今日はみんな疲れてるみたいだ。
地面に座り込んでいる皆を見ると、つくづくそう思う。
ここはあるクエストに向かう帰り道にある森の中。
今日のクエストは厳しかった。それでも、みんなが無事に帰ってこれたのは、本当に幸運なことだと思う。
もう誰も失いたくないから。それは俺の心からの本音でもあるし、多分みんなの本音でもある。
「じゃあ、今日はここらで野宿ということで」
てきぱきと指示を出しながら、クレイが言った。
「交代で見張りをするぞ。最初はトラップな」
「げっ! 何で俺が一番なんだよ!?」
「途中で起こそうとしたって、お前起きないだろう?」
クレイの言葉に、トラップは言い返せないみたいだった。
いつもパステルやクレイを困らせている場面を見ているから、それに関しては否定できない。
「いいか、絶対寝るなよ? 二時間ずつ交代な。トラップの次が俺、次が……ノル、いいか?」
「わかった」
「よし。ノルの次はキットン、頼んだぞ」
「はい」
「よし、じゃあ寝ようか」
クレイの言葉に、皆がため息をついて毛布にくるまった。
トラップ一人、不機嫌そうな顔で焚き火を見つめている。
俺ももう寝よう。今日は随分モンスターとも戦ったし。
地面に横になると、すぐに眠くなってきた。
皆は宿に泊まる方がいいって言うかもしれないけど、俺は野宿は嫌いじゃない。
野宿のときは、普段宿に泊まれない俺も、皆と一緒に寝ることができるから。
横になると、すぐに眠ってしまったらしい。クレイに起こされたのは、それからしばらく経ってからだった。
「ノル、ノル、起きてくれ!」
揺さぶられて目を開けると、真っ青な顔をしたクレイが俺の顔を覗きこんでいた。
クレイがこんな顔をするなんて、ただごとじゃない。何かあったんだろうか?
「クレイ、どうした?」
「トラップとパステルがいないんだよ!」
俺の隣では、ルーミィとシロが幸せそうな顔で眠り込んでいる。さらに隣では、キットンがおおいびきをかいている。
だけど、確かに、寝る前は確かにいたはずのパステルとトラップの姿が無い。
「トイレかどこかじゃないのか?」
「俺が起きたのは随分前なんだ。だけど、いっこうに戻って来ないから……」
焚き火の様子を見ると、確かに結構時間が経っているみたいだった。
トラップがこんな風に役割を放り出すのは珍しい。何があったんだろう。
パステルは方向音痴だから。トイレに起きて戻ってこないから、心配して探しにいったんだろうか……?
何だかんだ言って、トラップはいつもパーティー皆のことを気にかけている。迷ったパステルを探し出すのは、いつも彼の役目だった。
「俺、二人を探しに行くから。ここを見ててもらえるか?」
クレイの言葉に、ちょっと考える。
森は広いし、クレイ一人では大変だと思う。
だけど、俺まで探しに出かけたら、キットン達だけが残されることになる。森にはモンスターが出るかもしれないし、それはまずいだろう。
「夜だし、危ない。やめた方がいい」
俺が首を振ると、クレイは「だけど、二人を放っておくわけには」とつぶやいた。
クレイは自分をリーダーに向いてない、と思ってるみたいだけど。こういうところを見ると、俺達のパーティーのリーダーはクレイしかありえないと思う。
こんなに心配かけて、二人はどこに行ったんだろう?
そのとき、ふと思いついて顔を上げる。
今はまだ夜。だけど、夜でも目の見える鳥は、いるはず。
「クレイ、ちょっと待って」
クレイに断って、口笛を吹いてみる。いや、クレイには口笛に聞こえただろうけど、これは俺が鳥に送った合図だ。
俺の呼びかけに、まだ起きていた鳥たちが集まってきてくれた。
悪いな、こんな時間に。
「今、鳥達に二人を見なかったか聞いてみるから。ちょっと待ってて」
そう言うと、「頼んだぞ!」と期待に満ちた目で見られてしまった。
……これでも見つからなかったらどうしよう? クレイの期待を裏切ることにならないか心配だ。
ぶんぶんと手を振ると、一羽の鳥が呼びかけにこたえて舞い降りてきた。
『こんな時間に悪いね』
『いいってことよ。俺達の言葉がわかる奴ってーのは珍しいからな。見かけねえ顔だな。あんた、この辺の人じゃないだろ?』
気さくに答えてくれたのは、一羽のふくろう。
随分年寄りみたいだ。多分、この辺の鳥達を束ねている長老なんだろう。
『そう、ここへはクエストの帰りに立ち寄った。ちょっと聞きたいことがあるんだ』
『森の中で俺達が知らないことはねえよ。何でも聞いてくんな』
『ありがとう。人を捜してるんだ。赤毛でひょろっとした男と、長い金髪の可愛い女の子、見なかったか?』
俺が聞くと、ふくろうはしばらく考え込んでいたけど。やがてこっくりと頷いた。
『あんたが捜してる二人かどうかは知らねえが。確かにそんな奴らを見かけたぜ』
『多分その二人だと思う。どこにいた?』
『なあに、こっからそう離れてはねえとこよ』
『良かった』
『しかしあんたら人間は、不思議なことをするもんだね』
『……え?』
ふくろうの言葉の意味がわからなくて、俺は首を傾げてしまった。
「おい、ノル! 鳥は何て言ってる?」
言葉がわからないクレイが、イライラしたように俺をつついたけど。
ちょっと待ってて欲しい。俺にもよくわからないから。
『不思議なこと?』
『おうよ。その二人な、何かこそこそしてるからおかしいと思って後をついていったのよ。たまに森を荒らす奴がいるもんでな。そうしたらな……』
『うん?』
『突然争い始めたのよ』
『争い?』
トラップとパステルが喧嘩をしてるってことか? あの二人の喧嘩はいつものことだけど。わざわざ場所移動をするなんて、何があったんだろう?
