ふっ、と景色が一転した。  
床がいきなりなくなって、急に、わたしは落ちた。  
どすん!  
「きゃあ!!」  
あいたた…  
落ちたのはほんの少しの高さだったけど、いきなりのことにわたしはしりもちをついてしまった。  
…ここ、どこだろう?  
さっきまでいた場所とは明らかに違う。  
もしかして…ワープしちゃったとか?  
「ク…クレイ?トラップ?ルーミィ?…み、みんな、どこ…?」  
静かな空間に、わたしの声がわんわんとうなった。  
ぴちょん…ぴちょん…と、水の音が聞こえる。  
手をついている大きめの岩には、うっすらとコケが生えているようだった。  
ここ…ダンジョンのかなり深い所みたい。  
真っ暗で、何も見えない。カンテラはこわれてないかな?  
闇の中、手探りでカンテラに灯りをともしてみる。  
すると、自分のいるのがかなり広い空間だというのがわかった。  
広い地底湖のほとり。  
そして…  
「うっそ…」  
あまりのことに、わたしは呆然としてしまった。  
わたしが手をついていた岩。  
それは、大きな女神像の台座だったのだ。  
この像こそが、わたしたちが探していたもの…だったはず。  
 
たったひとりになってしまったことへの不安よりも、女神像に関心を奪われてしまって、わたしは呆けていた。  
カンテラに照らされた、乳白色の石像…神々しい表情。  
きれい…。  
…そうだ。感動するのは後にして、…わたしが何でここまでショートカットできたのかはわからないけど、 
とりあえず、目的のものを探そう。  
花、だったよね?像の足元に生えてる…  
あれ?  
…ない。  
花なんてどこにもないんだけど…  
…えええええ?またオーシに騙されたのかなぁ?  
ひんやりと湿った石ばかりがごろごろと転がっていて、花どころか植物の気配すら感じられない。  
っていうか。カンテラがなかったらなんの明かりもないようなところで、花なんか咲くはずがないよね?  
でもでも。今までも、何組ものパーティが花を持ち帰ってきたことがあるっていうのは聞いた。  
あれれ?  
 
うーん。よくわからなくなってきたぞ。  
もしかして、ここじゃない場所にもうひとつ女神像があるのかな?  
で、そっちには花が咲いている…ってことなのかな?  
とにかく、考えていても仕方ないから、この部屋を調べてみよう。  
ヘタに移動したりしたらますますはぐれそうだし…  
と、立ち上がろうとしたその瞬間。  
わたしの右足に、ありえない痛みが走った。  
思わず、中腰の姿勢で女神像の腕にすがってしまう。  
い…いったーい!!!  
ずきずきずきずき。いきなり痛み出したのは、右足の親指の付け根あたり。  
動かすたびに激痛。  
だ、駄目だ。体重かけられない。  
捻挫とかそういうレベル超えてるかも…それくらい痛い。  
落ちたときに変な転び方したからかな?  
女神像の手をしっかり掴みながら、わたしはもう一度座ることにした。  
いっしょうけんめい右足をかばいながら、左足に全神経を集中して…  
あとちょっと、というところで、わたしはお約束のようにバランスを崩してしまった。  
 
あいたた…  
本日2度目の転倒。  
なんとか右足をかばって転べたけど、痛いのは変わらないんだよね。はぁ…  
なんとか体勢を立て直して、台座によりかかったとき、わたしは自分の手のひらに何か握られているの 
に気付いた。  
精巧な金細工の指輪。綺麗な乳白色の宝石を戴いている。  
これって…あああ!  
この女神像が付けてた指輪!!  
いま、わたしが転んだ拍子に取っちゃったんだ!  
も、戻さなきゃ、戻さなきゃ。  
これがあのうちのパーティの赤毛の盗賊だったら、いいじゃん、もらっちまえよ、高く売れるんじゃ 
ねぇの?とか言うんだろうけど。  
座り込んだわたしには到底手の届かない位置に女神像の手はあって…  
…どうしよ。  
右足の痛みは全然引く気配もないし…助けを待つしかなさそうだなぁ。  
 
