「きゃああああ!」  
わたしたちパーティを取り囲む、毛むくじゃらの人獣。  
3匹の、背の低い彼らは、揃って口から汚らしい唾液を落としていた。  
体毛の奥からのぞく目はらんらんと輝いている。  
「グルルルルルル…」  
背筋がぞくぞくぞくっ!とする。  
こんなモンスター見たこと無い。  
わたしは腰に下げていたショートソードを抜き放つ。  
ほんのちょっと街道を逸れただけなのに、なんでこんな強そうなモンスターが出てくるのっ?  
向こうの方でキットンがわたわたとモンスター図鑑を出そうとしてるけど…  
まだまだ出せそうもないうえに、モンスターはそんなこと待ってはくれない。  
茶色のまだらの毛並みの、リーダー格の獣人の咆哮とともに、一斉にとびかかってきた―――  
 
 
あるクエストからの帰り道。  
「なぁ、ここまっすぐ行けば結構ショートカットできるんじゃねぇか?」  
パーティのトラブルメーカー、トラップがわたしのもつマップを覗き込んで言った。  
トラップの指差した部分は森の中でぐるっと道がくねっているところ。  
「え…うん、そうかもしれないね」  
「だろ?ここの森の中で方角さえ間違えなきゃ、明るいうちにシルバーリーブに帰れるんじゃねぇか?  
あと、ここと、ここと、ここ突っ切れば、間違いねぇだろ」  
「うーん。そう…かな」  
わたしは太陽の位置を確認してみる。  
うーん…今日のクエスト…迷子犬捜索がスムーズに終わってさえいればなぁ。  
 
そのワンちゃんは、シルバーリーブに最近引っ越してきたワンちゃんなんだけどね。  
リーザとシルバーリーブの間の森の中で1人暮らしをしていたおばあさんが娘さん夫婦と同居するので、 
一緒にやってきたのだ。  
おばあさんとはもう12年一緒にいるんだって。  
そのワンちゃんが、おばあさんの旅行中にふらっといなくなってしまったのだそう。  
家族が出来て、ワンちゃんを見ていてくれる人がいるということで、安心しておばあさんは旅行に行っ 
たらしいんだけど…  
今回はどうやらそれが逆効果だったみたい。シルバーリーブ中を探して歩いたけど、見つからなかった。  
それで、もしかしたらってことで、前の家の位置を聞いて、行ってみると…やっとそこにワンちゃんを 
見つけられたのだ。  
ノルが一生懸命、おばあさんはただ旅行に行っただけでここにはもう誰も戻って来ないことを伝えると、 
彼はしょんぼりとノルに抱き上げられたんだけど…  
 
ショートカットした森の中で、まさかこんなモンスターが出てくるなんて!  
 
ズバッ!  
クレイのロングソードがリーダー格の獣人の腕を切り飛ばした。  
「ギャウン!!」  
たまらず地面をごろごろと転がった茶色いまだらの毛並みに、すかさず剣を突き立て、クレイは敵を絶 
命させた。  
トラップはするすると木の上に登り、木の上から3匹の獣人にパチンコで牽制攻撃を仕掛け始めた。  
茶色と白の獣人が小石のつぶてに襲われてよろめく。そこを逃さず、ノルが片手でワンちゃんを抱きな 
がら、その斧で強引に目の前の獣人の胴体をなぎ払った。  
片手なのに、すごい威力!2回ほどバウンドして、獣人の身体は吹っ飛ばされてしまった。  
そのダメージが効いたのか、獣人はごろごろと転がった勢いで一目散に逃げ出した。  
 
