よく考えたら、わたしはいつも教えてもらうばっかりで、教える側に立ったことがないなあ、って思った。 
 冒険者になってから、クレイやトラップに色々なことを教えてもらった。 
 火の起こし方とか、マッピングのやり方とか、目印の付け方とか、罠の避け方とかね。 
 彼らはそりゃもう小さい頃から冒険者になるために訓練してきた人達だから。ごくごく普通の女の子として育ったわたしが、彼らに教えてあげられることなんてなーんにも無かったんだよね。 
 それはもうしょうがないことだって諦めてる。 
 でも、クレイはともかく、トラップの教え方なんかすっごい偉そうなんだよねえ。 
「はあ? おめえなあ、こんなの常識だろ」 
 って、すっごく人をバカにしたような口調で頭をはたかれると、さすがのわたしもムッとしちゃう。 
 いやいや、あの短気で面倒くさがりな彼が、そもそも教えるという行為に向いてないのはよくわかってるんだけど。 
 それでもねえ……やっぱり、言い方っていうのがあると思うんだ。 
 第一、わたしとトラップは年だって同じだし。彼の方が多少早く生まれたってだけで、学校に通っていれば完全に同い年扱いだったはず。 
 そんな人にこんなに偉そうにされるいわれはないわよ! って、最初は随分腹が立ったんだよなあ。 
 トラップの性格を知るにつけ、彼本人にはちっとも悪気は無くて、むしろ親切だってことがわかって、最近はそうでもないんだけどね。 
 最近は、どうにかわたしも冒険者らしくなってきたかなー? って思える程度には、色々な知識も増えたし。 
 けど、それはやっと二人と「対等」になったってだけで(多分、トラップに言わせれば「けっ。まだまだだよ」ってところだと思うけど)。 
 やっぱり、わたしの方が優位に立つ、なんてことは……多分一生無いんだろうなあ。 
 別に人の上に立ちたい、なんて大それたことを考えてるわけじゃないんだけどね。 
 それでも、たまには、「教える立場」の気分っていうのを味わってみたい。 
 最近密かにそう思うようになってたんだけど。 
 意外なところからそのチャンスが訪れたのは、ある秋の日の昼下がりだった。 
  