ほんとうは、カンテラの灯りは消しておかないと後々燃料とか足りなくなったときに困るのかもしれな 
いんだけど。  
点けたままにしちゃってる。  
真っ暗だと怖くって駄目だな。  
1人だと心細くて、わたしってほんと、1人だと何も出来ないんだな、って思っちゃう。  
さっきも、気にしないようにしてたけど…  
マップが間違ってたのを、わたしの間違いだと最初思われたんだよね。  
それはいつもそうだからして、反論できないんだけど…  
でもさ。  
わたしっていつまでも成長がなくてさ。冒険が好きだからここにいると言うだけであって…  
情けないよね。  
はああ。1人でいると、いろいろな事考えちゃって、だめだなぁ。  
わたしは深々とため息をついた。  
…と。  
唐突に聞こえたのは低いうなり声。  
その方向に顔を向けると、大きな狼がわたしを睨んで、威嚇の姿勢をとっていた。  
 
「――――っ!!!!」  
声にならない声。  
獰猛な目をぎらぎらさせて、飛びかかってきた狼の爪を、ごろごろと転がりながら避けた。  
脇においておいたポタカンが弾き飛ばされてからからと転がっていった。  
ちょ、ちょっとまってよー!!  
このダンジョンに、こんなモンスターが出るなんて聞いてない!  
身の丈は普通の狼の1.5倍はあって、瞳は金色。  
しっぽの部分も金色で、長い体毛は濃いグレー。  
いま避け損ねて、ちょっとかすっただけなのにスカートが破かれて、同じく爪に引っ掛けられたタイツ 
が大きく縦に裂けた。  
薄くついた傷口から血が滲んでくる。  
…そのくらい鋭い爪。  
唸る口元から覗く牙はその何倍も尖っている。  
その口から恐ろしい咆哮が発せられて、かれはもう一度わたしに飛び掛ってきた。  
…逃げられない!!!  
わたしはぎゅっと目を閉じた。  
 
どすっ、と鈍い音。  
ぎゃうん、という獣の呻きに、わたしは驚いて目を開けた。  
わたしに襲いかかろうとしていた狼は、ロングソードによって地面と繋ぎとめられていて…ぐったりと 
動かなくなっていた。  
それを見て思わずクレイが助けてくれたんだ、と思ってしまったのは、仕方ないと思う。  
「ク、クレイ…?」  
けれど、聞こえてきたのは別の声だった。  
「…パステル?」  
低くて、でも良く通る懐かしい声。  
その声を聞いただけでどきん、と心臓が反応してしまう。  
からだが一瞬で熱を持った。忘れるはずもない。  
「ギ…ギア?」  
わたしの名前を呼んだのは、なんと、キスキンで別れた、あのギア・リンゼイだった。  
 
「パステル…ほんとにパステルなのか?何でこんなところに…」  
いきなりの再会に、ギアは驚きを隠せないようだった。  
それはそうよね。どうしてこんなところにって、それはわたしも聞きたい。  
でもとにかく、その怪我をどうにかしなくちゃ、と言われてみて、初めて自分の足を見下ろしてみて、 
わたしは気が遠くなりかけた。  
スカートに(けっこう厚地なのに!)深すぎるスリットが刻まれて、下に履いていたタイツに空いた大き 
な穴から覗くわたしの足からは真っ赤な血がだらだらと伝い落ちていたの!  
いままで無我夢中で全然気付いてなかった…。  
「傷自体は、そんなに深くないよ。血がたくさん出てるだけで」  
真っ青になってしまったわたしを安心させるようにギアはわたしの瞳を覗き込んで、優しく微笑んでく 
れた。水筒の水で血を洗い流し、ぶつぶつとつぶやく。  
…そうか。ヒールしてくれるんだ。  
太ももに触れるか触れないかくらいに近づけた彼の手から、あったかい光が湧き出してくる。  
それはそのままゆっくりと撫ぜるようにふくらはぎまで下降して、わたしの傷を完璧に治してしまった。  
さっき痛めた右足の親指も、痛みが和らいで立てるようにして貰えたんだけど…  
…ううう。なんか照れちゃう…。  
ギアにはそんなつもりないんだろうけど、意識しちゃってる自分がなんとなく気恥ずかしい…。  
そんなわたしを知ってか知らずか、彼は「もう大丈夫」と言って、改めてどうしてここにいるのかをわ 
たしに尋ねてきた。  
 
