間がさしたんだ、なんて卑怯な言い訳をするつもりはない。 
 だけど……本気で好きだ、と言ってもいい相手とよくない相手っていうのはいるだろう。 
 例えば、倫理的に問題のある相手とか。血の繋がりがあるとか、もう他に恋人を持っているとか。 
 あるいは単純に、相手の年齢がちょっと……という場合。 
 だけど、少なくとも。 
 欲望に負けて相手を傷つけるような、そんな真似だけは、絶対にしたくないと思った。 
 だったら、認めるしかない。 
 俺は彼女のことを愛しているんだ、と。 
 ……できれば、認めたくはなかったけれど。 
  
 穏やかな昼下がりのことだった。 
 以前買った家は燃えてしまったものの、その後のクエストを成功させて自信をつけた俺達は、何回か大きなクエストに挑戦してそれなりにまとまった金額を手に入れることができて。 
 そうして、どうにか新しい家を建てることができた。 
 以前の家は、二人で広めの部屋を使っていたけれど。今度の家は、一部屋一部屋は狭いかわりにそれぞれが個室を持つことができた。 
 だから、こんな何もすることが無い日。 
 俺は、ベッドに腰掛けて心行くまで武器の手入れに時間を費やすことができて。それは、何だかとても幸せな気分になれた。 
 幼馴染のあいつに聞かれたら、きっと「じじくさい」と言われるだろうけど。 
 思わず苦笑が漏れる。 
 もちろん、二人、三人で賑やかに一部屋を使うのだって、それなりに楽しかった。だけど、俺達もいつまでも子供じゃない。 
 少しずつプライバシーっていうのが気になるようになって、人間関係も微妙に変わってきて。 
 さっきも思い浮かべた幼馴染の顔……トラップの顔が、また浮かぶ。 
 個室を持ちたい、と言い出したのはあいつだった。そりゃあもうかなり強引に。 
 その理由をわかっていたから、俺は承諾すべきか否か、随分と悩んだんだけど。 
 まあ、あいつがずっとずっと我慢してきたのは知っていたから。認めてやってもいいか、という気になれたし、他のメンバーも反対はしなかった。 
 彼女も……パステルも。 
 もっとも、パステルはルーミィとシロと同室だけど。 
 男四人、俺とトラップ、キットン、ノルが全員個室、と聞いたとき。彼女ははしばみ色の目をいっぱいに見開いて、言ったっけ。 
「え、何で?」 
 その言葉を聞いた途端、心底情けなさそうな表情を浮かべたトラップ。あの顔を思い出すと、今でも笑いがこみあげてくる。 
 彼女が鈍いのは、今に始まったことじゃない。それを承知で恋人に選んだんだろう? 頑張れ、トラップ。 
 心の中で密かにエールを送ったもんだ。 
 そうして、無事に家を完成させて、数ヶ月。 
 最初のうちは、あまりにも部屋が静かなのがかえって落ち着かなかったものだけど。今はすっかり慣れてしまって。 
 賑やかなのもいいけれど、一人になれる部屋があるっていうのは、やっぱりいい……そんな風に思えるようになった。 
 俺だって悩みの一つや二つはある。もっとも、あまり深刻に考えないようにはしているんだけど。 
 ふう。ちょっと悔しいけれど。トラップの奴に感謝しないとな。 
 そんなことを思いながら、手入れの終わったショートソードを片付けて、ロングソードに手を伸ばしたときだった。 
 とんとん 
 とても小さな音が、響いた。ドアをノックする音……だよな。 
「誰? パステルか?」 
 この家に住んでいる人間で、ノックをしそうな人と言ったら彼女しかいない。 
 そう思ったのだけれど。ドアを開けたのは意外な人物だった。 
「ルーミィ。どうしたんだ?」 
「くりぇー」 
 部屋の前に立っていたのは、ルーミィ。 
 いつの間にノックすることなんて覚えたんだ? 子供っていうのは、日々成長していくものなんだなあ。 
 まるで父親みたいなことを考えていると、ルーミィは、ぎゅっ、と俺のズボンをつかんで言った。 
「あのね、あのね。ぱーるぅととりゃーがけんかしてるんだおう」 
「喧嘩?」 
 あの二人の喧嘩なんか珍しくもない。トラップはパステルをからかうのが面白くて仕方がないみたいだし。またそれにパステルが素直に反応するものだから。 
 一日に三回は口喧嘩をして、でも結局最終的には仲直りをしている。それがあの二人だ。 
「ルーミィ。心配することはないよ。トラップとパステルの喧嘩なんか、いつものことだろう?」 
「んーん。だってだって、変なんだおう!」 
 俺の言葉に、ルーミィは白いほっぺたをぷーっと膨らませて言った。 
「変、って? どうしたんだ?」 
「あのね、あのね。ルーミィね、部屋でお昼寝してたんだおう。しおちゃんと一緒に」 
 言われて気づいたが、いつもルーミィと一緒にいるシロの姿が見えない。 
「シロは?」 
「まだ寝てるんだおう。しおちゃんはルーミィと遊んで疲れてるから、起こしちゃ駄目ってぱーるぅが言ってたんだおう!」 
 何と、まあ。 
 いつの間にか、気遣う、ってことまで覚えたのか。これは、一緒にいるパステルの躾がいいせいだろうな? 
