最近、ぱーるぅの様子が変。 
 ルーミィが話しかけても、ぼおっとしてお返事してくれないことが多いんだお。 
 それなのに、とりゃーが話しかけたら、真っ赤になってうつむいてるんだあ。 
 ルーミィが見てることに、とりゃーは気づいてないみたいだったんだ。そのまま、とりゃーはぱーるぅをぎゅーってしたり、お口にちゅっ、とかしてるんだお。 
 そのたびに、ぱーるぅは「バカ」って言いながらとりゃーを叩いてるんだ。 
 ぱーるぅ、とりゃーと喧嘩したのかな? 喧嘩はよくないんだお。仲直りすればいいのに。 
 そうくれぇに言ったら、「ま、ルーミィもそのうちわかるよ」なんて言われちゃった。 
 ルーミィは今知りたいんだもん! 
 そう言ったら、「大人になったらな」って、くれぇは困った顔して頭をなでてくれた。 
 大人になるってどういうことなのかな。 
 わからなかったから、きっとんに聞いてみた。 
 あのね、ぱーるぅが言ってたんだお。きっとんは、最近「さえてる」から、わかんないことがあったら聞いてみるといいよ、って。 
「きっとん、大人になるって、どういうこと? ルーミィ、早く大人になりたいんだお」 
 そう言ったら、きっとんは「はあー?」なんて言ってたけど、「そうですねー」って言いながら、説明してくれた。 
「大人になるってことは、色々な意味がありますけど。ルーミィの場合は、成長するってことでしょうね。それは、今すぐには無理なんですよ。時間をかけないとね」 
「いつ大人になれるんだあ?」 
「さあーどうでしょうねえ。エルフの寿命は、我々よりもずっと長いですから……」 
 ルーミィは、今すぐ大人になりたいんだもん! 
 そう言ったら、きっとんは「うーん」と考えて、そして言ってくれた。 
「そうだ、あの薬が使えるかもしれませんねえ。ルーミィ、2〜3日待っててくださいね。何とかできるかもしれません」 
 2〜3日待てば、大人になれるのかあ? そうしたら、ぱーるぅがどうして変なのか、わかるのかな。 
 それなら、ルーミィは待つんだお。 
 ぱーるぅのこと、大好きだもん! 
  
 最近、トラップあんちゃんとパステルおねえしゃんの様子がおかしいんデシ。 
 二人は、とっても仲良しさんだったんデシけど。 
 ちょっと前から、みなさんと一緒にいないで、二人だけで出かけることが多くなったんデシ。 
 パステルおねえしゃんはトラップあんちゃんとお出かけするのがとっても嬉しそうなんデシ。きっと楽しいところに行ってるに違いないデシ! 
 そう思って、トラップあんちゃんに「ぼくも連れていって欲しいデシ」って頼んでみたんデシけど。 
「わりいなーシロ。おめえの頼みでも、それだけはできねえんだわ」 
 そう言って、トラップあんちゃんは笑ってたんデシ。どうしてぼくは駄目なんデシか? 
 聞いてみたら、「ま、人間には色々あるんだよー色々な」って、すっごく嬉しそうに言われてしまったデシ。 
 ぼくは、人間じゃないからわからないデシか? 人間になったら、わかるんデシか? 
 おかあしゃんは、ある程度大きくなったらぼく達も人間になれる、って言ってたデシけど……ある程度って、いつのことなんデシかねえ…… 
 ぼく、知りたいデシ! 
「トラップあんちゃん、お願いがあるデシ」 
「あん? 何だよ」 
 ぼく、トラップあんちゃんもパステルおねえしゃんも大好きデシ。 
 だから、決めたデシ。 
「ぼくを、あそこに連れてって欲しいデシ! ぼくのおかあしゃんに会えた、あの場所に!」 
 
 トラップが突然「シロと一緒にドーマに行ってくらあ」と言い出したとき、わたしもクレイも唖然としてしまった。 
 だって、本当に突然なのよ? 何の予告もなくいきなり。 
「おい、トラップ。お前そういうことはもっと早くになあ……」 
「しゃあねえだろー? シロに突然言われたんだからよ」 
 な、シロ? とトラップが言うと、シロちゃんは「はいデシ!」ととっても元気な声で言った。 
 ふーん、シロちゃんがねえ…… 
 ドーマって、トラップとクレイの故郷なんだけど。実は、シロちゃんにとっても思いで深い場所でもあるんだ。 
 何しろ、ずっと待ってたお母さんと会えた場所だもんね。 
 何か、用でもあるのかなあ? 
 他ならぬシロちゃんの頼みだもん。駄目とは言えないよね。わたしもクレイも、「じゃ、しょうがないな」って、許すしかなかった。 
 でもねえ……せめて、わたしには言っておいて欲しかったな。 
 わたしとトラップ、実はちょっと前から付き合うようになってたりする。 
 別にどっちが言い出したわけじゃないんだけどね。何となくトラップのこと好きだなーって思ってて、二人きりになったときぽろっとそれを言ったら。 
「俺も好きだぜ? おめえのこと」 
 あっさりとそう返されてしまって、「じゃ、つきあおっか」「だな」みたいな流れで恋人同士になった。 
 ううっ、自分で言ってて何だかロマンが無いなーって思ってしまう…… 
 ま、でもいいんだけどね。トラップと二人っきりでいると、何だかほわほわーんって幸せな気分になれるし。 
 それに、出発直前、わたしにだけそっと耳打ちしてくれたし。 
「しばらくおめえに会えねえのは寂しいけどな。俺が帰ってくるまでちゃんと待ってろよ」 
「あったりまえでしょ!」 
 えへへ。言葉にしたら何気ないやりとりかもしれないけど。 
 でも、そんな何気ないところが、幸せなんだなあ。 
 まあ、そんなわけで。 
 トラップとシロちゃんが突然ドーマに行ってしまい、みすず旅館は急に静かになった。 
 まあしばらくはクエストに出かける予定も無いし。みんなバイトに明け暮れていたんだけど。 
 トラップ達が旅立ってから一週間後くらい。多分、今日か明日には帰ってくるんじゃないかなー、ってとき。 
 キットンが、突然わたし達の部屋に飛び込んできた。 
「パステル、パステルちょっといいですか!?」 
「キットン……いいですかって、もう部屋に入ってきてるじゃない……」 
 苦笑しながら振り向く。 
 トラップもそうだけど、どうしてこの人達は、部屋に入るときノックするってことができないかなー。 
 ま、今は別に見られて困るようなことしてたわけじゃないから、いいんだけどね。 
「ああすいませんすいません。つい興奮してしまって」 
「ううん、いいけど。何か用?」 
「はいはい! あのですねえ、ルーミィはいますか?」 
「え? ルーミィなら……」 
 ひょい、とベッドを指差す。 
 わたしもクレイもノルもバイトで忙しかったし、シロちゃんはトラップと出かけてしまって。 
 それで、ルーミィは最近、ずっと一人でお絵描きしてることが多いんだよね。 
 おかげでちょっとご機嫌斜め。かわいそうだけど、わたし達は貧乏パーティーですから。バイトをやめるわけにはいかないのが辛いところ。 
 でも、今日はわたしが久々に休みが取れて。それで、ルーミィと思う存分遊んであげてたんだ。 
 そうしたら、疲れて寝ちゃったんだよね。ふふふ、寝顔かわいい! 
