やっとこさ、レベル18の冒険者でも解けなかったっていういわくつきのクエストをクリアしたわたし達。 
 その間に本っっっっ当に色んなことがあった。 
 キットンが魔法を新たに覚えたり、ルーミィに何か秘密があることがわかったり、謎の行商人と直接対決したり、クレイが大怪我したり…… 
 まあね、でも、みんな何とか無事に帰ってくることができたから。 
 クレイも何とか元気になったし。よかったあ!! 
 と大喜びしていたわたし達なんだけど。 
 重要なことを忘れてたってことに気づいて、一気に青ざめてしまった。 
 つまり……ヒポちゃん。 
 わたし達の乗り物として、移動をすっごく手助けしてくれた大事な仲間。 
 彼を、お隣のリーザ国に置きっぱなしだったということに!! 
「取りにいかなくちゃ」 
 わたしがそう言うと、反対する人は誰もいなかった。 
 ヒポちゃんがいたら、全員で移動できるから、乗り合い馬車代の節約にもなるし。 
 何より、これまでずーっと一生懸命働いてくれたもんね。今更お別れなんて辛すぎる。 
「そだな。これからもクエストに出るとき、あいつがいたら便利だしなあ」 
 トラップもうんうんと頷いて、早速引き取りに行こうって言うことになったんだけど。 
 そこで、誰が? っていう問題が出てしまった。 
 本当は全員で行けたら一番いいんだけどねえ…… 
 クレイは、何と言っても、一時は命が危うくなるくらいの大怪我をした直後でしょ? 
 もっとゆっくり静養させてあげたいし。 
 かと言って、これまでずっとユリアさんに世話をまかせっぱなしだったから、「あの、もう少し面倒診てあげてください」なんて言うのは忍びなかっ。 
 だから、誰かが残ろうって話になったんだよね。 
 で、結果。 
「トラップとパステルで行ってください」 
 誰が残って誰がヒポちゃんを取りに行くか? 
 顔を付き合わせた瞬間、キットンはきっぱりと言い切った。 
「へ? わたし?」 
「はい」 
 何でわたしなんだろ? トラップは、ヒポちゃんの運転ができるからだろうけど…… 
 どうせ彼のことだ。「けっ、こんな奴、いたって足手まといになるだけだよ」なーんて言うんじゃないか、って思ったけど。 
 視線を向けると、意外や意外。彼はぽかんとキットンを見つめていたけど、別に文句は言ってこなかった。 
「別にいいけど……でも、わたしよりノルの方がいいんじゃない?」 
 ノルは、動物とお話ができるっていう特技を持ってて、もちろんヒポちゃんとも話せる。 
 ヒポちゃんもねえ……今は大分大人しく言うことを聞いてくれるようになったけど。 
 ちょっと前は、いきなり止まったり道から外れたり、すっごく気ままだったもんなあ。 
 今度そんなことになったら、わたしとトラップじゃどうしようもできないんじゃないか、って思ったんだけど。 
 キットンは、きっぱりと首を振った。 
「いいええ。なるべく早く帰ってきて欲しいですからね。せっかく無事に帰ってこれたんですし。ノルみたいな重量級が乗ったら、スピードが出ないでしょう」 
 ……そうかな? もともと六人と一匹、それに荷物まで積んで走ってたんだから、あんまり変わらない気がするけど…… 
「ルーミィがいるとそれこそ足手まといでしょうし、シロちゃんには彼女の面倒をみてもらいたいですし、私はクレイの看病がありますから。かと言って、トラップ一人に行かせたらまたどんなトラブルを起こすことやら」 
 ああ、それは確かにそうだよね。 
 思わず深く納得してしまうと、後ろからトラップにどつかれた。 
 もー何なのよ! 本当のことじゃない!! 
 ぎろっとトラップをにらみつけると、彼は彼で、すんごく不機嫌そうな顔でわたしとキットンを見比べている。 
 何なのよ! 文句があるならはっきり言えばいいじゃない! 
 わたしがそう言おうとしたときだった。 
「ですから、二人で行ってください」 
 あのキットンにしては珍しく、押し付けるような口調。他のみんなも、ちょっとびっくりしてる。 
 ……一体何なんだろ? わたしとトラップが二人で行くことに、何か意味があるのかな? 
 そう聞きたかったけど、キットンは何だか意味のわからない笑いを浮かべていて、答えてくれそうもなかった。 
 ……まあいいけどね。ヒポちゃんに久しぶりに会いたいし。 
「けっ、しゃあねえな。……おら、行くぞパステル」 
「あ、待ってよ」 
 歩き出すトラップの後を、慌ててついていく。 
 みんなも、ヒールニントの入り口まで見送るって言って、ついてきてくれた。 
「トラップ、がんばってください」 
 別れるとき、キットンは意味深な口調で、トラップに言った。 
「ゼンばあさんも言っていたでしょう? たまには冒険も必要だって」 
「……うっせえ」 
 謎の激励に、トラップの返事はそれだけだった。 
 うーん? そういえば、ゼンばあさん、そんなこと言ってたよね。 
 ある意味でトラップが一番身の程を知っていて、でもわきまえてはいない。保守的だけど、現実的すぎて思い切った飛躍が無い、って。 
 トラップの悩みって、何なのかなあ? クレイは、自分の将来のことじゃないかって言ってたけど。 
 ちらっと彼の顔を見上げると、相変わらず、その表情は不機嫌そうだった。 
  
 本当は乗合馬車を使えば早いんだろうけど。 
 家が燃えてしまって余分なお金なんか一切持っていないわたし達のこと。 
 仕方なく徒歩。うー、リーザ国まで何日かかるんだろ? 