わたしとルーミィの目の前に立ちはだかったのは、黒い獣人だった。  
わたしはルーミィを守るように間合いをとろうとして…そして気付いた。  
あ、あ、あああー!後ろ側が斜面になってる!  
踏みしめようとした足がずるっと落ちてしまいそうになった。  
ばちっ!ばちばちっ!!  
その瞬間、トラップからの援護射撃。  
黒い獣人はそのぎらぎら光る目を一瞬トラップに向けた。その隙を突いて、わたしはルーミィを抱えて 
中腰で右側に回りこみ、斜面から離れようとした。  
落ちたりしたら大変だもんね。逃げるが勝ち!だし。  
そのとき。  
「パステル!危ない!後ろ!」  
え?  
クレイの声に、わたしが振り向くと…  
さっきノルが倒したはずの獣人が、わき腹を押さえながらそこに立っていた。  
らんぐいの歯を剥き出しにして、その爪をわたしたちに向ける。  
「―――」  
…え…  
血の気が一気に引いて、声が出せなかった。息を吸う音だけがひょうっ、とやけに大きく聞こえて…  
振り下ろされる腕に、わたしはルーミィを抱きしめたままぎゅっと目をつぶった。  
 
ドシュッ!…ごとっ。  
いつまでたっても届かない腕の代わりに、聞こえてきたのは鈍い音。  
恐る恐る目を開けると…ぎゃあ!  
そこに立っていたのはさっきの獣人。でも、首が、首が、首がないー!!!!  
地面を見ると、転がっているのは無くなったほうの顔だった。  
ひええええええ!こ、怖い!  
そして、茂みから躍り出た影が、もう1匹の獣人も打ち倒す。  
見覚えのあるその影…  
振り向いたその人は、なんと!  
「ダ…ダンシング・シミター?!!」  
ニヤニヤと笑う不適な表情。  
トラップたちも目を真ん丸くして呆然と彼を見つめた。  
ルーミィを抱えたままへたり込んだわたしの後ろから、がさがさがさ…と音がする。  
…わたしの心臓が、心拍数をいきなり上げた。  
もしかして…  
わたしが振り仰いだ先に現れたのは、クールな傭兵…ギア・リンゼイその人だった。  
 
その夜は、シルバーリーブの猪鹿亭で2人を交えてちょっとした宴会になった。  
「乾杯!」  
「かんぱーい!」  
ひとつのテーブルに、ギア、ダンシング・シミター、クレイ、ノル、キットン、トラップ、ルーミィ、 
そしてわたし。足元にはシロちゃん。  
店内の大きなテーブルに椅子を追加して、ほんっときつきつ!  
リタも人数分のオーダーをとるのに大変そうだった。  
「つうか、びっくりしたぜ。リーザからの帰り道にあんたらにでくわすなんてなぁ」  
シミターがビールをぐいぐい飲んで、ぷはぁっ、と息を吐いた。  
「ぼくらもびっくりですよ。しかも、助けて頂いて…ありがとうございました」  
「あー、それなんだがな、…手負いの獣を逃がしたのは誰だ?」  
「え?」  
シミターの問いに、ギアが説明を付けた。  
「おれたちが歩いていたら、あのモンスターと出くわしたんだよ。それで、逃げた奴を追っていったら 
あんたたちがいた。  
あの手のモンスターは、縄張り意識が強くて、そこに入り込まない限り人間には近寄っても来ないはず 
なんだ。  
で、出会ったら確実に倒すっていうのが鉄則なんだよ。人間にやられたら、必ず人間に報復するからな。  
クレイ。あんたもファイターなら、それくらいのことは常識だろう?」  
「どこが縄張りかなんて境界線は見えないから、まあ出くわしちまったのはしょうがないと思うがな。  
けどあれを逃がしてたら、ヘタしたらこの村に被害が出てたかもしれないんだぜ」  
クレイの表情が固まる。それを見て、ノルが口を開いた。  
「おれが、逃がしてしまった。すまない」  
「…いや、ノル、こういうことはおれがちゃんと把握しておくべきだったんだ。おれの責任だよ。  
ダンシング・シミター、ギア、改めてお礼を言わせてくれ。ありがとう」  
クレイが深々と頭を下げたのを見て、シミターはふっ、と優しげに笑って、  
「今回はなんの問題も無かったんだ、そんなに気にするな。同じ失敗を繰り返さなければ、失敗は何度 
したって無駄なもんじゃねぇからな」  
その言葉にクレイはもう一度、ゆっくりと頭を下げた。  
 
 
みすず旅館に案内すると、シミターは「うわ、すげぇボロだな」と正直な感想を漏らした。  
でも料金を教えると、納得したように「安いんだか、適正なんだか微妙だな」…だって。  
そんな事言っても、安いのが一番なんだもんね。  
 