「あちゃー、寝てしまってますか。ルーミィに頼まれた薬、できたんですけどねえ」 
「へ? ルーミィが?」 
「はい。あのですねえ……」 
 キットンが何かを言いかけたときだった。 
 寝てすぐだったせいか、それともキットンの声が大きすぎたからかはわからないけど。珍しいことに、ルーミィが、ぱちっと目を開けたんだ。 
「ルーミィ、起きたの?」 
「んー……ルーミィ、ねむいおう……」 
 あらら、せっかく開いた目が閉じちゃいそう。 
 わたしがもう一度寝かしつけようとすると、キットンがずいっと身を乗り出した。 
「ルーミィ、あのとき言われた薬、できましたよ」 
「くすり?」 
「ほら、前に言われた……」 
 ルーミィは、しばらくきょとんとしていたけど、やがてぱーっと顔を輝かせてキットンに抱きついた。 
「きっとん、ほんとかあ? 本当に、るーみぃなれるんかあ?」 
「はいはい。飲んでみますか?」 
「うん! 飲むおう!!」 
 わたしが止める暇なんかありゃしない。 
 あれよあれよという間にキットンとルーミィの間で話がまとまって、彼女はキットンが差し出したびんを、何のためらいもなく飲み干した! 
「ちょ、ちょっとキットン! 一体何よその薬!? まさか危ないものは入ってないでしょうね?」 
「パステル、失礼じゃないですか。わたしを誰だと思ってるんです!?」 
「いやキットンだと思ってるけど……とにかく、一体何の薬?」 
「パステルも飲んだことがありますよ。ほら、あの……」 
 キットンが説明しかけたときだった。 
 ぼうんっ!! 
 突然妙な音がしたかと思うと、ベッドがぎししっ、ときしんだ。 
 ……え? 
 聞き覚えのある音に首を傾げる。 
 あれ? 確かこの音って…… 
 ゆっくりとベッドの方を振り向く。そして、まじまじと目を見開いてしまう。 
 隣で、キットンが腰を抜かしているのが見えた。 
 ベッドに座っていたのは、真っ白な肌にふわふわのシルバーブロンド、とっても綺麗なブルーアイにぴょこんと耳が長い、女性。 
 そう、女性だった。多分年齢は17〜18歳くらい。すんなりと伸びた手足に、悔しいことにわたしよりも大きな胸と、見事にくびれたウェスト。 
 だけど、その顔立ちは、確かに彼女の面影を残していて…… 
「る……ルーミィ……?」 
 まさか、と思いながら呼びかけると、彼女は、満面の笑みを浮かべて言った。 
「やったあ! パステル、わたし、大人になれたよお!!」 
 
 シロに突然「ドーマに連れてって欲しい」と頼まれたときは、一体何なんだ、と思ったが。 
 話を聞いて、連れてってやらねえわけにはいかなくなった。 
「あんでドーマに行きたいんだ?」 
 そう聞いたら、シロはぱたぱたとしっぽを振って、きっぱりと言った。 
「いつになったら人間になれるか、おかあしゃんに聞きにいくんデシ!!」 
 ………… 
 これは、あれか。どう考えても、俺がこの前言ったことが原因だよな? 
「人間には色々あるんだよー色々な」 
 悪気なんかこれっぽっちもなかったが。そう言うと、シロの奴、えらく落ち込んでたもんな。 
 けどなあ……あれは、状況が状況だったからな。 
 俺とパステルはつきあってる。 
 何でそんなことになったんだか。気が付いたらあいつにべた惚れになってて、パステルもどうやら俺のことが好きだったみたいで。 
 付き合うきっかけはなりゆきに近いもんがあったが、いざ彼氏彼女の関係になってみると、これがまた何つーか幸せなんだよなあ。 
 俺達大所帯のパーティーは、二人っきりになれる機会なんか滅多にねえ。 
 だからこそ、デートの機会は貴重だ。例えシロといえども、連れてってやるわけにはいかねえ。 
 きちんと説明しなかったことを今更悔やんでも遅い。まあ、シロに恋人同士っつー概念が理解できるかは疑問だったが。 
 そんなわけで、今更「駄目」とも言えず、俺とシロはドーマに旅立つことになった。 
 数日間乗合馬車に揺られて、そこからさらに歩きで一日。 
 いつぞや雪崩のせいで通れなくなった道は、盗賊団の誰かが整備してくれたらしく、すっかり元通りになっていた。 
 以前シロの母親を呼び出した場所まで行き、宝玉をはめて待つことさらに数日(シロは帰ってもいいと言ったが、そんなわけにはいかねえだろうが) 
 いいかげん野宿にもうんざりしてきた頃、ようやく母親と連絡が取れたらしい。 
「おかあしゃんが、すぐ来るって言ってるデシ!」 
「はあ? すぐって、どれくらいだ?」 
「すぐデシ!!」 
 シロがそう言った瞬間。 
 突然突風が吹き荒れて、俺はそのままふっとばされそうになった。 
「どわあああああああああああああああああああ!!?」 
「お、おかあしゃんおかあしゃん!! トラップあんちゃんが困ってるデシ。笑うのやめてくださいデシ!!」 
 シロのすっげえ焦った声に、ようやく風が止まる。 
 わ、忘れてたぜ。そういや、前にもこんなことあったよなあ…… 
「まあートレイトンちゃんおひさしぶり!! まあまあごめんなさいねえ。あんまり嬉しかったものだからつい。あらあら、あなた以前にもお会いしましたよね? まあまあトレイトンちゃんがお世話になって」 
 相変わらずのまくしたてるような口調で、シロの母親(トレイトンってのはシロの本名だ)は、するすると人間形態をとってお辞儀した。 
