「おめえのことが、好きなんだけどな」 
 最初そう言われたとき、一体何を言ってるんだろうって首をかしげてしまった。 
 だって、わたしの目の前にいるのはトラップで……それも、いつもの軽薄そうな雰囲気が全然無くて。 
 またからかってるのか、それとも罰ゲームか何かなのかって、本気で疑ってしまった。 
「それ、本気で言ってるの?」 
 そう言い返したら、トラップはがくっ、とうなだれて、「あーっ、ったく。これだから鈍い女はやだねえ」などとのたまった。 
 に、鈍いってどういう意味よっ! 
 そう叫ぼうとした瞬間、ぐいっ、と手首をつかまれて。そして…… 
 あっと思ったときには、もう、わたしは唇を塞がれていた。 
「おめえ、これでもまだ疑うのか?」 
「…………」 
「おめえのことが好きなんだって、本気でそう言ってるの。ったく。気づけよなあ。俺、あんだけ態度で示しただろうが?」 
 いや、そう言われても。 
 態度。態度ねえ……いつ示したっけ? 
 だって、トラップ、いっつも厳しくて、意地悪ばっかり言って、口を開けば色気がねえとかブスだとかそんなことばっかり…… 
「ばあか、そりゃ照れ隠しっつーかだなあ……いや、んなことどーでもいいんだよ。で? おめえの返事は!?」 
 そう言われてすごい形相で詰め寄られて、わたしは反射的に「うん」と頷いてしまった。 
「うん……い、いいよ」 
「……おめえ、それ本気で言ってんだろうな?」 
 いや、言い返されると困っちゃうんだけど。 
 ええと、ええと落ち着いて考えよう。 
 トラップがわたしを好き、と言ってくれた。 
 これは、つまり……世間一般で言うところの、告白って奴ですか!? 
 で、それは……わたしに、彼女になってくれ、って言ってるんだよね!? だよね!? 
 う、うわわわわ!! 
 冷静に考えると、ぼんっ! と頭に血が上ってしまった。 
 ええと、えとえとどうしよう!? 
「やっぱ本気じゃねえのかよ。……ったく」 
「い、いやいや! ちょっと待って、待って!」 
 ええっと、ええっと、つまり、考えるのは一つだけだよね。 
 わたしは、トラップのことが好きなのか? 
 そ、そりゃ好きだよ。でなきゃ、二年も三年も一緒にいたりしないもん。 
 いやいや、でも、この場合の好きはそういう好きじゃなくて……何ていうか、その…… 
 ああっ、もうどうしようっ!? 
 わたしが赤くなったり青くなったりしているのを、トラップは面白そうに眺めていたんだけど。 
 どん、と壁に手をついて、わたしの顔を覗きこんだ。 
「自分の気持ちって、意外と自分が一番わかってねえもんだよなあ。そう思わねえ?」 
「う、うん……? そ、そうかな」 
「そんなもんだって。案外、他人の方が見抜いてるときもあんだぜ? ……ところで、これからいくつか質問すっから答えてみそ?」 
「はあ?」 
 質問って……何? 
 そう聞こうとしたけれど。何故だか、喉が強張って何も言えなかった。 
 鼻が触れそうな距離で見るトラップの顔が、何だかすごくかっこよく見えて……ドキドキして。 
 な、何が、どうしたんだろ…… 
「質問その1。シルバーリーブに俺の親衛隊みたいなもんができたけどさ、おめえ、そいつらのことどう思う?」 
「……はあ?」 
 どう思う、って言われても。……いや、すごいなあ、としか…… 
 わたしが首をかしげていると、トラップはかしかしと頭をかいて、 
「質問変える。俺のことを好きだっつー女がいっぱいいるみてえだけど、おめえはそれについてどう思う? 何かこー、嫌だなあ、っつーか。ちょっとむかつくとか、そんな気持ちは無いか?」 
「……うーん……」 
 言われてみれば。 
 最近突然増えたトラップ親衛隊。彼女達がトラップにベタベタしているのを見ると、何だかこう……胸の奥がもやもやするっていうか。 
 これは……むかつく? いや、よくわからないけど、いい気分じゃないのは確か。 
「どうよ?」 
「う、うん……ちょっと嫌、かも……」 
「よしよし。じゃあ、質問その2。もしな、クレイに『好きだ、付き合ってくれ』って言われたとして……おめえはどう答える?」 
「ええ?」 
 な、何よその質問。どういう意味? 
 そう聞きたいけれど。何だか聞いても答えてくれそうになかったから、とりあえず考えてみることにする。 
 うーん……クレイに告白されたら? 
