わたしが全面的に悪かったことは認めるよ。 
 だけど……それはあんまりなんじゃないかなあ。 
 わたしは、目の前のベッドで、にやにや笑いながら横たわる盗賊を見つめてためいきをついた。 
 さらさらの赤毛、ひょろっとした体格、いつもはオレンジや緑の派手な服装を好む彼が、珍しく前ボタン式のシンプルなパジャマ姿。 
 わたしがずっと好きだった人。この間、ちょっと人には言えないような経緯で恋人同士になれた人。 
 トラップ。 
「どうした? 俺の頼みなら何でも聞いてくれるんじゃねえの?」 
 トラップの顔は、どこまでも、どこまでも意地悪だった。 
「……本当に……やるの?」 
「あに言ってんだ? こないだだって似たよーなことやってたじゃねえか」 
「あ、あれはっ!」 
 ぼんっ、と頭に血がのぼる。 
 あれはっ……酔っ払ってて。よくわけがわからなくって…… 
「聞いてくれるんだろ? お・ね・が・い」 
「…………」 
 やる……しかないのかな。 
 宿には、今、わたしとトラップしかいない。 
 他の仲間は、バイトに出かけたり公園に出かけたり……で、誰もいないはず。 
 トラップは、じいっとわたしを見つめている。 
 嫌、って言っても……多分、怒ったりはしない。 
 この人は、わたしをからかいたいだけなんだから。 
 意地悪なこと言って、わたしが困るのを見て、反応を面白がってるだけなんだから。 
 ……だけど、今回は、今回だけは……聞いてあげたい。 
 彼がこんなことになったのは、全部わたしが悪いんだから。 
 わたしは、ため息をついて……ブラウスのボタンに手をかけた。 
  
 それはよく晴れたある秋の一日。 
 わたしは、クロスボウを抱えて、みすず旅館の前に立っていた。 
 クエストに行くといっつも思うんだけど、つくづく、わたしって戦闘の役に立ってないんだよね。 
 力も体力もそんなに無いし、一応ショートソードの使い方だって習ったのに重さで手がふらついてるくらいだし。 
 でも、それはすぐにどうこうできるようなものじゃないし、接近戦はクレイやノルがいるから、わたしが無理して役立とうとすることはない、って最近思うようになった。 
 足手まといになるくらいなら、わたしにできることをやるべきじゃないか、って。 
 力はすぐにはどうにかできないけど。クロスボウなら、練習すれば、何とかなるんじゃないかな、って。 
 クロスボウの命中率が上がれば、後方支援として役に立てるんじゃないか、って。 
 トラップだって、表立っての戦いはそんなに得意じゃないけど、パチンコを使って遠くから敵を牽制したりしてるもんね。 
 だから、こうして何も無い日は、クロスボウの練習をすることにしたんだ。 
 今日は、みすず旅館の前に立っている大きな木。 
 まずは、あの幹に当たるように練習しよう。あんな太い幹だし、大丈夫だよね。 
 そう思って、わたしは矢を放っては拾ってまた放って……なんてことを繰り返していたんだけど。 
 どうも……全然駄目。そりゃもちろん当たるときは当たるんだけど、全然見当違いのところに飛んでいったり、当たっても幹の下だったり上だったり。 
 うーん。見事にばらばら……同じように打ってるつもりなのになあ。何が悪いんだろ? 
 わたしが色々思案していると、 
「おめえ、姿勢がわりいんだよ」 
 突然、上から声が降ってきた。 
 え? 何、なになに? 
 きょろきょろまわりを見回すと、「こっちこっち」という声。 
 見上げると、わたしがたった今まで矢を打ち込んでいた木の上の方の枝から、トラップが手を振っていた。 
 い、いつのまにっ!? 