 全くなあ……相変わらず、ホワイトドラゴンに対する幻想を木っ端微塵にしてくれるおっかさんだぜ…… 
「いやいやんなことはいいんだけどな。シロの奴が、あんたに聞きたいことがあるんだとよ」 
「まあートレイトンちゃん。なあに? 私に答えられることだったら、何でも答えてあげるわよお」 
 母親が微笑むと、シロはその身体にとびついて、必死の形相で叫んだ。 
「おかあしゃん、ぼく、人間になりたいんデシ!! ぼく、いつになったら人間形態になれるんデシか?」 
「あらあー。なろうと思えば今すぐにでもなれるわよお」 
 ………… 
 あっさり帰ってきた返事に、俺は目が点になってしまった。 
 おいおいおい! いや、まあ話が簡単で、いいっちゃいいんだが…… 
「本当デシか? どうやるんデシか?」 
「そうねえー。トレイトンちゃんはまだ小さいから、自分で変身するのは無理だけど。私が力を貸してあげれば、短い間だけ人間になることはできるわよ? トレイトンちゃん、変身してみる?」 
「してみるデシ! お願いするデシ!!」 
「うふふ、わかったわ。ああートレイトンちゃんも成長したのねえ。お母さん嬉しいわあ! 親が無くても子が育つって本当ねえ……」 
 おいおい、あんたそれ、前に会ったときも行ってたぞ。 
 そうつっこんでやりたかったが、またあのすげえブレス(=笑い声)でふっ飛ばされるのは勘弁してほしかったので黙っておくことにする。 
 そうして、シロの母親は、俺達にはわからねえ言葉で何やらぶつぶつつぶやいて…… 
「トレイトンちゃん、いくわよお!」 
「はいデシ!!」 
 そう叫んだ瞬間! 
 どかんっ!! 
 突然の爆音と閃光と煙。それをまともにくらって、俺は危うく山から転落しそうになった。 
 な、な、何だこのとんでもねえ音は!! 
 もうもうと立ち込める煙。それが薄れるのを待って、ようやく目を開ける。 
 そこには…… 
 長い髪をたなびかせて笑ってるシロの母親。そして、その前には。 
 銀髪、っつーのか? クレイと似たような髪形をしているが、その色は母親のものとそっくりだ。 
 髪の色とふつりあいな黒い目。人の良さが前面ににじみ出た顔。色白な肌。 
 多分年の頃なら20歳前後。まあまあ美形と読んで差し支えねえ顔立ち。 
 まさか……こいつが…… 
「……シロ?」 
 そう呼びかけると、男は、すっげえ嬉しそうな顔で言った。 
「そうデシ! トラップあんちゃん、ぼく、人間になれたんデシよ!!」 
 
 大人になるって、こういうことなのかあ。 
 ルーミィ……ううん、わたしは、何だか不思議だった。 
 だって、いっつも見上げていたぱーるぅ……パステルが、今は同じ目線にいるんだもん。 
 キットンはすごく小さく見える。そっかあ、大人になると、わたしってこうなるのかあ。 
 パステルもキットンも、わたしを見て、しばらく何も言わなかった。 
 わたし、そんなに変わったのかな? 
 首をかしげると、パステルが慌てて、「キットン! バカ、何ぼーっとしてるのよ! あっち向いて!!」と叫んでいた。 
 ……どうしたの? 
 そう聞くと、パステルが真っ赤になって、「ルーミィ。ね、これ着て、これ」と、パステルがよく着ている服を差し出してくれた。 
 変なの。こんなの、いつものことなのに。 
 そう言うと、パステルは頭を抱えてしまった。 
 何だろう、よくわからないけど。パステルを悲しませたくはないもんね。 
 言われたとおり服を着てみる。何だか、急に大きくなったせいかな? わたしの身体じゃないみたい。 
 パステルの服はちょっと窮屈だった。そう言うと、彼女は「ううっ、どうせわたしは……」と自分の胸を見下ろして涙ぐんでいた。 
 わたし、何か悪いこと言ったのかな? 
 不安になる。そう言うと、パステルは「ううん、ルーミィは何も悪くないからね」と、何だか変な笑顔で言った。 
 よくわからないけど、まあいいや。 
 大人になれたんだもん。これでやっと、わかるんだよね! 
「あのね、クレイに聞いてくる!」 
「あ、ちょっとルーミィ!」 
 パステルが呼び止めるのが聞こえたけど、ごめんね。わたし、早く知りたいんだ。 
 パステルが変なわけ。クレイは、大人になったら教えてくれるって言ったもんね! 
「クレイー」 
 わたしが隣の部屋に行くと、中で剣を磨いていたクレイは、わたしを見てぽかんとして言った。 
「……失礼。どちら様ですか? どこかでお会いしましたっけ?」 
「クレイ、わたしだよ。ルーミィだよ!」 
「……はああああ!!?」 
 そう言った瞬間、クレイは腰を抜かしたみたいだった。 
 どうしてそんなに驚くの? わたしの姿って、そんなに変? 
「い、一体どうしたんだ……? ほ、本当にルーミィなのか!?」 
「クレイ! クレイ、言ったよね。わたしが大人になったら、パステルが変な理由教えてくれるって! だから、わたしキットンにお願いしたんだ。そうしたら、キットンが大人になれるお薬を作ってくれたの!」 
 そう言うと、クレイは「あのときの薬か……キットンの奴……!」と隣の部屋をにらみつけてたけど。 
 わたしがじーっと見つめると、さっきパステルがしたみたいな変な笑顔で言った。 
「あ、あのな、ルーミィ。大人になるってのは……」 
「クレイ、約束したよね?」 
 ごまかされないもん。わたしはもう子供じゃないから! 