 何だかそれこそ想像がつかないんだけど……もし、もしねえ。 
 もし告白されたら……多分、OKしないだろうなあ。 
 何ていうか、クレイってお兄さんとかお父さんとか、そんな雰囲気で……そう、何だか頼りになる人って感じなんだけど、どうしても恋人とか、そういう対象としては見れないんだよね。 
 うん。多分そうだと思う。 
 わたしがそう答えると、トラップは満足そうに頷いた。 
 何だかまたさらに顔が近づいたような気がする。後ちょっとでも顔を動かせば、唇が触れる、そんな距離で。 
「最後の質問……俺にキスされて、おめえ、どう思った?」 
「…………」 
 そう言えば。 
 キス、されたよね……さっき。 
 あれ、あれえ? 
 ……何でだろ。びっくりはしたけど…… 
「嫌……じゃなかったよ? 別に……」 
 そう答えたとき。 
 トラップの顔が動いた。ふっと唇をかすめるように、何かが触れる。 
「だあら、それが……好き、ってことなんだよ。わかったかあ?」 
「…………」 
 耳元で囁かれる言葉。痛いくらいはねる心臓。 
 好き。 
 トラップのことが……好き? 
 ちょっと考えてみたけれど、それを否定するような言葉は……どこを探っても、出てこなかった。 
「どうよ?」 
「好き……かなあ」 
「……頼りねえ奴」 
 そう言ってため息をつくと、トラップは、ぎゅーっとわたしを抱きしめた。 
 うん……何か、幸せな気分。 
 好きって、こういうことかあ。 
 ぎゅっ、とわたしもトラップを抱きしめる。 
 わたしとトラップが恋人同士になったのは、そんなある秋の日の昼下がりだった。 
  
 いや、だけどねえ。 
 恋人同士になったから、と言って……それで、結局何が変わったのか、というと。 
 なーんにも変わってなかったりするんだなあ、これが…… 
 だって、我々は何しろ大所帯なパーティーですから。 
 二人っきりになる機会っていうのが、まず滅多に無いんだもんねえ…… 
 トラップは何だか相当不満そうだったけど、それは、わたしに言われても困るんだよね。 
 だって、経済的事情で、個室を持つのは絶対無理なんだもん。 
 はあ。まあしょうがないって。諦めて? そのうち何とかなるよ。 
 そう言うと、「おめえはのん気っつーか……はあ」などと大きなため息をつかれてしまったんだけど。 
 意外なことから二人っきりになれるチャンスが来たのは、それから一ヵ月後のことだった。 
  
 ある日の深夜のこと。 
 わたしは、何だか喉が渇いて、夜中に目が覚めちゃったんだよね。 
 もうそろそろ寒くなってくる時期なのに。何でだろ? 
 まあ、でもとにかく何かが飲みたいなあ、と思って。 
 それで、台所に下りてみることにしたんだ。ルーミィとシロちゃんが寝てるから、二人を起こさないようにこっそりと。 
 一度台所に下りて水を飲み、もう一度階段を上る。 
 ちょうど一番上までのぼりきったときだった。突然、誰かが階段に姿を現した。 
「え?」 
「うわっ!!」 
 悲鳴をあげたときにはもう遅い。 
 その誰かは、わたしに気づいてなかったらしく、階段に足を踏み出していて。 
 そして、そのまま二人とももつれるようにして階段を転げ落ちてしまった。 
 どどっ、という音。うーっ、痛いいい…… 
 結構強く頭を打ったみたいで、何だか耳ががんがんする。 
「だ、大丈夫か?」 
 聞き覚えの無い女の子の声が、耳に届く。 
 ……誰だろ? 真っ暗で、よくわかんない。 
「大丈夫」 
 って言ったつもりだけど、声に出てたかどうかは、自信がなかった。 
 そう言って立ち上がると、相手は安心したみたいだった。 
 そのまま、別れて階段を上る。自分の部屋に戻って、ごろっとベッドに転がった。 
 ……何かベッドが狭いなあ。気のせい……? 
 何と無くそう思ったけど。 
 その答えが出る前にはもう、わたしは、眠りに落ちていた。 
  
 目が覚めたきっかけは、隣の部屋から響く悲鳴だった。 
「うわああああああああああああああ!!?」 
 ……あれはクレイの悲鳴!? な、何があったんだろ!? 
 とびおきると、ズキン、と頭が痛かった。 
 ああ、そういえば昨日階段から落ちたんだっけ……? 
 手を伸ばすと、後ろ頭にこぶができていた。 
 ああー……後でキットンに薬もらお……って、そんなこと言ってる場合じゃなくて!! 
「どうしたの!?」 
 叫びながら隣のドアを開ける。 
 ……あれ? 今の……わたしの声? 
 口から出た自分の声に、何となく違和感を感じる。 
 けど、目の前の光景を見た瞬間……そんな疑問、空の彼方へととんでいってしまった。 
「ぱぱぱパステル!? 何でこんなところで寝てるんだ! おい、起きろって!!」 
「……ん〜……」 
 目の前の光景。 
 ベッドが二つ。そのうちの一つでは、キットンが大の字になって盛大ないびきをかいていた。 
 で。 
 もう一つのベッドでは、クレイが寝ていた。 
 そして。 
 クレイが一生懸命肩を揺さぶっているのは…… 
 わ、わたし!? 
