「ねえ、リタ! 良かったら、今日うちに遊びに来ない?」
顔馴染みの冒険者、パステルに声をかけられたのは、春の日差しが暖かい午後のことだった。
シルバーリーブを襲ったモンスターのせいで、パステル達がせっかく買った家を火事で失うことに
なって、あたしもどう慰めたらいいものか、って思ってたんだけど。
そこでへこたれないのが、彼ららしいところ。その後すぐにまたクエストに出かけて、戻ってきたと
きには、パステル達はひとまわりもふたまわりも大きく成長していた。
その後、彼らがどんな活躍をしたのかは、詳しくは知らないんだけど。
戻ってきて一年ちょっと。今、シルバーリーブの外れには、新たな彼らの家が建てられている。
「あら、今日は何かあっったっけ?」
「ううん。別にそういうわけじゃないんだけどね」
えへへ、と笑うパステルの顔は、とっても嬉しそうだ。
「リタには、本当に色々お世話になってるし。猪鹿亭では、いっつもサービスしてもらってるし。
たまにはね、わたしの手料理をご馳走したいなあって思って」
「嬉しいこと、言ってくれるじゃない」
パステルは本当にいい子だと思う。クレイやトラップの傍にいるから、色んな嫌がらせをされているのに。
それにへこたれるってことが、全然無い。彼女の明るい笑顔は、見ているだけで元気になれる。
だから、あたしは胸を張って言えるんだけどね。「パステルは、あたしの最高の友人よ」って。
「じゃあ、お邪魔しようかしら」
「うん! 来て来て!」
父さんに言ったら、ルタを手伝わせるからっていうことで早めにあがらせてもらうことができた。
ちょっとした差し入れを準備して、彼らの家についたのが、夜の7時過ぎ。
トントン、と入り口をノックすると、待つほどもなく、黒髪のハンサムな男性、クレイがドアを開け
てくれた。
「ああ、リタか。いらっしゃい、待ってたよ」
「どうも、今日はお招きにあずかりまして」
「はは。堅苦しい挨拶はしなくていいって。さ、あがってあがって」
クレイの案内で食堂らしき広い部屋に行くと、そこでは、ルーミィとノルがあやとりをしていた。
「リター! いらっしゃいだおう!」
「こんばんわ、ルーミィ。はい、差し入れ」
「わあい、お菓子お菓子ー!!」
差し入れのバスケットを差し出すと、満面の笑顔で受け取ってもらえた。
ふふふ、可愛い。彼らと知り合って、もう数年が経つけど。ルーミィだけは本当にちっとも変わらな
いのよね。
他のみんなは、それなりに大人っぽくなってるのに。
「ねえ、パステルは?」
「台所で、料理してる」
ノルに聞いてみると、にこにこしながら奥の部屋を指差された。視線を向けると、にぎやかな声が響
いてくる。
「トラップー!! 早く、早くお皿ー!!」
「あんだよおめえ、そういうことはもっと早くに言えよなあ!!」
「だって手が離せなくて……ああっ、焦げちゃう焦げちゃうー!!」
「うわっ、ば、バカっ、水を止めろー!!」
何だか、声だけ聞いてると何が出てくるか不安になっちゃうんだけど。
「あたしも手伝ってこようかしら」
「大丈夫、二人にまかせておけば」
そういうノルの顔は、信頼に満ち溢れていて。
ああー、何だかいいなあ、って思ってしまう。
彼らは、もう本当の家族と同じなんだよね。あたしにはちゃんと本当の家族がいるから、羨ましいっ
て思うのは変かもしれないけど……
彼らみたいな関係って、本当の家族よりも、ある意味絆が強いんじゃないかって、思う。
「う、うわわっ、リタ、もう来てたのっ!?」
声が聞こえたのか、台所からパステルが顔を出した。
彼女のエプロンに飛び散った汚れを見て、思わず苦笑してしまう。
「今来たところ。ねえ、何か手伝うこと、ある?」
「ううん、大丈夫、大丈夫っ! 今日はリタはお客さんなんだから。待ってて、もうすぐ……」
「おいパステル! 火! 火い止めなくていいのかっ!?」
「きゃあああああ!! 止めて止めてー!!」
トラップの声に、すぐさま顔をひっこめる。
……仲がいいことで。
そう。パステルが幸せそうな理由。
それは多分……トラップと、思いが通じたから、じゃないかな?