 じいっ、とクレイの目をのぞきこむと、彼はすごくすごーく困ってたみたいだけど。 
 やがて、小さくため息をついて、答えてくれた。 
「あのな、ルーミィ。パステルは変なわけじゃないし、トラップと喧嘩したわけでもないんだよ」 
「じゃあ、どうして……?」 
「パステルはな、うーん……何て言うか……トラップのことが、大好きなんだよ」 
 言われた意味がよくわからなくて、首をかしげてしまう。 
「じゃあ、パステルはわたしのことは大好きじゃないの?」 
「いやいや、もちろんルーミィのことだって大好きだけどな」 
「でも! じゃあどうしてルーミィが話しかけても、返事してくれないときがあるの? トラップが話しかけたら、すぐに返事してるのに」 
 わたしがそう言うと、クレイは困った顔で言った。 
「大好きっていうのにも、色んな意味があるんだよ。何て言うかなあ……」 
 そのときだった。 
 バタン、とドアが開いて、パステルが中にとびこんできた。 
「うわあああ!? お、俺はまだ何も言ってないぞパステル!!」 
 それを見て、クレイはすごく慌ててたけど。 
 パステルは、彼には全然構わないで、わたしににっこり笑いかけて言った。 
「ルーミィ、お買い物に行こう!!」 
 もちろん、わたしはすぐに頷いた。 
  
 人間になるって、こういうことなんデシね。 
 いつもは見上げてばかりのトラップあんちゃんの顔が、何だかすごく近くに感じるデシ。 
 ぼくを見て、トラップあんちゃんは「嘘だ、ありえねえ」とかぶつぶつ言ってたデシが。 
 おかあしゃんが、「数日もすれば私の力が切れて元に戻りますから、それまでトレイトンちゃんをよろしくお願いしますね〜」と言って姿を消すと、大きな大きなため息をついて言ったデシ。 
「あー……まあ、なっちまったもんはしょうがねえな。効果は数日だって言うし。どうせだからみんなにその姿見せに行くか?」 
「はいデシ!」 
 みんなっていうのは、みなさんのことデシね。パステルおねえしゃんやクレイしゃん、ルーミィしゃんにキットンしゃんにノルしゃんのことデシね? 
 みなさんに会えるのは、もちろん嬉しいんデシが…… 
「トラップあんちゃん、教えてほしいデシ!」 
「……何をだ?」 
「ぼく、人間になれたデシ! だから、どうして一緒に連れていってもらえないか教えて欲しいデシ!!」 
 ぼくがそう言うと、トラップあんちゃんはすごーく困った顔で頭をかいてたんデシが。 
 しばらくして、すごく小さな声で言ったんデシ。 
「パステルと二人っきりでいてえからだよ」 
 ……すごく簡単な答えデシ。 
 でも、やっぱりわからないデシ。どうして、二人っきりじゃないと駄目なんデシか? 
 そう聞くと、トラップあんちゃんは何だか乾いた笑顔で答えたデシ。 
「シルバーリーブに戻ったら、ゆっくり教えてやるよ。とりあえず戻るぞ。みんな心配してんだろうからなあ」 
 はいデシ。ぼくも皆さんに会いたいデシ。 
  
 ルーミィにトラップのジャケットを被せて、外に連れ出す。 
 何しろねえ……今のルーミィは、そりゃあもう、トラップの言葉を借りれば「出るとこ出て引っ込むところが引っ込んだ」とっても素敵なお姉さんになってて。 
 わたしの服じゃ、胸元とかすっごくひきつってたもんね……ううう。 
 とにかく、こんな格好でクレイやキットン、トラップの前をうろうろされちゃかなわない。お財布的にはきっついんだけど、何か新しい服、買ってあげないと。 
 キットンがルーミィに飲ませたのは、どうやら以前わたしが飲んだ若返りの薬と逆効果をもたらす薬の改変版らしい。 
 どのあたりが変わったかというと、並外れた長命なエルフでも成長させられるくらい、効果が強い、とか何とか。 
 ところが、キットンを問い詰めて聞き出したところによると、効果がいつ切れるのかは彼にもわからないって言うのよ!! 
 まったくう!! そんな危ない薬、ほいほい使わないでよ!! 
 まあ、どう叫んだところで、もう飲んじゃったものはしょうがないんだけどさ…… 
 はあ、とため息をついて隣を見る。 
 大きくなったルーミィ。 
 そりゃ、いずれは成長するっていうのはわかってたけど。エルフの成長は遅いから。それはずっとずっと先のことだと思ってた。 
 でも、一時的とは言え、こうして成長したルーミィは…… 
 すっごく、すっっっごく美人だった…… 
 歩いていると、街行く男の人がみーんな振り返ってたもんね。 
 はああ……な、何だか寂しい。これってもしかして、子離れしたお母さんの気分なのかな? 
 わたしがため息をついていると、ルーミィが不思議そうにのぞきこんできた。 
「パステル、どこか痛い?」 
「え? う、ううん。全然。どうして?」 
「だって、さっきから何だか辛そう」 
 うっ、そ、そう見えてたんだ。気をつけないと…… 
「何でもないない、大丈夫。ね、ルーミィ。お洋服買おうね、大きめの服」 
「うん!」 
 あ、嬉しそう。やっぱり、ルーミィだって女の子なんだよねー。 
 うんうん、何だか楽しくなってきたぞ。よく考えたら、わたし同い年くらいの女の子と買い物に行く機会なんて、滅多に無いもんなあ。 
「じゃあ、あそこで見てみようか?」 
「うん! パステル、ありがとう!!」 
 目に付いた服屋さんを覗いてみる。 
 シルバーリーブに時々来る、露天商みたいなところなんだけどね。品揃えは豊富だし、何よりお値段が安め。 
 あれもいい、これもいいなんてきゃあきゃあいいながら服を選ぶのは、何だか久しぶりですっごく楽しかった。 
 まあ、一時的なものだし。なっちゃったんだから、思いっきり楽しまないとね。 
「ねえ、パステル。似合う?」 
「似合う似合う。ルーミィ、すっごく可愛い! すいません、これいくらですかー?」 
 結局、ルーミィには、青いワンピースを買ってあげた。 
 ウェストのところがぎゅっとしぼってあってね、スタイルのいい人が着ると、それがすっごく際立つデザインなんだ。 
 ルーミィの目と同じ、綺麗な青は、彼女にとってもよく似合っていた。 
 きちきちだったわたしの服を脱がせて着替えさせると、それはもう。お店の人がためいきをつくくらいで。 
「いやあ、綺麗なお嬢さんですなあ。あ、これはおまけです」 
 なーんて、リボンまでおまけしてくれたんだよ! 美人って得だなあ、としみじみ思ってしまう。 
 ああ、わたしの服、胸元のボタンが取れかけてるよ…… 
 それを見てますます落ち込みそうになったけど、慌てて首を振る。 
 いけないいけない。ルーミィが心配するもんね。 
 そうやってわたしが一人で百面相をしていると、 
「パステル、わたし、パステルともうちょっと一緒にいたい」 
 服を着替えた後、ルーミィは、じいっとわたしを見つめて言った。 
 そう言えば、最近ルーミィと二人っきりになったことって、あんまり無いなあ。せいぜい寝るときくらい? 