ああ、いいお湯だった…  
湯船で寝てしまったルーミィを抱っこして、わたしは部屋に戻った。  
今日はたくさん歩いたもんね。わたしも、疲れた。  
ルーミィをベッドに寝かせて、窓から吹き込んだ風にぶるるっ、と震えてしまう。  
最近冷えるようになったなぁ…  
窓を閉めてもちょっと寒い。寝る前に、あったかいお茶でも飲もうかなぁ…  
うん、そうしよう!わたしはカーディガンを羽織って、階段を降りていった。  
食堂へ向かうと…話し声が聞こえてくる。  
誰だろう?  
「…まぁ、考えすぎなところもあるよ、おまえさんの場合は。  
でもな、性格とか、資質よりも大事なのはなりたいビジョンだ。  
あとからくっついてくるものより、そこがないと後々行き詰まることになるぜ」  
「…はい」  
クレイだ。―――一緒に話しているのは、ダンシング・シミター?  
思わず立ち止まってしまう。  
どうしよう。聞かない方がいい話なのかな?  
「理由なんてものはこじつけでもいい。自分の肥やしになれば。  
例えば、そこに立ってるお嬢さんを守るとかでもいい」  
!!!!  
なんで、わたしがいるってわかったの?!  
がたん、という椅子の音とともに、食堂から出てきたのは…クレイだった。  
「パステル…」  
びっくりしたようすで、わたしを見る目がなんとなくうつむき加減なのは気のせいではないだろうか。  
「クレイ…ご、ごめ…」  
「悪いけど…ちょっと、ほっといてくれ…」  
わたしが最後まで言い終わる前に、クレイはわたしの横を通り、階段を昇っていってしまう。  
…クレイ。  
 
そのクレイに続くかのように、シミターがぬっ、と食堂から顔を出した。  
「あの精神面の弱さは、鍛えないといけないぜ」  
「…」  
「パーティの致命的な弱点にもなっちまう。リーダーたるもの、個人としての自分だけじゃなく、リー 
ダーとしての自分のことも考えられなきゃな」  
…そうなんだよね。  
クレイも自覚はしてる。優しすぎるところ。自分がファイターにじつは向いていないんじゃないかって 
思ってる。  
クレイの去った階段を見つめて、わたしは胸の辺りがちりちり痛むのを感じた。  
シミターがその横に歩いてくる。  
「…お、お姫様は風呂上りか?  
髪の毛を下ろしてると、雰囲気が変わるな。どうだ、おれの部屋に来るか?」  
…は?  
ニヤリと笑って、呆然としてるわたしの髪の毛をひと房掴み、口付けた。  
…っきゃあああ!  
心の中で悲鳴をあげる。いきなり何を言い出すの?!この人はっ。  
からだが硬直してしまう。  
「からかうのはよせよ、シミター」  
もうひとり、食堂から出てきたのは…ギア。  
ギアもいたんだ。  
わたしの心臓が、さらに激しく動き出す。  
「半分は本気だぜ、おれは」  
言いながらシミターはわたしの髪の毛を離した。  
それでやっと、固まっていたからだが元に戻る。  
――はああああ。びっくりしたぁ。  
「だから性質が悪いんだろう」  
ギアのあきらめたようなため息に、シミターはふん、と鼻を鳴らして、  
「大丈夫だよ、お前の想い人に手を出すような真似はしない。んじゃま、ごゆっくり」  
そういうと、部屋へ戻って行ってしまった。  
…えぇと…  
想い人…っていうのは…  
ギアの顔を見上げると、ギアの顔が照れくさそうにしていた。  
…わたし…なの?  
 
 
しばらく…前のことだ。  
最近悩んでいるらしかったクレイの話を、わたしはじっと聞いていた。  
一生懸命励ましてあげたつもり。  
元気になってくれたかどうかはわからなかったけど…  
彼はありがとう、と言ってくれて、わたしを抱きしめて、キスをした。  
そのキスにどんな意味が隠されているのか…わからなかったけど、少し元気になってくれたことは純粋 
に嬉しかった。  
(ちょっと、ほっといてくれ)  
…胸が痛い。  
あのキスはなんだったのかなぁ?  
 
