俺がいささか軽率だったことは認めよう。 
 だが……あの場合は、仕方ないんじゃないか!? 
 第一、だ。そもそものミスをしたのはパステルで、むしろ俺はそれに巻き込まれた形で…… 
 などといくら言ってみても、目の前の状況が変わるわけではなかった。 
 俺の前には、この上なく冷たい目をしたクレイ、キットン、ノル。ルーミィとシロは事情がよくわかってねえらしくきょとんとしているが…… 
 テーブルの上に投げ出されているのは、一通の手紙。 
 そこには見慣れたあいつの筆跡で、こう書かれている。 
  
 ――しばらくガイナに帰らせてもらいます。勝手なことしてごめんなさい 
                               パステル 
  
 冷や汗がだらだら背中を伝い落ちる。 
 こうなった原因ははっきりしすぎるほどはっきりしていて。声高に俺は悪くないと主張したところで、きっかけが俺にあることは間違いないわけで。 
「……で、トラップ。お前、俺達が出かけてる間に、一体パステルに何をしたんだ?」 
 そう問い詰めるクレイの声は、これでもかというほど冷たかった。 
  
 その日、みすず旅館に俺とパステルだけが残されたのは、まあ間が悪かった、としか言いようがねえ。 
 季節は夏真っ盛り。あまりの暑さに外出する気にもなれねえ、そんな時期。 
 こんな時期でもルーミィとシロの奴はパワフルに外に遊びに出たがったが、正直言って俺を初めとする他のメンツは全員がへばっていた。 
 それでも、クレイやノル、それにパステルは、根気強く交代でルーミィに付き合ってやっていたが。 
「このままだといずれ誰かが倒れる」 
 真面目な顔をして言うクレイの言葉を笑いとばせねえほど、この年の暑さは深刻だった。 
 そんなわけで、少しでも涼しいところに行こう、と、クレイ達はルーミィを湖に連れていってやる計画を立てたんだが…… 
 直前になって、パステルに原稿の依頼が舞い込み、俺にはバイトの話が舞い込んだ。 
 まあ、よっぽど断ろうかどうしようか迷ったんだが……財政的に、誰かが金を稼がねえことには、少々今後の生活に不安が残る、というわけで。俺とパステルは、留守番を余儀なくされた。 
 ……まあいいんだけどな。湖は確かに魅力的だが、この暑さの中、数日かけててくてく歩いていくのは勘弁願いたかったし。 
 パステルは随分残念がっていたが、さりとて、ここで湖に出かけたら絶対に締め切りには間に合わねえこともわかっていたんだろう。ルーミィがどれだけごねても、「ごめんね」の一点張りだった。 
 そんなわけで、クレイ達が出かけて、しばらくみすず旅館は随分静かになった。 
  
 俺とパステルだけになり、一人一部屋使えるのは、正直助かった。この暑い中、狭いベッドに二人で寝るのは余計に辛い。 
 ……そう、逆に言えば、一人一部屋、一つのベッドを使える、なんてのが俺達にとっては稀な事態なわけで……普段は大抵誰かと一緒に寝ていた。思えば、これが全ての元凶だったわけだが。 
 しばらくもくもくとバイトをこなし、クレイ達も多分明日には帰ってくるだろう、という日のこと。 
 その日、俺はバイトが終わった後、猪鹿亭でしこたまビールを飲んでいた。 
 バイトの給料日で多少懐に余裕があったし、暑い日に飲む冷たいビールってのはまた格別だからな。 
 一緒に飯を食っていたパステルも、俺があんまり長々と粘るもんだから「先に帰ってる」と席を立ち。 
 結局、俺が店を出たのは、閉店時間ギリギリだった。 
 酒には割りと強い方だと思ってるんだけどな。その日はちっと調子に乗りすぎた。帰るとき、足元がふらついてたかんな。 
 こんな状態で風呂に入ったら倒れるな…… 
 とっとと寝よう。そう決意して、ふらふらと階段を上ったとこまでは、何となく覚えてる。 
 その後の記憶は曖昧だ。自分の部屋に戻って、それから…… 
 暑いのと酒が入っていたこともあって、服を全部脱いで下着だけでベッドにもぐりこんだ。別に誰が見てるわけでもねえしな。そのまま、あっという間に眠り込んで…… 
 そういやあ、夜中にドアが開いたような音もしたな、と後になって思い当たる。 
 けど、自分で言うのも何だが、一度寝たらそう簡単には起きない俺のこと。ましてや酒が入ってたからな。そのまま、朝を迎えるまで目を覚ますことはなかった。 
  
