話を聞いた。あのとき紅葉は、自分はも
う母親を許し、ただ母親が自分を受け入れてくれる日が来るのを待ち続け
る、と言っていた。
紅葉は滅多に自分の過去を語りたがらない。普段は悲しい過去を押し殺
し、明るい表情を振りまき続けている。でも、自分の心にまでは嘘を付け
ない。母親への思い、母親に捨てられた哀しみが、ときどき夢という形で
表れ、紅葉を苦しめるのだろう。
「ママ、どうして行ってしまうの……行かないでよ……」
(紅葉さん……!)
「お願い、僕を捨てないで……一人にしないで……待ってよ、ママ!」
紅葉は悲鳴のような声を上げた。……と、その声に反応し、紅葉は両目
を開いた。
紅葉は「何が起きたの?」というような表情で、あたりを見回した。や
がて自分が眠っていたことに気付いたのか、紅葉は欠伸をしながら大きく
背伸びをした。
「あーあ、よく寝た……うん? あ、あれ、透くん? いたの?」
上半身を起こした紅葉は、そばに透がいるのを見付け、気恥ずかしそう
に頭を掻いた。
「あははっ……ごめんね、透くん。みっともない姿を見せちゃって」
紅葉は両手を合わせ、無邪気に舌を出して見せた。その明るい笑顔に、
眠っていたときに見せた悲しげな表情は、どこにも見られない。その格差
が、また物悲しさを誘った。
ずきん、と胸の奥が痛むのを、透は感じた。紅葉は、表面的には平穏を
装っているが、心の奥に悲しみを抱えているに違いない。自分は母親に捨
てられた、実の親にさえも認められなかった……そんな苦悩を抱えている
に違いない。それを思うと、透は胸を引き裂かれるような思いがした。
それと同時に、透の胸の中で、慈しみの気持ちも芽生えた。今この場所
で、この少年を助けたい。傷付いた心を、少しでも治してあげたい。紅葉
のために、何かしてあげたい……。
透は意を決したように顔を上げると、紅葉の手を握り締めた。
「紅葉さん……お願いがあります」
「なに?」
透は、自分の心臓が早鐘のように鼓動を打っているのを感じた。大きく
息を吸って、吐き出すと、透ははっきりとした声で、言った。
「私を……抱いてください」
「ええっ!?」
紅葉は声を裏返らせた。
透の目は、真剣そのものだった。とても冗談を言っているようには見え
ない。いや、そもそも透は軽々しい冗談を言うような少女ではない。だが、
しかし。
「と、透くん! 君、自分が何を言っているか、分かってるの?」
「分かってます。少し怖いけど……でも私、紅葉さんの心を、ほんの少し
でも癒したいんです」
「でも、僕なんか……」
「お願いです、紅葉さん。私のわがままを、聞いてください」
透は紅葉に覆い被さり、唇を重ねた。
その勢いに圧され、紅葉は畳の上に倒れる。何が起こったか分からない
紅葉の唇を、透の舌がこじ開け、紅葉の舌に絡みつかせた。
舌が触れ合うごとに、紅葉の頭から理性が消えていき、顔が熱くなって
いく。紅葉には、いま自分の身に起こっている状況が、理解できなかった。
いや、理解したいと思えなかった。透くんが、あの大人しくて控えめな透
くんが、こんな大胆な行動に出るなんて……!
透が唇を離すと、唾液の糸が二人の口を紡いだ。顔を染めてうつむく紅
葉の頬に、透がそっと手を添える。
「可愛いです、紅葉さん。赤ちゃんみたい」
「そんな、嘘だよ。僕なんか……」
「そんなことはないですよ、紅葉さん。あなたは素敵な方です。もっと自
分に自信を持って下さい」
「でも僕は、ママに捨てられた人間なんだよ? そんな人間に、どれだけ
の価値があるって言うんだよ?」
「紅葉さん、自分を否定しないで下さい。私は、あなたを思ってます。例
え世界中の人があなたを見捨てても、私は一生、あなたを慕い続けます」
「……本当に? 嘘じゃないよね?」
「ええ、本当です。私は、あなたを……紅葉さんを愛してますもの」
「……透くん!」
紅葉が、自分から唇を重ねてきた。その思いに答えるように、透は紅葉
の身体を抱きしめ、舌を絡める。
二人は唇を重ねながら、互いの服を剥ぎ取っていった。二人の身体を覆
う衣服が一枚ずつ取れていき、最後に残ったブラジャーを紅葉が外すと、
生まれたままの二つの肢体が部屋の真ん中で抱き合う形となった。
「ああ、綺麗だよ、透くん……」
「紅葉さん、あなたも……すごく、綺麗……」
二人はお互いの裸体を見つめ合い、うっとりと目を細めた。
紅葉は透の乳房に手を当て、そっと指で抑え付けてみた。小ぶりだが瑞
々しい胸の弾力が、掌を通して伝わってくる。繊細なお菓子を扱うときの
ように、可能な限り優しく、二つの乳房を揉みしだいていく。
「……はあっ」