「ととととととトラップ!?」 
 そのとき、クレイがわたしに気づいたらしく。こっちに視線を向けて叫んだ。 
「い、いや違う、違うから! 誤解するなよ!? こ、これはなあっ……」 
「……トラップ……?」 
 ……クレイ……何、言ってるの……? 
 い、いや、ちょっと待って。 
 わたし……は、あそこで寝てる……よね。 
 そっくりさん、ってことは、ないと思う。だって、着てたパジャマまで、全く同じだもん。 
 ええっと…… 
 ぱっ、と自分の手を見てみる。 
 ……何か、やけに骨っぽいというか……わたしの指って、こんな細長かったっけ? 
 ふと思いついて、髪をひっぱってみる。 
 肩にかかる程度の長さの髪。ぐいっ、と目の前に持ってくると、それは……赤毛だった。 
 ………… 
「トラップ? お前……何してるんだ?」 
 クレイの声は、どこまでも不審そうだった。 
 ……ま、さ、か…… 
「く、クレイ! クレイ、鏡持ってない!?」 
 ばっとベッドに駆け寄ると、クレイが思いっきり身をそらした。 
「と、トラップ……?」 
「鏡! ねえ、持ってない!?」 
「…………」 
 クレイの目が、何だかばっとすごい勢いでそらされた。 
 黙って、部屋に備え付けの手鏡を渡してくれる。 
 見るのが怖い。だけど、見なくちゃ始まらない。 
 そーっと鏡の中を覗きこむ。笑ってみる。 
 鏡の中で、顔を動かしているのは……まぎれもなく。 
 わたしの恋人であるところの、赤毛の盗賊、トラップだった…… 
 ………… 
「ど、どうしようクレイ!? わ、わたしどうしたらっ……」 
「と、トラップ……あ、あのな、何があったのかはわからないけど、俺、ちょっと今お前と距離を置きたいんだけどいいか……?」 
 あああ誤解してるっ! 絶対誤解してるー!! 
「ち、違うんだってばー! あのね、あのねっ……」 
「……んだよ……うっせえなあ、朝っぱらから……」 
 そのとき。 
 もぞり、と布団をはねのけて、「わたし」が身を起こした。 
 その声は、昨日階段から落ちたときに聞いた、見知らぬ女の子の声…… 
 って、これわたしの声なの? 自分の声って、改めて耳で聞くと違うように聞こえるって、以前言われたけど…… 
 っていやいや、そんなことに感心してる場合じゃなくて! 
「トラップ!!」 
 ぐっ、とわたしが顔を近づけると。「わたし」の顔をしたトラップは、まじまじとわたしを見つめて、首をかしげた。 
「……わり。俺、寝ぼけてんのかあ? 何か、目の前にすっげえいい男がいるように見えんだけど……」 
「…………」 
 ぐいっ、と鏡をつきつける。 
 鏡の前で、トラップはしばらく固まっていた。やがて、微妙に顔をひきつらせて、わたしと、クレイを見比べた。 
「……おい。これは一体、どーいうことだ?」 
「そんなのっ……わたしの方が聞きたいわよー!!」 
 わたしの叫びがみすず旅館を揺るがす中。 
 状況についていけなかったらしいクレイが、こっそりと部屋から出て行った。 
 に、逃げないでよっ! はうううっ……な、何がどうなってるのよー!! 
  
「ほおほお。入れ替わり……ですか。そんなこと、実際にあるんですねえ……」 
 逃げてしまったクレイと入れ替わるようにして目を覚ましたキットンは、わたしとトラップの話を聞いて、ふんふんと頷いた。 
 何だかあっさり信じられると、それはそれで困るんだけど…… 
「き、キットン! どうしよう、どうすればわたし達、元に戻ると思う!?」 
 わたしが詰め寄ると、キットンは何だか微妙な表情で目をそらし、かわりにトラップに頭をはたかれた。 
「パステル……おめえ、おめえなあ! 俺の身体で気持ちわりい言葉使いするんじゃねえよ!」 
「な、何よー! そういうトラップこそ、わたしの格好で変な言葉使いしないでよ!!」 
「どこが変だどこが! 俺はいつもこういう喋り方だろうが!」 
「だからっ! わたしの姿でしないでって言ってるのー!!」 
 ぎゃあぎゃあと言い争うわたし達を見て、キットンは深々とため息をついた。 
「まあ……クレイが逃げた気持ち、わかりますねえ……これは、確かに見ていてあまり精神衛生によろしいとは言えない光景です。はい……」 
「どーいう意味だ!?」「どーいう意味よ!?」 
 わたしとトラップの声が、見事にはもった。 
 うう……いや、しかし、しかーしっ! 
 遊んでる場合じゃなくて。これは、もしかしたらすごくまずい状況なんじゃない? 