二人とも頑固だから。クレイにでも仲裁してもらわないと。
そんなことを考えている間にも、ふくろうの言葉は続く。
『それでな』
『まだ何かあるのか?』
『ああ。あんたらがまとってるその布は、俺達にとっちゃ羽みたいなもんだろう?』
『ああ、そのとおりだ』
布っていうのは、多分服のことだろう。
頷くと、ふくろうはうんうんと頷いた。
『そうだろうよ。俺達にとっちゃ、この羽は冬を越すために必要不可欠なもんだ。それなのに、あんたら人間は、簡単に羽を捨てることができるんだな』
『……え?』
羽を捨てる? 服を捨てる? ……服を脱ぐ?
服を脱いで、争ってる……?
『あの二人なら、今羽を捨ててえらい争ってるぜ。止めるなら早く止めた方がいいんじゃないかねえ。女の方は痛いだの優しくしろだのえらい剣幕で泣き喚いてたしな』
『…………』
『んん? どうした?』
俺が黙り込んでいると、ふくろうの元に別の鳥が舞い降りてきた。
二羽はしばらくしゃべっていたけど、やがて後から来た鳥は飛び立っていった。
ふくろうは深く頷いて、
『若いもんは好奇心が旺盛だなあ。二人の様子を見守ってるらしい。人間の言葉ってのはよくわからんが、今、女の方が嫌だとかそんなことない、とかわめいてて。
男の方は好きなくせして意地はるな、とか身体は正直だな、とか……? どういう意味かはよくわからんが、そんな言い争いをしてるそうだ』
『…………』
『どうした? 早く止めないと病になるんじゃねえか? 人間にとっちゃ、この季節は羽が無いと辛いだろう』
『……いや、大丈夫だと思う。教えてくれてありがとう』
俺が礼を言うと、ふくろうは『いいってことよ』と言いながら、空へと舞い上がって行った。
……トラップ、パステル……
おめでとうと言うべきなんだろうけど……いや、正直、俺、ちょっとトラップが羨ましいけど……
「どうしたノル? 二人は見つかったのか?」
俺は、クレイに何て言えばいいんだろう……嘘はつきたくないけど、邪魔をしたら、きっとトラップは怒るだろう。
「鳥達はわからないって言ってた」
「……そうか……じゃあ、やっぱり探しに行くしかないか」
「でも、森の中に危険は無いから、心配しなくても大丈夫だって。そう言ってた」
俺がそう言うと、「そういう問題じゃないんだよなあ。トラップのことなんか端から心配しちゃいないけど」と、クレイは随分失礼なことを言っていたけど。
多分みんなのためにも、ここはクレイを引き止めておいた方がいいんだろうな。
難しい。俺はあんまり口がまわる方じゃないから。こういうときは、トラップが羨ましいと思う。
それからずっと、俺とクレイは言い争っていた。探しに行こうとするクレイを、「心配無い」「二人を信用しよう」って引き止めてただけだけど。
トラップ達が戻ってきたのは、30分くらい経ってから。
「トラップ! パステルも……お前ら、どこ行ってたんだ!!」
「あれ、おめら起きてたのか?」
「起きてたのか、じゃない!!」
詰め寄るクレイに、トラップはいつも通りの笑顔を浮かべていたけど。
後ろに立っているパステルの目は真っ赤で、でも表情はすごく嬉しそうだった。
パステルが幸せなのはいいことだけど。
誰に見られてるかわからないって、教えてあげた方がいいんだろうか?
取っ組み合いを始めそうになったクレイ達を引き止めながら、俺はそんなことを考えていた。