 そう考えるとちょっとうんざりしてしまったけど。 
 でも、行きだけだもんね。帰りは、ヒポちゃんに乗って帰れるから、一日でみんなのところまで行けるはず。 
 多分二週間はかからないよね。早くヒポちゃんを連れて帰って、それからクエストクリアのお祝いしなくちゃ! 
 よーし、そう考えると元気がわいてきたかも。 
 わたしが鼻息荒くずんずん歩いていると、後ろから、トラップの呆れたような声がとんできた。 
「おめえ、張り切ってんなあ……」 
「あったり前じゃない! クレイも元気になったし。早くシルバーリーブに戻りたいもん」 
 随分長い間クエストに出てた気がするもんね。そう考えると、早く帰りたいって思う。 
 そういえば、ヒールニントからリーザ国に行こうと思ったら、途中でシルバーリーブを通るんだよね。 
 しまったあ……そこまでみんなと一緒に行けばよかったかな? 
 わたしがそう言うと、トラップに小突かれた。 
「ばあか。病み上がりのクレイをヒールニントから歩かせるつもりかあ? 俺達がヒポの奴を連れて帰って、それに乗ってみんなで帰りゃいいんだよ。シルバーリーブは逃げやしねえって」 
「う……まあ、そうだけど」 
 だからって、小突くことないじゃない。乱暴なんだから。 
  
 ヒールニントからシルバーリーブまで5、6日。 
 以前はそうだったけど、二人だけだと、その行程は驚くほどスムーズだった。 
 途中モンスターももちろん出るんだけど、そこはトラップの機転で何とか逃げ回ることができたし。 
 わたし達二人だけだとね、大分身軽に動けるんだ。キットンやルーミィがいると、彼らに合わせて動かなくちゃいけないから、余計な時間がかかるんだよね。 
 まあ、難点があるとすると…… 
「ほらあ、トラップ、起きてってば!!」 
「ん〜〜……」 
「起きてってば! ほら、そこに宝箱が!」 
「……何!?」 
 がばっと身を起こすトラップに、盛大なため息を返す。 
 そう、このトラップの寝起きの悪さ! 野宿でここまで熟睡できるのって、ある意味羨ましいんだけど。 
 二人しかいないから、当然見張りも交互。そのせいかもしれないけど、いつにも増して、なかなか起きてくれない。 
 ああーもう。やっぱり、クレイはさすがに無理としても、ノルにはついてきて欲しかった!! 
 キットンってば、何であんなに拘ったんだろ。 
 わたし達、二人で行くことに…… 
 ……二人。 
 そういえば、二人っきりなんだ。 
 寝起き特有の、ボケーッとした目で身支度を整えているトラップの顔を、ちらっと見る。 
 こんなに長い間トラップと二人っきりになったのって、初めてかもしれない。 
 い、いやいや、それがどうしたっていうのよ。 
 変なの。何意識してるんだろ、わたしってば。 
「ほらートラップ、早く出かけるよ! 今日中にはシルバーリーブにつきたいんだから!」 
「……っせえな。わかってるよ」 
 大あくびをしながら、トラップが荷物を背負った。 
 と、とにかく。早く行って早く帰ろう。 
 みんなが待ってるんだから! 
 
「ああーパステル!! 無事に帰ってきたのね、よかったああ!!」 
 久しぶりのヒールニント。 
 何はともあれ、と猪鹿亭に顔を出すと、リタが厨房からすっとんできた。 
 シルバーリーブもね、あのモンスターの襲来であっちこっち燃えたりしたんだけど。 
 わたし達がクエストに出た後、みんなががんばったみたいで。大分復興されてた。 
 猪鹿亭もしっかり営業してて、しかもにぎわってたしね! 
「リタ! ひさしぶりー!!」 
 その明るい笑顔を見ると、疲れもふっ飛んじゃう! 
 リタにぎゅーっと抱きついて、思わず再会を喜び合ったわたし達なんだけど。 
 わたしの後に続くのがトラップだけなのを見て、リタは複雑な表情で身を離した。 
「あれ? パステルとトラップだけ? みんなは?」 
「うん……ちょっと色々あって、今みんなはヒールニントにいるんだ」 
「ふーん……」 
 何だか意味深な目つきで、わたしとトラップを見比べるリタ。 
 ……何なのよう。 
「おい、嬉しいのはわかるけどな。俺腹減ってんだけど。何か食わせてくんねえ?」 
 リタの視線に気づいているのかいないのか。トラップは、不機嫌そうにテーブルについて言った。 
 ああ、そうだよね。ここのところ、ずーっと携帯食料ばっかりだったもん。 
 久しぶりのまともなご飯! うう、お腹空いたあ。 
「リタ、わたしA定食ね」 
「俺も。後ビール」 
「……それは駄目」 
 なんていいながら、テーブルにつく。 
 普段は大所帯だから、大きなテーブルにつくんだけど。今日は二人だけだから、もっと小さなテーブル。 
 向かい合うと、意外と間近にトラップの顔。 
 ……何なんでしょう、この気分。 
 何でそんなことが気になるわけ? トラップの顔なんかそれこそ見慣れてるじゃない。 
 ……変なの。 
 ちょうどそのとき、 
「お待たせ! ちょっとサービスしておいたからね!」 
 リタが、大盛りになったお皿をすいすいと運んできてくれた。 
 ううっ、おいしそうっ! いただきまっす! 
