理不尽だ。 
 ここまで来るのに、俺がどれほど苦労したと思ってやがる? 
 それなのに、何で……こんなことになっちまうんだ? 
 俺の腕の中にいるのはパステル。 
 蜂蜜色の長い髪も、はしばみ色の目も、色白な肌も、白いアーマーも赤いミニスカートも。 
 何もかもがいつものあいつなのに。 
 その目には、何というか……すげえあどけない光が宿っていた。 
「だあれ?」 
「……おめえ、俺を忘れたのか?」 
「しらない」 
 ふるふると首を振る動作は、どこまでも子供っぽい。 
「俺、だよ……トラップ! おめえ、本当に忘れちまったのか!?」 
「と……とりゃっぷ……?」 
 ろれつのまわらない口調でつぶやいて、パステルはにっこり微笑んだ。 
「わたし、ぱすてる」 
 ……知ってるよ。 
 誰か、誰か何とかしてくれ。 
 誰か……こいつを治してくれー!! 
  
 そもそも、あの鈍感女に惚れたのが、この俺の不幸の始まりだった気がする。 
 出会ってから四年余り。その間にアタックしまくること数百回。 
 そのどれもこれもが空振りに終わって、そのくせジュン・ケイだギアだと、俺以外の男にはあっさりと恋心を自覚するあの残酷な女。 
 パステル・G・キング。俺の好みとは対極にいるようなガキくさい女だが、何故だか好きになっちまったんだからしょうがねえ。 
 思わせぶりなこと言ったって通じねえ、と悟ったのが一年前。告白したのが数ヶ月前で、気持ちを自覚してから実に年単位の月日が流れていた。 
 が、どれだけ空振ろうとくじけなかった甲斐あって! ついに! 俺はパステルを手に入れることに成功した。全く、努力ってのはしといて損はねえ。 
 考えても見ろよ? 一緒のパーティー組んでる以上、一つ屋根の下どころか一枚の毛布の下で雑魚寝する機会だって多々あるんだ。 
 そこで警戒してくれるならともかく、「さあ、手を出してください」と言わんばかりの無防備な表情で寝られたら…… 
 健康な19歳男子として、俺がどれだけの苦労をしてきたか、悟って欲しいもんだ。 
 だが! そんな苦労もやっと終わった。まあ、いざ付き合ってみれば、あの流されやすいっつーか素直っつーか、強く出られると断りきれないおひとよしのこと。 
 身体の関係にまで持ち込むのは、そう難しいことじゃなかった。 
 全くなあ。幼児体型だとか出るとこ引っ込んで〜だとか散々バカにしてきたもんだが。 
 いざ抱いてみると何つーか……まあこれ以上は言うまい。実際に手を触れた俺だけがわかる特権って奴だ。 
 とにかくだ! パステルとこうなるまでに、俺はそれほどまでに努力を重ねてきたんだ。 
 それなのに……何でだ? 
 何で……こうなっちまうんだ……? 
  
「ごめん……迷っちゃったみたい……」 
「迷っちゃった、じゃねえよ!」 
 べしっ、と情けねえ顔で振り向く蜂蜜色の頭をはたく。 
 鬱蒼とした森の中。本来ならとっくに街に戻ってもいい時間。 
 現在、俺達はとあるクエストの帰り道。クエストそのものもまあまあの成功をおさめ、後は宿で一眠りするだけ、と一番気の抜けるときだった。 
 先頭に俺とパステル、ついでクレイとルーミィとシロ、しんがりにノルとキットンという隊列で、森の中を歩いていたんだが。 
 この森は、別にモンスターが出るような危険な森じゃねえ。道もちゃんとあるし、本当にただ通り抜けるだけ、のつもりだった。 
 そんな森で、だ。何で迷うことができるんだこいつは!? 
「ちっとマップ貸してみろ」 
「あ、うん……」 
 おそるおそる、と差し出されるマップを奪い取る。 
 単純な道のはずなのに、やけに複雑そうに見えるのは……パステルのマッピングが下手なせい、だろうな。 
 おいおい、一本道だっつーのに、道幅そろえようと何本も修正の線が入れてあるから、別れ道みてえに見えるってのは……うまいとか下手以前の問題じゃねえか!? 
「お、おめえなあっ……あにが、『今回はまかせて!』だ!!」 
「だ、だってー!! こ、こんなに簡単な道だもん。まさか、こうなるなんて……」 
 俺の形相に、今にも泣きそうな顔で必死に反論するパステル。 
「まあまあ、トラップ。パステルだってな、悪気があったわけじゃないんだから……」 
「ったりめえだ! 悪気があってやられてたまっか!!」 
 いつもながら甘い幼馴染、クレイが庇おうとするのを、一刀両断する。 
 大体だなあ、こいつにいつまで経っても進歩がねえのは、そうやっておめえが甘やかすからだぞ? 
 マッパーが方向音痴。これは、下手したらパーティーが全滅しかねねえ重大事項だっつーことに、気づいてんのかよ? 
「ご、ごめんなさい……」 
 しょぼん、と素直に頭を下げるパステル。 
 そんな顔されると、「悪いと思ってんのか? よし、本当に悪いと思ってんなら……」なんつーふしだらな妄想が駆け巡ったが、それはさすがに自粛する。 
 まあそれは二人っきりになったときのお楽しみって奴だ。 
「まあ、まあ。トラップ、どうだ? ここがどこらへんか……」 
 クレイが何か言いかけたときだった。 
 ざざざっ!! 