「うん、いいよ。せっかくだから、今日は思いっきり遊ぼうか」 
 そう言うと、彼女はとっても嬉しそうに笑った。 
 そっかそっか。やっぱり、ルーミィ寂しかったんだね。うう、ごめんねー。 
 そうだね、せっかく同い年くらいになれたんだし。普段行けないようなところにも行っちゃおう! 
 ……あれ? でも、そういえば。 
 どうして、ルーミィは大人になりたかったのかな……? 
 聞いてみよう、と思って振り返ったときだった。 
「よーよー、可愛いお姉ちゃんじゃん」 
 突然、後ろからすっごく軽薄そうな声がした。 
 振り向くと、見覚えの無い、腰に剣をぶらさげた二人の男の人が立っている。 
 その胸にぶら下がっているのは、わたしも持っている冒険者カード。 
 ……嘘、もしかして、ファイター? 
 彼らが声をかけたのは、ルーミィ。彼女は何を言われたのか、どう返せばいいのかわからなくて困ってるみたいだった。 
 こ、これは、もしかしなくてもナンパ!? 
「なあ、いいじゃん。ちょっとくらい。なー?」 
「そうそ。俺達が、楽しいところに連れてってやるからよー」 
「でも、わたし、パステルと遊びたいから」 
 彼らの一人に腕をつかまれて、ルーミィが困ったように言うと。 
 彼らは、初めてわたしに気づいたらしく、ちらっとこっちに目を向けてきた。 
「んーそっちの子もまあまあいけてんじゃん? なあ」 
「ああ。まあまあな」 
 ……何だか異様に腹が立つんだけど気のせいですか? 
「あの! 離してあげてください!!」 
 わたしが彼らの間に割って入ると、もう一人が、ぐいっとわたしの腕をつかんで言った。 
「まあいいじゃん。あんたも一緒に遊ぼうぜ? そうしたら、2対2になるしなあ」 
「お、お断りします!」 
 じょ、冗談じゃないわよ!? わたしには、ちゃーんと恋人が…… 
「パステルぅ……」 
 ルーミィの泣きそうな声に、慌てて振り向く。 
 な、何と! 彼女の腕をつかんでいた一人が、ルーミィの胸をつかんでいた!! 
「ちょ、ちょっと!! 何するん……」 
 がしっ 
 慌てて駆け寄ろうとすると、もう一人に羽交い絞めにされた。 
 その手が、わたしのブラウスに伸びてきて…… 
「だーから! 俺達と遊ぼうって言ってるじゃん? いい気持ちにさせてやるからよお」 
 ……今気づいたけど。この人の息、お酒臭い。 
 よ、酔っ払ってる!!? 
 その手が、遠慮もなくわたしの胸をつかんできた。 
 痛さに涙が出そうになる。振り払おうとしたけど、力じゃかないそうもなかった。 
 えーん、嘘嘘嘘! 何でこんなことになるの!!? 
 またこんなときに限って、まわりに人がいないんだし!! 
 普段ならもうちょっとはにぎやかな通りも、今は時間帯の関係か閑散としてる。 
 誰か、誰か助けてー!! 
「パステル……ぱーるぅ……」 
 ルーミィの涙声。彼女を捕まえている一人の手は、スカートの方に伸ばされていて…… 
 だ、駄目っ!! 
 そう叫ぼうとしたときだった。 
 ――びしっ!! 
「いてっ!!」 
 何かが飛んでくる音。男の悲鳴。 
 わたしをつかんでいた腕が、離れた。同時に…… 
 びしっ! びしっ!! 
「っつ……誰だ!!?」 
 さらに音がして、ルーミィをつかまえていた男も悲鳴をあげた。 
 ルーミィが転がるようにこっちにかけてきた。その身体を、ぎゅっと抱きしめる。 
「大丈夫?」 
「ぱーるぅ、ルーミィ、怖かったよ……」 
 綺麗なブルーアイに、涙がいっぱいに浮かんでいる。 
 ……許せない!! 
 わたしが顔をあげたときだった。男たちが、すごくひきつった顔で後ずさった。 
 ……え? わたし、そんなに迫力あった!? 
 一瞬びっくりしたけど、すぐに気づく。彼らの目は、わたしを見ていない。彼らの視線の先にいたのは…… 
 振り向く。そこに飛び込んできたのは、ちょっとしか離れていなかったのに、すごく懐かしい顔。 
「……トラップ!!」 
 立っていたのは、トラップ……と、見たことのない銀髪の男の人。印象はちょっとクレイに近い優しそうなハンサムさん。 
 そして、彼らの顔は、すっごく冷たい、そのくせ怒ってるってことがはっきりわかる目で、男達をにらみつけていて…… 
「……こいつは俺の女なんだが。何か用か?」 
 そうトラップが凄みの聞いた声で言うと。 
 「ちくしょう」とか「覚えてろ」とか言いながら、男達は走り去っていった。 
 ……こ、怖かったあ…… 
 思わずルーミィとへたりこむ。そんなわたし達を、トラップは呆れた、という目で見下ろしていて…… 
「ったくおめえは!! 一体あにやってんだよ!!」 
「ご、ごめんなさい……」 
「ったく。俺がたまたま通りかかったからよかったようなものの……隙があるからあんなのにつけこまれるんだよ!! おめえそれでも冒険者か!?」 
「…………」 
 すっごく厳しい言葉に、思わずうつむく。 
 そ、そんな言い方、しなくてもいいじゃない……わたしだって、怖かったんだから…… 
 あ、駄目。泣いちゃいそう…… 
 わたしが顔を伏せたときだった。 
 それまでずっとおろおろした顔でわたしとトラップを見比べていた男の人が、ふっとしゃがみこんだ。 
 彼が手を伸ばしたのは、ずっとわたしの腕にすがりついているルーミィ。 
「あの、大丈夫デシか? 怪我はないデシか?」 
「え……?」 
 ………… 
 ルーミィは、自分に伸ばされた手をきょとんとして見つめている。 
 そして、わたしはわたしで……その特徴のありすぎる言葉遣いに、目が点になって…… 
「あの、トラップ……?」 
 声をかけると、トラップは、初めて気づいた、という様子で、ルーミィを指差して言った。 
「そういやパステル。このべっぴんの姉ちゃん、誰だ?」 
 
 全くなあ……あいつは、一体何をやってんだよ!? 