 …………? 
 猛烈な頭痛と、暑さ、そして、背後から漂う熱気に、俺は目を開けた。 
 窓の外はもう明るいが、まだまだ普段の俺なら夢見てるような時間。 
 ……くっそ、飲みすぎた…… 
 典型的な二日酔いの症状に顔をしかめる。 
 水でも飲もうか、と身を起こそうとしたときだった。 
 ふにっ 
 ベッドにつくはずの手は、やけに弾力ある物体に押し返された。 
 ………… 
 くるり、と振り向く。 
 同じベッドの中。そう、俺の隣、ほんの数十センチと離れていない場所。 
 そこに、パステルが寝ていた。 
 ………… 
 ま、待て、俺。落ち着け。 
 何だこれは? 何でこんなとこでパステルが寝てるんだ? 
 きょろきょろと部屋を見回すが、そこは間違いなく男部屋で。 
 ……昨夜、何があった? 
 思い出そうとするが、頭痛のせいではっきりしねえ。 
 おそるおそる薄い夏用毛布をめくってみる。 
 間違いなくパステルだ。長い金髪は枕の上に広がり、一部は汗で頬にはりついている。この暑いのにしっかり熟睡しているらしく、桜色の唇からは規則正しい寝息が漏れている。 
 そして。 
 するり、と毛布を落とす。 
 俺の目にとびこんできたのは、眩しいくらいに白いパステルの足。 
 ……そう。パステルは、白いTシャツ一枚しか着ていなかった。 
 いや、もちろん下着は身につけていたが。 
 どぐんっ 
 冷静にそれを目におさめた途端、頭痛は彼方へととんでいった。 
 まあ朝だったってこともあり、即座に反応を示す自分の身体がこんなときは恨めしい。 
 目をそらそうとしてもそらせねえ。シーツのしわ一つ見逃すまい、という勢いで、じっくりと見てしまう。 
 汗ではりついたTシャツ。ブラジャーはつけてねえのか、胸の形がはっきりとわかる。 
 さらされたうなじ、むきだしの腕、太もも……そして、無防備な寝顔。 
 待て、俺。落ち着け。 
 思わず手が伸びそうになるのを、必死におさえる。 
 よく考えろ。俺とパステルが一緒のベッドで寝ている。これが示すところは一体何だ? 
 昨夜。酒が入っていたせいでよく覚えてねえが…… 
 ふと自分の格好を見下ろす。俺の方もパステルと似たような……いや、上半身は裸だから、さらに薄着か……そんな格好。 
 半裸の男女が一つのベッドで寝ている。それが意味することってのは……一つしかねえんじゃねえのか? 
 頭の中を想像がかけめぐる。 
『トラップ……ちょっと、いい?』 
『わたし、もう我慢できないの。ずっと前から、トラップのことが……』 
 恐ろしく自分に都合のいい妄想であることは否定しねえが。 
 け、けどな……この状況を見るに、考えられるのは……それしかねえんじゃねえか? 
 つまり、あれか。俺とパステルは……昨夜、その、ヤッた、ということか? 
 ……全く記憶に残ってねえ。不覚! 酒のせいか!? そうなのか!? 夢にまで見た初体験が、こんなことでいいのか!? 
 いや、よくない。 
 コンマ数秒でそう結論づける。 
 これはよくない。ヤッた(と思われる)のに記憶にも残ってねえ。それははなはだ相手に対して失礼というものだ。 
 ここは一つ……だな……記憶を取り戻すためにも、その、もう一度…… 
 思えば、そのときの俺は寝起きと二日酔いで脳が腐ってたとしか思えねえが。 
 とにもかくにも、性急にそう結論付けた。 
 で、どうしたかと言うと。 
 自分の欲望に忠実に、寝てるパステルの身体に手を伸ばした、とまあそういうことだった。 
  
 微かに赤く染まった頬に手を伸ばす。 
「ん……」 
 小さくうめくが、それでも目を覚まさない。完全に眠っているようだ。 
 起こそう、と思わなくもなかったが。理性よりも本能が勝った。 
 思った以上に細いその身体にのしかかる。Tシャツをめくりあげると、お世辞にも大きいとは言えねえが、眩しいくらいに真っ白な胸が、目に飛び込んできた。 
 そっと手で包み込む。その柔らかさは、今まで触ったどんなものとも違った感触で…… 
「ん……あ……」 
 パステルの息が少し乱れた。それでも、まだ目を開けねえ。 
 わずかに開いた唇に軽く口づけた後、首筋、肩を通って、胸にキスをする。 
 白い肌にいくつもの赤い痣が残って、それがまた酷く欲情を煽った。 
 ……あーっ、やべえ。何かもうこんだけでイキそうだ…… 
 痛いくらいに反応してる自分のナニを見下ろして苦笑する。 
 普段、パステルのことを色気がねえ、幼児体型と散々バカにしてきたが。 
 どうしてどうして。こうして手で触れてみると……それはなかなかに魅力的で…… 
 脚を開かせる。下着の隙間から指をこじいれる。 
 しばらくさすったりこすったりしていると、やがて、指にまとわりつくようにして蜜が溢れてきた。 
 うわ。こいつ、割と敏感だな……いや、他の女を知ってるわけじゃねえけど…… 
 下着をはぎとる。両脚の間に自分の足を割り込ませる。 
 いざ、挿入! の前に、もう一度唇を重ねた。 
 そのときだった。 
 ぱちっ 
 音がしそうなほどに突然、パステルの目が開いた。 
 いや、こんだけされたら、普通目が覚めるだろうが。 
 パステルは最初、自分が何されてるのかよくわかってねえみたいだった。 
 はしばみ色の目が、至近距離で俺を見つめている。 
 重ねられた唇、むき出しにされた胸、広げられた両脚と、その間に割り込んでいる俺の身体…… 
 そっと唇を離す。……何て声をかけりゃいいんだ……? 
「よ、よお」 
 後になって考えると何て間抜けな挨拶だ、と思わなくもねえが、そんときの俺には、それが精一杯だった。 
 そして。 
「き……きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!?」 
 みすず旅館どころか、シルバーリーブ中に響き渡りそうな悲鳴が、炸裂した。 
  