 ええと、多分原因はあれよね。昨夜、階段から落ちたとき。 
 トラップいわく、何だか喉が渇いて目が覚めた……とまあ、わたしと同じ理由で起きたらしい。 
 で、階段から落ちて頭を打って、とまあ、ここまでが見事にわたしと一緒。 
 その後、彼もまさか身体が入れ替わってるなんてことに気づかず、自分の部屋に戻って寝なおして、それで今朝、クレイが悲鳴をあげた、と…… 
 原因がわかっても、それでどうしましょう? って感じなんだけど…… 
「ねえキットン。何とかならない?」 
「……そうですねえ。ありがちな展開としては、もう一度階段から落ちてみる、とかどうです?」 
「階段……トラップ?」 
「嫌だ」 
 振り向いた瞬間、即答される。 
「何でよー!!」 
「痛いからに決まってんだろうがばあか! おめえはともかくなあ、俺の身体は今、鈍くさいおめえの身体になってんだぞ!? 下手したら大怪我するかもしれねえだろーがー!!」 
「ななな何よその言い方っ! じゃあいつまでもこのままでいいって言うの!?」 
「いいわけねえだろ!?」 
 再び始まる言い争い。 
 その隙にこっそり逃げようとしたキットンの襟首を、がしっとつかむ。 
 ふふふ。トラップの身体になってるせいかな? 何だか、妙に気配に敏感になったんだよね。 
「逃げないでね、キットン。最近冴えてるじゃない? お願い、何とかならない?」 
「は、はあ……そ、そうですねえ……え、ええっと、ですね……」 
 キットンは、だらだらと汗を流して言った。 
「ええと……一時的なものであるのは、間違いないと思いますよ? 身体が入れ替わるなんて、そうそう無いですからねえ……放っておけば、自然に治るかと……」 
「本当? いつ?」 
「い、いや、そこまでは……あの、わたしも色々調べてみますから……とりあえず、手を離してくれません?」 
「え? あ、ああ。ごめーん」 
 ぱっと手を離す。 
 その瞬間、あのキットンにしては拍手喝采ものの素早さで、入り口の方に駆け寄った。 
「あの……とにかく、調べてみます。そういう症例が過去にもあるかもしれませんし、何かいい薬草があるかもしれませんので……とりあえず、部屋から出ないでくださいね?」 
 バタン 
 それだけ言うと、出て行ってしまう。 
 言われなくても。こんな状態で外に出て行ったら……あのトラップのこと。一体何を言い出すやら。 
 その光景を想像して、背筋に寒気が走る。 
 いやいやいやー!! わたし、シルバーリーブを歩けなくなるかも!? 
「……逃げられたな」 
 ひどく不機嫌そうな顔でぼそりとつぶやくのは、トラップ。 
 ……信じようよ、仲間なんだからさあ。 
 そうフォローしようかと思ったけど。クレイの例があるので、言い出せない。 
 しばらく、嫌な沈黙が流れた。 
 ううー、気まずいなあ……どうしよう…… 
 何か、試してみるべきかな? どうすれば、元に戻るか、とか…… 
「……ああ、そうか」 
 そのとき。突然、トラップがポン、と手を叩いた。 
 ふっとわたしの方を振り返る。その顔に、すごーく面白そうな笑みを浮かべて。 
 ……わたしって、あんな顔もできるんだなあ…… 
 何だか妙に感心してしまう。中身が違うと、表情も変わるってことかな? 
「なあ、パステル」 
「な、何よ……?」 
 ぐいっと詰め寄られる。もっとも、詰め寄ってくる身体は「わたし」の身体だから、何だか変な感じなんだけど。 
「二人っきり、だよな? 今」 
「…………」 
 トラップの口調に、すごーく不吉な予感が走ったのは……きっと気のせいじゃないと思う。 
  
「ちょっと……ちょっと、トラップ……?」 
「…………」 
 無言で迫ってくる「わたし」の身体。顔面に浮かぶのは、自分の顔とは思えないほど意地悪そうな笑み。 
「あ、あのね? トラップ。落ち着いて……っていうか、あの、元に戻るための努力をしない? っていうか」 
「……もし……」 
 わたしの言葉なんか無視して、トラップは言った。 
「もし、このまま戻れなかったら……困るよなあ?」 
「へ? そ、そりゃあ……」 
「着替えとか、トイレとか、風呂とか……色々困るよなあ?」 
「…………」 
 言われて青ざめる。 
 そ、そりゃそうだ。よく考えたらそうだ。 
 何しろ、寝起きだもんね。わたし(というかトラップの身体)が着てるのは、だぶっとしたシャツにズボンで、まあまあ、上からジャケットでも羽織れば何とかごまかせる? っていう格好だけど。 
 トラップ(というかわたしの身体)はねえ……パジャマ。 
 それも、前ボタン式の、「パジャマです」としか言いようのないパジャマ姿。 
 こんな格好で外に出るなんてとんでもない! ……けど、着替えてもらうとなると…… 
 ぼぼんっ、と頭に血が上る。 
 じ、実はわたし、寝るときって下着をつけてないんだよね。苦しいから。 
 着替え、となると、当然ブラとかも身につけてもらうわけで…… 
 いやいや、そもそもお風呂入るときとか…… 
 その光景を想像して、真っ青になってしまう。 
 いやーいやいやいや!! 見られる!? 見られるよねっ!? 