 シルバーリーブに戻ったら、真っ先にパステルの顔が見てえ。 
 そう思ってまっすぐみすず旅館に戻ったというのに、あいつは出かけてる、と来たもんだ。 
 何故だかクレイは疲れて寝込んでいて、キットンは薬草を夢中になっていじくっていた。二人そろって、俺とシロが帰ってきたことに気づかなかったくれえだ。 
 全く、せっかく驚かせてやろうと思ったのに。 
 しゃあねえ、探しに行くか、と声をかけると、「はいデシ」という元気な返事がかえってくる。 
 全くなあ……せっかく人間になったのに、その言葉遣いは、どうにかなんねえのかよ? 
 ドーマから戻る道すがら、散々特訓してみたんだが、結局口調が改まることはなかった。癖ってのは、なかなか抜けねえもんなんだなあ。 
 まあそれは諦めて、シルバーリーブをあちこち巡っていると。 
 目にしたのは、見たこともねえファイター風の男に羽交い絞めにされて好き勝手に身体をいじくられているパステルと、見たこともねえシルバーブロンドのえらいべっぴんの姉ちゃんだった。 
 俺の頭に瞬間的に血が上ったことは言うまでもねえ。それはシロも同じだったらしい。 
「トラップあんちゃん、パステルおねえしゃんとあの女の人が大変デシ! 助けるデシ!」 
「言われるまでもねえ!!」 
 パチンコで野郎どもを撃退すると、パステルは、情けねえ声をあげてしゃがみこんだ。 
 全く、おめえはどこまで俺に心配かけりゃ気がすむんだよ!! 
 ついつい厳しい声をかけちまう。パステルの顔が、ますますゆがんだそのときだった。 
 シロが、何だかぽかんとした顔で、パステルの後ろにうずくまる姉ちゃんをじーっと見つめている。 
 ……どうしたんだ? 
 声をかけようとしたとき、シロは、そっとしゃがみこんで、姉ちゃんの方に手を伸ばした。 
「あの、大丈夫デシか? 怪我はないデシか?」 
「え……?」 
 シロの言葉に、姉ちゃんはぽかんとして、パステルは唖然とした。 
 ……そういやあ…… 
「そういやパステル。このべっぴんの姉ちゃん、誰だ?」 
 俺がそう言うと、パステルはパステルでシロを指差して言った。 
「トラップこそ。このかっこいい人、誰?」 
 ………… 
 何となくにらみあいになる。俺以外の男をかっこいいなんて言うなよな、おめえ。 
 そう言うと、「トラップだって同じようなこと言ったじゃない」とそっぽを向かれた。 
 いっちょまえに焼きもちやいてやんの……まあ、それは好きだからこそ、だよな? 
 そう思うと、怒りも少しは薄れる。 
「んで? 結局誰なんだよ」 
 俺が重ねて聞くと、パステルはちょいちょい、と俺の腕をひっぱった。 
 シロと姉ちゃんは、二人で何かしゃべっている。気づかれねえようにそっと移動して…… 
「実はね……彼女、ルーミィなのよ」 
「……はあ?」 
 言われた言葉がすぐには理解できねえ。 
 ルーミィ。それはあれか。俺の知ってる、ちびっこエルフのことか? 
 あの赤ん坊が……何で急にあんな色っぺえ姉ちゃんになってんだ!? 
 驚きを隠せずに聞くと、パステルは深い深いため息をついて言った。 
「だから……またキットンの怪しげな薬で……」 
 言われて思い出す。そういや、ちょっと前にパステルが突然ナイスバディの姉ちゃんに変身するという珍事が起きたな。あの薬か。 
 なるほど……しかし、何だってルーミィは、んな薬を飲んだんだ? 
 俺が首をかしげていると、パステルに腕をつつかれた。 
「で? 彼は誰なの?」 
 俺が説明をすると、パステルは、それこそ目が飛び出そうな勢いで驚いたようだった。 
「あ、あれが……シロちゃん、ですって?」 
「口調聞けばわかるだろ?」 
「だって、まさかって思ったんだもん!! し、シロちゃんが人間に……?」 
「ああ。まあ効果はそんなに持たねえらしいけどな。多分後一日か二日で切れるんじゃねえ?」 
「そうなんだ……」 
 パステルは、複雑な視線でシロを見つめて言った。 
「でも、どうしてシロちゃん、突然人間になりたいなんて言ったのかしらね」 
「…………」 
 俺のせいだ、なんて言えるわけがねえ。 
 慌てて話をそらす。 
「それを言うなら、何でルーミィは、突然大人になりたがったんだ? おめえの話だと、ルーミィがキットンに頼んだんだよな?」 
「そうみたいなんだけど……どうしてかしらね……」 
 俺とパステルは、しばらく目を見合わせて…… 
 そして、同時にため息をついた。 
 何だかわかんねえけど……ややこしいことになりそうだよな…… 
  
 この人、誰なんだろう? 
 わたしに手を伸ばしてくれたのは、わたしによく似た髪の色の、綺麗な男の人だった。 
「大丈夫デシか?」 
 わたしがぽかんとしていると、男の人がもう一度声をかけてきた。 
 何だか、シロちゃんの喋り方とよく似てる。 
 そう思ったけど、シロちゃんはホワイトドラゴンの子供だから。この人はどう見ても人間だもん。違うよね。 
「ありがとう」 
 そう言って手を握ると、男の人は、わたしをひっぱって立たせてくれた。 
 あ。 
 ぎゅっと握られた手とか、わたしの顔を見て笑ってくれた表情とか。 
 何だかそんなのを見ると、ちょっと胸がドキドキした。 
 ……どうしたんだろ、わたし。 
「あのね、ありがとう」 
 そう言うと、男の人が、みるみるうちに真っ赤になった。 
 急にどうしたんだろう。お熱があるのかな? 