 冷静になってよーく考えるとだ。 
 あのパステルが自分から迫ってくるなんて、そんな大胆なことをするはずもなく。 
 ようするにこういうことだろ、と思い当たったのは、悲鳴をあげたパステルに散々ひっぱたかれたり物を投げつけられたりした挙句に、 
「トラップのバカ! 最低! ひどいひどい、こんなのってひどい……もう大っ嫌い! 顔も見たくない、バカ――!!」 
 という素晴らしい罵声まで浴びせられて部屋を叩き出された後のことだった。 
 多分、だ。パステルのこった。暑さのせいで夜中に水でも飲みに起きた後。 
 あの方向音痴は、女部屋と男部屋を間違えて、しかも部屋の中が暗かったせいでそれに気づかなくて。 
 それで、手近なベッドにもぐりこんで……そこに不幸にも、俺が先に寝ていた、と。多分そんなことじゃねえだろうか? 
 普段ルーミィやシロと一緒に寝てるから、同じベッドに先客がいても気にしなかった……夜中で、寝ぼけてて、まあそんなとこじゃねえか、と思う。 
 ……いや、俺は確かにいささか焦っていた。ちっとばかり性急だった。 
 けどなっ! 部屋を間違えたのはあいつで、ベッドにもぐりこんできたのもあいつで……それもあんな無防備な格好で隣に寝てこられて、男なら誰だって同じような反応するんじゃねえか!? 
 いくら自分に言い聞かせたところで、んな言い訳をあいつが聞いてくれるとも思えず。 
 とりあえず一風呂浴びて、それから考えよう、とそのまま風呂場に向かった。 
 冷水シャワーを浴びてどうにかこうにか頭を冷やして、部屋に戻ってみると、もうあいつの姿は無かった。 
 さすがに、部屋を間違えたのは自分だ、ってことに気づいたみてえだな。 
 ……さて、どうすべきか。やっぱ、俺から謝るべきなのかあ? 
 けどなあ……何て言って謝りゃいいんだ!? 
 俺がそんなことに頭を悩ませていると、一階が騒がしくなった。 
 どうやら、クレイ達が帰ってきたらしい。 
「ただいま。留守番ご苦労様……何か変わったことはなかったか?」 
 部屋に入ってくるクレイとキットンに生返事をする。 
 かなり変わった事態が起きたが、こんなこと説明する気にもなれねえ。 
 そんな俺の様子に、クレイは何か感じることでもあったのか……「どうかしたのか?」と声をかけたきた、そのときだった。 
「くれぇー」 
 舌ったらずの声が響いて、ルーミィとシロが顔を覗かせた。 
「ルーミィ、どうしたんだ?」 
「ぱーるぅがいないおう」 
「いないデシ」 
 二人(一人と一匹)の声に、冷や汗がどっと吹き出した。 
 ま、まさか……? 
「いない? トイレかどこかじゃないのか?」 
「わかんない。そいでね、机の上に、これがのってたんだおう」 
 そうしてルーミィが差し出したのは、しばらくガイナに帰ると書き残された、あいつの置手紙だった。 
 で、冒頭につながるわけなんだが…… 
 なあ、確かに俺は軽率だったかもしんねえけど……でも、俺は悪くねえだろ!? 
  