「おめえ……頼むから俺の顔で百面相すんのやめろよなあ……」 
 呆れた、という様子でトラップがつぶやいてるのが聞こえたけど、そんなことに構ってる余裕は無かった。 
 だってー! だってだってだって! 生まれたこの方18年、お父さん以外には見せたことないんだよ!? そ、それを…… 
「と、トラップ、やっぱり階段行こう? 一緒に落ちよう! 大丈夫、きっと何とかなるって」 
「まーまー、そんな焦ることねえじゃん? よく考えたら、こんなこと滅多にねえわけだし……」 
 へらへらと笑って、トラップは…… 
 ゆっくりと、パジャマのボタンに手をかけた。 
 一つ、二つとボタンを外していく。 
 ってちょっとおおおおお!!? 
「や、やだやだやめてっ! 見ないでってば!?」 
「ああ? いいじゃん。どーせいつかは見ることになるんだし、とっとと慣れておこうぜ? ……っつーか、おめえさ?」 
 ぐいっ、と顔を突き出される。至近距離で見詰め合って、自分の顔だというのに赤面してしまう。 
「忘れてねえ? 俺とおめえって、恋人同士……なんだよなあ……?」 
「…………そ、そう……だけど……」 
 ごめん、忘れてたわ。 
 一瞬そう言いそうになったけど、さすがに口をつぐむ。 
 な、何されるかわからないもんね。怒らせない方がいいよね、うん。 
「なのにさー……よく考えたら俺達、キスすらまともにしてねえんだよな?」 
「……したじゃない。最初の日」 
「ほお。で、その後は?」 
「…………」 
 言われてみれば、してないかも。 
 い、いや、でも、それってそんなにおかしい? 
 別に嫌だったわけじゃないし、避けてたわけでもないよ? ただ、二人っきりになるチャンスがなかっただけで…… 
 わたしが慌てて言うと、トラップは、満足そうに言った。 
「そう。つまり、二人っきりになれれば……別にしてもよかった、とそういうことだよなあ?」 
「なっ……」 
 電光石火。 
 気が付いたときには、わたしは唇を塞がれていて…… 
「ん……んん? ん――っ!!」 
 な、何何!? な、何か、この口の中に入ってくるこのあったかくて柔らかいものは、何ー!? 
「んんんっ!!」 
 どん 
 思わず全力をこめて突き飛ばすと……トラップ……いや、「わたしの身体」は、すごい勢いでひっくり返った。 
 ……あれ? 
 あ、そうか。わたしの身体、今はトラップの身体だから…… 
 ……そっか。男の子って、いざとなったらこんなに力が出るんだあ…… 
 わたしが妙に感心していると、トラップが、それはそれは恨めしそうな顔で起き上がった。 
「……おめえ、実は俺のこと嫌いなんか?」 
「ち、違うってば。ちょっと、ちょっとびっくりしただけで! ほら、いきなりだし。心の準備とかっ!」 
「……じゃあ、心の準備をしてれば、いいんだな?」 
「へ!? あ、あのっ……」 
 にやり、と笑ってトラップは。 
 ばさっ、とパジャマを脱ぎ捨てた。 
 とびこんでくるのは、すごーく見慣れた自分の……裸。 
「なななななななななな……」 
「……もーちっと胸に肉がついてりゃなあ……」 
 身体を見下ろして、しみじみとため息をつくトラップ。 
 な、何てこと言うのよっ!? 
「ば、バカバカッ! 早く服着てよっ!?」 
「あー? おめえ、わかんねえかなあ。俺が何しようとしてんのか……」 
「……は……?」 
 ばさりっ 
 呆けるわたしの顔に叩きつけられるのは……パジャマのズボン。 
「と……と……と……トラップ!!?」 
「できたかあ? 心の準備」 
「い、いや、その、できたか? って聞かれてもっ!!」 
 下着一枚の姿で不敵な笑みを浮かべるトラップ。 
 い、いやー!! 何!? 何なのー!? 