「トラップ、いつからそこにいたの?」 
「最初からだよ。昼寝してたらぼすぼすうるせえ音がしたから目え覚めちまったんだよ」 
 最初から。うーっ、ってことは見られてたのね。一部始終…… 
 はあ。まあ、見られちゃったものはしょうがないか。 
「ねえ、トラップ。姿勢が悪いって、どういうこと?」 
 わたしが聞くと、トラップは枝の上に座りなおして言った。 
「おめえさ、自分で気づいてねえかもしれねえけど、クロスボウ構えてるとき、背筋が曲がったり腰が曲がったり腕が曲がったり……姿勢が一定してねえんだよ。だから、力の加え方も狙いの付け方も、自分で変えてねえつもりなのにちょいちょいずれるわけ」 
 ふーん……姿勢、ねえ。 
 そんなにわたしの姿勢、悪いのかな? 
「ねえ、どうすれば治る?」 
「ああ? んなこと自分で考えろって。それとも何か? おめえ……」 
 そこで、トラップはすごーく意地悪な笑みを浮かべて言った。 
「俺に、手取り足取り教えて欲しいってわけ?」 
 ――――っ 
 その光景を想像して、思わず真っ赤になってしまう。 
 トラップとわたしは、一応恋人同士……のはず。 
 二人っきりになったら、それなりにやることはやっていたりするんだけど…… 
 いまだに、慣れないんだよね。どうしても照れちゃうって言うか。恥ずかしいって気持ちが強い。 
 トラップに言わせれば、「今更あに言ってんだ」ってことらしいんだけど…… 
 いやいや、今はそんなこと関係なくて。 
「い、いいわよっ。自分で考えるから。そのかわり、おかしなところがあったら教えてくれない?」 
 わたしが言うと、トラップは木の上で肩をすくめて、「ああ」と答えた。 
 ここらへんが、つきあうようになって変わったところだと思うんだよね。 
 前だったら、「甘えるな」とか「めんどくせえ」とか言ってたと思うもん。 
 ちょっとは優しくなったよね……多分。 
  
 トラップが見てくれている中、わたしはクロスボウの練習を再開した。 
 一本打つたびに「背筋が曲がってる」だの「身体が右に傾いてる」だの、いちいち上からトラップの指示がとんでくる。 
 何だかんだ言って、ちゃんと見ててくれてるんだよね。トラップはパチンコの腕前もすごいし、言う通りにすればきっとうまくいくはず。 
 実際、トラップに言われたことをちゃんと守るようにしていったら、徐々に矢の軌道が安定してきたもんね。 
 うんうん、やっぱり練習してよかった。 
 そうして練習を繰り返しているうちに、いつのまにか夕方になっていた。 
 疲れたなあ、と思って振り向いたら、ちょうど太陽が沈みかかっているところで、とっても綺麗な夕焼けが広がっていたんだ。 
「わー、綺麗……」 
 わたしが思わずつぶやくと、それを聞きつけたのか、トラップが言った。 
「木の上から見ると、もっとよく見えるぜ。来るか?」 
「本当?」 
 行く行く、行きますとも。 
 わたしはクロスボウを地面に置くと、一生懸命幹によじのぼった。 
 木登りなんて久しぶりだけどね。この木は、足がかりになりそうなでこぼこがいっぱいあるし。わたしでも何とか上れるんだ。 
 ある程度まで上ってきたら、トラップがひっぱりあげてくれたしね。 
「ほれっ」 
「わあっ……」 
 ぐいっ、と身体ごとひきずりあげられて、トラップの隣へ。 
 そこから見る夕陽は、確かにすっごく綺麗だった。 
 遮るものが何も無いから、すごく遠くまで見渡せるんだよね。 
「すっごーい……綺麗……」 
 わたしがうっとりと夕陽を見つめていると……いつのまにか、トラップの手が、わたしの肩にまわってきていた。 
 ぐいっと力をこめて、引き寄せられる。 
 ……うっ。 
 こういうところが、多分付き合うようになって一番変わったところ、なんだろうなあ。 
 トラップに抱きしめられるのは嫌いじゃない。むしろ大好き。あったかいし、すごく幸せな気分になれるしね。 
 だけど……何ていうのかな。うまく言えないんだけど…… 
 もうちょっと、人目をはばかってほしいというか……時と場所を選んで欲しいというか。 
 嫌じゃないんだけど、何だかなあ……って複雑な気分になるところなのだ。 
 ひょい、とトラップの顔を見上げると、彼は既に夕陽には全く興味が無いらしく、じーっとわたしを見つめていて…… 
 その顔が、段々とわたしに近づいてきて…… 
 ってちょっとちょっと!? 