ギアに、その話を何故か…してしまった。  
ギアの部屋のベッドに腰掛けながら。  
彼は黙って話を最後まで聞いてくれて、ぽつりと言った。  
「パステルは、鈍感だな」  
ええ?  
いきなりなんて失礼なことを。  
わたしが憮然とした表情でギアを睨むと、悪い悪い、と言って付け足した。  
「それがパステルのいいところでもあるんだよ」  
…ますますわけがわからない。  
鈍感なのは、どう考えても短所だと思うんだけど?  
ギアは小さなビンのふたを開けて、ひとくち飲んだ。  
「パステルも飲む?」  
「…何が入ってるの?」  
「リーザで依頼をこなした報酬と一緒にもらった酒。果実酒らしくて、飲みやすいよ」  
…果実酒か。  
いつもはお酒なんか飲まないわたしだけれど、今日はほんの少しだけ飲んでみたいかも。  
「じゃあ、少しだけ」  
わたしが言うと、ギアは笑って、「酔えば嫌な気分も飛んでいくよ」と言った。  
そしてそのビンをまた口元に運んで傾けると、わたしの唇を塞いだ。  
 
「…!…んっ…んんっ…」  
リンゴの香りが鼻腔いっぱいに広がる。ゆっくりとわたしのからだをベッドに倒しながら、ギアは少しずつ液体をわたしに流し込んできた。  
びっくりして、口の端から溢れそうになるのをなんとかこらえて、わたしは必死にそれを嚥下する。  
最後の一口とともにギアの舌先も流れ込んできて、優しく吸い上げてきた。  
離れる。  
「消毒」  
そう言ってギアはにやっと笑った。  
「それとも、クレイのことが好きなの?」  
…え。  
混乱したままの頭で、その言葉の意味を必死に考えてみた。  
しょ…消毒?  
もしかして、…クレイがわたしにキス…したから?  
喉の奥が灼けるように熱い。  
好きなのかって。こんなときに聞かれても、いつもだって曖昧なのに、至近距離で囁かれても困る…!  
困り果てて、ギアの目をじっと見つめた。わたしにキスをしたその唇が、耳元に寄ってきて、小さく囁いた。  
「なんにしても、下着も着けずに部屋に来られたら…我慢できなくなるんだけどね」  
…  
あああああ!  
顔が真っ赤になってしまうのがわかる。  
わたしは、ちょっと暖かいものをとりに行くだけのつもりで…  
下着、寝るときは外しちゃうから、お風呂上がったときから着けてなくて…  
わたしはばっ、と自分の胸元を見下ろしてみる。  
すると、綿のパジャマの胸の(申し訳程度の)隆起の上に…尖った部分が丸見えになっていた。  
やっと気付いた?ギアが微笑んで、その隆起に大きな手をあてがい、こねるように揉みながら…  
声を出しかけたわたしの唇を、また塞いだ。  
 
 
ボタンが器用なギアの手に外されていく。  
その間もわたしの唇は彼に犯され続けていた。  
舌を吸い、舐めとり、唇を優しく噛んで、また舐めあげる。  
キスって、キスって、こんな気持ちになるものなの?  
か…からだの力が抜けちゃう…  
今までの人生でこんな状態になるのは初めてかもしれない。  
「…好きだ、パステル。忘れられなかった…」  
キスの合間に、ギアの低い声が囁いた。  
 
(ちょっと、ほっといてくれ…)  
胸がまたほんのすこしだけちりちりする。  
それに気付かないフリをして、わたしは目を閉じた。  
彼の手が、わたしのからだを求め始めたから。  
 
頭がぼおっとする。酔ってるみたい。  
そうだ、わたしきっと、ギアの飲ませてくれたお酒で酔ってるんだ。  
でなきゃ、こんなにどきどき心臓は高鳴らない。  
ギアの目なんか見つめられない。  
彼の背中に、腕なんか回せない…  
 