 トラップが何を考えているのか。わかるような、わからないような。 
 だけど、わたしがパニックになってるのは、それだけが原因じゃなくて。 
 な、何だろ? この、すごーくもやもや、というか、変な気持ちは…… 
 な、何か、むずむずするっていうかっ…… 
「あー、おめえ……」 
 わたしがドン、と後ずさって壁に背中を預けると、そこにのしかかるようにして、トラップが覗き込んできた。 
「たってんな」 
「何が……?」 
「何がって……」 
 トラップは、面白そうに笑って、耳元で囁いた。 
「何か、今すげえ変な気分になってねえか? むらむらドキドキもやもや、そんな感じ」 
「……何で、わかるの?」 
「そりゃおめえ、これまでずーっと付き合ってきた自分の身体だからなあ……」 
 うんうんと頷きながら彼が見下ろすのは、わたしの……腰? より、やや下の部分。 
 ……そこって…… 
「楽になりてえか?」 
「…………」 
「苦しいだろ、何か」 
「……うん、苦しい……」 
 何だろう。言われてみたら、本当に苦しくなってきた。 
 言うなれば、トイレに行きたいのにずーっと我慢してる? みたいな……そんな感じ。 
「んじゃ、俺が楽にしてやっから……そのかわり、後で俺の言うこと、何でも聞けよ?」 
「……ええ……?」 
「あんだよ。おめえ、人にものを頼むのに、そんな嫌そうな顔するかあ?」 
「…………」 
 何でも。 
 ああ、何言われるんだろうっ!? 物凄く。ものすごーく嫌な予感がめらめらとするんだけどっ!? 
 でもでも、そんなことをしてるうちにも、もやもや感はどんどん強くなっていって。 
 トラップがわたしの方に身を乗り出してくるたび。耳元で囁かれるたび、それはどんどん強くなっていって…… 
 早く楽になりたい。そう思ったら、わたしは反射的に頷いていた。 
 トラップは、ひどく満足そうに頷いて…… 
 そして、わたしのズボンに、手をかけた。 
  
 ――――!! 
 そのとき感じた衝撃を、どう言えばいいのやら。 
 ズボンをひき下ろされる。トラップの……いや、「わたし」の手が、「トラップ」の下着にかかって…… 
 触れられた瞬間、それこそ全身をびりびり震わせるような……ものすごい快感が走った。 
「ちょっと……ちょっと、トラップ……?」 
「気持ちいいだろー? ま、男の身体になるなんて、滅多にねえ機会なんだから……せいぜい味わえよ? 俺達が、普段どんだけ苦労してんのか、ってこと」 
 耳に届く言葉を理解する暇もない。 
 「それ」を握るトラップの手が、すごい勢いで動いて……そのたびに、快感は、どんどん強くなっていって…… 
 自然に息が荒くなった。姿勢を保つのが難しくなって、わたしは……前のめりに倒れこみ、目の前のトラップの頭を抱きしめた。 
 いつも手入れに苦労する金髪の癖毛。それをぎゅーっと抱きしめて…… 
「っあ……や、やだやだっ……何? 何なの、これえ……」 
 何かが……出る。 
 何が出るのかよくわからないけど……何かが、すごい勢いで、出そうになってる。 
 トイレで用を足すのと、多分同じような感覚。違うのは、それがわたしの意思では、もうどうにも制御できないってところで…… 
 身体が震える。怖い。何だろう、何が起きるのっ!? 
 わたしの様子に、トラップは何が起きてるのか察したみたいだった。 
 唇の端を歪めて、手に力をこめる。 
 その瞬間…… 
 どばっ!! 
 多分、効果音をつけるとしたら、そんな音。 
 溢れ出す、白っぽいどろっとした液体。 
 「わたし」の手と顔にまで飛び散ってるそれを見て、何だか、物凄く恥ずかしくなってきた。 
 まともに顔をあげていられない。涙がこぼれそうになる。 
 な、何だろ……何なの、これえ……? 
 すごく気持ちよかった。それは認める。 
 認めるけどっ…… 
「……おめえなあ……泣くなよ。それも俺の身体で……」 
 どこから取り出したのか、がしがしとタオルで手を拭いながら、トラップが呆れたように言った。 
「言っただろ? 俺達男は、おめえらと違って、色々苦労があんだよ」 
 にやにや笑うトラップに、力なく返す。 
「……いつも、こんなことしてるの……?」 
「聞くな。想像にまかせる……っつっても想像なんかできねえだろうけどな。ま、健康な青少年なら、大抵の奴はやってんじゃねえ?」 
 ………… 
 何か、見る目が変わっちゃいそう…… 
 健康な青少年? ということは、あれ? もしかして、トラップだけじゃなくて、クレイも……? 
 キットンも? ノルも!? 
 頭がくらくらしてくる。や、やめよう。想像するのはやめよう。 
 それこそ、あんまり精神衛生にいい光景じゃないもん…… 
「……で、どうだ? 楽になったか?」 
「……うん……」 
 言われて力なく頷く。 
 確かに、すごくすっきりした。爽快感、っていうのかな? これは。 
 すると、トラップは満足そうに頷いて……わたしに囁きかけてきた。 
「んじゃ、おめえも俺を楽にしてくれよ」 
「…………?」 
「わかんだろ? ……まさか、知らねえ、とは言わねえよな?」 
「…………」 
 大体、わかる。いくら何でも、わたしだって「赤ちゃんはどこから来るの?」って聞くほど子供じゃない。 
 トラップの言ってること、それは…… 
 けけけけどっ! 