 彼女はいい母親になりそうだ。よかったな、トラップ。 
 心の中でそんなことを考えていると、ルーミィは、ぐいぐいと俺の服をひっぱって言った。 
「そいでね、そいでね、変なんだおう」 
「わかったわかった。で? 何が変なんだって?」 
 ひょい、とその小さな身体を抱き上げると。ルーミィは、大きな青い目をいっぱいに見開いて言った。 
「あんね、ルーミィが起きたら、ぱーるぅがいなかったんだおう。そいでね、捜しにいったら、とりゃーの部屋からぱーるぅの声が聞こえてきたんだおう」 
「トラップの部屋から……?」 
 ぎしり、と抱いている腕が強張るのがわかった。 
 人より鈍い、鈍いと言われる俺だが。 
 何となく話の先が読めたのは……「個室が欲しい」と言い張ったトラップの気持ちを、察していたから、なのか。 
「る、ルーミィは、それでどうしたんだ?」 
 ひきつる笑顔を向けると、ルーミィはあどけない顔で言った。 
「あんね、ドアがちょっと開いてたんだおう。そいでね、中を見たらね、とりゃーとぱーるぅがベッドの上で喧嘩してたんだおう!」 
 とてもじゃないが、それ以上話を聞く勇気は無かった。 
「るるるるルーミィ。な、俺と一緒に散歩に行こうかっ!?」 
「だって、ぱーるぅが。くりぇー、ぱーるぅを慰めるんだおう! とりゃーと喧嘩したら、ぱーるぅ泣いちゃうもん」 
「いやいやいやいや絶対に大丈夫だ。俺が保証するから。あのな、ルーミィ。それは……別に、喧嘩してたわけじゃないんだよ」 
「だって、だってー!」 
 納得いかないのか。ルーミィは、ぽかぽかと俺の肩を叩いて言った。 
「ぱーるぅ、『痛い』って泣いてたんだおう! とりゃー、ぱーるぅの上に乗ってたんだお。ぱーるぅをいじめてたんだおう! くりぇー、ぱーるぅを助けてあげて。とりゃーを怒るんだおう!」 
 どこまでも無邪気なルーミィの言葉に、俺は眩暈すら覚えた。 
 トラップ。パステル。 
 き、気持ちはわからなくもない……二人がお互いを好きあっていて、なかなか素直になれなくて随分遠回りをして、でも、どうにか気持ちを伝えることができた……それが嬉しいのは、俺にもよく理解できる。 
 けどなっ……ちょ、ちょっとは時と場所を考えてくれっ!! 
  
 ルーミィはまだまだ子供だけど。それだけに、一度思い込んだら頑固だ。 
 このまま家にいたら、トラップの部屋に殴りこみでもかけそうな勢いだったから、外に連れ出したんだけど。 
 散歩に出て、目につく花やら鳥やらを指差しても、彼女の追及がやむことはなかった。 
「ねえねえ、くりぇー。ぱーるぅ、大丈夫なんかあ?」 
「だから、大丈夫だって……」 
 一体何十回この台詞を繰り返しただろうか……俺がどれだけ「大丈夫だ」「喧嘩じゃない」と言っても、ルーミィは納得しそうもない。 
 それだけ、彼女はパステルのことが大好きなんだろう。本当の姉みたいに、母みたいに思ってるんだろうな。 
 それはいいんだけど…… 
「じゃあ、一体何してたんだあ?」 
「え、ええっと、な……」 
「ぱーるぅ、泣いてたんだお。何で、泣いてたんだあ?」 
「ええっと……」 
 「赤ちゃんはどこから来るの?」と聞かれる親の気持ちがよーくわかった。 
 一体、一体このルーミィに、トラップとパステルが行っていた(らしき)行為を、どう説明すればいいんだ!? 