パジャマのズボンの中に手を忍び入れて、ギアはわたしの瞳をじっと見つめた。  
いい?  
…そんなような意味合いの視線。  
パンティの上から軽く擦られながら、からだの奥の方が熱を持って疼きだすのがわかった。  
けれど、声も出せず、ギアのまっすぐな瞳を見ていられもしなかった。心臓の音ばっかりがやけにうる 
さくって、たまらない気分になる。  
 
「やあっ…」  
わたしの返事を待たずに、リズミカルな指が出し入れされた。  
必死で堪えるわたしを楽しそうに見つめて、彼はわたしの喉にキス。  
そのまま胸の隆起を吸い上げる。  
片手は器用にわたしのズボンとパンティを剥ぎ取っていく。  
「んん…」  
「声を出したら…こんな壁の薄い部屋だ。まわりに聞こえてしまうよ」  
「ん…あっ!」  
そしてふいに彼は、わたしを弄ぶ指を止めた。  
「…?」  
息を切らして声が出ない。彼を見上げると、キスをしてくれる。  
そして上半身、着ていたシャツを脱ぎ捨てると、彼は今まで自分の指が入っていたところにまたキスを 
した。  
「声、我慢してくれよ」  
「……!!」  
そんなところ、舐めちゃ、舐めちゃ駄目ー!!  
思わず逃げようとしてしまったわたしの足をがっしりと抱え込んで、離さない。  
どこを舐められているのかの自覚はさっぱりなかったけど、ある1点を舐められるたびに、抵抗しようと 
いう気がどんどんなくなっていくのがわかった。  
その部分に触れられるたびに、どうしようもないような気分になってしまう…  
ギアの舌に合わせて声が漏れそうになってしまうのを、言われたとおりに頑張って抑えようとしたけれ 
ど、どうしても出てしまった。  
「…んんっ…あっ…!」  
出すなって言ったくせに、ギアはわたしの喘ぎ声を聞いてもスピードを緩めてくれない…  
苦しくて、枕を顔に押し付けてじっと目を閉じる。そうすると声は出さずに済むんだけど、代わりに涙 
が出そうだった。  
 
「可愛い、パステル…こんなに濡らしてる」  
「や…そんな…」  
ギアがずぶり、とわたしの中に指をまた差し入れ、抜き出した。  
「あぁっ!」  
声をあげてしまったわたしの目の前に、ぬめぬめと光るギアの指が差し出される…  
くもの糸のようにまとわりつく、その液体。と、ギアがとんでもない提案をしてきた。  
「舐めてごらん」  
「…!!そんなっ…いやよ、そんな、そんなこと…」  
「自分のものだろう?」  
そ…それはそうなんだけど…だけど、これは…これは無理!!!!  
彼は指に付いた液体をわたしの唇に塗りたくった。  
それを固く閉じることで拒否すると、  
「じゃあ、それが出来ないなら…自分で挿れてくれよ」  
さらりと言った。  
え?一瞬わけがわからなくなってしまう。  
自分でって…わたしが?  
なにを、…どこに?  
呆然としてしまったわたしを尻目に、ギアは後ろを向いてズボンのボタンを外し、脱ぎ去った。  
履いていたボクサーパンツも脱いで…  
!!!  
突然現れたギアのお尻に、もう、顔面真っ赤。むしろ全身真っ赤。  
「ギ…ギア…」  
彼が身に付けているものといえば、首に下げられた銀鎖。  
それだけの格好でわたしを抱きすくめると、全身にキスの雨を降らせた。  
触れられた場所から、たまらない気持ちが高められてしまう…  
そして彼は唇を最後に優しく吸うと、わたしのからだを起こして、自分は仰向けに寝転んだ。  
わたしが目をそらそうとしていた部分を隠そうともせずに。  
それはとても大きくて、痩せぎすの彼には似合わない大きさ。  
不釣合い、というのが正直な感想だったほど。  
ちゃんと見たのは初めてだけれど…  
 
