「きききキットン――っ!? 何なのよこの薬は――!!」 
「パステル、あなたこそ人がせっかく作った薬を何てことしてくれたんですか――!?」 
 うららかな秋の日の昼下がり。 
 みすず旅館の部屋の中で、わたしとキットンの声が響き渡った…… 
  
 事の起こりは、わたしの胃痛。 
 いやもう、財政状態が厳しくて厳しくて。切り詰められるところは全部切り詰めたはずなのに、それでもいっこうに消えない赤い文字。 
 そのせいかなあ? ここ数日、すごーく胃が痛くて痛くて。 
 我慢できないから、キットンにお願いしたんだよね。「何か薬無い?」って。 
 だけど、キットンはそのときすっごく焦っていた。 
 ちなみに何を焦っていたのかっていうと、摘んできた薬草の中に偶然新種の薬草が混じっていたから、らしいんだけど。 
「キットン、ねえキットンってばー!」 
「すいませんパステル! 今ちょっとそれどころじゃないんです。薬でしたら自分で探してくださいっ!」 
 そう言われて指し示されたのは、キットンがいつも持ち歩いているカバン。 
 もう、相変わらずだなあ……なーんて言いながらカバンの中をあさって、「胃薬」って書かれた袋を見つけ出す。 
 中に入っていたのは、真っ黒な丸薬だった。いつもの不気味な飲み薬に比べれば、飲みやすいよね。 
 わたしは安心して、その薬を飲んだんだけど。 
 それが、一時間前のこと。そして…… 
  
 薬を飲んでも胃の痛みはちっともよくならなかった。 
 おっかしいなあ……キットンの薬が効かなかったことなんて、今までなかったのに。 
 いずれ効くよね? なんて思いながらごろごろベッドに転がってたんだけど。胃の痛みはひどくなるばっかりで。 
 どうにも我慢できなくなって、もう一度キットンに頼んでみよう、と思い立ったとき。 
 バタンッ、と部屋のドアが開いた。 
「おいパステル、いるか? あのな、ちょっと頼みがあるんだけど」 
「ああ、トラップ……何?」 
 顔を出したのは、パーティー一のトラブルメーカーであり現実主義者であるトラップ。 
「あのさ、ちっと金貸してくんねえ? いやそれを何倍にもして……」 
「このバカ――っ!! わたしが何でこんなに苦しんでると思ってるのよそうやってすぐにギャンブルに走るあんたのせいなのよあんたの!? 最低最低最低――!!」 
 わたしの叫びに、トラップは一瞬呆気に取られたみたいだった。 
 そして、言った本人であるわたしが、一番驚いていた。 
 え、何!? な、何、今の言葉……わ、わたしが言ったの!? 
「わ、わりい……おめえ、どうした? 機嫌わりいな、今日は」 
「悪くなんか無いわよわたしはいつものわたしよただちょっと胃が痛いだけでお願いだから話かけないでー!!」 
「……はあ?」 
 トラップの怪訝な表情が、段々不審の表情に変わってきた。 
 もっとも、それに構ってる余裕はなかったんだけど。 
 な、何ー!? わたしっ……今何言った!? 
 な、何で!? 何でっ……こんなこと言うつもりじゃなかったのに。何でっ…… 
 そのときだった! 
 ドンッ、とトラップを押しのけるようにして、キットンが部屋にとびこんできた!! 
「パステル! あなた人の薬を勝手に……」 
「きききキットン――っ!? 何なのよこの薬は――!!」 
 で、冒頭に繋がる、というわけだった。 
  