 その日、クレイはルーミィやシロちゃんをお散歩に連れていってくれて、キットンは薬草収集、ノルはバイトに出かけていた。 
 で、わたしは部屋で、一人せっせと原稿を書いてたんだけど。 
 ちょうど筆が乗ってきたときに、鉛筆の芯が折れちゃったんだよね。 
 ああーもったいない……なんて思わずつぶやいてしまう自分がちょっと悲しかったりする。 
 こ、これもみんな貧乏が悪いのよ! 
 そう、貧乏。わたし達は、クエストに出るためにまずバイトをしなきゃならないような貧乏パーティー。 
 たかが筆記用具といえども、余分なものは一切無い。 
 とほほ、鉛筆一本に情けないなあ…… 
 仕方なく、ナイフで芯を削ろうとしたんだけど。 
 こういうときに限って、ちょうどいい大きさのナイフが見つからない。 
 うーん、前使ったとき、どこに片付けたっけ? 
 刃物の類は危ないから、ルーミィやシロちゃんの手の届かないところに置いたはずなんだけど…… 
 うんうんと頭をひねって、ぽんと手を叩く。 
 そうだそうだ、思い出した。ちょっと前にトラップに貸したんだった! 
 トラップならナイフなんかいくらでも持ってるだろうに、何でか「おめえのナイフを貸してくれ」って言われたんだよね。 
 そういえば、そのまま返してもらってない。あれ、何に使ったんだろ? 
 ちょっと考えてみたけど、思いつきそうになかった。 
 ま、いいや。何でも。とにかく、返してもらわなくちゃ。 
 トラップは……出かけるところを見てないから、多分部屋にいるはずだよね? 
 わたしは自分の部屋を出ると、隣の部屋をノックした。 
「トラップーいる? 開けるよ」 
「わっ、バカ待てっ!!」 
「え?」 
 すっごく焦ったようなトラップの声。 
 だけど、そのときにはもう、わたしはドアを開けていたりする。 
 トラップやキットンは、普段ノックもしないでわたし達の部屋に入ってくるもんね。最早遠慮もプライバシーもあったもんじゃない。 
 ドアを開けて最初に見えたのは、机に向かっていたトラップ。 
 その彼が、慌てて椅子から立ち上がって、背後に何かを隠したところだった。 
 ……? 何やってたんだろ? 
「ぱ、パステル? おめえ、いきなり何なんだよ!」 
「な、何をそんなに焦ってるの?」 
 変なの。第一、いつものトラップなら、気配だけでノックの前にわたしが来ることに気づいてもよさそうなものなのに。 
「焦ってるわけじゃねえよっ! んで、一体何の用なんだ?」 
「ああ、あのね、この前ナイフ貸したでしょ? 鉛筆削るための。あれを……」 
 言いながらひょいと視線を机の上に向けると、目的の品が机の上に転がってるのが見えた。 
 あったあった。よかったあ、勘違いだったらどうしようかと思ってたんだよね。ナイフ一本だって我が貧乏パーティーには……まあ、これ以上は言わないでおこう。 
「それそれ。それを返してもらおうと思って。わたしも使うから」 
 言いながら、机の方に歩み寄る。 
 そんなわたしを見て、トラップは何だかすごーく焦って机の上をかきまわして…… 
 ……ん? 何、この紙の束? 
 机の上に転がっていたのは、わたしのナイフと鉛筆に消しゴム、それと、大量の紙だった。 
 それも、ただの真っ白な紙じゃなくて……何て言えばいいのかな? 
 ピンク色にレースの縁取りがされた、すっごく綺麗な……これ、便箋? 
「……トラップ、そういう趣味があったの?」 
「はあ? ち、違うっ。勘違いすんなよなあ! こ、これはなあ……」 
 わたしが思わず疑惑の目を向けると、トラップは真っ赤になって口ごもった。 
 怪しい……こんな可愛らしい便箋、間違ってもトラップの趣味じゃないよね。 
 一体、何のために……? 
「トラップ、手紙書こうとしてたの?」 
 わたしが聞くと、彼はいかにも渋々といった様子で頷いた。 
 ほえー、トラップが、手紙…… 
 何だかすっごく意外。大体、トラップは文章書くのをすごく面倒くさがる人だもんね。 
「へー。どんな手紙?」 
「う……んなこと、おめえにゃ関係ねえだろっ!!」 
 質問の答えは、耳まで真っ赤になった彼の顔。 
 まあね。人からはよく鈍感って言われるわたしだけど、男の人がこんな可愛い便箋を使って書く手紙なんて、一つしか思い浮かばない。 
 つまりは……ラブレター? 
「へー、トラップがねえ……」 
 すっごく意外。大体、トラップはもし告白するとしたら、手紙なんてまどろっこしい方法じゃなくて、自分の口でずばっと伝えるタイプだと思ってたもん。 
 口では伝えられない相手、なのかな? もしかして、遠距離とか? 
 そのとき、わたしの頭に浮かんだのは、前髪だけピンクに染めた、すっごく美人な女の子の顔だったりするんだけど。 
 うんうん、彼女だったら、トラップが好きになるのもわかるなあ。顔良し、スタイル良し、頭良し、性格良しと、本当に欠けてるところがどっこも無い子だもんね。 
 なるほどなるほど。 
「……おめえ、何ニヤニヤしてんだよ」 
 わたしが一人で感心していると。 
 トラップから、物凄く不審な目を向けられてしまった。 
 に、ニヤニヤ……もうちょっと別の表現ができないかなあ? この人は。 
 はあ、とため息をついて視線をそらすと、机の脇に置かれたゴミ箱が目に入った。 
 中には、鉛筆の削りかすや消しゴムのかす、丸めた便箋が山のように入ってる。 
 ……も、もったいないっ……! 
「トラップ……もしかして、手紙書くの初めてなんじゃない?」 
 思わず聞くと、彼は「うっせえ」と小さくつぶやいた。 
 やっぱりねえ……ま、どう見ても筆まめなタイプには見えないもんね。 
 文章って、書ける人にとってはすらすら出てくるけど、苦手な人にとっては本当に一文ひねり出すのもすっごく苦労するって聞いたことがある。 
 話し言葉と書き言葉は違うとか、自分の思いがもやもやした感じではっきり言葉にできないとか。 
 きっとトラップも、書いては消し、書いては消しの繰り返しだったんだろうなあ…… 
 そう気づいたとき、わたしの中で、変な使命感が燃え上がってしまった。 
 多分ナイフを借りたのも、この手紙を書くためだったんだよね。あれが数日前のことだから、つまり彼は、数日かけてこの作業を繰り返してるってわけで……そして、多分いまだに全然進んでない、と。 
「ねえ、トラップ。わたしが教えてあげようか?」 
「はあ?」 
「手紙の書き方! わたしが教えてあげるよ。わたしだって、一応物書きの端くれなんだから」 
 そう言うと、トラップはしばらくぽかんとしていたけど。 
 やがて、妙に皮肉っぽい笑顔を浮かべて言った。 
「そだな。んじゃ、パステル先生のお手並み拝見、といきますか?」 
 そのまま、どかっと椅子に腰掛ける。 
 新しい便箋を広げて、削ったばかりの鉛筆を構えて、彼は不敵な笑みを張り付かせて言った。 
「さて。まずはどう書き出せばいいんだ?」 
 