 もうしばらくは、わたしもトラップも食事に夢中になってたんだけど。 
 半分くらい食べたときかな? 突然、猪鹿亭の入り口が騒がしくなった。 
「……ん?」 
 すっごく痛い視線を感じて振り向く。 
 すると…… 
「ぶっ」 
「な、何だよおめえ! 汚ねえな!!」 
 思わず口に含んでいたものを吹き出してしまう。トラップが嫌そうに顔をしかめるのがわかったけど…… 
 どすどすどす、と足音を響かせて、わたし達のところに十人近い女の子が歩いてくる。 
 それを見て、トラップもちょっと驚いたみたいだった。唖然とした顔で、その集団を見つめている。 
 そう、彼女達は……シルバーリーブにできた、トラップとクレイの親衛隊。 
 わたし達も色んなクエストをクリアして、随分有名になっちゃって。そこに来て、トラップもクレイも、ああいう目立つ人だから。 
 もてるのは、わかるよ。別に彼らのことを誰が好きになろうと、それは勝手だと思う。 
 けど…… 
「おかえりい、トラップ!」 
「もー、帰ってきたのなら、顔見せてくれればいいのにい!!」 
 ずいずいずい、とわたしを押しのけて、トラップに群がる女の子達。 
 彼女達の視線は、一様に鋭くわたしをにらんでいたりする。 
 ううう、そうなんだよね。 
 自分の好きな男の子のまわりに、他の女の子がいる。それが気に入らないのはわかるんだけど。 
 だからって、どうしてわたしが嫌がらせをされなきゃいけないわけ? 
 足をひっかけられたり、「ブスっ」とか言われたり。 
 わたしは、トラップやクレイとは一緒のパーティーを組んでる仲間で……つまり、家族みたいなものなんだってば!! 
 ガタン、と席を立つ。 
「トラップ、ごゆっくり。わたし、リタとおしゃべりしてるから」 
「あ、おいパステル!!」 
 トラップが何か言いかけたみたいだったけど。 
 「ほらあ、パステルもああ言ってるし」「ねえねえ、どんな冒険だったのお?」なんて言う女の子達の声にかき消された。 
 ふんだ。知らないもんね。 
「大変ねえ、パステル」 
 カウンターに移動してきたわたしを、リタが気の毒そうに見ている。 
 本当に大変だよ……もしかして、シルバーリーブにいる間、ずっとああなのかなあ? 
 うう、ちょっと気が重いぞ。 
「本当。わたし、トラップともクレイとも家族みたいな関係だって思ってるのに……何で、彼女達、わかってくれないのかなあ」 
 はああ、とわたしが大きく息をつくと。 
 リタは、首をかしげて言った。 
「あら? パステル。トラップに決めたんじゃないの?」 
「……は?」 
 決めた、って? 
 怪訝そうな顔をすると、リタが重ねて言った。 
「だから、トラップと付き合うことにしたんじゃないの?」 
 ぶはっ!! 
 再び吹き出してしまう。 
 な、な、突然何をっ……!? 
「ち、違うよお。大体、クエストの最中にそんな話してる暇なんか、全然無かったもん!」 
「あ、そうなの? 二人だけで来たから、てっきりそうなのかなって思って」 
 ううう。リタまでそんな…… 
 ああ、そういえば言われたんだよね。クエストに出かける前。まだ家が燃える前。 
 クレイとトラップ、どっちを好きなの? って。 
 どっちかを選べば、嫌がらせも減るんじゃないかって。 
 だ、だからあ。別にわたしは、どっちかを特別視なんてしてないもん。 
 トラップがどうしようと…… 
 ちらっ、と背後を振り返る。 
 トラップは、女の子に囲まれて何だか上機嫌みたいだった。 
 ……何だろ。何だか今、胸の中をすごくもやもやイライラしたものが通り過ぎた。 
 これって……? 
 何となく想像してみる。あそこにいるのが、トラップじゃなくてクレイだったら? 