「お前が悪い」「あんたが悪い」「トラップが悪い」 
 場所を猪鹿亭にうつして。 
 昼食がてら、起こったことを(大分控えめに)報告すると。 
 クレイ、キットン、ノルは全く同時にそう言った。 
「あんでだ!? 部屋を間違えたのはあいつでベッドを間違えたのもあいつで、俺はむしろ被害者だろ!?」 
「お前……なあ。気持ちはわからなくもないけど……」 
「さすがにまずいでしょうねえ。朝起きてそんなことになってたら、そりゃあ女性はショックを受けますよ」 
「パステルがかわいそうだ」 
 俺の必死の弁解に、男三人の目はどこまでも冷たかった。 
 お、俺に味方はいねえのか!? 
 必死に周囲を見回すが、状況をわかってねえちびっこエルフと子ドラゴンは飯に夢中で俺の方を見てもいなかった。 
 認めねえ! 俺は認めねえぞ! 
 断じて俺は悪くねえ。いや、多少は悪いかもしんねえけど、少なくとも一方的に俺が悪いってこたあねえ! 
 そう力説すると、バン、とクレイがテーブルを叩いた。 
「そうだな。確かにお前だけが悪いんじゃないかもしれない。けど、こうなったのはお前が原因だろう」 
「…………」 
 さすがにそれは否定できねえ。 
 不承不承頷くと、クレイは真剣な顔で言った。 
「迎えに行ってこい」 
「……は?」 
「いいから、ガイナまで迎えに行ってこい。パステルにちゃんと、謝るなり話すなりして連れ戻してこい!」 
「俺がか!?」 
「お前以外に誰が行くんだ!?」 
 その言葉に、反論することはできなかった。 
「まあ、頑張ってください」 
 ずずーっ、と茶をすすりながら、キットンが他人事のように言った。 
「話せばわかってもらえますよ。誠意を持って本音を伝えれば、きっと」 
「がんばれ、トラップ」 
 その言葉にノルも頷く。 
 本音って何だよ、本音って。 
 俺はいつだって正直だぞ? 正直すぎてこんな事態になったんだが。 
 そう言うと、キットンは「自分の気持ちなんて、意外と自分が一番わかってないもんですねえ」なんてしたり顔で言いやがったが。 
 とにかく、そういう理由で、俺はガイナまで出かける羽目になった。 
  
 ちょっと前に、一度だけ行ったあいつの故郷。 
 俺とクレイがドーマに帰る前。どうせ通り道だから、と3日ばかり滞在した街。 
 あれから一年ちょっとが過ぎたが、見たところ、特に様子は変わっていなかった。 
 ほんの数年前に、モンスターのせいで壊滅の危機にさらされていたとは思えねえ、のどかな風景。 
 ドーマもエベリンやコーベニアに比べりゃあ、静かな部類に入るんだが。ガイナはさらに静かだ。 
 すれ違う奴ら、みんながみんな穏やかで幸せそうな、そんな街。 
「……さすがは、パステルの故郷だよなあ……」 
 何となく思う。あいつの無駄に幸せそうな……のん気な性格は、この街で育ったからこそ、じゃないだろうか。 
 まあ、んなことはどうでもいいんだが。 
 乗合馬車を降りて、一度だけ行ったあいつの家へと向かう。さすがの俺でも、道を覚えてるかちっと不安だったが。足はごくごく自然に動き出していた。 
 ま、ここらへんが、あいつと俺の差って奴だよなあ。 
 迷うことなく辿り付いた、見覚えのある家。パステルが育った場所。 
 ……何て声かけりゃいいんだ? 
 あの日から、数日。多分、パステルの奴はまだ怒ってるだろう。 
 俺が訪ねていったところで……会ってもらえんのか? そもそも。 
 クレイの奴には、「パステルが帰るって言うまで戻ってくるな」と念押しされてるし。ここで門前払いされると、俺としてはかなり困るんだが。 
 呼び鈴を鳴らすべきか、否か……俺が玄関先でうろうろ悩んでいたときだった。 
「おや? あなたは……確か、トラップさん?」 
 ぎくり 
 突然声をかけられて、思わず背筋が強張った。 
 もしかして、今の俺って完璧不審者じゃねえ? 
 おそるおそる振り向くと、門のところに立っているのは、見覚えのある人の良さそうな男。 
 ……あー、確か、ジョシュアとか言ったっけ? パステルの両親の助手、だったか。 
 買い物にでも行ってたのか、両手に袋をぶら下げて、俺のことをじーっと見ている。 
 その目には、特に警戒の色はねえが…… 
「トラップさんでしょう?」 
 重ねて聞かれて、仕方なく頷く。 
 すると、ジョシュアの顔がほころんだ。 
「そろそろ、どなたかが見えるだろうと思っていたんですよ。パステルお嬢さんを迎えにいらしたんでしょう?」 
「……あいつの様子は、どんな感じだ?」 
 こいつは、事情を知ってるんだろうか。 
 いや、知ってたとしたら、俺に対してこんな穏やかな態度でいられるはずは……ねえよな。 
「お元気ですよ。今は、ちょっと出かけていますけどね。あ、どうぞおあがりください。お茶でも入れましょう」 
「あ、ああ」 
 出かけてる、か。そりゃ、まあ好都合だ。 
 思わぬ歓待にホッとしつつ、俺は玄関をくぐった。 
  