 ちなみに、外に出るときトラップの部屋の前を通りかかったが、本当に扉がほんのわずかに開いていた。 
 ドアを閉める暇すら惜しかったのか…… 
 中から漏れてくる声からはしっかりと耳を塞いで、そっとドアを閉めてやった俺は、我ながら人がいいと思う。 
 これは……まずいかもしれないな。 
 しつこく「ねえねえ」と聞いてくるルーミィの頭を撫でながら、ぼんやりと思う。 
 ルーミィだって、今は子供だから何もわかってはいないけど。いずれ、嫌でも色んなことを知ることになるだろう。 
 だけど、それはまだまだずっと先の話……のはずだ。少なくとも、今は知る必要はない。 
 情操教育によくないというか……パステルはともかく、トラップの奴には、しっかり釘を刺した方がいいかもしれない。 
 せめて夜にやれ。 
 ルーミィの言葉と、わずかに聞こえた声。それらが思い出されて、かあっ、と顔が染まるのがわかった。 
 考えるな、と言い聞かせても。頭の中で色々と想像……いや、妄想というのか? してしまうことをやめられない。 
 一応、俺だって健全な若い男なわけで。 
 相手がいないから今のところ経験は無いけど。人並みに欲望くらいは、持ち合わせている。 
 ま、まずい…… 
 自己嫌悪の海に溺れそうになって、膝の間に顔を埋める。 
 いつかは、こういう悩みを抱く羽目になるだろうなあ、と予想はしていた。 
 クエストの最中。出会ったときから、パステルはいつもミニスカート姿で。その……見る気はなくても、走ったりこけたりするたびに、中が見えるんだよな。 
 金が無いからと同じ部屋で寝泊りすることもしょっちゅうだったし。そうでなくても野宿のときはみんなで雑魚寝だ。 
 俺はパステルに特別な感情を抱いていたわけじゃないけど。それでも、同じ年頃の女の子のあんな無防備な姿を見たら、ちょっと、まあ……よこしまな思いを抱きかけたことも、何度かある。 
 理性で抑えられる程度のものだったのが、幸いだったが。 
 俺ですらそうだったんだ。多分、ずっとパステルを想っていたトラップの苦労は、こんなものじゃなかったと思う。 
 それがわかるから……トラップの行為を、表立って責めることも止めることもできないんだけど。 
「はああああああああああああああ……」 
「くりぇー。どうしたんだあ?」 
 きょとん、としたルーミィの声が耳に刺さる。 
 俺って、どうしていつもこう……面倒な役目ばっかり押し付けられるんだろうなあ? 
 不幸の代名詞だとか不名誉な二つ名をつけられてたけど。それを自分でも否定できないから怖い。 
「くりぇー?」 
「あのな、ルーミィ」 
 ぴしぴしとあっちこちがひきつった笑顔を浮かべて、ルーミィに目線を合わせる。 
「パステルとトラップがやっていたのはな……ええと、遊び、なんだよ」 
「遊び?」 
「そう。遊んでいたんだ。ルーミィとシロが遊んでるのと同じように、あの二人も遊んでたんだよ」 
「だって、ぱーるぅは泣いてたんだお?」 
「それはな……」 
 こういうときは、トラップの口のうまさが羨ましい。 
 必死に知恵をしぼって、うまい言い訳がないものか模索する。 
「あのな、ルーミィだって、遊んでいて夢中になって、怪我をしたことはあるだろ?」 
「うん」 
「パステルもそうなんだよ、きっと。遊びがあんまり楽しくて、夢中になって、それでちょっとだけ痛い思いをしてしまって……でも、パステルにとって、それは楽しいことだから。だから、心配することはないんだよ」 
「楽しいんかあ?」 
「ああ」 
 そう言うと、ルーミィはキラキラと目を輝かせて、言った。 
「ルーミィもやりたい!」 
「……は?」 
「ルーミィも遊びたいおう! くりぇー、ルーミィもぱーるぅと同じことがやりたいんだお!」 
「…………」 
 びしいっ、と全身が強張るのがわかった。 
 しまった。もしかして、俺は墓穴を掘ったのか……? 
「る、ルーミィ? あのな、それは……」 
「とりゃーに、ルーミィも仲間に入れてって頼むんだお! くりぇー、帰ろお!」 
 ……まずい。 
 このままルーミィに部屋に乱入でもされてみろっ。俺は一生トラップに恨まれかねないぞ!? 