 突然、周囲の茂みが騒がしくなったかと思うと、目つきの悪い野郎どもが飛び出してきた。 
 総勢八人。全く今までどうやって気配を隠していたのか、あっ、と思ったときには、もう前後左右を囲まれていた。 
「きゃあっ!?」 
「うわっ」 
 パステルとクレイの悲鳴。慌てて六人と一匹で一塊になる。 
 野郎どもは、下品な笑いを浮かべて、じりじりと包囲網を狭めてきた。 
「おうおう、何か騒がしいと思ったら……ガキか」 
「お頭、こいつら、冒険者ですぜ。それもまだまだひよっこの」 
「ほほおう。そりゃあ、おいしそうな獲物じゃねえか」 
 俺達を値踏みするように見て、好き勝手なことをほざく野郎どもA、B、C。 
 ああーまた厄介な連中に見つかったもんだぜ…… 
「山賊、だな」 
「どーするよクレイ?」 
「どうするって……あの、ひいてはもらえませんか? こちらとしては、事を荒立てたくはないんですが」 
 っかー! バカかおめえは! んなことこいつらが聞くわけねえだろ!! 
 案の定、爆笑しながらじりじりと包囲網を狭める山賊どもに、クレイはため息をついてノルと視線を合わせた。 
 しゅっ、と剣を抜くクレイ。同時にノルも、ハンドアックスを構える。 
「こいつら、やる気ですぜ」 
「おもしれえ。相手して身ぐるみはいでやれ。女は……わかってんな?」 
「へい」 
 山賊どもは、そんな俺達をせせら笑った後、手に手にこん棒だ短剣だと構え始めた。 
 ……ちっ。言ってることは雑魚っぽいが、こいつら、結構腕はいいな。 
 だが、ただでやられるつもりなんざ全くねえ。特に、こいつらのパステルを見る目つきを見ちまったら…… 
「キットン、お前ルーミィを頼む!」 
「わかりました」 
「トラップはパステルを!」 
「おう!」 
「行くぞ!!」 
 そんなこんなで、森の真ん中で俺達は乱戦になった。 
 
 パステルを背中にかばって、パチンコを構える。 
 だが、この程度じゃ、ぶつかっても致命傷は与えられねえ。 
 別に全滅させる必要はねえ。何人か倒して、突破口さえ見つければ…… 
「パステル、離れんなよ!?」 
「わ、わかった!!」 
「キットン、おめえもだ。パステルの傍にいろよ!」 
「は、はいっ!!」 
 クレイとノルが、山賊どもの武器を片っ端からはねとばしている。 
 ひよっこだ、とバカにしていたが。こいつら二人を甘く見ちゃいけねえ。純粋に腕だけなら、レベルは8〜10くらいは行ってたっておかしくねえんだ。 
 性格がどうしようもなく戦闘向きじゃねえだけで。 
「だああっ! お頭、こいつら強いっす!!」 
「バカ、ガキにけつ向けて逃げる気かあ!? ひるむなっ!!」 
 土煙と怒声と剣を交える音。 
 俺の役目は、クレイ達に向かう山賊どもの気を引くことだ。 
 パステルもクロスボウを構えているが、下手したら味方に当たるかもしれねえ状況で責めあぐねているらしい。 
 ……まあ、戦おうって気になってるだけ、進歩したもんだ。 
 それからどれくらい時間が経ったんだか。 
 クレイとノルがあちこち傷だらけになっているが、大きな怪我はねえ。 
 それに対して、山賊どもは八人中四人までが、ノックダウンされていた。 
「さあ……どうする……こちらとしては、手荒なことをしたくはないんだ……大人しく、ひいてもらえませんか……」 
 ぜいぜいと息を切らせながらのクレイの警告に、山賊どもは顔を見合わせた。 
 ひそひそと話し合って、じり、じりと後退を始める。 
 ……助かった。正直、これ以上こられたらちっとやばかったんだよな…… 
 弾切れを起こしたパチンコを威嚇に構えながら、山賊どもをにらみつけたときだった。 
「あ……」 
「トラップ、危ない!」 
 響いたのは、キットンとクレイの声。 
 がしっ!! 
「うおっ!?」 
 突然、倒れていた山賊Aが、俺の足をつかんできた。 
 こっ、こいつっ……気絶してたんじゃねえのかよ!? 
 ずだんっ!! 
 不意打ちをくらって、地面に引き倒される。 
 こっちの隊列が乱れた、そのときだった。 
「よくやった! 行け!!」 
「うおおおおおおおおおおおおお!!」 
 一斉に殺到してくる山賊ども。 
 やっ、やろう……いい度胸してんじゃねえかっ!! 
 げしっ、と足にしがみつく山賊に蹴りを入れて立ち上がる。その瞬間だった。 
「きゃああああああああああああああああああああああ!!?」 
 響いたのは、パステルの悲鳴。 
「動くなっ! この女の命が惜しければ……誰も動くんじゃねえぞっ!!」 
 振り向いた俺の目にとびこんできたのは、お頭、と呼ばれた山賊にはがいじめにされているパステルの姿。 
 ……あ、あいつはっ!! あにやってんだよ一体!! 