ギアに、とりあえずおれにまたがって、と言われたのでそれに従った。  
彼は仰向けになったまま、わたしの中に指を入れて掻き回す。  
ぐぢゅぐぢゅ…と音がしてしまう。  
「い…いやぁ…」  
全身の力が抜けて、ヒザ立ちの姿勢のままギアの胸に倒れこんだ。  
「ここに…」  
脱力したわたしの腕が掴まれる。彼のモノを強引に握らせられてしまう…!  
「おれの、これを」  
初めて触ったそれは思っていたよりも熱くて、固くて、太かった。  
「挿れてみてくれよ…」  
 
わかんないよ、そんなの、やったことない――だいじょうぶ、おれの言うとおりにして、おれのをにぎ 
って…そう、それであてがって、腰を落とすだけでいい――いや、やだ、怖いよ――だいじょうぶだか 
ら、おれのいうとおりにして、そう、そこだ、そこにあてがって、ゆっくりでいい、痛い?そう。そう 
だ…  
 
彼がわたしに入りきってしまってすぐ…  
彼は激しくわたしを突き上げた。  
彼の頭にかじりつく。  
彼の唇がわたしの胸の先端をついばんだ。  
「ああん、ああ、はぁ、んん…あッ、あぁッ、ああアッ!」  
痛みを感じたのは最初だけで、幾度となく続く衝動に気が遠くなりそうになった。  
声を出してはいけない、と、最初は思っていたけれど…  
彼の頭を抱きしめながら、彼に胸を吸われながら、わたしは喘ぎ続けていた。  
「いや、いやぁ…!そんなに、そんなに激しくしちゃ嫌だよぉ…  
お、おかしく、あァ!おかしくなっちゃう…」  
「いいんだ…いいんだよ、パステル、おかしくなって…」  
彼の腕がわたしのからだを前後に揺すり、彼は仰向けに寝転びながら下からわたしを突き上げる。  
粘膜が擦れあうたびに全身を駆け抜けるのはなんなんだろう?  
「ああぁ、あん、ああ、ああああ…」  
 
 
頭がぼおっとしてる。  
ギアに抱かれたからだがまだ火照って…  
でもからだのどこもおかしいなんてことはない。  
つつ…っとふとももを流れる液体の感覚に、慌てて下着に手をやると、白い液体が流れ出していた。  
「やだ…」  
ギアと、ギアとしちゃった。  
ここから流れ出してくるのはギアの液体。  
わたしの液体と混ざっているんだろうか…  
そんな風に考えて、2階にあがり、ドアを開けるとそこには…  
トラップが座って待っていた。  
「ト、トラップ…?」  
 
理由はよくわからないんだけど、トラップの顔を見た瞬間ものすごい罪悪感に胸がずきん、と痛んだ。  
まっすぐ見つめるトラップの視線に絡めとられて、わたしは部屋の入口から動けなくなってしまった。  
「…」  
「どう…どうしたの?こんな遅くに」  
「おめぇこそ、何してたんだよ。探したんだぞ」  
「な、何って…お風呂入って…寒かったから、何か暖かいものでも飲もうと思って食堂に行って…」  
行って。  
それから。  
わたしは後ろ手にドアを閉めて、言葉の先がどうしても言えずに黙りこくった。  
それから、ギアの部屋に行って…  
「…廊下で会って、クレイが、すんげぇ落ち込んでたからよ。訊いたんだ。何がどうしたのかって」  
「…」  
「どーもダンシングシミターとギアの2人になんか色々言われたみてぇだったから、いちお励ましてみ 
たんだけどな。  
そしたら、その情けないとこをパステルに聞かれちまった、つってさ。  
しかもパステルにやつあたりしちまったって言うんだ」  
「…!」  
「めずらしいだろ?クレイがやつあたりするなんてよ。おれもほんとびびったけど、あいつは怒ったり 
するとこえぇんだ。  
それならおめぇが落ち込んでたりするんじゃねぇかと思ったんだけど、よ…」  
「…」  
 