「あ、あのなっ、ルーミィ。それは、駄目なんだよ」 
「駄目?」 
「え、ええっとな。トラップは、パステルと二人だけ……で遊びたいんだよ。トラップは、パステルのことが大好きで、パステルもトラップのことが大好きだから」 
「ルーミィも、ぱーるぅのこと大好きだお!」 
「ええっと、その好きじゃなくて……」 
 きっと、「赤ちゃんはどこから〜」質問を受けた親達も、今の俺と同じ顔をしてるんだろうな。 
 自分でもそれとわかるくらいうろたえながら、俺は何とか続けた。 
「あのな、その遊びは、とっても危ないから、ルーミィにはまだ無理なんだよ」 
「まだ?」 
「そう。もうちょっと大きくなったら、な」 
 ……嘘はついていない。もっとも、「もうちょっと」どころじゃなく。エルフであることも考えれば、それなりの年頃になるまでには何十年もかかるかもしれないけど。 
「大きくなったら、いいのかあ?」 
「そうだな。そのときになったら、誰かが教えてくれるよ。あっ、でも……」 
 慌てて釘を刺す。 
「パステルとトラップには、聞くなよ? この遊びはな、本当は誰にも言っちゃいけない遊びで、二人は内緒にしてるつもりなんだから。ルーミィが知ってるって聞いたら、きっと二人はすごく悲しむから」 
 悲しむというよりは多分真っ赤になって焦りまくるだろうな。 
 そう考えると、少しおかしい。 
「だから、二人以外の誰かに聞くんだよ。ルーミィは、パステルが悲しむところなんか見たくないだろ?」 
「うん!」 
「じゃあ、約束な」 
「約束だおう!」 
 そう言って、ルーミィの小さな小指と指をからませる。 
 そうして、ルーミィは、俺の手をそのままぎゅっとつかんで、満面の笑みを浮かべて言った。 
「じゃあ、くりぇー」 
「ん?」 
「大きくなったら、くりぇーが教えて!」 
「……ああ」 
 まあ、そうだろうな。トラップとパステルが駄目だったら、教えられる相手なんて俺しかいないだろうな…… 
 残る二人、キットンとノルの顔を思い浮かべ、苦笑しつつ頷く。 
 まあ、まだまだずーっと先の話だ。正直、俺が生きてる間なのかどうかすら疑わしい。 
 エルフである彼女と人間である俺では、時間の流れが違うから。 
「約束だおう!」 
「ああ、約束な」 
 無邪気に笑うルーミィの顔を、かわいいと思った。 
 ずっと、小さなルーミィのままでいて欲しいと思った。彼女には、何ていうか……そういう、大人の汚い欲望、みたいなものを、知ってほしくはないと思った。 
 純粋で、綺麗なルーミィでいて欲しい。 
 そう心から願って、俺はルーミィの身体を抱き上げた。 
  
 俺の願望が甘いものだったと思い知ることになったのは、それから数日後のことだった。 
  
 結局、何をどう言い出せばいいものかわからなくて。 
 何も言えないまま、数日が無駄に過ぎた。 
 まあ、しょうがない。あれはたまたま間が悪かっただけで……あの二人だって、まさか何も考えてないってことはないだろう。 
 そう思いなおし、俺は楽観的に構えることにした。 
 ……これ以上悩むのが辛かった、とも言えるけど。 
 そんな、静かな午後のこと。 
 キットンとノルとシロは薬草運びのバイトに出かけていて、トラップとパステルはデートに出かけてしまっていて。 
 出掛けに、「ルーミィがお昼寝してるから、よろしくね」とパステルに頼まれてしまい、俺一人、外出もままならず部屋でのんびりと剣の手入れをしていたときだった。 
 廊下から、足音が響いてきた。 
 ……誰か帰ってきたのか? 
 妙に重たい足音。ずるずると何かをひきずるような音。 
 家中を歩き回っている気配……そこまで悟ったところで、俺は顔を上げた。 
 ……おかしい。誰だ? まさか、泥棒? 
 そっとショートソードを懐に忍ばせて、ドアを開ける。 
 この家に、盗むようなものなんか何も無いはずだけど。万が一、ということはある。 
 細く開いた隙間から、そっと顔を覗かせる。 
 そして、思わず腰を抜かしそうになった。 
「な、な、な……」 
 ぎぎいっ、と音を立てて、ドアが大きく開く。 
 その音に、廊下を歩いていた人影が振り返った。 
「……くれぇ」 
 ふわふわのシルバーブロンド。ぴょこんととびだした長い耳。大きなブルーアイ。真っ白な肌。 
 その特徴は、俺の知っているある人物とぴったりと一致したけれど。 
 それでも、そのある人物と目の前の人物を結びつけることは、どうしてもできなかった。 
 女性。 
 そう、女性……だった。多分、年の頃は18歳くらいか……パステルと同い年くらい。俺より少し年下に見える。 
 すらっと伸びた細い手足。やけに存在を自己主張してる胸。きゅっとくびれたウェスト。 
 文句の無いプロポーションだと思った。そして、どうして俺にそれがわかるのか、と言えば。 
 女性が全裸だったからだ。 
「…………!!」 
 バンッ、とドアを閉める。ばくばく言う心臓を押さえて、うずくまった。 
 な、何だ、今のは? 
