「おめえなあ、今まで俺が教えてやったこと、実はなーんも身についてねえんじゃねえ?」  
「しっ、失礼なっ……そんなこと無いもん!」  
 頭上から降ってくる呆れたような声に、わたしは思わず抗議していた。  
 ここはわたしの家のわたしの部屋。そこで、机に向かっているわたしと、その傍らに立っているのは、長めの赤い髪を無造作に束ねた、すごく細身の男の人。  
 トラップ。数学がどうにもこうにも苦手なわたしに、両親がつけてくれた家庭教師。  
 近所の大学で募集してもらったところ、やってきたのが現在大学一年生だという彼。つまり、高校三年生のわたしとは年は一つしか変わらない。  
「ども。大学の掲示板見て応募しに来たんだけどよー」  
 初対面は三ヶ月前。受験生だというのにどうにも芳しくない成績にわたしがすっごくイライラしていたとき。  
 その軽薄な声を聞いて、一体何なんだろうと思うと同時……何だか、すごく心がすーっと楽になっていくのがわかった。  
 口が悪くて態度も悪くて。とてもお金をもらって教えに来ている人の態度とは思えないんだけど。  
 でも、何だかトラップと一緒にいると安心できる。そう訴えると、両親はすぐに彼を雇ってくれた。  
 それ以来、週に2回、トラップはわたしの家に来て、数学と理科を教えてくれる。  
 トントン  
 軽く響くノックの音に「はーい」と返事するを、顔を覗かせたのはお母さんだった。  
「パステル、お茶とケーキ持ってきたわよ」  
「あ、ありがとうっ」  
「ども。いつもすいませんねえ」  
 へらへら笑うトラップに、お母さんは信頼に満ちた眼差しを向けて、持ってきたトレイを机に置いた。  
 
「この子、覚えが悪いから大変でしょう? 先生、お願いしますね」  
「ま、金もらってることだし。俺にできることなら」  
「よろしくお願いします。じゃあパステル、ちょっと買い物に行ってくるから。しっかり勉強しなさいよ」  
「うっ……はーい。行ってらっしゃい」  
 わたしが頷くと、お母さんは「じゃあ」とトレイだけ持って外に出て行った。  
 わたしの部屋からは玄関が見下ろせる。何となく目を向けると、すぐにお母さんが外に出て行くのが見えた。  
 買い物かあ。ってことは、当分戻ってこないなあ。  
 ……じゃあ、今、家の中にはわたしとトラップの二人っきり? う、うわわっ!  
 変なことを考えてしまって、頭にボンッと血が上るのがわかった。  
 そう……なんだよね。  
 トラップが家に来てくれた当初、数学の成績が一気に上がって、先生も両親もすっごく驚いてくれた。  
 彼の教え方はわかりやすくて、数字を見るとアレルギー反応を起こしそうだったわたしの頭を見事に整理してくれたもんね。  
 だけど、ここ最近は、ちょっと伸び悩み気味。その理由は……  
「んあ? おめえ、食わねえの?」  
「えっ?」  
「食わねえなら、俺がもらうぞ」  
「わっ、た、食べる食べるっ! 食べるったらっ」  
 いつの間にか自分の分のケーキを食べ終えたトラップが、わたしの分に手を伸ばそうとしているのを見て。わたしは慌てて制止した。  
 キッとにらみつけてみたけど、トラップはそんなことには全然堪える様子が無く。いつもの軽薄な笑いを浮かべている。  
 最近、いまひとつ勉強に身が入らない。  
 何故だか、トラップの顔を見るとドキドキしてしまって。よく通る声を聞くとボーッとなってしまって。  
 おかげでこの前のテストもいまいち結果がふるわなくて、それでトラップを呆れさせてたんだけど……  
 ううっ、わたし、受験生なのに。こんなことでいいの? 何でこんな気持ちになるのかなあ……  
「パステル」  
 だ、大体、トラップはバイトでここに来てるだけでっ……別にわたしに対して特別な思いなんか抱いてるわけなくてっ……  
「おい、パステル」  
 って、わたし何考えてるのよっ!? トラップがわたしに特別な思い抱いてたら、だったら何だっていうの!? う、うわわっ……  
 