 反射的に身をのけぞらせる。ややややっぱり、駄目。いきなりなんだもん。心の準備がっ…… 
 その瞬間だった。 
「バカっ、危ねえって!!」 
「え?」 
 わたしは、今自分がどこにいるのかも忘れて、限界まで身をそらしていた。 
 その結果…… 
「きゃああああああああああああああ!!?」 
「うわっ……ば、バカ野郎っ!!」 
 わたしの悲鳴とトラップの悲鳴が重なった。 
 次の瞬間、バランスを崩したわたしは、枝から見事に落ちていた。 
  
 ――ドサッ!! 
 重たい音と鈍い衝撃。 
 ううーっ、や、やっちゃったあ…… 
 あーもう、わたしのバカッ! 何やってるんだろう。 
 自己嫌悪に襲われながら立ち上がる。わたし達が座ってた枝は、結構高い場所だったんだけどね。幸いなことに、わたしは特に怪我もなく…… 
 ……え? 
 そのとき、わたしは初めて、お尻の下に地面じゃない何かがあるのを感じた。 
 ええっと…… 
「と、トラップ!?」 
「……っってえ……」 
「やだっ、トラップ、大丈夫!?」 
 ああああああ! ど、どうしようっ!? 
 どうやら、わたしが落ちる瞬間、トラップはとっさにわたしを庇ってくれたらしい。道理で怪我もしなかったはずだよね。 
 ただ、わたしの体重をまともに受け止めたトラップは、普段では絶対ありえないような変な格好で地面に叩きつけられていて…… 
「きゃあああああああああ!!? く、クレイ!? ノル!? 誰か、誰か来てええええええ!!」 
 わたしの叫び声が、みすず旅館に響き渡った。 
  
「……全治二週間、ってとこですね」 
 トラップの足に包帯を巻きながら、キットンは言った。 
 あの後、わたしの叫び声を聞きつけたクレイがとんできてくれて、すぐにトラップをベッドに運んでくれた。 
 で、キットンがあちこち診察してくれた結果、擦り傷と打ち身は大したものではないけれど、右足の骨にひびが入っているらしい、というものだった。 
 で、キットン特製の薬を使っても、全治二週間絶対安静が言い渡されたのだった。 
「ご、ごめんなさい……」 
「…………」 
 わたしが謝っても、トラップは無言。 
 ああっ、そうだよね。怒ってるよね。 
 トラップ一人だったら、絶対こんな落ち方しないもんね。わたしを庇ったせいで…… 
 ううっ、ど、どうしよう。 
「まあ、ですね。幸いにも今は特にクエストに行く予定があるわけではないですし。二週間なんてあっという間ですよ。あなたいつもふらふらどこかを遊び歩いてるんだから、たまには宿で大人しくしていたらどうです?」 
 そう言ってぎゃっはっはと笑うキットンの頭に、トラップのげん骨が落ちたことは言うまでもない。 
 そんなわけで、トラップはしばらく身動きできないことになったんだけど…… 
 そうなると、例えば食事とか。着替えとか。あるいはトイレとか。色々とお世話をする係りが必要なわけで。 
 最初はね、クレイがやろうか、って言ってくれたのよ。 
 だって、トラップって体重はそんなに無いけど割りと長身だし。彼を抱えられるのってクレイかノルしかいないんだけど、ノルは宿の中には入ってこれないしね。 
 だけど……自分で名乗り上げたのに、クレイはトラップの方を見ると、はっとしてぶんぶんと首を振った。 
「い……いやいや、やっぱり、俺は遠慮しておくよ。その……やっぱり、世話はパステルがした方がいいんじゃないかな?」 
「え?」 
 何、その変わりよう? 
 ふっと視線を向けると、クレイは強張った笑みを返して……親指だけで、そうっとトラップを指差している。 
 どうしたんだろう? 
 トラップの方を見ると、彼は何だか物凄い目つきでクレイをにらんでいた。 
 ちょっとちょっと。世話をしてくれるって申し出てくれた人に、その態度は無いんじゃない? 