「部屋にもいねぇ。食堂にもいねぇ。待ってりゃ戻ってくるかと思いきやなかなか戻ってきやがらねぇ。  
もう少しで外に探しに行こうと思ったとこだ」  
「…ごめん」  
「ったく、心配かけるなよ…って、おい!何泣いてんだよ?こら!おれはまだ何も言ってねぇぞ?  
どうした?クレイになんかひでぇこと言われたのか?」  
そんなこと言われても。  
…言われても。  
自分でもどうして泣いているのかよくわからないんだもの。  
ベッドのふちに座っていたトラップが、困ったように立ち上がって、わたしの方へ歩いてくる。  
はらはらと、涙は出てきてほっぺたを流れ落ちていった。  
頭の中が、クレイの言葉と、ギアがわたしの身体を触れた感覚で満杯になってしまっている。  
あの日のクレイのキス。  
ギア。  
クレイ。  
 
「…とりあえず、んなとこにいないで…座れよ」  
ルーミィがすやすやと寝息を立てている。  
トラップに促されて、わたしはベッドに腰をおろした。  
涙は止まりかかっていたけれども、頭の中はぐちゃぐちゃで…どうしようもない。  
どうしたんだよ、とトラップが聞いたけれど、首を振るしかなかった。息苦しくて声が出せなかった。  
「…おめぇが言えねぇってなら、聞かないけどよ…」  
背中をさすってくれてる。  
トラップっていつも乱暴だけど、こういうときはいつも優しいよね。  
ほっとした気持ちになって、また涙が出そうになってしまう。  
けれど、その涙はトラップのひとことで、思いっきり引っ込んでしまった。  
「…ギアの部屋にいたか?お前」  
 
な。  
ななななな。  
こ、声が聞こえてた…?  
わたしの顔はたぶん真っ赤になっていたはずだけど、そこにトラップは追い討ちをかけた。  
「…カマかけただけなのに、わかりやすいやつ…」  
カ、カマ???  
涙なんて完全に乾いてしまった。  
つまり…ってことは…  
「…ひっかけたの?」  
「そうだよ。まさかと思ってたのに…あー、くそ!!」  
脱力したわたしの横で、トラップは大声で悪態をついた。  
「ちょ、ちょ…そんな大声出したら、ルーミィが起きちゃう」  
「うるせーよ。ひとの気も知らねぇで何言ってやがる。口惜しかったら嘘のひとつでも吐いてくれよ。 
…けっ、目の前のお宝かっさわれちまった。盗賊失格だぜ」  
「はぁ?何言ってるのかわかんないよ、トラップ」  
「…うるせえって言ってんだろ。お前、ちょっと黙ってろ」  
「なっ…」  
 
乱暴にふさがれた拍子に、がりっ…という鈍い音がした。  
前歯のあたりが痛い。  
後ろ頭を乱暴に引き寄せられて、ぐいぐいと捻じ込まれる舌。口の中を遠慮なくかき回して、  
「ギアと寝たんだろ?」  
「…」  
「わかりやす過ぎるんだよ、おめぇは」  
…声はとても怒っているのに、なんでそんなに泣きそうな目をするの?  
 
「きゃ…やあっ!」  
パジャマをいきなりたくし上げて、トラップはわたしの身体を組み敷いた。  
「トラッ…!やめ、やめてぇっ…!こんな、こんなの嫌だよ!!!」  
思わず抵抗しようとした腕も、脚も、強引に押さえつけてしまう。  
「黙ってろ!」  
今まで聞いた中で一番怖い声。  
どうしてそんな声が出せるの?  
嫌だ。怖い。怖いよ…!!  
トラップの口がわたしのパジャマの襟に噛み付いて、ぐいっ、と引っ張った。  
あっけなくボタンがひとつ飛ぶ。  
ぷちっ、という軽い音。続いて、バタン、という…音。  
え?  
薄暗かった部屋に差し込んだ光。カンテラを持っていたのは…  
涙でぼやけていたけれど、わたしはその人の名前を迷いなく呼べた。  
「…クレイ…」  
 