「どうぞ。こんなものしかありませんが」 
 そう言いながらジョシュアが出してくれたのは、冷たい紅茶とクッキーだった。 
 クッキーの方は手焼きらしい。ひょっとしたらパステルの手作りか? 
 外は相変わらずの猛暑で、冷たい飲み物はありがてえ。出された瞬間に一気飲みする。 
「おかわりはいかがですか?」 
「わりいな、もらうわ……で、だな。パステルの奴なんだが……」 
「ああ、お嬢さんは、今、先生のお墓参りに行ってますよ」 
 こぽこぽとグラスに紅茶を注ぎながら、ジョシュアは微笑んだ。 
 墓参り……そっか。あいつの両親は…… 
 忘れてたわけじゃねえが、普段のあいつは、そんな辛さなんか微塵も外に出さねえから。あまり実感したことはねえ。 
 パステルの両親が、もうこの世にはいねえってことを。 
「トラップさん」 
「ん?」 
 柄にもなくしんみりしかけたところで、ジョシュアに話しかけられて顔をあげる。 
 その顔にはさっきと同じような微笑みが浮かんでいたが……気のせいだろうか? 
 口元は微笑んでいるのに、目が、やけに寂しそうに見えたのは。 
「パステルお嬢さんを、迎えにいらしたんですよね?」 
「……ああ。なあ、あいつ、何か言ってたか?」 
「いえ」 
 俺の問いに、ジョシュアは即答した。 
「何も。ただ、気が向いたから顔を出しただけだ、と……いつまで滞在する、ともおっしゃらなかったので、おかしいな、とは思っていたのですが。何か、あったんですか?」 
「……まあ、ちっと……その、俺と喧嘩しちまってな」 
 事実を告げたら、この忠誠心の塊のような男に何されるかわかんねえ。 
 瞬間的にそう判断して、かなり控えめかつ曲解した返事をする。 
「あいつと喧嘩するなんて、いつものことなんだけどな。今回はちっとばかり派手にやっちまって」 
「なるほど……パステルお嬢さんらしい。怒ると、ちょっとまわりが見えなくなるところがありますからね」 
 ジョシュアは苦笑を浮かべたようだった。 
 あいつの性格は子供の頃から変わってねえようだ。まあ、大体想像はしてたけどな。 
「まあ、な。今回は、ちっと俺がやりすぎたっつーか……まあ、それでだな……」 
「ご心配なさらないでください。お嬢さんのことですから、もう怒ってはいませんよ。それに、ずっと寂しそうでしたし。きっと、どなたかが……あなたが迎えに来てくださるのを、待っていたんじゃないですかねえ」 
「……俺が?」 
 いや、それはねえんじゃねえの? むしろ俺の顔なんか見たくない、と思ってる可能性の方が高そうだが…… 
「トラップさん」 
「あん?」 
「正直な話を……してもいいですか?」 
「……正直な?」 
 俺が首をかしげると、ジョシュアは、微笑を消した真面目な表情で、ぐっと身を乗り出した。 
「本当は、僕は、誰も迎えに来なければいい、と思っていたんです」 
「…………」 
「パステルお嬢さんに、冒険者なんて危険な職業についてほしくはなかったんです。普通の娘さんとして育ったお嬢さんに、あんな過酷な職業に耐えられるとも思わなかった。取り返しのつかない大怪我をする前に、やめて欲しい、戻ってきて欲しいと……そう思っていました」 
「…………」 
「だから、今回……パステルお嬢さんが顔を出したとき、僕は、本当に嬉しかったんですよ」 
 そう言って寂しげに笑うジョシュアの顔は、わかりやすすぎるくらいわかりやすかった。 
 あいつのことが心配でたまらねえ、そんな顔。 
 俺が口を挟まねえからか、ジョシュアは、止まることなく話を続けた。 
「パステルお嬢さんが戻ってきてくれた、と思ったとき、本当に嬉しかった。ガイナで暮らすか、あるいはおばあさまのところに行くか……それはわからなかったけれど、僕にできることは何でもしようと、そう思っていたんです」 
「随分、あいつに構うんだな」 
「当然ですよ」 
 俺の言葉に、ジョシュアは胸を張って言った。 
「僕は、キング先生には大変お世話になりましたし……パステルお嬢さんのことは、こんなに小さいときから面倒をみてきたんです。僕にとって、お嬢さんは実の娘と同じなんですよ」 
「…………」 
「でもね、久しぶりに会って……すぐにわかりましたよ」 
 そう言うと、ジョシュアは、ふっと窓の外に目を向けた。 
「お嬢さんは、もう……冒険者としてしか生きられないだろうな、って。ここはお嬢さんの家なのに。食事をしていても、読書をしていても、心からくつろいでいるようには見えなくて、どこか寂しそうで……お嬢さんの本当の居場所は、もうここじゃないんだって……嫌でもわかりました」 