「まあそうですねー。パステルが一番適任でしょうね。第一あなたのせいで怪我をしたわけですしねえ」 
 そう言ってぎゃっはっはと笑ったのはキットン。 
 そ、その通りなんだけどさあ。もーちょっと、遠慮して言ってくれると嬉しいんだけど。 
 いやいや、本当のことだからしょうがないけどね。ううっ…… 
 というわけで、全員一致で、トラップの世話はわたしが受け持つことになった。 
  
 たかが二週間されど二週間。 
 つきっきりで足が動かない人の世話をするのって……大変。 
 ちなみに、誰が言い出したのかはわからないけど、普段はわたしとルーミィ、シロちゃんの女部屋、クレイ、トラップ、キットンの男部屋、っていう部屋割なんだけど。この間だけクレイとキットンは女部屋へ移動して、わたしが男部屋に移動することになった。 
 夜中にトイレに起きたとき、他の人まで起こしちゃったら迷惑だもんね、と納得してたんだけど。 
 何だかキットンとクレイが意味ありげに笑ってたのが気になる……もう、何なのよ。 
 た、確かにわたしとトラップは恋人同士でっ……みんなもそれを知ってるけど。変な気をまわさないで、って言ってあるのに。 
 こ、今回のことは、わたしが原因でトラップが怪我をしたから、仕方なく、なの! そう、それだけなんだから! 
 ……多分。 
 まあ、それはともかくとして。 
 とりあえず世話と言っても、病気ってわけじゃないから、トイレに行きたくなったとき肩を貸したり、食事を運んだり、着替えを手伝ったりってそんな程度。 
 ……着替えを手伝うのって、実はかなり恥ずかしいんだけどね。何しろほら……動かないのが足だから。 
 うーっ、見てないっ、わたしは何も見てないからねっ! とかたく目を閉じて手だけを貸してる状態だったりする。 
 そんな感じで最初の一週間は過ぎていったんだけど…… 
 何故か、この一週間、トラップは妙に静かだった。いつもだったら絶対からかったり意地悪言ったりわがまま言ったりするところなのに、妙に無口で素直。 
 うーん……やっぱり、怒ってる……よね。 
 何回も謝ったんだけど……やっぱり、もっとちゃんと謝った方が、いいかな? 
 トラップが無口だと、何だか寂しいんだよね。 
 よし! 
「あの、あのね、トラップ」 
「……あんだよ」 
 意を決して話しかけたのが、怪我をしてから8日目のこと。 
 その日、クレイ達がたまたまみんな外出していたのは、本当に偶然だったんだけど。 
 とにかく、わたしはちゃんと謝ろうと決めて、トラップに話しかけたんだ。 
「あの……トラップ。今回のことは、本当にごめん。反省してる。だから……許してくれると、嬉しいんだけど」 
 わたしが言うと、トラップはちょっとの間わたしを見ていたけど……やがて、すごく皮肉っぽい笑みを浮かべた。 
「おめえ、俺が怒ってるって思ってんのか?」 
「え? ……怒ってる……でしょ?」 
「まあな。ちなみに、何で怒ってるか、わかるか?」 
「え?」 
 な、何を言ってるんだろう? そんなの…… 
「だ、だってわたしを庇ったせいで足を怪我しちゃって……痛かったでしょう? そりゃあ、怒ってもしょうがないかな、って」 
「ばあか」 
 わたしがそう言うと、トラップは間髪置かずに言った。 
 な、何なのよー! せっかく人が謝ってるのに。 
「ば、バカって……」 
「バカだからバカっつってんだよ。おめえ、ほんっっっっっっとうに鈍い奴だな。俺がんなことで怒るわけねえだろ」 
「んなことって……」 
「当たりめえだろ? あのまま助けずにおめえに怪我させてたら、俺一生後悔してたぜ? おめえが怪我するくれえならなあ……」 
 そう言いかけて、ハッと口をつぐむ。 
 トラップの顔は……かなり、真っ赤。 
 まあ、わたしもなんだけどね。 
 う、嬉しいけど……すっごく嬉しいけど……そうやって改めて言われると、恥ずかしいなあ。 
 で、でも。嬉しいのはともかくとして! 