「と、トラップ……」 
 ぐいっ、と喉に短剣を押し当てられて、パステルの目に涙がにじみ出た。 
「てっ、てめえ! 女を人質にとるたあ、卑怯だぞっ!?」 
「きっと山賊もあなたにだけは言われたくないと思います」 
「うっせえぞキットン!!」 
 後ろから律儀にツッコミを入れるキットンを蹴り倒して、クレイと二人で山賊どもをにらみつける。 
 うわ、クレイの奴、目がマジだぞ? 騎士を目指してるだけに、こういう卑怯なことが大嫌いな奴だからな…… 
「パステルを、離してもらえませんか?」 
 その目に危険な光を感じたのか、山賊どもは、一斉にびびって身を引いた。 
 じり、じりとその足が後ずさる。そして…… 
「離したらこっちの身がやべえだろうが!? おい、逃げるぞっ!!」 
「へいっ!!」 
 ずるずるとパステルを盾にするようにして、後退する山賊ども。 
 くっ、悔しいが手を出せねえっ……弾、弾さえあれば…… 
 距離が離れた。もう飛び掛っても手が届かねえ、そんな距離。 
 そのときだった。 
「トラップ」 
 ぐいっ、とキットンに腕をつかまれた。 
「あんだよっ……こんなときに……」 
「これ、使えませんか!?」 
 珍しく焦ったようなキットンの声。手に押し付けられたのは、硬い感触。 
 これは…… 
「ありがてえっ!!」 
 山賊どもが身を翻した。一目散に道を走り去ろうとした、その足を狙って、俺はパチンコを構えた。 
 キットンに押し付けられたもの。大量のコイン。 
「逃がすかっ!!」 
 バチッ! バチッ! バチッ! バチッ!! 
 狙いたがわず、放ったコインは山賊どもの足に激突した。 
「うわっ!!?」 
「い、痛えっ!!」 
 どどっ、と総崩れになる山賊ども。その隙に、クレイとノルが走り出す。 
 後は一方的だった。ぼこぼこにのした山賊達を、ロープで縛り上げる。 
「ち、ちくしょうっ……誰だ、ひよっこなんて言った奴は……」 
「おかしらあ……」 
 割合腕は立つはずなんだが、まあ所詮雑魚なんてこんなもんよ。 
 芋虫のごとく地面を転がる山賊どもに一発ずつ蹴りを入れて(特に、パステルをひっさらった奴は急所を蹴ってやった)、地面に投げ出されたパステルに歩み寄る。 
 山賊が倒れたとき、一緒に放り出されたらしい。全く、鈍いっつーか……別に手足縛られてたわけじゃねえんだから。それくらい耐えろよなあ。 
「おい、パステル」 
 ぐいっ、とその身体を抱き起こす。柔らかい手触りに、一瞬抱きしめてやりたくなったが……まあそれはともかく、だ。 
「パステル」 
 重ねて声をかけると、パステルはぱちっ、と目を開けた。 
 その表情には、怯えとかそう言った表情は全然浮かんでねえが。 
 そのかわりに、やけにあどけない笑みを浮かべて。 
 そして、俺の顔をじーっ、と見つめて、言った。 
「だあれ?」 
 ……誰か、これは悪い夢だと言ってくれ…… 
  
「……幼児退行化現象、ですかね……」 
 すったもんだの挙句シルバーリーブに帰りついた俺達。 
 みすず旅館のいつもの部屋で、茶をすすりながらそう結論づけたキットンの手は震えていた。 
 その言葉に、俺とクレイは「ぎぎぎぎぎいっ」と音がしそうな動きで後ろを振り返る。 
「ぱーるぅ! 次はルーミィのばんだおう!」 
「いやあ、次はあ、ぱすてるのばんだもん!」 
 ルーミィとパステルとシロが、無邪気に絵を描いて(クレヨンを奪いあって)遊んでいる光景。 
 会話を聞いたら実に微笑ましいが、うち一人が後1〜2年で二十歳になるいい年をした女、っつーあたりが、どうにもこうにも違和感ばりばりの光景に仕上げている。 
「つまり……パステルの精神は、今、幼児期に戻ってるということですが……多分頭を打ったショックじゃないですかねえ。いやはや……こ、こんなことが本当にあるとは……」 
 キットンは、ごっくん、と茶を飲み干してテーブルに置いた。 
 がたんっ、という小さな音とともにコップはころころ転がっていったが、誰もそれにツッコむ奴はいねえ。 
「……いつになったら、戻るんだ?」 
「さ、さあ……そればっかりは、私にも、何とも……」 
「じゃあ、おめえ……」 
 ぐいっ、と親指を後ろに向ける。 
 とてもじゃねえが、二度振り向く気にはなれなかった。 
「下手したら、あいつはあのまま……ってことか?」 
「は、はあ……まあ、そのー……」 
 じょっ……じょーだんじゃ、ねえぞ!? 
 瞬時に変わった俺の形相を見て、キットンとクレイが素早く目をそらした。が、それに構う気にもなれねえ。 
 俺が……俺が、あいつと関係を進展させるのに、どれだけ苦労したと思ってやがるっ!? 
 そ、それを……全部忘れちまった、だとお……!? 
「と、トラップ……落ち着けっ。な? いつかは絶対戻るって」 
「いつかっていつだよっ!?」 
「いや、俺に聞かれても……」 
 かみつかんばかりの勢いで言い返すと、クレイは素早く身を引いた。 
 くっ……い、一体、俺はどうすりゃいいんだ!? 
