つぷっ……と指を沈めると、粘性のある液体がまとわりついてきた。  
 かきまわす。ぬるぬるとした感触に自然と頬が緩むのがわかった。  
「やだぁ……」  
 そんな俺の行為を咎めるのは、実に聞き慣れたパーティーの仲間の声。  
 パステルの、声。  
「やめてよ、汚いでしょ」  
「おいおい、汚いたあ、また随分な言い草じゃねえの」  
 ぐりぐりと、奥深くまで指をねじ入れた後、おもむろに引き抜く。  
 どろりと指を伝い落ちる粘液。なめ上げると、口内に甘い味が広がった。  
「――うまい。おめえもなめてみる?」  
「ば、馬鹿っ。何言ってるのよ! それより……ねえ、早く」  
「ああ、わあってるっつーの」  
 せかす奴があるかよ、ったく。最高級の贅沢品が目の前にあるっつーのに、がっつく奴があるか。  
 だがまあ……確かに、もたもたしてると他の奴に見つかる恐れがある。焦らすのは、ここまでにしとくか。  
「んじゃ、まあ……いただきます」  
「ん……」  
 こくりと頷くパステルの顔は、微かに上気して見えた。かく言う俺の顔もだが。  
 ここまで来るのに長かった。大げさと言うな。俺だって、話に聞いたことはあったが、経験したことなんざ一回もなかったんだ。  
 だが、これまでの苦労は、今この瞬間に報われるっ……  
「いくぞ」  
 ぐいっ……  
 十分に大きく、硬く膨らんだモノを内部にねじ入れる。だが、入り口が狭いと言うべきかモノがでかいと言うべきか……なかなか、思うように中に進まねえ。  
「やっ……ちょっとトラップ! 無茶しないでよっ……」  
 ぐいぐいと、強引にねじ入れようとする俺を見て、パステルが、悲鳴じみた声をあげた。  
「乱暴にしないでってば……」  
「わあってるっつーの。もうちっと……」  
 んなことは言われるまでもねえ。  
 いったんソレを引き抜いて、もう一度。さっきよりはスムーズに入っているように見えるのは……俺の気のせい、じゃないよな。  
 がちがちに硬かった部分が、内部の粘液に包まれて少しばかり柔らかくなった。きっと、そういうことなんだろう。  
 繰り返す。入れては沈め、入れては沈めの動きを何回繰り返したのか。そんなに長い時間じゃあなかったと思うが。  
 いいかげん、我慢の限界だったし。  
「……よしっ」  
 ずるっ! と引き抜いた瞬間、どろりとした白濁色の液体が伝い落ちてきた。  
 一種の達成感と共に顔を上げると、パステルも、まっすぐに俺の顔を見ていた。  
 思いは、一つ。  
 
「――いただきます!」  
「二人とも、こんなところで何やってるんだ? ルーミィが探してたぞ」  
 がちゃんっ、という音とともにドアが開き、俺とパステルは、そろって手を滑らせることになった。  
 がちゃんっ! という似て非なる音と共に、台所の床が白濁色で覆われたのは、それから一秒後のことだった……  
 
「練乳?」  
「牛乳と砂糖を煮詰めて作るのっ! パンに塗ると、すっごく美味しいんだよっ!」  
 説明を求めるクレイに、パステルは心底残念そうにつぶやいた。  
「頑張ったのに……ここまで煮詰めるの、本当に苦労したのにっ!」  
「……で、このフランスパンは……お前が焼いたのか?」  
「んだよ。文句でもあんのか!?」  
 無残に床の上で割れたガラス瓶と、ぶちまけられた練乳を掃除しながら。俺は、吐き捨てるように言った。  
「おめえなあ! パン作りってのがどんだけ重労働かわかってんのか!? 苦労したんだぞ! 生地を作るだけでどんだけ体力使わされたと思ってんだ!!」  
「いや……それはわかるけどさ……だったら、何でそんなこそこそと。何も内緒にするようなことじゃないだろう」  
「だって、内緒にしたかったんだもん」  
 ぎゅっ、と雑巾を絞りながら、パステルは、「はあ」とため息をついた。  
「絵本に載ってるのを見て、ルーミィが食べたいって言ってたから。最近のルーミィはすごく頑張ってたから、ご褒美に作ってあげようと思って」  
「……トラップもか?」  
「だーってしゃあねえだろー。協力したら、晩飯にビールつけるって言われちゃあなあ」  
「――お前ららしい」  
 俺とパステルの言葉に、クレイは苦笑を浮かべて言った。  
「悪かったよ。ルーミィはノルが見てくれてるから……俺も手伝うから、もう一度作ろう」  
「え、クレイ、手伝ってくれるの?」  
「よっしゃ、んじゃおめえはフランスパンの方な。俺は材料の買出しでも……」  
「トラップ、そう言って逃げる気でしょ! 大丈夫、材料は十分あるから! 三人でもう一回頑張ろうね!」  
 パステルの笑顔に、クレイはにっこり笑って、俺は渋々頷いた。  
 料理なんて俺の柄じゃねえし、一回手伝ったんだからもういいだろうと言いたいところだが……まあ、たまにはこんなのもいいだろう。  
 この笑顔が褒美だっつーのなら、割のいい仕事だしな!  
 
 
 ――END――  
 

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