「おいっ」  
「きゃあっ!?」  
 ぐるぐると思考のループにはまりこんでいたとき。ぐっと肩をつかまれて、思わず悲鳴をあげてしまう。  
 振り向くと、そこには鼻が触れそうな距離でわたしを見つめているトラップの顔があって……  
 ドキンッ!!  
 明るい茶色の瞳に、わたしがうつりこんでいる。そんなことすらわかる至近距離。  
 そうと気づいた瞬間、鼓動が一気に早くなって……  
「……あ」  
 がっちゃーんっ!  
「あつっ!?」  
「きゃああっ、ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」  
 思わず身を引こうとした瞬間、肘が、机に載せられていたカップに触れた。  
 そして、まあ結果は予想通り。まだ中身が残っていたカップは無惨にも下に落ちて。そうして、熱い紅茶がトラップとわたしの膝へと……  
「ごごごごめんなさいっ! やけど……やけどしなかった!? あ、そうだ、救急箱取ってくるっ」  
「おい……大丈夫だってこんくれえ」  
「だ、だけどっ……あ、そうだ、見せて見せて。痕が残ったら大変。ほら、早く脱いでっ!」  
「おいおい」  
 思いっきりうろたえてしまったわたしが、ガシッとトラップの腰に手をかけると。  
 彼は一瞬驚いたような顔をして、そして次に、実に面白そうな笑みを浮かべた。  
「ほおお……大胆ですねえパステルちゃん?」  
「……へっ?」  
「二人っきりの部屋で男のズボン脱がせようとするなんて、おめえって意外と積極的だな」  
「…………っ!!」  
 言われた意味に気づいて、ばっととびのく。  
 わ、わたしってば……た、確かにそうだよ。何て……何て、ことっ!  
「ご、ごめんなさいっ……」  
「……おめえ、さ」  
「え……?」  
 どうすればいいのかわからなくて。とにかく謝るしかないわたしを見て。  
 トラップは、しばらく黙っていたけれど……やがて、ニヤッと笑って、わたしを手招きした。  
 
「何……?」  
「家庭教師として。おめえに聞きてえんだけどよ」  
「は、はい?」  
「おめえが最近勉強にいまいち身が入ってねえのは。さては俺を相手に欲情してるとか。実はそういうことなのか?」  
「はっ……?」  
 よくじょう。ヨクジョウ? 欲情……?  
 って、な、なななななっ……  
 言われた意味がわかって、一気に頭に血が上るのがわかった。  
「なっ、何言ってっ……」  
「照れるな照れるな。そうだよなー。おめえも18だもんな。一番興味のあるお年頃って奴だよな? 俺っていい男だしな」  
「じっ、自意識過剰っ! だ、誰がっ……」  
 誰があんたなんか、と。そう言い切れればよかったんだけど。  
 ふっ、と、急に真面目な表情になったトラップを見て、その言葉は尻すぼみに口の中へ消えてしまった。  
 く、悔しいけどっ……そんな顔をしているトラップは、何だかとってもかっこよくて……  
「そ、そんなことないもん……第一、だったらどうだって……」  
 悔しくて悔しくて、涙がこぼれそうになる。  
 口の中でぼそぼそと反論していると、トラップは急に手を伸ばして。  
 そして、わたしの肩をつかんだ。  
「……えっ? ……んんんんっ!!?」  
 触れた。  
 唇が、触れていた。トラップの唇に。  
 こ、これは……キス……?  
「ん〜〜〜〜〜〜っ!!?」  
 唇の隙間から滑り込んできた、熱いもの。歯をくすぐるようにして、奥深くまでもぐりこんできたもの。  
 それに気づいて思わず身を引こうとしたけれど。舌をからめとられた瞬間、襲ってきた感覚に、頭がボーッとするのがわかった。  
 やっ……な、何だろ、この気持ち……?  
 き、気持ち……いい……?  
 