「うわあああああああああああああああん!!」 
「わあああああああああああああああああああああんん!!」 
 瞬間、いきなり響いた二人分の泣き声に、ぴたり、と俺達三人は動きを止めた。 
「な、泣かないでくださいデシ!!」 
 泣いているのは、ルーミィとパステル。 
 二人のまわりをおろおろと駆け回っているのはシロ。 
 子供特有の、恥じらいも遠慮も何もねえ、出せる声を全部振り絞って泣いてるかのような、異様に耳につく泣き声。 
 思わず耳をふさいだが、それに構わず、ルーミィがクレイに、パステルが俺にしがみついてきた。 
「くりぇー!! ぱーるぅが、ぱーるぅが変なんだおう! ルーミィに意地悪するんだおう!!」 
「とりゃっぷ! ルーミィが、ルーミィがぱすてるに意地悪するのお!!」 
 そう言ってわんわんと泣き喚く女二人。 
 ……クレイはいいよ。ルーミィは本当に子供だしな。泣き喚く姿も、まだ可愛げがあるってもんだ。 
 けどなっ……お、俺はどうすりゃいいんだよっ!? 
 ぶわあっ、という感じで涙を流してすがりつく、18歳の女。 
 身体が大人なだけに、もう何というか……色気も恥じらいもなく泣き喚くその顔は、ちょっと目をそらしたくなるくらい悲惨なものだった。 
 キットンがこっそりと部屋から抜け出し、クレイが俺を同情をたたえた眼差しで見てくる。 
 ……誰か。 
 誰かっ……この状況を何とかしてくれー!! 
  
 こんな状態のパステルとルーミィを、同じ部屋にしておけるわけがねえ。 
 俺とクレイとキットンの話し合いの結果、パステルが元に戻るまで、部屋割を変えることになった。 
 もうそうなると、組み合わせは必然的にこうなる。 
 ルーミィとシロが男部屋に移動して、かわりに俺が女部屋に移動する。 
「……いいだろ。お前はパステルの恋人なんだから」 
「…………」 
 泣き喚くルーミィをなだめるのだけで、山賊八人相手したときより疲れた、そう言ってベッドに横たわったクレイの言葉は、何というか……「もう俺は知らん」と言う気持ちがびしばし伝わってくるほど投げやりだった。 
 それは……俺だって同じなんだよっ!! 
 くうくう、と俺の腕の中で、安らかに眠っているパステル。 
 まあつまり、泣き疲れて寝ちまったんだが……本当の本当に、子供に戻っちまったんだなあ、と改めて実感してしまう。 
 元のままのパステルだったら。この部屋割りは諸手をあげて喜ぶべきところなんだが……こうなっちまった以上…… 
 俺に子守をしろ、と。そういうことだよな……? 
 考えただけでうんざりして、俺は天井を仰いだ。 
  
 パステルが目を覚ましたのは夕方だった。 
「とりゃっぷー」 
「あんだよ」 
 することもなくて床で不貞寝をしている俺の髪を、パステルがぐいっ、とひっぱった。 
「あのね、お腹空いたあ」 
「…………」 
 はああー、と盛大なため息を吐いて立ち上がる。 
 そうだな。時間的にはもう夕食、だよなあ…… 
 けど……こんなになったこいつを、猪鹿亭に連れてくのか……? 
 普段、ルーミィ一人にどんだけ苦労してるかを思い出すと、それだけで気が滅入ってきた。 
 と、そのときだった。 
 どんどん 
 遠慮のかけらもねえノックの音が響いて、がちゃん、とドアが開いた。そこに顔を出したのは、キットン。 
「あ、トラップ……あのですねえ、今から夕食に出かけますけど……あなた達は、どうします?」 
「どうしますって俺だって腹へってんだけど」 
「ぱすてるもー! ごはんたべるー!」 
 即答する俺達に、キットンはしみじみとつぶやいた。 
「そう言うだろうとは思っていましたが、クレイの判断により、そうなったパステルを余り人目にさらさない方がいいだろう、とのことです」 
「…………」 
 ああ、反論できねえ……俺達も、ここシルバーリーブじゃ結構な有名人になってるしな。 
 一体どんなろくでもねえ噂が走ることやらっ…… 
「んじゃ、どうしろってんだよ?」 
「あのですねえ、我々が夕食を運びますから……今しばらく、部屋で大人しくしていてもらえますか?」 
「…………」 
 納得行かねえ。 
 俺は絶対納得いかねえぞ!? 
「とりゃっぷ。ごはんはあ?」 
 きょとん、と顔を見上げてくるパステルに、俺はひきつった笑みを返すしかなかった。 
  
 さすがに、飯を食い終わるまで待て、というのは気の毒だと思ったのか。 
 キットンとクレイで先に俺達に飯を運んできた後、改めて猪鹿亭へと出かけて行った。 
 にこにこ笑うパステルからあからさまに目を背けてやがったからな……こりゃ、当分帰ってこねえかもしれねえな。 
「ほれ。さっさと食え」 
「うん! とりゃっぷ、これ、おいしいー!」 
「ああーそうかよ。良かったな」 
 ぐちゃぐちゃとスプーンで飯をかきまわすパステルに、できる限り視線を向けねえようにして飯をかきこむ。 
 せめて。 
 せめて、身体まで幼児化してくれていたらっ…… 
 そっちの方が余計に大事だろ、と理性がつぶやくが、それでもそっちの方がまだマシだった。 
 身体が大人なだけに……いつもと全く変わらねえパステルなだけに、そのギャップについていけねえ。 
 はああ〜〜、と皿を置いたとき、ぎゅっ、と腕をつかまれる。 
「……あんだ?」 
「とりゃっぷ、どこか、いたいのお?」 
 きょとん、と俺を見上げるパステルの顔は、どこまでも無邪気だ。 
 その顔にべったべたにソースをつけていたりしなければ、その場で押し倒してやりたいと思ったかもしれねえ。それくらい無防備な笑み。 
 ……この状態でパステルを抱いたとして。それでも俺は変態、と呼ばれることになるんだろうか。 
 何だかそんなどうでもいいことが頭をかけめぐる。 
「別にっ。おら、おめえさっさと飯食えっ」 
 まだ中身が半分以上残った皿をつきつけると、パステルは悲しそうに目を伏せて首を振った。 
「もう、いらない……」 
「あんだよ。嫌いなもんでもあったか?」 
 ひょいひょいっ、と皿からいくつか失敬して自分の口に放り込む。 
 ……うめえけどな。パステルに、特に好き嫌いは無かったような気がすんだが。 
「あのね、とりゃっぷ……」 
「ん?」 
「おなか、いたいのお……」 
「……は?」 
 言われた言葉に、一瞬動きを止める。 
 腹? ……食いすぎ? 
