「リター! こっちにビールあと3杯ね」  
「あいよっ、ちょっと待っててー」  
 大量のお皿の乗ったお盆を両手に持ったリタが、首だけ振り返って答えてくれた。  
 くるくるっとまとめた髪の毛を結んだ後姿が厨房へと入るのを見届けると、椅子から浮かしかけていたお尻をおろす。  
 今日も猪鹿亭は大繁盛。  
 大きなお店のテーブルほとんどが埋まっていて、そこかしこでにぎやかな話し声が聞こえる。  
 もちろんわたしたちのいるテーブルも例外じゃなく。  
「くっそ、あの女絶対イカサマしてやがる! 俺のテーブル総取りしやがって!」  
「また負けたのか? バイトの給料入ったばっかりなのに」  
 悔しそうにジョッキを傾けるトラップに呆れたように答えるのは、串焼き片手のクレイ。  
 今月はけっこうバイト頑張ってたからお給料多めだったみたいなのに、もうすっちゃったんだね。何やってんだか。  
 まぁ自分のお小遣いだからどう使おうが勝手だけどさあ。  
 
「畜生、今日こそ取り返してやらにゃ気がすまねぇ。おいクレイちゃんよ」  
「ちょっとぉ、間違ってもクレイに貸してなんて言わないでよね」  
 慌てて話に割り込むと、わたしの右側からにこやかな笑みが返ってきた。  
「もちろん。こいつにギャンブル資金貸すなんて、破れた財布に金入れるのと一緒だよ」  
 的確な表現にブンむくれるトラップ。  
「パステル、いらんこと言うんじゃねえ!」  
「なによ、トラップが悪いんじゃない。手持ちがなくなったらすぐクレイにたかろうとするんだから」  
「へーへーそれでデート資金が減ったら困りますもんねぇ、いいよなぁ色々あったけえ奴らは」  
 彼はおどけたように顎を突き出した。うー、むかつくなぁ。  
「今そんなこと関係ないでしょ!」  
「ぱーるぅ、顔真っ赤だおう」  
 大きなソーセージを刺したフォークを握り締めたルーミィが、不思議そうな顔でこっちを見ている。  
 同じく大きなくりくりの黒目をわたしにそそぐシロちゃん。いいのよ、君らは食べてなさい。  
「まぁ今やクレイのお財布はパステルのお財布と同じですからねえ。いや、もともとうちのパーティのお財布はパステルが握ってたんでしたね。クレイも二重に管理されるとは」  
 淡々と述べるのは、わたしの真正面に座ったキットン。  
 そ、そりゃそうだけど、なんかそれじゃわたしがすごい守銭奴みたいじゃない?  
 もう少しものには言い方って物があると思うんですけど!  
「カカア天下と言いますか……あっ、何するんですかパステル!」  
 キットンが伸ばしたフォークの先から、唐揚げのお皿をさらう。  
「悪かったわねー、カカア天下で」  
「いやその言い過ぎました。それよりその唐揚げ下さい」  
 じと目でキットンを睨んでいると、横顔に感じる視線。困ったような笑顔のノルと目が合う。  
 とりあえず愛想笑いして誤魔化すように咳払いしつつ、知らん顔して唐揚げのお皿を遠ざける。  
 キットンの苦情の横では、まだしつこくクレイ相手にブツブツ言っていたトラップが、情けないため息をつきながら空になったジョッキを置いた。  
 