 
いつもの通り、トラップがオーシから買ってきたクエスト。  
題して「女神の試練」。  
といっても、そんな大それたクエストじゃなくて、そのダンジョンの最深部にある女神像の足元に生え 
ている花が、なんでもすごーく価値のあるものらしくて。  
(キットンが珍しがって、クエストに大乗り気になったから、きっとほんとに珍しいものなんだと思う)  
それを採れるだけ採って帰ってくるっていう、わりとシンプルなクエストだったはずなんだけど…  
オーシのくれたマップが、全然!合ってなくて、三叉路のはずなのにT字路とか。  
右折すればいいはずなのに行き止まりとかそんなのばっかりで、わたしたちパーティはすっごく迷って 
しまった。  
「おめえ、ちゃんとマップみてんのかよ??横にしてねぇか?横に!」  
なあんてことをトラップが言い出すものだから、選手交代して、トラップにマップを見てもらったんだ 
けどやっぱり駄目。  
けど、花はとても高く売れるという話だったし、クエストもお金を少なからず出して買ったもので。 
キットンもその花にとても興味を示していて、クエストをあきらめるのはもったいないだろうというこ 
とになって、幸い大したモンスターも出ないし、最初からマッピングしなおしながら進もうということ 
になったんだ。  
 
それで、わたしたちは一度入口に戻って慎重にダンジョンの探索を始めた。  
トラップと額を合わせながら、注意深くマッピングして、たまに出てくるスライムなんかを追い払いな 
がら確実にわたしたちはダンジョンを踏破していっていたんだけど…  
なんの脈絡もなく、(本当に、なんでこんなことになったのかわからないんだ)わたしはここに飛ばされ 
てしまった。  
女神像の足元に。  
 
…と、ここまでの話をしてしまうと、ギアは不思議そうな顔をした。  
「そうか…偶然、同じクエストに挑戦していたんだな。けど、その花については初耳だし、何よりこの 
ダンジョンの途中で誰かに会ったなんてこともなかったぜ?」  
「ええ?同じクエスト?」  
「だって、こうしておれとパステルは同じダンジョンにいたわけだし。もしかしたら、ダンジョンの途 
中をショートカットするワープが仕掛けられていたのかもな。  
だとすると、戻る途中でクレイたちと会えそうだな」  
「そ、そっか…そうかも」  
「目的が違うのがちょっと疑問点ではあるけど。おれはこの女神像のつけているはずの指輪なんだが… 
指輪なんか、つけてないな。ガセだったのか?」  
「あ!その指輪ならさっきわたしが間違って外しちゃったやつかも。これ」  
わたしはさっき握り締めていた手をギアに開いて見せた…しかし、そこに指輪はなくて。  
それはいつのまにやら、わたしの薬指にはまっていた。  
「…れ?」  
いつはめたんだろう?というか、はめた覚えなんて…ないよ?  
手をくるくると裏返してみても、同じ。わたしの薬指に、あつらえたように輝く乳白色の宝石。  
「それがその指輪?」  
「うん…そうなんだけど、ね?」  
きゅ、と引っ張ってみる。  
あれ?  
こんどはもっと強く。  
あれれ??  
「…と、取れなくなっちゃった…」  
 
ギアにも手伝ってもらったりしたんだけど、何故か!この指輪、全然びくともしなくて、わたしの手か 
ら離れてくれなかった。  
最後にはわたしの指のほうが痛くなっちゃって、ギブアップ。  
…いったい、どうなってるの?  
「…とにかく、ここを出よう。いつまでもパステルもパーティからはぐれたままでいられないだろうし、 
歩きながら話そう」  
痛くて手をぷらぷらと振っていたわたしに、ギアは言った。  
「うん…早く合流しないと。きっと心配しちゃってる」  
「その前に…パステル。何か着替えは持っていないか?」  
「…え?」  
「その格好…長時間一緒にいるには、ちょっと大変なんだけど」  
…  
きゃあああああ?!  
深すぎるスリットに、大きく穴の開いてしまったタイツ。  
ど、ど、ど、どうしよう。タイツはあるけど、スカートがない…  
わたしが顔を真っ赤にして考えあぐねていると、彼がおそるおそる声をかけてくれた。  
「おれの着替えでよければ…着るか?」  
 