 見間違いか? 実は俺は密かに欲求不満にでもなっていて、それがありえない妄想を見せた、とか? 
 まだ夢を見るには早いだろう!? 
 明るい窓の外を見て、俺が頭を抱えていると。 
 どんどん、とドアを叩かれた。 
「くれぇ。くれぇ、開けて」 
 知っている声、だった。 
 記憶にある声より呂律がはっきりとまわっていて、やや大人びていたけれど。 
 それでも、その甲高くて、透き通るような声は……俺の知ってる、彼女の声だった。 
 ベッドのシーツを引き剥がして、そっとドアを開ける。 
「くれぇ……」 
 大きな目に涙をいっぱいためて、じっとこちらを見ている女性。その身体は、相変わらずの……裸。 
 ばさっ、と頭からシーツを被せる。可能な限り目をそらし、俺は震える声で聞いた。 
「ま、まさか……あの、人違いでしたら、すみません」 
 いや、いっそ人違いであってくれた方が嬉しいかもしれないけど。 
「ルーミィ、なのか?」 
 何とか声を絞り出すと。 
 身体にシーツを巻きつけただけの格好で。女性……ルーミィは、こっくり頷いた。 
「くれぇ。ルーミィ、大人になったよ?」 
 
 ルーミィの話しによると。 
 どうやら、全てはキットンの仕業らしい…… 
 シーツ一枚で身を包んだルーミィを見て……俺は、全力でその身体から視線をひきはがした。 
 自分の浅はかな言葉を後悔したところで、今更言ってしまったことを取り消すことはできない。 
 大人になれば、教えてあげる。 
 俺の言葉を間に受けて、ルーミィはキットンに言ったらしい。「大人になるにはどうすればいいのか」と。 
 そうして、相談を受けたキットンは、バカ正直に「成長促進剤」なるものを完成させたらしい。 
 キットン……おまえって奴はっ…… 
 どういう事態になっていたのか全く知らないキットンを恨むのは筋違いだとわかっている。 
 それでも、俺は恨まずにはいられなかった。 
 どうやら、薬を完成させて、そして実際に飲ませてみたところ、最初は何の変化も起きなかったらしい。 
 それで、キットンはそれを「失敗した」と思い、誰にもそのことを話さなかった。 
 それが昨日の話で……そのまま本人はバイトに出かけて。 
 ところが、薬は成功していた。ぐっすり眠って、目が覚めたとき。ルーミィの身体は、急成長を遂げていた、ということだ。 
 目を覚ましたとき、ルーミィ本人がどれだけショックを受けたのか、俺には知るよしもないけれど。 
 自分の身体がいきなりここまで成長したんだ。並大抵の驚きじゃなかっただろうな、ということは想像できる。 
 それに、だ。 
 間が悪かった。パステル達は出かけていて、薬を作った当の本人もいなくて。 
 誰にも事情を説明してもらえなくて、ルーミィは相当に不安だったらしい。 
 唯一家に残っていた俺に向けてくる、すがるような視線。 
 ありていに言えば、それは……何というか、ひどく魅力的だった。 
「くれぇ」 
「な、何だい?」 
 ひきつった笑みを向ける。焦点をルーミィではなく背後の壁に合わせて、ゆっくりと視線を戻す。 
 まずい、とわかっていた。 
 心の準備もなく見てしまったルーミィの裸。それは、俺の脳裏にしっかりとこびりついている。 
 じいっと見つめてくる顔立ちはとてもとても愛らしく……ぐらぐらと心が揺れるのが、わかった。 
 ば、バカか俺はっ!? 何を考えてるんだ……相手は、ルーミィなんだぞ!? 