「だってよー、昨日の女ムカつくんだぜぇ? そこそこ若くてどう見ても素人なのによ」  
「そらおまえ、女の胸ばっか見てっからだよ」  
 机に突っ伏している赤毛の頭に、からかうような言葉が飛ぶ。  
 声の方向を見れば、どっかと座り込んでる上機嫌な赤ら顔。なぁんだオーシか。  
「まぁあの女間違いなくプロだろうがな」  
 ぬうっと顔をあげたトラップは、オーシの言葉を聞いて一瞬眼光を鋭くした。  
「プロ? あの風体でか?」  
「おぅ、情報通の俺を舐めるんじゃねえよ」  
 まぁそれは間違いないかも。  
 このシルバーリーブで一番早くて正確な情報を持ってるのはオーシだろうな。  
「ありゃここらの街のカジノ荒らしてる女賭博士だろ」  
「有名なのかよ?」  
「シルバーリーブじゃ初見だろうな。でも昨夜のあの荒稼ぎじゃ、今日はもういなくなってるんじゃねえか? がはははっ」  
 下品に笑うと、特大ジョッキのビールをごくごくと飲み干すオーシ。  
 浅黒い首の喉仏が脈打つように動く。  
「くそーやられ損かよ」  
「どうせあの女の胸だの脚だのばっか見てたんだろ? ガキだなぁ、まだまだ」  
「んなこと言ったって、あの服は反則だと思わねぇ?」  
 すっかりいじけた様子のトラップは、目の前の枝豆を口に運んでは前歯でちびちびと噛み砕く。  
 ざまあみろと言わんばかりに大笑いしたオーシがふと真顔になった。  
「まさかおまえ童貞かよ!?」  
 とんでもない言葉が飛び出し、話の流れと意味を把握している大人全員が固まる。  
「ちょっと、ルーミィもいるのにやめてよそういう話っ!」  
 焦りまくって制止するも、案の定ちゃんと聞いてるルーミィ。  
「ろーてえ? おいしいのかあ?」  
「食べるものじゃないんだよ、ルーミィ」  
「まぁ大人の女性が食べたりすることもありますがねぇ」  
「キットン」  
「あ、わかりましたすみません。その春巻き取らないで下さい」  
 
 もめているわたしたちを余所にニヤニヤ笑っている事の元凶は、トラップの肩を軽く突いてまた尋ねた。  
「どうなんだよ? え?」  
「るせーよほっとけ」  
 思い切り不貞腐れた表情のトラップはオーシから顔を背けると、ビールを持ってきた新しいウエイトレスの子を捕まえた。  
 オーシを完全無視し、可愛いだのいつまでいるかだの話しかけてる。  
 質問が空振った形になったオーシは、わざとらしく両手を広げて見せると、椅子から立ち上がった。  
「俺としたことが、未経験のガキをからかってもつまらんな」  
 言葉を切ってなぜかちらりとクレイを見やる。  
「サカリがついちまってるような奴もいるのになあ……昨日も」  
 な!? トイレのある方向へ歩く背中を思わず視線で追いかけてしまう。  
 気がつけば皆同じ反応。今のどういう意味? と言いたげな空気をひしひしと感じる。  
 もう、みんなの前でそんなことばらさなくったって……  
――ちょっと待ってよ。  
 なんでオーシがそれを知ってるの? 一気に顔から血の気が引く。  
 クレイが言うわけないし、パーティの皆はさすがに知らないだろうしもし知っててもオーシに言う訳ないし。頭がぐるぐるぐるぐる回る。  
 
 テーブルの面々はわたしの表情を見てどう判断したのか知らないけど、わざとらしく帰る準備を始めている。「そろそろ出ますかねえ」  
「そうだな。ルーミィ、ごちそうさまだよ」  
 クレイもなんともいえない複雑な笑顔でルーミィを椅子から下ろしている。  
「帰るんかあ?」  
「ルーミィ、帰って、あやとりしよう」  
「いいおう!」  
 楽しそうにノルの指を握ったルーミィ。  
「俺ぁ今日もカジノ寄ってから帰るぜ。昨日の女、来てるかもしんねぇからな」  
 まさか……  
 カジノとオーシの家を最短ルートで結ぶと、みすず旅館のすぐ裏の路地を通ることになる。  
 そして昨夜こっそり使わせてもらった空き部屋は1階。  
 カーテン閉めたか覚えてないけど。いや待て、わたし。珍しくあったかい日で、なんかいい風が入って気持ちいいなぁって思った! そういえば!!  
 昨夜のカジノの閉店時間は0時……その頃わたしとクレイは……  
 あああ間違いない! 通りすがりに見られた若しくは聞かれてたんだわ!!  
 普段頭の回転があまり早くないわたしだけど、珍しくあっという間に結論を導き出し、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。  
 
「どうしたんですかパステル」  
「先に帰ってて! わたし、その……リタにちょっと用事を思い出したの」  
 恐る恐る問いかけてきたキットンに、無理やり作った言い訳で答える。  
「わ、わかりました。じゃあ支払お願いしますよ」  
 お腹いっぱいで口元にケチャップをつけたままのルーミィに作り笑顔で手を振って見せると、わたしはそそくさと厨房へ向かった。  
 