 手紙っていうのも、色んなパターンがある。 
 例えば、正式な依頼とかお願いの手紙の場合、頭に持ってくる文章とか締めの文章とかにもちゃんとルールが存在するし、書き手が男性か女性かで変わってきたりもする。 
 だけど、まあ……ラブレターだもんね。そんな堅苦しい文章は必要無いと思う。 
 目的は、相手に自分の思いを伝えるために書くもの、だからして。ようするに「好きだ」って気持ちが伝わればいいんだよね。 
 かといって、本当に「好きだ」の一文で終わらせちゃうと、本気かどうか疑われる、なんて悲しい事態にもなりかねない。 
「そうだね。書き出しは……『お元気ですか? 僕は元気です』とか」 
 わたしがそう言った瞬間、ぼきん、という派手な音と共に、鉛筆の芯が飛んだ。 
 あああもう! 言ってる傍から!! 
「ちょっとトラップ。もっと大事に扱ってよ」 
「……おめえなあ……本当に物書きか? それとも俺をバカにしてんのか!?」 
 わなわなと震える手を握り締めるトラップ。 
 し、しっつれいな!! 誰がいつバカにしたのよ! 
「何言ってるのよ、本気よ本気。大本気!」 
「なお悪い! ったく、おめえに頼んだ俺がバカだった。もういい、自分で書く」 
「あああちょっと、ちょっと待ってってば!!」 
 あわわわわ、一体何が気に入らなかったんだろ? 
 ううー、でもまあ、こんなところで追い出されちゃったんじゃ、自分から「教える」って言った手前、さすがにみっともない。 
 ええと、えーっと…… 
「えっとね、トラップは、結局その手紙でどんなことを伝えたいの?」 
「ああ?」 
「だから、手紙を出す相手に、何を一番伝えたいのかな、って。自分の近況とか、気持ちとか、質問とかお願いとか……色々あると思うんだけど」 
 わたしがそう言うと、彼はうーん、と首をひねって、 
「ま、自分の気持ち……かな」 
「そうでしょ? だからね、自分の気持ちを伝えるためには、まず話題をそこに持ってかなきゃいけないと思うのよ」 
 わたしの言葉に、トラップはちょっと興味を示したみたいだった。 
 ふう。手紙ったって、文章には違いない。 
 突然意味の繋がらない文章が出てきたら、読む相手がびっくりするもんね。 
 まずは、一つの流れを決めること。これって、文を書く上でかなり大事なことなんだよね。 
「えっとね、その相手って、トラップから手紙受け取るのは初めてなんでしょう?」 
「……ああ」 
「じゃあ、まずは何で突然手紙を出したか、ってことを書くの。例えば、『突然こんな手紙を出してごめんなさい。驚いたでしょう?』みたいな」 
「……ふん、なるほどな」 
 トラップの手が、さらさらと便箋を走る。 
 割と癖が強いけど、読みにくいっていうほどでもない字。 
  
 ――わりい、突然手紙なんて、驚いたか? 
  
 うーむ、トラップらしいといえばらしい文章。……ま、いっか。彼女にあてる手紙なんだから、砕けた文体の方がかえっていいよね。 
「そうそう。それでね、ちゃんと手紙を出すには理由がある、ってことを書くといいかもしれない。『あなたにどうしても伝えたいことがあって、こんな方法を選びました』とかね」 
「ふんふん……」 
 
