朝食の下ごしらえをしているらしい台所から、一定のリズムで包丁の音が聞こえてくる。
夜中に目が覚めるのは腹が減るからだ。包丁の音に、彼女との逢瀬を期待しているわけでは決してない。
後ろから名を呼ぶ。透はすっとんきょうな悲鳴を上げて振り返った。
「夾くん…」
安堵の表情。夾の頬もほころぶ。透が指先をかばうのを目ざとく見つけ、
「見せてみろ」
なかば強引にその手を取った。
「大丈夫ですよ、ちょこっと切っただけです。舐めておけば治ります」
夾は無意識に透の指ににじんだ血を舐めとった。透の顔から微笑が消え、戸惑いの紅潮が頬に現れる。
「あ、の…」
強張る透の細い肩。小さな手。夾の頬もまた同じ様に紅潮していたが、彼女から隠すように
俯いてもその手は離せない。濡れた指先を見つめ、呟きが落ちる。
「悪い…」
窺い見た透の瞳は、その指先と同様に潤んでいる。
ミニスカート、エプロン、その無防備さに腹が立つ毎日だったが、今はそれを口実にできる。
晒された大腿に触れる。透は膝から力が抜けたようにカクンと床にへたり込んだ。
手を離さなかったのは、透の方だ。傷ついた指先を、自分の口に含む。夾の匂い。
誘い込むように、透は自分から床に背を預けた。
「お願いが…あるのです」
それを口に出すことにひどく怯えているらしい透の声が、夾の下半身を刺激する。
「…なんだよ」
「名前、を…」
夾は呼んだ。何度も呼んだ。その度に愛しさが募り、服を脱がせる手はもどかしさに震えた。
切なげに寄せられた眉根。鎖骨。張りつめた乳房、尖った乳首。順に口づけていく。
さらさらの髪が透の肌を滑り、透は狂おしげに首を振った。
「きょ、くん…くすぐった…っ」
頬を紅くして乱れる透に、ひどく嗜虐的な気持ちが湧いて、夾は透を焦らした。
濡れた彼女の敏感な所を舌先で嬲り、夾を求めてひくついても、彼は自らを挿入しなかった。
「ああ、いれて…くださ…っ」
「俺の名前を呼べよ」
透は限界を訴える。夾の名を呼びながら、腰を浮かせ、誘い込むように躍る。
「透…っ」
挿入しても夾は自制し、炸裂を引き延ばす。
「やっ、あ…は、ん…っ」
「どうして欲しいんだよ。言えよ、聞くから」
「あ、夾くん…っ、もっと、痛くして…くださ…っ」
「それから」
「ん…明日も、明後日も…その次も、こうして…」