「大丈夫か? どこが痛えんだよ」 
「ここお……いたい、いたいよお……」 
 ぎゅっ、と下腹部をおさえて、ぼろぼろと涙をこぼすパステル。 
 ああーもうっ! どこまでも世話の焼けるっ!! 
「キットン……はいねえんだよなあ……しゃあねえな。トイレにでも行ってこいよっ」 
「つれてってえ」 
 じいっ、と情けねえ顔で俺を見上げるパステルの顔は…… 
 しつけえようだが、べたべたに汚れてなければかなり可愛かった。 
 うああ、理性が何か一瞬とびそうになった。それはやばいだろ俺!? 
 がしがしっ、とその顔をタオルで乱暴にこすって、無理やりひっぱり起こす。 
「ったく! おめえは世話の焼ける奴だなっ!!」 
「……ごめんなさい……いたい、いたい……」 
 しゅん、とうなだれられると、それ以上声を荒げるのも、いい年をした大人としてどうかと思う。 
 ったく。しゃあねえよな…… 
 がばっ、とパステルの身体を抱き上げて、トイレへと連行する。 
「ほれ、さっさとすませてこいって。まさか中に入れとは言わねえだろうな」 
「ひ、ひとりで、できるもん!!」 
 そう言うと、鼻先でばたんっ、とドアが閉められた。 
 全く。何が困るって、恥じらいが全くねえのが困るんだよなあ。 
 ガキにそれを要求したってしょうがねえんだけど…… 
 俺が顔を覆ったそのときだった。 
「やあああああああああああああああああああああああああああ!!?」 
 響いたのは、パステルの悲鳴。 
 な、何だっ!? 今度は何が起きたっ!? 
「おい、どーした!?」 
 どんどん、とドアを叩くと、パステルは転がるように中から飛び出してきた。 
「とりゃっぷ、とりゃっぷー!!」 
「あんだよ、何があったんだ?」 
「血! パンツに、血がついてるのー!!」 
 ぐいっ!! と目の前につきつけられたのは、白い布きれ。 
 それが何なのかを理解して、俺は鼻血を吹きそうになった。 
「お、おまえっ……あ、あのなあっ!!」 
「とりゃっぷ、こわい、なにこれえ? うわあああああああああん!!」 
 わあわあと泣き喚くパステル。その手に握り締められているのは、つまり、あいつの…… 
 こ、こんなところ、人に見られたらどーすんだよっ!? 
 慌ててパステルの身体を担ぎ上げ、階段を駆け上る。 
 バンッ、と部屋に飛び込んで硬く鍵をかけ、ついでに窓もカーテンをひいておく。 
 ………… 
 床に座らされてわあわあ泣いてるパステル。 
 手に握っているのは……つまり、下着。 
 すると、今のパステルは、スカートの下は…… 
 いかんいかんいかーん!! 何考えてんだ俺はー!! 
 ぶんぶんぶんと頭を振り、ついでに壁にがんがんと叩きつける。 
 はあ、はあ。落ち着け俺。とりあえず、事態を把握しよう。 
 必死に息を整えて、せいいっぱい優しい顔で振り向く。 
 パステルは、相変わらずひっくひっくとしゃくりあげていたが、俺がしゃがみこむと、きょとん、と首をかしげた。 
「とりゃっぷ……」 
「あ、あのな、パステル。で、何だって? 何があったんだ?」 
「うん。あのね、ぱすてる、おなか痛くてトイレいったの。そしたらね、パンツにね、血がついてたの」 
 そう言って、しょうこりもなく俺に手にした物体を見せようとする。 
 白い小さな布きれ。確かに、言われた通り、一部に赤い染みが広がっている。 
 ……ああーそうか。腹が痛え、って言ってたのは、つまり…… 
「とりゃっぷ。ぱすてる、変? 病気? しんじゃうの?」 
「……いや、死にはしねえけどよ……」 
 ガキ特有の突飛な考え。性質が悪いのは、パステルがそれを信じこんでることで…… 
 ええっと、だな……何でっ、男の俺がこんなこと説明しなくちゃいけねえんだ!? 
「あ、あのな、パステル……それは、何つーか、ええっと……おめえが、女だっつーしるしなんだよ」 
「……しるし?」 
「ああ。つまり、な……」 
 参った。何て説明すりゃあいいんだあ? 