 ――おめえにどうしても伝えてえことがある。だあらこんなもんを書いてんだけどな。 
  
 ……見事なまでにトラップ言葉に変換されてるなあ……話し言葉と書き言葉がここまで一致してる人って、珍しいかも…… 
「それでねえ……トラップ、それ、ラブレターだよね?」 
 ぼきん 
 わたしがそう言った瞬間、トラップの手の中で、鉛筆が真っ二つに折れた。 
 ああああああ!! も、もったいないいい!! 
「ちょっと、トラップってば……」 
「……うっせえ。別に何でもいいだろーが」 
「よくないわよ。目的によって手紙の書き方も変わってくるもん! ラブレターって言うのはね、相手に自分の思いを真面目に伝えるものなんだから。トラップのいつもの言葉で書いたら、またふざけてるって思われるかもよ」 
 ゴン 
 その瞬間、げんこつが落ちてくる。 
 もーっ! 乱暴なんだからっ!! 
「おめえ……人を何だと思ってる?」 
「だってトラップのことだもん! 『好きだ……なーんて言うと思ったか? 冗談だよ冗談。おめえをひっかけようと思ってわざわざこんな手間暇かけた俺に感謝しろよなあ』くらい書きそうだなあって思って」 
「お、おめえなあ!!」 
 わたしの言葉に、トラップはいたく憤慨したみたいだけど。 
 ふと表情を変えて、座りなおした。その瞳は、すごく、すっごく意地悪そうに光っていて…… 
「んじゃあ、おめえ、お手本見せてくれよ」 
「……お手本?」 
「そ。例えばだなあ……」 
 どん、と頬づえをついて、トラップは言った。 
「例えば、おめえが俺にラブレターを書くとしたら……何て書くか、今ここで見せてくれよ」 
「……はあ??」 
 わ、わたしがトラップに!? な、何でそんなこと…… 
 一瞬そう言おうかと思ったけれど。 
 トラップの目は、もう何て言うか「どうせおめえにゃできねえだろ?」と言わんばかりに輝いていて…… 
 くっ、何だかすっごく悔しい……ええい! わ、わたしだって一応小説家の端くれなんだから!! 
「わ、わかったわよ! 見てなさいよ、すぐにすっごく素敵なラブレター書いてあげるから!!」 
「ほー。そりゃ楽しみだ」 
 言いながら、トラップは立ち上がった。椅子をわたしに勧めて、自分はごろりとベッドに横たわる。 
「んじゃ、がんばってくれよ。どんな素敵なラブレターが届くか、楽しみにしてるからなあ」 
 ……絶対、バカにされてる…… 
 よ、よーし、見てなさいよ。トラップが感動して「俺が悪かった」って土下座するくらい、素敵なラブレター書いてみせるんだから!! 
  
 さて、ラブレター。 
 自慢じゃないけど、わたしだってそんなの書くのは生まれて初めてだったりするんだけど…… 
 うーん。トラップにラブレター、ねえ…… 
 そもそも、四六時中顔を突き合わせてるんだから、手紙を出すっていうのがそもそも不自然だよね…… 
  
 ――突然手紙なんか出してごめんね。驚いた? でもね、顔を見たら絶対言えないと思った。だから、こんな方法を選んだんだ。 
  
 うん。もし告白するとしたら……面と向かって「好きだ」なんて、なかなか言えないと思う。気恥ずかしいもん。 
 書き出しはこれでいいよね。次は……? 
  
 ――トラップは、まどろっこしいのが嫌いだと思うから、はっきり言うね。わたし、ずっと前から、トラップのことが好きだったんだ。 
  
 そうそう、あの短気なトラップのことだもん。長々と前置きを書いてたら、「面倒くせえ」とか言って読む前に破り捨てそう。うわあ、ラブレターでそれは悲しすぎる。 
 でも、はっきり気持ちを伝えて、その後は……? 
  
 ――いきなりそんなこと言われても、信じられないかもしれない。でも、この気持ち、嘘や冗談なんかじゃないから。真面目な、わたしの本音だから。 
  
 せっかく思いを伝えて、「おめえなあ。冗談は顔だけにしろよなあ」なんて言われた日には、多分立ち直れないもんね。冗談じゃない、ってことを念押しするのは、重要だと思う。 
 後を続けるとしたら……理由、かな? 
  
 ――でも、どうして? って思われるかもしれない。今までずっとパーティーの仲間として一緒に暮らしてきたのに、どうして今更? って。 
 今更じゃないよ。ずっと前から好きだったけど、でも、言ったら今の関係さえ壊れちゃいそうで、それが怖かったんだ。だから、本当は伝えるつもりなんか無かった。 
 けど、もう我慢できないから。わたしの思いに気づいて欲しいって、そう思ったから。 
  
 うう、何だか、すっごく「トラップのことを好きなわたし」に感情移入してしまいそう……本当に、そうだよなあって思うもん。 
 友達を好きになる。それって、ある意味全然関係ない人を好きになるより辛いかもしれない。 
 告白したら、友達という関係まで崩れてしまうかもしれない。でも、友達のままじゃなくて、一歩進んだ関係になりたい。 
 これが複雑な乙女心、って奴だよねえ、うん。 
 もし、これが理由でトラップと気まずくなるようなことがあったら……多分、すっごく寂しいと思うから…… 
  
 ――トラップのことが好き。厳しいことばっかり言ってるけど、本当は一番わたしのこと考えてくれてるって、わかってるから。 
 何だかんだ言って、わたし一人の力ではどうしようもないときは、いつも真っ先に手を貸してくれたよね。本当は誰よりもパーティーのこと考えていて、誰よりも気を配ってること、わたしにはわかってるから。 
 甘やかすのはわたしのためにならないって、自分一人の力で何とかできるようにならないと、結局苦労するのはわたしだってわかってるから、いつも厳しいことばかり言ってるんだよね? 
 そうやってわたしを一人前の冒険者として扱ってくれるのは、トラップだけだから。 
 そんなトラップのことが、いつの間にか好きになっちゃったの。 
  