「……教えてやろうか? パステル」  
「…………」  
「勉強に身が入らねえみてえだし。ここらで一発、課外授業といかねえ? 授業料はサービスしといてやるからよ」  
「…………」  
 課外授業、と聞いて。一体何を教えてくれるのか、と聞こうとしたけれど。  
 そんなの、言われるまでもないと、どこか冷静なわたしがつぶやいていて。そうして、わたしははじき出したその答えを、ちっとも嫌だと思わず、むしろ望んですらいて。  
 気がついたときには、無言で頷いていた。  
   
「さあて、まずはっ……」  
 わたしをベッドに横たえて。トラップはそれはそれは嬉しそうに、上にのしかかってきた。  
 見上げれば、天井より先に目に入るトラップの顔。  
 肩を押さえつける力は、強い。男の人の、力。  
 そう意識したとき、自然と身体が強張るのがわかった。  
「怯えるこたあ、ねえよ」  
 わたしの様子を見て、トラップは苦笑しながらつぶやいた。  
「俺が教えてやるよ。おめえの身体に、何もかも、な」  
「何もかも、って……」  
「いいことだよ。すっげえイイコト。まずは、な……」  
 トラップの細長い指が、服のボタンにかかった。  
 一つ、二つと外されていく。あらわになっていく素肌と、そこに突き刺さる彼の視線。  
 ぎゅっ、と目を閉じる。もちろん、こんな経験は……同じ年頃の男の人に裸を見られるなんて、初めてのことで。  
 ううっ、わ、わたしって……どう、なのかな? 胸はあんまり大きくないんだよね、悲しいことに……  
「と、トラップ……?」  
「…………」  
 不安になって声をかけたけど。彼は何も答えてくれなかった。  
 ただ、巧みにわたしのブラウス、ついで、紅茶で汚れたスカートを脱がせて……  
 今、わたしが身につけてるのは、下着だけ。そして、それすらも。トラップは何のためらいもなくはぎとって……  
 そのことに気づいて、顔どころか全身が染まりそうになった。  
 み、見られてるよねっ……絶対、見られてるよねっ!?  
 
「あ、あのっ、トラップ……んんっ!」  
 何を言えばいいのかわからなくて、とりあえずあげた声は、唇によって呆気なく封じ込められた。  
 さっきと同じ、熱いキス。情熱的な……心まで溶かしてしまいそうな、そんなキス。  
「や、あっ……あん、トラップっ……」  
「……まずは」  
 唇が離れる。  
 わたしの頬から顎のラインを優しく指でなぞって、トラップは言った。  
「まずはキスから……次は……おめえの身体、ほぐしてやらねえとな?」  
「ほぐす、って……」  
「こーいうこと」  
「きゃああああっ!?」  
 胸に唇を寄せられて、わたしは思わず悲鳴をあげていた。  
 やっ……な、なめてるっ!? なめてる……よねっ!?  
 胸の先端部分。そこを、唇で挟むようにして。  
 優しくなぞるこれは……トラップのっ……  
「やっ……ん、あっ……ああああっ……」  
 びくん、と身体がのけぞった。  
 こんな感覚は初めてだった。くすぐったいような、痛いような、熱いような……こんな、感覚はっ……  
「トラップ……」  
「自分で触ってみろよ」  
「え?」  
「ここ。自分で触ってみ?」  
 そう言って、顔を上げたトラップは、わたしの手をつかむと、無理やりさっきまで自分が散々もて遊んでいた場所に触れさせた。  
 わたしの胸。もちろん、お風呂に入るときとかに、いくらでも触ってきた場所だけどっ……  
 今触れたそこは、トラップの唾液で少し湿っていて……そして、少し硬く、尖っていた。  
「やっ……何、これ……」  
「女の身体ってなー、感じるとこうなるんだぜ? おめえ、知らなかったか?」  
「感……じる?」  
 息が荒くなってきた。  
 トラップの手が、胸から下へと降りてくる。  
 膝をつかまれた。割り開かれて、彼の前にさらされているのは……自分自身だって見たことがないような、場所。  
 