 生理……っつーんだったか? そういや、月に何日か、パステルが腹おさえて苦しんでたが……やっぱ、あいつにもちゃんとこういうのは来てたんだな。 
 そんな当たり前のことに思わず感心してしまう。まあ当然なんだが、普段のパステルが、俺達男にそんなこと言うわけねえしな。 
 一応知識くれえは持ってる。学校でも習ったしな。 
 けどなっ……それを、どこまで言えばいいのやら…… 
「ええっとな、つまり……おめえの身体は、女になった、ってーことでな」 
「ぱすてるは、女の子だよ?」 
「だあら、そうじゃなくてな……」 
 がしがしと髪をかきむしる。 
 身体のメカニズムを詳しく教えてやったところで、現在三歳児程度の知能しかねえパステルに理解できるとも思えねえし…… 
「えっとな、それはな、赤ん坊を生めるようになった、っつー証拠なんだよ」 
「あかちゃん?」 
「そ。おめえらの身体はな、いつか赤ん坊を産むようにできてんだけどよ。その準備ができたぞーって身体が知らせてくれてる、っつーことなんだよ。だあら、別に病気でも何でもねえの」 
「でも……おなか、いたいよ?」 
「だあら……」 
 くっ。この俺が必死に知恵を絞って説明してやってるっつーのにっ! 素直に納得しろよ。 
「えっとな、そうやって血が出ると、汚れるだろ?」 
「うん。パンツ汚れちゃった」 
「あーそうだな。そうなったら困るだろ? だあら、身体が『今から血が出るぞー』って教えてくれてんだよ」 
「そうなの?」 
 上目遣いで見上げられて、俺はばっと目をそらした。 
 ちなみに思いっきり嘘だ。確か腹が痛くなるのは……何でだったかな。所詮俺には関係ねえことだから、と真面目に授業を聞いてなかったことがちと悔やまれる。 
「そうなんだよ。だあら、おめえは病気でも何でもねえの。ええと、ちっと待ってろよ」 
 がさがさ、と勝手にパステルのカバンをあさる。 
 持ってるはずだよな? いくら貧乏だからって、こればっかりはけちるわけにはいくまい。 
 カバンの隅っこに隠すようにしまってあったポーチを引っ張り出す。 
 うし、これだな。 
「ほれ。この綿みてえな奴な。これを……ええっと、血が出る場所につめとけば、下着汚れずにすむから」 
「……どこ?」 
「あ?」 
「血がでてるの……どこ?」 
「…………」 
 言われてぴっきーん、と凍りつく。 
 血が出てる場所……って。そりゃあ…… 
「わ、わかるだろ? 大体。自分でできるよなっ!?」 
「わかんない……ねえ、とりゃっぷ……」 
 じいっ、とはしばみ色の目で俺を見上げて、パステルは本当の本当に無邪気な顔で言った。 
「とりゃっぷが入れて」 
「…………」 
 誰かっ……誰でもいいっ。 
 俺をこの場から逃がしてくれっ…… 
  
「ええっと……」 
「……だめえ?」 
 じいっ、と俺を見る目が、今にも泣きそうなほど潤んでいる。 
 ……そりゃあ、な。身体の関係まで発展してる俺達だ。 
 もちろん……見たことも触ったことも、ある。 
 え、遠慮っつーか、ためらうことは……ねえよな? 
 誰も聞いてはいねえが、一応弁解しとこう。 
 これは、決して決して俺が望んでやったことではない。パステルにやってくれと頼まれたから、仕方なくやってることだ! やましい気持ちなんか何一つねえ!! 
 想像だけでナニが反応しかけてるあたり、説得力がねえが。 
 震える手で、綿……のようなものをつかむ。 
 当たり前だがこんなもん使うのは生まれて初めてだ。……つめるって……どうすりゃいいんだ……? 
「ええっ……とな、パステル。い、入れてやるから足、開け」 
「うん」 
 何のためらいもなく、ばっ、と俺の前で脚を開く。 
 短いスカートがまくれあがって、下着をつけてねえ「ソコ」がもろに目に飛び込んできた。 
 ……神様、瞬間的に限界寸前まで反応した罪深い俺を裁いてください…… 
 思わず存在すら信じてねえ神に懺悔してしまう。 
 こっ、これは……まさか、こんな日が来るとはっ…… 
 がっくりとうなだれた俺の頭を、パステルがぽん、と叩いた。 
「とりゃっぷ? ……だいじょうぶ?」 
「ああ、大丈夫だよ……」 
 ぶるぶると震える手で、パステルの膝をつかむ。 
 いいか、俺。今からやるのは、その……何つーか蓋の開いたびんに栓をする作業だと思え。そう思うんだ! やってることは大差ねえ!! 
 目をそらせねえから必死に自分に言い聞かせて、そっと手を伸ばしたときだった。 
「ねえー、とりゃっぷ」 
 びくっ!! 
 耳元で囁かれて、思わず手が止まる。 
 そもそもパステルが頼んできたんだからして、俺がやましく思う理由なんか何もねえはずだが……理性はそう告げてても、感情がそれに追いつかねえ。 
「とりゃっぷ。あのね、ぱすてるもね、あかちゃんがうめるからだになったんだよね?」 
「……あ、ああ……」 
 な、何を言い出すつもりだ……? 
 激しく不安がつのる。パステルの声には、迷いっつーものが全くなかった。 
 素直に、自分の本心を告げている。だからこそ……性質が悪い。 
「ねえ、あかちゃんって、どうやったらできるの?」 
 ぎしっ!! 