 そっと厨房を覗き込むと、中は戦場のような慌しさ。  
 こういう時は大抵、後で精算しとくから会計は明日来た時に払ってくれって言われるんだよね。  
 すごい勢いでお皿を洗っていたリタと目が合うと、案の定「あした」とリタの唇が動いたので、うんうんと頷いて通りすぎる。  
 その先、一番奥まった場所にあるのはトイレ。  
 さっき席を立って、まだオーシは戻ってきてないんだよね。  
 もしかして気持ち悪くなってるんだろか。でもそんなの知っこっちゃない。  
 
 なんで知ってるのか聞かないと落ち着かなくて帰れないよ、わたし。  
 ついでに一応……口止めしとかないとなぁ。  
 いったいどこまで聞かれてたのかわかんないけど、どう考えてもクレイにもわたしにも不名誉な気がするし。  
 でもただで黙っててくれるとも思えないし……口止め料とか言われそう。それかシナリオ買えとか?  
 今お財布にあんまり余裕ないんだけどなー  
 トイレの前で悶々と考え込んでいると、ぎいっという音と同時にドアが開いた。  
「んあ? 何してんだ、こんなとこで」  
 そこにいたのはもちろんオーシその人。  
「話があるのよ、ちょっとこっち来て!」  
「なんなんだ、一体。俺まだ飲んでんだけどよ」  
 抗議を無視して太い腕を抱え込み、強引に引っ張る。  
 
 トイレのある通路のどん詰まりにある通用口を押し開けると、猪鹿亭と隣の物置小屋の狭い隙間に出る。  
 一応猪鹿亭の入口側へ抜けられるようにはなってるんだけど、今そこには山と積まれた木箱や樽で完全に塞がれてしまってる。  
 ここなら誰にも邪魔されずに話ができるはず! このドアを開けて出てくる人がいるとは思えないしね。  
 屋根はないけどある種密室になっていることを確認してほっと安心すると、本来の目的、オーシを問い詰めなくちゃいけない。  
 
「さっきの話……」  
「あ? あぁおまえらが色気づいて色々やってる話か」  
「なっ! 色気づくってそんな、色々ってその」  
「何が言いたいんだよ」  
 どもりまくるわたしの顔を覗き込んで意地悪そうに笑う。  
「もしかして……見たの?」  
「昨日だったかなー、カジノの帰りに某旅館の傍を通ったらなぁ、夜中なのに開けっ放しの窓があってだな」  
「……もういいわよ」  
 やっぱり……珍しくわたしの推理は、いや推理とも呼べないけど、推測は当たってたらしい。  
「その話、誰かに言ってないよね?」  
 せっつくように聞くわたしをまぁまぁと片手でなだめると、オーシは木箱に腰掛けて煙草を取り出した。  
 焦らすようにゆっくりと煙草を取り出し、火をつける。シュボッ、という音と小さな灯り。  
「まだ言ってねぇけどよー」  
「まだ……って」  
 眉間に皺を寄せているわたしの顔をしばらく眺めていたオーシは、弾かれたように笑った。  
「はっはっはっは、何難しい顔してるんだか。別に言やしねえよ」  
「ほっほんとに!?」  
「さっきはちょっと匂わせてみたけどよ、正直ガキの乳繰り合いに興味ねえしな。誰に言っても俺の得にならん。貧乏所帯じゃ口止め料も弾めんだろ」  
 まぁそれは間違いないんですけど。  
 なんか果てしなく馬鹿にされてる気がしないでもないけど、この際いいことにしとこう。  
 
「しかし"まただめ?"なんて聞こえたぜ。女の言うことって酷だよなぁ」  
 ……そう。そうなんだ。  
 クレイとわたしは付き合ってはいるんだけど。  
 もちろん何度か事に及んだことはあるものの、実はクレイは一度も……ちゃんと達していなかったりするんだもん。  
 クレイが言うとおり緊張しすぎてるのか、もしかしてわたしゆる……いやいや。クレイが初めてなのにそれは違うと思いたいんだけど。  
 実は昨夜も試してみたけど、やっぱりだめだったんだよね。  
 何がいけないんだろう?  
 一応少ない知識を駆使して、クレイがちょっとでも気持ちよくなるといいなぁと思って、やったこともないことして頑張ってるんだけどなぁ……  
 