 ……クレイが、女の子に囲まれて上機嫌…… 
 いや、微笑ましい。何しろ、クレイはああいう人だから。自分に向けられる好意になんか全然気づかないんだよね。 
 多分、女の子達に同情しちゃうかも…… 
 ……そうそう。このもやもやイライラは、クレイと違って、トラップはしっかり女の子達の気持ちに気づいてて、それに答えるつもりも無いのにへらへら笑ってるからだよね。 
 トラップってば、適当にナンパするくせして、相手が本気になったら逃げる人だから。 
 うん、そう。そうに違いない。 
 わたしが一人で納得していると、リタは、何だかちょっと哀れみの混じった目でトラップを見て、黙ってわたしの肩を叩いてくれた。 
 何なのよう、その反応…… 
  
 シルバーリーブに一泊。みすず旅館に行ってみたら、ご主人がすっごく喜んでくれてね。 
 どうせ他にお客さんはいないから、二人だけだっていうんなら、宿代はサービスしますって言ってもらえたんだ! 
 ああ、よかった。正直、今は100ゴールドでも節約したいもんね。 
 ちなみに、わたしが旅館に戻ったとき、トラップはまだ女の子達に囲まれていた。 
 彼がいつ帰ってきたのかは知らないけど、朝起きたら、隣の部屋で寝てたから、泊まったってことは無いみたい。 
 ……まあ、別に泊まったって、わたしには関係ないんだけどね。 
「ほらあ、トラップ、起きて起きて! やっとここまで来たんだから。早くリーザに行こう!!」 
 毎度毎度寝起きの悪いトラップをたたき起こして、朝ごはんを食べた後出発する。 
 シルバーリーブからリーザまで、歩こうか乗合馬車を使おうか、すっごく迷ったんだよねえ。 
 ここからさらに歩くと、時間だけがかかるし。乗合馬車に乗ると、お金がかかるし。 
 で、うーんと朝食の間中財布とにらめっこしてたんだけど。 
 そんなわたしの目の前に、ひょい、とトラップが何かを突き出した。 
「……何これ」 
「見りゃわかんだろ?」 
 いやわかるよ。これ、乗合馬車のチケット……だよね。 
 で、でも何で? 
「どうしたの? これ」 
「リーザに向かうっつったら、昨日女どもがくれた」 
 さらっと答えてずずーっとお茶をすするトラップ。 
 く、くれたって、それ……まさか貢がせた!? 
「ば、バカっ。こんなのもらえるわけないでしょー!?」 
「ああ? 何でだよ。くれるっつーんだからもらっときゃいいんだよ」 
「だ、だって……」 
 チケットはしっかり二枚ある。トラップが何を言ったのかは知らないけど。 
 彼女達がわたしにチケットをおごってくれるなんて……そんなの絶対ありえないもん。 
 まさか、騙したんじゃないでしょうね? 
 ありうる。この口先だけならレベル20は優に達してそうなトラップのことだもん。すっごくありうる! 
「誰にもらったのよ。わたし、返してくる」 
「だーっ! いいんだって。おめえ、何つまんねえ意地張ってんだ?」 
「い、意地なんか……」 
 意地なんか張ってない。わ、わたしは、ただ…… 
 そう、トラップのことが好きだから喜んで欲しい、ってわざわざチケットを用意してくれた女の子が可哀想だから。 
 それだけだもん。 
 ……けど、そんなことを言ったら、あのトラップのこと。また何を言われることやら。 
 仕方なく席に座りなおす。ここで「返しに行く」って言い張ったら、ますます意地張ってるように見られるだけだもんね。 
「わかったわよ。よくお礼言っておいてね」 
「ああ。ちゃーんと礼はしといたぜえ?」 
 そう言うと、トラップは意味ありげに笑ってたけど。 
 ……ふんだ。別に関係ないもんね。トラップがその子とどんな関係だろうと。 
 後で、わたしの分だけでもお金返しに行こう。 
 そんなわけで、乗合馬車に乗って、わたし達は一路リーザ国へと向かったのだった。 
  
 アンジェリカ王女にちょっと挨拶して、無事ヒポちゃんを引き取ることができた。 
 ヒポちゃんは大事にしてもらったみたいで、毛皮もぴかぴかに磨かれてたしね。すっごく機嫌が良さそうで、ホッとしたんだ。 
「さんきゅ。世話になったな」 
 預かってくれていた皆さんにお礼を言って、わたしとトラップはヒポちゃんの上へ。 
 ヒポちゃんを使えば、ヒールニントまでは一日二日で帰れるはず! 
 はあ。早くみんなに会いたいなあ。 
 トラップの運転で、ヒポちゃんは快調に走り出した。 
 うーん、随分久しぶり。ヒポちゃんって、確か時速30キロくらいで走れるんだよね。 
 顔に当たる風が、すっごく気持ちいい。 
「ねえ、トラップ。今日中につけそう?」 
「……多分な」 
「そっかあ。みんな心配してるかなあ」 
 来るときは色々ごたごたがあったけど。 
 帰りは、シルバーリーブにも立ち寄らずノンストップで戻る予定。 
 どうせみんなと合流したら、戻ってくるもんね。わざわざ立ち寄ることもないだろうって言うのがトラップの意見。 
 ま、確かに。それに、シルバーリーブに戻ったら、また女の子達にからまれるかもしれないし。 
 ……そう思うと、すごーく嫌な気分になる。 
 別に、トラップが誰と仲良くしようとわたしには関係無い。 
 ただ、わたしにとばっちりがとんでくるのが迷惑なだけ。だから嫌な気分になるだけ。 
 そう自分に言い聞かせてるんだけど…… 
 何でだろ? 頭の隅で、誰かが何かを言ってる。 
 それだけじゃないでしょ? もっと素直になりなよ、って。 
 いつか言われた言葉。自信と焦燥、希望と諦め。 
 自分には帰る場所が無いんじゃないか、という不安。 
 居場所が欲しいんでしょう? 素直になればいいじゃない? 