「じゃあ……何で怒ってるの?」 
「…………」 
「ねえ」 
「…………」 
 トラップは、しばらく真っ赤になってそっぽを向いていた。 
 自分で気づけ……ってこと? だって、しょうがないじゃない。わからないんだから。 
「教えてよ、トラップ。わたし、本当にわからない。じゃあ何で怒ってるの? ねえ」 
「けっ」 
 わたしが必死に頼んでも、トラップはそっぽを向いたまんま。 
 ……何だか悲しくなってきた。何で? 何でこうなっちゃうの。 
 わたしはトラップと仲直りがしたいだけなのに。だからちゃんと謝るって言ってるのに。 
 何で怒ってるのか教えてくれなきゃ、謝りようが無いじゃない。 
「ねえ、トラップ……」 
「……おめえ、本当の本当にわかんねえわけ?」 
「わからないよ……」 
「けっ。わかんねえならもういいよ」 
 どうやら、トラップは本格的に機嫌をそこねてしまったらしい。 
 そっぽを向いた顔が、何だか酷く冷たい。 
 どうしよう。わたし、どうしたらいいんだろう? 
 怒った原因。怪我をさせたことが原因じゃない。じゃあ、何? 他に、わたしが何をしたって言うの? 
「ごめん、トラップが何で怒ってるのかやっぱりわからないけど……でも、謝る。わたし、トラップと仲直りしたいから。何でも言うこときくから、機嫌直してくれない?」 
 わたしがそう言うと。 
 トラップの目が、きらっと光った……ような気がした。 
 ……何だろう。今、何だかすごく嫌な予感が…… 
「何でも?」 
「う、うん……」 
「本当に……何でも、言うこと聞くんだな?」 
「そ、それで許してくれるなら……」 
「そう、だな……」 
 トラップの顔に、いつもの意地悪そうな笑みが広がる。 
 その顔は、全くいつものトラップで……何だか、機嫌が悪かったのも一瞬で吹き飛んだように見えたんだけど。 
 手招きされて、トラップの口元に耳を寄せる。 
 彼の答えを聞いて……わたしは、耳まで真っ赤になってしまった。 
 なっ、なっ、なっ…… 
「嫌? ならいいぜ。別に」 
 トラップの顔は、すごーく意地悪に微笑んでいて…… 
 多分、わたしがすごくうろたえて困っているのを見て、もう機嫌なんかすっかり直ってしまったんだろうけど。 
 何となくわかった。でも、冗談で言った言葉じゃない、って。 
 やらなくても怒ったりはしないけど、多分、やってあげれば……喜んでくれるんだろう、って。 
 そして、冒頭に繋がる、というわけなのだった。 
  
 それはすごく恥ずかしいことだった。確かに、この間、酔った勢いで似たようなことをしちゃったけど(いや、わたしはよく覚えてないんだけどね) 
 だけど、改めて言われると…… 
 ううっ、駄目駄目。考えてたら余計できなくなるっ! 