 ……あれ? 何だろ…… 
 これは、架空のラブレター……のはず。 
 なのに、トラップを好きな理由……それは、驚くくらいすらすら出てきた。 
 本当に、そうなんだよね。ここに書いたことに、嘘は一つも含まれていない。 
 我がパーティーの中では唯一の現実主義者で、口の悪さからトラブルばっかり起こしてたけど。 
 でも、一番現実を見つめて、一番正論を言ってるのはいつだってトラップだった。 
 わたしもクレイも、どうしても情に流されてしまうようなところがあるんだけど。 
 けど、それが正しいことだとは限らない、その人のためになるとは限らないって教えてくれたのは、トラップだった。 
 わたしにだっていっつも厳しいことを言ってたけど、「一人の力で何とかできるはずだ」って言われて、実際に一人でできなかったことなんて……まあ、しいて言えばキットン族の宝を探しにいったとき、炎の谷のキノコ渡りのときくらいかな? 
 あのときだって、ギアがいなければ多分一人で渡れたと思う。 
 そして、もし失敗しそうになったとしても、絶対トラップは助けてくれたと思う。 
 厳しくわたしを突き放しておきながら、いつも影でちゃんと見守って、危ないときは手を貸してくれていたの、知ってるから。 
 ……あれ、何だろ、この気持ち…… 
 何だか……鉛筆が、止まらない…… 
  
 ――こんなこと言われても、トラップにとっては迷惑なだけかもしれないね。 
 わたし、それでどうにかしてほしい、なんて思ってないから。 
 ただ、わたしはこんな気持ちだよって知ってて欲しかっただけ。 
 お願いがあるとしたら、一つだけ。 
 わたしの気持ちを受け止めて欲しいなんて、高望みはしてないから。 
 トラップのまわりには、素敵な女の子がたくさんいるから。多分わたしに望みなんか無いだろうなってことは、わかってるから。 
 だから……そのかわり、今の関係を続けさせてください。 
 一緒のパーティーを組んで、いつもみたいにくだらない冗談を言って笑いあえる、そんな関係で満足だから。 
 だから……この手紙を読んで、態度を変えたりはしないでください。 
 本当に、突然こんな手紙を出してごめんね。 
 明日からは、またいつものわたしに戻るから。 
 読んでくれて、ありがとう 
                     パステル 
  
 カランッ 
 一気に書き上げて、鉛筆を置く。 
 ……な、何だろ? 
 何だか、すっごく胸がドキドキして…… 
「……終わったか?」 
「きゃあっ!?」 
 突然耳元でつぶやかれて、わたしは思わず飛び上がってしまった。 
 振り向くと、びっくりするくらい近くに、トラップがじーっと立っている。 
「お、驚かさないでよ!」 
「はあ? おめえが勝手に驚いたんだろうが。で? 書けたのかよ。ラブレター」 
 そう言うトラップの顔は、思ったよりも真面目だった。 
 バカにするような響きは、全然無い。 
 ……何だろ。このもやもや感。何だか、すっごく……見せるのが、怖い。 
「どうなんだよ?」 
「……う、うん。書けたよ」 
 怖い。これを読んで、トラップがどんな反応をするのか怖い。 
 でも、自分から教えるって言って、見本を書いてみせるって言った手前、見せないわけには、いかないよね。 
 丁寧に便箋を畳んで、トラップに渡す。 
「……さんきゅ。参考にさせてもらうわ」 
「う、うん……」 
 ドキドキする心臓を押さえて、立ち上がった。 
 とてもじゃないけど……それを読むトラップの顔を、まともに見てる自信が無い。 
「あ、あの、わたし……原稿があるから」 
「ああ。ナイフ、悪かったな」 
「う、ううん、いいの……じゃ」 
 自分のナイフだけつかんで、慌てて部屋を飛び出す。 
 あ、あれ? 何だろう…… 
 あのラブレターは、ただの見本で書いたもののはずなのに…… 
 な、何で……こんな。この気持ちは、一体、何……? 
  