ギアには後ろを向いてもらって、彼の細身の黒いパンツを履かせてもらう。  
さすがにコンパスの差は大きかったので、裾は3回折った。細い細いとおもっていたけど、ウエストな 
んかは緩いくらいだったので、ベルトで締める。  
…男の人の服って、初めて着たかも…  
なんだかドキドキする。違う人の香りが鼻腔をくすぐる。…ギアの、香り。  
「あ、ありがとう…着られたよ」  
「…良かった。あの格好じゃ、襲いたくなっちゃうかもしれなかったからね」  
「ええ?!」  
ギアは笑ってわたしの頬に手を寄せる。  
…!!  
 
またキスされるのかと思ったけれど、彼はただ笑って、「行こう」とだけ言った。  
否定も、肯定もせずに。  
わたしは落ち着かない心臓を必死で抑えながら、歩く彼の後ろを追いかけた…  
 
 
歩きながら、ギアは手に入れたクエストの内容を教えてくれた。  
 
それは、とある修道院からの依頼で。  
その修道院に伝わる文献を解読していたところ、つい最近、そこで祀っている女神様に関係する何かが 
ある遺跡に封印されていることがわかったんだって。  
でもその封印は、ある2つのダンジョンに別々に納められている指輪を使わないと解けない。  
一方のダンジョンはそんなに危険度が高いわけでもなかったけれど、  
もう一方は獰猛なモンスターがたくさん出てくる難易度の高いダンジョンだった。  
修道女たちだけでも、前者のダンジョンは探索することが出来た。  
けれど、後のほうはやっぱり危険だということで冒険者に探索を依頼することになって、  
それでそれを受けたのがギアとダンシング・シミター。  
「ダンシングシミターはいまどうしてるの?」  
「彼はその封印があるという遺跡を修道女たちと調べている。指輪をどうすれば封印がとけるか、とか」  
「それでギアはこっちのダンジョンの探索をしてたんだ?」  
彼はうなずいて、おもむろにわたしの手を掴んだ。  
「!」  
びっくりして彼の顔を見上げると、彼もわたしの目をじっと見つめて…ほんの少しの間を持たせてから、 
口を開いた。  
「この指輪…まだ外せないか?」  
び、び、び…っくりしたぁ…  
いきなりすぎるよ。  
ギアの大きな手に包まれると、自分がひどく小さくなったような気になってしまう。  
骨ばっていてぬるい指先がわたしの手を掴んで、指輪をもう一度抜こうとした。  
その…なんていうかね。自分で自分が恥ずかしいんだけど。  
ギアの触れる指先の感触が普段の100倍くらい敏感になってる感じがしてしまって…  
「うーん…取れないな」  
…ずっと取れなくてもいいかも、とまで考えてしまう自分がいた。  
 
あの朝、ギアはわたしにキスをしてくれて、  
それはそのまま澱のように、わたしの心のふかーいところに潜っていったんだと思う。  
どう思うとか、どうしたいとか、いろいろな事…  
わたしはその前夜に結論を出してしまっていたから、そのときは、こう思っていた。  
「いまさら我侭が過ぎる」「キスしたからって、調子が良すぎる」…って。  
…でも、ずっとずっとほんとうは考えてた。  
もう一度して欲しかった。  
そのときの記憶はとても曖昧だったけど、思い出せば思い出すほどそれは甘くなっていって…  
まるで濃厚な蜂蜜みたいに、わたしの味覚を狂わせてしまったんだ。  
 
 
ダンジョンの出口が近づいても、クレイたちには会えなかった。  
「何で?クレイたち…どこにいっちゃったの?」  
「変だな…パステルがいなくなったからって、置いていくようなことはしないだろ?彼らは」  
「…と、思うんだけど」  
でも現実、彼らはいない…  
わたしは眉根を寄せながら辺りを見渡して、あることに気がついた。  
「…あれ?」  
洞窟の感じがなんとなく…見覚えがない。  
えっとね、ダンジョンに限らず道って、帰り道の風景って行きと全然違って見えるじゃない?  
だからわたしのこの考えは当たり前と言えば当たり前なんだけど…今回は何ていうんだろう。根本から 
違う感じがする。  
「どうした?」  
「えっと…ギア、ちょっとだけマップ見せてもらっていい?」  
ギアが持っているマップを受取って、見せてもらう。  
わたしって、どのあたりでワープしたんだっけ?  
…?!  
 