 地味に落ち込んでいるうちに、煙草を一本吸い終わったオーシが地面に吸殻を擦り付けていた。  
「クレイもまだガキなんだからよ、緊張すりゃ勃たねぇこともあるしイカねえこともあるさ」  
 そういうもんなのかな?  
 何せいつまでたってもクレイがちゃんと、その……出す、ってとこまでいかないんだもん。  
 わたしもヘトヘトだし段々痛くなってきちゃうし、気持ちよくなんて全然ないしなぁ。  
「それともパステル、おまえじゃ物足りないのかねぇ。気持ちよくねえとか?」  
 物足りなくて悪かったわね。  
 憮然としているわたしの顔色に気づかないのか気づいたからなのか。  
 酔っ払って口が軽くなってるらしいオーシは、さらに調子よく言葉を継いだ。  
「クレイも筆おろしくらい俺に言ってくれりゃ、安くて別嬪で床上手の年増くらい段取りしてやるのによ」  
 なんかだんだんむかついてきたぞ。  
 それじゃわたしが初めてで床下手のせいみたいじゃない!?  
「まぁおめさん処女だったんだろ? そりゃーマグロでも下手くそでも仕方ねえわな」  
「マ……マグロですってえ!?」  
 あったまきた。  
 そりゃ男の人のほうがデリケートだっていうのは知ってるよ?  
 でもさぁ、相手が初めてのわたしだったからクレイがいつまでたってもイケないなんて、じゃあどうすれば良かったのよ。  
 
 わたしなりにリタに聞いてみたり試行錯誤しながら色々やってるのに!  
「ま、そのへんはキスの仕方も知らん処女を選んだクレイの不幸だな」  
 物足りない。マグロ。下手くそ。クレイの不幸……最後のはそのとおりだけど。  
 なんかもう怒りのあまり頭が真っ白。  
 なんでそんなに馬鹿にされなきゃいけないのよ!? 酔っ払いの戯言だとしても、絶対に許せない!  
 
 わなわな震えてるだろうわたしを尻目に、オーシはお尻をはたいて木箱から立ち上がるとドアノブに手をかけた。  
「話はそれだけだろ? 俺ぁもう行くぜ。まだ飲み足りねえんだから」  
「……待ちなさいよ」  
「まだ何かあんのかあ?」  
「誰が相手として失敗か……自分で試してみてから言いなさいよ!」  
「はあ!?」  
 わけがわからない様子のオーシの胸倉をつかみ、力任せにドアに押し付ける。  
「痛てっ、パステルやめろって」  
「うるさいっ」  
 ごちゃごちゃ言ってる唇に、思い切り唇を重ねる。  
 オーシもけっこう背が高いので、背伸びしないと届かない。  
 勢い余って鼻同士がぶつかってちょっと痛いけど、いまそんなこと言ってられないし!  
 
「なっおま、何す」  
 言葉を塞ぐようにぐいぐい唇を押し付けると、ちくちくした無精ひげが顎や頬に当たる。  
 驚きのあまりだろう、半開きになっているオーシの口。  
 一瞬躊躇ったけど、覚悟を決めて舌を差し入れる。  
 ねっとりした感触。お酒臭くて湿った息。さっき食べたのかな、チリソースみたいな味もするけどもうこの際関係ない。  
 熱っぽくて厚い舌を探し出して舌同士を絡め合わせる。  
 何度も吸い上げるとそれは、純粋にオーシの唾液の味だけになっていった。  
 少しざらざらして、煙草臭さの残る、男の舌の味。  
 一生懸命口を開けすぎて顎が痛くなり、爪先立ちももう限界になってきた頃、押し返すようにわたしの両肩を掴んでいたオーシの手の力が緩んだ。  
 それを合図みたいに、わたしはようやくオーシの唇を離した。  
 お互いに荒い呼吸。全力疾走してきたみたいに、息があがってる。  
 
「パステル、おまえ……」  
「これ、でも、下手だって言う?」  
 息継ぎしながら精一杯の虚勢をはって顎を上げる。  
 信じられない、といった表情をしていたオーシは、ふと真顔になると大きく息をついた。  
「いや、キスの仕方も知らんとは失礼だったな。でも」  
「きゃ!?」  
 オーシは不意にわたしの手を掴むと、ぐいと自分の股間に導いた。  
 ごつい生地のジーンズの上から感じる、堅くなったオーシのそれ。  
「こんなにしてくれてなぁ、責任取ってくれ」  
 ギラギラした目とまともに目が合った。  
「責任……って」  
 それって普通女性が言うことなんじゃないの!?  
「俺をイカせてみろや。そしたら、おまえさんがマグロ女でも下手でもないと認めてやる」  
「…………約束だからね」  
「おう。その時はおまえの勝ちだ。だが言っとくが俺は女慣れはしてるからな。伊達に年食っとらんぞ」  
 不適に笑うオーシ。  
 果てしなく不利な賭けをしてる気がしないでもないけど、乗りかかった船。  
 あんなに馬鹿にされてしおしおと逃げ帰るなんて絶対できないもん!  
 そもそもここまでしちゃったんだから、もう何したって一緒!  
 