 大丈夫、大丈夫。わたしは……トラップのこと、好きだから。 
 できる、もん…… 
 ぶちぶちぶちっ、とブラウスのボタンを外す。 
 トラップは、そんなわたしをじーっと見つめるだけで何も言わない。 
 言わないけど……その目からは、さっきまでの冷たい光はすっかり消えていた。 
 ごめんね。何を怒っているのかわかってあげられなくて。 
 だから……トラップが望むのなら。わたしはできることをやってあげたい。 
 ブラウスのボタンが全開になる。スカートの中に手を入れて、下着だけをするりと抜き取る。 
 そのままの格好で、わたしは……トラップの腰のあたりに、またがった。 
「……あの、重く……ない?」 
「……いや。全然」 
 そっと顔を近づける。 
 わたしの方からするのは……あの、酔っ払って迫っていった日以来、かもしれない。 
 触れた唇は、暖かかった。 
 そっとその頬に手をかけて、そのままキスを深めていく。 
 わずかに開いた唇に舌をこじいれて、ゆっくりと舌をからませる。 
 かすかに、甘い味がした。 
「……どう、だろ……」 
「酒臭いキスよりは、いいぜ」 
 わたしの問いに、答えるトラップは……ほんの少しだけど、息が荒い。 
 ……えと、次、は…… 
 今トラップが着ているのは、いつものシャツじゃなくて、前ボタン式のパジャマ。そのボタンを、ぶちぶちと外していく。 
 パジャマの下に何も身につけていないトラップの身体は……綺麗だった。 
「……綺麗、だね」 
「はあ?」 
 わたしのつぶやきに、トラップは間の抜けた声をあげていたけれど…… 
 いいじゃない。本当にそう思ったんだから。 
 そのまま、ゆっくりと胸元に口付ける。 
 細いけれど、意外と筋肉はしっかりついている。ひょろひょろした外見からはちょっと想像できないくらい。 
 首筋から胸元にかけて、強く吸い上げると、虫に刺されたような赤い痕が、いくつも残った。 
 トラップが、よくやってくれること。「おめえは俺のもんだっていう印な」って、笑ってたけど。胸元や襟元の開いた服が着れなくて、困っちゃうんだよね。なかなか消えないし、あの痕。 
 その痕を、今、わたしがトラップにつけていた。……何だか新鮮な経験、かも。 
 ふっと顔を見上げると、トラップは何だかぎゅっと目を閉じて震えていたけれど……文句は言ってないし。いい、んだよね? これで。 
 ええっと…… 
 こ、ここから先が、問題なんだよね。 
 顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。で、でもでも。やって……欲しい、んだよね。トラップは。 
 胸元から徐々に下の方へと唇を移動させる。 
 下腹部のあたりまで来たところで、わたしは……ズボンに、手をかけた。 
 そっと隙間から手を差し入れると……「それ」は、もう、かたく、大きくなっているみたいだった。 
「ねえ、もう……?」 
「……おめえ、一週間以上も、惚れた女と部屋に二人っきりでいて……何もできなかったんだぜ? 男ってのはな、それなりに……苦労があるんだよ」 
 トラップの言うことって、よくわからないけど。 
 それって……やっぱり辛いのかな? 
 震える手で、「それ」を握る。力を入れすぎないように。優しく。 
 握った瞬間、トラップの全身が、びくり、と震えた。 
 見なくちゃいけないってわかってるけど、どうしても直視できない。もうわたしの顔は、これ以上は無理っていうくらい真っ赤になってるはず。 
 そのまま、ゆっくりと手を上下させる。わたしの手の中で、「それ」は、震えるようにして、ますます大きくなっていくみたいだった。 
「い、いい? 大丈夫、痛くない?」 
「…………」 
 トラップは何も答えない。ただ、拳をぎゅっと握りしめて…… 
 そして、わたしの手首をつかんだ。 
「え……?」 
「やっぱ、それはもうちっと後、でいい」 
「え?」 
 わたしが不思議そうな顔をすると、トラップはにやり、と笑って言った。 
「もったいねえだろ?」 
 そうつぶやくと、彼は。 
 そのまま上半身を起こして、わたしの頬に手をかけ……唇を塞いだ。 
「んっ……」 
 わたしのぎこちないキスとは違う、すごく巧みな……深いキス。 
 そのまま、彼の手が、わたしの首筋から背中を優しくなであげる。 
 あれから何度も経験した……愛撫、という行為。 
 最初はくすぐったい、っていう感じが強かったのに。今は……トラップの手が触れるたび、「快感」っていうのがつきあげてくるのがわかって…… 
「と、トラップ……」 
「おめえだって、準備、しねえとな」 
 わたしの顔を覗き込むようにして、トラップは言った。 
「痛いのは、嫌だろ? それとも……準備も、自分でするか?」 
「…………」 
 そ、それは……さすがに、ちょっと。 
 必死に首を振ると、トラップは笑って……胸に、くちづけてきた。 
 舌先で転がすような、優しいキス。気持ちいい、素直にそう思えるようになったのは、最近のこと。 
「やっ……ああっ……」 
「何か、すっげえ久しぶり、だな。この感じ……」 
 胸に顔をうずめるようにして、トラップはつぶやいた。 
「やっぱ、おめえの身体は……あったけえ」 
 ――びくりっ! 