「むむむ無理っ! だって、どうやればいいのか、全然わかんないしっ……」 
「……おめえ、一人でやったこととか……いや、ねえんだろうなあ、おめえなら……」 
 はあ、とトラップはため息をついて、そしてわたしの手をつかんだ。 
 そのまま、ぐいっ、と自分の胸……つまり、「わたしの」胸にあてがう。 
「トラップ……?」 
「適当でいいんだよ、適当で。俺だって詳しいわけじゃねえし……適当に、いじくってみそ? 自分の身体なんだから、遠慮はいらねえだろ?」 
 て、適当、って言われても…… 
 手の下で感じる胸。いつもお風呂とかに入ると、嫌ってくらい触ってたけど…… 
 な、何だろ? トラップの手で触ってるせいかな? いつもとちょっと違う感じ…… 
 力をこめると、トラップが顔をしかめた。慌てて手を離す。 
「痛い?」 
「加減しろ、加減。俺の身体なんだからよ。……ま、けど……悪い気分じゃねえ」 
 笑うトラップに安心して、もう一度手を伸ばす。 
 何だろ……変な気持ち。 
 触ってるのは自分の身体。なのに……何だか、すっごく…… 
 ふにふに、と胸をもんでみる。ちょん、と先の方をつついてみると、トラップが微かにうめいた。 
「どうしたの?」 
「……いやあ……女の身体ってのも、悪くねえかも……」 
 うん? そ、そうかな……? 
 よくわからないけど、悪くないっていうのなら……いいんだよね? これで。 
 トラップに言われるまま、胸とか、背中とかを撫でてみる。そのたびに、トラップの息は、段々荒くなっていって…… 
 ……何か、肌が赤くなってきてる? どうしたんだろ……? 
「トラップ……?」 
「あー……多分おめえって、鈍感だけど……敏感だぜ?」 
「はあ……?」 
「いや、こっちの話……で。肝心なとこがまだだけど……触ってくれっか?」 
「…………」 
 顔が赤くなるのがわかった。 
 肝心なところって……やっぱり、あそこ……だよね? 
 自分でだって滅多に触らない。まあ、せいぜいトイレとお風呂のときくらい? 
 ……触らなきゃ、駄目、なのかなあ…… 
「どうしても……?」 
「自分の身体が痛い思いすんのが嫌ならな」 
「……痛い……」 
 痛いのは嫌……だよね。うん。わたしの身体だし。 
 ……恥ずかしがることは、ないよね。 
 そーっと手を伸ばす。下着に包まれた「そこ」に手を触れると……何だか、湿った感触が返ってきた。 
「……何で、濡れてるの?」 
「何でって、おめえなあ……」 
「ん……これで、いい?」 
 ズプッ 
 下着の隙間から、指を差し入れてみる。 
 トラップの指って、細いからね。入れるのは、難しくなかった。 
 ぐいっ、と奥までもぐりこませると、すごくぬるぬるした感覚が返って来て…… 
「っあ……あー……」 
「トラップ……?」 
「いいから……指、動かせ……」 
「う、うん……」 
 言われるままに指を動かしてみる。もっとも、かなり適当だけど。 
 出し入れしてみたり、ぐりぐりかきまわしてみたり。 
 何だろ……この、指にまとわりついてくるべたべたしたものは…… 
「あーっ……もう、たまんねえな、これ……」 
「……どうするの? やめる……?」 
「いや……」 
 トラップの表情が、また変わった。 
 さっきまでは茫然、といったような表情を浮かべてたんだけど。きらりん、と目が輝いて…… 
 そして、さっき散々触りまくったわたしの「それ」に、手を伸ばしてきた。 
「ちょっと、ちょっとトラップ!?」 
「いいじゃん。もうこうなったら、最後までいっちまおうぜ? 俺、何かすっげえ『入れてー』っていう気分になってんだよね」 
「や、や、でも、でもでもでもっ……」 
「ほーれ、身体は正直だな、パステルちゃん」 
「ひっ……」 
 ぐいっ、とトラップが手を動かした瞬間、さっきすっきりしたはずの「そこ」が、また何だか熱を持ってきて…… 
「ななななな……何で……こんな……」 
「いや、俺って若いからなあ……ほれ。どうやるか、わかってんだろ……?」 
「…………」 
「入れてみ? 多分、すっげえ気持ちいいと思うぜ? さっきよりも、ずっとな……」 
「…………」 
 そう言われると……ちょっと興味が…… 
 い、いや、でも! 
 こ、これは記念すべき初体験、って奴だよね!? こ、こんな状況であっさり捨てちゃって……いいの!? 