「う、嘘がつけなくなるう!?」 
「そうですよっ! ああもうっ、せっかく数をそろえたのにー!!」 
 キットンの言葉に、わたしは眩暈がした。 
 ま、まさかっ……あの罵倒が、わたしの本音……? 
 嘘――っ!? わたしって、あんなに柄が悪かったの――!? 
「あんでそんなもん作ったんだ?」 
「依頼ですよ。自警団からの。なかなか自白をしない犯人がいるから試しに10粒ほど作ってみてくれないか、と頼まれたんですが……ああ、せっかく苦労して作ったのに……」 
 うちひしがれるキットン。もっとも、わたしはそれどころじゃなくて…… 
「泣きたいのはこっちよどうしてくれるのよキットン! 嘘がつけなくなるって一体いつまで? いつになったら効果が切れるの!!?」 
 がくがくと胸元を揺さぶると、キットンの喉から苦しげな悲鳴が漏れた。 
「おいおい、落ち着けパステル。それ以上やったらキットンが死ぬかもしれねえぜ?」 
 笑いをこらえているのはトラップ。 
 くくーっ! いいわよねあなたは気楽で! 
「いいわよねあなたは気楽で! わたしの身にもなってよー!!」 
 ……嘘がつけないから、思ったことを素直に口にしてしまうんでした…… 
 わたしの発言に、トラップは大笑いをしながら言った。 
「んでキットン? いつになったら効果が切れるんだ?」 
「さあー試作品ですからねえ。まあでも消化すれば効果は消えると思いますよ?」 
 わたしの手を振り解いて、キットンは悪びれもせずに言った。 
 消化……ってことは、後2〜3時間? 
 くらり、と眩暈がする。短いようでいて長い時間。ど、どうしよう……? 
 って、いや、よく考えたら簡単なことじゃない! 
「そうか」 
「どした?」 
「簡単なことじゃない。ようするに2〜3時間、一人になっていればいいのよ! ほら、二人とも部屋から出ていって!」 
 わたしがそう言って追い立てると、キットンは「言われなくても出ていきますよ! 全く、また薬を作り直しじゃないですか!」とぶつぶつ言いながら出て行ったけど。 
 部屋のドアが閉まっても……何故だか、トラップはニヤニヤ笑いながら居座ったまま。 
「ちょっと、トラップ。出ていってってば」 
「なあ、パステル」 
「何?」 
「おめえな……」 
 じりっ、とトラップの身体が迫ってきた。その表情には、すごーく意地悪そうな笑みが浮かんでいる。 
 ……い、嫌な予感がするっ…… 
「嫌な予感がする……」 
「嫌な予感だあ?」 
「トラップがこんな顔するときってろくなこと考えてないもん!」 
「ほー、それがおめえの本音か」 
 唇の端をひきつらせて、トラップはガシッ、とわたしの肩をつかんだ。 
「な、何するのよー!?」 
「なあ、パステル。おめえ、俺のこと好きか?」 
「好きだよ」 
 言われた質問に、反射的に答えてしまう。 
 答えてしまってから……一気に青ざめた。 
 な、な……何!? 今、わたしの口をついて出たのは…… 
 トラップの顔に、満面の笑みが浮かんだ。 
「そーか、好きか。そうかそうか……」 
「す、好きだよ……って違う違う違うー!! 違う、好きなんかじゃっ……す、すきっ……」 
「嘘がつけねえんだろー? 無理しねえ方がいいぜー?」 
「いっ、意地悪っ……」 
 その通りだった。 
 いくら否定しようとしても、口をついて出るのは「好き」という言葉だけ。 
 ち、違うっ……わたし、わたしはっ…… 
 その瞬間! 
 トラップの顔が急に迫ってきた……と思ったときにはもう、わたしの唇は、彼のそれで塞がれていた。 
「……ん――っ!? ん、んんんんっ……」 
 ぎゃーっ!! な、何するのよーっ!!? 
 唇の隙間から無理やりこじいれられたのは……こ、これって舌!? 
 それは、わたしの舌を無理やりからめとるようにして、思う存分に口の中を暴れまわっていた。 
 だけど、決して不快な気分ではなく。むしろ…… 
「どうよ? 感想は」 
「き、気持ちよかった……」 
「そーかそーか」 
 ああああああああっ!! な、何を言ってるのわたしは――!? 
 どれだけ青ざめたって、言ってしまった言葉は取り消せない。 
 わたしの肩に手を置いて、トラップは実に嬉しそうな顔で言った。 
「こんな方法卑怯かもしれねえけど……おめえが素直になってくれる機会なんて、そうはねえだろうからなあ……?」 
「失礼なっ。わたしはいつだって素直じゃない!?」 
「いーやどうだか。例えばなあ……」 
「きゃあっ!!?」 
 ふっ、と首筋に落ちた湿った感触に、わたしは思わず悲鳴をあげていた。 
 ちくん、とかすかな痛み。同時に、トラップの手が、わたしの胸に軽くあてがわれて…… 
「きゃあきゃあきゃあああああっ!?」 
「どーよ、気持ちいいか?」 
「う、うんっ……ってちが、ちが、ちがうっ……」 
「だあら、無理すんなっつーの」 
「やっ、だからっ……あ、あ、あ……ひゃんっ!!」 
 するり、とセーターがまくりあげられた。 
 骨ばった手が、遠慮なくその中にもぐりこんできて、下着の中に滑り込む。 
 うわあああっ、な、何、この感覚っ!? こ、これはっ…… 
「どーよ?」 
「気持ちいい……あ、ああっ……や、やあっ……」 
「そっか」 
 ぐいっ、と床に押し倒される。目の前に、明るい茶色の瞳が迫ってきた。 
「やめてほしいか?」 
「やめないで、もっと、お願いっ……」 
「ほーらな?」 
 わたしの胸に顔を埋めるようにして、トラップは言った。 
「おめえがこんだけ素直に身体を求めるなんて、普段じゃまずありえねえだろ?」 
「…………」 
 だ、誰かっ、お願いっ……! 
 誰かわたしを誰もいない地上の果てまで連れてって――!! 
  
 結局。 
 薬の効果はそれから丸一日ほど続き。その間、わたしはトラップにいいようにからかわれ続けた。 
「ひ、ひどいっ……」 
「あんだよ?」 
「こんなのってひどい! ひどいよ、トラップ……」 
「……あのなあ」 
 ベッドの中で。トラップは、わたしの髪をぐしゃぐしゃ撫でて言った。 
「ひどいのはおめえだぜ?」 
「何がよっ……」 
「俺はずっとおめえが好きだったのに。おめえ、それにちーっとも気づいてなかったろ?」 
「……え?」 
 ぎゅっとわたしの身体を抱きしめて、トラップは言った。 
「薬の力借りなきゃ告白もできねえ鈍感女に惚れちまって、俺が今までどんだけやきもきしたか。だあら、これくらい許せっつーの。それに……」 
 すっ、と耳元に唇を寄せて、トラップは言った。 
 ――気持ちよかったんだろ? 
 どかんっ、と頭に血が上る。 
「と、トラップー!?」 
「あんだよ。それともおめえ。実はやっぱり俺のこと嫌い、とか言うつもりか……?」 
「…………」 
 いや、それは、ちょっと。 
 黙り込むと、トラップは、それはそれは嬉しそうに、抱きしめる腕に力をこめた。 
 否定できない自分が、何だかすっごく、すっごーく……悔しかった。 
  
 

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