 わたしはそれを伝えようと、パステルと、男の人を連れてきたトラップを捜したんだけど。 
 どうしてなんだろう? 二人ともいなくなっちゃってる。 
「パステルー」 
 声をかけるけど、二人は戻ってこなかった。 
 急に不安になる。わたし、どうしたらいいんだろう? 
 困っていると、男の人が、あたふたと手を振って言った。 
「あの、トラップあんちゃん達は……用事があるって言ってたデシ」 
「用事?」 
「あの、ぼくがお姉しゃんを宿まで送るデシ」 
「本当に?」 
 男の人は、元気そうだった。ちょっとだけ安心する。 
 それに、宿まで連れていってくれるって言ってもらえて、何だかすごく嬉しかった。 
 あれ、わたし……変だよね? さっきまで、パステルと二人きりでいたい! って思ってたのに。 
 今は、何だか……この人と一緒にいたい、って思ってる。 
 シロちゃんと喋り方がよく似てるから。だから、安心するのかなあ? 
 ぎゅうっと握った手は、パステルと同じくらい……もしかしたら、それよりもずっと、暖かかった。 
  
 ぼく、どうしたんデシかねえ…… 
 トラップあんちゃんと二人で、パステルおねえしゃんと知らないお姉しゃんを助け出して。 
 そうして近くでそのお姉しゃんを見たら、何だかドキドキが止まらなくなったんデシ。 
 そのお姉しゃんは、今まで見たこともないくらい綺麗なお姉しゃんで。髪の色や目の色はルーミィしゃんによく似てたデシ。 
 でも、ルーミィしゃんはぼくと同じくらい小さなお姉しゃんデシから、このお姉しゃんとは別人デシよね? 
 ぎゅっとお姉しゃんの手を握ると、すごくあったかくて。 
 それだけで、もう顔が真っ赤になるのがわかったんデシ。 
 うう。一体どうしたんデシか…… 
 トラップあんちゃんに聞こうと思ったけど、振り向いたら、もうあんちゃんはいなくて。それに、パステルおねえしゃんまでいなくなってて。 
 きっと、また二人で楽しいところに出かけたんデシ! ずるいデシ。 
 ……でも…… 
 以前は、ぼくも連れてって欲しい、と思ってたんデシけど。 
 今は、何だか、二人がいなくなって、ちょっとホッとしたんデシ。 
 だって、ぼくとお姉しゃん、二人っきりになれたから。 
 ………… 
 あれ? どうして……どうしてぼく、二人っきりだと嬉しいんデシか? 
「パステルー」 
 ぼくが考えていると、お姉しゃんは、すごく不安そうな声で、パステルおねえしゃんを呼び始めたんデシ。 
 お姉しゃんは、パステルおねえしゃんのお友達なんデシかね? 後で聞いてみたいデシ。 
「あの、トラップあんちゃん達は……用事があるって言ってたデシ」 
 どうしてそんなことを言ったのかはわからないけど。何だか二人に戻ってきてほしくなくて、ぼくは慌ててそう言ったんデシ。 
「用事?」 
「あの、ぼくがお姉しゃんを宿まで送るデシ」 
「本当に?」 
 ぼくが言うと、お姉しゃんはホッとしたみたいデシ。 
 聞いてみたら、お姉しゃんもぼく達と同じ宿に泊まってるとか。偶然デシね。 
 それから、二人で宿までおしゃべりしながら歩いたデシ。 
 お姉しゃんとのおしゃべりは、とっても楽しくて、とってもドキドキして。 
 宿についたとき、心から思ったんデシ。 
 もうちょっとだけ、こうしていたいって。 
 でも、宿に戻ったら、クレイしゃんやキットンしゃんが部屋にいるから、二人っきりにはなれないデシ。 
 それが、すごく残念デシ…… 
 宿の入り口で、ぼくがしょぼんとしていると、お姉しゃんはじーっとぼくを見つめて言ったデシ。 
「あのね、わたし、あなたといると、何だか……」 
 そのときだったデシ。 
「あ、おめえら、先に帰ってたんか」 
 後ろから聞こえてきたのは、トラップあんちゃんの声。 
 もうちょっと、遅く帰ってきて欲しかったデシ…… 
 後ろを振り向くと、トラップあんちゃんとパステルおねえしゃんが、手を繋いで立っていて…… 
 そのときだったデシ。後ろで、ぼうんっ! っていう変な音が響いて…… 
 そして、パステルおねえしゃんの目が、まん丸になったんデシ。 
「何かあったんデシか?」 
 ぼくが後ろを振り向こうとすると、パステルおねえしゃんはすごい勢いで宿の中に入っていって…… 
 振り向いたときには、パステルおねえしゃんも、あの綺麗なお姉しゃんの姿も、なかったんデシ。 
「トラップあんちゃん、どうしたんデシか?」 
「……ま、色々複雑な事情があってな」 
「複雑、デシか?」 
「ああ。何つーかな、シロ。あの女は……」 
 トラップあんちゃんが何か言いかけたときデシた。 
 突然、ぼくの身体も、ぼわんっ!! ていう音と煙を立てて、縮んだんデシ。 
 あ、そういえば、おかあしゃんが「数日経てば力は消える」って、言ってたデシね…… 
 何となくわかったデシ。身体の中に流れてたおかあしゃんの魔力が、すっかり消えてしまったのが。 
「トラップあんちゃん……」 
 煙が収まって、ぼくは元の姿に戻って。 
 何だか、すごく寂しかったデシ。最後に、お姉しゃんにきちんと挨拶できなくて。 
「……気ぃすんだか?」 
 ぼくを見つめるトラップあんちゃんの目は、何だかすごく優しかったんデシ。 
  
 ああーもうびっくりした!! 
「久しぶりだなー二人っきりになれるのは」 
 とかトラップに言われて、ルーミィとシロちゃんはどうするのよ、と思いながらも。 
「シロがいりゃあ大丈夫だよ」 
 そう言われたら逆らえなくて。そっと二人から離れてつかの間のデート……を楽しんで。 
 それから宿に戻ってみたら、ルーミィとシロちゃんはちゃんと宿に戻ってきていた。 
「ほれ見ろ。俺の言った通りだろ?」 
 なんて、トラップは勝ち誇ったように言って、「あ、おめえら、先に帰ってたんか」と声をかけたときだった。 
 シロちゃんがこっちを振り向く。彼の目は、何だかすごく残念そうだった。 
 どうしたんだろう? ちょっと疑問に思ったんだけど。 
 その瞬間、目を疑ってしまう。 
 シロちゃんの後ろに立っていたのはルーミィ。彼女が口を開きかけたそのとき。 
 ぼうんっ!! 