「寂しそう……だったんか? あいつは」 
「ええ」 
 聞き返すと、大きく頷かれる。 
「それはそれは、寂しそうでした。だから……あなたが迎えに行ったら、きっと喜びますよ、お嬢さんは。そしてすぐに帰るでしょう、あなた達のところに」 
「……それはどーだか」 
「いいえ。絶対です。間違いありません」 
 ジョシュアは変な確信を持ってそう言いきったが……まあ、何があったかを正確に知ったら、ここまでは言い切れなかっただろうな。 
 今回は原因が原因だし……それに、だ。 
 やっぱ、俺じゃなくて別の誰かが迎えに来たほうがよかったんじゃねえか? ……どんどん自信がなくなってきたぞ。 
 こんなの俺らしくねえとはわかってるが……断言できる。 
 どうも、俺と話してるときのパステルは、クレイや他の奴のときと比べてムキになるっつーか、意地を張るっつーか。とにかく、あんまり素直にならねえんだよな。 
 心の中で帰りたいと思ってたところで……俺が言っても、素直に頷くかどうか。 
 俺が心の中で葛藤していると、ジョシュアは、空になったグラスに紅茶を注ぎながら言った。 
「トラップさん」 
「……あんだ?」 
「パステルお嬢さんを、よろしくお願いしますね。これからも、ずっと」 
「…………」 
 何だ? その意味ありげな言葉は。 
 普通に聞いたら、パーティーの仲間として、これからも面倒をみてやってくれ、と、そういう意味の言葉だと思っただろうけど。 
 何つーか……今のジョシュアの言葉には、それ以上の、深い意味が隠されているような、そんな気がしてならなかった。 
「よろしくって言われてもな。……そりゃ、あいつがパーティーにいる間は、できる限り面倒は見てやるつもりだけどな」 
「……いえ、これは、僕の勘なんですけどね、トラップさん」 
「ん?」 
 俺の言葉を遮ってつぶやくジョシュアの顔は、何というか……笑っていた。 
 それも、どっちかというと、意地悪そうな、この人のよさそうな男には全く不似合いな笑みで。 
「お嬢さんは、今でもよく手紙をくださいますし、書いた小説が載った雑誌も、送ってくださってるんですよ。僕は、毎月それをかかさず読んでるんですけどね」 
「? あ、ああ」 
「もちろん、そこにはパーティーの皆さんのことも、よく話題に出てるんですけど……そのうちにね、気づいたんですよ。その中の一人にだけ、お嬢さんは特別な感情を抱いているんじゃないかって」 
「……はあ?」 
 言われた意味がわかんねえ。どういうことだ、それは? 
「何が違うかって言われても、説明は難しいんですけどね。特別に名前が多く出るわけでもないんですけれど……その人に関してだけは、何かが違うんですよ。書き方があったかいというか……まあ、勘なんですけど」 
「勘、ねえ。当たんの? あんたの勘って」 
「さあ、どうでしょう」 
 ぐいっ、と紅茶を飲み干して、ジョシュアは立ち上がった。 
「もうそろそろ、日も暮れそうですね。トラップさん、今晩は、泊まっていかれますか?」 
「……そーだな。もう乗合馬車もねえだろうしなあ……」 
「ぜひ泊まっていってください。夕食は、僕が腕をふるいますから」 
 ……男の手料理をふるまわれても、嬉しくねえんだけど。 
 まあ、いいか。自分で言うくらいなんだから、料理は得意なんだろうし。 
 それに、久しぶりに柔らかいベッドでゆっくり寝たいしな。 
「わりいな、頼むわ」 
「はい。そのかわり……と言っては何ですが、パステルお嬢さんを、迎えに行ってもらえませんか?」 
 ひょい、と窓の外を指差して、ジョシュアはにこやかに言った。 
「そろそろ暗くなりそうですし……パステルお嬢さんは、少々方向音痴なところがありますしね」 
「少々どころじゃねえよ。あいつの方向音痴のせいでなあ、俺がどんだけ迷惑こうむってると思ってんだ」 
「ええ、知っていますよ。手紙にもよく書いてありますしね。『またトラップに怒られた』なんて。いつもお嬢さんを捜してくださってるそうですね」 
 まあな。パーティーの中で、一番感覚が鋭いのは俺だから。 
 あいつの迷いそうな場所なんて、大体見当がつく。 
 そう言うと、ジョシュアは満足そうに頷いた。 
「墓地への道順は、そう複雑ではありませんが……よろしくお願いしますね」 
「……ああ。わかった」 
 ちょうどいいや。内容が内容だけに、二人だけの方が話しやすいしな。 
 迎えに行くついでに……非常に不本意だが……謝ってやるとするか。 
 墓地への道順を聞いて、俺は外に出た。 
  