 必死に、つい数時間前までの小さな姿を思い浮かべようとする。 
 そうすることで、自分の脳に浮かんだあさましい考えを追い払おうとするが。 
 その努力は、どうも空しい結果しか生みそうにない。 
「ねえ、くれぇ。ルーミィ、大人になったよ?」 
「あ、ああ……」 
 大人、だ。確かに、姿だけは立派に大人になっている。それも、すこぶる魅力的な。 
 ただ、精神年齢は、あまり変わってないようだけど。 
「くれぇ。ルーミィ、大丈夫だよね?」 
「ああ……」 
 何が大丈夫、なのかはよくわからないけれど。 
 とりあえず、頷く。多分、薬の副作用とか……そういったことを心配しているんだろうけど。 
 まあ、多分……薬って言うくらいだから、一時的なもののはずで。 
 いや、そうとでも言い聞かせなければ、とてもじゃないが平静を保っていられない。 
「そうだな。大きくなったな、ルーミィ」 
 そう言うと、ルーミィは、ぱあっ、と輝くような笑みを浮かべた。 
 そして。そのまま俺に抱きついてきた。 
「ぶっ!?」 
 豊かな胸がもろに顔に当たって、背骨が折れそうなほどにのけぞる。 
 必死に体勢を立て直してその身体を抱えると、ルーミィは、無邪気な顔で言った。 
「じゃあ、教えて」 
「……は?」 
「約束したよ? ルーミィが大人になったら、教えてくれるって」 
「…………」 
「とりゃーとぱーるぅがしてた遊び、ルーミィにも教えて」 
「あ、いや……」 
 数日前の自分を思いっきり締め上げたい。 
 お前の、浅はかな発言のせいでっ……俺が今、どんな目にあってるとっ…… 
「る、ルーミィ。あのな……」 
「約束したもん」 
 頑固なところは、子供の頃とちっとも変わってないようだった。 
「くれぇ、約束したもん。約束は守らなきゃいけないんだよ?」 
「ええっと……」 
 どばっ、と一気に全身からふきだす冷や汗。 
 嫌、なわけじゃない。 
 むしろ、本能が……もともと、トラップとパステルにあてられたせいで、最近自覚しつつあった男としての欲望が……目の前のルーミィの身体に、ひどく敏感な反応を示していて…… 
 ま、まずい。これは……まずい。 
「ルーミィ。あのなっ……それはな、お互いのことが大好きでないと、駄目なんだよ」 
「え?」 
「トラップとパステルは、どっちも大好き同士だったから、できたんだ。この遊びは、そういうものなんだよ」 
 そう言うと、ルーミィはじいっと俺を見上げて、言った。 
「ルーミィは、くれぇのこと大好きだよ?」 
「…………」 
「くれぇは、ルーミィが嫌い?」 
「…………い、いや」 
「じゃあ、教えて」 
 嫌いだったらまだよかった。自制することができただろうから。 
 薄いシーツ越しにあらわになっている身体の線。 
 どこまでもあどけなくて、俺のことを心の底から信頼しきった表情。 
 何もかもが……魅力的だった。 
「くれぇ」 
 何も言わない俺に不安を感じたのか、ルーミィは、もう一度聞いた。 
「くれぇは……ルーミィが、嫌い?」 
「いや」 
 その言葉が、俺の理性を丸ごとふっとばしていた。 
 どれだけ後悔することになろうとも、構わない。心の奥底では、そんなことすら考えていた。 
 あさましい、と思った。それでも……止められなかった。 
 抱き上げたルーミィの身体は、軽かった。ベッドに横たえると、ぽすん、という軽い音が響いた。 
 太陽の匂いがするシーツを払いのけたとき。眩しいほどに白い裸体が、俺の目に、とびこんできた。 
  
「くれぇ?」 
「ルーミィ。この遊びは……な、ちょっと、痛いかもしれない」 
 そう言うと、ルーミィは眉をひそめた。 
 ここで、嫌だ、と言ってくれれば。怖いと言ってくれれば。今なら、まだやめれるかもしれない。 
 そう密かに願ったけれど。ルーミィは、首を振った。 
「ぱーるぅは、楽しいから大丈夫だったんでしょう?」 
「……ああ」 
「じゃあ、ルーミィも大丈夫だよ」 
 ……いい、のか。本当に。 
 ここで、ルーミィを抱いてしまって……いいのか? 
 よくない。答えなんか決まりきっている。 
 それでも、俺は…… 
 白い頬に手を伸ばす。桜色の唇に、そっと口付ける。 
 暖かくて柔らかい感触がかえってきた。 
「くれぇ?」 
「……これが、キス、って言うんだ」 
「きす?」 
「そう。大好きな人とだけできる、遊び……だよ」 
 遊び、なんて言葉が悪いかもしれないけれど。 
 最初にそう言ってしまったんだから、仕方がない。 
 そう言うと、ルーミィはこっくりと頷いて、言った。 
「ぱーるぅととりゃーも、よくやってるよ」 
「……そうなのか?」 
「うん。二人だけになってるとき、よくやってたんだ。ルーミィ、何回も見たんだよ」 
 ……機会があったら教えてやろう。トラップの勘の鋭さを考えればちょっと信じられない話だけど。それだけパステルに夢中なんだろうな。 
 そんなことを思いながら、もう一度唇を押し当てる。酸素を求めるようにわずかに開かれた隙間から、自分の舌をもぐりこませて、ルーミィのそれとからめあう。 
 深い、熱いキス。たったこれだけの行為なのに、ひどく気持ちがいい。 
「……くれぇ?」 
「嫌、だったらすぐ言うんだよ? ……どう?」 
「嫌じゃないよ」 
 そう答えて、ルーミィは幸せそうに笑った。 
「何だか、すっごく気持ちいいんだよ」 
「……そうか」 
 キスにも上手い下手があるらしいけど……俺のキスは、上手いんだろうか? 