トラップがパステルを好きなことは、もうずっと前から何となくわかってたけど。
パステルはねえ……あたしの目から見ても、かなり鈍かったから。ちょっとトラップに同情してたん
だけどね。クエストから戻ってきて、しばらくしたらちゃっかり恋人同士になってるんだもん。
あのときは驚いたわよ。いつかトラップを問い詰めてやろうと思ってるんだけど……
どっちが告白したのかしらね? 一体。
「ノルー! クレイ! お願い、お皿並べるの手伝ってー!!」
パステルの声に、ノルがにこにこしながら腰を上げた。
その声に、どたどたという音がした。どうやら、キットンが二階から降りてきたみたいね。
「ああ、リタ、いらっしゃい。今日は楽しんでいってくださいねえ」
「ありがと。キットンは、何か手伝わなくてもいいの?」
「ええ。私は何もしなくていいと止められました」
ぎゃっはっは、と笑う彼の姿を見ると、何となくその理由がわかった。
まあ、深くは考えないけどね。
パーティーはすっごく楽しかった。
パステル達とじっくり話すことなんて……普段、あたしは仕事があるから余計に……無いし。
気が付いたら、もう随分遅い時間になっていて。
「泊まっていったら?」
と薦められて、一泊していくことにしたんだ。
そういえば、あのとき……モンスターが襲ってきたあの夜も、こうやってパステル達の家に泊まって
たんだよね。
あの夜、パステルに「クレイとトラップ、どっちが好き?」なんて聞いてたことを、今頃思い出す。
全く、笑っちゃうわよ。パステルったら、何が「今は家族みたいな関係でいたい。どっちが特別って
ことはない」よ。
きっとあの頃、既にパステルはトラップを見ていたんだと思うな。まあ、根拠なんて何も無いんだけど。
以前は二人一部屋だったけど、今回は、一部屋一部屋が狭いかわりにみんな個室で寝てるんですって。あ、もちろんパステルはルーミィとシロちゃんと一緒らしいけど。
今日は、あたしが泊まるから、ルーミィはクレイの部屋で寝ることにしたみたい。
あらら、ごめんね、ルーミィ。パステルを盗っちゃって。今日だけだから、我慢してもらえる?
そう目で訴えて(もっとも、ルーミィにはわからなかっただろうけど)、夜中までパステルとおしゃ
べりしてるのは、本当に楽しかった。
あたしは、店の手伝いがあるから。あんまり同い年の女の子と遊びに行ったりする機会も、無いんだよね。
もちろん、今のところ恋人もなし。相手候補も、なし。
はあ。全く、あたしだって年頃の女の子だって言うのに。パステルが羨ましいわ。
そう言うと、パステルは笑って、「これはこれで、結構辛いものもあるんだよ?」なんて言ってたけど。
それは、ちょっと嫌味ってものじゃない? って笑うと、本気で困った顔をされてしまった。
彼らは彼らで、何か苦労があるのかしらねえ……
気になったけど、教えてくれそうにはなかったからしつこくは聞かないでおく。
人が嫌がることを無理に聞き出そうとはしない。これは接客業の基本。
本当は徹夜しておしゃべりしたいくらいだったけど。あたしは明日も仕事があるから、ほどほどに切
り上げて寝ることにした。
「おやすみー」
「おやすみっ!」
明かりを消して、ベッドに横たわる。
どうやら、最近ルーミィとも別々に寝てるみたいで、パステルの部屋にはちゃんとベッドが二つあった。
ルーミィも、いつまでも子供じゃなくて、ちゃんと成長してるのねえ……
そんなことを思いながら、あたしはやがて眠り込んでしまったんだけど……
とんとん
小さな音に、目が覚めた。
……ドアを、ノックする音?
身を起こそうとしたけれど。隣のベッドでパステルが起き上がるのが見えたので、そのまま寝たふり
を続けることにした。
これは、勘だったんだけど。
何となく思ったのよね。パステルが、あたしの様子をうかがってるって。
あたしが寝てるかどうか、確かめてるって。
パステル、接客業で鍛えたあたしの見る目を甘く見ないでよ? あなたの考えてることくらい、わか
っちゃうんだから。
あたしが完全に眠ってると思って、パステルは安心したみたいだった。そっとドアの方へ歩いていく。
「もう、バカ、こんな日までー!」
「へへ、いーじゃん。こういう日だからこそ、スリルがあるんだろー?」
聞こえた声は、本当に小さな小さな声だったけど。
でも、あたしには大体わかった。部屋を訪ねてきたのが誰かで、パステルはその誰かと一緒に部屋を
出てしまって。
そして、きっとその誰かの部屋へ移動したんだろうって。
彼らが個室を与えられたのって……まさか、このためじゃないでしょうね。
何となく身を起こす。
こんなこと、しちゃいけないってわかってるんだけど。
許してね、パステル。あたしも年頃の女の子として、その、色々興味があるお年頃、なのよ。
バタン、とドアが閉まる音を確認して、そっとベッドから抜け出す。
音を立てないように注意しながら外に出て、目的の部屋の前へと移動する。
きっとここに行ったに違いない。赤毛の盗賊の部屋。
(……やあっ、もう……)
(ほーれほれ。嫌がってても身体は正直だな、おめえ)
(やっ、ちょっ……あ、やあっ……)
……パステル。
あなた、多分……ちょっと声が大きいわよ?
聞き耳を立ててるつもりは無いのに、ドアの外にはっきり漏れている声。
思わず赤面してしまう。彼氏いない暦10年以上の身の上には、ちょっと刺激が強すぎるわ。
ベッドがきしむ音と、トラップの心底嬉しそうな声と、パステルのあえぎ声。
何だか色々いけないことを想像してしまいそうになって、慌てて部屋に戻る。
全く。大変っていうのは、もしかしてこういうこと?
まあねえ。トラップにしてみれば、長年の思いがやっと実ったってところだろうし。
昼間は、ルーミィやらシロちゃんやらが、パステルにべったりだし。
きっと、こんな時間でもないと、二人っきりになれる機会がないんでしょうけど。
それにしてもねえ。あたしが同じ部屋で寝てるっていうのに、二人とも大胆なんだから。
何だか身体が熱くなってきそうになって、あたしは慌ててベッドにもぐった。
全く。朝起きたらからかってやるんだから。
あたしを欲求不満にしちゃった罪は、重いわよ?
今夜はなかなか眠れそうも無いことを悟って、あたしは大きなため息をついた。