「トラップ…お前、何してんだよ…」  
搾り出すようなクレイの声に、わたしの上のトラップが身じろぎした。  
「…」  
トラップは返事をしない。  
クレイはぎりっ、と歯軋りをして、カンテラをわきのテーブルに置いた。  
そして軽々とトラップの襟元をひねり上げ、わたしから引き剥がす。  
「何してたんだ、トラップ!!」  
ひゃっ…  
いつも温和なクレイが、こんな声を出すなんて!  
さっきのトラップの声の比じゃない。  
怒号だった。  
「…むぅぅ…くりぇー、…ぱぁーる?とりゃー…?」  
あっ…。  
ルーミィが起きちゃった。  
その愛らしい声でやっと身体が動いて、わたしはルーミィのそばに駆け寄った。  
「ご…ごめんルーミィ、起こしちゃったね」  
「うーん…どーなつとくっきーとけーき、ぜーんぶ食べたいおぅ…」  
あらら。  
寝惚けてたのね。  
ルーミィはそれだけいうと、またすやすやと眠りだした。  
 
ルーミィに気を遣って、クレイとトラップは2人で外へ話をしに行ってしまった。  
わたしも行くといったんだけど…2人だけで話したい事もあるから、と断られてしまったんだよね。  
それからクレイだけが部屋に戻って来たのは、かなり時間がたった後だった。  
わたしは何をするでもなくルーミィの髪の毛を撫でていた。  
そうしていると、いままでごちゃごちゃして整理しきれなかった気持ちや、戸惑いのひとつひとつが、  
あるべき場所にかちっ、とはまっていく感じがしたから。  
 
静かに、小さくノックされるドア。  
「パステル、まだ起きてる?」  
その声に、わたしははじかれたように立ち上がった。同じようにして心臓も跳ね上がる。  
ドアを小さく開けると、そこにはいつもどおりのクレイがいた。  
優しい、柔らかい、そしてとても綺麗な微笑み。  
「入ってもいいかい?」  
うなずいて、ドアの隙間を広げた。  
そこから滑り込んで、何も言わず彼はわたしの身体を抱きしめた。  
「…クレイ?」  
「トラップから聞いた。どうしてあんなことをしたのか…パステル」  
「…はい」  
クレイは息を2回吐いて、吸って、抱きしめる腕にちからを込めて、言った。  
「ギアと付き合うの?」  
「…」  
わたしの返事を待たずに、クレイは続けた。  
「トラップのことは…許してやってくれ。男として最低のことをしたと俺も思うけど、  
あれでもずっとパステルのことが好きだったんだ。  
おれもいま、ほんとうはトラップと同じことをしてしまいたい気持ちもあるよ。  
…おれも、好きだから。パステルが」  
「え…」  
「ダンシング・シミターに、最後に言われた言葉を、部屋に戻ってからもう一回考えてたんだ。  
おれは今までなんのために剣を振るって来たのか。何を目指しているのか…  
改めて考えるとちぐはぐで、まとまらない答えばっかりで、愕然としたよ。  
でも思ったんだ。きみや、パーティのみんなを守りたい。それだけは確かにあったんだ…」  
「クレイ…」  
「いつか、キスをしただろ?  
あのときはわからなかったいろいろが、いまはわかる。パステルが、おれを強くするんだ。きみを守り 
たい。…けど。  
ギアを好きなら、おれは止められない…」  
 
「…ごめん、それだけ伝えたかったんだ。  
ほんとうはさっき、そのために会いにきたんだけど、…一足遅かったみたいだった。  
タイミング、いつも悪いよな、俺」  
泣きそうな笑顔で、わたしの身体を離す。  
おやすみ、とちいさく呟いて背中を向けて…  
ドアに手をかけようとした彼の手が空をきった。  
わたしが、その背中を抱きしめたから。  
「…待って。行かないで…」  
ごつごつとしたクレイの背中に顔を埋める。  
「違うの。ギアのことが好きなんじゃないの。  
でも…でも、すごく、わたし…あのとき、クレイが…ほっといてくれ、って言われて、つらかったの。  
キスしてから、ずっと、ちょっとなにかがうまく行ってない感じがしてた。  
ギアと、寝ちゃって…でも、クレイのことが頭から離れなかった」  
「…パステル」  
「すごく、身勝手なこと言ってるってわかってる。  
でも…いま…クレイが離れちゃうのが、嫌だって…思ったの…」  
あとは、言葉にならなかった。  
クレイの背中がわたしの涙で濡れていく。  
振り向いて、もう一度抱きしめられて。  
耳元でクレイが囁くのを、わたしはじっと待った。  
 
 

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