 聞き覚えのある音がして、目の前で、ルーミィの身体がみるみる縮んで…… 
 薬の効果が……切れた? 
 そして、彼女の身体から、ばさり、と身につけていたものが落ちる。 
 買ってあげたワンピースと、その下につけた、わたしの…… 
 きゃあああああああああああああ!!? み、見られる、トラップに見られるー!!? 
 気づいた瞬間、わたしは、自分でもちょっと驚くくらいの素早さで、ルーミィと服を抱えて走り出していた。 
 ああ、もう心臓に悪いったら!! 効果が切れるなら切れるって、予告くらいしてよー!! 
「はあ、はあ……る、ルーミィ。着替えよう……も、元に戻ったんだね。よかったあ」 
「ぱーるぅ……」 
 わたしが息を切らして部屋にかけこむと、ルーミィは、何だかすごく寂しそうな目をしていた。 
 ……え? 
「どうしたの? 何かあった?」 
「ぱーるぅ。あんね、ルーミィ、変なんだお」 
「変?」 
「うん……」 
 ルーミィの綺麗なブルーアイから、涙がこぼれ落ちた。 
「寂しいんだお。ぱーるぅと一緒なのに、何だかすごく寂しいんだお……あのお兄ちゃんに、ちゃんとお別れしたかったんだお……」 
 ……ルーミィ……? 
 まさか……あなた、彼が……シロちゃんのことが……? 
 まさか、とは思ったけど。でも、流れる涙は本物で。 
 何を言えばいいのかわからない。こんなとき、どうアドバイスしてあげればいいのかわからない。 
 困っているわたしの胸にすがりついて、ルーミィは、いつまでも泣いていた。 
  
 パステル達がすんげえ勢いで宿にかけこんで言った。 
 まー大体想像はつくけどな。それにしても、あのナイスバディなルーミィに、よくあいつの小さな…… 
 や、まあ言わねえけどよ。怒るだろうし。 
 ため息つきつき、しゃがみこむ。 
 俺の目の前には、元の犬にしか見えねえ姿に戻ったシロ。 
 効果が切れたのか。まあ、遅かれ早かれこうなんのはわかってたけど。 
 ちっと意外だな。予告くれえはあるかと思ってたんだが。 
「トラップあんちゃん……」 
 シロは、何だかすげえ悲しそうな目で俺を見て、それから、入り口の方を振り返った。 
 さっきまで、ルーミィが立っていた場所を。 
 ……まさか。 
 自慢じゃねえが、勘は鋭い方だ。何となくぴんとくるもんがある。 
 まさか、こいつ……ルーミィのことが……? 
 聞いてやろうか、と思ったけど。やめておくことにする。 
 こいつは、まだまだ自分の力では人間になれなくて。ルーミィだって、あの姿は一時的なもんで、本当に成長するまでには多分すげえ長い時間が必要で。 
 二人が再会できるとしても、それはすげえ先の話で……いや、下手したら。ちょっと時期がずれたら、もう再会することだってできねえかもしれねえから…… 
 だから、聞かねえし言わねえ。 
「……気ぃすんだか?」 
 俺がそう言うと、シロの目に、涙が浮かんできた。 
  
 ルーミィ、変なんだお。 
 あのお兄ちゃんに会いたいって。最近すっごくそう思うんだあ。 
 とりゃーもしおちゃんも帰ってきて、みんなと一緒にいれるのに。 
 何だか……寂しいんだお。 
 どうして? 
 ぱーるぅに聞いてみたけど、困ったように笑って教えてくれなかった。 
「きっと、そのうちわかるよ」 
 そのうちって、いつなのかなあ…… 
 でも、大人になれて、くれぇの言ってたこと、何となくわかったお。 
「大好きには、色んな大好きがある」 
 ぱーるぅのことが大好きで、とりゃーもくれぇもきっとんものりゅもしおちゃんも大好きで。 
 でも、あのお兄ちゃんの大好きは、みんなの大好きとは、ちょっと違うんだお。 
 だから、ぱーるぅがいても、寂しいって思うだあ…… 
 また会いたい。会えるかな。 
 そう言うと、ぱーるぅはルーミィをぎゅってしてくれた。 
  
 あのお姉しゃんに会いたいデシ。 
 同じ宿に泊まってるはずなのに、ぼくが部屋に行ったときには、もうお姉しゃんはいなかったデシ。 
 トラップあんちゃんもパステルおねえしゃんも、何か知ってるみたいなのに教えてくれないんデシ……どうしてデシかねえ。 
 久しぶりにルーミィしゃんと一緒にベッドで眠って、それはとってもあったかくて嬉しかったんデシけど。 
 でも、やっぱり思うんデシ。 
 あのお姉しゃんと、二人っきりでいたかった、って。 
 ……あ、もしかしたら、これがトラップあんちゃんの言ってた、「二人っきりでいたい」っていう気持ちなんデシかね? 
 トラップあんちゃんがパステルおねえしゃんと二人っきりでいたいって思うのと同じように、ぼくもあのお姉しゃんと二人っきりでいたいって思ってる。 
 そういうことで、いいんデシかね……? 
 だったら、気持ち、わかるデシ。もうついて行きたいなんて言わないデシ。 
 そう言ったら、トラップあんちゃんは黙って頭を撫でてくれたんデシ。これは正解って思って、いいんデシよね? 
 ぼく、いつか絶対大きくなって、また人間になるデシ。 
 そうして、あのお姉しゃんを探しにいくんデシ! 
 何故かわからないけど、わかるんデシ。 
 きっと、きっと、あのお姉しゃんに、もう一度会えるって。 
 だから、それまでは、さよならデシ。いっぱい寝て、早く大きくなるデシ。 
 そう決意して、ぼくはルーミィしゃんの腕にしがみついたデシ。 
 ルーミィしゃんも、何だか元気が無いデシけど。 
 明日になれば、また元気に遊んでくれるデシよね?

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