「やっ……やだっ、見ないでっ……そんなとこ、見ないでっ……」  
「…………」  
「きっ……やあっ……ああっ……」  
 無言、だった。  
 わたしの言葉に答えようともせず、トラップは無言で太ももをなで上げて。  
 そして、ソコに触れてきた。  
「いやっ……何っ……何、これえっ……」  
 ぐちゅっ  
 響いたのは、そんな音。  
 トラップの指は細いけど。それでも、普段ろくに触ったこともないその場所には、やや大きいと感じて。  
 入れられた瞬間、わずかに痛みが走った。だけど、彼が指を動かすたびに、その痛みは確実に和らいで。かわりにこみあげてきたのは……  
「やっ……熱い、何か……熱い、よ……トラップ……」  
「……濡れてんなあ」  
「え……?」  
「ほれ、見てみ」  
「きゃっ……あっ……」  
 ずるっ、と指が引き抜かれる。  
 一瞬、「やめないで欲しい」と思ってしまったのは、何で?  
 足の間に身体を割り込ませるようにして、トラップはぐっと自分の指をつきつけてきた。  
 透明な粘液にまみれた、手。それを見た瞬間、羞恥心に支配されそうになる。  
 あ、あれって……まさか、わたしのっ……  
「なめてみっか?」  
「ば、ばかっ、何てこと言うのよっ!!」  
「そーか?」  
 ぺろり、と何のためらいもなく指をくわえて。  
 そうして、トラップは笑った。とてもとても意地悪そうに。  
「甘い。結構……美味いかもしれねえぜ?」  
「…………っ!!」  
 見ていられない。  
 再び目を閉じる。耳に届くのは、笑い声。そして……  
 
「んじゃ、そろそろ……一番重要なこと、教えてやろうな?」  
「…………」  
「力、抜けよ」  
 ぐっ  
 押し付けられる、熱い塊。  
 わたしの手をとって、自分の身体にまわさせて。  
 ぎゅっと彼の背中にすがりついた瞬間。襲ってきた衝撃は……言い表せないほど、強いものだった。  
   
「んで、どーだよパステル? 課外授業の感想は?」  
「……っ……」  
 涙が溢れるのは、別に嫌だった、とか悲しかった、とか。そういう理由ではなく。  
 ただ単純に痛かったから。それと……少しだけ、嬉しかったから。  
「どうよ?」  
「っ……あ、ありがとうございます、先生っ……」  
「よろしい」  
 頷いて、トラップは軽くわたしを抱きしめた。  
 触れる身体が、とても暖かい。むしろ……熱い?  
「トラップ……」  
「こんな課外授業なら、大歓迎だぜ?」  
「え?」  
「また色々教えてやろうか? そだな。今回は俺が一方的だったからなー。次は、おめえに色々やってもらいてえなー。イロイロ」  
「…………」  
 
 い、一体、何をさせるつもりなんだろうっ……  
 すごーく不安になったけど。口に出すと、「教えてやる」と言われそうな気がして、慌てて飲み込んだ。  
 だ、だって……よく考えたら、今は真昼間でっ……多分、もう少ししたらお母さんも帰ってきてっ……  
「……授業」  
「ん?」  
「課外授業……わたし以外の子にも教えてあげたことあるの? トラップは」  
 かわりにつぶやいた言葉に、トラップはしばし黙り込んで。  
 そうして、抱きしめる腕に力をこめた。  
「おめえだけ」  
「…………」  
「こんなこと教えてやってもいいって思えるのは、おめえだけ」  
「……ありがとうございます」  
 見なくても、大体わかる。  
 今、わたしの髪に顔を埋めるようにしてつぶやいてるトラップは……きっと、真っ赤になってるに違いない、って。  
「また、教えてね」  
「ああ。いつでも。んじゃ……そろそろ正規の授業に戻るか?」  
「うん」  
 きっと、今なら苦手な数学もスラスラ解けるに違いない。  
 変な確信をして、わたしは大きく頷いた。  
 

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