「こ、このマップ…合ってる?」  
「あ、ああ…途中まで探索した修道女が作ったらしいが、奥のほうは確認しながら自分で書いたから、 
合ってるはずだよ」  
自分で書いたんだ?うまいなぁ。  
…なんてことをいま言ってる場合じゃない。  
これはどういうことなんだろう?  
わたしが持っている、ダンジョンの道筋とことごとく合わなかった、クエストを買ったときに手に入れ 
たマップと。  
ギアが途中から書き足したマップ…ふたつはすごーくよく似ている。  
というか、ギアの書き込みがなかったら、ふたつは同じものなんじゃないか?って思うくらい。  
わたしがまじまじとその2つを見比べていると、ギアも横から覗き込んできた。  
「…」  
い…いきなり至近距離はやめてほしい。  
心臓に悪いよ。  
 
「じゃあ、わたしはその…もう一方のダンジョンから、こっちのダンジョンにワープしちゃったってこ 
となのかな?」  
「多分そうだと思う。そんなトラップがあったなんて、修道女たちは言ってなかったから見落としたん 
だろう」  
ううう。なんだか、頭がこんがらがりそうなんですけど…。  
えっとね。  
ギアとわたしのマップを比較してみて、さっきまでわたしがいたダンジョンの場所なんかを説明して…  
わたしたちが挑戦していたダンジョンと、いまわたしがギアと出会ったダンジョンは別の場所だという 
のがわかった。  
わたしたちがいたのは、修道女たちが最初に探索したほう。ギアと出会ったのは、彼女たちが危険だと 
判断したほう。  
そしてわたしはその間を移動してしまうワープのトラップにひっかかってしまったみたい。  
ふたつのダンジョンは繋がりのないものではないんだし、そういうトラップのひとつやふたつあったと 
してもおかしくはない。  
現実として、わたしはここに飛ばされてきてしまったんだし…  
 
ダンジョンの外に出てみると、やっぱりわたしが入った場所とは全然違う景色が広がっていた。  
「パステル、これからどうする?もうひとつのダンジョンは結構離れているんだが…」  
「え…どれ位?」  
「半日はかかる。今から向かうと…途中で陽が暮れるな。野宿して、明日の昼前には着くんじゃないか?」  
「そ、そんなに?どうしよう…みんなとどうやって合流すればいいんだろう…」  
きっとみんなは、わたしが他のダンジョンに飛ばされているなんて考えもしないと思う。  
たぶん、ダンジョンの中のどこかに飛ばされてしまった…としか思ってないんじゃないかな?  
ダンジョンの攻略を終えてはじめて、どこにもわたしがいないことに気付いて…  
それからどうするだろう。  
もう一度ダンジョンの中や周りを探索とかするかな。  
それで近くの町にとりあえず宿を取る…?  
はぐれたときどうするかなんて決めてなかったから、どうしたらいいのか全然判断できない…  
わたしが半泣きになると、ギアはぽん、とわたしの肩を叩いた。  
「とにかくそのダンジョンに行ってみよう。会えないと決まったわけじゃないよ。彼らもきみを探して 
いるだろうし」  
「…うん。ありがとう、ギア」  
 