 頭の中で、そんな言葉が響く。 
 ……素直だもん、わたしは。 
 後ちょっとで、トラップと二人っきりっていう状況からも解放される。 
 そうしたら、こんな変な気分にならなくてもすむよね、うん。 
 自分にそう言い聞かせて、前を向いたときだった。 
 ききーっ!! 
「どうわっ!!」 
「きゃあああっ!!?」 
 がっくん 
 突然、それまで快調に走っていたヒポちゃんが急ブレーキをかけた。 
 そのまま前につんのめって、危うく転がり落ちそうになったんだけど…… 
「っと! 危ねえなっ」 
 ぐいっ、とトラップに腕を捕まれて、何とかこらえる。 
 もーっ、一体何なのお!!? 
 ヒポちゃんが止まったのは、シルバーリーブとヒールニントのちょうど中間。ズールの森の外れだった。 
「お、おい。いきなり何だあ? 走れ、走れっつーのこのカバ!!」 
 トラップがぽかぽかヒポちゃんの頭を叩いたけど、ヒポちゃんは全くの無反応。 
 そのまま、のそのそと道から外れて、木の根元まで歩いて行って…… 
 そして、どかっ、とそこに座り込んで、動かなくなってしまった。 
 う、嘘ー!? 後ちょっとなのに!! 
「ったく!! ちっとは素直になったかと思えば……変わってねえなあ、こいつは」 
 のん気に目を閉じて眠る体勢に入ったヒポちゃんを、トラップが思いっきり毒づいたけど。 
 でも、そんなことでヒポちゃんが動くはずもなく。 
 シルバーリーブに戻るには遠くに来すぎて、ヒールニントに行くにもまだ距離があるっていう場所。 
 わたしとトラップは、ズールの森でもう一泊することを余儀なくされた。 
  
 一晩休めば、多分ヒポちゃんも動いてくれるでしょう。 
 そうしたら、明日にはヒールニントにつくはず。 
 そう言い聞かせて、毛布にくるまる。 
 普段野宿のときって、地面の上で寝てるんだけど。今日はヒポちゃんがいるから、座席で寝ることができる。 
 土の感触がしないだけでも、随分寝心地はマシになったと思うよ、本当に。 
 はあーっ、とため息をついていると、隣に座ってるトラップも盛大なため息をついて空を見上げていた。 
 本当にねえ、今日中にはつける! って期待していただけに、がっくりした気分。 
 ……それに…… 
 ちらっ、と隣を見上げる。 
 普段六人と一匹が乗れるヒポちゃんなだけに、座席には随分余裕がある。 
 別に、トラップと並んで座ってなくてもいいはず、なんだけど…… 
 何でだろう? 何だか、動こうって気分になれない。 
 トラップもトラップで、運転席に座ったままじーっとしてるし…… 
 ……何で…… 
 ふっとその顔を見て、思わずドキリとする。 
 空を見上げてるトラップの顔。その表情は、すっごく真面目だった。 
「たしかに、おまえにも人並みに悩みはあるようじゃ」 
 不意に思い出す、ゼンばあさんの言葉。 
 トラップの悩み。……それは、将来のことじゃないか。 
 クレイの言葉。ルーミィに隠された秘密、見つかったスグリさん。 
 色んなことが頭をよぎって、そしてそのときわたしが感じた不安を思い出す。 
 このまま、パーティーがばらばらになっちゃうんじゃないか。そのとき、わたしは一人になるんじゃないか、っていう不安。 
「ねえ、トラップ」 
 そう思ったとき、わたしはトラップに声をかけていた。 
「トラップの悩みって、何?」 
 そう言うと、トラップの身体が、びくっとひきつった。 
 軽薄さが全然感じられない、すごく真面目な顔のまま、ちらっ、とわたしに視線を向ける。 
「気になんの?」 
「……そりゃあ……」 
 ちょっと前なら、「べ、別に」なんて言ったと思うんだけど。 
 でも、どうしてかな? 今は、ちょっとだけ、素直になれた。 
 明日になって、みんなと合流できたら。 
 そうしたら、もうトラップと二人っきりになる機会なんて滅多に無いだろう。そう思ったら、素直になろうって気になれた。 
 ……何で? 