 その日の夕食は、何だかトラップの顔がまともに見れなかった。 
 ……わたしってば、何を意識してるんだろう? 
 あのラブレターは、あくまでも見本。 
 そして、それを参考にして……トラップは、多分別の女の子に……彼女にラブレターを書くつもり、なんだよね。 
 それなのに…… 
 わたし、それを辛いって、思ってる? トラップが他の女の子にラブレター書くのを、悲しいって思ってる? 
 ……まさか…… 
 夕食もろくに喉を通らない。 
 クレイが心配そうに声をかけてきたけど、それに生返事しか返せない。 
 まさか……とは思う。 
 でも、この気持ちって……まさか、こんなことで自分の気持ちを知る羽目になるなんて…… 
 改めて、自分で書いたことが頭にのしかかる。 
 ――気持ちを受け止めて欲しいなんて思ってない。 
 ――今の関係のままでいてください。 
 それは本音。彼女よりわたしの方がいいわよ! なんて言える自信は全く無いし、気持ちを押し付けるのは嫌。 
 そのせいで関係がぎくしゃくするなんてもっと嫌。 
 だけど…… 
 だけど、やっぱり、強がり……も入ってる。 
 受け止めてもらえるのなら、受け止めて欲しい。 
 いざ受け止めてもらえなかったら、きっとショックを隠せない。 
 ……わたしって、わがままだよなあ…… 
 はあ、とため息をついて、ちらりとトラップに視線を送る。 
 彼は、いつもと全然変わらない様子でご飯を食べていたけど。 
 ……ラブレター、書けたのかな。もう出したのかな? 
 聞きたいけど……聞いたって教えてくれるわけないよね。 
 それこそ、「おめえには関係ねえ」から。 
 ……痛い。 
 このもやもやは当分晴れそうにもないってわかったから。 
 憂鬱な気分で、わたしは食事を続けた。 
  
 そして、予想通りもやもやは全く晴れることはなく…… 
 翌日。 
 この日、わたしが暗い顔をしていたせいか、クレイやルーミィが随分と気を使って話しかけてくれたんだけど。 
 わたしが「ごめん、一人で考えたい」というと、二人とシロちゃんは、またまたお散歩に出かけてしまった。 
 ノルはしばらくバイトが忙しいみたいだし、キットンは飽きもせずに薬草収集に出かけているはず。 
 部屋で一人っきり。それは、考え事をしたり、原稿を書いたりするのにはすっごく都合がいいんだけど。 
 落ち込んでいるときに一人で考え込んでると、暗い考えしか浮かばないよね…… 
 どんどんどんどん思考がマイナス方向に向かっているのを感じて、大きなため息をついてしまう。 
 ああーもう! こんなことなら、ルーミィ達と一緒に遊びに行けばよかった!! 
 机に向かう気力も無くて、ベッドで不貞寝をしていたときだった。 
 とんとんとん 
 遠慮がちなノックの音が、響いた。 
 誰だろ。宿のご主人……? 
「はい」 
「……入っていいか」 
 聞こえてきた声に、思わずとびおきる。 
 とととトラップ!? な、何でノックなんか…… 
「ど、どうぞ」 
 返事をすると、トラップは、何だか仏頂面で部屋に入ってきた。 
 いつもなら、遠慮もノックもなしでずかずか部屋に踏み込んでくるのに。 
 今日は、入り口付近に立ったまま、じーっとわたしの方を見てる。 
「……な、何か用?」 
 沈黙が痛くて、わたしがひきつった笑みを返すと。 
 彼は、ずいっ、とわたしの方に、何かをつきつけてきた。 
 ……これ、は……? 
 見覚えのあるピンクの便箋。それが、丁寧に畳まれて…… 
「書いてみたんだよ。手紙」 
 トラップは、ぼそぼそとつぶやいて、わたしの隣に腰掛けた。 
「んで、パステル先生に、添削してもらおーと思ったわけ。どっか変なところがあったら、教えて欲しいんだけど」 
 ズキン 
 言われた言葉に、胸が痛くなる。 
 わたしに……読め、っていうの? 
 トラップが、他の女の子に書いたラブレターを。 
 彼は、わたしの気持ちを知らないから……あのラブレター、後半が本気で書かれたものだって知らないから、無理は無いんだけど。 
 ……残酷。 
「いいわよ」 
 けど、嫌なんて言えるわけがない。 
 教えてあげるって偉そうなことを言ったのはわたしだから。途中で放り出せるわけがない。 
 手が震えてることに、気づかれないといい…… 
 そう思いながら、わたしは手紙を受け取った。 
  