 誰にも答えられないような疑問が浮かぶ。 
 そのまま、唇を首筋の方へと移動させた。うなじのあたりをそっと撫でると、華奢な身体がびくんっ、とのけぞった。 
「くすぐったい」 
「……そうか」 
 ここが、弱いんだろうか? 
 うなじから背筋へと、指を滑らせる。とても滑らかな肌触り。ひっかかるところが何もなく、一気に腰のあたりまで滑っていく。 
「ひゃんっ!」 
 びくんっ、びくんっ、とのけぞりが大きくなる。 
 敏感だ、と思った。他の女の子を抱いたことがないからわからないけど。それでも、この反応は大げさな気がした。 
「どう?」 
「くすぐったい……」 
 今にも泣きそうな目が、俺をじいっと見つめている。 
 ……嫌だ、と言うなら、今のうちだぞ? 
 言葉に出せない。それは、本当に言われるのが嫌だからなのか。 
 胸中でだけつぶやいたけど、ルーミィは「くすぐったい」と繰り返すだけで、やめて、とは言わなかった。 
 ……いいんだな。 
 つきあげてくる欲望。はやる思いを抑えるようにして、豊かな胸にそっと唇を近づける。 
 やわらかかった。そっと手を当ててみると、それはとても柔らかく……そのくせ、確かな弾力を持っていた。 
 思いもかけない手触りに思わず指に力がこもる。白い肌に赤い痕が残り、ルーミィは、微かに顔をしかめた。 
「くれぇ……痛い」 
「あ、ごめん」 
 女の子の身体は、優しく扱ってあげなくちゃいけない。 
 とても傷つきやすいから。俺達男の身体とは違うから。 
 誰かから……多分兄さんだと思うけど……聞いた言葉が思い出される。 
 優しく、してあげなくちゃ。 
 たっぷりと時間をかけて、ルーミィの身体をまさぐり続けた。 
 我慢を強いられるのは辛かったけれど。手を滑らせるたびに彼女の唇から漏れるあえぎ声は、俺をどこまでも高めてくれて…… 
 何も知らないルーミィを汚そうとしている罪悪感とあいまって、限界まで欲情を煽った。 
 白い肌がピンクに染まり、青い目には涙がいっぱいたまり。唇から漏れる声は切なげで、色っぽい。 
「くれぇ……ルーミィ、何だか変だよ……」 
「変って、どこが……?」 
 長い脚。その内股のあたりに、手を這わせる。 
 初めて目にするソコからは、粘ついた液体が溢れ出していて。それが指にからみついてきた。 
「くすぐったくて……熱い……」 
「嫌、とか。気持ち悪い、とか。そんなことがあったら、すぐに……言うんだよ?」 
「ううん、大丈夫」 
 ずぷりっ、と指を深く潜らせる。 
 「ひゃあっ」という声とともに、俺の背中に、ルーミィの指が食い込んだ。 
「やあっ……あ、ふわあっ……」 
「気持ち、いいか?」 
 そう聞くと、ルーミィは真っ赤になって頷いた。 
 彼女は、何も知らないはずだ。 
 この行為の意味も、理由も、目的も。何も知らないはずなのに。 
 どうしてだろう? その目の中に、「欲情」という感情が浮かんでいるように見えたのは。 
 もっと、と求められているように思った。それは、俺の勝手な思い込みかもしれないけれど。 
「ルーミィ」 
「…………」 
「俺のことが、好きかい?」 
 そう聞くと、素直にこっくりと頷かれた。 
 彼女の言う「好き」は、俺の求める「好き」とは違うんだろうけれど。 
 そうとわかっていても、満足だった。 
「俺も好きだよ」 
「くれぇ……?」 
「俺も、ルーミィのことが大好きだよ」 
 そう言うと、ルーミィは、心底嬉しそうに微笑んだ。 
 ……俺は、卑怯だ。 
 何もわかっていないのをいいことに、勘違いにつけこんで、ルーミィを汚そうとしている。 
 それでも。 
 俺は、彼女のことがっ…… 
「痛いかもしれない」 
 ぐいっ、と脚を開かせて、その間に自分自身を割り込ませる。 
「かなり痛いかもしれないけど……我慢できるかい?」 
「……痛いのは、嫌」 
「……そうか」 
「でも、くれぇは優しいから……大丈夫だよ?」 
「…………」 
「ルーミィ、我慢する」 
「……そうか」 
 優しい、か。 
 俺の優しさは、本当の優しさなんかじゃ……ない。 
 そう言おうとしたけれど。言葉にはならなかった。 
 そのまま、俺は、ルーミィの身体を貫いていた。 
  
 相当に痛かったと思う。貫いた瞬間、ルーミィの唇からは悲鳴が漏れて。目にたまっていた涙は、一気に溢れ出した。 