「……気になるよ。何?」 
「あんだと思う?」 
 だから、素直に聞いてみた。すると、逆に聞き返されてしまう。 
 ……わからないから、聞いてるのに。 
「将来のことじゃないか、ってクレイは言ってたけど。このままわたし達と冒険を続けるか、一度ドーマに戻って、盗賊団で修行をやり直すか、とか」 
「外れ」 
 わたしの答えに、トラップは即答した。 
 そのまま、わたしの方にぐいっ、と身を乗り出してくる。 
「教えて欲しいか?」 
「う、うん……? うん」 
 な、何? 何だか、ドキドキする。 
 ぐっ、と迫るトラップの身体。狭い座席で逃げ場なんかない。 
 そのまま肩をつかまれる。鼻と鼻が触れそうな距離に、トラップの顔がある。 
「あの……」 
「キットンが言ってたよなあ。たまには冒険も必要だって」 
「……へ?」 
 突然飛び出す脈絡の無い台詞に、思わずポカンとしてしまう。 
 冒険……ああ、出がけに確かに言ってたよね、キットン。 
 それって、どういう意味だったんだろう? 
「……おめえ、気づいてねえの?」 
「な、何を……?」 
「だあら……ったく。キットンが気づくのに、どうしておめえが気づかねえのかねえ」 
「だから、何を!?」 
 トラップの言いたいことがよくわからない。 
 それ以上に、自分の気持ちがわからない。 
 何で? 何で……こんなにドキドキするの!? 
 すいっ、とトラップの顔が視線からそれる。そのまま、彼はわたしの耳元に唇を寄せて言った。 
「別に、こんなに時間かける必要、なかったろうが」 
「……え?」 
「シロにでっかくなってもらって、飛んでいけば、それこそ一日で往復できたんだ。なのに、あいつが何で俺とおめえ二人だけで行けって言ったか……わかるか?」 
「…………!!」 
 言われて気づく自分が情けない。 
 そうだよそうだよ。言われてみればその通り。 
 シロちゃんに飛んでもらえばすぐだったのに、一週間もかけててくてく歩いて……何で? キットンがそれに気づかないわけないのに。 
 ……トラップもそれに気づいてたのに。何で? 
「どうして……」 
「だあら、キットンの奴が言ったろ? 冒険しろって」 
「え……」 
 ぐいっ、と肩を引き寄せられる。 
 ぼすん、とぶつかったのは、トラップの胸。そのまま、彼の腕に力がこもって…… 
 ……えと、これは。 
 もしかして……だ、抱きしめられてますか? わたし…… 
 え、ええええええっ!? 
「と、トラップ……?」 
「やっぱ、おめえの身体は……あったけえな」 
「な、ななな何言ってるのよ! か、カイロじゃないわよわたしの身体はっ……」 
 確かに、今は寒い。毛布にくるまってるけど、それでも寒い。 
 けどっ…… 
 抱きしめられて、わたしの身体、何だかすっごく火照ってきて…… 
 心臓が痛いくらいドキドキしてる。な、何で…… 
「……これだけしても、わかんねえのか、おめえって奴は」 
 耳元でつかれる、大きなため息。 
 そのまま、トラップはじーっ、とわたしの目を覗き込んで…… 
「……で、まだ知りてえか? 俺の悩み」 
「…………」 
 こくん、と頷く。 
 何でだろう。喉が強張って……声が、出ない。 
「教えてやろうか?」 
 もう一度頷く。 
 すると、トラップは、ニヤリ、と笑って言った。 
「キスしてくれたら」 
「……え?」 
「キスしてくれたら、教えてやるよ。俺の悩み」 
 ………… 
 な、な、何をっ……!! 
 言われた意味を理解して、即座に頭に血が上るのがわかった。 
 き、キスって……そ、そんなの、軽々しくしてくれなんて言うもんじゃないでしょ!? 
 一体、何をっ…… 
「やっぱ、嫌か?」 
「…………」 
「じゃ、教えねー」 
 わたしが何も答えなかったとき。 
 そう返したトラップの目は、何だか少し寂しそうだった。 
 いつもの軽い口調を装ってるけど、そこに……何て言うんだろ? 諦めみたいな感情が混じってる気がして…… 
 そう気が付いたとき。 
 わたしは、トラップの唇に、自分の唇を重ねていた。 
 ……嫌じゃない、と思った。 
 何でだかはわからない。けど、嫌じゃないと思った。 
 そして、トラップが……冗談じゃなく、それを本気で言ってるとわかったから。 
 ふっ、と唇を離した瞬間、トラップの顔が、耳まで真っ赤になった。 
「お、おめえ……」 
「ほらっ……したわよっ……」 
 な、何やってるんだろう、わたしってば…… 
 クエストに出かける前にリタに言われた言葉。考えたこと。クエストの最中にあった色々なこと。ゼンばあさんに言われたこと。 
 そして今の状況。明日になれば、みんなと合流できて……そしてもう、トラップと二人っきりになれることはそうそう無いだろうってこと。 
 そんな色んなことが押し寄せてきて……そして、思った。 
 あのときは違うと思った。そんなことないって自分をごまかしていた。 
 けどっ……今になって思う。 
 わたし、もしかしたら……本当に、トラップのことが…… 
「トラップの悩みって、何?」 
 そう重ねると。 
 トラップの手が、わたしの頬に触れた。 
 顔を挟むようにして、わたしの目を覗きこんで…… 
 唇が重ねられた。隙間から滑り込むようにして、熱いものが侵入してくる。 
 そのまま、舌がからめとられた。 
 熱い。ひどく寒くて、トラップの手もとても冷たかったのに。 
 何故か、とても、熱くて…… 
 長くて熱くて深いキス。 
 歯から上あごから、とにかく口の中全体で触れてない場所は無いんじゃないかってくらい、暴れまわった後。 