 うー、あーとしばらく頭を抱えたけど。 
 その……わたしのね? 「そこ」が、またさっきみたいに、すごく変な……もぞもぞするような感覚になっちゃって…… 
 さっきの、すごく気持ちよかった感覚とかが戻ってきて…… 
 目の前で、トラップがするっ、と下着を足から抜き取った。 
 これで、完全な……裸。 
 ふっと手を伸ばす。「わたし」の肩をつかむ。 
 いまいち、その……場所とか、よくわからなかったんだけど…… 
「あれ? えと……」 
「……頼むから、俺の身体で! んな情けねえ声出すなよなあ……」 
 ため息をついて、トラップは、わたしの頭を抱え込んだ。 
 そのまま、「それ」の上に、自分から腰を落とす。 
 あ……っという間だった。 
 あっという間に、「それ」が、何だかすごく狭くて、暖かくて、ぬるり、とした場所に包まれて…… 
「っってぇ――――!!」 
 響いたのは、トラップの悲鳴。 
「とと、トラップ!?」 
「……っ……お、女ってのも、大変だな……」 
「え?」 
「マジで……いてえ……」 
 嘘ー!!? な、泣いてる、あのトラップが!!? 
 目の端に涙を浮かべるトラップ。けど、それでも、腰を上げようとは、しない。 
「と、トラップ? ねえ、無理しないでやめた方が……」 
「……ばあかっ……や、やめるわけ、ねえだろ? おめえ、俺がこのときをどんだけ待ってたと、思ってんだ……」 
 こ、声震えてるんですけどっ!? 
 ああ、だけど、だけど…… 
 トラップには悪いけどっ……わたしは、何だかすっごく……すっっごく…… 
 き、気持ちいい…… 
「うっ……」 
「やっ……あ、ああっ……」 
 トラップが、歯を食いしばって腰を動かしている。 
 そのたびに、すごいびりびりするような感覚が、全身を襲ってきて…… 
「やっ……ご、ごめん、ね、トラップ……」 
「……あにがだよ……」 
「ごめん、わたし……」 
 ……イッちゃいそう!! 
 それはさすがに言葉に出せなかった。 
 ぎゅっ、と目の前の身体を抱きしめる。 
 トラップの腕力なら、できるかもっ……? 
 ぐいっ、とその身体を持ち上げた。「トラップ」の腕で「わたし」の身体を。 
 トラップにばっかり、動かせて、悪いもんね…… 
 そのまま、何度か持ち上げて、沈めてを繰り返す。普段のわたしの腕力だったら、絶対こんなことできないから。やってみると、ちょっと楽しいかも…… 
「うわっ……っつ……あ、お、おめえ、なあ……」 
「な、何……? 駄目……?」 
「……いや。いい。すっげえ、いい……あー、これが……イク、って……」 
 トラップが何か言いかけたけど、それ以上続かないみたいだった。 
 わたしも、何だか、こう「あ、もう駄目!」って感覚が、どんどんどんどん強くなっていって…… 
「っあっ……」 
 ぎゅっと腕に力をこめる。トラップも、わたしの髪にしがみつくようにして…… 
 その瞬間……目の前が、真っ白に、なった。 
  
 ………… 
 ……あれ……? 
 頭がすごくぼんやりしてる。 
 薄く目を開けてみると、何だか焦点がぼやけて…… 
 目の前に座ってるトラップも、何だかぼんやりとわたしを見て…… 
 ……うん……? 
 ばっと目を開ける。 
 目の前には、トラップの顔。 
 さらさらの赤毛も、茶色の瞳も、意地悪そうな表情も、いつもと全く同じ…… 
 ……あれ? 
 見下ろす。 
 一糸まとわぬ身体。すごーく見慣れた、わたしの身体。 
 この、脚の間にある違和感、は……? 
「……きゃああああああああああああああ!!?」 
 思わずばっととびすさる。わ、わたし……わたし…… 
 も、元に……戻った……? 
「……悲鳴あげるかあ? さっきまで散々……イイコトしてたじゃねえの」 
 そんなわたしを、トラップは、ニヤニヤ笑いながら見つめてきて…… 
 ちょ、ちょっと。何で? 何で……迫ってくるの……? 
「と、トラップ……?」 
「まさか、イッた拍子に元に戻るとはなあ……おめえの身体で感じるのも、なかなかよかったんだけど……」 
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って……」 
 逃げようとしたけど、こんな格好で外に出れない。 
 うろたえているうちに、がしっ、と肩をつかまれる。 
「やっぱ、俺としちゃあ……俺の身体で、おめえを抱きたいんだよなあ……わかる?」 
「え、ええっと……」 
「まさか、嫌とは言わねえよな?」 
 瞳が迫ってくる。 
 塞がれる唇。からみあう舌。そして……身体を這い回る手。 
 に、逃げられない……よね。 
 それに……「気持ちよかった」っていう感覚が、まだ抜けきってなくて。 
 もっと味わってみたいって気持ちが、確かにあって…… 
  
 トラップがわたしを解放してくれたのは、数時間後。 
「やりましたよ! 多分この薬草でなら、何とか……!!」 
 というキットンの声が、廊下から響いてきたときだった。

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