 それでも、彼女は「やめて」とは言わなかった。 
 俺が動き出しても、ただされるがままになって。うわごとのように、「くれぇ、くれぇ……」とつぶやいていた。 
 罪悪感と本能の戦いだった。そして、本能が、あっさりと勝利を収めた。 
 爆発する寸前にその身体から逃れるように自分自身を引き抜いたのは、せめてもの罪滅ぼしだ。 
 これ以上、彼女を汚したくない。 
 溢れ出す欲望を自分の手で受け止めて、俺は自虐的につぶやいていた。 
  
「ねえ、くれぇ」 
 タオルで手を拭って。そうして、俺のシャツをルーミィに被せてやってると。 
 ルーミィは、ひどく嬉しそうな顔で、言った。 
「ありがとう」 
「……ありがとう?」 
「教えてくれて、ありがとうだよ。ルーミィ、楽しかったよ?」 
「た、楽しかった?」 
「うん」 
 にこにこ笑って、ルーミィは言った。 
「ぱーるぅも、すっごく嬉しそうだったんだよ。とりゃーのこと、大好きだからだよね? だから、ルーミィも嬉しい。くれぇのこと、大好きだから」 
「……そうか」 
 その「大好き」と、パステルのトラップに対する「大好き」は違うものなんだ、と。 
 教えてやれたらいいんだろうけど……うまく説明できる自身は、なかった。 
「俺も、大好きだよ」 
 そう言ってやるしか、なかった。 
 俺の言葉に、ルーミィの表情が輝いて…… 
 そして、突然。 
 目の前で、ルーミィの身体が、消えた。 
「……ルーミィ?」 
 視線を下に向ける。 
 被せてやったシャツに埋もれるようにして、綺麗なブルーアイが、じっと俺を見上げている。 
「くりぇー」 
 舌ったらずな声で、ルーミィは言った。 
「くりぇーが、大きくなったおう」 
「……違うよ」 
 シャツごと、その身体を抱き上げる。 
 薬の効果が切れたんだな、と、何となく悟っていた。 
 それに少しホッとして。少し……残念だった。 
「ルーミィが、小さくなったんだよ」 
「ルーミィ、大人になったんだお?」 
「うん。だけど、それは本当になれたわけじゃなかったんだ。キットンの薬で、ほんのちょっとの間なれただけなんだ」 
「……本当じゃ、なかったんかあ?」 
「ああ」 
 そう言うと、ルーミィはしょんぼりうつむいた。 
「大人になりたいおう」 
「……そうなのか?」 
「うん」 
 ルーミィは、じいっと俺を見上げて、言った。 
「また、くりぇーと遊びたいもん」 
「…………」 
 ルーミィ。 
 その発言がどんなに危険なものか……君は、わかってるのか? 
 ……わかってないんだろうなあ…… 
 トラップの苦労が、少しわかった。 
 はあっ、とため息をついて。俺は、その小さな身体をぎゅっと抱きしめた。 
  
 間がさした、とか。一夜の過ちだ、とか。そんな卑怯な言い訳はしたくない。 
 大人になったルーミィは確かに魅力的で。だけど、欲望だけで抱いた、なんていうのは、もっと許されないと思った。 
 俺は確かに、彼女に愛情を抱いている。 
 もしかしたら、それは保護欲を勘違いしているだけなのかもしれないけれど。 
 少なくとも、「大好きだ」と言ったことに、何の偽りもない。 
 ……それは、決して表には出せない思いだけれど。 
「いいかい、ルーミィ」 
 服を着せてやりながら、俺は、ルーミィの小さな小指に自分の指をからませた。 
「前にも言っただろう? この遊びは、本当は内緒にしなきゃいけない遊びなんだ」 
「うん」 
「だから、絶対誰にも言うなよ? 内緒にしておこうな」 
「うん。約束だおう!」 
「ああ、約束だ」 
 そのかわり、忘れないから。 
 ほんの数時間の間に起こったこの出来事を、俺は決して忘れない。 
 それが、君にできるせめてもの償いだから。 
「くりぇー、大人になったら、また遊んでね」 
「ああ。約束だ」 
 エルフである彼女と、人間である俺。 
 その約束は、決して叶わないものかもしれないけれど。 
 俺は、死ぬまでそれを忘れないから。 
 ルーミィ。 
 いつまででも、君を待ってる。 
 あどけない笑顔に微笑みを返して、俺は、そうつぶやいていた。 
   

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