 唇が胸の谷間を伝っていく。身体はぞくぞく震えているけど、決して寒くはない。内側からじんわりと熱くなってくる、そんな感じ。 
 ふっと、トラップの手が、背中から下におりる。 
 お尻をなでるようにして、指が……わたしの中心部を、優しくさする。 
「あっ……」 
「おめえもさ……大分、感じやすくなったよなあ……」 
「え……?」 
「だって、ほれ」 
 ぐじゅっ 
「もう、こんなんになってるし」 
 っ……やっ…… 
「い、意地悪っ……」 
「んー。そんなこと言って、しっかり感じてるくせに」 
「なっ……」 
 耳元に触れる熱い吐息。 
 悔しいけど……そう、かも。 
 トラップの指が、ゆっくりと中にもぐりこむ。 
 ぐちゅっ、という音が、やけに大きく響いてかなり恥ずかしい。 
 だ、誰もいないんだから、大丈夫……よね。誰か帰ってきたりしないよね。 
「うっ……ああっ、やあんっ……」 
「……どうする? もっと、準備が必要か?」 
「…………」 
 ふるふると首を振る。 
 これ以上は……多分無理、だから。 
 だって、もうトラップの指を伝って……太ももを伝うくらい、濡れちゃってるのが……わかるから。 
「じゃあ……頼めるか?」 
「…………」 
「わりいな。俺、動けねえから」 
 わかってるもん。大丈夫……できる、と思うから。 
 くるり、とトラップに背を向ける。 
 見ないように、と思っても、嫌でも目に入ってしまう。大きくたっている「それ」が。 
 もう一度、ぎゅっとつかむ。 
 軽く上下にこすった後、わたしは……ぎゅっと目を閉じて、ゆっくりと、「それ」を口に含んだ。 
  
 お、大きい…… 
 口に入れた瞬間感じたのは、そんな感想。 
 顎が外れそう、っていうと大げさだけど。本当にそんな感じ。 
 歯を立てないように気を使ってるから、余計にそう思う。 
 ゆっくりと先をなめてみると、思ったほど味はしなかった。 
 アイスキャンデーをなめるときの要領で、ゆっくりと舌を動かしてみる。 
「っ……あっ……」 
 その瞬間響いたのは、トラップのうめき声。 
 ……だい、じょうぶ? 
「トラップ……」 
「いい……続けて、くれ」 
 酷く苦しそうなのに、そのくせ口調は嬉しそうなトラップの声。 
 もう一度口に含む。気のせいか、さっきよりもちょっと、大きくなっているかもしれない。 
 ぺろり、と先だけなめると、トラップの身体がびくりっ、と震えた。 
「……ねえ、どっちが……いい、かな?」 
「…………」 
「あの、口で……がいい? 手、でもいいよ。それとも……」 
「聞くな。そんなもんな」 
 トラップの答えに、迷いは全然無かった。 
「おめえの中が一番いいに、決まってんだろ?」 
「……うん、わかった」 
 やっぱり、そう……だよね。 
 だ、大丈夫かな? うまく……できるかな? 