彼のあとを付いて細いけもの道を進むと、傾きかけていた太陽はすぐに沈み始めてしまった。  
 
「今日はこのあたりで野宿にしようか」  
と言って、彼が案内してくれたのは小さな泉。  
今回ここに来る途中に見つけて、休憩場所にしたらしい。  
手分けして、わたしが木を集めて火をおこす間に、ギアがミミウサギをしとめて、捌いてくれた。  
う〜ん…調味料や他の食べ物があれば、少しは料理らしい料理が出来たんだけどな。  
何もなかったから少し塩をして火であぶる。それだけでもおいしいんだけどね。  
と、ギアに言ったら「じゃあ今度パステルの料理を食べさせてくれよ」っていう返事が返ってきた。  
「男2人だと、なかなかそっちまで気が回らなくてね。大体こうして肉を焼いて終わりだよ。もしくは 
携帯食料だけとか」  
「そうなんだ。毎日おなじで飽きない?」  
「野宿ばっかりでもなくて宿と半々だから、平気だが…毎日だったらさすがに飽きるだろうな」  
「そっか…うちはお金がなくて野宿が多いから、だから料理に力がはいるのかも」  
ギアはあはは、と笑ってくれたけど、ううう…恥ずかしい。  
 
食べ終わって後片付けも終わり、交代で火の番をしながら休むことになった。  
大きな木の幹に寄りかかって、マントを毛布代わりに膝にかける。  
「ほんとに今日は、ありがとう」  
わたしが話しかけると、隣で膝を立てて座っているギアがこちらを向いた。  
「ギアに会えなかったらわたしきっとあの狼に食べられちゃってた。  
…もし助かったとしても、絶対動けなくてダンジョンから出られなかったと思う。  
ダンジョンを歩いているときも、大したモンスターも出ないし、  
罠がないかどうかトラップが先頭を一緒に歩きながら調べていてくれたから…安心し過ぎてた。  
ほんとはどんなダンジョンでも気を抜いちゃ駄目なんだよね」  
…自己嫌悪してばっかり。  
そのことばだけはくちに出さずに、心の中でぽつりとつぶやいた。  
と、  
「…助けられて、良かったよ」  
―――!!  
ギアの手がわたしのほっぺに触れた。  
続けて、唇も。  
そうだ…彼はワープのトラップで、仲間と…愛する人をなくしたことがあるんだ…  
そのことに思い当たって、彼の目を見つめると、今度は唇にキスされた。  
 
前にされた、ふいうちのキスのときは動転してばっかりだったけど…  
もちろんいまも、心臓はものすごい勢いで鳴り響いてはいるけど!  
驚いたことに、ギアのキスを、わたしは受け入れていた。  
ついばむように、優しく重ねられるキス。  
触れるたびに身体が反応してしまう。  
 
ほおに添えられていた手がわたしのからだを抱きしめてくれたから、わたしも恐る恐る彼の背中に腕をまわした。  
 
 
風が木の葉を揺らす、かすかな音。  
水がさらさらと流れてる。  
…心臓の、音。  
体中が心臓になったみたい…  
 
彼の唇がわたしのまぶたに降った。  
鼻に、頬に、降った。  
そしてまた唇に触れる。  
「――パステル……」  
名前を呼ばれて、心臓の音が更に大きくなってしまって…  
たまらなくなって、もしかしたらどこかに落っこちちゃうんじゃないか、って怖いような気分になって…  
気付いたら、無我夢中で彼の唇を、わたしは求めていた。  
 
背中じゅうを指で辿る。  
舌を絡ませたのは、どっちが先だったろう?  
深い、息を吐く音が何故か大きく聞こえた。  
かさり、と背中のあたりで、草が鳴る。薫る。  
「…!!」  
キスの合間に見上げると、ギアはわたしの上に覆いかぶさって星を隠していた。  
 
唇。  
あご。  
首すじ…  
あっ…  
…だ、駄目!!  
「ちょ…ちょ、ちょ、ちょっと待って…!」  
ギアの肩を両手で掴んで、押し離す。  
ほ、ほんとにちょっと、ちょっと待って…!  
「…ごめん」  
あ、ギアが傷ついた顔しちゃってる。違うの、違う!  
「ち、ちが…そうじゃなくて…  
わ、わたし…ずっとお風呂に入ってないのっ…!」  
 
彼は目をまんまるくして、それからちょっと笑ってくれた。  
それで抱きしめてくれた。それだけで、心臓が壊れそうなくらいだったのに…  
…お風呂に入っていなかったらどうなっていたんだろ。  
寝なくちゃいけなかったし、疲れていたんだけど。  
その夜、わたしはいつまでも眠れる気がしなかった。  
 

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