 夕焼けに染まった道を歩いていく。 
 確かに、墓地までの道はわかりやすかった。 
 暗くなる前に見つけようと早足で歩いていたせいか、10分とはかからずに到着する。 
 結構な広さがある、形も大きさも様々な墓石が並ぶ場所。 
 見回して気づく。そこに書かれた日付が、圧倒的に一部の時期に集中していることを。 
 あいつの親が、死んだ時期とほぼ同時期。あのモンスターの襲撃のせいで、大勢の奴が死んだ街。 
 今のガイナしか知らねえ俺には、なかなか実感できねえけど。それでも、それは確かに起こったことなんだ。 
 この場所に来ると、嫌でもそれがわかった。 
 そして。 
 しばらく墓地の中を歩き回って……やがて、一つの墓石の前でたたずむ、見慣れた後姿を見つけた。 
 長い蜂蜜色の髪を背中の中ほどまでたらして、墓石の前にしゃがみこんでぴくりとも動かねえ、小さな人影。 
 パステル。 
 その後姿は、何だか寂しそうで……事情が事情だけに自粛したが、思わず駆け寄って抱きしめてやりてえと、そんな衝動にさえ駆られた。 
 声をかけてもいいものかどうか迷ったが。すぐにも暗くなりそうな空を見上げて、覚悟を決める。 
「パステル」 
 声をかけると、パステルは、弾かれたように振り向いた。 
 その顔に涙の痕が残っているのを見て一瞬ひるむが……ええい、覚悟を決めたんじゃねえのか、俺。ここまで来たんだ、もう言うしかねえだろう!? 
「……悪かったな」 
「…………」 
「悪かったな。俺が悪かったよ。すげえ卑怯なことした。どんだけ罵られても反論できねえよ。謝れっつーんならいくらでも謝ってやる。いくらでも殴らせてやる。だあら……帰ろう」 
 そう言って手を差し出したが。 
 パステルは……無言だった。 
 何も言わねえ。手も取らねえ。ただ、じっと俺のことを見つめている。 
 その目には、怒りは浮かんでねえようだったが……そのかわりに浮かんでいるのは…… 
 ……失望? 
 ふっとそんなことを考えて首をかしげる。 
 そんなわけ、ねえよな。怒ってんならわかるけど……何で、失望なんか…… 
 いや、まあとにかくだな。何も言わねえってのはどういうことだ。この俺が、珍しく素直に謝ってやってるというのに。この差し出した所在の無い手をどうしてくれる!? 
「おい……聞いてんのかよ」 
「…………」 
「だあら、俺が悪かったって……」 
「…………」 
 どれだけ声をかけても、パステルは無言。 
 ……いかん、イライラしてきた。待て、耐えろ俺。ここで切れたら全てが台無しになんぞ!? 
「おい、パステル」 
「…………」 
「……おめえなあ! 人が下手に出てりゃあ……一体どうすれば満足なんだよ!? 土下座でもしろってのか!? それとももう戻る気はねえってのか!?」 
 耐える、なんて俺の性分じゃねえ。 
 あっさりと感情を爆発させて、ずかずかとあいつの元に歩み寄る。 
 墓石を背にしているあいつの逃げ場を封じるようにして。詰め寄って、その肩をつかむ。 
「何とか言えよ!」 
「……トラップは……」 
「……あ?」 
「誰でも、よかったの?」 
 そうつぶやいた瞬間、パステルの目から、涙が溢れ出した。 
 ……どういうことだ? 
「あに、言ってんだ? おめえ……」 
「誰でもよかったの? わたしじゃなくてもよかったの? だから謝るの?」 
「何を……」 
「わたし……わからないの」 
 つかんだ肩が、震えているのがわかった。 
 パステルは、涙を流しながら、声をかすれさせながら……それでも、必死に言った。 
「わからないの。自分の気持ちがわからないの。起きたら、あんなことになってて……それは、すごくショックなことで。でも、でも……後になって、気づいたの」 
「……何をだよ」 
 そう聞くと、パステルは、俺から目をそらした。そして、はっきりと言った。 
「目を……覚まさなければ、よかったって……」 
「……は?」 
「すっごくショックで、恥ずかしくて……でも、同時にちょっとだけ嬉しかったの。途中で目が覚めて、勢いでトラップを追い出して、でも、後になって、それを残念だったって思う自分に気づいたの! わたしわからない……何で? あんなことされて何で嬉しいと思うの? って。それで、それでね……」 
 パステルの言葉は止まらなかった。誰が聞いてるかもわかんねえのに、そんなことには全然気づいてねえようで…… 
「今、トラップに謝られて……ああ、やっぱり、あれはただの勢いみたいなものだったって知って……それでね、余計にショックだった。ねえ、何で? 何でこんな気持ちになるの? わたし、わからない。自分の気持ちがわからない! こんな変な気持ちのまま、戻れない。トラップの顔なんか見たくないって思ってたのに、今、迎えに来てくれたってわかって、すごく嬉しかった。会いたくなかったのに会いたかった。戻りたいけど戻れない。トラップ、わたしはどうしたらいいの!?」 
 そう叫んでつかみかかってくるパステルの手首をつかむ。 
 そして、その目を、じっと覗き込んだ。 
 ……おめえ、それは……つまり…… 
 何で、今まで気づかなかったんだろう。 
 そうやって涙を流すパステルが、たまらなく愛しかった。 
 あの朝、抱いた妄想。自分に都合のいい妄想。 
 何でそう思ったんだ。俺は、パステルに愛されたかったのか? 何で? 
 ……そんなの、考えるまでもねえ。 
 出会ってから今まで起きた色んなこと。 
 つまんねえこと言って怒らせたり、喧嘩したり、仲直りしたり。 
 くるくる変わるこいつの表情を見ているのが面白かった。俺の言うことにいちいち素直に反応してくるのを、相手するのが楽しかった。 
 すげえ簡単なことだったのに。今まで意識しようとしなかったから、気づかなかった。 
 俺は、こいつが……パステルのことが…… 
「トラップ……」 
「パステル」 
 どう言えばいいのかわからねえ。だから、態度で示してやることにした。 
 両手首を拘束したまま、俺は、パステルの唇に自分の唇を重ねていた。 
 あの朝、欲望だけで一方的にしたキスとは違う。 
 俺の思いを全部こめた、キス。 
「……トラップ……?」 
「おめえじゃなきゃ、しなかったよ」 
 唇を解放して、そのまま抱きしめる。 
 両腕の中にすっぽりおさまるあいつの身体。思ったよりも小さくて、細くて……守ってやりてえと、心から、そう思う。 
「おめえじゃなきゃ、駄目だ。誰でもよかったなんてことは絶対ねえ。謝ったのは、おめえの気持ちを無視したからだ。おめえが俺のことを好きなんじゃないか、そんな都合のいい妄想をして、それを免罪符にして手え出そうとしたからだ」 
「…………」 
「そんだけ卑怯なことをしときながら、俺は悪くねえって言い聞かせてた。あんな状況だったら、男だったら誰でもそんなもんだろうって思ってた。……でも、今はっきりとわかった。おめえじゃなきゃ駄目だ。横で寝てたのが他の誰かだったら……そりゃ、俺だって男だからな。反応くらいはしたかもしんねえけど」 
 そこで絶対反応したりしねえ! って言い切れたら、かっこよかったかもしんねえけどな。 
 どこまでも素直なこいつ相手に、嘘はつきたくねえ。 
「けど、反応したとしても、手を出そうなんて思わなかったぜ? だって、他の誰かが俺のことを好きだって思うのは……都合の悪い妄想だからな」 
「トラップ……」 
 何かを言いかけるあいつの顎をつかんで、視線を合わせる。 
 絶対にそらさねえから。もう絶対に、自分の気持ちから目をそむけたりしねえから。 
「いくら俺でもな、おめえの両親を前にして、嘘をつく度胸はねえよ」 
「…………」 
 信じられねえ、という顔をするパステルの腰に手を回して、ぐっ、と身体を回転させる。 
 二人で並んで墓に向かいあう形になって……そこで、俺は目を閉じて、頭を軽く下げた。 
「もう絶対、こいつを泣かせたりしねえって誓うから。守ってやる、面倒みてやる、大事にするって約束するから」 
「トラップ?」 
「パステルを、俺にください」 
 そう言った瞬間、パステルは、俺の腕にすがりついてきた。 
 そして、そのまま、肩に顔を埋めるようにして泣き出した。 
 ……おいおい。 
 泣かせねえって、約束したばっかなのに……勘弁してくれよ。 
  