 きっと世の親達が、子供に聞かれて困る質問ベスト3に堂々ランクインするだろうこの質問。 
 まさか、自分の彼女からそんな質問を受けるとは……この俺も予想の範疇外だったぜ…… 
「あ、あのな……」 
「あのね、わたし、あかちゃん欲しいー」 
 えへへ、と幸せそうに笑って、パステルは言った。 
「あのね、あのね、ダイナの家にね、あかちゃんがうまれたんだよ。弟だってダイナ笑ってた。すっごくすっごくかわいかったんだよ? ねえとりゃっぷ。わたしも、あかちゃんほしいー」 
「お……おめえ……」 
 ああ、この台詞を18歳の真っ当なパステルに聞かせてやりてえっ!! 
 叶わぬ望みだとわかっちゃいても、そう願わずにはいられなかった。 
「あのなっ……パステル。赤ちゃん、ってのはな? ええっと……好きな男がいねえと作れねえんだよ」 
 俺にしては気のきいた台詞じゃなかろうか。自分で自分に拍手を送る。 
「だあら、パステル一人じゃ、できねえっつーか……」 
「好きな、男のひとお?」 
「ああ」 
 そう言うと、パステルは満面の笑みを浮かべた。 
「とりゃっぷは、あかちゃんがどうやったらできるか、知ってる?」 
「……あ、ああ……まあ、な……」 
 俺がそう答えると。パステルは、俺にしがみついてきた。 
「じゃあ、とりゃっぷー」 
 ぼとっ、と手に持っていた綿が落ちた。 
「ぱ、パステル……?」 
「とりゃっぷ。ぱすてる、とりゃっぷのこと好きだよ? だから、あかちゃん作って」 
 どっかーん 
 頭の中で、理性という名の何かが爆発する音を、俺は確かに聞いた。 
  
 説得力も何もねえが一応言っておこう。 
 俺には……俺には、断じて、幼児を抱くという危ない趣味は、ねえっ!! 
 いくらそう言ったところで、目の前の状況が変わるわけじゃねえんだが。 
 ベッドに寝転んでいるパステルと、その上にのしかかっている俺。 
 もう一度確認する。ドアの鍵はかけた。カーテンもひいた。クレイ達はまだ猪鹿亭から戻ってきてねえ。 
「とりゃっぷ……?」 
「赤ちゃんが、どうやってできるか……な。教えてほしいか?」 
「うん!」 
 即座に答えるパステルに、微笑みかける。自分でもわかるが、相当に邪悪な笑みだったはずだ。 
 ぐいっ、と顎をつかみあげて、その唇を自分のそれで塞ぐ。 
「んんっ……?」 
 舌をこじいれる。上あごをくすぐるようにして奥まで侵入し、怯えてちぢこまるパステルの舌を無理やりからめとる。 
 パステルは、最初かなり戸惑っていたようだったが……しばらく行為に没頭していると、やがて、おずおずと俺の動きに合わせて来た。 
 ……素直だ……元のパステルだったら、照れて自分から動くなんて滅多にしねえもんな…… 
「うーっ……」 
 相当に息苦しかったんだろう。唇を解放すると、パステルは真っ赤な顔で、大きく息を吸い込んだ。 
「とりゃっぷ?」 
「赤ちゃんを作るときってのはな……まず、こうして……」 
 ぐいっ、とセーターをめくりあげる。 
 背中に手をまわしてブラジャーをはぎとると、貧相ではあるが柔らかそうな胸が、あらわになった。 
 そっと手をあてがう。ふにっ、という弾力が、押し返してきた。 
「ふわあっ……」 
「こうして、まず身体をほぐしてやんなきゃ、いけねえんだよ」 
「ほぐ……す?」 
 返される言葉に返事もせず、その胸を力を入れすぎねえようにしてもみしだく。 
 最初は柔らかかった先端部分がすぐに硬く尖って、そして白かった肌にわずかに赤みがさした。 
「にゃあっ……や、あ、やあんっ……」 
「きもちいいか?」 
「…………」 
 俺の質問に、こくん、と素直に頷く。……子供だから。恥じらいがねえから。だから、素直に反応する。 
 ああ……これは、これでまた…… 
 世間一般で言うところの「変態」と呼ばれる人種の気持ちが、少しはわかった。いや、わかりたくはなかったんだが。 
 すっかり硬くなった部分を口に含み、甘がみをしながら手を背中にまわす。 
 そうやって何度も何度も手を往復させると、パステルの息が、どんどん荒くなっていった。 
「や、あ、はあっ……んっ……」 
「…………」 
 胸を解放して、肩と首筋に強く吸い付く。 
 みるみるうちに赤い痕が浮かび上がってきた。普段のパステルなら、「服を着るとき困る」と文句を言うところだが……今のパステルには、そんな知恵はまわらない。 
 だから好きなように動けた。あいつが嫌がる行為も、恥ずかしがって見せてくれないポーズも、今なら俺の思いのままだ。 
「欲しいか? 赤ん坊」 
「うん……」 
 はあっ、と大きく息を吐くパステルの顔は、既に真っ赤になっていて、目にはこぼれそうなほどに涙をたたえていて。 
「じゃあ、な」 
 細い手首をつかむ。十分すぎるほどに反応しきったナニを、その手に握らせる。 
「俺の方の準備も、手伝ってくれよ」 
「……じゅんび?」 
「動かしてみろ」 
 言われた意味がわからねえのか、パステルはしばらくぽかんとしていたが。 
 つかんだ手首を上下に動かすと、やっとわかったのか。いかにも不器用な動きで、しごき始めた。 
「っ……うあっ……」 
「とりゃっぷ……これ、なにい?」 