 トラップは、ようやくわたしを解放してくれた。 
「わかんねえ?」 
「…………」 
「鈍い誰かさんが、俺の気持ちに全然気が付いてくれねえから……」 
 すっ、と背中にまわったトラップの手が、わたしの肩に触れた。 
 毛布の下で、コートが肩から外される。 
「俺はどうすりゃいいんだと、ずっと悩んでたんだけど。……どうすりゃいい?」 
「それは……」 
 きっと、トラップは。 
 長い間、ずっとわたしを見ててくれて。 
 そう言われてみれば、ほんの何気ない瞬間に、彼の視線を感じたことや、気が付けばいつもわたしの隣にいたことや、そんなことが思い出されて。 
 いつからか、多分わたしはそれを自然なことだと受け止めていたのに。 
 素直になってしまえば……リタにもいつも言っていたように、とても心地いい家族みたいな関係が崩れそうで。 
 それが怖くて素直になれなかった。 
 けれど。 
「素直になればいいんじゃない?」 
 ぐっ、と腕に力がこもった。 
 セーターがまくりあげられて、冷たい手が、直に背中に触れる。 
「自分の欲望に忠実なのがトラップだって……キットンも言ってたじゃない」 
「……随分な言い草じゃねえの」 
 ガタンッ 
 のしかかってくるトラップの身体。 
 背中が、座席に当たった。 
「俺が素直になるってーのは、つまりこういうことだぜ?」 
 ぐいっ 
 セーターが胸の上までまくりあげられる。 
 痛いくらいに感じる視線と、寒さ。その二つに、わたしは震えてトラップの身体にしがみついた。 
「……寒い」 
「あっためてやろうか?」 
「…………」 
 それは、つまり…… 
「お願い」 
 きっと、これは一夜限りの夢に違いない。 
 だっておかしいもん。わたしが、こんなに素直になれるなんて…… 
 トラップが、こんなに優しいなんて…… 
 そんなの、普段じゃ絶対ありえないから…… 
 ぐいっ、とセーターに続いて下着をまくりあげられて、わたしはぎゅっと目を閉じた。 
  
 ヒポちゃんはぴくりとも動かない。 
 上でわたし達が何をやってるのかなんて、気づく様子もない。 
 それは、ありがたいことだったんだけど。 
 狭苦しい座席の中、わたしとトラップは重なるようにして倒れていた。 
 セーターもブラもまくりあげられて、スカートの下で、下着はずりおろされている。 
 耳に届くのは、トラップの荒い息だけ。 
 顔に、首筋に、胸に。 
 降るようなキス。そのたびに、震えが走る身体。 
 最初は、鳥肌が立つくらい寒かったのに。 
 あっためてやる。その言葉は嘘じゃなかった。 
 トラップの手も、最初は冷たかったのに、段々熱がこもってきて。 
 あったかい。身体が触れるたびに、素直にそう思えてきた。 
「っ……あー、シアワセ」 
「そう、なの……?」 
「ああ」 
 身体をまさぐる手を止めず、トラップは言った。 
「キットンに冒険しろって言われたとき……あに言ってんだ、って思った。できるくれえなら苦労しねえし、どうせ、おめえは……」 
「うん……?」 
「……何でもねー。……叶うなんて思ってなかった。だあら、すげえ幸せ」 
 何を言いかけたんだろう? 
 聞いてみたかったけど……多分、答えてくれないな、って思った。 
 唇をついて出たのは、抑え切れないあえぎ声。 
 気持ち、いい…… 
 素直にそう思った。 
 もちろん、わたしにとってこんなのは初めての経験で。 
 肩や、胸や、背中や、お腹や。 
 太ももや、それから…… 
 色んなところを触られるたびに、すうっ、と寒気にも似た感覚が走って。 
 でも、その感覚が通り過ぎた後、身体はどんどん火照ってきた。 
 もう寒さは感じない。 
「ああっ……」 
 すうっ、と太ももを撫でられて、わたしは唇をかみしめた。 
 大きな声は出せない。ズールの森にだって、モンスターはいる。 
 だけど、だけどっ…… 
「っ……」 
「その顔……そそるな」 
 びくりっ 
 耳にキスされて、わたしは全身を強張らせた。 
「おめえってさ、色気がねえってずーっとバカにしてきたけど……」 
「……悪かったわねっ」 
「怒るなよ。俺は、嬉しいんだぜ?」 
 ぞくりっ 
 太ももよりさらに上。「その部分」をなであげられて、わたしは力を抜けなくなった。 
「おめえが変に色気ばりばりの姉ちゃんだったら……他の男に目えつけられたかもしれねえじゃん?」 
「…………」 
 ぐじゅっ 
 聞こえてきたのは、何だかすごく恥ずかしい音。 
 わたしの中でトラップの指がうごめいて、太ももを何かが伝い落ちていくのがわかった。 
「ああ、そういやあギアっつー物好きもいたっけ。……おめえ、あんときさ。俺がどんだけあいつに嫉妬してたか……知らねえだろ?」 
「何、言ってるのよ……」 
 声がかすれる。まともな言葉をつむぐのに、ひどく苦労した。 
「結婚……しても、いいかって言ったとき……トラップは……」 
「……あんときゃあ、そう思ったんだよ。おめえが……それで幸せならいっか、ってな」 
 ぐいっ 
 太ももに手をかけて、トラップは強引にわたしの脚を開いた。 
 ぎゅっ、と目をつむる。 
 押し当てられたのは、とても硬い、熱い感触。 
「おめえの笑顔が好きだから。おめえが幸せになれるのなら、それで満足だったから……」 
 耳元に触れる熱い吐息。 
 同時に。 
 全身を引き裂かれるんじゃないかっていうような痛みが、わたしに襲いかかった。 
  
「っ……あっ……い、痛い……痛い痛いっ……」 
 ぐっ、とトラップの背中に手をまわす。 
 本当に痛いっ……何、これ……? こ、こんなに痛いものなのっ……? 