 パステルの家に戻ると、ジョシュアが夕食の用意をして待っていた。 
「明日には、シルバーリーブに戻るね」 
 パステルがそう言うと、ジョシュアはちょっと寂しそうな笑顔を浮かべたが、「またいつでも来てくださいね」とだけ言って、引きとめようとはしなかった。 
 客間に案内されたとき、ジョシュアは、小さく囁いた。 
「お嬢さんを、よろしくお願いしますよ」 
「……ああ」 
 まかせとけ。 
「一生、大事にしてやるよ」 
 そう言うと、ジョシュアは満足そうに頷いた。 
 ちなみに、念のために言っておくが、ちゃんとパステルと部屋は別々にされていた。まあ、同じ屋根の下にジョシュアも寝てるしな……当たり前だが。 
 部屋に忍んでやろうか、と思わないでもなかったが。 
 せっかく手に入れたあいつの心をわざわざ手放すような度胸はなかったので、大人しく眠りにつくことにした。 
  
「そういやさ、結局、おめえ何で俺の部屋で寝てたんだ? やっぱ、寝ぼけてたんか?」 
 シルバーリーブに戻る乗合馬車の中で。 
 俺は、ずっと気になっていたことを聞いてみた。 
 まあ、大体想像はついてるんだけどな。やっぱ、わかんねえ。 
 俺とルーミィじゃ、体格が違いすぎんだろ。何で気づかなかったんだ? 
 そう聞くと、パステルは柔らかい笑みを浮かべて言った。 
「さあ。あの夜、わたし、喉が渇いて、下に降りて……寝ぼけてたから、それで部屋を間違えたみたいなんだけど」 
「ああ」 
 まあ、それは想像通りだな。 
「けど、本当にね。何で、トラップとルーミィを間違えたんだろうね?」 
「おめえにもわかんねえのかよ」 
「寝ぼけてるときって、そんなものじゃない?」 
 そう言って、あいつはふいっ、と視線を窓の外に向けたが。 
 そのとき、俺はしっかりと聞いた。 
 あいつの唇から漏れた囁き声を。 
  
 ――もしかしたら。 
 ――寝ぼけてたから、本心が出たんじゃないかな。 
 ――トラップの傍で眠りたいって、ずっとそう思ってたって……そういうことじゃないかな? 

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