透の口から、小さな喘ぎが漏れた。紅葉が指を動かすと、それに合わせ
るように、ピクン、ピクンと肩が震える。控え目な性格の透は、なんとか
声を押し殺そうとしたが、紅葉の愛撫がそれに勝っていた。
紅葉は透の胸に顔をうずめ、真っ白な乳房に舌を這わせた。
紅葉の舌が胸の果実を転がすごとに、透の口からハァハァという声が漏
れ、快感が高ぶっていく。紅葉を元気づける、という当初の目的など、とっ
くに忘れてしまっていた。今はただ、この心地よさが少しでも続いて欲し
い、という欲求だけに支配されていた。
紅葉は固く勃起した果実を吸い上げると、乳房の線に沿って舌を這わせ、
透の下半身へ顔を動かした。お腹からへそのあたりを通った紅葉の舌は、
やがて透の下半身へと到達した。
「! 紅葉さん、そこは……!」
透は両脚を閉じようとしたが、紅葉の舌が透の亀裂を這うほうが早かっ
た。薄い毛の生えた亀裂を舌でなぞると、その隙間から蜜のしずくが溢れ
てきた。紅葉は、ときどき亀裂に息を吹きかけながら、舌を這わせていっ
た。
透は紅葉の頭に両手を置き、身体を震わせた。今まで感じたことのない
快感が全身を走る。まるで身体そのものが性感帯と化したかのようだ。紅
葉の指が、舌が、肌が触れるたびに、透は裸体を波うたせた。
溢れる蜜を味わっていた紅葉は、ふと舌の動きを止め、透と視線を合わ
せた。
「透くん……いいよね?」
「ええ、来て下さい……私、もう……」
透は頬を紅く染め、うつむいた。お願いだから、その先は言わせないで
ください、と言っているかのようだった。
その表情を見た紅葉は、自分のものを透の花びらに押しつけ、ゆっくり
と押し入れた。
「……うっ」
透が顔をしかめる。さっきまで悩ましい喘ぎ声をあげていた口から、苦
しそうな呻き声が漏れた。
「だ、大丈夫、透くん? やめようか?」
「いいえ……続けて下さい」
「でも、このままじゃ……」
「いいんです。私は、紅葉さんと……一つになりたいんです」
「分かったよ。じゃ、力を抜いて」
透はコクリと頷き、大きく息を吐いた。それを見た紅葉は、さらに奥へ
と進んでいく。少し進むごとに、透は唇を噛み締め、苦しそうに呻いた。
それでも透は、畳に指を食い込ませながら、ただ必死に耐え続けていた。
紅葉が腰を前後に動かすと、二人を繋ぐ部分が、ピチャピチャと音をた
てた。その淫靡な音が、さらに興奮を高ぶらせ、二人の理性をとろけさせ
ていった。
「あ……はっ、はあっ……」
透の声は、いつの間にか喘ぎ声に変わっていた。あれだけ痛かったはず
なのに、いつしか苦痛は消え、心地よさだけが全身を支配している。
紅葉が腰を動かすごとに、快感が全身を駆け抜けていく……。
体を動かすごとに、言葉にならない快感が二人の身体を駆け抜けた。そ
れは、小さなさざ波が合わさって大きな波に変わるかのように、次第に大
きくなっていき、二人を呑み込んだ。
「と、透くん……僕、もう……!」
「ああっ、紅葉さん……来て、来てください……!」
透がそう言うと、紅葉に限界が訪れた。
それと同時に、透の全身にも激しい電流のような何かが走り、白い裸体
を仰け反らせる。
二人は、ひときわ高い声を上げ、身体を硬直させた。
透の身体の中で、紅葉がドクンドクンと脈打つのを感じた。
永遠に続くかと思われた、長い射精が終わると、二人は崩れるように畳
の上に倒れた。
はあっ、はあっ、はあっ……
誰もいない部屋に、二人の吐息が響く。
しばらくの間、二人は夢遊病にかかったように視線を泳がせ、天井を見
つめていた。だが、互いの視線を合わせると、どちらからともなく腕を伸
ばし、抱きしめ合った。
「……紅葉さん」
透は紅葉の耳に口を近づけ、そっと囁いた。
「今日のこと……他の人たちには、言わないで下さいね」
「分かってるよ。絶対、誰にも言わない。二人だけのヒミツだよ。それよ
り今日はありがとう。おかげで、気分が晴れたよ」
「それは良かったです。寂しくなったら、いつでも呼んでくださいね。私
はいつでも、あなたのそばにいます」
「ありがとう、透くん。僕も君のそばに居続けるよ。何があったって、僕
は君を護ってみせるよ」
「……紅葉さん」
二人は顔を近づけ、唇を重ね合わせた。
大丈夫ですよ、紅葉さん。これからあなたがどんな悲しみに襲われても、
心の痛みに負けそうになっても、私が側にいます。そして私が、出来る限
りあなたの心を癒し続けます……。
いつしか陽が傾き、わずかに開けられた障子の隙間から、朱い西日が差
し込まれていた。
その陽光を浴びながら、二人はお互いの愛を確かめ合うかのように、い
つまでも抱きしめ合っていた。