「せいぜい気持ちよくさせてくんな」  
 ぎろりと睨みつつ、意気込みも新たに深呼吸。  
 膝につく土の感触にちょっと顔をしかめながら、オーシの足元に屈みこむ。  
 ファスナーをおろして下着の隙間らしきところから、どうにかそれを掴んで引っ張り出す。  
 ジーンズの中でぱつんぱつんになってたらしいオーシのモノは、弓がびよんとしなるようにジーンズから顔を出した。  
「おいっ手荒に扱うなっ」  
「あ、すいません」  
 焦った苦情に思わず謝りつつ、てらてらと赤黒いそれに手を伸ばす。  
 いつもクレイにしてあげているように、力を入れないように握り、ゆっくりとしごき始める。  
「お、そうそう」  
 軽い調子の言葉がなんとなく悔しくて。  
 わたしだってさ、少しは勉強したんだから、何も知らないわけじゃないんだからね。  
 
 わたしは口を大きく開けて鼻から息を吸うと、それをぱっくりと咥えこんだ。  
「む」  
 そそり立つそれは太くてなんと言うかやけにごつくて、なんとか口に収めることはできたけど……うまく動かせない!  
 もがとかむがとか口の中で言いつつ、唇に力を込めて吸い上げる。  
 唇の端から漏れるじゅるっという水っぽい音と雫に構わず、首を前後に振る。  
 オーシのって、しかも長い……吸い付く度に喉の奥に当たって、正直うえっとなりそうになるんだよね。  
 でもそんな弱音吐くわけにいかないので必死に我慢。  
 
 遠くに聞こえるお店の中の喧騒に反して、ここは不思議に静か。  
 じゅぼ、じゅぶ、ってなんとも卑猥な音をわたしの口が紡ぐ。  
「まずます……だな。もっと裏とかカリとか舐めてくれよ」  
「うあ?」  
「そ、裏。なんか筋があんだろ? そこ舌でなぞってみ……う、そこそこ」  
 一旦オーシのそれから口を離し、言われるがままに裏側にある細い筋上のでっぱりに舌をはわせる。  
 舌先に力を入れて筋の真上や血管の浮いたあたりを集中的に舐めまわすと、オーシが低いため息のようなものを漏らした。  
 
 不意に前髪を軽くつかまれる。すうっと外気にさらされるおでこ。何?  
 そのままの姿勢で上目遣いで見上げると、軽く血走ったような目と目があった。  
 どことなく顔が上気してる気が……いやお酒は飲んでるから最初っから赤ら顔なんだけどね。そうじゃなくて、火照ったような感じというか。  
 ついそのまま見つめていると、軽く歪めた唇をべろりと舌が舐めた。  
「んな目で見上げてよ。たまんねえな」  
 オーシはそんなことを言ったかと思うと、おもむろに上半身を屈め、わたしの両腕を掴んで立ち上がらせた。  
「え? まだ……でしょ?」  
 このままでわたしの負けになんてなったら困る! 途中やめさせないで欲しいんですけど?  
 
 わたしの抗議を適当にあしらうと、オーシはわたしをくるりと反転させ木箱に向かわせた。  
 目の前には積み上げられた前述の木箱、そして巨大なビール樽。  
 後ろ向いてちゃできないじゃない。  
 反論しようとしたとき、後ろから軽く肩を小突かれる。よろめいて反射的に木箱に手をついたら。  
 