 ――突然手紙なんか出してわりいな。驚いただろ? けどな、顔を見たら絶対言えねえと思った。だあら、こんな方法を選んだんだ。 
 おめえには、はっきり言わねえと伝わらねえだろうから。だから、余計な前置きとかしねえぞ。俺は、ずっと前から、おめえのことが好きだったんだ。 
 いきなりんなこと言われても、信じられねえかもしれないけどな。でも、この気持ちは、嘘や冗談なんかじゃねえぞ。誓ってもいいが、真面目な、俺の本音だ。 
 どうして? って思うかもしれねえな。今までずっと一緒に過ごしてきたのに、どうして今更? ってな。 
 今更じゃねえ。ずっと前から好きだった。でも、言ったら今の関係さえ壊れそうで、それが怖かった。だあら、本当は伝えるつもりなんか無かった。 
 けど、もう我慢できねえ。このまま、俺の思いに気づくことなく、おめえに他の男ができて、いつか俺から離れるかもしれねえ。そう思ったら、書かずにはいられなかった。 
 おめえのことが好きだ。いっつも一生懸命で、人のことより他人のことばっか考えて。俺はそれをおひとよしだなんてよく罵ってたけど、それは俺にはぜってーできねえことだから。 
 いつも感心してた。俺には無いものばっかり持ってるおめえのことを。気が付いたら、目が離せなくなってた。 
 おめえはよく、自分を何のとりえもねえとか言ってたけど、俺は、おめえにだっていいところはいっぱいあること知ってるから。 
 一緒にいるだけであったかい気分になれる、そんなおめえのことを、いつの間にか好きになってた。 
 ずっと傍にいてえって、本気で思った。 
 こんなこと言われても、おめえにとっては迷惑なだけかもしれないけどな。 
 それでどうにかしてほしい、なんて思ってねえから。 
 ただ、俺だって男なんだってことを、意識してほしかっただけだ。 
 頼みがあるとしたら、一つだけ。 
 俺の気持ちを受け止めて欲しいなんて、高望みはしてねえ。 
 そのかわり、今の関係を続けさせて欲しい。 
 傍にいてくだらねえ冗談を言って笑いあえる、そんな関係で満足だから。 
 だあら……この手紙を読んで、態度を変えたりはすんなよ? 
 本当に、突然こんな手紙を出して悪かった。 
 明日からは、またいつもの俺に戻る。 
 読んでくれて、ありがとう。 
  
 わたしの書いたラブレターが、そのままトラップの言葉に変えられただけみたいな手紙。 
 好きな理由とかは、もちろん変わってるけど…… 
「うん、いいんじゃないかな……きっと、相手も喜ぶと思うよ」 
 わたしがそう言うと。 
 トラップは、何だか呆れたようなため息をついて、唇の端をつりあげた。 
「……おめえ、念のために聞くが、それ誰にあてた手紙だと思ってんだ?」 
「? マリーナ……じゃないの?」 
 エベリンに住む、トラップの幼馴染。女性としてパーフェクトに近い、とっても羨ましくて……少しだけ妬ましい、そんな女の子。 
 わたしがそう言うと、トラップはがっくりと床に膝をついた。 
「あんでそこでマリーナが……中身読んでわからねえか……?」 
「……え?」 
 言われてもう一度中身を読み返す。 
 ……そう言えば、マリーナが「何のとりえもない」なんて言うわけないよね。 
 彼女、とりえだらけじゃない、そう言えば。 
 ……すると…… 
「マリーナじゃないの? 誰? もしかして、リタとか?」 
 いや、まさかね。リタにはもっと当てはまらない気がする。 
 案の定、トラップはますます大きくうなだれて…… 
 この手紙の相手……トラップの言ってる「おめえ」は…… 
 自分のことを何のとりえもないと思ってて、自分のことより他人のことに一生懸命で、傍にいるとあったかい気分になれて。 
 そして……トラップの傍にいる、女の子……? 
「……二枚目」 
「え?」 
「便箋の二枚目! 見てみろ!!」 
「……ええ?」 
 二枚目? 
 言われて気づく。手紙が、実は二枚重ねてあったことに。 
 一枚目は、さっき読んだところで終わってる。そして、二枚目は…… 
 真ん中に、ぽつんと一文だけ書かれている。 
  
 ――パステル・G・キングへ。 トラップより―― 
  
 ……え? 
「と、トラップ……?」 
「……だあら……その……」 
 トラップは、真っ赤になって、視線をそらして言った。 
「て、手紙に書いたとおりだよっ……悪かったな。ひねりのねえ文章で」 
 ……な…… 
 な、何を言ってるの? トラップ…… 
 手紙に書いたとおり、って……それって…… 
 あ、あなたが、わたしを……好き? まさか…… 
 トラップは、それ以上は何も言おうとしなかった。 
 そのまま、無言で部屋を出て行こうとして…… 
「……待って!!」 
 反射的に呼び止めていた。 
 返事、返事しなきゃ。 
 今のうちに返事をしなきゃ。明日になったら、いつもの彼に戻る。手紙でそう書かれている。 
 だから……今日のうちに。いつもの彼じゃなく、真面目な彼であるうちに。 
 ぴたり、とトラップが立ち止まった。そのまま、振り返る。 
 彼の目をまっすぐに見つめて、わたしは言った。 
「わたしの気持ちは……昨日、手紙で渡したよね?」 
「…………」 
「あれ、本音……だから」 
「……マジか?」 
 信じられない、そういう表情をする彼に、大きく頷く。 
 ……あ、でも…… 
「あ、ごめん。ちょっとだけ、嘘書いちゃった」 
「……は?」 
「『明日になったら、いつものわたしに戻るから』……って。嘘だよね。戻れなかった」 
 本当は、「戻れるように努力する」だ。 
「トラップが、他の女の子にラブレター書くんだって思ったら……何でだろう。どうしても、いつものわたしでいられなかったよ」 
 わたしがそう言うと。 
 トラップは、見たことも無いような優しい笑みを浮かべて、わたしをぎゅっと抱きしめてくれた。 
  