「何って……ナニだよ」 
「…………?」 
 わからなくてもいいっつーの。言われた通りにしてれば、それでいい。 
 パステルの手の中で、俺のナニはあっさりと欲望を爆発させた。突然飛び散った液体に、パステルはびっくりしたようだが…… 
「とりゃっぷ……」 
「怖がるこたあ、ねえよ」 
 手や顔を白く汚したパステルの身体を、ぎゅっと抱きしめる。 
「準備……つったろ? 同じことをな、口で……やってくれっか?」 
「くち?」 
「そう」 
 一度は萎えたというのに。その光景を想像しただけで勢いを取り戻す自分自身を、苦笑しつつ見つめる。 
 若いって証拠だよなあ…… 
 どうしようもない快感。パステルを抱いたことは何度もあるが……こんだけ自由に抱けたのは、初めてだから。 
 罪悪感がねえわけじゃねえ。だけど…… 
 許してくれよ? そのかわり……おめえも、後でいくらでも気持ちよくさせてやっから。 
 俺に言われたとおり、パステルは、おずおずとナニを口にくわえた。 
 歯を立てたらいけねえ、と、それだけは直感でわかったのか。ぺろり、と遠慮がちに舌を使ってくる。 
 下手したら、一瞬で再度爆発しそうなほどに……気持ちいい。 
 うあ……やべえ。元に戻ったとき、こいつぜってーこんなことしてくれねえだろうしなあ…… 
「も……いい……」 
「とりゃっぷ?」 
「俺の準備は……もう、いい」 
 さすがに、口の中で果てるのは……まずいだろ。泣かれたら面倒だしな。 
 顔をあげるパステルの身体を再び組み敷いて、ぐいっ、と脚を開かせる。 
 ……うあ。血が出てんな…… 
 生理中だ、ということを忘れてた。シーツが血まみれになってるのを見て、一瞬顔をしかめたが。 
 まあ……何とかなるだろ。 
 構わねえことに決めて、既に血で汚れたそこに指をこじいれる。 
「やあああっ!?」 
「おめえの、準備。これが最後だからな」 
「じゅんび……?」 
「ああ。もうすぐ終わるぜ? 赤ちゃんを作るのが」 
 生理中、っつーことは。 
 つまり……中で出しても大丈夫、ってことだよな? 
 指をかきまわすと、中から血と一緒に明らかにねばっこい何かがあふれ出してきた。 
 いつもよりやけに反応がいいのは……やっぱ、時期が時期だから、か? 
 赤く汚れた手で、肩をつかむ。パステルの目は、不安そうだった。 
「いたくない?」 
「大丈夫だろ……おめえ、こんだけ反応してるし」 
 そう言って笑うと、パステルは安心したように微笑んだ。 
 予告通り。 
 貫いても、抵抗は何もなく……パステルも泣くこともなく。 
 律動を開始すると、その動きに合わせて、唇から派手なあえぎ声が漏れ始めた。 
「やあっ……と、とりゃっ……あ、はあんっ……やあっ……」 
「……うわっ、いいっ……」 
 ぎゅうっ、と締め付けられて、思わず声が漏れる。 
 いつもより……何か、いいっ……何でだっ……? 
 生理中、だからなのか……? 
「あ、うっ……やあっ……と、とりゃっぷ……と、とらっ……」 
「やっぱ……中身は子供でも、身体は大人だよなっ……」 
 その言葉に特に意味なんざなかったが。 
 それを聞いたパステルの目が、大きく見開かれたのは……何でなんだろう? 
 けど、限界が近づいていた俺は、それを考える余裕もなく。 
 がしっ、と両肩をつかむ。その唇を無理やり塞ぐ。 
 より深く繋がったその瞬間、俺は、パステルの中で、呆気なく果てていた。 
  
 ……はあっ…… 
 気が抜けて動く気にもなれねえ。中途半端に繋がった状態で、俺はしばらく、パステルの上にもたれかかっていた。 
 何つーか……いつもに比べて、すっげえ良かった…… 
「……トラップ」 
「あ……?」 
 耳元で囁かれて、視線をあげる。 
 パステルの目が、俺をじっと見つめていた。その目に浮かんでいるのは、困惑。 
 ……え? 
「パステル……?」 
「トラップ……何、してるの……?」 
 さっきまでのろれつの怪しい口調とは違う。 
 はっきりと理性の混じった声で、パステルは、言った。 
  
 元に戻った。 
 きっかけは、単純。ようするに、「自分は子供じゃない。もう大人だ」とわからせてやればいい。 
 後になってのキットンの見解がそれだったが。 
 まあ、それはともかく、だ。 
 幼児に戻っていたときの記憶は、全く残ってねえらしい。 
 血まみれのシーツと、俺の手と、その他色んな状況を見て、まずパステルがしたことは…… 
 悲鳴をあげることだった。 
「な、な、な、何よこれっ……どういうことよトラップ!? ひ、ひどい……」 
「ま、待てっ……これは、な。誤解……そう、誤解だ!」 
「何が……誤解なのようっ!!」 
 じわっ、と目に涙まで浮かべて抗議してくる。 
 しまった。怒り狂ってやがる…… 
「もう……最低! 出てって――!!」 
 それから、起こったことを全部説明して、自分から望んだことだ、とパステルを納得させるまで。 
 俺はおよそ二週間ほどパステルに口をきいてもらえず、もちろん、手も触れさせてもらえなかったことは、言うまでもない……

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