 ゆっくりと「それ」を握る。そろそろと腰をあげる。 
 トラップの方を振り向く。彼は、満足そうに笑って頷いた。 
 わたしは、「それ」の上に、深く身を沈めた。 
  
「っ……あっ……あんっ……」 
「うっ……」 
 身を沈めた瞬間、わたしもトラップも、同時にうめいていた。 
 こんな格好をしたのは始めてなんだけど……何だか、普段の格好に比べて、すごく……奥深くまで、トラップを受け入れたって感じ、が…… 
「あうっ……」 
 トラップが、しっかり「準備」してくれたせいか、あんまり痛みは無い。最初の頃は、痛くてたまらなかったのに。 
 そのまま、身体を少しだけ持ち上げて、また身を沈める。この繰り返し。 
 っ……やっ、駄目っ……これ……わたし、変になりそうっ…… 
「と、とらっ……ぷ……」 
「くっ……」 
 ぐっとトラップが身を起こす。わたしを一度強く抱きしめた後……太ももの下に手をまわして、自らわたしの身体を持ち上げた。 
「やっ……」 
 す、すごい。すごい力。 
 腰から下は全然力が入ってないはずなのに…… 
「やあっ、あ、あ、あんっ……」 
「つっ……お、だ、駄目だ……もう、持たねえっ……」 
 持ち上げて落とされる。そんな動作を何回繰り返したのかわからないけど。 
 何回目かにわたしが身を沈めたとき……トラップの身体が大きく震えて、わたしを強く、抱きしめた。 
  
 ことが終わってしばらくしても、トラップはわたしを離そうとはしなかった。 
「……ねえ、これで、許してくれる?」 
「……ああ」 
 トラップは上機嫌みたいだった。わたしの髪をくしゃっとなでて、優しく微笑む。 
「こーいうのも、悪くねえな。またやってくれっか?」 
「――――っ!!」 
 真っ赤になってうつむいてしまう。 
 こ、これはっ……トラップが、怪我をしたから…… 
 駄目、だよ。恥ずかしいもん。 
 わたしが答えないでいると、トラップは、しばらく黙ってわたしを見つめていたけど……やがて、抱きしめる腕に力をこめて言った。 
「なあ、俺が怒ってた理由、教えてやろうか?」 
「……え?」 
「あのとき。おめえ、嫌がっただろ?」 
「…………?」 
 あのとき。怪我、したときだよね。 
 嫌がった、って……? 
「俺が、キスしようとしたら……嫌がって逃げた、だろ?」 
「……あ……」 
 あ、あれは……トラップから見たら、そんな風に見えたの? 
 嫌がったんじゃない。びっくりしただけ、で…… 
「ショックだったんだぜ? 俺はおめえのこと好きだけど、おめえはそうじゃねえのか、って思ってな。やっぱ、最初のあれは、酔った勢いで口が滑っただけで、本当は違ったのか、って」 
「ち、違うわよっ!」 
 違う違う、それは絶対に違う! でも……何て、説明すればいいんだろう。 
 抱きしめてもらうのも、キスしてもらうのもすごく嬉しい。だけど、迫られると恥ずかしい。時と場所を選んで欲しいって思うのは……変、なのかな? 
 いつも抱いてもらいたい、って思ってなくちゃ、おかしいの? 
「違う。トラップのこと、好きだよ。だけど……」 
「だけど?」 
「……よくわからない。キスしてもらうのも抱いてもらうのも好き。嬉しい。だけど、いざ迫られると恥ずかしい。心の準備ができてないと、思わず身体が強張っちゃう……変、かな?」 
 トラップは、わたしをまじまじと見ていたけど、やがて、身を震わせて……笑った。 
「くっ……はっ、ははっ、な、なるほどな」 
「な、何? 何?」 
「いや……」 
 トラップはしばらく笑ってたけど、やがて、いつも通りの笑みを浮かべて言った。 
「そりゃ、おめえ……男と女の違い、って奴だろ」 
「え?」 
「男はな、惚れた女だったら……別にどんな格好してようと、どんな表情してようと、気にならねえんだよ。そいつの全部に惚れたんだからな。でも、女は違うんだろうな。いつも綺麗な自分を見て欲しい、そんな気持ちがあるんじゃねえ? 不意打ちでキスされて、間抜けな顔見られるのが嫌だ……そんな気持ちがあるんじゃねえの?」 
「…………」 
 そ、そう……なのかな? そう言われたらそんな気もするけど……やっぱり、よくわからない。 
 うーん、とわたしが考え込んでいると、トラップは、ぽん、とわたしの頭に手を置いて言った。 
「ま、安心しろ」 
「……え?」 
「おめえの間抜け顔なんて、見慣れてるからよ」 
 ――――なっ…… 
 わたしが抗議しようと口を開けたとき。 
 即座に、唇が、トラップによって塞がれた。 
 あまりの素早さに、ぽかんとしてしまったわたしの顔は……きっと、すごく間抜けだったに違いない。

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