「きゃあああっ!!」  
 思い切りスカートをめくられた!!  
 まくれあがったスカートを慌てて押さえて振り向くと、ニヤニヤと下卑た笑いが見下ろしていた。  
「何するのよちょっとっ!」  
「ひゅー、純白! いいねぇ。噂の毛糸のパンツじゃねえんだな」  
 そりゃあ、もうこの頃あったかいもん。  
 クエストに出るんでもない限り、あんなの履いてたらムレちゃうよ……ってそんなことはどうでもいいの!  
 なんでわたしがスカートめくられなきゃいけないのよ?  
 オーシは猛抗議に耳を貸す様子もなく、お尻の上からスカートを押さえたままのわたしを後ろから抱き締めた。  
「なっ、なんっ」  
 抱き締めるというより羽交い絞め。  
 大きな体に後ろから押さえ込まれ、わたしにできることと言えばスカートを押さえ続けるくらい。  
 でもその努力はどうやら裏目に出ちゃったらしい。  
 
「今更照れんなよ。おまえさんの舌使いもまあまあ巧いんだがよ〜、あと一歩イケそうにねえな」  
 片手はわたしを押さえ込んだまま、もう片手が前からわたしのスカートの裾をかいくぐり、下着の上からその部分を撫ぜた。  
「やぁっ」  
「ほれ逃げるな。俺がイカなくてもいいのかよ? おまえの負けになるんだがなあ」  
「……」  
 そういえばそうだった。  
 口じゃあと一歩って言ってるんだし……  
 正直なところ、いくまでやらせてって言っても本当にいくかどうかわたしのテクニックじゃ甚だ怪しいし……  
 このままオーシと……しちゃうしかないのかな。  
 もしそれでもオーシがいけなかったら?……ううん、大丈夫よパステル、絶対大丈夫!  
 なんとも根拠のない自信で自分を激励するわたし。  
 
「結論は出たみてえだな。んじゃおっさんの魅力ってのを教えてやるからよ、しっかり体に刻んで帰るんだな」  
「んっ」  
 軽く噛まれた耳たぶ。  
 下着の上で手が動きを再開した。  
 スリットをなぞるように上下に動いていた指がおへそのへんまで上がってきたかと思うと、素早く下着をずり下げた。  
 そのまま、反射的に閉じた太腿の隙間から這いこんでくる。  
「は……んっ」  
 その瞬間じゅわっとあそこが熱くなった。  
 太い指が躊躇なく中にずぶっと押し込まれる。  
「や、ぁんっ」  
「お、もう濡れてねえか? 感度はいいんだな」  
 こころなしか楽しそうな声色。  
 このままじゃまともに立っていることができそうにない。  
 抱き締めるオーシの手の隙間からどうにか両手を脱出させ、目の前の木箱に手をかける。  
 するとそれを待っていたみたいに オーシの指が膣の中をゆっくりとかきまわし始めた。  
 
 指が蠢くたび、気のせいでなければちょっと湿った音が聞こえる。同時に体の奥をじわじわ責めるように快感が湧いてくる。  
 確かにこの人……指使いもすごく上手。休むことなく指を動かしながら、執拗に首筋と耳を舐めあげる舌も。  
「んん……んっあ……ぁん……」  
「どうよ。気持ちいいだろ?」  
 否定できないだけに悔しい。答えるもんか。  
「ここは正直なこった」  
「ぁうっ」  
 ぬぷっと粘度の高い液体をまといつかせた指が引き抜かれ、芽を軽く弾いた。  
 そこはきっと、もう堅くなってたんだろう。オーシの指が触れるたび、電流みたいに刺激が走る。  
「ひっ、や、そこぉ……やんっ」  
「ここ弱えんだなー。もちっと苛めたくなるぜ」  
「そん、な……んっ、やぁっ」  
 言葉通りオーシの指はなかなかそこを離れてくれない。  
 普段そこを隠している襞を押し分け、指の腹で執拗に撫で擦る。  
 時々芽から膣の中へずぶんと指を滑らせ、押し込んではまた抜いてしつこく捏ね回す。  
 だんだんと足が痺れている時みたいに、足の間全体の間隔が研ぎ澄まされてきた。  
 オーシの指の動きひとつひとつでそれはどんどん高まり、不意にあそこと目の前がしゅわっと一瞬強い熱を帯び、それがまた拡散するように散っていった。  
 