「おめえのおかげだよな」 
「……え?」 
 トラップの言葉に顔をあげると、彼は、すんごく嬉しそうな顔で、じーっとわたしを見ていた。 
 その目が、徐々に近づいてきて…… 
「おめえがラブレターの書き方教えてくれたおかげで、俺は無事、好きな相手に気持ちを伝えることができたんだよな。さんきゅ」 
「……いえいえ」 
 ふふ、何だか嬉しい。 
 教えてあげた相手に感謝されるって……何だか、すごくいい気分。 
 自分が、人の役に立てたー! って思えるから。 
 わたしがにこにこしていると、彼は、ふっと微笑んで…… 
 そして、耳元に唇を寄せた。 
「んじゃ、お返しに俺もおめえに教えてやろうか?」 
「……え?」 
「イイコト」 
 つぶやく彼の言葉は、すごく意味深で。 
 次の瞬間、耳と、首筋に、暖かいものが触れた。 
 ぞくりっ! と全身を快感が走り抜ける。 
「……ええ?」 
「どうせ、おめえは何にも知らねえだろうから」 
 トラップの唇が、ブラウスの隙間から、肩の方へともぐりこむ。 
 背中にまわった手が、ゆっくりと背筋をなであげて…… 
 そのたびに、ぞくっ、とする感覚は強くなり、膝ががくがくと震える。 
 ……駄目、立ってられないっ…… 
 がくん、とのけぞったわたしの身体を、トラップの腕ががっしりと支えてくれた。 
 そのまま、優しくベッドに横たえられる。 
 ぐいっ、と肩を押さえ込まれる。のしかかってくる、トラップの身体。 
 音が聞こえるんじゃないか、っていうくらい、心臓が大きくはねるのがわかった。 
「トラップ……」 
「なあ。俺に家庭教師、頼む気はあるか?」 
 にやり、と笑って、ブラウスのボタンに手をかける彼に。 
 わたしは、頷くしかなかった。 
 ああ、もう……わたしは、もうトラップには逆らえない。それっくらい、彼に夢中になっちゃってるんだって、わかってしまったから。 
 胸に冷たい空気が触れた。 
 熱いくちづけを受けたとき、理性とか、そういう色んなものが、まとめて飛んでいくのが、わかった。 
  
「ねえ、そういえばトラップ」 
 トラップに散々「教えて」もらった後で。 
 狭いベッドの中でよりそいながら、わたしはそっと聞いてみた。 
 そもそもの疑問。一番最初に思ったこと。つまり…… 
「何で、ラブレターなんか書こうって思ったの?」 
「……はあ?」 
 トラップは、だるそうに枕にもたれかかっていたけど。 
 わたしの言葉に、身を起こした。 
 毛布がずり落ちて、裸の胸が目に入る。急に気恥ずかしくなって、わたしは布団の中にもぐりこんだ。 
 トラップなら、手紙なんてまどろっこしい方法使わずに、ずばっと口で言いそうじゃない? 
 わたしがそう言うと、トラップは乾いた笑いを浮かべた。 
「誰のせいでこんな方法とったと思ってんだよ」 
「……え?」 
 首をかしげると、腕が、ぐいっと肩にまわってきた。 
 そのまま、抱き寄せられる。 
「あの、誰のせいって……」 
「おめえは、鈍いからなあ」 
「……はあ?」 
 言われた意味がわからなくて首をかしげると、トラップは、くっくっと小さく笑って言った。 
「おめえは鈍いから。口で言ったって誤解されるかもしんねえし。どさくさにまぎれて忘れられるかもしんねえし」 
「…………」 
 何か否定できない自分がいる。わたしなら……トラップに口で「好きだ」って言われても。 
 確かに、言葉通りには、受け取らなかったかもしれない…… 
 思わずつぶやくと、トラップは大きく頷いて言った。 
「それに、手紙の方がいいんじゃねえか、と思ったんだよ」 
「……え?」 
 意外な言葉に思わず身を起こすと、彼は、わたしをとりこにした笑顔で、言った。 
「だって、手紙なら、一生形として残るだろ?」 
 俺の思いは変わらねえっていう意味もこめて、だから形に残る方法を選んだんだよ。 
 トラップのその気持ちが、とても嬉しかったから。 
 お礼の意味もこめて……とびっきりの笑顔とキスを、わたしは彼に贈っていた。

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