「やっ……トラップ……」 
「っ……あー……わりい」 
 ぐっ 
 謝られた理由はすぐにわかった。 
 トラップは、そのままさらにわたしの奥深くへと侵入して……そのたびに、痛みはどんどん強くなって…… 
「やあっ……」 
「……やっべえー」 
 ぎゅっ、と抱きしめられる。 
 その腕の力強さが、ほんの少し、痛みを和らげてくれる。 
「な、何が……」 
「……良すぎ」 
「え?」 
 それ以上、トラップは何も言わなかった。 
 無言で腰を動かされる。そのたびに、ぐちゃっ、っていうような音が響いて…… 
「っ……い、いった……痛い……っあ、あ……あ、ああっ……」 
「…………」 
 痛かった、はずなのに。 
 何? 何で…… 
 何で、頭が……ぼーっとして…… 
「……トラップっ……」 
「パステルっ……」 
 お互い、意味のある言葉を言えたのはそれが最後だった。 
 もう、その後は無我夢中で。 
 わたしはトラップの身体にぎゅっとしがみついて、漏れそうになる声を抑えるのがせいいっぱいで。 
 最後は何が何だかよくわからなかった。 
 ただ……トラップが脱力したその瞬間。 
 ぎゅっ、と抱きしめられたことが、すごく嬉しかったことだけは……覚えてる。 
  
「ねー、言うの?」 
「あん?」 
 翌朝。 
 ぐっすり眠って機嫌がよくなったのか、快調に走るヒポちゃんの上で。 
 わたしとトラップは、のんびりとしゃべっていた。 
 もうすぐ、みんなと会える。 
 この数日間……疲れたけど、イライラしたりもしたけれど。変な気分に悩まされたけれど。 
 全部が解決しちゃうと、何だかすごく気分が爽快で。 
 だから、わたしは素直に笑顔を向けることができた。 
「みんなに。わたし達のこと」 
「言うしかねえんじゃねえの?」 
 肩をすくめて、トラップは言った。 
「キットンの野郎は気づいてたし。っつーかとっととくっつけと言わんばかりだったしな。まールーミィとシロは気づいてねだろうけど、さすがに……」 
「ノルとクレイは?」 
「わかんねー。ノルはともかく、クレイは鈍いからなあ。気づいてねえかも」 
 いや、絶対気づいてないと思う。 
 トラップの悩みを、将来のことだって推測してたくらいだし。 
 そう言うと、トラップは「そういや、そうだな」なんて言って…… 
 そして、二人で顔を見合わせて、同時に吹き出した。 
 まあ、いいや。 
 そんなのは、なるようになればいい。 
 変わらないはずだから。 
 どんな気持ちを抱いてたって、わたしとトラップがこうなったって。 
 みんなとの関係は、変わらないはずだから。 
「おっ、見えてきたぜ」 
 トラップが指差す先にあるのは、ヒールニント。 
「やっと、みんなに会えるね」 
「……まー、ちっと残念だけどな」 
「え?」 
 振り向いた瞬間、唇をかすめるようにして、キスがとんでくる。 
 ……ああ、なるほど。 
 確かに、みんなと一緒にいたら……こんなことは、なかなかできないだろう。 
「いいんじゃない?」 
 ちょっとトラップの肩にもたれかかって、わたしは言った。 
「悩みが解決したんだから。気持ちが通じ合ったってだけで、満足しておこうよ?」 
「……そーだな」 
 振り向いたトラップの顔は、晴れ晴れとしていた。 
「俺らのこったから、高望みするとろくなことがねえもんな?」 
 全く、その通り。 
 声をあげて笑ったとき、ヒールニントの入り口に、到着する。 
 わたし達が帰ってきたのがどうしてわかったのか。多分ゼンばあさんの力じゃないかと思うんだけど。 
 そこで待っていたのは、すごく懐かしいみんなの顔。 
 いずれお別れする日は絶対来るだろうけど。 
 でも、わたしは居場所を見つけたから。だから、きっとそれを乗り越えられる。 
 その日まで、せいいっぱい、一緒に楽しく過ごしていきたい。 
 わたしは身を乗り出して、大きく手を振った。 
「たっだいまー!!」

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