「あ! あ……は……っ」  
 膝ががくがくして、かろうじて木箱につかまっていた指先は力が入って真っ白。  
 正直なところひとりで……していったことはあるんだけど、こんな風に男の人にいかされるなんて初めて。  
「イッたか? 中年の指使いには勝てまい。ひひっ」  
 なんともまあ品のない笑い。  
「さぁ今度は俺の番。イクまでサービスしてやったんだから、しっかり楽しませてくれねえと、っしょ」  
 よいしょなんていう緊張感のない言葉と同時に、すごい圧力があそこにかかった。  
「あああんっ!」  
 ずずずずっと重たい衝撃が内壁を擦った。  
 立ったままの姿勢で後ろから犯されるなんて初めてで、どこに力を入れたら良いのかさっぱりわからない。  
 わたしも初めてではないとはいえ、正直すごくきつく感じる。  
 オーシのがやけにごついからなのかなあ? クレイのだって決して小さくないんだけどね。  
 
「おー……いいじゃねえの。決してゆるかねえぜ」  
 この急場に、心のどこかでほっとする。  
 オーシはそれがわたしの一番奥に当たるまで腰を少し揺らしながらゆっくりと進めた。  
「ん、く、んんっ、ぁぅんっ」  
 普段合わさっているもの同士が強引に押し開かれて、みしみし言ってる気がする。  
 でも……痛くないのはなんでなんだろう。正直なところ……かなり気持ちいい。  
 こんな風に思えたのって初めてかもしれない。伊達におじさんじゃないのかもなあ。  
「ほれ、しっかりそこ持っときな」  
 木箱だったら言われなくてもつかまってるよ、と内心こっそり思う。  
 でもそれからはそんな悠長なこと考えてられなくなった。  
 
 オーシはわたしの腰をがっちり掴んだかと思うと、激しく腰を打ちつけ始めた。  
「あ、ぁあ、ん……んん、んく……んんっ」  
 太くて堅いそれが内壁を強くすり上げ、オーシの太腿とわたしのお尻がぶつかる度に破裂音のような音が響く。  
 荒々しく突き上げられると、あそこの一番奥から脳天まで突き抜ける振動。  
 オーシは腰の動きを止めないままで、前かがみのわたしの背中に沿うように覆い被さると、セーターを乱暴にたくしあげた。  
 両手で胸を揉みしだきながら耳元で囁く。  
「いいだろ……なあ」  
 低くて太い声。微かにしわがれてるのは煙草のせいなのか、呼吸が荒いからなのかどっちだろう。  
「は、ん……んっ」  
 まともに答える余裕のないわたし。  
 胸を愛撫していた指が顎をつかみ、斜め後ろを振り仰がせた。  
 
 間近にあるオーシの顔。  
 オヤジのはずなんだけどな……目の端にどことなく色気……というか何かいつもと違うものを感じる。  
 無精ひげだらけの口が近づいて来、べろりと舌がわたしの唇を舐めた。ざらざらした感触。  
「答えられねえ? まだ欲しいんだろ?」  
 意地悪そうに言いながらオーシは、腰の動きをおさえ、ごくゆっくりゆるゆると出し入れさせた。  
 でもそれは半分程しかわたしの中に入ってなくて、動きは緩慢で。  
 大きな両手は乳房全体をくるむように包み、時々思い出したようにふわりと揉む。  
 全ての動きがわたしを焦らしているようで、さっきまでの湧き上がるような快感が後を引いてもどかしいことこの上ない。  
 
「何だよその悔しそうな目はよ。言わねえとやめちまうぞ? 負けてもいいのか?」  
 それはもう、実に嬉しそうに問いかける無精ひげ。あぁ腹立たしい。  
 悔しいわ恥ずかしいわで、きっと顔が真っ赤になってると思う。  
 ……体中が高ぶらされてるのは間違いない。言うしか……ないよね。  
「…………もっと、して……」  
「どうして欲しいんだ?」  
「……奥まで……入れて」  
「入れるだけで?」  
「……もっと、動かして」  
 必死に恥ずかしさに耐えて唇をかみ締める。かーっと熱くなってる耳。  
 至近距離からわたしをじっと見つめていたオーシはねっとりとした笑みを浮かべた。  
「お望みならな」  
 言葉と同時にずぶりと奥まで押し込まれるオーシ自身。  
「ああ、あ、ああんっ!」  
 オーシはわたしから上体を離し、わたしの腰をがっちりと掴み直す。  
 もう片手で木箱を支えに掴むと腰の動きを再開させた。  
 
 さっきより激しく、さっきより強い刺激がわたしの中を蹂躙する。  
 今のわたしには、両腕と膝を必死に突っ張って立ち続けることと、喘ぎをこぼして快感を逃がすことしかできない。  
 勢いに任せるように荒々しく突き立てられる度に、つながった部分からねばった液体が溢れ出る。  
 
「は、はぁ……あ、ああっ、くぅ……っ」  
「もっと……か?」  
 オーシの汗が飛び散って頬にかかる。むせかえるような男の体臭。  
「もっと、もっ……とぉ……っ」  
 誘導尋問みたいにひとつの答えしか答えられないでいるわたし。  
 
 すがりつくように木箱にしがみつくうち、知らず知らずのうちにお尻を後ろへ突き出すような姿勢になっていたらしい。  
 オーシのものが出し入れされるたびに芽の部分が強く擦りあげられる。  
 そこが充血してるみたいにどんどん熱くなってきて、太腿が痙攣を起こしそうにびくびくと震えた。  
 
「ひっ、や……あぁ、そ、そこぉ……っ!」  
「ここかっ、どう、だぁっ」  
 中腰になるように少し膝を曲げたオーシは、下からさらに勢いをつけてわたしを責め立てた。  
 あ、もう、あそこが熱くて熱くて……  
「だめ、だめ、そこ、や……だぁ、だめえぇっ!」  
 もうどうしようもなく、あられもなく悲鳴のような声をあげたわたし。  
 一気に強くなった刺激に、あそこ全体がぎゅううっと収縮した。  
「うお、やべっ」  
 わたしが絶頂にのぼりつめると同時に、オーシは自身のそれを勢い良く引き抜いた。  
 むき出しのお尻や太腿の裏側に熱いものがかかる。  
 ずり下げられて太腿の途中にひっかかったままの下着にしみができちゃったかもしれない。  
 そんな心配をしつつも、わたしは力が抜けて手を突いていた木箱に前のめりに突っ伏した。  
 ささくれた棘が微かに痛いことも気にならなかった。  
 
 
 
「おめえさんの勝ち……と言いたいとこだが、引き分けだ」  
「なんでよお!? ちゃんといったんでしょ?」  
「2回も俺にイカされといてよく言うぜ」  
「あれは……!」  
 絶句するわたしに、オーシはかんらかんらと陽気に笑ってみせた。  
「まあいいさ。おまえがマグロでも床下手でもないってこたあよくわかったぜ。クレイがイケねえのは緊張以外のなにもんでもないだろうな」  
「それならいいけど……」  
 
 いいのかなあ?  
 自分がそれを証明できたからと言って、正直嬉しいとは言い難い気分。  
 なんか必死だった気がするけど、どうしてこうなったんだか……  
 思い返そうとすると、頭をよぎるのはさっきの行為の内容ばかり。  
 こうして見ると押しも押されぬただのおっさんなのに、やけに男臭くって、ええと……色々上手で。  
 果ては妙な色気すら感じてしまったんだから、何かに毒されてたとしか思えない。おお怖っ。  
 厄払いをするように頭をブンブン振っていると、いつの間にか吸いつけていた煙草の煙が目の前を横切った。煙いなぁ、もう。  
 
「まぁ今度クレイと寝るときは、俺仕込のテクニックでも披露してリードしてやるんだな」  
「大きなお世話よ!」  
 
 よれよれの煙草を唇の端にくわえたまま、ドアを開けようとしていたオーシが、思い出したように振り向いた。  
「パステルはそっちから帰んな。店ん中通らん方がいいだろ」  
「え? そっちって?」  
「店の裏側だ。その空樽どけりゃ木戸がある」  
 全然気づかなかった。入口側には山と積んである木箱類も、裏側には大きな大きな樽がひとつあるのみ。これ、空っぽだったのかあ。  
「あ! ほんとだ。良く知ってるね」  
「前手持ちが足りなくてトンズラした時に……いやなんでもねえ。それより風に気をつけるんだな」  
 なんか前半ちょっと引っかかる内容があったけど、まぁいいか。  
 
 確かに風が吹くとまずいなぁ。ミニスカートなんか履いてるし。  
 わたしは手の中の小さく丸めた下着を握りこみ直した。  
 そう、お察しのとおり履いて帰れるような状態じゃなくなっちゃったんだよねえ……  
 お尻がスースーして実に心細いんだけど、まぁ仕方ないか。  
 わたしはそれを庇うように左手でスカートを押さえつつ、片手をあげながらドアの向こうに消える、大きな背中を見送った。  
 
 
 

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